プロフィールPROFILE

唯識さんのプロフィール

住所
加美町
出身
加美町

instagram toshi33303

ブログタイトル
唯識とショーペンハウアーから
ブログURL
https://schopenhauer.muragon.com/
ブログ紹介文
唯識とショーペンハウアーの研究
更新頻度(1年)

63回 / 344日(平均1.3回/週)

ブログ村参加:2016/11/25

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唯識さんの新着記事

1件〜30件

  • 紅葉の色

    赤、茶、黄色のはざま 紅葉の色は色々 りんごも柿も紅葉して りんごは赤で柿は黄色 りんごの赤はりんご色 柿の黄色は柿色 紅葉の色は紅葉色

  • ただのばか

    日本人は政治的にはただのばか 政治家の大半はだだのばか 官僚の大半もだだのばか マスコミもただのばか 経済界もただのばか 教育界もただのばか デュープス 説得力あるわ これが一番正確だと思う

  • 神の存在証明について

    神の存在証明が論理的というか精神的にはできないことはほぼ確かである。 ということは神の存在証明は科学的にされなければならないということである。 ところで神の存在はここ三千年間くらいで特に技術が高度に発達してからも経験的に証明されてないのだから、 科学の帰納法では存在しないこ...

  • 数学原因

    これはカント、明確にはショーペンハウアーが考えたことなのだが、数学には独自の原因があるのではないかということがある。 数学は膨大な論理形式と分類形式の応用の体系であるがということは言葉で記述できるということであるが長ったらしくなるので数式を使うのであると思う。 この論理体系...

  • 最短しぐさ

    合理的というのは理屈に合うというだけの意味しか持たないが不合理が排除されるので合理的な行為が最短に見える。 ただ最短のしぐさと合理的とは何の関係もない。 最短しぐさは人間より動物のほうがはるかに優れていて人間は無駄が多い。これは人間に知性があるからである。 ただ知性があるこ...

  • 家畜

    食べ物があって のんびり生きられるので 平和が最高だと思う家畜も 自分にまったく自由がなく いつか他の力によって殺されことを うすうすとは気づいている

  • 不完全さ

    不完全な動物というのは奇妙だが 不完全な人間というのは奇妙ではなく当たり前で むしろ完全な人間がいたら奇妙である 動物は完全であって正常だが 人間は不完全なのが正常であって 完全な人間というのは異常であるだろう <これは人間の精神が複雑すぎて間違いばかりしているからだろう>

  • 宇宙の法則

    宇宙は一つの質量であった だから宇宙が法則で出来たのではなく 宇宙がまず何かしらの法則を作り出してから しばらくそれで行こうと決めたのであった 人間がこれをどう捉えるかというのは また別の問題である

  • 楕円軌道

    もう思い出せないほどの過去に ふらふらさまよっていた男は 女に吸い寄せられて 楕円軌道で回転させられるようになってしまった この楕円軌道は長径が長いので 近女点が遠女点の五倍位ある かなり離れてしまうと男は女を忘れ さも昔から平和だったような幸福を味わうが 突然思いがけなく...

  • 宇宙調査隊

    初めて自分で火を起こした猿人は  焼いた肉を食べてから  じっと手を見た  そのあと首をあげて星を見つめた。 地球歴201900年、200年ぶりに宇宙調査隊が結成された。今回は銀河系の中心の反対側辺境の調査である。 前回までは球状星団の調査だったが球状星団は古い星が多く期待...

  • 輪廻と転生と業について

    輪廻は 生物においての 因果のその奥の 不気味さを表現したもののように感じ 転生は 発がん物質を取らないようにすると がんにかかりにくくなる というようなもので 業というのは 輪廻の業と転生の業の 二種類あるのではないかと思う

  • 変わらないもの

    「弘前は小さい秋が大きくなってますね」 「昼は気持ち良い風が夜は冷たいです」 「季節は変わっていきますよ」 「季節が変わるので私たちは何の変化もないですね」

  • 宗教について

    宗教の定義は「自分の精神を改善すること」である <芸術とは表象の鑑賞と表現であり、学問は真理の探究である> <人間の文化が宗教と芸術と学問に分けられるということはまだ熟慮の余地があるとしても単なる思い付きではなく分類における判断からくるのであり現在の文化の分類はこの三つの概...

  • 生命について

    自分の認識能力をすべて否定してみよう と言ってもあくまでも想像だろうが 自分の認識能力というのは五感、時間と空間、因果律、言葉、数などだ 人間の認識能力がなければ宇宙には時間も空間も因果もなくただ一つの質量や物質があるだけだろう これにとっては時間も空間も何の意味も持たない...

  • 科学につひて

    科学というはつらつら考ば学問の真なる命題その真の根拠が直観(五感)ということなり。実験、観察というはその直観を観察すと言えり。推論構築せられた命題からたてられし仮説は必ず観察により確かめらるべきなり。 科学には自然科学、人文科学、社会科学という分類有り。自然科学というは物質...

  • 主観と精神と直観の本質

    ある観念論哲学ではこの世界は三つの【存在するもの】でできている それは主観、精神、直観でありこれはどうしても分けざるを得ないものであるが というのはこの三つは互いに種と類の関係にはできないのである この三つの本質である、本質とは人間(自分)にとっての性質とか価値とか意味のこ...

  • 宗教と芸術と学問の定義

    わたしの考えでは人間の文化のすべては、宗教と芸術と学問に分類できるがその定義は <宗教の定義> 〇自分自身を改善すること <芸術の定義> 〇あらゆる表象による表現 <学問の定義> 〇真なる命題の繋がりの探究

  • アーリア人

    学問というのは真なる命題のつながりの構築であり そのとき真なる命題が真なる命題の根拠と成り得ることだが 人類の学問の起源はギリシャとインドにしかないだろう この二つの民族にアーリア人が深く関わっていることをみれば 学問を始めたのはアーリア人といっていいだろう 論理学はギリシ...

  • 愛の表面と内面

    からだが触覚ならば 触覚が実在ですから 愛に表面も内面も無いわけで 表面というのは肌で 内面というのは心ですが さまざまな体の部分 その皮膚と皮膚の接触が そのままこころの内面と なるのでしょう

  • 最高のセックス

    一体に なってしまえば なにもない 無と永遠は 同じなんだよ <哲学的説明> 最高のセックスのときに何もなくなるというのは、体は有であるが精神が無ということで 体というのは触覚であるから触覚のみになってしまうということで、精神が無くなってしまった時の五感は永遠であるというこ...

  • 二種類の因果について

    ショーペンハウアーは因果に二種あることを明確に区別しているし 唯識でもこの二つを区別して論じている ショーペンハウアーの二種の因果は物質の因果と動物や人間の動因の因果つまり意志の因果であり 唯識においては遍計所執性といわれる分別意識(すなわち精神が)が依他起性(すなわち因果...

  • 自然宗教について

    人類の意識が人類となったとき 人類は世界を芸術として見て驚いた 芸術だからそこには 雄大なもの、崇高なもの、美しいもの、喜び、楽しみ 醜いもの、耐え難いもの、苦しいものなどの 感性的なものがあってそれを信仰で表現したのであった だから自然宗教とは現代の宗教学で理解されている...

  • 芸術における実在論と観念論

    芸術によって自己が慰められた安らかになったり高められたりしたとしよう このときその力が芸術にあるとするならばそれは実在論と言えよう これに対して自己を救い高めたのは自己自身であるが芸術はそのきっかけであったとするならばそれは観念論であろう。 芸術は真実を表すものであるが人間...

  • ぶっ壊す

    <日本国憲法をぶっ壊す> 主権が国にある以上国家は現実に対立しており平和を守っているのは軍隊である。そして軍事力はその抑止力と外交のための道具でもある。日本国憲法は日本の国体や平和を破壊するためのものであるがそれ以上に日本人の精神を破壊するためのものであった。よって日本国憲...

  • 観念論と実在論

    客観が主観に含まれる観念論哲学では これは実在論では主観と客観の一致ということだが オナニーは同性愛に分類されるだろう

  • 自分という存在について

    言葉は精神の上層にあってあって一番目立つのだから 精神は言葉であると言っても人間の場合は間違っていない ただ精神の下層には様々な記憶が膨大に蓄積されている ところで言葉や記憶は実在ではないのだから 精神は自分という存在ではないことになろう 仏教や禅が目指すのはこの自分という...

  • 太郎の夢

    太郎は夢を覚えていることはなかった しかし太郎は毎日夢を見ていた その夢は大葉の葉が さらさらさらさら降り積んでいた

  • 太郎の病気

    太郎は病気になりました 花子は茄子の料理を作りました その料理にはシソが入っていました それを食べたら太郎の病気が治りました 太郎の病気は恋の病だったのです

  • くだもの

    あのひとの目はぶどう あのひとの匂いはメロン あのひとの頬はマンゴー あのひとの乳首はブルーベリー あのひとの肌はアボカド あのひとのくちびるはレモン あのひとの心はりんご

  • 青森県三内丸山遺跡

    わたしは黒石市から平川市を走っていた 昨日は弘前市にいた 夏の青森のお祭りを見る下準備である ネプタで有名なのはこの黒石と平川と弘前とちょっとはなれて五所川原で 黒石と平川と弘前の市街地がかなり近い 黒石と平川には甲南鉄道という私鉄が弘前から出ている 青森市は弘前から50k...

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