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  • キス!キス!キッス!

    スーパーに入っている魚屋の店頭、10センチ前後のキスが15尾で200円と格安。ただし「そのままのお持ち帰りですよ」とのこと。ようするに、鱗を取って腹出しなど自分でしなさいということ。そんなものお安い御用と早速ゲット。調理は唐揚げにすることに。塩コショウと手持ちの香辛料などを降って、片栗をサッとまぶし、まずは低温でじっくりもっくり、骨が柔らかくなるよう時間をかける。仕上げは高温にし表面がカラッとなるように。だいたい、思ったように仕上がり、頭からボリボリ食べることが出来る。それにチクワと胡瓜の射込みとキハダ(300円)の山かけ、水菜のおひたし、これが夕餉。合わせるのはやはり冷の日本酒でしょ。キス15本のうち6本は残す。これは翌日、わかめと一緒にうどんに乗せた。天ぷらうどんならぬ唐揚げうどん。出汁が淡白なキスに...キス!キス!キッス!

  • 「廃」の「あはれ」と硫黄島の少年兵たち

    先般、私のうちの近くの廃屋やもはや使われないままに打ち捨てられた農機具などについて書いた。こうした廃屋や廃車など「廃された」ものへの哀れ(古語でいえば「あはれ」。ただし、「枕草子」などでみるように、古語のほうが「しみじみとした」情感一般を指していて、その用途が広いようだ)の感情はなぜ起こるのだろうか。さんざん利用された後に打ち捨てられたその「もの」に対する感情だろうか。それとも、それを利用した人たちへの「来し方行く末」を思う気持ちからだろうか。ここに載せた廃車は、やはりわが家の近くにあるもので、最初に気づいてからもう10年は経っていると思う。かつての田んぼを埋め立て、埋め立てた山土を均し固めたのみの駐車場の一番端に鎮座しているのだが、廃車を物置として使っているケースともやや異なる。物置として使用の場合は普...「廃」の「あはれ」と硫黄島の少年兵たち

  • 廃屋、そして廃棄された農機具と夢幻の田園風

    私の周辺の市街化の勢いはすごく、ここ何年か前の田んぼの中に住居などが散見できるというかつての風景は完全に逆転し、もはやわが家からは田んぼも見えず、逆に市街化された地域を通り抜けてやっと田んぼが見えるといった感じになってしまった。この間の経緯は何度も書いたので、またかと思われるかもしれない。しかし、その変貌はここ2、3年、本当に早いのだ。新しく建つ家屋も、機能本位の無国籍風が多く、その間を縫って歩く気も起こらない。最近、この近辺をうろつく機会もめっきり減ってしまった。しかし、これでは足腰の衰えに対抗できないと、数日前、昔からあった集落の中を歩いてみた。結論をいうなら、ここでもがっかりさせれれることが多かった。昔の農家の常として、槇の生け垣などに囲まれた屋敷内に、住居のほか、そこそこの畑をもっていて、そこでは...廃屋、そして廃棄された農機具と夢幻の田園風

  • 水戸岡鋭治氏デザインの岐阜無人バス(GIFU HEART BUS)

    昨秋より、岐阜市で始まった中心部での無人バス(GIFUHEARTBUS)の運行。この写真はJR岐阜駅バスターミナルでのもの。なんか簡単な手続きで乗れるそうだが、私はまだ乗ったことはない。別に怖いからではなく、その機会がないからだ。運行して半年ほどの先月、初めての事故があり、なんとその相手が路線バスだった。そのせいでしばらく運行を中断していた。事故の原因などどう決着がついたのかは知らないが、今月3日からまた運行を再開している。なおこの車両のデザインは、鉄道ファンにはおなじみの水戸岡鋭治氏とのこと。*いざ出発*こちらへ来るように見えるが、前後が同じなので、これは向こうへ去ってゆくところ■これを書いたあと調べてわかったのだが、事故の原因、路線バスの方が停留所へ止まる際、自動バスが停まるはずだという判断で、かなり...水戸岡鋭治氏デザインの岐阜無人バス(GIFUHEARTBUS)

  • 水戸岡鋭治氏デザインの岐阜無人バス(GIFU HEART BUS)

    昨秋より、岐阜市で始まった中心部での無人バス(GIFUHEARTBUS)の運行。この写真はJR岐阜駅バスターミナルでのもの。なんか簡単な手続きで乗れるそうだが、私はまだ乗ったことはない。別に怖いからではなく、その機会がないからだ。運行して半年ほどの先月、初めての事故があり、なんとその相手が路線バスだった。そのせいでしばらく運行を中断していた。事故の原因などどう決着がついたのかは知らないが、今月3日からまた運行を再開している。なおこの車両のデザインは、鉄道ファンにはおなじみの水戸岡鋭治氏とのこと。*いざ出発*こちらへ来るように見えるが、前後が同じなので、これは向こうへ去ってゆくところ■これを書いたあと調べてわかったのだが、事故の原因、路線バスの方が停留所へ止まる際、自動バスが停まるはずだという判断で、かなり...水戸岡鋭治氏デザインの岐阜無人バス(GIFUHEARTBUS)

  • 山車のからくり人形が私のために文字を書いてくれた@大垣祭

    5月12日、校下の人たちと大垣祭りに出かける。この祭りは私にとって思い出深いものがある。5歳の折、大垣郊外へ疎開した私にとって、その集落の鎮守の森のお祭りなど、細やかなとはいえ温かみのある祭りは経験していたものの、より規模の大きな、近郷近在から人が集まるような祭りは、この大垣祭りが初めてだったからだ。しかもそこで初めて山車(だし)というものを見た。 敗戦後、少し落ち着いてだから1946年か47年だったろう。まだ、父はシベリアへ抑留されたまま、その生死すらわからない頃で、母と二人で出かけた。駅前通りに勢揃いした山車は、それぞれのからくりや芸などを披露していた。私の印象に残ったのは、瓢箪鯰という出し物のそれで、瓢箪で鯰を捕らえようとするのだが、鯰はのらりくらりと逃げ回るというものだ。だいたい、あの小さな瓢箪...山車のからくり人形が私のために文字を書いてくれた@大垣祭

  • 後輩の命日の参拝を兼ねた古刹での森林浴

    以下は、昨年の5月10日、あるSMSに載せた記事である。===============================今日、葬儀に行ってきたのは高校(県立岐阜商業)の演劇部一年後輩の女性。この写真は当時の公演後のもので、着物にエプロン姿がその彼女。着物姿で髭をつけているのが私で、夫婦役であった。学生服姿のものは後ろ左が彼女、前列左から二番目が私。70年前のセピア色の青春。嗚呼!===============================そして今年、その人の命日がこの8日だった。五月晴れの快適な日、思い立って、その菩提寺に参拝しようと思った。というのは、同じ岐阜市でもほとんど南の外れに近いところに住んでいる私に対し、その寺院は、逆に岐阜市の北端にあり、濃尾平野の突き当りのような、もう山地に差し掛かるような...後輩の命日の参拝を兼ねた古刹での森林浴

  • 八十八夜の新茶と姉の思い出

    今年の八十八夜の新茶が届いた。贈り主は私の姉の娘、つまり姪である。この時期、新茶を贈ってくれるのは、三年前の今頃亡くなった姉の毎年の好意だったが、それを姪が引き継でいてくれているのだ。この亡くなった姉と私の関係は特殊であった。私たちの実母は、私が生まれて一週間ほど後、いわゆる産後の肥立ちが良くなくて亡くなってしまった(その意味では私は母殺しの鬼子だ)。実父は女姉妹ばかりの家へ婿養子で入っていたのだが、「家を守る」という昔風の流儀で、実母の妹と再婚することになった。しかしその折、その妹は女学校を出たばかりの19歳、乳飲み子の私やその2歳上の姉をとても面倒見きれないとうことで、姉と私は親戚中をたらい回しにされた結果、別々のところへ里子に出されてしまったのだ。以後、私が40歳を過ぎるまで、再会することはまったく...八十八夜の新茶と姉の思い出

  • デジャヴで不快な体験 ある勧誘の話

    過日の不快な体験である。インターフォンが鳴る音で玄関へ。「どちら様ですか?」と私。「ちょっと新聞についての調査です」と若い男の声。最近の新聞の衰退には関心もあるので、出てみた。男はまず「これは調査に協力していただく謝礼です」とティッシュの包を2つほど渡す。会社や組織名はなく白い包装のままのティッシュ。「今現在、新聞はお取りですか?」との質問に、「ハイ、とっています」と応えると、「偉いですね、私ども新聞業界にとっては全くありがたい方です。これもどうぞ」とまたラップの箱を渡す。「で、どこの新聞を?」との問いに「A紙です」と答えると、「ああ、やはり全国紙ですね。ますます感心するなぁ」とおだてあげる調子。おそらく、C紙や県紙ともいえるG紙を指しての発言だろうが、私はそれらを軽んじているわけではない。A紙とG紙をと...デジャヴで不快な体験ある勧誘の話

  • 重信房子の自伝的著書『はたちの時代 60年代と私』を読む

    県図書案の新着の棚にあったので手に取ったのがこの重信房子の『はたちの時代60年代と私』(2023太田出版)だ。著者は60年代の後半から共産主義者同盟赤軍派の幹部で、パレスチナへ出国し、その地でパレスチナ解放の闘争を進めていたが、密かに日本に帰国していたところを逮捕され、20年の刑を受けて22年に出所している。その彼女が、まさにタイトル通り20歳ほどで社会的な実践活動に参加し始め、それがどんどん進行し、ついには共産主義者同盟赤軍派として、現在イスラエルによる虐殺行為で問題になっているパレスチナにおもむき、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)との連携のもと、さまざまな活動を展開するのだが、この書ではパレスチナでの闘争に行き着くところまでが書かれている。なお赤軍派というと、あのあさま山荘事件や山岳アジトでの仲間殺...重信房子の自伝的著書『はたちの時代60年代と私』を読む

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