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小説試作の下書きさんの新着記事

1件〜30件

  • 詩の終わり 「日本国対沖縄」概論の1

    現在の沖縄から見れば、近年「日本国対沖縄」という関係性が高江・辺野古問題等を通じ益々確定的に問題化されて来ている(と、思っている)ので、例えば現政権の「安倍晋三が体調不良で辞任、菅官房が次期総裁候補優勢」「菅体制は安部路線踏襲(振興策基地問題リンク論)」という風な情報は、多くの弑逆実態に置かれている沖縄からすれば些細なコップの中の嵐、耳障りな騒音としか受け止めえない話になっている。これは勿論、今次コロナ禍における政府対応の拙劣さや、GoToキャンペーンが明らかに齎した感染拡大弊害(累積感染者数爆発、重症者・中等者・死者数増大、医療環境の逼迫)の沖縄特化傾向などにばかり由来しているのでないことは、少しばかり沖縄を知る人には容易に了解されよう。筆者に言わせるなら菅の、感染者宿泊療養施設確保に関する県に対する苦言?や...詩の終わり「日本国対沖縄」概論の1

  • 詩の終わり 「日本国対沖縄」概論の1

    現在の沖縄から見れば、近年「日本国対沖縄」という関係性が高江・辺野古問題等を通じ益々確定的に問題化されて来ている(と、思っている)ので、例えば現政権の「安倍晋三が体調不良で辞任、菅官房が次期総裁候補優勢」「菅体制は安部路線踏襲(振興策基地問題リンク論)」という風な情報は、多くの弑逆実態に置かれている沖縄からすれば些細なコップの中の嵐、耳障りな騒音としか受け止めえない話になっている。これは勿論、今次コロナ禍における政府対応の拙劣さや、GoToキャンペーンが明らかに齎した感染拡大弊害(累積感染者数爆発、重症者・中等者・死者数増大、医療環境の逼迫)の沖縄特化傾向などにばかり由来しているのでないことは、少しばかり沖縄を知る人には容易に了解されよう。筆者に言わせるなら菅の、感染者宿泊療養施設確保に関する県に対する苦言?や...詩の終わり「日本国対沖縄」概論の1

  • 詩の終わり 安部君の悪口と沖縄いじめ

    ネトウヨの「安部応援」、本人がその職を辞してなお喧しいアベシンパたち、安倍からみのposttruth現象、つまりは反知性、非倫理、非論理を意に介さぬ所謂時代的社会的モブ(時代が生んだ社会の落とし子)というもの、ヒトラーナチス時代の手の込んだ再来?、その構成員はブルジョア社会からの脱落者、落伍者、そして掃きだめの中の自己主張、劣等感からの絶叫、こうした塊が例えばある野党議員の安倍揶揄に対して如何にも正当であるかのように装った安部応援ツイートを爆発させ炎上騒ぎを起こすというのは、ネット社会という極めて現代的な特徴ある空間に「新自由主義」の本質的害毒(何でもありの不作為の自由)がしみ込んでいることを告げている。結局、安倍晋三は「政権投げ出し」の目くらましに一度目(の投げ出しの時)に味を占めた「潰瘍性大腸炎」という難病...詩の終わり安部君の悪口と沖縄いじめ

  • 詩の終わり 取り返しのつかないことをしてくれたなあ安部よ

    安倍晋三の首相辞任の事は、この国の本質的な意味での極めて重大な局面として捉えてもいい(尤も彼の政治的立ち位置がそうだというのではない)のであろう。彼の失政は中途半端な問題性の渦中にあり、到底まともな論議の対象足りえないと先ずは断じておく。恐らくは、安倍晋三の私的な公人性格(お友達優遇、側近政治)が醸した、犯罪性の高い政治姿勢から出てきたもの(森友、加計、防衛省、桜を見る会等)が多くの法的な立証対象となり、同時に官邸掌握人事権の恣意性がこの国の官僚行政一般を倫理的にかつ論理的に堕落せしめ、司法も立法もなぎ倒して公的な絶対的価値(後刻客観的検証に耐えうる価値)を損ない、歴史的過誤を犯すことで今やこの国を三流国家の乱脈政治環境に貶めたのだった。この信用失墜という致命傷は後続の政治家には重い課題を抱えさせることになろう...詩の終わり取り返しのつかないことをしてくれたなあ安部よ

  • 詩の終わり 何をしてもどんな状態でも全て信用ならずしてはならない安倍晋三

    安倍晋三は、第一に端から信用ならないし、決して信用してはならない為政者(どうやら幼時よりその性格は嘘が先行するようなものだったらしいし、嘘をつくのは政治家の特権であるかのように信じている節がある)で、このことを先ず前提しないと国民は結局自ら墓穴を掘る愚を犯すことは目に見えているし、ここまでの流れでもそれははっきりしている(但し彼はその側用人たちの操り人形で、彼自身に有効な政策遂行の意思があるとは到底思えない)。しかし、ヒトラー並みにパフォーマンス主体に嘘八百を並べて平然としているこの宰相は、最後の最後まで国民を愚弄し、特攻的玉砕美学に没頭する以外何もしない危機管理無能政治家で、沖縄などは真っ先にその犠牲者(GoToなんちゃら)となって孤軍奮闘させられている(あの菅の言いぶりはこの政権の沖縄侮辱を地で行っていた)...詩の終わり何をしてもどんな状態でも全て信用ならずしてはならない安倍晋三

  • 詩の終わり この頃のコロナ禍の日本の実相

    2020年8月15日、今年75回目の敗戦記念日も何時ものように何気に通過し(取り立てて猛省するでもなく)、官僚作文棒読み安倍晋三、広島長崎哀悼の辞も相変わらずのていたらくで、そういえば、先ごろの分科会専門家の「(コロナ感染が)沖縄は下火」という驚くべき発言には呆気にとられたというのが本音であろう(逆に言えば重症化、感染老齢化、医療ひっ迫が進んでいる最も深刻な状況を印象的に過少に評価しているということになる)。(既に立ち消えたが)米軍内感染兵士の沖縄移送という話(ふざけ切っている)、県内宿泊施設を感染者用に米軍が借り上げるという話(どこの国の話だ?)、糸満まで行って砂利を採集し、辺野古に搬送投入するという話(この国は何を目指しているのか?)。日本国沖縄・広島・長崎に対して如何に鈍感な人間でも、こういう無神経な話に...詩の終わりこの頃のコロナ禍の日本の実相

  • 詩の終わり 不可解なこの国の在り様

    2020年7月以降の「本土由来、米軍由来のコロナ禍」という、全国的にも典型的な沖縄県における動かしがたい事実関係については、例によって愚劣なGoToキャンペーン続行という政府方針や、所謂専門家といわれる政府の諮問会議面々の、効果的でもなく直接的でもない(従って傾聴するに値しない)意見などにより、ここ沖縄ではいよいよイメージとして雲隠れし始め、県内感染者による感染拡大傾向(家庭内感染やクラスタ)が顕著となったため、玉城知事の緊急事態宣言は県外からの渡航自粛すら見送り、県民のみが規制対象となる不思議に嘆かわしい実情をさらしている。県外からの観光客は、軒並み閉鎖となった観光地やビーチに行きたくとも行けず、恐らくは市中闊歩や歓楽街でのどんちゃん騒ぎでうっぷん晴らしを繰り返し、彼ら由来のコロナ菌をまき散らすは、クラスタを...詩の終わり不可解なこの国の在り様

  • 詩の終わり 10万人当たり全国最多の陽性率は沖縄の何を示しているか?

    https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/hoken/chiikihoken/kekkaku/press/documents/68hou1308reime.pdf上記URLは沖縄県が公表している「県におけるコロナウイルス感染症陽性者の状況」だが、8月12日現在、陽性者1307人(前日1242人+65)、このうち入院者294人(重症者12人、中等者--酸素吸入が必要、62人)、入院調整中250人、宿泊施設療養中81人、自宅療養中351人、計976人となっている。<社説>コロナ「第4段階」「GoTo」一時中止をhttps://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1172519.html感染拡大のきっかけは、7月以降の米軍内のクラスター(感染者集団)と観光客の...詩の終わり10万人当たり全国最多の陽性率は沖縄の何を示しているか?

  • 詩の終わり さっさとこの政権に引導を

    このブログの書き始めは何気ない独言に過ぎなかったし、ブログを通して小説の下書きのような試みをするのが目的であり、当時はまだ本土にいて沖縄の事についてなど何ら問題意識もなく、専ら「移住」というテーマで思考する中での文作りだった。ブログは、特に改まって余所行きの設えを構えるというようなものではなく、徒然草にいう「徒然なるままに」思い浮かんだ事どもを「そこはかとなく」書きつけるもので、おおきにそういう心持で、特に身構えて格別なことをしでかそうというような感じではなかった。「移住」は筆者の、というより筆者の傍らの人の、「暖かい所に住みたい」という長年の願望に添って企てられた行動で、北海道や東北で生まれ育った環境から寒冷地への忌避の念が芽生え、温暖な地への強い憧れが育まれたという、実にありきたりだが切実な思いの発出だった...詩の終わりさっさとこの政権に引導を

  • 詩の終わり この国の終わり

    繰り返せば、多くの国民の憤懣やるかたない思いとは別に、国民の神経逆撫で発言(「東京問題」、「沖縄にはホテルの確保を何回となく促している」「自治体の責任」)、奇天烈愚策(アベノマスク、アベノミクス)、悪策のごり押し(GoTo地獄)に満ちた西村担当、菅官房、幼稚な居留守使いの安倍ら自公政権、特に自民党は、その党是として明確に「国家優先滅私奉公」(自民改憲草案)をうたい、結果として如何なる政策の結果責任も、架空の媒体に仮託して敵前逃亡を図るという、この国の伝統的に習い性となった無責任政治家を地で言っている輩だ。(ここでいう架空の媒体は私見によればどうやら万世一系の「天皇制」のことだ)。沖縄在住の筆者は、菅官房禿頭のこれまでの不埒な発言に、辺野古高江等に関しいつもいつも苦々しい思いをさせられてきたが、今次、明らかにこい...詩の終わりこの国の終わり

  • 詩の終わり 今やお手上げな日本国民

    クーデタ(非軍事的文化革命)、テロリズム(不逞要人排除)、暴力革命(超法規的権力掌握)、アナキズム(政府はいらない)。こういう前時代的な願望的文言が、密かに国民の一部には湧いてきているのではないかと思わないわけにはいかない。現政府、安倍政権、アベイズム、現官僚体制、今ネット等でほぼ連日目にする彼らの「官尊民卑」に対し、国民は限度なしにいらついているようだ。7月31日の尾身西村会見は、この国の現在の権力構造が上記にあげた連中の政権維持我欲と生命軽視、優性思想的経済主義にまみれていることを如実に表していた。安倍晋三という者に政権担当者としての責任感など期待する方がおかしい。この男は岸・安部・佐藤・麻生一族の出来損ないのドラ息子(麻生も同じ)で、生来嘘つき、ごまかしや捻じ曲げ、改ざんが身に沁みついて抜けない、家中の厄...詩の終わり今やお手上げな日本国民

  • 詩の終わり 国政の犠牲者

    2006年12月沖縄本島北部(やんばると呼称する)名護市に移住、その後今帰仁村に定住してかれこれ13年になる。さて、コロナ禍はここやんばるでは4月中頃に名護市の感染者二人(いずれも北部以外の感染者からの感染)を数えたきり現在も含め一人も現れてない。沖縄県全体も4月30日(累積144人感染)から7月8日まで新たな感染例は皆無だった。7月8日の時点では福岡、鹿児島からの帰還者が夫々一人ずつ(中部保健所管内在住と石垣市在住)現地で感染したもの。その後、東京、埼玉からの来沖者が陽性、沖縄市のタクシー運転手が陽性(キャンプハンセン乗客から感染したらしい)、この辺から県外あるいは米軍基地関連での感染が頻出する。当然県外や米軍に関係しない県内発の感染者は未だ現れてない。7月28日現在沖縄県累計感染者数は235人(回復者145...詩の終わり国政の犠牲者

  • 詩の終わり 本土と米国由来のコロナ汚染で沖縄は

    411年前の島津侵攻(1609年3月~4月)、その実態は日本国の江戸幕藩体制下の一地方藩(薩摩藩)が、武力行使によって当時の琉球王国(尚寧王時代)に侵攻、その中継貿易による経済的権益の一部を奪取する(薩摩藩の付庸国)という暴挙をなしたもので、幕藩体制下の島津薩摩藩は江戸幕府の命を受け日本との一種の朝貢関係を王府に強制したというもの。当時明(のち清)に朝貢していた琉球はこれにより二つの国に従わされたという形だ。形質は「君臨すれど統治せず」だったと一応言えるが、日本国によって一つの独立国がその干渉、介入、権益掠奪を被ったという事実に変わりはない。それより前豊臣秀吉が朝鮮半島(李氏朝鮮)を侵犯し(文禄慶長の役1592、1597年)貪欲な領土的拡大を図ったように、日本国の野蛮な対外思潮はこの時期に既に常態化していた。同...詩の終わり本土と米国由来のコロナ汚染で沖縄は

  • 詩の終わり 現代日本の救済?

    森友事件は、安倍晋三が国会で不用意に発した戯言(口から出まかせ、心にもない大見得)「私や妻が関わっていたら議員辞職も辞さない」から、官邸人事に左右される官僚の、信じがたいほどに低劣な自己防御保存心理によって、佐川何某等高官が号令して安倍晋三・安部昭恵救出のための公文書隠蔽改ざん破棄を省庁挙げて行った事件といえる(最もまともな職員の一人は誠実な自己反省の挙句に暴露的遺書を残し抗議の意味での自裁に至った)。勿論、国民向けの鮮明な解決には全く至ってない。この事件は国民の目からは次のような印象として残っている、例えば佐川の無罪放免、国税庁長官就任という結論から、あれはこの国では大した犯罪ではなかったのだな、ということ。上層部の雲の上の政治は(毎晩数万円の豪華料理を食す)彼らの私腹を肥やすためにだけ機能している、というこ...詩の終わり現代日本の救済?

  • 詩の終わり 安部一派の不埒な自己正当化と国民の「先に立たぬ後悔」

    ここ2、3年、筆者の私事にわたる事情により主に社会性を有する物事に関わる個人としての言動を、できるだけ差し控えるようにしていたので、このブログにおいても取り分け沖縄問題について以前のようにあげつらうことをやめていた。全くの個人的事情の出来(しゅったい)なわけで、当然ながら、外界としてこの間起きていることには、これまで通り相変わらずの蠢き以外、人間界を本質で変えるような斬新なムーブメントは期待しようにも期待できないことは、既にして予測がついていたというしかない。ところで我々の有する「時間」という次元dimensionにつき、「現代」という時代は一体数百万年の人類の歴史の那辺にあるのか、それ(現代という時間)は「宇宙的時間」の中では明らかに何ほどのものでもないとしても、ほかならぬ霊長類たる我々が、これ(時間)を有す...詩の終わり安部一派の不埒な自己正当化と国民の「先に立たぬ後悔」

  • 詩の終わり 戦後を生きる我々

    今、何が我々には見えているか?例の特定の人間群(安倍晋三とその一味)の政治的言動を通して、今となってはさながら合わせ鏡のような自分自身の内面の動きというものに目が向けられ、対比的にかの特定の人間群を批判する正当性の確信されるということが起きている。通常はこれを結果「反面教師」と呼称するが、この場合、その成り立ちは全く逆の経緯をたどっている。「以って他山の石」とし自己便宜を図るというような話にはなりそうにない。むしろ激しくその批判的攻撃的気組みが助長され一定の見識に集約されていく。そして大元(自民改憲草案に明示)のところで巧まれ、続けられる政治的画策(政権維持のための詐欺的画策)に、多くの嘘と隠蔽工作、証拠品の見せかけの破棄、看過ならぬ(立件のハードルが高い)重大な犯罪性を発見しつつ、完全にこの特定の人間群に対し...詩の終わり戦後を生きる我々

  • 詩の終わり 警世 

    安部一派は詐術的にこの国を、ファシズム(全体主義)的独裁の旧大日本帝国並み超国家主義国家(天皇を中心とする国家体制)へ導こう(後戻り)としていることは明らかだが、そのことは自民改憲草案に確かに示されている事実であって、こちら側が殊更に決めつけ、煽りこき下ろす、言葉による攻撃に終始しているというものではなく、政権の様々な具体的な政治的行為に如実に立ち現れている、可視化されたありのままの実態として既に多くの国民には認知されている(安保法制強行採決、モリカケ桜醜聞、コロナ対応人命軽視施策、検察庁法改正法案等)。しかし、にもかかわらず例えば朝日新聞の世論調査では内閣支持率拮抗という奇怪な現象を見せつけている(20代~40代の支持高が際立つ)し、大方のそれが同じような傾向を示している。簡単に言うとこれは、戦前日本と同じよ...詩の終わり警世

  • 詩の終わり 封建遺制の官僚の操り人形安部政権がこの時期辺野古設計変更申請

    先ずあきれ返り驚き入ったことだが、この4月21日、有識者のお墨付きということで、辺野古新基地建設の軟弱地盤に伴う設計変更申請を、防衛省沖縄防衛局が沖縄県に提出したという、この時期に最も相応しくない政治的行為がまたしてもこの安倍政権において執り行われた。かかる前例はこれまで沖縄では数限りなくあったが、コロナに関し県内も140人近い感染者を出し、今後ますます危険区域に入ってきているというのに、そういう自治体の窮状も顧みず、こうしたまことにふざけきった行政行為に手を付けるということ自体、神をも恐れぬ国家政府の官僚丸投げ操り人形内閣ぶりが明確に露呈していると思わないほうがおかしい。これまでとにかく聞こえてくるのはこの安倍政権がいかに薄汚く、言語道断のチンピラやくざ集団か、という世評だ。特にこのコロナ騒動かまびすしい現在...詩の終わり封建遺制の官僚の操り人形安部政権がこの時期辺野古設計変更申請

  • 詩の終わり アベイズムパンデミックとコロナの類似性

    これはイメージに過ぎないが、アベイズムのパンデミックという風にこの現行政権のことを論っていた風向きが、新型コロナという変異性ウイルスのパンデミックによって、実際上の目に見えない脅威が身辺に否応なく迫ってくるという事態に吸収されてしまった結果、言い方を変えれば、政権の害毒が本物のそれに取って代わって、人々はposttruthの事実上の危険性(政府のコロナ対応の拙劣さからくる危険性)にその側面から漸く気づかされている、というふうに事は進んでいると、考えるべきところだ。しかしそれでも内閣支持率は40%を切ることはない。つまり、この40%という数値には潜在的感染者という厄介な伝染媒体の実数が含まれていて、無症状で重症化しない(従て検査さえしない)が、周辺に感染を広げる機能を有する人群の存在が指摘される、ということになる...詩の終わりアベイズムパンデミックとコロナの類似性

  • 詩の終わり 側用人政治で官尊民卑は国勢となった

    コロナウイルスのことは世界的に全く予断の許されぬ状況になってしまった。安倍政権の大本営発表は(戦前同様)明らかに数値のマジックや情報操作で終始している(当然同じ穴の小池都政の東京都も同じだ)。つまり、検査体制が駄々洩れ状態(市中感染の実数が雲をつかむようなことになっているーーつまり諸外国並みの検査体制ならいつでもオーバーシュートすべく予定されているということ)で検査実態が感染実態に大きく水を空けられ、(まだぎりぎりのところで病勢を抑え込んでいると喧伝して)事実上、国民に実際の「緊急性」「重大性」といったメッセージを伝えることなく、政治パフォーマンス的に「緊急事態」宣言しただけで、あの見たくもない安倍の、脂下がった老醜ふんぷんの顔を一時間も見せつけられた挙句、ちらほら当たり障りもない平面的な記者質問で早々と切り上...詩の終わり側用人政治で官尊民卑は国勢となった

  • 詩の終わり 正義を最後まで貫けないというジレンマに言い訳する国民

    月よりの使者月光仮面は、自らは貫けない正義を貫いて見せる謎の人物に、おのれの気持ちを託したい人民が夢に描いた象徴であり、まぼろし探偵や七色仮面、ナショナルキッドや鉄人28号などもそういうことなのであろう。半世紀前の少年雑誌に登場したヒーローたちは、多かれ少なかれそういう人民の夢や憧れを視覚的(聴覚的)に実現して見せる格好のアイドルとなっていた。当時意識したことはなかったが、筆者における少年時代もそういう素朴な感情の中で、人生のあるいは人間の本質を徐々に現実世界へ投影するような生き方に向かい、経験化と認識、行動と発言を選び取っていくように生き始めていたはずだ。しかし、一方正義を貫くかどうかということは時として重大な結果を残したと歴史書は伝えている。歴史は正義の闘いを、それをする、しないで人民を酷薄で深甚な裁断の対...詩の終わり正義を最後まで貫けないというジレンマに言い訳する国民

  • 詩の終わり 世界の中でこの国は及び難く三等国のまま推移する

    会期中の国会や衆参各院予算委員会、あるいは安倍政権が引き起こした事件の真相追及野党合同本部公開ヒヤリング、その他のyoutube動画など散見するに、安倍一派をここまでほぼ無批判にのさばらせている(世論調査動向を見る限り右翼系支持者が圧倒的に高支持率を献上しているようだ)日本国民有権者は、あの15年戦争でこの国の先達である我々の父祖が「知らなかった」「騙された」と言い訳してやまない、当時の国家政府、大本営、大政翼賛会、大日本報告会、隣組が醸し出し強請し、一大国民ムーブメントを造出した戦時体制なるものをもう一度再現し、同じ時局を繰り返すことさえ何気に許容する、恐るべき政治的無神経無関心、非情で酷薄な獣的で非人間性そのものの非倫理、非論理的posttruthの世情の中に埋もれているという評言がぴったりすると思われる。...詩の終わり世界の中でこの国は及び難く三等国のまま推移する

  • 詩の終わり 官僚主導は完全封殺、政治主導は側近政治に堕す

    安倍内閣の側用人(今井何某以下)政治は恐らくは、いじましいまでの政権維持我執・権力護持あがきが最終段階に至るまで、この国を徒に誤誘導する以外には、外交財政安保他にわたり何らの国政成果も齎さない(それどころか財閥偏重トリクルダウン政策や従米主義によりいよいよ国柄を下げ格差を広げる作用が顕著になってきている)ばかりか、歴史的学術的検証などされない危険で中途半端な「国家主義」が、戦後的「民主主義」縛り(日本国憲法が担保していた)の一切を「法的」に言えば(隠蔽、改竄、データ破棄を旨とする)解釈画策で捩じ切り、国家主義的独裁的(ファシズムまがいの)権力私的濫用により、三権分立の大前提を事も無げに崩壊させてやまないだろう。この国では今後、悪辣政権による稟議なしの独断専行が繰り出す民殺病原菌政治が、現行新型ウイルス感染症パン...詩の終わり官僚主導は完全封殺、政治主導は側近政治に堕す

  • 詩の終わり 個人的な余りに個人的な自由と政治

    このブログはどこまでも匿名であり、今後とも自らその実在の何たるかを明かす気はさらさらない。例えば筆者がどこか市民運動の中にいて、「あいつはあのブログの記事を書いている人間じゃないか?」と名指されても、又、見知らぬ人に「あのブログはあなたでしょう?」とからかわれても、更に滔々と意見を聞かされてやり込められても、「そうです私があの変なブログのブロガーです」などと名乗る気はさらさらない。筆者は実に「個人的な余りに個人的な自由」をこそ望むので、これを損なうか介入干渉するような外界とは没交渉でいくことを是とする。当然だが、現行自民改憲草案にある、国家間戦争行為に無様に敗北し去った旧大日本帝国にみる国家優先滅私奉公社会になったとして(現行間接代議制選挙制度上ありえない話--つまりは国民総意が得られないというわけ--自公政権...詩の終わり個人的な余りに個人的な自由と政治

  • 詩の終わり 安倍晋三という完全自己肯定論者の「善悪の彼岸」

    安倍晋三という稀代の悪徳政治家が今この国を完全掌握し、あらゆる方面において隙間なく、おのれにのみ益する政治を断行している。この男の背景には麻生太郎も含め、彼らの代々の政治的眷属が大きく確実に横たわっているが、勿論単なる世襲議員の、実質的内容希薄なでしゃばり程度で済む話ではない。つまり、この男にあっては、その生い立ち裏話に出てくる悪辣な「うそつき」根性が、「三つ子の魂百まで」さながら還暦過ぎても臆面もなく、鉄面皮に露出してやまないのだ。そしてそれが「政治家」の許された特権とさえ思いこんでいる節がある。サッカレイの「悪徳の栄え」が21世紀の現代日本では字義通り現実のものとなっている。かつて中世の大和では藤原道長、平清盛らがまさに彼らの「我が世の春」を謳歌していた。太田道灌は、その若き日の行状の放蕩ぶりを周辺から「奢...詩の終わり安倍晋三という完全自己肯定論者の「善悪の彼岸」

  • 詩の終わり 昭和天皇の言動と大和民族の現代的犯罪性 1

    軍事評論家田岡俊次氏が言及(「米軍は日本を守ってなどいない!田岡俊次が在日米軍を詳細分析して分かった実態」https://dot.asahi.com/aera/2019082100027.html)するまでもなく、現在この国を深浅問わず牛耳っている日米安保体制は、決定的な意味で不実な幻想的国防体制であり、軍略的な意味での国防は、実質現今陸海空自衛隊の戦力で事足りると言える。(士気の事は不明)勿論、傭兵や用心棒という意味で存在する現行在日米軍は、大和民族にとって実質百害あって一利なしの張子の虎であり、ふてぶてしい金食い虫であり、即戦的な意味の日本における実質的軍事的防衛媒体とはなっていない。当然、戦時的状況下では在アジア米人の救出が米軍の絶対至上任務であり、戦場に放置された一般日本国民が優先、無傷に救出されること...詩の終わり昭和天皇の言動と大和民族の現代的犯罪性1

  • 詩398 沖縄からのメッセージ 29の7

    安保体制からくる米軍基地とその運用に関する地位協定が齎らす植民地主義行使の実態は、尋常でない犯罪性を助長し、兵士に幻惑的な免罪符を加え、沖縄県140万の民をさながら未開の封建難民の如き境遇に貶めているということを、米国最高司令官バラクオバマは全く承知してないのかという当たり前の疑問に帰着する。「沖縄の反発」という表現を報道機関は連発するが、正確には「沖縄の拒絶」にほかならず、「反対」しているのでなく「いらない」と言っているのだよ。基地経済主義の不労所得的性格と、なりふり構わぬ「生きる術」というものに過ぎない現今基地関連労働実態に関する偏頗な「論点すり替え」は、彼ら安保マフィアの常套手段だが、実際は沖縄のむしろ当たり前の健全性を担保する、自家自由采配に依拠する自由不動産財の使用こそ、望まれる権利行使方法にほかなら...詩398沖縄からのメッセージ29の7

  • 詩の終わり 日米政府と沖縄の在り様 29

    日本国家政府の(軍事)植民地主義的な分断政策そのもの(高江辺野古等)にあって、事実の積み上げ(埋め立て工事のなりふり構わぬ進行)に拠る後戻りできない様を現出されたとしても、だからといって心折れ「チルダイ」する理由には決してならないことを、沖縄の人は肝に銘じなければならない。勿論それは国家政府の思う壺に嵌ることなのだが、何故、ここまで沖縄は国家政府に盾突いてまで(例えば辺野古では20年以上にわたり)、国家の安保体制や米軍軍事基地とこれの拡充・新設・機能強化に反対するか、その決定的な動機に思いをいたせば、答えは自ずとわかろうというものだ。又、沖縄の民意に背いて強行するこの安倍政権のやり方には、いかにしても正当な民主的手続きが欠如している。主権が存する民の声に耳を貸さない(司法の統治行為論に便乗し)ことはつまりは憲法...詩の終わり日米政府と沖縄の在り様29

  • 詩の終わり 日米政府と沖縄の在り様 28

    「沖縄謀反」鳩山友紀夫、大田昌秀、松嶋泰勝、木村朗編著かもがわ出版刊2017年8月大田昌秀氏は2017年6月12日逝去絶望感というものを実感として味わうこの状況を例えば移住者の残された余生の中でどう考え対処し、解消すればいいのか。50年ほど以前、高校生の筆者はベトナム戦争の惨状を見聞きし、「ベトナムに平和を」のプレートを通学自転車の前に付けて登校することにした。道行く人は「これは大変なことになった」などと言っていた。当時、こういうことをする高校生は東北の片田舎ではまず殆どいなかったので、筆者は気恥ずかしさや決まりの悪さをいつも感じながら登校する羽目になってしまったのだが、何となく3年間これを続けることができた。程なく米軍はベトナムから撤退し、筆者の、最早文字すら消えかかったプレートは自転車から外された。同級生が...詩の終わり日米政府と沖縄の在り様28

  • 詩の終わり (再掲)翁長雄志第7代沖縄県知事の死が意味するもの

    15年戦争の敗北(それは世界史的には、単なる国際間の相対的地位低下という意味しかない....つまりは競争世界でのごくありふれた一敗北事件にすぎない)は大和民族の有史以来の精神的選良意識(それは見方を変えれば単なる井の中の蛙、単純な島国根性にほかならない)や不敗神話の瓦解という結果を用意した。敗者が勝者に平伏する、という、児戯じみた関係性が今の日米関係である(これを自業自得の敗北主義という)。これが敗戦後自民系保守政治の専横と、旧帝国官僚体制の倦む事なき存続によって変わることなく持続されてきた。ここに形成された固定的な関係性がすべてを決した。米国の、日本に対する二つの原爆使用の罪過を糊塗するがための「平和利用」という名の欺瞞、偽善が、この関係性の中で「原発」54施設の建造という、強要され強制された亡国的対応を繰り...詩の終わり(再掲)翁長雄志第7代沖縄県知事の死が意味するもの

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