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ブログタイトル
笑顔の江川
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/egawa_moritoshi
ブログ紹介文
薬害エイズを考える山の手の会のご案内 <br>病気でお悩みの方の保険相談 <br>尊敬する勝海舟や田中正造のコメント
更新頻度(1年)

234回 / 365日(平均4.5回/週)

ブログ村参加:2019/04/06

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笑顔の江川さん
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笑顔の江川
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笑顔の江川さんの新着記事

1件〜30件

  • 本日はがん哲学外来在宅部会で「歴史から学ぶ人間学」をお話しさせていただきました

    本日はがん哲学外来在宅部会のオンライン学習会で「歴史から学ぶ人間学ー徳川慶喜を中心に天璋院篤姫・皇女和宮・勝海舟・西郷隆盛・渋沢栄一の関係からその生き方を考える」という表題でお話しさせていただきました。それぞれの人間関係は複雑に絡み合い時代背景・出来事も見ながら、どう対応し生きてきたか、参加者と共に考えました。歴史はくりかえされると言いますが、歴史は人間が創るものーそれぞれの人物の生き方が時代を変えてきたのだと再確認した学習会でした。この学習会は歴史の勉強をすることでなく、歴史上の人物からその生き方を学び現代に活かしていくもので、参加者と語り合うことで新たな気づきが生まれました。このような機会を頂いたことに感謝いっぱいです。本日はがん哲学外来在宅部会で「歴史から学ぶ人間学」をお話しさせていただきました

  • 歴史から学ぶ人間学ー吉田松陰と橋本左内の場合

    その人物が短命であってもこれだけ後世に名を残した人物がいるでしょうかーその人物の名は吉田松陰と橋本左内。吉田松陰は30歳、橋本左内は26歳で大老井伊直弼の安政の大獄により処刑されて亡くなりました。二人のお墓は処刑者が眠る南千住の小塚原回向院にあり私もよく歴史散歩に訪れるところです。吉田松陰は長州藩士、橋本左内は越前藩士、お互いに藩や立場は違いましたが、幕末を日本のために奔走した人物でした。その前向きすぎる姿勢ゆえに時の為政者から目を付けられ処罰されてしまいましたが、二人の死後も多くの志士が惜しみ慕い幕末を動かす大きな力となっていきました。そして現代でもなお二人を慕い書物もたくさん出ています。後世にどう遺していくかーこれも生き方です。歴史から学ぶ人間学ー吉田松陰と橋本左内の場合

  • 歴史から学ぶ人間学ー島津斉彬と阿部正弘の場合

    幕末の薩摩藩主島津斉彬と老中首座阿部正弘は盟友でちょうどペリー来航の混乱期に日本の行く末を案じ奔走しました。残念ながら両人とも島津斉彬は50歳、阿部正弘は39歳という若さで亡くなりました。誰もが幕末の危機の中でおのれのことしか考えない幕閣が多い中で必死に日本のため日本を再建するために奔走した二人でした。歴史にタラればはありませんが、二人がもっと長生きしていたら幕末の様相も大きく変わっていたことでしょう。それでも二人は身分にとらわれず多くの人材を発掘して世にのことしていきました。二人がいなければ西郷隆盛や勝海舟は現れなかったかもしれません。危機の時代は人の多くが保身に走り周りが見えなくなります。自分のことばかり考えて社会のことは他人事のようになります。現代も正に危機の時代ー島津斉彬や阿部正弘のような人物の出現が求...歴史から学ぶ人間学ー島津斉彬と阿部正弘の場合

  • 歴史から学ぶ人間学ー西郷隆盛と山岡鉄舟の場合

    「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也」この言葉ほど二人の人物ー西郷隆盛と山岡鉄舟ー合った人物はいないでしょう。慶応4年、駿府にいた官軍参謀の西郷隆盛のところへ賊軍となった幕臣山岡鉄舟が乗り込んだ姿勢こそ西郷南洲遺訓に残した言葉です。こうとしか生きようのない武士道の精神を最後まで貫いた西郷隆盛と山岡鉄舟でした。歴史から学ぶ人間学ー西郷隆盛と山岡鉄舟の場合

  • 歴史に学ぶ人間学ー天璋院篤姫と皇女和宮の場合

    皇女和宮と天璋院篤姫とは徳川将軍家の嫁と姑の関係。身分も天皇の妹と薩摩藩分家の出で段違い。二人の関係はなかなか難しくそうとうにぶつかり合ったようです。考え方も行動も違い、いくら大きな江戸城大奥でも大変でしたでしょう。しかし二人は奇妙に重なりあっておりました。一つは政の道具に使われ将軍御台所となり、幕府崩壊の時には里から攻められ敵方になってしまいました。そこで二人は徳川家存続のために力を合わせて奔走するのです。二人の性格は違い、皇女和宮は何事にも冷静に対して天璋院篤姫は人情深く、この二人の行動が多くの人々を動かして徳川家存続に結びついたのです。この二人も時代が生んだ生き方なのです。歴史に学ぶ人間学ー天璋院篤姫と皇女和宮の場合

  • 歴史から学ぶ人間学ー幕末三舟の場合

    幕末三舟とは幕臣であった勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟のことで、この呼び名は明治以降のものです。幕臣であった三人は幕府崩壊によりその地位を失いますが、明治以降も生き続けます。その生き方は三人三様で、勝海舟は一時は明治政府に出仕しますが、晩年まで薩長藩閥の明治政府に在野から批判し続け、山岡鉄舟は明治天皇の侍従として仕え、高橋泥舟は公職につかず隠遁生活を送ります。その生き方は地位を失って悲しみに暮れるのではなく、むしろ信念を持って自らの生き方に誇りを持って生きたと言えましょう。どんな境遇にあろうとも信念を持って生きるーこれが幕末三舟から学ぶ人間学です。歴史から学ぶ人間学ー幕末三舟の場合

  • どんな境遇の中でも前向きに生きるー天璋院篤姫の場合

    どんな時代であろうと、どんな境遇に置かれようと前向きに生きる人物はおります。それが時代を生き生きとさせてくれます。幕末・明治を生きた天璋院篤姫もその一人でしょう。薩摩藩分家の姫として生まれ育ち本家の養子から公家の養女そして13代将軍家定の正室になった篤姫ー幕末動乱の最中、その道のりは決して穏やかではなく多くの障壁が襲い逃げ出したくなる境遇の中、自らをその境涯の中に身を置き、そして徳川家のため日本のために前向きに生きました。徳川家崩壊の危機にも自らが先頭に立って奔走して徳川宗家16代目を養育して徳川家を生き返らせました。どんな時代、いや、今の時代にも前向きに生きる人物はおります。天璋院篤姫を想いながら、そのように信じる私です。どんな境遇の中でも前向きに生きるー天璋院篤姫の場合

  • 今こそ一人ひとりの生き方が問われている

    がん哲学外来メディカルカフェではがん患者さんと共に参加者それぞれの生き方を分かち合っています。がんと診断され思い迷っている時に仲間と共にその後の生き方を共有し合うのです。がんとなった時が終わりではなく始まりなのです。私は歴史好きでメディカルカフェの中でも歴史上の人物の生き方をお話しします。歴史というと世間ではドラマチックな場面を想像しますけど、人物の生き方を見ると、その場面は一点に過ぎず、その人物を理解するには一生涯を見なければわかりません。最後の将軍徳川慶喜も将軍であった時は31歳ですが77歳まで生きました。将軍で終わりではなく、むしろ明治時代の徳川慶喜の方が長いのです。様々な難しい出来事が起こる世の中でこれからどう生きるのか、正に一人ひとりの生き方が問われているのです。今こそ一人ひとりの生き方が問われている

  • 現代は正に荒野

    一見してきれいに見える社会でも人の心は苦しみ、またコロナ渦中で生活が大変になり、人々の生活は暗くなるばかりです。現代は正に荒野の状況になりつつあります。しかし、これは人に与えられた試練であり、荒野の中にこそ生きる指標があるのです。人類の歴史はそれを証明しています。小手先で苦しみから逃れようとするのではなく、今こそ歴史と哲学を大切にするときです。現代は正に荒野

  • HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク勉強会の準備

    今日はHPVワクチン被害者支援で連携している地方議会の議員さんたちと7月30日にオンラインで開催する勉強会の打ち合わせをしました。いま全国の地方議会の議員さんたちがネッワークを結んでHPVワクチン被害者を支援しています。そのネッワークをさらに広げようとHPVワクチン東京訴訟支援ネットワークでは地方議会の議員さん向けの勉強会を連続で開催しています。詳しくは:https://hpv-yakugai-shien.net/2021/06/22/post-314/HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク勉強会の準備

  • 徳川幕府はなぜ崩壊したのか

    徳川慶喜を中心に歴史から学ぶ人間学という演題を頂き今準備しているところです。その生き方を見ながらも徳川幕府はなぜ崩壊したのかといろいろ考えさせられます。幕臣であった福地源一郎は明治に入ってジャーナリストとなり幕府の崩壊は討幕運動によるものではなく幕府内部の自己矛盾によって倒れたと書いています。幕末の幕府を見ていると、優秀な幕閣や幕臣がいながらも大きな組織ゆえに、その組織の中で改革を恐れ己の保身に走り崩壊してゆく姿が見て取れます。いつの時代も同じように見えるのですが⁉️徳川幕府はなぜ崩壊したのか

  • 幕末の幕府の様相を呈してきた今の政府ー幕府に提出した勝海舟の「憤言一書」に想う

    コロナ対応やらオリンピック対応やら混迷を深める政府の対応は緊急事態宣言も功を奏せず先行き不透明ーまるで幕末の幕府の対応に似てきました。幕臣であった勝海舟は慶応3年12月、いよいよ幕府が崩壊するその時、「憤言一書」なるものを提出して退職を願い出ました。それは「私に帰せずして公に帰す」ー己の身分や門閥ばかりを言う幕閣に対して「公」「正」に徹せよと言う怒りの一言でした。どの時代でも危機の時代には誰もが己大事と保身に走ります。今こそ誰もが公に帰す時ではないでしょうか。幕末の幕府の様相を呈してきた今の政府ー幕府に提出した勝海舟の「憤言一書」に想う

  • 「死」ついて考える

    人は必ず死ぬものです。であればこそどう生きるか。それを考える本を紹介されました。イェール大学のシェリー・ケーガン教授の「DEATH」「死」とは何かです。なかなか興味深く読み始めました。人が魂を持つものであるから、人が亡くなっても魂が生き続けるー遺志ーどう伝えていくかということは、どう生きてきたかーどう生きていくかー人の生き方そのものであるということ。それを深く考えさせられています。「死」ついて考える

  • 勝海舟の魅力は明治時代

    亡くなった作家の半藤一利さんは勝海舟の大ファンでした。世間では勝海舟と言えば幕臣として幕末を奔走し江戸城無血開城で注目されがちですが、これとて勝海舟がひとりで成し遂げたものではありません。それにその時の勝海舟は46歳で、それから30年明治を生きます。半藤さんは明治の勝海舟を「それからの海舟」と題して描いています。勝海舟らしさはここにあるのではないでしょうか。幕末英雄伝は本当の人の姿を見失いがちです。今の世の中も似たようなところがあるような気がします。人の本当の姿は一生涯の生き方を見なければわかりません。勝海舟の魅力は明治時代

  • 薬害エイズを考える山の手の会25周年ーAIDS文化フォーラムに参加

    薬害エイズを考える山の手の会は1996年8月に設立して今年で25年になります。設立した年の3月に薬害エイズ裁判は被害者と国・製薬企業との間で和解しましたが、当時はエイズ治療薬も少なく被害者の多くは亡くなっていきました。当時は裁判で和解したことにより薬害エイズは解決した風潮が社会にありました。しかし治療薬もなく多くが亡くなり、またエイズによる差別偏見で被害者は社会から隠れた存在でした。この状況は解決したとは言えずおかしいと薬害エイズを考える山の手の会は地域で薬害エイズの啓発活動を始めました。薬害エイズ被害者と地域の学校へ行って話したり学習会を開いたりしました。毎年夏に行われるAIDS文化フォーラムにも毎年参加しています。様々なエイズ関連団体と交流して薬害問題を訴えてきました。今年も8月7日(土)14時30分からオ...薬害エイズを考える山の手の会25周年ーAIDS文化フォーラムに参加

  • 歴史と哲学を忘れた社会は崩壊するー80年周期を考える

    歴史学者が80年周期論をよく論じられます。1940年の「大政翼賛会」は崩壊期、1860年の「尊王倒幕」ー歴史的に見て崩壊期ーさて1940年から80年は2020年ーコロナ渦。後世の歴史家は2020年をどうとらえるでしょうか。今まさに危機の時代ー私たちはどう生きるべきかーどう動くべきかー一人ひとりの行動が問われています。過去を見ると崩壊期には歴史と哲学を忘れ誰もが他人任せとなり崩壊に向かっています。今こそ歴史と哲学の大切さを痛感する今日この頃です。歴史と哲学を忘れた社会は崩壊するー80年周期を考える

  • HPVワクチン被害者支援の全国ネットワークを

    今、HPVワクチン被害者支援活動は各地で支援組織が出来ており北は北海道から東京・名古屋・大阪・福岡・大分、南は沖縄まで活動しています。それぞれに独立して活動しておりその形態は様々ですが、徐々に各地と意見交換しながら全国のネットワークづくりに向けて準備もしております。各地にも被害者が多く支援者と連携しながら支援の輪を広げていきます。HPVワクチン被害者支援の全国ネットワークを

  • 都議会議員選挙の投票率42.39%とは?

    昨日の東京都議会議員選挙の投票率は42・39%だったということです。都民の半分以上が選挙の投票に行っていないということです。これで都議会は信任されたのでしょうか?立候補者の訴えは都民に通じたのでしょうか?当選したからと言って信任されたといえるのでしょうか?疑問が多く残ります。そして都議会は半分以下の都民の意思しか反映されていないということです。さて今年は必ず年内に衆議院議員選挙があります。今回の都議会議員選挙のような投票率にならないよう多くの選挙民が投票に行かれることを願うのみです。都議会議員選挙の投票率42.39%とは?

  • 半世紀近く愛したリッカルド・ムーティーその情熱は健在

    私がまだ20代の頃、カール・ベーム指揮のウィーンフィルに帯同して来日した若き指揮者リッカルド・ムーティを聴いてその情熱的指揮に感動してから半世紀近く、最近になってシカゴ交響楽団の指揮をしているリッカルド・ムーティを聴いて、その情熱的な指揮が健在であることに再び感動しました。今日は私の好きなチャイコフスキー交響曲をリッカルド・ムーティ指揮のCDで聴きました。半世紀も情熱的な精神を持ち続ける姿勢に驚きを感じるほどです。最近は目まぐるしく変わっていく時世に一人ひとりの個性とか存在すらが埋没して消えていくようです。人間として最期まで情熱を持ち続けたいものです。半世紀近く愛したリッカルド・ムーティーその情熱は健在

  • 明日は都議会議員選挙ー投票に行きましょう

    明日は東京都議会議員選挙の投票日です。都民一人ひとりが立候補者の政策や考え方を見極め都民一人ひとりの意思で投票に行きましょう。それが都政を良くする第一歩です。投票率も都民がいかに都政のことを考えているかの指標になります。投票率が低ければ都政は悪くなるということですね。明日は都議会議員選挙ー投票に行きましょう

  • 増え続けるコロナ、減り続ける対話ー今こそ愛を

    コロナウイルスの感染者が増え続ける一方、人々は疑心暗鬼に陥り人との交流の機会が減りました。人々は保身に走り内向的になるばかりです。危機の時代はいつも人は内向的になります。苦しんでいる人は孤立するばかりです。こんな時にこそ、苦しんでいる人に目を向け行動する時なのです。それは愛の実践しかありません。増え続けるコロナ、減り続ける対話ー今こそ愛を

  • 明治政府の末路を見た勝海舟ーその末路は現代も似ている

    「仕方がないやね。誰だつて、勤王の士は、倒るるまでもしなければならないよ。己などは、慶喜公に嫌はれて、勝が在つては善くないとまで言はれた。何遍斥けられたか知れないよ。それでも、一言も責を避けたことはないよ。全く幕府の任だから、引受けたのだもの。明治政府の末路は、あの連中がよつて、出来ぬまでも片付けなければならぬ。仲間喧嘩だもの」(勝海舟「海舟語録」より)派閥争いで喧嘩ばかりしている明治政府の末路を見た勝海舟ですが、現代の政治も同じようなことをしているように見えます。明治政府の末路を見た勝海舟ーその末路は現代も似ている

  • やはり笑顔を直に見なければいけません

    最近は会議もオンラインで直に顔を見合わせることもなく画面上でしか見ることがありません。画面上では笑顔を誰に向けているのかわかりません。対話の中での反応も画面上では今一つ。どうも寂しいかぎりです。仕事でマスクをしてでも笑顔で「おはようございます」と挨拶すると直ぐに反応もあるので相手の笑顔を見ると本当に嬉しいです。笑顔が見れないのは今の現状でしょうか。やはり笑顔は直に見なければいけません。やはり笑顔を直に見なければいけません

  • 歴史を見れは人間の行動がわかるー歴史から学ぶ人間学

    歴史上の人物を見ると憧れのように、あのような人物になりたい、あのような生き方をしてみたいと思う人もいると思いますが、人間はみな同じ、どの時代の人物でも人情、愛情、感情はあり時代背景によって影響はありますが、人との出会いによって、どの時代の人物でも変わったりもしています。要は歴史の出来事だけで人物をとらえるのでなく、その人物の一生を見て、どんな人物と出会い、どう思い、どう変わっていったのかを見ていくと現代でも同じ人間はいると感じると思います。己の存在を現実の社会に身を置き、歴史上の人物だったら、どのように対応するかと、そしてどうしてその対応を取ったのか、その人物の生き方ー一生涯を見れば見えてきます。これが歴史から学ぶ人間学です。歴史を見れは人間の行動がわかるー歴史から学ぶ人間学

  • HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク例会

    本日は夕方からHPVワクチン東京訴訟支援ネットワークの例会をオンラインで開きました。オンラインなので各地からも参加してもらい今後の活動について話し合いました。また原告のご家族や薬害被害者、地方自治体議員も参加してくれました。まずは7月30日に地方自治体議員向け勉強会を開催します。また各地でも学習会・イベントがあり情報交換しました。また原告被害者との交流を進めるためのオンラインカフェも企画しています。苦しんでいる被害者のために被害者と共に活動を続けていきます。HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク例会

  • 王子がん哲学外来メディカルカフェのスタッフで今の時代を読む

    今日は王子がん哲学外来メディカルカフェのオンラインスタッフ会議を行いました。まだまだ会場での飲食によるメディカルカフェは開くのが難しくオンラインスタッフで様子を見ています。コロナ渦中で患者さんの医療アクセスも心配なところです。今日もスタッフ同士で色々話題が上りました。医療危機も騒がれる中、今も政治を含めた社会情勢はこれでよいのか。政治家の姿勢も問われる中、選ぶ側の私たち自身もその姿勢が問われていると認識しあいました。こういう時にこそ歴史と哲学を学ばなければなりません。歴史に80年サイクル説というのがありますが、幕末の危機の1860年、第二次世界大戦前夜の1840年、そしてコロナ危機の2020年、今まさに危機の時代を一人一人がどう行動するのかー一人一人の生き方が問われています。苦しみ悩んでいる患者さんのためにこれ...王子がん哲学外来メディカルカフェのスタッフで今の時代を読む

  • 哲学してみる読書会「論語と算盤」

    今日は哲学してみる読書会「論語と算盤」に参加しました。渋沢栄一が晩年に書いた本ですけど、今日の話題は教育について明治時代について語られていました。渋沢栄一は幕末の若い頃には農民の出でありながら論語も勉強して、学校に通わずともしっかり勉強していました。明治に入り学校制度が進み画一的な教育が進められましたが、人々の考え方も通り一辺倒のものとなり自らのしっかりとした考え方を持たなくなってしまいました。技術的には進みましたが自らが信念を持って語る哲学が忘れられてしまったようです。それは現代も同じことでしょう。哲学してみる読書会「論語と算盤」

  • 勝海舟の親父の小吉に触れる

    今日は勝海舟記念館で行われている小吉展に行ってきました。大田区洗足池湖畔にある勝海舟記念館。傍には勝海舟のお墓に西郷隆盛の慰霊碑があります。幕末から明治の激動の時代を駆け抜けた勝海舟ですが、その精神は親父の勝小吉によるこものです。勝小吉なければ勝海舟はなかったでしょう。勝小吉は無役の御家人で悪行三昧、喧嘩はめっぽう強く、困っている人を見ると黙っていられないお節介やきーこの親父の教えを大切に勝海舟は幕末動乱期を幕府の幕引き役の中心人物として乗り越えることが出来ました。幕末の危機も現代の危機も同じことー勝小吉の精神が現代に必要です。勝海舟の親父の小吉に触れる

  • 幕末は大塩平八郎の乱から

    幕末というとペリー来航から始まったとよく言われます。私は大塩平八郎の乱や蛮社の獄から始まったと思っています。それは人が皆内向きになり保身に走り自ら滅びゆく方向に向かったからとみています。滅びは外圧ではなく知らぬまに内から滅びつゆくものなのだから。大塩平八郎の乱での幕閣の対応を見れば分かります。大塩平八郎が苦しんでいる民を救おうと訴えても大坂町奉行は自分たちの出世ばかりを考え対応を取らず、救民を掲げて乱を起こしました。蛮社の獄では渡辺崋山や高野長英の蘭学者が改革を掲げても危険思想と排除しました。幕閣の追求は厳しいものでした。目に見えたペリー来航の外圧よりずっと前にすでに幕府は内から滅びゆく兆しがあったのだと思います。この状況は今の日本にもあるように思います。幕末は大塩平八郎の乱から

  • 逆境に身を置く天璋院篤姫

    幕末動乱の時代に島津分家の娘から薩摩藩主島津斉彬の姫となり公家の近衛家の養女となって徳川13代将軍家定の正室となった篤姫。2年足らずで夫である家定が亡くなり天璋院となり江戸城大奥の大御台所となり大奥の最高責任者として幕府崩壊後、大奥を閉じました。しかも倒幕の主力は実家の薩摩藩。大奥でもけっして立場は好まれる立場ではありませんでした。しかし大奥に身を置き自らが大奥を統べることで1000人ともいわれる女中たちの頼れる存在となりました。誰もが避けたい逆境に身を置き、自身は逆境とも感じず、そこに希望を見出し前向きに動く姿は、正に混迷深まる現代に求められる生き方ではないでしょうか。逆境に身を置く天璋院篤姫

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