離脱

離脱

作業が一段落したのは父が夕食を済ませ、夏の陽も西に傾きかけた頃だったか。 日没が近づき、幸いにも母の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻してはいくのだが、 私がそのことを確認したのは完全に衣類の整頓を終えてからのことで、たとえ、 不測の事態に陥っていたとしても気付かない程、私はただ作業にのめり込んだ。 そして、このタチの悪い酔い醒めの後に待っているのは、これでもかという程の自己嫌悪。 法律相談の際に弁護士から言われたことを思い出していた。内容証明で己の主張を相手に 送り付けるなどというのは「お前達と(社会的に)喧嘩をするぞ」と宣言するようなもの。 「交渉」や「係争」ではなく「喧嘩」という言葉を敢えて私に聞かせたその意味を…。 「勝てば官軍」その時こそ全ての手段が正当化され、意気揚々と闊歩していけば良い。 だが、仮にも「負ければ賊軍」相手の高笑いを尻目に、惨めさと更なる遺恨の呪縛に 喘ぐこととなり…。 「望むところ」と気色ばんだが、ものの見事に手も足も出せない状況に落とし込まれ、 ぐうの音も出ない。弁護士から言わせれば、端から「負ける喧嘩」ということだった。 そして実際、言われた通りの結果となり、その手っ取り早い八つ当たりの標的として、 あろうことか全く抵抗する術を持たない瀕死の母を餌食にしてしまったというオチだ。