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Beyond Imagination https://katsuragi-phd.hatenablog.com/

米国エモリー大学の生物学ポスドク。日本の博士課程を修了後、3年間の経営コンサルティング会社勤務を経て渡米。新卒内定者時代、コンサルタント時代、アカデミアへの回帰を模索する時代、そして今の海外ポスドク生活を綴るブログ。

細胞生物学、生化学分野の研究で博士号を取得後、「視野を広げたい」という理由だけで、外資系の経営コンサルティング会社に入社。紆余曲折ありつつも3年ほど勤めた後、アメリカに渡って、イェール大学のポスドクとして再びアカデミアの道へ。 このブログでは、学生時代の終盤に会社に内定した頃から始まり、コンサルタント時代、その後の紆余曲折時代、そして現在のポスドク生活を綴っています。

住所
アメリカ
出身
埼玉県
桂城尚道
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2015/06/05

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  • 子供の言語発達について

    「2歳で2語文が出てこないというのは、ちょっと発達が遅いと思います。早期介入をお勧めします」 長男の2歳検診のとき、主治医から言われた言葉だった。 アメリカには”Birth To Three"という子供の発達支援団体があり、その団体の検査を受け、もし本当に異常な発達遅延ということになれば、団体の言語トレーニングや医学的介入を無料で受けられるということだった。 理屈はわかった。おそらく、早期に医学的な介入をすれば、後々の言語発達遅延を止めることができると、統計学的な証拠があるのだろう。自分も、広義の医学界の端くれの人間である。何が正論かはわかる。 しかし、感情的に納得することは、簡単ではない。 …

  • 僕が研究者であり続けたい理由

    研究者とは。 頭脳労働のようで、時間の大半をほぼ肉体労働と呼べる実験を繰り返すことに費やしていたり、その肉体労働の結果を、世界最高の研究機関の助教授とともに「ウンウン」言いながら転生させた結果である論文を、世界のどこに住むとも知らぬ「エキスパート」にボロクソに言われてリジェクトされたりする日々を過ごしていると、自分がなぜ研究者などと言う、奇妙な仕事をしているのか、よくわからなくなる。 先日、地元の教会が毎週主催している「Culture Chat」、つまりその場でマッチングされる誰かと一対一で1時間ほど、お互いの国の文化などについて話す会に参加した。 僕が組み合わされたのは、南アフリカから移民し…

  • 論文のリジェクト、ふたたび

    リジェクトされ、再投稿して復活した論文が、ふたたび、リジェクトされた。 3人いたレビュアーのうち、1人はオッケー、1人は「まあいいんじゃない」、そして最後の一人が、辛辣だった。 これら3人が、最初の投稿時の3人と同一なのかは、分からない。エディターは、同一の人にできるだけ回すと言っていたが。 辛辣な1人は、番号上は、初回投稿時には前向きなコメントをしていたである。人が変わったような態度の豹変だ。実際、本当に人が「変わった」のかもしれない。つまり、番号は初回と今回で対応していないのだ。 イェールのボスは、エディターに訊くと言っていた。 リジェクトされた後の、「この仕事は二度と世に出ることはないの…

  • 論文の再投稿と、嬉しい引用と

    先週、改訂した論文を再投稿した。 元々は、正式にはリジェクトされた論文である。しかし改訂稿と、査読者に対する応答を合わせて、編集部に送ると、「編集部での議論の結果、再考することになりました。」と返事が。敗者復活である。これが最終的な勝利につながるのか、つまり我々を痛烈に批判した査読者が考えを変えるかは、年明けに分かるだろう。 しかし、長かった。1年かかった。論文と戦い続けた1年間だった。 充実感と、疲労感と、現代科学の仕組みにたいする諦めが混ざったような感覚である。もっと早く進むことはできないのかと思うが、今のところ、これがベストなのだろう。そのうち、査読AIみたいなものが出てきたら変わるのか…

  • 日本にいると楽、アメリカにいると気楽

    日本にいると楽なのは間違いない。 医者には自由にかかれるし、3割負担が保証されている。 コンビニやスーパーはそこら中にあり、いつでも夜中でも歩いて買い物ができる。 少しお金を出せば、美味しい食べ物は簡単に手に入る。 百均に行けば、生活を楽にするグッズで溢れている。 しかし、アメリカの方が、気楽ではある。 まず、同世代との比較に悩むことがない。年齢を気にしなくなる。誰もが、年齢に関係なく、新しい仕事を始めている。キャリアのブランクを普通だと思っている節がある。 そもそも、何の仕事をしているのかよくわからない人も多い。 また、日本では、常に周りに気を遣わなければならない(ような気にさせられる)。「…

  • 人の評価がどうなるかなんて分からない

    学生時代の指導教員からのメール。 なんと、僕が博士2年時に出した論文が、いわゆるトップ10%論文に入っていると(注)。正確にはTop 7%らしい。 確かに、自分のGoogleスカラーのアラートメールには、論文を出してから10年が経った今も、定期的に「引用されました」お知らせが来るが、まさかトップ7とは。 全く、人の評価、世間の評判なんて、読めないものである。 学生のとき、論文が雑誌に蹴られ続け、何のためにこんなことをしているのか、自分の仕事には世に出す価値がないのではないかと、思ったものだった。 論文を出しても、達成感、開放感はなかった。ああ、ようやく終わったんだな、程度だった。 論文を出して…

  • 一年前の今頃は何もなかった

    日本に再び、一時帰国した。 1年前、やはり一時帰国したときは、何もなかった。 論文は投稿していなかった。投稿先すら決まってなかった。 次に行く先は決まっていなかった。PI職の見通しは厳しく、かと言ってリサーチサイエンティストの宛もなかった。アトランタに行くなど、夢にも思っていなかった。 あれから、ずいぶんと進歩した。 論文を投稿した。レビューされ、リジェクトになったものの、凄まじい実験と議論とアナリシスの末、完璧ではないものの、論文は別物に生まれ変わった。機械学習を実践できるとは思ってなかったし、サーキュラーダイクロイズムなど、できるようになるとは全く思っていなかった。この期に及んで新しい技術…

  • 大きな実験を前にして

    問題や論点などを明確に設定しなくとも、とにかく興味本位で手を動かしているうちに、大きな問題にぶつかるというのは、人知を超えた自然界を相手にする自然科学にいては、よくあることである。 いや、コンサルもそうだったか。とりあえず、マネージング・ディレクターが出した緩い仮説で動き出して、クライアントと何度か会っているうちに、次第に論点が「進化」していくなどと言う話は、常にしていた。 今だって同じである。闇雲に、一つの遺伝子を追うこと、五里霧中の状況でひとまず霧に隠れない程度に近い木を目指すことは、悪いとは思わない。型にはまった、Unbiasedなアプローチ、網羅的CRISPR-KO解析や免疫沈降‐質量…

  • 永遠の片想い

    まだニューヘブンにいた頃、バス停で一歳の長男とバスを待っていると、隣にいたお爺さんに話しかけられた。「何歳?」「一歳半です」たいていはそれだけで終わるのだが、お爺さんは、無邪気に歩き回る僕の息子を見て、こう言った。「たくさん、写真と動画を撮りなさい。彼は大きくなったら、今のことをすべて忘れてしまうのだから」そうなのだ。今、これだけ2人で濃密な時間を過ごし、笑い合い、慕い合っていても、彼はいずれ、その全てを忘れてしまう。そして、その反対側で、記憶の片われだけが、親の脳の中に残される。親にとって、今の時点の子供とその日々の記憶への愛は、永遠の片想いのようである。しかしそのことが、この時間の尊さを強…

  • エモリーに来て2か月が経った

    アトランタに来て3ヶ月、エモリーに来て2ヶ月半が経った。プライベート、仕事、ともに、まあまあ順調に立ち上がってきたのではないかと思う。1500キロを家族で運転し、アトランタに来たのは8月の頭だった。ノースカロライナの山岳地帯を抜け、景色が木々から街へと変わった途端に、急に増えた車の山。そのほとんどが日本車であったことに安心したことは忘れない。アトランタは多様性と合理性を重視するのだと思った。ビデオ内見だけで決めた賃貸の平屋の一軒家は、最初は「まるで小屋だな」と気が滅入ったが、家具が到着して整ってくると、少しずつマイホームの感が増した。小屋でも住めば都の邸宅である。アトランタに着いたものの、最初…

  • 休暇に対するボスの考え方

    エモリー大学の新しいボスと、休暇について話す機会があった。 僕は今度の11月に日本の学会に参加するため、その前後で少なくとも2週間は休まねばならない。 そこでボスに、具体的に 「最低でも何日間の休暇をもらう必要があります」 「もし今回の学会を仕事と考えないのであれば、さらにその分の休暇もいただく必要があります」 という趣旨の話をした。 (今回の学会では、イェールでの研究成果を話す予定なので、現所属のエモリーから仕事と考えられるかは微妙だと考えた) するとボスの答えはこうだった。 「もちろん、その期間は休みで構わない。また、学会の期間は、仕事として考えて構わない」 「エモリー大学が、君たちポスド…

  • ありがとう、さようなら、イェール大学

    先月半ばをもって、満6年間、研究者として勤めたイェール大学を退職した。 今週から、アトランタにあるエモリー大学にて、引き続き生物学の研究者として働く。今度の研究対象は、15年以上前からやりたいと思っていた、ウイルスである。特にコロナウイルスやデングウイルスなど、人類の脅威であるウイルスの増殖メカニズムに対して、細胞生物学とビッグデータ解析をもって取り組む。 イェール大学での勤務地の写真。 写真左のタワー:自分が2019年7月から9月までいた研究棟。 写真右の4階建てビル:2019年9月から働いた研究棟。 6年前、コンサルティング会社を離れてアメリカに来たときに考えていたことは、とにかく「海外で…

  • エモリー大学(アトランタ)訪問

    ミシガン大学から仮オファー取り消しのメールをもらったとき、僕は空港でアトランタ行きの飛行機を待っていた。 移籍先のもう一つの候補である、エモリー大学を訪れるためである。 候補のラボのボスは、ラボ立ち上げ4年の若手である。現在の僕のボスも、僕がイェール大学に来た時は立ち上げ5年だったので、あの時の雰囲気に近い。 エモリーのラボのボスをC先生と呼ぶ。 C先生は僕の獲得に初期段階から熱心で、彼と電話した僕の現在のボスも、「すごい熱心だったわよ」と言っていた。二回のZoomインタビューやプレゼンの後、僕が「アトランタの子連れ生活についてもっと知りたい」と言うと(彼自身は子供はいない)、わざわざ周りのラ…

  • ミシガン大学からの仮オファー取消し

    前回の記事で述べたミシガン大学のT先生のラボから、メール上でのオファー(「仮オファー」ないしは日本の「内々定」に近い)をもらい、それを承諾するやり取りを、2週間ほど前にした。 ああ、これで決まった、よかった。イェールを辞めた後も、アメリカにいられる。 通常であれば、この後、ボスから正式なオファーレターが届き、サインして、正式に契約となる。しかし現在のアメリカのアカデミアの情勢ゆえ、ボスの一存ではオファーレターを出せない。大学上層部の審査を経て、それに通って初めてオファーが出せると言う。 僕はイェールを7月に辞める。現在の僕のビザはH-1Bという区分で、このビザでは、職を失った後、60日間までは…

  • ミシガン大学訪問

    今週、2泊3日で、ミシガン大学のT先生のラボを訪問した。先日のZoomインタビューに続いて、本格的に採用となるかどうかを決める、対人面接である。 全体としては、まあ上手くいったとは思う。 初日と3日目は飛行機での移動に費やされ、実際に彼らに会って話をしたのは2日目のみである。 朝9時半に、ラボがある研究棟に到着。ガラス張りで流線型の、近代的な作りのビルで驚いた。 まず、ボスであるT先生と30分ほど話をした。話は、意外にも、僕のコンサル時代の話になった。前のzoom面接の時もそうだったが、T先生は、僕の「博士、コンサル、そしてポスドク」というキャリアが非常に気になるらしい。 「どうしてアカデミア…

  • 面接:ミシガン大学

    リサーチ・サイエンティストの職について、ミシガン大学の某ラボと面接。

  • 意図せずして、誰かに勇気を与えること

    自分の生き方、やり方で、誰かに良い影響を与えることは、できるだろうか。

  • 論文はリジェクトされた。さてどうする?

    Nature系の科学雑誌に投稿し、査読された論文が、リジェクトされた。はて、戦うか、逃げるか、トランスファーするか。

  • ポスドクのその後:Research Scientistへの就活

    海外でポスドクをした後、日本に帰るか、アメリカに残るか、それが問題だ。そしてアメリカに残ろうとして、かつ、Principal Investigator(PI)になれなかった場合、どうするべきなのか。現在、いわゆるResearch Scientistと呼ばれる職を探している。

  • 苦悩する博士学生には言葉が救いになれば

    博士課程が苦しいのは、ここイェール大学だって同じである。特に、ボスとの関係が悪くなると。しかしできることは、自分を変えることだけである。そのために、3つの本やエッセイを紹介する。

  • 飛行機の中で考えたこと

    家族と離れ、涙が出たが、泣いている場合でもない。子供たちのために、仕事を見つけ、論文を通さなくてはいけない。休暇の間、人間の幸せとは何かを、よく考えた。自分の子供が自分を慕い、満面の笑みで駆け寄ってくること以上の幸せが、人間にとってあるだろうか。それが唯一とは言わない。しかし他のこと、自分がエキサイトされる謎を追う機会に恵まれ、いい発見をして、海辺で貝を拾って喜ぶ子供のように他の研究者とディスカッションを楽しむことと、同じくらい大事なのは確かである。どちらかを犠牲にはできない。両方を目指したいのである。僕の夢は、一つの一里塚まで叶った。それは妻の協力なしでは成し得なかった。次は妻の夢を叶えてあ…

  • 上海でのプレゼン

    中国の上海交通大学で、自分の研究についてセミナーをする機会があった。僕が今のプロジェクトで使用したアルゴリズムの開発者が上海交通大学におり、ずっと連絡をしたいと思っていた。今回、日本に行ったついでに寄りたいと思いメールをすると、「ぜひセミナーを」とのことだった。 奇妙な人生である。 数日前まで、日本の自分が生まれ育った町の公園で息子を自転車に乗せて走り回っていたのに、今は上海の地でセミナーをし、教授や学生らに歓迎されて食事をして、食後に学生らとキャンパスを散策して鹿を見に行った。 セミナー後、教授と話して「きっとXXXの点でコラボレーションできる点があるはず」と、今後の協力関係の話まで持ち上が…

  • Rest and reflection

    先週から、長男を連れて、日本の実家に滞在している。諸事情により、妻と次男は後から来る。小さな子供を連れての一時帰国は、独り身の時よりは忙しい。それでも、アメリカでの野戦病院のような日常を離れて、日本という非日常での時間を過ごすのは、気分転換になる。自分が幼少の時に遊んだ公園の滑り台で、自分の子供が満面の笑顔で滑っているのを眺める。帰り道、自転車の前カゴが気分がいいのか、子供が歌を歌っている。その後頭部を見ながら、ゆっくりと自転車を漕いで帰路につく。途中、5時になり、「夕方5時のチャイム」が聞こえてくる。それににつられて、思わずフジファブリックの「若者のすべて」を口ずさんでしまう。まさに、自分が…

  • 2本目の論文の(ほぼ)完成

    アメリカに来てから、筆頭著者としては2本目の論文が、ほぼ完成した。そして、査読前の論文の投稿サイトであるbioRxiv(バイオアーカイブ)に投稿した。ほぼ、という状態になっているのには、事情がある。本来であれば、完全に完成させて、雑誌に投稿し、それと同時にバイオアーカイブに載せる、という手順を取る。バイオアーカイブに載せるのは個人の自由で、別に載せなくてもよい。載せれば、査読を経て雑誌に載るよりも早く、世の中に届けることができるので、最近はそうする人が多い。ただし一方で、査読を経ていないゆえの未熟なデータや文章を晒してしまうというデメリットもある。しかし今回の論文は、実はまだ完全に完成していな…

  • 底辺であり頂点:人生の華

    長男は2歳となり、次男も半年を迎えた。子育てに注ぐエネルギーと時間は増す一方であり、それに逆相関して、研究に費やせる精神的な力と時間は減る一方である。深夜、二人の子供が同時に夜泣きを始め、妻と二人で暗闇の中で子供たちをあやす。それが自分の子供であっても、眠りを妨害されるのは精神的に応える。翌日、寝不足の頭で仕事をし、集中力が足りずにミスをする。一日に一本読むことにしている論文は、時間が足りないので、屋外で子供をあやしながら読む。こうした生活において、しばしば、「頭脳労働をする職業人としては底辺だな」と感じることがある。また、夜中の暗闇の中、二人の泣き声を同時に聞いているとき、「底辺」という言葉…

  • 初の面接とジョブ・トーク:サウスカロライナ医大

    アメリカの教授(PI)職の面接とジョブ・トークをしてきた。その詳細を書く。

  • まさかの面接に呼ばれてしまった

    アメリカのとある大学の助教授(ラボ主宰者)ポジションの公募に、何の気なしに応募したところ、書類選考を通り、面接とジョブ・トークに呼ばれてしまった。事の始まりは、先月の末。雑誌Scienceに載っている公募情報をサラサラと見ていると、サウスカロライナ医科大学の助教授または教授の公募が載っていた。分野は僕のものに近く、しかも必要な書類は履歴書(CV)のみという簡便さもあり、特に失うものはないと思い、ささっと1時間くらいで応募した。後で振り返ると、僕のCVはフォーマットを統一しきれていない、いい加減なものだった。アメリカやカナダでは、助教授ポジションの公募は、9月から11月に集中し、この時期に公募が…

  • 育休して思うことは

    育休に入って、はや4週間が経とうとしている。さすがに、この生活をずっと続けるのは無理である。始まる前は、長男を連れてこの緑あふれる街を歩くことに憧れもしたが、それももう満足だ。ラボから離れると、置いてけぼりの気分になる。ラボのスラックでは、相変わらず新しい論文に関する情報が飛び交っている。僕はもう、4週間も論文を読んでいない。それは28本の論文に相当する。現在、興味あることはいくつかある。今研究している、核膜への興味はどうだろう?ボスがいる中で、彼女と差別化して自分の分野を作っていくことは、核膜に固執しては容易ではない。優れた研究者は、ポスドク時代の研究を活かしつつ、上手いこと「隣の青い芝」に…

  • グリーンカードの推薦人集め

    現在、National Waiver Interestという枠でグリーンカードを申請準備している。この申請には、"Independent letter"、すなわち「外部推薦人」による推薦書が複数枚(僕の場合は5通)必要になる。外部推薦人とは、下記の条件を満たす大学の教授(PI)である。- 僕が行っている研究と同じまたは近い分野にいて、どのような研究をしているかを理解できる- 僕が過去または現在に所属している組織に、一度も属したことがない(時期が被っているかは関係ない)- 僕と一度も共同研究をしたことがない(つまり論文を共著したことがない)- 日本人は避けるべきだが、どうしても無理な場合は1人ま…

  • またも偶然に救われるのか

    1年以上前から、ずっと追っている、調べ続けている遺伝子がある。名前をM214という。まるで星雲の番号のような無機質な名前だが、それはこの遺伝子の機能を、人類はまだ何も知らないからである。通常、機能が一部でも解明されると、遺伝子はその機能を反映した名前を与えられる。ヒトゲノムが解読され、ほぼ全ての遺伝子の存在は分かっており、どの遺伝子にも、何かしらの名称か、名称がなければ少なくとも記号は付与されている。M214は、そんな最低限の記号に留まった、数ある機能未知遺伝子の一つである。自分がこの遺伝子に出会ったのは、現在進行中の(そして終わりに近づきつつある)プロジェクトで行った探索スクリーニングの結果…

  • どうして海外にこだわるのか

    去年C誌に掲載された論文について、解説記事を日本生化学会の会報に書いてほしいと依頼があり、その原稿を先週に投稿した。春ごろには掲載されるだろう。日本語なので、自分一人で書いた。単著で何かを出版するのは初めてである。学生の時もこうした依頼はあったが、当然、指導教員との共著だった。記事を書くための参考にするべく、他の研究者による過去の解説記事を眺めてみた。どれも、生化学、分子生物学の分野で、日本人が主著者になっている、一流の雑誌に掲載された論文についての解説である。毎月、それだけ多くの日本人が一流誌に論文を掲載していることに驚かされる。しかもその大部分は、日本の研究機関に属する人たちである。こうし…

  • グリーンカード申請と研究の意義説明

    グリーンカードの申請(正式にはI-140の申請)の準備が本格的にスタートした。図らずも、その書類の準備過程が、自分の研究の説明能力を問われ、磨く機会となっている。I-140で最も重要なステップは、推薦書の準備である。自分のボスやコラボレーターはもちろん、自分の研究結果の価値を認めて、できれば活用しているアメリカ国内外の研究者たちの推薦書が強力なサポートとなる。とはいえ、そうした推薦書を研究者たちが書いてくれる時間も義理もあるはずがないので、実際は弁護士が代筆し、それに研究者たちのサインをもらうことになる。そこで弁護士から最初に要求されたのは、推薦書を代筆するために必要な、僕の研究内容と成果の説…

  • 今の成功は過去の投資の結果

    基本的に、いま自分の何かが上手くいっているとするならば、それは過去の自分の自己投資の結果であるという実感がある。いま書いている論文は、3年以上前に、自腹を切ってEdXのオンラインコースでPythonを学んだ結果である。当時は「将来何かに役に立つかも」という程度のモチベーションだったが、その1年後にPythonのようなプログラミングがなければ分析不能なデータセットに出会い、その分析で始まったプロジェクトが、いま、ポスドクとして2本目の論文として終着しようとしている。そもそもイェールにポスドクとして来れて、ボスや周囲の人たちと円滑にコミュニケーションを取りながら研究ができているのも、その前のコンサ…

  • 学生の労働組合とアカデミアの自由

    日本では考えられないことだが、今、アメリカでは、大学院生やポスドクが労働組合(Union)を作る動きが全国的に広がっている。その流れの理由の一つが、コロナ以降の、生活費と家賃の異常な高騰である。ニューヨークやロサンゼルスのような都市部だと、従来の学生やポスドクの給料ではリアルに「生きていけない」という事態が発生している(※)。このため、労働組合を作って大学や政府に待遇の改善を求め、実際、20%前後の賃上げを勝ち取っている。※何しろ、最も安い”Studio”(日本で言う1Kに近い)ですら、家賃が2000ドル(30万円)くらいするのである。独身ならともかく、もし家族がいたら、路頭に迷いかねない。イ…

  • 2023年の振り返り(後半)

    前の記事の続き。7月論文が正式にPublishされ、知り合いの反応や、Twitter上での「いいね」の数に喜ぶ。しかしそのような外向きの喜びなどはすぐに消え去るもの。ある種の「燃え尽き症候群」に陥り、2020年頃のしんどかった時期に帰りたいと思うようにすらなる。別のプロジェクトで注目している遺伝子が、デング熱やジカ熱のウイルスと関わっている可能性があるという文献を知る。思わぬ方向に仕事が進む可能性が出てきた。地元の高校生向けのアウトリーチ活動に参加。去年も参加した。去年同様、身の回りにいる微生物(クマムシなど)を集めて、顕微鏡で観察するというワークショップを担当、指導する。月末、ボスから「年末…

  • 2023年の振り返り(前半)

    恒例の1年の振り返りである。今年はいろいろなことがあり過ぎたので、2つの記事に分けることにする。1月前年末に提出した論文の改訂稿に対する、雑誌からの返事をひたすら待つ日々。1月前半には返事が来るかと期待していたが、時間が経ち、雑誌から何の情報更新もない日が続くと、「これは長期戦かも」と期待値を下げて精神の安定を図る。並行して少しずつ進めていた遺伝子スクリーニングプロジェクトが、急激に前に進み始める。見つかってきた遺伝子の素性を、一つ一つ調べていく。おそらく、これが一般的に言うスクリーニングプロジェクトの一番楽しい過程。イェールが無料で開催している、大学教育の手法について学ぶワークショップに参加…

  • 論文を出すことの意義

    今回の学会でのこと。ポスター発表の時間中、あるポスターが目に留まった。見ると、日本の大学から来た人たちだった。内容も、僕の研究内容にかなり近かったので、足を止めて見始めた。すると、ポスターの裏から、発表者らしき女性が顔を出し、"Do you want me to explain?"と聞かれたので、「日本語で大丈夫ですよ」と返した。しばらく説明を聞いて、ときどきこちらから質問をしていたとき、あるところで、その発表者の人が「最近、細胞核に関してこんな論文が出て、、」と、僕の研究に触りそうな触らなさそうな内容を言い始めた。僕は何となく予感があったが、わからないふりをして、僕らと同時期に出た別のラボの…

  • 仕事か、家庭か、ではなく

    子供が生まれてから、研究に充てられる時間は目に見えて減ってきている。彼が自由にハイハイできるようになってからは特に。朝昼晩の食事、オムツ替え、散歩、寝かしつけ、そして怪我や何かの誤飲を防ぐための見張り...こうしたことを、妻が一人でやるのは不可能である。夫婦で分担しなければならない。平日夕方の4時ごろ、本来ならば論文を読んだり実験をしたりするべきであろう時間帯に、子供と一緒に公園で遊んでいる働き盛りのポスドク。イクメンとやらの鑑であろうが、仕事人としてはどうだろうか。同世代の連中は、せっせと実験して、結果を出して、次のステップへ邁進しているに違いない。他人と比べてどうすると言われても、研究の世…

  • グリーンカードの申請:NIW

    今回の学会の意外な収穫は、研究者のグリーンカード(アメリカ永住権)申請を専門とする弁護士と会って話せたことだった。学会が公式にその弁護士事務所を呼んで、時間を設けて講演をしてもらい、さらにその日の午後ずっと学会上でフリーの相談を受け付けるという充実したサービスだった。講演の趣旨は、・研究者が目指すべきグリーンカード申請枠は、EB-2/NIWという、日本で言う「高度技能人材」的な枠であること(NIWで申請すると、通常の申請よりも早くグリーンカードが下りるとされる)・NIWでグリーンカードを取得する際に重要なのは、自分が出した論文の総引用数であり、およそ80くらいが一つの目安であること(なお、ファ…

  • 世界の檜舞台の上で

    ボストンで行われた、アメリカ細胞生物学会とヨーロッパ分子生物学連合の合同学会に参加し、口頭発表をしてきた。自分が発表したセッション(プログラム)は、その学会で唯一、「脂質」をテーマにしたセッションだった。そして時間は、5日間ある学会の3日目の午後。おそらく、参加者の数が最も多い時間帯だっただろう。そうしたことも貢献したのか、発表会場は、立ち見や床座りが発生し、それでも会場の外まで人が溢れる、超大盛況だった。自分の発表はセッション全体の2番目。ステージの上に上がり、マイクを前にして会場を見渡すと、部屋中を人が埋め尽くした、信じられない光景が広がっていた。後で席数を数えたら200ほどだったので、そ…

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