季語は・・・師走尽 師走尽 世はこれすべて 塵芥 【去年の今日】週話§日曜枯寂~2023年大晦日~
季語は・・・葉月尽 年月こそ 句碑の文字なり 葉月尽 【去年の今日】連話§コース料理は~根が根なので~
はい、8月終了! 暑い夏については前話でまとめたので、何を書こうか……今年も残すところ4か月となるし、間もなく古稀の誕生日を迎えるし、そんな9月がやってくるのだ。 10年前の2014年は、還暦を迎えつつ定年退職まで残すところ一年となって、いよいよ“老後の自分”について考えを巡らす時期にあった。不足はあれど自分なりに準備は進めていたつもりだが、給与生活者でなくなることが何を意味するのか、そのあたりに頭が回ってはくれなかった。 ただ例えば、この期に及んで借金はしないとか、浪費の類はしないようにとか、そうしなくても済むように最低限の手は打っておいたつもりではある。 そして、最後の一年に万が一のことがあって37年半が台無しにならぬよう、笑い事ではないけれど、通勤電車の行き帰り、特に帰りの込み合った電車の中で疑われるようなことはしないようにとか……いや、これはもうまじめな話で..
季語は・・・蜩(ヒグラシ) 黒タイを 取れば蜩 カナカナと 【去年の今日】情話§電子チケットのやる気
まあまあ人並みに“麵喰い”ではないかと思う、蕎麦、うどん、ラーメンと何でもござれ。 そしてラーメンも豚骨ものは苦手で避けているが、それ以外の醤油、塩、味噌とウエルカムである。 中でも特異な位置にあるのが味噌ラーメンで、これもまたついつい食べたくなってしまう。だが……札幌味噌ラーメン専門店がなかなか見当たらない。神保町で宮仕えをしていた頃、会社近くにそんな専門店があって、いそいそ食べに出かけていたが、ラーメン激戦区の宿命かどうか、10年足らずで消えてしまった。 そんな札幌ラーメン専門店が食べさせてくれる味噌ラーメンが好きだ。それは炒めたたっぷりのもやしと野菜が麵の上にのって出てくる豪快さに惹かれるようだし、そんな炒めもやしと味噌のスープが殊のほか相性抜群なのだ。 それなのに今は、奇を衒ってなのか、それともハイクオリティ追及なのか、そのあたりはわからないが、いわゆる普通..
自動車のデザインも世につれて変化してきた。新しいと思っていたデザインも、気がつけば古臭く感じて、時が人間の嗜好を変えていっているようだ。 そして今は“ごつい”デザインの車がトレンドと感じる。だが、ワタシは、ごついデザインの車は好きではない。代表的なのがこいつである。 何というか存在が尊大で、一目見た時から好きではなかった。 そもそも、ごつい車自体には可愛げも愛敬の欠片もなく、個人的には乗りたいとも、外見を見たいとも思わない。というか、車を走らせている時に、背後から上のような車が近づいてきたりしたら“オラオラ!”感満載で、思わず「お先にどうぞ」と譲ってしまいそうになる。それにしても、どうしてこんな上から目線のデザインになったのだろう。 というわけで、これまで乗り継いできた車はといえば、尖ったデザインではなく、どれも比較的丸みを帯びてスマートめなタイプのものばか..
季語は・・・赤蜻蛉(トンボ) 赤蜻蛉 先祖代々 苔むして 【去年の今日】酔話§八月納涼歌舞伎第一、二部~勘九郎~
1952年8月29日、ジョン・ケージの『4分33秒』初演。 ゲンダイオンガクとは何なのだろう……ストラヴィンスキーの『春の祭典』で思考がストップしている人間にとっては、今だに答えなど出てきてくれていない世界である。 『4分33秒』の存在を知ったのは、クラシック音楽を聴き始めてまだ間もない頃に読んだ音楽の友の記事ではなかっただろうか。 記事には“無音の間のノイズを聴く”とかみたいな御託が書かれていたが、それでもピンとくることはなかった。 4分33秒は3楽章構成のピアノ曲で…… Ⅰ:TACET……33秒 Ⅱ:TACET……1分20秒 Ⅲ:TACET……2分40秒 ……と指定されている。TACETは音楽用語で“長い休み”である。 ジョン・ケージ生誕百年を記念して発行された楽譜の写真を貼っておく。 《歴史のトピックス一覧》
演奏会、観劇、そしてスポーツ観戦と、チケットは基本的に発売日の購入を心掛けている。それは、自分たちが座りたいと思う席を確保したいからで、それは“最後列&通路側”という場所なのである。 マンションの角部屋と同じで、両側を人に挟まれるよりは、片方でも通路に面しているほうが気兼ねはないし、何より何か体調が急変したりでもした時に、そっと席を外し、すぐ後ろの出入口から退出することができるからだ。 そして、上に挙げたそれぞれについては、夫婦して上から俯瞰して聴いたり観たりするのが性に合っているので、最後列&通路側が我々の特等席なのである。 そんな定位置に落ち着くまでには、何十年にも及ぶ長い長い道のりがあり、そうして座ってみれば“そうだよ、ここがベストなんだよ!”と今さらながらのように、高みの見物を気楽に満喫するは精神衛生にもよろしい。 ところで通路側の席については、そこを目あて..
季語は・・・秋暑し 炒り胡麻と 買い物メモに 秋暑し 【去年の今日】圧話§東京の道の狭いこと
処暑の次候“天地始粛(てんちはじめてさむし)”である。 いや、寒くなんかないってば! そんなことを感じるのは、本州であれば標高1400mほどの尾瀬ヶ原のような高原地帯くらいのものである。標高が100m上がるごとに0.6度気温が下がるから、東京あたりより8度から9度くらいは涼しいはずだ。 だから、真夏でも尾瀬一帯は最高気温が25度より上にはいかないと言われていたのだが、このところの猛暑で尾瀬でも、最高気温が30度を超えることが珍しくなくなったと聞いた。 地球温暖化の影響を如実に受けるのはもちろん自然界で、今年の尾瀬もまた雪が少なかったりしたことで水芭蕉の群落がちょっとばかり残念だったりしたが、それでもほかの植物ががんばってくれたようで、ワタスゲやニッコウキスゲが咲き誇ってくれたようである。 尾瀬は、立秋の日のタイミングで秋風が吹き出して、湿原に咲く花の種類も少な..
[承前] 月が替われば、古稀七十歳を迎える。70年も生きたのかと思う。1954年9月に生まれた。ちなみに出来事としてはこんなことがあった。我が身がこの世に生を享けた直後に起きたのが洞爺丸事故である。 80歳を超えても矍鑠としている先達がゴロゴロいる中にあって、70歳などとはまだまだ若いということなのだろうが、それは“……にしては”といった言い方が付け加わるということを自覚しなくてはならない。 誰でも生き続けていれば70歳、80歳、90歳と歳を重ねていくが、まさかそんな年齢に我が身がなるとは二十代や三十代の頃には想像などできることではなかった。もちろん、漠然と年を取っていくという疑いようなない事実は認識していたけれど。 定年退職から来年で10年となり、まあまあ順調に老後を過ごしている。そして気分的には老後も第2フェーズに入っていくようで、自分自身の勝手な捉え方としては..
季語は・・・秋に入る 秋に入る 赤城裾野の 伸びやかに 【去年の今日】週話§日曜枯寂~間もなく八月終了~
ニュータウンと呼ばれて既に半世紀……今や高齢化の一途をたどり続けている我が住居の付近である。 暮らし始めて、気がつけば40年を過ぎてしまった。そしてつくづく暮らしやすいエリアだと感じているのだ。 もちろん一長一短はあって、短所のほうから書くならば、都心からのアクセスで、新宿からは30分ほどだが、歌舞伎座に行こうものなら一時間とか要して、朝もはよから出かけなくてはならないし、夜の部が終演したら、帰宅は22時を回ってしまう。 住環境の短所はといえば山坂の多さで、これはそもそもの地形に沿って意図して開発したから、あまり大きな声で文句は言えない。 さて、いい面についてであるが、まずもって住環境が卓越しているということである。開発された住宅群は多摩丘陵の上に建ち並び、車が走ることのない遊歩道が団地の合間を縫っていく、そしてその遊歩道には、半世紀の間に育ってきた樹木が鬱蒼と、道..
我が家に数十冊のクラシック音楽の交響曲や協奏曲、弦楽四重奏曲などなどのスコアが本棚に収まっている。 初めて買ったスコアは、中学2年くらいの時でドヴォルザークの新世界交響曲だった。なぜスコアを見てみたいと思った最初の動機が何だったのか……それは記憶にはないけれど、テレビでオーケストラのコンサート中継を見た時に、指揮者が眼の前でめくっている“あれ”が何なのか興味を惹かれたのは間違いない。 それから、あのスコアの中に音楽が詰まっているのではと想像して、それを眼にしてみたいと思ったのだろう。そうして、新世界交響曲のスコアを見つけて手に入れたのは、実家近く大通りの商店街の中にあった楽器屋だった。 半世紀以上前の全音楽譜のポケットスコアの表紙は青いビニール装幀で、その当時買ったのは、新世界とベートーヴェンの交響曲第五番の2冊である。 そして……読めないのだ。 音楽..
季語は・・・滴り 滴りや 無限世界を 丸くして 【去年の今日】週話§土曜枯寂~ホワイトボードからメモ~
避雷針 避雷針とは日本語表記であるが、いつ誰がこの単語を創出したものか、探してみたが見当たらない。 だが、どこをどう見ても、雷は避雷針に向かって飛んでくる。ということは避けるのではなく呼び込む……つまり“招雷針”ということではないか。 ちなみに英語では“Lightning Rod”で、直訳すれば“稲妻の棒”なのだが。 上の動画は、そんな巨大な避雷針に向かって収束していく雷之圖である。 《日常のトピックス一覧》
韓国の大学校で医学部教授をしていた金さんが定年退官したようだ。 彼と会ったのは2018年の尾瀬ヶ原龍宮小屋。その経緯についてはこちらを。さらに、神保町好きの教授のために一席設けた話はこちらに。 尾瀬で出会っただけだったら、せいぜいメイルのやり取りをする程度だっただろうが、何というか神保町絡みだったり、クラシック音楽が好きだったりと共通する嗜好があれこれあるという、これはもう日韓友好に勤しむしかないではないか。 しかも!金さんは“痛風”持ちなのだ、不肖我が身も偽痛風の経験があったりして、つい4か月前にそのことが判明したりで、同病相憐れむの士なのである。 メイルには「医学部生時代から40年通った場所なので、まだ実感が湧いてこない」とあったが、さもありなん。 そして間もなく、金さんは尾瀬の人となるはずなのだが、それは尿酸値次第ということなのだ。 《尾瀬のトピッ..
季語は・・・蕎麦の花 無人駅 降りる人なく 蕎麦の花 【去年の今日】珈話§エスプレッソ・マシーンを
初めて眼鏡をかけたのは中学2年の時だった。学校の健康診断で、眼科医から再検査を勧められ、診てもらったところ“遠視性乱視”と出たので、その日のうちに眼鏡店で眼鏡を誂えた。 そんなものかと思いながら、大学に入った頃に眼鏡なしでも問題ないことが自覚できたので、外して生活をしていたが、宮仕えを始めた頃から、文字を読む仕事ゆえ、近視が進んできたことを自覚したが、その近視もそれほどにひどいとは感じられずにいたのである。 30歳になるタイミングで運転免許を取ることになったので、新しく近視用の眼鏡を作ることにして今に至っているが、これまでに10本くらいか。そんな使った眼鏡の推移を見ていると、流行とかに疎い人間であっても、何がなしご時勢の眼鏡をかけていることに気がつく。 そして間もなく眼鏡歴も60年ということか……ブランクはあるけれど。 《私事のトピックス一覧》
季語は・・・秋の蝉 大寝坊 秋蝉遠く 午前九時 【去年の今日】籍話§本を読み始める時は・・・・・・
もちろん伸び縮みはあるが、大雑把にクラシックの演奏会は2時間である。オペラやバレエだったら3時間とか4時間、ワーグナーの楽劇であれば5時間から6時間を要することもある。 日本における夜のコンサートの場合、19時に開演、21時が終演時刻である。欧米では、これから一時間遅い開演時刻が一般的である。もちろんマチネーも同様。 かつてお約束的にあった典型的なプログラム構成は、序曲や前奏曲が10分、協奏曲が30分、そこに20分の休憩を挟んで、最後に40~50分ほどの交響曲でちょうど2時間というもの。 そして、そこに様々な要素が入る。たとえばブルックナーやマーラーなどの交響曲は、短くても70分から90分くらいを要するので、休憩なしの一本勝負ということも珍しくない。 記憶の限りだが、オーケストラの演奏会で最も公演時間が短かったと思われるのは、1987年のザルツブルク音楽祭でカラヤン..
季語は・・・処暑 窓越しに 蟲鳴きだして 処暑の夕 【去年の今日】過話§上京五十年~広い通りだとばかり~
中学で部活をしていた時だから、既に半世紀以上前のことである。夏休みも午前中は部活に出ていって、真夏日の日向でボールを追いかけまわしていたのだ。 下級生だった時、上級生から「部活中に水は飲むな」と“指導”されていて当時はそんなものかと思いつつ、最初の一時間くらいは、殊勝に言いつけを守っていたのだが、当たり前だが喉は渇く。 だからトイレに行くのにかこつけて、こっそり水を飲んでいたのは、誰もが同じことをしていたと確信している。 そして21世紀の今、暑さ対策で水分摂取が強く推奨されているのは言うまでももないことだが、相も変わらず“水飲むな”信仰らしきものが時折だが首をもたげて現れるのはいかなることかと思う。 しかも校則とやらを振りかざして、ペットボトルを買うことに難を唱える教師がいるというのに及んでは、何か事が起きた時にどのような言い訳をするつもりなのか?である。 水..
[承前] ハンバーグが嫌いな人……手を挙げて! “いない”ということにして先に進むことにしよう。初めてハンバーグを食べたのがいつのことだったか、意外にもかなり正確に記憶していると思う。それは、小学校の入学式の帰りで、両親が世話になっていた町一番の洋食屋に行った時、ちょうど昼飯時だったので、店主が入学祝いにお昼ご飯を出してくれたのだ。 お子様ランチのような設えで、そんな中に肉団子くらいの大きさの挽肉料理が入っていたのだが、今思えば間違いなくハンバーグなのだった。 そして、それを最後にハンバーグの空白期が続く。長いブランクを経て、その次に食べたのがいつのことだったか、とんと記憶がない。何しろ、外食をほとんどしない実家だったので、ハンバーグにありつこうにも、そのチャンスがなかったのである。 今思えば、その“ハンバーグ”とやらは、レトルト製品ではなかったかと記憶をたど..
季語は・・・花火果つ 徐行して 鉄橋そろり 花火果つ 【去年の今日】祈話§C神父のこと
処暑の初候“綿柎開(わたのはなしべひらく)”である。 日の出は5時を過ぎ、日没は18時半より早まった。時間的には秋になってきたと思うが、もちろん世間は暑い日々のまま。 相変わらずヒグラシが我が家周辺から姿を消したままで、それだけでも秋を感じさせてくれていたのだが……いつの日か戻ってきてくれることがあるだろうか。 暦的には晩夏から初秋の趣だが、目の当たりにする風景は夏の陽盛りが延々と続いている。 《七十二候のトピックス一覧》
フランス語など、いくつかの単語くらいしか知らないが、なぜかシャンソンに惹かれてしまった……謎である。 日本語に訳されたその歌詞の、いかにもフランスらしいエスプリがシャンソンの真髄だと気がついたのは、ずいぶん後になってのこと。そして来日した何人かの歌い手のライブに出かけたことがあって、シャルル・アズナヴールに始まり、ジュリエット・グレコ、レオ・フェレといった面々だった。 そんな中で、とりわけ印象深かったのがコラ・ヴォケールとイヴ・モンタンの二人。特にコラ・ヴォケールは、たまたまテレビで放送していた来日公演を見て、こんな歌い手がいるのかと驚いて、その後来日するたびに草月ホールやシアターコクーンなどに足を運んだ。 さらにイヴ・モンタンは、1982年11月に新宿厚生年金で行われたライブに出かけている。二人とも、さり気ない動きで歌の中身を巧みに表現する様子が印象的だ..
季語は・・・秋暑し 校庭は 部活の午後や 秋暑し 【去年の今日】購話§スーパーマーケットのレジ~東と西~
一升瓶は豪快である。 できれば一升瓶からグラスになみなみと注いで、ぐびぐびしたいものだとは今でも考えていることだが、残念ながら四合瓶を冷蔵庫でちまちまと冷やしているに過ぎない。 といっても、一升瓶を買うのは年に一度もない。理由は、冷蔵スペースには入ってくれず、入れられるのは野菜庫だけで、何となく遠慮がちになってしまうのだ。 そして一升瓶も四合瓶も、中身に変わりがあるわけでもなく、ただ単に気分的な理由で一升瓶LOVE!というだけなのは言うまでもない。 もちろん一升瓶を一晩で空けたなどということは一度もない。半分すら空けたこともなく、四合ほど呑んだらひっくり返ってしまった程度の、ライトな酒呑みで終わってしまった。 だから、一升を空けてケロリとしている人を見ると、何だか別世界から来た存在ではないかと感じる。 そうした人たちは、豪快にぐびぐび!杯を重ねているのか..
結婚してこのかた、我が家の“金庫番”を務め続けている。加えて、ザルの家計会計担当でもある。 結婚して同居を始めて以来、基本的な家計管理は変わっていない。宮仕えをしていた当時、会社からの給料は金融機関2口座に配分されていた。一つは光熱費、保険、税金、マンション管理費などの支払いに、もう一つは、一般家計費や小遣い、クレジットカード決済用というものだ。 そしてそれぞれ、月に振り込んでもらう額を一定に決めて、その予算範囲内で月々を差配しつつ、そこからはみ出た分は、会社の財形貯蓄などの貯蓄に振り向けていた。 自分なりの客観的観察を続けていた限りでも、むしろ引き締め気味の家計運営をしていたのは間違いない。 ただし、家計簿のようなものはつけていなかったから、支出の細かい費目は把握していなかったが、毎月決まった額以上に支出することは、可能な限り抑え込んでいたのだ。 外から見れ..
季語は・・・残暑 履歴書を 手に職安は 残暑かな 【去年の今日】週話§日曜枯寂~秘するが・・・・・・バイロイト~
定年退職このかた“毎日が日曜日”となって、希薄になったのが曜日の感覚である。 月曜から金曜まで会社に出向き、土日は休むというサイクルを37年半続けてきたので、その流れが身体に沁み込んでしまっていただが、まあよくしたもので、いくつかの要素が“今日は何曜日”だと知らせてくれる。例えば……曜日を認識できるのだ。 ①週に一度の宅配野菜配達日 ②週に二度の燃えないゴミ収集日 ③モップと掃除機をかける床掃除日 ……こうした、いくつかの週ミッションが、決まった曜日に行われるので、今のところ曜日の認識を失わずに済んでいるのはありがたい。 もちろん、今日が何曜日なのか、ことさらに意識しなくてはならない理由などはないのだが、そこはやはり何らかの区切りのようなものは必要なのだと頭の中で考えていることのようだ。 それに加えるならば、ブログでも土曜と日曜の週末エントリーを用..
八月納涼歌舞伎。日曜日に11時開演の第一部と第二部を続けて観てきた。第二部の終演は17時半頃。 第一部は『ゆうれい貸屋』と『鵜の殿様』と軽いジャブの二本立て。だが、山本周五郎原作という『ゆうれい貸屋』が薄味。巳之助の桶職弥六、児太郎の芸者の幽霊染次、勘九郎の屑屋の幽霊又蔵は、17年前にそれぞれの父親が務めた役を引き継いだが、特に児太郎の染次の蓮っ葉さは父福助には勝てない。そして94歳の寿猿が務める爺の幽霊の矍鑠ぶりが際立った。むしろ二本目の『鵜の殿様』での幸四郎&染五郎親子……特に鵜をさせられた染五郎の身体を張った奮闘ぶりが客席をさらっていたのだ。 さて第二部、お目当てはもちろん梅雨小袖昔八丈『髪結新三』である。勘九郎の新三が観たいとかねがね切望してきた舞台がようやく実現。 白子屋の娘お熊の婿取りひとしきりがあって新三が登場。門口から様子を窺う立ち姿は、小悪党とい..
季語は・・・新豆腐 水槽に ぽかりぽっかり 新豆腐 【去年の今日】週話§土曜枯寂~蝉はミンミンゼミ~
都知事選挙で高得票を獲得した地方都市の前市長がいたが、そんな彼に…… ……なぜ得票が集まったのかはわからないが、彼が市長当時に為していたことをきちんと認識していれば、普通に泡沫候補として扱われるようなトンデモ候補とわかり、むしろ投票したような人間たちに害を及ぼすような類だと気がつくはずなのだ。 《つぶやきのトピックス一覧》
時折、何もしていないのに壁に掛けた額類が勝手に傾いていることがある。 どうしてだろう? 本当に微妙な傾きなのだが、ちょっと見ればすぐわかってしまう。気がついた、その都度傾きを直してやっているのだが、しばらくするとまたちょっとだけ傾いてしまっているのだ。 そうして、その微妙な傾きを直す時も、一発で納得できることもあれば、何度か調節を繰り返さないと修正できないことはあるが、別にわずらわしいと感じたことは一度もない。 傾きを直しながら、いつも思い出すのは、外国映画に額の傾きを直すシーンで、それも異なる映画いくつかで見たような記憶がある。それを見た時に、彼の国々のお約束みたいなものなのかと思ったのだが、何十年も経った今、同じことを自分がするようになるとは……思いもしなかったことではある。 居間をはじめて各部屋、廊下に合わせて20点以上の額を“常設展示”として飾ってい..
季語は・・・枝豆 枝豆や 茹で加減やら 塩加減 【去年の今日】過話§備忘録的な何か~2023年8月18日付~
枝豆当番である。 夕方になると、買ってきた枝豆を一袋全部は多いので、最近は半分ずつ二日に分けていただいている。その半分の莢の両端をハサミでちょんちょんし、フライパンに並べて蒸し茹でするのだ。 もう数年、フライパンに並べたところに水をヒタヒタに入れ、軽く塩をして4分ほど水が蒸発するまで茹でてやれば、水の量も塩の量も少なくて済む。一袋の半量は130gくらいだから、今の自分の酒肴にはちょうどいい。 というわけで枝豆が旬の今の時季、家呑みの週4日は、せっせと枝豆を茹でては楽しんでいる。毎度書いていることだが、我が枝豆の推しはグンマー!の天狗枝豆である。 《酒肴のトピックス一覧》
季語は・・・秋来(きた)る 秋来る ベートーヴェンの ピツィカート 【去年の今日】駄話§ファーフナーという巨人は・・・・・・
1945年8月17日、鈴木貫太郎が内閣総理大臣を辞任。 結果的に敗戦処理内閣として存在し、終戦の2日後に辞任した鈴木貫太郎である。正確には8月15日に内閣総辞職したが、東久邇宮内閣の成立を待って17日まで職務は続けられた。 敗戦に向けての処理や手続きは6月頃から始められ、ポツダム宣言を受諾、天皇の終結詔書までを淡々とこなしていったと見える。 半世紀以上前に『日本のいちばん長い日』という東宝映画で映画化封切されたのを観た。8月14日、降伏を決定した御前会議から始まって玉音放送までを、モノクロ映像で緊迫感を表出していたのだ。 その時、鈴木貫太郎を演じたのは笠智衆である。 《歴史のトピックス一覧》
立秋の末候“蒙霧升降(ふかききりまとう)”である。 いつもの年であれば、尾瀬は秋模様に入りつつある。半世紀以上前、初めて尾瀬に行ったのが立秋を過ぎた頃で、主だった花々は姿を消していて、湿原に残っていたのは真っ白いウメバチソウくらいのものだった。 もちろん、水芭蕉やニッコウキスゲの季節でないことくらいは知っていたけれど、何がなし“これだけ?”と物足りなさも感じたのだ。 ……それから半世紀以上が経過、定年退職後に細々と尾瀬行を続ける中で、水芭蕉やニッコウキスゲなどなどの花の季節よりも秋の、それも晩秋に少しずつ惹かれるようになってきた。 これは、明らかに年齢を経てきたがゆえの老いたがゆえの変化ではないか。早朝の尾瀬ヶ原で眼にした真っ白な大霜こそ、人生の終わり近くにふさわしいものがありはしないか。 《七十二候のトピックス一覧》
2か月ちょっと早く古稀を迎えた中学の同級生にLINEでお祝いをしたら、まじめな返事が返ってきた。 「そろそろ終活を始めないとね」 否応もなく時は過ぎて、ついこの間は最終コーナーを回っていたはずだが、ほどなく最終コーナーからゴール前最後の直線に入ろうとしているようだ。 誰もが終活をまじめに考えているとは思えず、そんなことどこ吹く風と振る舞っている人間も少なくはないだろう。 だが“その時”は確実に近づきつつあって、完璧になどとはいかないまでも生きていた間に蓄積したあれこれの2割でも3割でも、整理しておかないとと思うのである。 半世紀前、東京に出てきて三畳間の下宿で生活を始めた時、部屋にあったのは、本棚一台、小さい食器入れに入った食器類と整理ダンスの中には衣類、ちゃぶ台と布団類くらいなものだった。 気がつけば物は増えて……さてどこから片づけを始めたらいいのだろ..
季語は・・・空蝉 空蝉や 魂 輪廻転生す 【去年の今日】緊話§岡野雅行~関わり合いになるのは~
実家では父親がマメだったのかどうか、小動物をせっせと飼っていた。今は禁鳥として捕獲禁止になっているメジロに始まって、鈴虫、金魚などなど、一人で黙々と世話をしていたのだ。 町中の小ぢんまりした三軒長屋ゆえ、犬猫を飼うことはせずじまいだった。ゆえに、自分自身が何かを飼うみたいなことはしないままにきてしまった。 そもそも動物を飼うということ自体に興味は持てずだったし、あまつさえ、保育園の頃だったが小さな犬に追い掛け回されたというトラウマもあって、なおのこと動物を飼おうという気にはなれなかったのだ。 幸いなことに、同居人もまた動物に興味はなく、おかげで静かな生活を過ごすことができている。 そしてペットを飼わない最大の理由は“生き物”であるからなのだ。ゆえに彼らはいずれ死ぬ。死んだ時の“ペットロス”がいかばかりなのかは、飼い主の悲嘆を見れば明らかであろう。 さらに始末が..
[承前] 初めて生ハムを食べたのは1970年代の半ば過ぎ、知り合いが連れて行ってくれたカジュアルなステーキレストランだった。確か国産で、たまにしか入荷しないので、口にできたのはラッキーだったようだ。 生ハムが日常の食卓にのぼるようになったのは、結婚してからのことで、実は生ハムの存在自体を忘れていた節がある。 なので、我が家での生ハム初めがいつのことだったのか、記憶にないのだ。スーパーの棚で見つけて、気がついたら酒の肴の主役の一つとして存在していたのだった。 家で食べる時は、貝割れ菜を添えてもらって、塩味と貝割れのピリ辛の合わせ技を楽しんでいる。 普段使いのスーパーマーケットで売られている国産生ハムは何ちゃって度が高く、風味には欠けてしまう。好みとしてはスペインのハモンセラーノよりは、イタリアのプロシュートのほうがよろしい。 そして、これまでに..
季語は・・・曝書(ばくしょ) 書き込みは 黒き歴史の 曝書かな 【去年の今日】汲話§井戸在りしこと
ビッグイシュー485号は8月15日から発売されています。お買い求めできる場所はこちらを参照。毎月1日、15日発売。一部450円。230円が販売員の収入に。永瀬正敏が表紙。 表紙&スペシャルインタビュー 永瀬正敏 リレーインタビュー 一ノ瀬メイ(元競泳選手、モデル) 特集 あした美術館へ かつて特権階級だけが楽しんだ美術品鑑賞、今や誰でも名作を楽しめる時代に。美術館を使って新しい出会いを楽しんでいる人々もいます。 まず、note(ウェブサイト)に美術館や展覧会、学芸員の仕事などについてコラムを投稿する“ちいさな美術館の学芸員さん”。「アートという壮大な無駄があるからこそ人間らしく生きられると言ったら言い過ぎでしょうか?」と問います。 また、1926年に開館した日本で一番古い公立の東京都美術館では、2012年のリニューアルオープンをきっかけに、お隣..
結婚をしたタイミングで生命保険に加入した。それからしばらくして、それに新たな契約を追加した。 それでしばらくは推移していた。20年くらい前かと記憶しているが“保険を見直す”相談会に出て、我々の保険を見てもらったところ、生命保険はここまで必要ないからばっさり切ってしまってもかまわない。それと新しく契約した部分については、最後まで維持したほうがお得である。それが専門家の御託宣だったのである。 ……そうしたアドバイスをもらい、それに沿った最終形となって、今に至っている。見直したおかげで、月々の保険代支払いも軽減されたし、残しておいた契約のおかげで、数年前頃から、ちょっとばかり得をしているようにも思うのだ。 契約をした30年以上前、我々の今について考えなど及ぶはずもなく、はるか遠い先の先の話だと考えていた。そして気がつけば、保険が機能する年齢となって、深く考えもせず、何の展望もな..
季語は・・・夏草 夏草や 気象警報 今解除 【去年の今日】悦話§立ち呑みの店“うけもち”の追憶
若い頃からそれほど汗をかく体質ではなかった。だが、そうはいってもこの暑さである。水分摂取が大切なのは、高齢者も変わらずで、だから最近は、朝起きたところで、炭酸水を飲むことにしている。まずは夜の間に身体から出ていった水分を補給してやるのだ。 宮仕えしていた頃から、日常的に水分摂取をすることは少なかった。身体が欲していないからかどうか、せいぜい午後にコーヒーを1杯飲み、その後は仕事帰りに酒を呑んでという流れだった。 だから、電車の中でも街中でも、ペットボトルを頻繁に口にする人を見て、なぜそれほどに?と思ったりしていたのである。 もちろん正しいのは飲んでいた人たちのほうで、自分自身が水分に関しては無頓着過ぎたということだ。 というわけで遅ればせながら、心を入れ替えて水分補給にこれ努める日々なのである。 《健康のトピックス一覧》
腕に“スマートウォッチ”をしている人が増えた。男女関係なく、腕に黒いあれが巻かれているのが珍しくなくなった。 スマートウォッチは、スマホと連携させて使うものだから、今だに自分とは無縁の存在であるし、別段持ちたいとも思わないのは、あの真っ黒なデザインで、いかにも小型のパソコンが腕にあるようだ。 それに、そこまでの機能を欲しいとも思わない。いずれガラケーからスマホへと買い替えることになるが、その先にスマートウォッチは存在してない。まずもって、他の人と同じにしか見えないウォッチを腕にしたくはないし、時刻がわかればそれで十分なのである。 そして、時計に関してあれこれ注文をつけるようなことはしたことがない。もちろん有名ブランドの手巻きとか自動巻きとか、デザインが優れていても興味などはない。 今使っているのは、20年近く使っているソーラー電波時計で、止まったことはないし、言うま..
季語は・・・キリギリス キリギリス 秩父宮の 芝の奥 【去年の今日】週話§日曜枯寂~小盛があるといいですね~
8月9日……夕方、薄暗くなった頃に窓の外からコオロギの仲間の初鳴きが聞こえてきた。去年より一週間ほど早い。 立秋を過ぎたから登場してきてもおかしくはないけれど、猛暑は延々と続いていて、とても残暑とか呼べるレベルではなく、だから浴室の外から聞こえてきた時も、ちょっと早いのではないかと、ゆえに実感はあまりなかった。 8月10日……月曜日に接種した帯状疱疹ワクチンだが、接種した場所の痛みがようやく取れた。コロナワクチンの時の筋肉痛とはまた別種の痛みが長く続いた。2か月後の10月には2回目の接種だが、ここまで痛みがないことを期待したい。 8月12日……気のせいか、今年はアブラゼミの蝉時雨がそれほどうるさくはない。個体数がいつもの年よりも少ないということかどうかわからないが、むしろミンミンゼミやクマゼミの主張が強いと感じる。 毎年、やかましいくらいだった蝉時雨だが、音量が小さ..
歴史上の出来事と同時代に生きていた人たちとが、どのように関りを持っていたのか、個人的には興味があって調べてみたりすることがある。 例えば、アメリカが独立宣言を出した1776年、二十歳のモーツァルトはザルツブルクで宮廷音楽家として仕事の日々にあったわけだが、そんなモーツァルトが、アメリカという国の存在や、独立を宣言した……そうした出来事を知っていたのだろうかと考えたことがあった。 それで、ネットの中を自分が考えられる範囲で調べてみた。残念ながらモーツァルトとアメリカとの関りあいについて日本語で書かれた資料を見つけることはできず。 ならばと、1989年……モーツァルトの死の前々年に起きたフランス革命について、どれほど知っていたのだろうかと。これも調べてみたが、日本語については見つけ出すことができなかった。 はたしてアマデウスは“幼なじみ”のマリー・アントワネットが、断頭..
季語は・・・夏果つ 江ノ電の 列車交換 夏果てぬ 【去年の今日】週話§土曜枯寂~旧盆~
立秋の次候“寒蝉鳴(ひぐらしなく)”である。 毎年書いていることだが、もう何年も我が家周辺でヒグラシの鳴く声を聞いていない。 元々は個体数も少なく、気がついた時には姿を消していた。秋の少しばかり陰のある雰囲気を表現してくれる、好きな蝉だったのに何とも残念である。 今は、こうして映像サイトを探せば簡単にヒグラシの鳴き声を見つけ出すことができるのはありがたいが、やっぱり実物の鳴き声を聞いてみたいのだ。 《七十二候のトピックス一覧》
20世紀の終わり頃、ワープロ(ワードプロセッサー)が一世を風靡した。実際に操作をしたのは1984年頃。会社で所属していたセクションに一台やって来た。富士通オアシスという機種で、キーボード入力が親指シフトという独特なもので、最初は戸惑ったが、意外にもすんなり慣れてしまった。 何か仕事に使えるだろうかと考えていたら、仕事上必要なクライアントの名称と住所、電話番号をせっせと打ち込めば役に立つことがわかったので、数か月かけて蓄積させつつ、そうしているうちにキーボード入力ができるようになったのだ。 そのデータは更新に更新を重ねて、後輩に引き継がれていったはずである。 そうしてワープロに親しんでいったと思ったら、世紀が変わるタイミングで一人に一台パソコンが支給され、ネットに接続された。あーら不思議……かくしてワープロは20年足らずで姿を消してしまった。 そしてワープロと..
季語は・・・夏雲 夏雲や 息を切らせて 男坂 【去年の今日】熱話§がんばれ地元!(全然違
還暦を過ぎて、どうも寝相が悪くなったようで、これまでに二度ほどベッドから落ちたり、落ちそうになったことがある。 10年くらい前までは、160cm幅のダブルベッドだったが、今はそれぞれ80cm幅のシングルベッドを並べている。同じ幅なのに、なぜ落ちるのか……やはり160cm幅という安心感があったからだろうか。 落ちたり落ちそうになった時は、睡眠が浅いタイミングのようで、夢を見ていて、夢に合わせて思っている以上に身体が動いた結果、落ちたのだ。 落ちたその刹那は、何が起こったのかと、自分がいる場所がわからず狼狽えそうになったが“ああ、落ちたのか”と、すぐに状況が認識できた。 ということが起きたので対策を講じることにして用意したのが、寝転び用のマットレス。コルク床に直接落ちるよりは、いくぶんかショックも緩和されるだろうと考えたのである。 残念ながら、そうした予防措置を講..
季語は・・・蜻蛉(トンボ) タンデムで 蜻蛉まどろむ 池は午後 【去年の今日】通話§英会話~ヒアリングの耳~
何を勘違いしていたのか、気がついたら週末ネタの“土曜流転”ではなく、通常の平日モードで書いたものをアップしようとしていた。危ない危ない。 こうしたことを繰り返すと、認知症がどうたらこうたらと疑われてもおかしくない年齢なので、心してかからなくてはならない。問題なのは、自分では気がつかないままでいて、第三者から指摘されるような状況になることで、だから、気がついて修正している今は、まだ“まし”だと考えることにしているのだ。 ……宮仕え時代のブログであれば、週末モードが有効に機能していたのにと思うが、曜日感覚が希薄になってしまった今は、油断しているとこんなミスを犯してしまうということである。自戒!自戒!! 《私事のトピックス一覧》
季語は・・・秋立つ 秋立つや 神保町で カレー喰ふ 【去年の今日】供話§サブスクについての・・・・・・
8月5日……ツクツクボウシの初鳴きを聞いた。これで我が家付近の蝉類は勢揃いした。ヒグラシが鳴いてくれればと思うが、もう何年も我が家周囲であの“秋の聲”を聞けないでいる。 同じ日の昼前、かねて予約していた帯状疱疹ワクチン接種をしてもらった。接種するつもりではいたのだが、何やかんやとぐずぐずしていた。そんな背中を押したのはこちらの記事だった。認知症に効く(かも)という誘い文句には弱いのだ。 ワクチンは2種類ある。1回で済む効果は5年程度というワクチンと、2か月の間を置いて2回打つシングリックスというワクチンがある。効果は10年続くというので、こちらを選択した。 一週間ほど前に予約し、真夏日の午前中に病院に向かう。我が自治体は50歳以上の市民に対して、シングリックスの接種者に対しては一回あたり1万円の補助が出る。自己負担額は1万2千円となる。 そうした書類の手続き..
1960年生まれ、63歳で職を辞した初老の人が“一念発起”して運転免許を取得したという話を耳にした。詳しい経緯はこちらを読んでいただくとして。 かたや、なかなかに思い切った決断をされたものだと思った。こなた、あと数年で車を手放して自動車の運転から足を洗おうとしている古稀間近の人間もいるのに……である。 もちろん、彼が運転できる年月は20年かそんなものであろう。2か月に及ぶ自動車教習所通いは緊張の連続だっただろうし、仮免をクリアし、路上教習を経て卒業検定に合格しても、最後に試験場の筆記テストを90点以上取らないと、晴れて運転免許は手にできないのだ。自分が還暦を過ぎて運転免許を新たに挑戦するなど想像のつきようもない。 そして、60歳を過ぎてハンドルを握る、運転席からの風景はどのように眼に映るものだろうか。 どうぞ、カーライフをできる限り、安全に長く楽しんでもらいたいもの..
季語は・・・旱(ひでり)星 旱星は 西へタクシー 未明過ぎ 【去年の今日】緑話§道刈りに半日かけて行き帰り
7月に入った時には既に就寝中にエアコンを動かしたままである。 我が家は、寝室にエアコンはなく、隣の居間に設置してあるエアコンからの間接的な冷気を取り込んでいる。もし寝室にエアコンを置いていたら、直接冷気が当たって健康的ではなさそうだ。 ワンクッション置いているから、冷気もいくぶんか穏やかなものとなってくれているような気がしないでもない。 特に同居人のほうが暑がりのようで、一晩中エアコンを動かしておかないと睡眠不足になるのは明々白々なのである。 というわけで、電気料金には眼を瞑ってエアコンの世話にならなければならないのは、残念ながら理屈でもなんでもなく、我が身を護るためのオンリーワンの手段なのである。 7月はじめのある早朝、我が家の外気温は30度を超えていた。 《健康のトピックス一覧》
6月下旬、電気シェーバー(剃刀)を購入した。20年くらい前に一度、買っているが、ずうっと長いこと風呂に入ったついでに、シェービングクリームでシック製2枚刃の剃刀で手剃りしていた。それで、やはり剃刀の剃り上がりに勝るものはないと……だから、たいして使うこともなく、それきりになってしまったのだ。 今回、電気剃刀にしようと考えたのは、そろそろ風呂場での髭剃りがどうだろうかと考えるようになったのである。今時はまだいいのだが、これが冬になると、浴室の気温も高くはなく、先々の健康面を考えて本格的に電気剃刀をメインにすると決めたのである。 いくつかの候補の中から、髭を剃った後に自動的に稼働部分を洗浄&乾燥してくれる機能が付いた製品にした。 さて、剃り心地だが、なかなかに良好と感じる。20年前に使っていた製品はシンプルな造りだったので、剃り心地はやや大雑把なものだったが、さすがに..
季語は・・・夏草 夏草や 一本道の へんろみち 【去年の今日】惨話§日本代表対フィジー[秩父宮]
立秋の初候“涼風至(すずかぜいたる)”である。 はい、秋です!……超暑いけれど。そして涼風なんてどこ吹く風?なのだ。 ついこの間が夏至だったと思えば、一か月半が過ぎれば“秋”になってしまう。とはいえ、一か月どころか二か月経たないと、秋らしい空気にはなってくれそうもない。 古稀となる日は一か月ちょっと先のことだが、まさか自分がそんな年齢になるとは思わず、気がつけば身体の力の衰えは隠せず、表でツクツクボウシが喧しく鳴いているのをエアコンのきいた部屋で聞くばかり。 まだまだ白眼の日々は続く。 《七十二候のトピックス一覧》
一浪を経て無事に大学に潜り込むことができた。第一志望の大学には入れずで、次善の大学に引っかかったのだった。予備校で何度か模擬試験を受け、その結果を見れば第一志望にも滑り込めたはずだったが、それは叶わず……ただし、今でも自分の当時の実力がどれほどのものだったのかわからないでいる。 入学して心したことは、まずもって4年間できちんと卒業しようと考えた。そうして1年次からせっせと単位の取得に努めたが、それは、単位を稼ぎつつ、2年次からアルバイトも並行してやることにした。4年間の夏休みすべては、尾瀬の山小屋で働いていたので、東京でのアルバイトは尾瀬の補完という形で、無理のない程度にやっていたのだ。 文学部としては実学に近い専攻学科ではあったけれど、自分の中でピンとくるような講義は多くはなく、興味あるなしの振れ幅が大きく、まじめに受講した科目とおざなりに流してしまった科目の差は大きいものが..
季語は・・・夏休み 目標は 形骸化して 夏休み 【去年の今日】週話§土曜枯寂~持久力はついたか~
故郷(ふるさと)とは何なのだろうと、老境の身は考える。1月1日、能登半島を大地震が襲った。おびただしい家屋が倒壊し、長期にわたって断水が続いた地域も少なくなかった。 そんな中、自分の故郷を守ろうと奮闘する人たちは数多くいる。そして改めて“故郷”なるものを考えることになったのである。 自分はといえば、実家のあった町は好きであると自信を持って言うことはできるけれど、そこに定住しようとは思わなかった。そして東京住まいを始めて半世紀が過ぎた。半世紀の中で引っ越ししたのは、今で7軒目……まさに根無し草と言っていいだろう。 そうして引っ越しを繰り返している間に“故郷ロンダリング”が行われたようで、故郷に対する愛着はあるが、故郷に対する執着といったものは存在などしていない。 同じことを、地震の被災者の人たちにあてはめることは本当に難しい。もはや住み続けることが叶わなくなった自分の..
日本における地上の電柱から電線を地下に埋設する普及率が遅々として進まずのままである。2022年時点で、何と!日本全体で0.3%というものである。 上はいくつかの都市における直近の電線地中化率のグラフ(調査年不明)だがごらんのとおりの体たらくで、電線の地中化はメリットが大きく、例えば多くの災害についても強いとされていて、電柱のメリットは浸水に強いという程度でしかない。 つまり、多くの災害に関して、電柱という存在は脆弱そのものということになる。災害ばかりではなく、無電柱による様々なメリットとしては、景観の良好改善化が大きく、電柱があることによって歩行者の通行に不便をきたすなどなど、デメリットばかりが目立ってしまうのだ。 ではなぜ普及が進まないのか。答えは単純で、電力会社と行政の怠慢でしかない。彼らの言い訳としては、ここまで都市化が進み、様々なインフラが整備されてきた中..
季語は・・・溽暑 もたもたと 野良の猫行く 溽暑かな 【去年の今日】週話§土曜枯寂~持久力はついたか~
定年退職して来年で丸10年となる。何というか、あっという間の10年という時間の経過である。 宮仕えを始めた1978年、その頃の定年は55歳で、今考えても超がつくくらい早いものだった。それからほどなく60歳満了日(61歳誕生日前日)に定年退職年齢が延びた。 ありがたくも、我が世代は61歳から厚生年金が支給される。国民年金と合わせてフルに支給されるのは65歳からだから、満額までは忍の4年間を過ごしたのだ。 さて定年退職が何歳なのか、それはそれぞれの会社や機関が決めることで、今はおよそ60歳が主流で、65歳となるとどれほどの企業が導入しているものだろうか。 ただし、定年退職といっても、そのやり方はまちまち。銀行に勤めていた知り合いは、五十代半ばで取引先の企業に“出向”させられていた。体のいい押しつけといえなくもなく、何とも腑に落ちない話と感じたのだった。 だから、出..
インターネットのブラウザーにはブックマーク機能がお約束として付いていて、頻繁に見るページはブックマークに登録しておけば、簡単に閲覧することができるようになっている。 そうはいっても、何でもかんでもブックマークを付けたりするものだから、使いたいページがブックマークのどこにあるのか見つからなくなったことがあった。 そうなってしまった後は、テーマごとにファイルを作ってそれぞれに収めるようにしているが、賢い人は、あれここれもブックマークを付けまくることはせず、ブックマークは最小限に留めて、あとは閲覧したいテーマがあったら検索して必要なページを探しているようだが、それが簡単なのであろう。 それに、そこまでファイルで整理しても、既に見ることのなくなったページのブックマークがずらりと並んでいて、不要なものはさっさと削除してしまえばいいのにと思うのだが……中にはクリックしてもリン..
季語は・・・夏座敷 宿題は 積もり積もって 夏座敷 【去年の今日】預話§ゆうちょ銀行の縛り
記憶というものは、年月が経てば経つほどその内容が変化していってしまうことは珍しくもない。 ずうっと“そうだ”と思い込んでいたことが、実はまったく違っていたということが、第三者の指摘で判明したことがあった。 新宿西口に雑然とした呑み屋街がある。その中に一軒の町中華があって、いわゆるB級の王者然として下世話な中華料理を出してくれる。その中に焼きそばが、何とも日本酒に合うということに気がついたのだ。 そしてその焼きそばは塩味の横浜あたりでは“炒麵”と呼ばれている類だとSNSで指摘してくれたのである。そんな指摘のおかげで、長いこと食べていなかった焼きそばの味が甦ってきたのだった。 そんな焼きそばを出してくれるのは、新宿西口思い出横丁の“岐阜屋”という店である。 《私事のトピックス一覧》
季語は・・・夏の旅 石塔は 朽ち果てかけて 夏の旅 【去年の今日】育話§小田原と真室川のハーフ&ハーフ
先月、ショッピングセンターの福引で当たったカステラを食べた。何とも本当に久しぶりなことで、カステラが食べたいとわざわざ買うことなどないと気がついた。 カステラが嫌いなわけではないが、YックMックとか何とか屋のクッキーのように、頂き物としていただくような類のものという認識か。 それはともかく、久々に食べたカステラは、あっさりとしておいしかった。最初は紅茶で食べたが、その次は日本茶を淹れた。 何というか、紅茶より日本茶のほうがカステラには合っているように感じたのは、我々にとってのカステラは、洋菓子よりもむしろ和菓子に寄っているような捉え方をしているからなのか。 ちなみに、我が家の“本家”は、町で一番大きい和菓子屋なのだが、そこではカステラも作って商っていた。時折だが、遊びがてら店に顔を出すと、かわいがってくれた大伯母(祖母の姉)が、成形した残りのカステラの端切れを袋に詰..
季語は・・・冷奴 ささくれは 中指にあり 冷奴 【去年の今日】文話§2023年7月の天気模様を振り返る
大暑の末候“大雨時行(たいうときどきにふる)”である。 暑いなあ、一雨欲しいなあと、雨雲レーダーをチェックすると、奥多摩あたりにまとまった雨が降りそうな夕立雲が発生していて、南南東方向に進んでいることがわかる。 よっしゃ、夕立が来るぞ!と期待しながら待つこと一時間……あーら不思議夕立雲は消滅してしまったではありませんか。そしてある時は、盛大に降るまでに発達してくれたものの、風向きが変わってしまい、夕立雲は真東へと進んでいってしまった。 そして、渇望したとおり我が家に雨をもたらすのは3回に一回か4回に一回くらいだから、野球の打率並みだが、せめては5割くらいになってほしいのだけれど。 今は、だから雨雲レーダーのおかげで、来るか来ないか大雑把な目安をつけることはできる。ただし、前触などなく突然にザーーー!っという唐突感はなくなってしまったが。 《七十二候のト..
2024年7月の東京の天気がどうであったのか、振り返っておこうと思う。 このリンクの日付をクリックすることで、各々の日のアメダスが確認でき、より詳細な気象状況をチェックできる。 ここ10年では最も遅く6月21日に梅雨入りした関東地方だったが、梅雨明けはあっけなく平年並みの7月18日……一か月足らずの梅雨でしかなかった。 ぐずついた天気の日が多く、晴れ上がった日は10日もなかったが、35度超えの猛暑日は12日もあって、先々が思いやられたのだ。 そして月の終わり頃には連日の猛暑日となり、表に一歩でも出ようものなら殺人的な太陽光線に晒されて、一刻も早く室内に戻りたいと……それは恐るべき気温だったのである。 そうして猛暑は、この先まだまだ続く。 《天気のトピックス一覧》
季語は・・・炎暑 草いきれ 特急通過駅 炎暑 【去年の今日】葉話§2023年8月の予定あれこれ
ビッグイシュー484号は8月1日から発売されています。お買い求めできる場所はこちらを参照。毎月1日、15日発売。一部450円。230円が販売員の収入に。エミリア・クラークが表紙。 表紙&スペシャルインタビュー エミリア・クラーク リレーインタビュー 辻沙絵(陸上競技選手) 特集 日本の若者は人権マイノリティ 子どもの自殺者数は、2022年、23年の各年、500人を超え過去最多となりました。なぜ日本の子どもや若者たちの生きづらさが進んでいるのでしょうか? 2015年に「日本若者協議会」を立ち上げ、若者の声を政治に反映させたいと政策提言などを行ってきた、室橋祐貴さん(日本若者協議会代表理事)は「生きづらさの根底には、“人権問題”がある。日本の学校は子どもの権利を理解せず、尊重していないために、子どもの発達に大きな弊害が出ているのではないか」と言います。 ..
月初めにつき、東京の一か月間の日の出&日没時刻を。 8月1日の日の出は4時48分で日没は18時48分、月末の日の出は5時11分で日没は18時12分。日没が早まって秋めいてはきたが、暑さは引き続きということか。 さて、当月のお楽しみだが、完全に“夏枯れ”である。クラシックの演奏会はなし。ラグビーはパシフィックネーションズカップ2024のプール戦となる日本対カナダが行われるが、さてどうしようか。 歌舞伎は八月納涼歌舞伎が三部制で、一番の見ものは勘九郎の『髪結新三』が第二部に出る。満を持しての舞台ゆえ、これはどうしても観に行かなくてはならないのだ。勘九郎「勝奴を演らないうちは新三は演らない」と言っていたが、11年前に十代目三津五郎が新三を務めた時に勝奴を演った。 そんな縁で、今回の勝奴は三津五郎の息子巳之助が務めるのだが、こうして歌舞伎が繋がっていくのであ..
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季語は・・・師走尽 師走尽 世はこれすべて 塵芥 【去年の今日】週話§日曜枯寂~2023年大晦日~
冬至の末候“雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)”である。 一年最後の候である。閏年だと大晦日だが、通常年は元旦が冬至の末候だ。 毎年書いていることだが、冬至以前から日没時刻が少しずつ遅くなって、一年が終わる頃には明るい夕方になりつつあって、それは春の兆候として喜ばしいと、冬の寒さが厳しくなるのと裏腹に感じるのである。 冬至以降の候名を見れば、時節よりも先の春を予感させるような名前が並んでいることに、今さらながら気がつくのだった。 《七十二候のトピックス一覧》
古稀となった2024年が終わる。そして新たな年がやって来て、我々の営みはなおも続いていく。いよいよ世界は混沌の度合いが顕著に色濃くなってきたと感じる。人生の終わり近くにこのような世界情勢になっていくことには、大きな懸念を抱いてしまうのだ。 卑小なところでは、2019年にウェブリブログから移転継続していたSSブログが来年の3月末で終了。拙ブログは、明けて1月1日からSeesaaブログへと転居する。 オワコンであることは否定できないブログという存在だが、流行り廃りとは関係なく、表現手段として使っている人は少なくなく、そもそもオワコンとかいう言葉を使われること自体が迷惑なのだ。それこそブログをやってすらいない人間から言われたくなどはない。 だがしかし、かくして我がブログは流浪の旅を繰り返していくことだろう。 それではみなさん、よいお年をお迎えください。 《年末年始の..
季語は・・・行く年 行く年や 饂飩半玉 気ぜわしく 【去年の今日】週話§土曜枯寂~とうとう来てしまった~
コンサートや歌舞伎、スポーツ観戦で通路側の座席に座ることがあって…… ↓ご覧のとおり(バイロイト音楽祭HPより) ……それで観察していると、そのほとんどで内側の席の人たちのほうが、なぜか来るのが遅く、我々が席に座っていたら彼らを通すのに立たねばならないか、もしくは立ったまま待っていることになるが、平土間で間に通路のないバイロイト祝祭劇場は、そうして遅れて中のほうに入っていく客のために全員が立ったままで待つことになるのである。 《つぶやきのトピックス一覧》
観客は8,169人で1万人に達せず。年末で行きにくかったか、渋い客の入り。と思っていたら、北関東は熊谷で行われたワイルドナイツ対スピアーズの試合は1万人超えをしていたので、動員力不足があったかもしれない。 という客入り状況はこれくらいにしておいて、後半は手に汗握る試合展開となった。結果は33対32と1点差でブラックラムズが辛うじて逃げ切り勝ち。前節のホンダヒート戦で終了間際に逆転負けを喫したショックを引きずることがなく、今シーズンの1勝目となった。 特に推しチームの対戦ではないのに秩父宮まで足を運んだのは、リーグワンに“戻って”きたTJ・ペレナラのプレイを見たかったからである。2021年ワンシーズンだけレッドハリケーンズでプレイしたが、その時は一度も彼を見ることができず、テレビでプレイぶりを見て、是非に見ておかなくてはと思ったのである。 前節はあま..
季語は・・・数へ日 数へ日や 夫の寝言 聞く夜明け 【去年の今日】療話§診察券の束なりき
どん詰まりに来た……あと2日で2024年が終わる(ほとんどコピペ 今年は自分の身体を見直す年になってしまったということだろうか。特に、足の血管の問題をメインとした、循環器系の問題を棚卸しして改善の道筋をつけることができそうだ。歯医者に半年以上通って、かなりメンテナンスができたのではと思っている。 70歳という年齢での見直しは、いささか遅まきながらではあるが、やらないよりはやっておけば、少しでも日々の生活が快適になってくれるはずなのはまあ、間違いないと思いたい。 というわけで、来年の目標は“一病息災”である。 《日常のトピックス一覧》
季語は・・・大根(だいこ)焚き 行列や 最後尾ここ 大根焚き 【去年の今日】懐話§昭和三十年代~貸本屋~
どん詰まりに来た……あと3日で2024年が終わる。 何度目の大晦日、そして何度目の元旦だろうか。もちろん今さら数えるつもりなどはない。 70年生きたということは2万6千日近くをこの世で過ごしたことになり、そのすべてが記憶の中にあるわけでもなく、間違いなく9割以上は忘却の彼方に消えて行ってしまったのだろう。 それが人生だなどと、したり顔でいうつもりもないし、思い出にすがりついて時間を戻そうなどとも思わない。すべては時の流れの中に沈められて、いずこかへと去っていくのである。 でもまあ、少しは人生でいいことがあったよなとは思っているのだけれど。 《日常のトピックス一覧》
季語は・・・年歩む 老い先は いずこ?の日々や 年歩む 【去年の今日】連話§ワタシの酒肴[177]メンチカツ
内緒の話だが―内緒になどなっていないが―一浪して予備校通いで下宿暮らしを始めた時に酒を呑み始めた。19歳だったから完全にフライングである。 下宿の三畳間には暖房の設備など何もないまま冬がやって来た。夜、受験勉強を終えて、口にしたのは安いウィスキー。それをお湯で薄めに割りホットウィスキーで身体を温めて布団に潜り込んだのだった。 そのあたりが酒の呑みはじめだったのだが、だからといって毎日毎日呑んでいたわけではない。そもそもそこまで自由に使える仕送りなどもらってはいなかったから、ごくたまに意を決してビールを買うとかそんな程度である。 だから、酔っ払ったという記憶がないのは、大した量を呑んでいなかったということと、酒の何たるかがわかっていなかったことは間違いない。 その後、大学に入っても酒量が増えるどころか、下宿で酒を呑むことはほとんどなかった。いわば大学時代は酒の空白期だ..
こんな映画があったことを覚えている、あるいは実際に観たことがある人は七十代以上ということだ。 東宝映画『ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗』というタイトルで1964年に封切りされた。何と!映画に登場するのは当時巨人でプレイしていた選手たちと川上監督、さらに西鉄ライオンズの中西太まで出演していた。そこに東宝の俳優が加わっていたのである。 1963年、三冠王を狙っていた長嶋茂雄を主役に、ペナントレースの様子を描いたドキュメンタリー・ドラマとでも言えばいいのか……何とも不思議な映画を観たような記憶が微かに残っている。 もちろん芝居素人ゆえ、演技云々については眼を瞑っていたとは思うが、それでも生々しいと思ったのは、三冠王に向かって突き進んでいた長嶋に阪神の投手バッキーがデッドボールを投げて、指の裂傷を負ったというところの映像で、長嶋茂雄渾身の演技ではなかっただろうか。 ..
季語は・・・年惜しむ 入院 二泊三日なり 年惜しむ 【去年の今日】現話§漢字の使用はほどほどにしています
冬至の次候“麋角解(さわしかのつのおちる)”である。 あと5日で2024年も終わり。自分にとってはいい年であったのだろうか……11月から12月にかけて、小さからぬ怪我をしたし、二泊三日でカテーテル手術もした。まあ、自分の身体の状態を顧みたということになるだろうか。 たぶん、自分が考える以上に様々な状況に振り回されたのかもしれない。 2025年……そして、これも我々のような考え方を持つ人間たちにとっては、さらに期待が萎み続けていく年になるのは間違いない。そして最低でも4年は臥薪嘗胆の日々を送るはずである。 いや、別に復讐がしたいわけではない。ごく普通の常識が普通に通用することを実現してほしいだけで、それ以上は何も望むことなどないのだ。 《七十二候のトピックス一覧》
一か月に一度くらいだろか、我が団地にも救急車が入ってくることがある。世帯の高齢化が進んでいることが大きいか。 以前は入って来てもサイレンを鳴らしっぱなしだったのが、最近は入り口で止めて入ってくるようになった。 見えるところに停まって、救急隊員が向かっていく様子が我が家からも見下ろせて、ストレッチャーを出したりとルーチンの仕事をてきぱきと進めていくのだ。 ところが、それからが長いことがあって、要請したお宅に入って30分以上も出てこないことがある。容態を調べているのか、あるいは一番考えられるのは受け入れてくれる救急病院を探しているのかということだろうか。そしてようやく救急車が出て行き、緊張感も去っていった。 ある時、頻繁に救急車が入ってきたことがあった。しかも呼んだのは同じお宅と思われたのだ。数回もそんなことがあった後は、パタリと来なくなったのだが、あれは何だったのだろ..
季語は・・・日向ぼこ 老い独り 優先席の 日向ぼこ 【去年の今日】槍話§十二月大歌舞伎~爪王~
六十代半ば頃から処方薬を毎日服用する生活が続くようになった。 つまり高齢化とはそういうことなのだと改めて実感しているところだが、夫だけでなく、同居人も同様に毎日薬を服用している老夫婦なのだ。 もっぱら、高血圧改善とか血管を拡げるとかの循環器系で、通院している内科は“ヤブ”に近いのだけれど、ありがたくも院内処方して薬を出してくれるので、いちいち処方薬局に赴かなくてもいい。 そんな薬の日々が、この先延々と続いていくのだろうかと思う。若い頃は、そんな日々がやってくるなどとは想像すらしていなかったが、いざ自分がそんな境遇になると“そういうことだったのか”と実感させられる。 世間でも高齢者の医療問題は切実なわけで、先々誰もが当事者になっていく運命にあるのだから、財政面も含めたいい知恵を出しあっていくしかない。医者に通わずに済むなら、それに越したことはないのはもちろんの..
ドイツ語で無賃乗車をする人は“Schwarzfahrer(黒い乗客)”と呼ぶ。 ドイツやオーストリアの鉄道には改札口がなく、人は駅に入ったらそのまま電車に乗ることができるのだ。そして当然ながら、無賃乗車をする輩も少なくはないはずである。 そんな交通機関には“車内検札官”が巡回していて、移動中の車内で身分証明書を提示しながら、切符の有無を確認するのだ。 そんな車内検札官に一度だけ遭遇したことがあった。10年前、ベルリン滞在していた時である。地下鉄に乗っていたら、本当に普通の姿の検札官が、乗客に切符を提示するよう求めたのだった。 我々夫婦は3日間チケットを持っていて、検札官が登場した瞬間に“来た”と即座に反応しチケット提示したのである。そうしてチェックしつつ、一人の男性のチケットを見て「これはだめ」みたいなことを言って、次の駅で連れ降ろしていったのだ。 そ..
季語は・・・クリスマス クリスマスや ワインの栓を 抜き損ね 【去年の今日】週話§日曜枯寂~あと一週間~
宮仕え生活37年半をどうにかこうにか勤めおおせ、定年退職して8年が過ぎた。あっという間である。人生の半分近くに及んだ宮仕えの記憶をたどろうとするが、時という消去機能が、少しずつ少しずつ消し去っていっているようだ。 会社員として有能だったかと問われたら“ものによっては”と答えるしかなさそうで、創造的発想には乏しいものの、ルーチン的な作業を手際よく片付けていくことについては、持てる能力を発揮できたとは思っている。 37年半というもの、ほとんど同じ職種の現場作業を淡々とこなしてきたが、振り返って考えてみるなら、現場作業より総務的な仕事のほうが性に合っているのではないか……とは、宮仕えを始めて半分が過ぎた頃に考えた事なのだったが。 根が器用な質でもなかったし“出世欲”もなかったので、いわゆる“平凡”なサラリーマンの一人として勤めを果たしたというところであろう。 とにもかくに..
季語は・・・嫁が君 夜目遠目 朝明けきらず 嫁が君 【去年の今日】米話§餅の日々~特に辛み餅~
1521年1月3日、マルティン・ルター、ローマ教会から破門。 ルターが司祭になった頃、ドイツでは贖宥状(免罪符)が大々的に販売されていた。それは、選帝侯として政治的に重要なポストであるマインツ大司教位の地位を得たいという野望を持ったアルブレヒトの資金稼ぎのためだった。 そうした行為を営利目的の非宗教的行為と考えたルターは、1517年10月31日に『95ヶ条の論題』と呼ばれる書簡を送ったのである。 神学論争が巻き起こる中、自説を頑強に否定しないルターは、1521年のこの日、ローマ教会から破門されたのだ。 かくしてルターはプロテスタント(新教)を組織化したのだった。プロテスタント系の保育園に通い、洗礼こそしなかったが長じても日曜学校に出向いていた人間から見れば、ルターが考えたことはもっともで、いかに当時のローマ教会が“腐敗”していたかである。 だから今でも、むしろ..
自分的に“おでん”の具とか鶏唐揚げは、ご飯のおかずになってくれない。おでんに関していうなら、練物の類はおかずにならないのだ。竹輪に始まって、さつま揚げなどなどといったあたりが該当する。 理由はというと、出汁はしっかり取れていても、やや薄味なところが、ご飯のおかずになりにくいのではなかろうかと想像。その他も、厚揚げや大根、卵と、いずれもおかずにするには、どこか物足りないと感じてしまうのだ。 だからもちろん、おでん定食などとは注文したことなど一度もない。これは実家暮らしをしていた子どもの頃から、食卓におでんが登場しても、それをおかずに食べたことなどはなかった。 そして鶏唐揚げも同様におかずになってくれない。これに関しても我が身はマイナーな存在で、食事処に行けば唐揚げ定食など珍しくもなくメニューにあって、多くの人が注文していることは承知している。 そして、ビールの肴として..
季語は・・・三が日 だらだらと 綻びゆきて 三が日 【去年の今日】顧話§今日の歴史~頑張れ母校~
2023年12月の東京の天気がどうであったのか、振り返っておこうと思う。 このリンクの日付をクリックすることで、各々の日のアメダスが確認でき、より詳細な気象状況をチェックできる。 2023年の師走は暖かく終わった。最高気温が10度に届かなかったのは一日しかなく、20度を超えた日まであった。 冬の太平洋側らしく、連日よく晴れてくれたが、珍しくも大晦日の午前中は雨模様となったのは珍しいことである。 気になったのは、上越付近のスキー場が雪不足でオープンを延ばし延ばしにしていて、このあたりも地球温暖化の影響によるものなのか……もっとも、宮仕えを始めた年の暮れ、上越線に乗って北上していた時、清水トンネルを抜けて新潟に入っても、雪がほとんど積もっていなかったことを思い出す。 《天気のトピックス一覧》
たいして変わりばえしているわけではないが、恒例年末年始の4日間ずつをまとめておきたい。 クリスマスイブに始まった週前半は忙しかった。25日は院内処方で一か月分の薬を受け取り、26日は3か月ぶりの床屋で散髪の後、バスでショッピングセンターまで買い物と天麩羅忘年会、27日は大掃除とカーテンのワンデー・クリーニングをお願いと、連日やることがあった。 12月28日……6時前起床。晴、外気温6.7度。 とはいえ年末の諸事は、前日まででほぼミッションコンプリート。ちょっとした雑事はあるが、まずまず穏やかな年末の数日間となったのである。 夜は豚しゃぶしゃぶ。ビール500ml缶に日本酒を240ml。 12月29日……5時頃起床。快晴、外気温4.8度。 引き続きいて呑気な年末の一日を過ごす。今年最後のお休肝日だった。 12月30日……5時半頃起床。快晴、外気温6度。..
季語は・・・賀状 素っ気なき 賀状納めの 言い訳が 【去年の今日】酒話§平均酒量の自己申告[2023年版]
ビッグイシュー470号は1月1日から発売されています。お買い求めできる場所はこちらを参照。毎月1日、15日発売。一部450円。230円が販売員の収入に。ムーミンが表紙。 表紙&スペシャル企画 トーベ・ヤンソン リレーインタビュー ISEKI(ミュージシャン) 特集 沖縄、百年の食卓 食べることは生きること。長寿で知られる沖縄県国頭郡大宜味村に、1990年、金城笑子さんが自宅のガレージを改装してオープンした「笑味の店」がある。 沖縄で育った金城さんは栄養士として学校給食に携わっていたが、大宜味村で島野菜を育て、おいしいごはんとおかずをつくって暮らす元気な“おばぁたち”の姿に出会い、沖縄の伝統食材や料理を次代に伝えようと決意した。それから33年、今や若い人たちにも人気の店になった。 「どの土地にも昔から伝わる食材や郷土料理があるけれど、地元にいるとそ..
冬至の末候“雪下出麦(ゆきわたりてむぎいずる)”である。 去年の、特に後半の気候はわけがわからなかった。だから、何度か書いたように、あれよあれよという間に10月、11月、12月が過ぎ去っていた。季節の移り変わりが滅茶苦茶だったから妙な感覚に襲われて、それが解消されていないのだ。 そんな気候変動はなおも続き、数年で解消するなどあるはずはないだろう。 そしてまた新しい一年が始まる。 《七十二候のトピックス一覧》
月初めにつき、東京の一か月間の日の出&日没時刻を。 1月1日の日の出は6時49分で日没は16時41分、月末の日の出は6時41分で日没は17時9分。年末には日没は遅くなっていて、日の出は上旬の終わりにようやく早まっていってくれる……これは春の兆し。 今月の予定は賑やかである。 まず歌舞伎は、歌舞伎座の壽初春大歌舞伎昼夜と、浅草の新春浅草歌舞伎も第一部と第二部を観ることにしている。特に浅草歌舞伎は、若手役者のチャレンジが目玉で、さらに昼の部は米吉大奮闘で『本朝廿四孝~十種香~』の八重垣姫と『与話情浮名横櫛~源氏店~』のお富を。第二部では歌昇が『熊谷陣屋』の熊谷直実を務める。第二部は、松也の『魚屋宗五郎』まで。 そして源氏店と熊谷陣屋では上置きに何と人間国宝の中村歌六が眼を光らせるというから、何とも贅沢で見逃せないのだ。 そうして、ラグビーリーグワン..
新年につき2024年版である。 “お休肝日週3日”は9年目に入った。順調である。 そして、飲酒量を誇るような年齢では既になくなっていることに気がつく。 酒話§平均酒量の自己申告[2005年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2006年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2007年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2008年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2009年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2010年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2011年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2012年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2013年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2014年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2015年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2016年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2017年版] 酒話§平均酒量の自己申告[2018年版] 酒話§..
暦が改まって2024年は辰年です。 あけましておめでとうございます 毎年のことながら、元旦はエントリー数多めで、あたかも1月1日に配達される朝刊のような盛り沢山のようとも言えるでしょうか……中身は薄いが。 新年につき、今年の言葉を以下に。1997年、ワールドカップ最終予選の時に“ジョホールバルの歓喜”を呼び込んだ岡野雅行の言葉です。関わり合いになりたくはないが、否応もなく関わり合いになってしまう……そんな心境を見事に言い表している。 日常の中でも、そうした状況は誰の身にも降りかかってくるが、そんな時にどうしたらいいのか……逃げられるものではないんですよ。 よしっ! 関わりあいになるのはやめよう!! そうは言いながらも、時折ですが“関わり合いになりたくないなあ……”と思うこともないではなく、岡野雅行が発した言葉の複雑さを噛みしめているところです。 ..
季語は・・・晦日蕎麦 老いの身や 酒ほどほどの 晦日蕎麦 【去年の今日】週話§土曜有閑~2022年大晦日~
気がつけば、2023年も12月31日大晦日となりにけるかも。 定年退職して丸8年が過ぎた。そんなにも月日が経ってしまったのかとは、信じられない思いである。自分の感覚としてはせいぜい4年くらいの経過であると感じているのだが。 それほどに老いの身にとっての時の流れは速く、このところ一年中急かされているようだ。それは定年退職したあたりまで感じていた、年末になると背中を押される状況が常態化してしまったのだ。 年が明けて2024年は辰年。我が身が古希を迎える年になる。 今年一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。 《年末年始のトピックス一覧》
季語は・・・極月(ごくげつ) 極月や かかと落としを 三セット 【去年の今日】拝話§“おりん”とは何でしょう?
2023年も今日と明日を残すのみとなってしまった。 来年は古希を迎えるわけだが、自分が齢七十を数えるなど、そんなにも長く生きてきたのかと……65年前は保育園に通っていたし、60年前は小学4年で1964年の東京オリンピックを楽しみにしていた。そして50年前は意を決して東京に出てきた。そんな過去すべてが自分の中に蓄積されたという不思議。 宇宙の時間に比べれば、七十年という時間などほんの一瞬でしかなく、熱した鉄板に落とした水滴のようなものである。 そして我が身は、鉄板の上で“アチチチチ!”と……まあ、風前の灯火か。 《年末年始のトピックス一覧》
季語は・・・年送る 他人事の 帰省ラッシュや 年送る 【去年の今日】米話§カレーに白飯
オランダの画家ヨハネス・フェルメールを知ったのは、いつで、どのようにだったのか、何とも記憶が曖昧である。 ……と思っていたら、ひょんなことから記憶が甦ってきた。確かコミック誌に連載されていた『ギャラリーフェイク』という漫画ではなかったろうか。 フェイク(偽)絵画を扱う画廊が舞台で、フェルメールの贋作が登場してきた時に、オランダの贋作者ハン・ファン・メーヘレンが関わってきてとそんな一話があったと記憶している。 それでフェルメールという画家の存在を知ることになったのだが、合わせてメーヘレンという天才的贋作者に興味を惹かれたのだ。 彼の手法は徹底していて、フェルメールの時代のキャンバスを使い、当時の材料を使って絵具を調合し、その画力と合わせて鑑定人たちの眼を眩ませたのだった。 そうした彼の“犯行”が発覚したのは第二次世界大戦直後、ナチス・ドイツの高官たちにフェルメー..
還暦を過ぎ、定年退職をしたあたりから病院のお世話になる機会が増えた。 現役時代だって、風邪を引いたり、歯の詰め物を直してもらったりしたが、今や病院のフルコース状態になってきつつある……内科は言うまでもなく、整形外科、耳鼻咽喉科、眼科、歯科とまあ、もろもろ。 そうして、財布の中の診察券が増えてきたのも当然のことであろう。頻繁に使っているのは“勝手にかかりつけ医”認定している近くの内科で、これは月に一回薬をもらうために出向いている。何ともありがたいことに院内処方で薬を出してもらえるのだ。 わざわざ処方箋を持って薬局まで行く手間が済むわけで、それかあらぬか高齢患者率が高いような気がしないでもなく、我が身もその一人なのである。 今年、月一の内科以外に行ったのは、取れた詰め物を直すための歯医者と、耳の奥がゴリゴリしてきたので、耳鼻咽喉科に行って耳垢を取ってもらったと……そんな..