思い出の道(11)
僕は未だ小学校に入ったばかりである。貧乏というものがどのようなものであるかを理解するには幼すぎる。頭脳も知識も事の善悪すら判断できない程の未熟児童集団であったからである。貧乏をある程度理解でき始めたのはこれから2年ぐらい経ってからである。つまり友達との比較において、他との比較において自分はどうかという意識が芽生えて来てからのことである。一般的に誰だってそうであろう。従ってこの頃の僕の記憶というものは殆ど学校内でのことに集約されている。特に我が家の場合、何だかばらばらで、親子4人が揃って食事などのコミュニケイションが乏しく特段の事がなくずるずると低学年時代を過ごしてきたせいでもあろう。思い出そうとしても出ない。一方学校というところは遊びに行くところぐらいにしか捉えていなかったもののとに角楽しいところであった。入学...思い出の道(11)
2018/11/29 16:20