人生の半分を共に過ごしてきたパートナーとの離別。悲しみと絶望、グリーフ・複雑性悲嘆の世界。
自分自身の悲嘆と向き合うため、同じ苦しみにある人どうし支えあうため、また、お互いの生き方から学ぶため、グリーフ・ピア・サポート小平を立ち上げました。講演会や勉強会、ピアグループの開催などを開催しています。ブログでは、喪失の悲しみと絶望について、書き綴っています。
人生は当たり前だけど、思うようにはいかないものだから、きっと死ぬ間際は悲しくて辛くて苦しくて、恐怖や絶望の中で命を落とすのかもしれないけれど、やり残したことや遺された人に対しての固執するものは、今のところ僕には見当たらない。責任ある立場で働いているに
ずっと昔から、いつもひとりだった気がする。それが嫌だとか寂しいとか孤独だとか、負の感情を伴わなくてもそう思えるようになったのはきっと、あの、家族とよべる人がいなくなってから10年が経ってひとりの生活に慣れたからだと思う。思い返せば、子供の頃からいつ
「立ち直り」には、結局10年弱を要した。長いのか短いのかは分からない。でも、複雑性悲嘆の診断基準からは圧倒的にズレている。あれから結局、2回転職をした。あの前から働いていた職場はいづらくなくなり、転職して悲嘆に向き合う最中にあった職場はその理由では
「しあわせ」って、幸せと感じること、そのものが源であって、それ以上でもそれ以下でもない。それゆえ、感じ方は変わってゆく。僕は、あの感情が「しあわせ」だと感じていたけど、今でも、ああいいな・・・、と感じる瞬間はある。僕は今まで、満たされて、それは常
あれから10年、もう10年もの月日が経った。僕がこの間に得たもの、学んだものは何だったのだろう?結局、明日のことなんて誰にも分からない、自分にさえ分からない、かみさまにだって分からない。それは僕らが生きてるからに他ならない。僕がこの離別と悲嘆の中で学
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