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ブログタイトル
偏平足
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/bosatu2014
ブログ紹介文
OCNから引っ越してきました、山の石仏を案内するブログです。
更新頻度(1年)

182回 / 365日(平均3.5回/週)

ブログ村参加:2014/10/20

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偏平足さんの新着記事

1件〜30件

  • 石仏999苗場山(新潟)道祖神

    苗場山(なえばやま)道祖神(どうそじん)【データ】苗場山2145メートル▼最寄駅JR上越線・越後湯沢駅▼登山口新潟県湯沢町元橋▼石仏苗場山山頂、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼106】苗場山へは湯沢町の元橋から入り、赤湯に一泊してから山頂を目差した。『越後の山旅』(藤島玄著、昭和54年)の苗場山の案内に「合掌した男女神の道祖神石像」とある一行にひかれ、人里離れた山頂に道祖神はありえないと思ったが、それを確かめたくなって出かけた。それにしても赤湯の温泉といい苗場山への道といい、一帯は緑のなかに溶け込んでしまいそうな蒼林の中で、梅雨どきとはいえ、これまで経験したことがない静寂さを味わった。道祖神は旅の安全を...石仏999苗場山(新潟)道祖神

  • 石仏998飯士山(新潟)御嶽三座神

    飯士山(いいじさん)御嶽三座神(おんたけさんざしん)【データ】飯士山1112メートル▼最寄駅JR上越線・越後湯沢駅▼登山口新潟県湯沢町土樽の岩原スキー場▼石仏飯士山山頂、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼105】初めてスキー場に立ったのは塩沢町の石打丸山スキー場。昭和40年代の始め、冬の新潟にはたっぷり雪が降り、スキー場から見えた山はどれも神々しいほど白く高く輝いていた。雪のある時期はとても登れそうもない山ばかりだったが、その中で一番近くにあって雪がなければ簡単に登れそうに見えたのが飯士山。しかしこの山への道は、雪国ならではの大きな変化があった。湯沢町からの道は急な登りが続いた後、最後に小さなピークが三つ...石仏998飯士山(新潟)御嶽三座神

  • 石仏997遠見尾根・地蔵の頭(長野)風切地蔵

    遠見尾根・地蔵の頭(じぞうのかしら)風切地蔵(かざきりじぞう)【データ】遠見尾根・地蔵の頭山1673メートル▼最寄駅JR大糸線・神代訪駅▼登山口長野県白馬村神城のゴンドラ山頂駅▼石仏地蔵の頭、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより【案内】白馬五竜スキー場のゴンドラは、遠見尾根の地蔵の頭の下まで運んでくれる。一帯は高山植物園で、これを見ながら登ると地蔵菩薩が鎮座する地蔵の頭に着く。ケルン状に造られた岩の中央に祀られた地蔵は風切地蔵。「慶應三年(1867)」の造立である。立派な錫杖が際立つ地蔵で、この後立山(うしろたてやま)で同じような地蔵をいくつか見ているが、どれも立派な錫杖が目立っていた。ケルンに埋め込まれた銅板の案内に「この地方は季節風の強いところで、慶應三卯年三月土地の人々が風害の防止を祈願して地蔵...石仏997遠見尾根・地蔵の頭(長野)風切地蔵

  • 八千代古文書同好会 2021-09

    八千代古文書同好会、9月の例会は9月25日(土)です。コロナ禍緊急事態宣言中ですが、実施します。詳しくは同好会ホームページで案内しています。八千代古文書同好会2021-09

  • 石仏996諏訪・唐沢山(長野)弾誓

    諏訪・唐沢山(からさわやま)弾誓(たんせい)【データ】諏訪・唐沢山1000メートル▼最寄駅中央本線・上諏訪駅▼登山口長野県諏訪市上諏訪、山の神バス▼石仏阿弥陀寺裏山、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより【案内】上諏訪駅の東の山のなかに唐沢山阿弥陀寺がある。唐沢山は諏訪市上諏訪の字らしく、阿弥陀寺の山号は法国山となる。嶽門という名の石垣の間が寺の入口で、入るとすぐ「弾誓上人爪彫御名号」の案内がある。自然石に「南無阿弥陀仏」銘が読み取れる。宮島潤子氏は『謎の石仏』(注1)で、この名号塔を弾誓五十回忌の供養碑としている。弾誓(1551~1613)については、『謎の石仏』の「あとがき」に、「戦国時代の末から江戸時代のはじめにかけ、諸国を遊行し、苦しみ多い人々の救済に力をつくしたが、その手段として自ら刻んだ木彫...石仏996諏訪・唐沢山(長野)弾誓

  • 石仏995入笠山(長野)摩利支天

    入笠山(にゅうがさやま)摩利支天(まりしてん)【データ】入笠山1955メートル▼最寄駅中央本線・富士見駅▼登山口長野県富士見町、富士パノラマリゾート・ゴンドラ山頂駅▼石仏入笠山山頂とテイ沢夫婦岩、地図の赤丸印。青丸は高座岩▼地図は国土地理院ホームページより【案内】入笠山の山頂に「大山祗命/摩利支天」銘の35センチほどの石塔が立つ。側面に「昭和三十九年」とあり、昭和のこの時代に摩利支天の石塔を建てられたことに驚く。大山祗命は山の神として、かつてはこの国の里山によく祀られてきた。摩利支天は陽炎の象徴で、武将が守護神として信仰したことが知られているが、入笠山の摩利支天は豊穣の役目を担ってのことと思われる。摩利支天は木曽御嶽にも祀られ、御嶽信仰とともの関東甲信越の里山に勧請された。一方諏訪地方は里でも摩利支天を散見する...石仏995入笠山(長野)摩利支天

  • 八千代新川千本桜 21-09

    アジサイの剪定が終わった後、猛暑が続いたので新川には行く気にもなりませんでした。そして早くも秋霖の気配で、雨が続き新川に足が向きませんでした。季節の変わり目に余韻がない昨今です。今日は千本桜の会の一斉清掃日です。午前の霧雨のなか、いつものように新川土手のゴミ拾いをしました。八千代新川千本桜21-09

  • 屋上菜園2021-09割れたトマト

    8月中旬から降り出した雨で、ミニトマトにひび割れができてしまいまし。どれも同じようなヨコの割れ目です。トマトは雨にあたるとひび割れができることは知っていましたが、これまでの経験からミニトマトはそれほど影響がない感じでした。ところが今年の夏は初旬の猛烈な熱波による乾燥から、急激な雨と低温がひび割れをうんだのかもしれません。カミさんが湯むきしてくれたので食べましたが、ひびのところが固くてトマトではありませんでした。トマトは即刻刈り取りました。残るはモロヘイヤとツルムラサキだけです。屋上菜園2021-09割れたトマト

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(55)四国八十八ヶ所本尊④

    四国八十八ヶ所本尊(東京都東村山市・梅岩寺)65番十一面66番千手67番薬師68番阿弥陀69番聖観音70番馬頭71番千手72番大日73番釈迦74番薬師75番薬師76番薬師77番薬師78番阿弥陀79番十一面80番千手81番千手82番千手83番十一面84番千手85番聖観音86番十一面87番十一面88番薬師伊藤介二・昭和の石仏写真館(55)四国八十八ヶ所本尊④

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(54)四国八十八ヶ所本尊③

    四国八十八ヶ所本尊(東京都東村山市・梅岩寺)41番地蔵42番大日43番千手44番聖観音45番不動46番薬師47番阿弥陀48番十一面49番釈迦50番薬師51番薬師52番十一面53番阿弥陀54番不動55番大通智勝56番地蔵57番阿弥陀58番千手59番薬師60番大日61番大日62番十一面63番毘沙門天64番阿弥陀伊藤介二・昭和の石仏写真館(54)四国八十八ヶ所本尊③

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(53)四国八十八ヶ所本尊②

    四国八十八ヶ所本尊(東京都東村山市・梅岩寺)22番聖観音23番薬師24番虚空蔵25番地蔵26番馬頭27番薬師28番大日29番千手30番阿弥陀31番文殊32番聖観音33番薬師34番薬師35番薬師36番不動37番阿弥陀38番千手39番薬師40番薬師伊藤介二・昭和の石仏写真館(53)四国八十八ヶ所本尊②

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(52)四国八十八ヶ所本尊①

    四国八十八ヶ所本尊(東京都東村山市・梅岩寺)(全体風景)1番釈迦2番阿弥陀3番釈迦4番大日5番地蔵6番薬師7番阿弥陀8番千手9番釈迦10番千手11番薬師12番虚空蔵13番聖観音14番弥勒15番薬師16番千手17番薬師18番薬師19番地蔵20番地蔵21番虚空蔵伊藤介二・昭和の石仏写真館(52)四国八十八ヶ所本尊①

  • 石仏994八海山(新潟)霊神碑

    八海山(はっかいさん)霊神碑(れいじんひ)【データ】八海山1778メートル▼最寄駅JR上越線・五日市駅▼登山口新潟県魚沼郡市(六日町)山口の八海山スキー場▼石仏薬師だけ、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼104】初めて八海山を登った昭和49年、埼玉県からきた御嶽講(おんたけこう)の人たちと一緒になった。20人ほどの団体は白装束、入山形に三の講印を染め抜いた白鉢巻をして、地下足袋や運動靴姿。御嶽山と墨書きされた桧笠をかぶった人や使い込んだ金剛杖を持つ人もいて、信仰のための登山であることは分かったが、山登りに適した格好には見えなかった。八海山の上部、大日岳に通じる尾根は八つの峰からなり、いずれも岩峰で鎖を頼っ...石仏994八海山(新潟)霊神碑

  • 石仏993守門岳(新潟県)不動明王

    守門岳(すもんだけ)不動明王(ふどうみょうおう)【データ】守門岳1537メートル▼最寄駅JR信越本線・長岡駅▼登山口新潟県長岡市(栃尾市)栃堀▼石仏大岳下に不動明王、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼103】『越後の山旅』(藤島玄著、昭和54年)は登山道の案内をはじめ、過去の文献から山の歴史をたどり、要所に残された石仏まで丹念に拾い出しており、新潟の山を登るときには欠かせない本だった。この本の守門岳の案内に、車で保久礼小屋で入れるとあるのを見て出かけたが、雨で高原状の尾根まで登って引き返したことがあった。それ以来、保久礼小屋は尾根上の展望のいい場所にある綺麗な山小屋というイメージがあった。それから十年もす...石仏993守門岳(新潟県)不動明王

  • 石仏992粟ケ岳(新潟)薬師如来

    粟ヶ岳(あわがだけ)薬師如来(やくしにょらい)【データ】粟ヶ岳1293メートル▼最寄駅JR信越本線・東三条駅▼登山口新潟県三条市(下田村)北五百川▼石仏五合目の薬師堂、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼102】粟ケ岳には下田村北五百川から登った。米どころの新潟平野の一角でもこのあたりは山の中、棚田の間を歩き、そこに水を引く水路にそって山に入っていった。この道は粟ケ岳の中腹にある薬師堂への参道だが、本来は水路のための道だったに違いないと思えるほど、山肌を巧みに切り開いて造った側溝を水が勢いよく流れていた。道が尾根に取り付くところに石段があって「霊山女人禁制時代の足止堂の跡」という下田村の案内が立っていた。し...石仏992粟ケ岳(新潟)薬師如来

  • 石仏991五頭山(新潟県)毘沙門天

    五頭山(ごずさん)毘沙門天(びしゃもんてん)【データ】五頭山912メートル▼最寄駅JR羽越本線・水原駅▼登山口新潟県阿賀野市(笹神村)出湯▼石仏四ノ峰、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼101】五月末の越後平野は田植えが終わり、水が張られた田んぼを五頭山から見下ろすと、湖が広がっているように見えた。それは川が氾濫したようにも見えるとてつもなく大きな湖で、遠くの日本海まで続いていた。五頭山から先は海まで山らしい山はない。かつて山麓の人たちは、田植えが終わると五頭山のふもとにある優婆尊(うばそん)に参ったという。五頭山山麓には出羽の優婆堂と出湯の華報寺があり、6月には大祭があった。優婆堂の優婆尊は三途の川の彼...石仏991五頭山(新潟県)毘沙門天

  • 石仏990厩岳山(福島)准胝観音菩薩

    厩岳山(まやだけさん)准胝観音菩薩(じゅんていかんのんぼさつ)【データ】厩岳山1261メートル▼最寄駅JR磐越西線・磐梯町駅▼登山口福島県磐梯町更科字源橋▼石仏山頂下の観音堂への道、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより▼この案内は拙著『里山の石仏巡礼』(平成18年、山の渓谷社)から転載したものです【里山の石仏巡礼100】昭和50年に登った厩岳山で覚えているのは、登山口の源橋の集落はずれにあった「厩嶽山」の石碑と、藪のなかに続いたたよりない道、それに厩岳山神社前にあった石造仁王と、社殿内の達磨ストーブで暖をとったこと。そして道筋にある三十三観音は十七体しか見つからなかった。それから30年後に訪ねた厩岳山一帯は、伐採やスキー場開発などですっかり変わっていた。ただブナやコナラの林のなかに続く穏やかな登りは整...石仏990厩岳山(福島)准胝観音菩薩

  • 石仏番外 蟻川岳(群馬)日本武尊

    蟻川岳(ありかわだけ)日本武尊(やまとたけるのみこと)【データ】蟻川岳853メートル▼最寄駅JR吾妻線・中之条駅▼登山口群馬県中之条町蟻川▼石仏蟻川岳の中腹、地図の赤丸印。青丸は記念碑▼地図は国土地理院ホームページより【独り言】蟻川の集落に入ると、ありがたいことに「蟻川岳登山口」の案内が要所にあって迷うことなく登山口の駐車場に着くことができました。そして山頂には〝蟻川戸主会〟の人たちが設置した標識がありましたから、案内から駐車場まですべてこのメンバーの人たちが造ったものなのでしょう。戸主会という名称は昔ながらの強い結束を感じました。山の入ると昭和11年に建てられた「植林記念」の石碑や石祠もあって、蟻川岳が昔から山麓に人たちに大事にされてきたことがわかります。植林記念碑は群馬県立中之条農業学校に、大正7年から昭和...石仏番外蟻川岳(群馬)日本武尊

  • 石仏989高間・大黒天(群馬)観音菩薩

    高間・大黒天(だいこくてん)観音菩薩(かんのんぼさつ)【データ】高間・大黒天550メートル(国土地理地図に山名無し。暮坂峠の南南東、地図の青丸印)▼最寄駅JR吾妻線・岩島駅▼登山口群馬県東吾妻町松谷の檗窪集落▼石仏檗窪から大黒天の道。地図1の赤丸印は大黒天、黒丸は暮坂峠側の登山口。地図2の赤丸印は観音菩薩▼地図は国土地理院ホームページより【案内】1999年の記録を頼りに、高間山の北にある大黒天を訪ねるため中之条町の檗窪(きわだくぼ)に入った。99年の記録には「檗窪は山間の小さな集落。集落といっても家は二軒しかない。そのうちの一軒は下へ降りてしまったという。昨年下の高日向から林道が開かれ、この道はやがて北の山脈を越えて暮坂峠に通じるようだが、いつになるかわからないと草刈をしていた男が話してくれた」とある。記録は大...石仏989高間・大黒天(群馬)観音菩薩

  • 日本の石仏174

    日本の石仏174(2021-08)■発行・日本石仏協会〒254-0031神奈川県平塚市天沼7-59-305(中森)TEL0463-24‐0203■発売・青娥書房〒101‐0051東京都千代田区神田神保町2-10-27TEL03‐3264‐2023■2200円【表紙】阿弥陀岳の阿弥陀如来/長野県茅野市の八ヶ岳(田中英雄)【写真】▼三吉大神/秋田県男鹿市福川の山神社(中森勝之)▼移りゆく下界(阿弥陀如来)/広島県尾道市因島の白滝山、密にならないでくださーい(十六善神他)/広島県三原市小泉町の龍泉寺(新井るい子))▼観音原聖観音野仏/長野県塩の道、双体道祖神/神奈川県川崎市多摩区枡形の廣福寺(高橋俊昭)▼満面の笑み/長野県長野市西長野往生地の往生寺(小川洋子)【特集】山の石仏▼山の薬師―峯・温泉・東北の山・羽山・米山...日本の石仏174

  • 石仏公開講座2021 中止

    8月28日(土)に巣鴨・大正大学で開催予定の、日本石仏協会「石仏公開講座2021」は、新型コロナ蔓延につき、中止と決まりました=写真は公開講座に関係ありません。長野・八ヶ岳阿弥陀岳の阿弥陀如来=。石仏公開講座2021中止

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(51)牛頭天王

    牛頭天王(東京都東村山市・白山神社)伊藤介二・昭和の石仏写真館(51)牛頭天王

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(50)七福神

    七福神(東京都品川区・品川寺)恵比寿大黒天寿老人布袋福禄寿弁才天毘沙門天伊藤介二・昭和の石仏写真館(50)七福神

  • 屋上菜園2021-08便利な小松菜

    写真上のインゲンは終わりました。この野菜は確実に実ってくれます。それも大量に。写真下はミニトマト、ツルムラサキ、小松菜です。小松菜は年中植えられ育ちも早い便利な野菜です。7月に余ってしまったモロヘイヤとツルムラサキの苗、横浜の子供がやっている家庭菜園へ運んで植えてあげました。帰りにジャガイモ一袋もらってきましたから物々交換ですが、これも元をただせば、3月に私と一緒に孫たちが植えたものです。屋上菜園2021-08便利な小松菜

  • 八千代新川千本桜 21-08

    梅雨明けが早かった今年、7月中旬からアジサイの剪定を始めました。アジサイは剪定しないとドンドン伸びてしまいますから、梅雨明けには剪定を終わらせたいところでした。アジサイ剪定の細かいやり方はわかりませんので、見た目がいい形になるようにカットするのが偏平足流です。基本の丸型になるよう剪定バサミを動かします。この作業は何とも爽快で、終わったあとの樹形を見てひとり満足しています。八千代新川千本桜21-08

  • ふくしまの地域社会を活かす人びと

    「ふくしまの地域社会を活かす人びと―陸奥「塩松領石川分」の成立と展開―」2021年5月歴史春秋社福島県二本松市の日下部善己氏から「ふくしま地域社会を活かす人びと」をいただきました。日下部氏の『ふるさと福島の歴史と文化』に続く一冊で、この国の歴史において地方が輝いていた時代を探し求める筆者は、縄文時代中期と戦国時代そして近世の生活文化から、その回答を解きほぐしていきます。第一章地域社会の様相と特性―特色が物語る地域社会―地域社会に生きる地域社会で成長する地域社会を区画する地域社会を記録する第二章地域社会の領域と境界―個性が区画する地域社会―縄文時代の地域圏と境界線古代から近世の地域圏と境界線現代地域社会と将来像の境界線第三章地域社会の発展と選択―自立と協調の地域社会―地域社会の形成と岐路越後東蒲原郡の進路越後と会...ふくしまの地域社会を活かす人びと

  • 伊藤介二・昭和の石仏写真館(49)庚申塔

    庚申塔(東京都品川区・徳蔵寺寛永12年(1635)右・元禄2年(1689)左・天和2年(1682)右・延宝6年(1678)左・延宝5年(1677)伊藤介二・昭和の石仏写真館(49)庚申塔

  • 石仏番外 大戸・仙人窟(群馬)十八羅漢

    大戸・仙人窟(せんにんくつ)十八羅漢(じゅうはちらかん)【データ】大戸・仙人窟550メートル(国土地理地図に山名無し。大戸の町に北)▼最寄駅JR吾妻線・郷原駅▼登山口群馬県東吾妻町大戸▼石仏仙人窟のなか、地図の赤丸印。青丸は大運寺▼地図は国土地理院ホームページより【独り言】仏書によると、十八羅漢は十六羅漢に慶友(けいゆう)尊者と賓頭盧(びんずる)尊者を加えたものだが、この二尊は往々かわることがあると書かれています。前回案内した古賀良山(群馬)の山麓の大戸は、江戸時代に信州街道の宿場として栄えたところです。その街はずれの山中に仙人窟という寺院跡があり、十八羅漢の石仏があるので訪ねてみました。初めに、国道沿いの仙人窟入口にある案内から紹介します。「徳川時代の国学者清水浜臣著の上信日記によれば、寛永年中に松厳という坊...石仏番外大戸・仙人窟(群馬)十八羅漢

  • 石仏988古賀良山(群馬)華童子、仏堂

    古賀良山(こがらさん)華童子(げどうじ)、仏堂(ぶつどう)【データ】古賀良山981メートル▼最寄駅JR吾妻線・郷原駅▼登山口群馬県東吾妻町大戸の古賀良神社▼石仏古賀良山山頂手前の尾根、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより【案内】榛名山の西山麓、東吾妻町大戸にある里山が古賀良山。山の中腹、杉林の奥の長い石段の先に古賀良神社が建つ。東吾妻町の案内(注1)によると古賀良神社は「八天狗を祭神として祀り、天正七年(1579)には四阿山より伊弉諾尊と伊弉冉尊を勧請」したとある。社殿は木造だが、その奥に鎮座する本殿は高さ3メートル、幅2メートルもある巨大な石造り。欄干から脇障子に刻まれた鯉の滝登りまで本殿すべて石造りだ。案内によると「信州伊那郡中坪村石工」の仕事だという。背面には「安永二年(1773)」銘がある。こ...石仏988古賀良山(群馬)華童子、仏堂

  • 石仏987古城山(山梨)富士講碑

    古城山(こじょうやま)富士講碑(ふじこうひ)【データ】古城山720メートル(国土地理地図の山名無し。碑林公園から四尾連湖への道の仏岩の南のピーク▼最寄駅JR身延線・市川本町駅▼登山口山梨県市川三郷町市川大門の碑林公園▼石仏、古城山の山頂、地図の赤丸印▼地図は国土地理院ホームページより【案内】先に案内したブログ・仏岩の石龕からさらに登ると、二基の石塔が立つ。「小御嶽/市之瀬重太郎」と「龜岩八大竜王/上北町/萬延元(1860)庚申六月」銘の石塔で、小御嶽は富士山河口湖道五合目の小御岳、亀岩は吉田口八合目にある八大竜王を祀る岩。二基はこれらを移し祀った石塔と思われる。小御岳の石塔には山印に三ツ星の紋が入る。これは市川大門にあった富士信仰の組織・大我講の講印である。さらに登って登山道から離れた左の尾根の先にあるのが古城...石仏987古城山(山梨)富士講碑

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