幸手と言えば降りたことこそ有りませんが、その昔「サッテリア」なるハンバーガーショップが存在したと言う噂。東武日光線で南栗橋の一個手前、幸手駅に降り立ちました。サッテリア見てみたかった。この辺りには灌漑用水が非常に多く、また豊富な地下水に恵まれ
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真を中心に国内の寂れた観光地や温泉なども紹介。
建設関係の仕事のため首都圏の様々な街に通っており、暇を見つけては建物や街角の写真を撮り続けています。また旅好きで、特にマイナーな寂れた観光地や温泉、地方都市などを巡ってます。
幸手と言えば降りたことこそ有りませんが、その昔「サッテリア」なるハンバーガーショップが存在したと言う噂。東武日光線で南栗橋の一個手前、幸手駅に降り立ちました。サッテリア見てみたかった。この辺りには灌漑用水が非常に多く、また豊富な地下水に恵まれ
私が敬愛するサイトのひとつ限界ニュータウン探訪記様の記事にて紹介されていた未成分譲地。そこへ是非とも一度訪れてみたいとかねがね思っていました。こちらのサイトはメディアを通してご存知の方もおられるかと思いますが、不動産の専門的な話やその取材力から知る人ぞ知
連休はどこ行っても人だらけだし繁忙期の割高料金だしと言いながら、家でゴロゴロしたり昼間から山谷へ飲みに行ったりしてました。とは言え更新しなければと思い、葛飾辺りを適当にぶらついてみたり。京成高砂駅で降りると、駅前に立ち食い蕎麦屋があります。ここがな
前回時間の都合で巡れなかった市街地西部の城跡周辺を回りました。成田街道の北西部が佐倉城跡なのですが、まずは南城場外の武家屋敷跡を巡ります。この竹林の中を抜ける「ひよどり坂」は観光名所になっています。晴れたらもっといい雰囲気だったかも知れません。丘
佐倉市は成田のちょい手前ぐらいに位置する城下町です。京成佐倉駅は佐倉の中心部の北側にありますが、駅前には何もありません。ちなみにJRの佐倉駅は反対の南側。南口を出て大通りを東へ進むと、丘の上に県立佐倉高校があります。前身は1792年(寛政4年)佐倉藩の藩校と
最近京浜東北線の品川〜大井町間を通ると左右の車窓に煉瓦建築を目にする事ができます。品川区大井町(1)、東小路〜平和通り周辺品川区大井町(2)、東急大井町線ガード下品川区大井町(3)、大井町の飲食事情品川区大井町(4)、開発が進む大井町駅西口界隈 と言う
JR山手線・京浜東北線と東京メトロ千代田線の乗り換え駅、西日暮里。改札を出て左手奥の一帯が今後、丸ごとごっそり消えてしまいます。今回はその西日暮里駅北東側一帯の再開発予定地を歩いて行きます。北東に少し歩くと日暮里駅を始発とする日暮里舎人ライナーの西
3月は主に横浜で仕事していました。なので帰りは大抵六角橋商店街の「かずさや」さんで飲んでいました。木造アーケードのふれあい通りの外観はこんな感じです。たまたま全体像が見える場所がありました。六角橋で飲んだ後はだいたい東神奈川までバスで出ます。バス停の
Instagramで写真のみ投稿を続けているのですが、最近億劫になりあまりアプリも起動しなくなっていました。情報収集の面に於いてはよく活用させて頂きネタ集めのために毎日見ていたのですが、イイネする事に疲れてしまいwww以前よりチェックしていたOL主婦の小さな幸せの管理
東急東横線白楽駅より線路の西側を並走するように南下する六角橋商店街。1926年(昭和元年)に東急東横線白楽駅が開業し、1928年(昭和3年)末に市電六角橋線が開通したので、商店街はその頃より広がって行ったのだと思います。最南端部は県道12号線(横浜上麻生道路)に突き
今回は千葉県松戸市の国分台周辺を巡って行きます。降りたのは北総線の矢切駅。矢切の渡しも行きたかったのですが、11月から2月までは土日祝日のみ営業で、3月から毎日営業になるとか(ただし3月に入ってから柴又側に行ってみましたが、平日運行されていませんでした)。
基本的に自分が現在住んでいる川口市はネタにしないと言うのがありました。なんかあまり好きじゃないんですよね川口って。どちらかと言うと20代に住んでた大久保の方が愛着あったり、とまぁそんな話はどうでもいいんですが、生活圏は写真を撮る場所じゃないって感覚が昔から
なんだか大阪を引き摺ってます。東京へ戻ってもドヤ街なんて。池袋から浅草まで明治通りをひた走る都営バス草64系統。王子駅や尾久、新三河島、荒川区役所、三ノ輪、吉原大門などを通るバスで日本堤下車。看板建築が出迎えてくれます。この草64系統結構便利なんですよ。
いよいよ大阪シリーズもラスト。ひと月半大阪ネタで食い繋いでしまった。さて、大阪に来た目的の一つに阪堺電気軌道がありました。まず西成の新今宮駅の雰囲気が良いですね。本来の目的はモ161に乗る事でした。しかし今年の冬は運行されていないようです。とは言えこのモ5
夜行バスの疲れと飲み過ぎでガッツリ寝ました。ビジネスホテル加賀屋を出ると右手向かいに激渋なうどん屋さんが。昨夜は開いてなかったのですが、朝飯はここに決まりです。間違いなく昭和な「きらく」さん。同じく朝飯を食いに来たお地元の客さんや旅行者で賑わ
さて続きです。大阪環状線新今宮で下車。前編では夜のあいりん地区で飲み歩きドヤに泊まります。阪堺電気軌道の乗り場がパチンコ屋ってのも衝撃。こう言う立ち飲み屋も惹かれますね。この辺りの銭湯はほぼ現役です。入船温泉となっていますが、天然温泉や
後編です。船町は東西に伸びる埋め立て地ですが、そのほとんどが鉄工所となっています。前編の船町渡船は北側の鶴町に住む労働者の方々が工場への通勤のために利用しているのでしょうね。工場の廃墟も見られます。この辺りの工場は製鋼所となるので、鉄鉱石から
西九条からJR桜島線に乗ります。もう日本人も外国人も観光客で鮨詰め状態。そしてユニバーサルシティ駅にて誰もいなくなりました。この駅の南側にはJR貨物の安治川口貨物ターミナルがあり、安治川の埠頭で貨物船からのコンテナの積み下ろしなどもしていました。
松島新地を離れ、安治川を渡り西九条へと向かいます。一旦喫茶店でモーニングでも。大阪は個人経営による昔ながらの喫茶店がやたらと多く存在します。入るなり大阪のおばちゃんたちの賑やかな喋り声に包まれた店内。ほぼ満席で辛うじてカウンターがひと席だけ空いてた
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。新年早々、大阪からスタートさせて頂きます。今回は連れが入院するなど諸事情により何十年ぶりかの一人旅となりました。尤も関東圏内の日帰りはいつも一人旅なのですが、泊まりがけでは久しぶりに一人。と言うわ
毎年恒例、総集編として今年を振り返ってみます。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。去年の年末、前年にも増して猛暑続きだと書きましたが、今年はさらに輪を掛けて猛暑続きでした。来年はどうなってしまうのやら。それでも7月から8月に掛けては仕事が
年末忙しいまんまです。今年は廃墟らしい廃墟も行ってないと思い、以前から気になっていた相模湖湖畔の廃ホテルを見に行きました。JR中央線藤野駅から午前中に3本走っているのみの路線バスで勝瀬橋へ。相模湖の対岸、南側に3棟ラブホテルが建っています。1番手前
更新が滞り過ぎてもはやお久しぶりです。この忙しさもそろそろ出口が見えて来そうです。ちなみに邑楽郡は「おうらぐん」と読みます。読めるかーい!午前中に終わる仕事があったので、ここぞとばかりに熊谷へと向かいました。県道83号線で熊谷市北東部、利根川沿いの河
7月から9月まで暇だったのですが、10月中頃から急に忙しくなり、どこにも取材に行けておりません。とは言え働く日数が増えればそれだけ収入も増えるので、金銭的には有難いのですがね。仕事は深谷に行ったり江東区塩浜に行ったり用賀に行ったり、しまいには朝5時の電車
およそ12年ぶりに東神奈川駅を降りました。[関連記事]神奈川県横浜市神奈川区(1)、市場食堂〜ドヤ街、朝鮮部落神奈川県横浜市神奈川区(2)、三井倉庫〜貨物線跡神奈川県横浜市神奈川区(3)、子安漁港の狭過ぎる路地2013年6月、東神奈川駅東口にて撮影。この雑
水戸駅のひとつ先、阿字ヶ浦海水浴場や那珂湊漁港へ向かうひたちなか海浜鉄道の起点駅でもある勝田駅を訪れました。ひたちなか海浜鉄道には以前茨城交通時代の廃車両を撮りにちょっとだけ乗りました。勝田は日立グループの工場に囲まれています。西側には鉄道車両工場やビ
前回の続き。さて今回は水戸の繁華街を巡ります。まずは水戸駅から1番遠い栄町界隈のスナック街から。茨城県の歓楽街と言えば土浦と水戸。この二大都市はどちらも栄えていましたが、私が見た感じでは土浦の方が寂れた雰囲気がありました。もっとも土浦の市街は駅周辺し
意外と今まで縁が無く、駅を降りた事のなかった水戸へ行って参りました。幼少の頃より、水戸と言えば偕楽園ぐらいしか無くて梅の咲く時期以外観光旅行に行く理由がない、と言うのが水戸のイメージでした。茨城交通だった時代のひたちなか鉄道や、もっと北の今はなき日立電
江戸から明治にかけての水運(水上交通)を語るのに、利根川から江戸川が分岐する関宿(せきやど)を避けては通れない。そう思い鉄道も通っていない千葉、茨城、埼玉が県を接する千葉県野田市の関宿へまず向かいました。結論から言うと関宿にはかつての城下町の雰囲気など一切
6月頭、駅前の青線地帯跡でちょっと飲んで以来の再訪です。その青線地帯跡の長屋の一軒、美味いと噂だったカレー屋にまず入ります。カレー専門店印度。女将さん一人で切り盛りされてますが、本格的なスパイスカレーです。美味い。そんな訳で松戸駅西口から巡ります
こうもん、かいへい、じつえん。平仮名で書いちゃいけません。閘門、つまり端的に言えば規模は小さいけどパナマ運河みたいな物です。去る8月20日、見沼通船堀にて閘門の開閉実演が行われました。JR武蔵野線東浦和駅から南東へ。見沼代用水東縁を渡ります。見沼代用水とは
さて、後編です。公園の東地区には都電が保存されています。都電は自動車の普及や地下鉄網の発展に伴い、昭和47年(1972年)までに現在の荒川線を残して廃止されました。上野消防署(旧下谷消防署)望楼上部。いわゆる火の見櫓の上の部分ですが、当時の高さは約23.6m。都心
インスタなどで噂に聞いていた程度の江戸東京たてもの園。どうせ移築された建物がちょっと並ぶ「作られた昭和感」ぐらいだろうと思ってました。ところが、行ってみたら凄かった!JR中央線武蔵小金井駅の北、2キロ弱。小金井公園があります。バス停のある小金井公園西口か
以前立川飛行機の関連遺構を巡った際、立川飛行機と時を同じくして空襲の標的となった中島飛行機武蔵製作所の存在を知りました。今回、戦前までは中島飛行機武蔵製作所の引き込み線で戦後に国鉄武蔵野競技場線となった線路の廃線跡を巡ります。起点は三鷹駅の西にある三鷹
最近仕事で、週一回高島平に行ったりしてます。高島平へは赤羽で乗り換え板橋、そこから歩いて新板橋からの三田線で新高島平まで。その前にまず、JR埼京線板橋駅の駅前で驚きました。駅前の3区画、ごっそり解体工事が始まっているようです。解体工事は来年6月末
インスタで非常に惹かれる写真を拝見しまして、実際に行って見たいと思い立った次第。情報はいつも二番煎じと言う後ろめたさを感じつつも居ても立っても居られなくなり、このクソ暑い中出かけました。てなわけで水戸線下館駅。去年の2月に花街の痕跡を辿ったりしましたが
千葉県銚子市(1)、銚子の街並み千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅とにかく暑いからどこにも行きたくないのが正直なところですが、頑張って再び銚子へ。今回は素直に秋葉原、錦糸町、千葉乗り換えで各駅停車。2310円で
千葉県銚子市(1)、銚子の街並み千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅たまたまGoogleマップで見つけた廃墟感のある団地を見に行きました。全然住民はいるので廃墟では無いのですが。銚子市街を巡った後、本銚
千葉県銚子市(1)、銚子の街並み千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅さて、ここからは銚子の飲食店街や歓楽街を巡って行きます。漁港沿いに東へ歩いて来ました。ちょっとしたスナック街などもありますが、この辺り
千葉県銚子市(2)、旧・赤線地帯跡のスナック街千葉県銚子市(3)、外川の犬吠埼市営住宅千葉県銚子市(4)、ゴーストタウン化が進む市営住宅先月訪れた野田からの醤油繋がりで銚子にやってまいりました。遠い。日帰りで来るような所じゃない。銚子駅は総武本線の前身であ
松戸は渋い街との噂は聞いていましたが、初めて松戸駅周辺を散策してみました。Googleでなんとなく飲み屋が密集していそうな所を探し、渋そうな大衆酒場を見つけたので行ってみました。西口を出て右手にちょっと入った所。手前のカレー屋さんはかなり美味いとの噂なので今
何も考えずに南越谷から伊勢崎線。久喜から地方ローカル線の雰囲気に揺られながら羽生駅に降りました。一応秩父鉄道の起点駅なのですが、なんかパッとしません。駅前にはいきなり廃墟。駅近くの駐輪場に「カブ号」の文字。スーパーカブと言いたいのでしょう。
さて、今度は東口を探索していきます。こちらが東口。ちなみに駅前にはかつて昭和37年(1962年)開業のイトーヨーカドーがありましたが、ここが当時のヨーカ堂の全国3店目の店舗だったとか。特に工業地帯などがある訳でもなくあくまでベッドタウンとして発展して来たので
2年ぶり、今年も神田祭を見に行きました。神田駅南口のガード下迷宮【日記】神田祭2019 千代田区神田(5)、消えゆく神田小路 【日記】神田小路解体 【日記】神田祭2023金曜日の夜、いつも通っている神田の飲み屋「佐々文」で飲んでいたら常連仲間が法被来て
浦和駅と与野駅の間のマイナー過ぎる駅、北浦和なんて完全にノーマークでした。3月末から仕事で北浦和にある現場へ通う事になり、降りた事すら無かった北浦和駅周辺で仕事帰りに飲める店を探します。通っているので以後の写真、天気や時間帯がまちまちです。東北本線開
野田市駅と江戸川に挟まれた一帯には醤油工場とともに、茂木一族を始めとする醤油醸造業に関わった人々の邸宅が密集しております。こちらは茂木七郎治邸。茂木一族の家庭で、4代目七郎治(襲名)は野田運輸(現在の総武物流)、花畑乗合自動車、野田自動車運輸の代表。また総
2021年の夏に流山市のキッコーマンみりん工場を訪れましたが、そこはキッコーマンの前身である野田醤油株式会社設立時、野田醤油の出資によって万上味輪株式会社が設立されたのを発祥としております。そんな訳で今回、キッコーマン発祥の地である野田にやってまいりました。
桜も散り始めた頃、松戸市のUR常盤平団地に行って参りました。先月末で京成電鉄に吸収されてしまった旧新京成に松戸駅から乗って5駅、常盤平駅に降り立てば桜舞い散る並木道。駅前にはいまだ現役のボーリング場が残っています。建物のデザインが昭和。少し
東京都立川市にある旧陸軍立川飛行場周辺の戦争遺跡を巡って来ました。JR中央線立川駅の北側。多摩モノレールの左手には立飛ホールディングスが2020年にオープンした複合施設、グリーンスプリングスが続いています。その裏手には国営昭和記念公園が広がっています。大
西武新宿線小平駅から小平営業所行きのバスに乗り、小川寺前バス停で下車。ここにスーパー銭湯の小平天然温泉テルメ小川があります。テルメ、つまりテルマエって事ですね。2000年末にオープンしたこの施設は、西洋チックな外観からなかなか訪れようって気になれずにいまし
2月、仕事で度々小田原まで通ってました。川口からは2時間コースで遠いのなんの。18歳まで箱根に住んでいて高校は小田原まで通い、子供の頃から買い物と言えば小田原でした。2014年に一度小田原市街を歩きましたが、結構変わってしまいショックでした。しかし小田原駅
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)前編の続きです。解体工事が中断されたか完成前に中断されたかのよ
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)ここからは木更津駅周辺を散策して行きます。結構メジャーな街でありな
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)続きです。実は4週に渡って木更津シリーズお送りします。て事で今回
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)東京湾アクアラインは平成9年(1997年さ)12月18日に開通しました。東京
神奈川県横須賀市田浦(4)、再生される山の上のゴーストタウン
横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築横須賀市田浦(2)、海軍工廠造兵部跡 横須賀市田浦(3)、引き込み線跡と倉庫群最近ネットニュースなどで話題に上がった、通称「天空の廃墟」こと市営月見台住宅跡を訪れて来ました。天空のとかいかにもキャッチーですが、標高約60mで
横浜はネタが尽きない!仕事が昼過ぎで終わり、ふとGoogleマップ見ながら横浜市へ。磯子区根岸は横浜市電保存館で訪れてます。根岸から旧海岸線に行けば山手の丘陵地帯。その斜面に大正中期建設の旧柳下邸があります。山手界隈は戦前から外国人居留地だった歴
年が明けてちょっと経ちますが、新春スペシャルとして番外編をお送りします。年が明けても仕事忙しい。今回は散歩や旅の途中で何気なく撮った鉄道の写真をまとめてみました。鉄ちゃんはとうの昔に引退したつもりですが、線路が有ったらついつい電車を待ってしまう。そん
あけましておめでとうございます。毎年恒例の新春スペシャル企画なんかも考える間もなく年を越してしまいました。新年一発目は去年深谷で撮り残した戦争遺跡関連を巡って行きます。今回も深谷駅前にあるレンタルサイクルのハローサイクルを利用しました。深谷市(1)、旧中
毎年恒例、印象に残った情景2024年総集編で今年を振り返ってみます。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。今年はブログ開設10年目と言う節目の年でした。だからって何って訳でも無かったのですが、北関東の宿場町などの街歩き系が多かった気がします。記
年末まあ忙しくて全然出掛けられません。今年も月3〜4記事ベースでの更新を目指して来ましたが、今月は6現場重なっておりマジ厳しいです。来週も月曜から29日30日と仕事。年明け4日から仕事。それでも先月末、浅草酉の市の三の酉に行って来ました。コロナ前までは毎年恒例
廃墟系サイトではそこそこ有名な物件、大仁金山跡と山神社跡に行って来ました。三島から伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り大仁へ。昭和の車両がまだ現役で活躍しています。写真の車両は3000系1次形のトップナンバーで1979年製。揺れ方とか乗ってて懐かしかったです。大仁
前回の続き。電動アシスト自転車は広範囲を周れるので便利です。さて、ネギ畑の中を疾走して渋沢栄一の生家に向かいます。途中、渋沢栄一記念館兼八基公民館があります。時間も無かったし、渋沢栄一を掘り下げたら本当にキリが無いのでスルー。とりあえず渋沢栄一の
前回深谷の宿場町を散策した翌日、続け様に深谷へ行ってしまいました。今回はレンタルサイクルのハローサイクルを利用して廃線跡を巡ります。ハローサイクルは都心部に集中して増殖中ですが、飛び地のように深谷駅前にもありました。観光用としてもっと地方都市にも増
深谷と言えばネギしかない。そんなイメージの街が新紙幣の肖像となった渋沢栄一生誕の地として大フィーバーです。東京駅駅舎の赤煉瓦がここ深谷の地で造られた、と言う事で東京駅を模した深谷駅舎。実際の煉瓦ではなく煉瓦色のタイル張りですが。駅前にやたら広
メンテナンスの仕事で鴻巣を訪れ午前10時に仕事終了。て事で鴻巣の街並みを散策しました。鴻巣は今年5月、横浜で飲んだ帰りに乗り過ごし、気づいたら鴻巣で終電終わって絶望した事があります。唯一のネットカフェが国道17号線沿いで20分以上歩かされた記憶も。そ
国分寺駅と立川駅の間、国分寺と立川それぞれの最初一文字目を繋げた国立駅の北側に、公益財団法人鉄道総合技術研究所があります。ちなみに国立市の名前もこの駅名から採られており、また鉄道総合技術研究所より北は国分寺市になります。公益財団法人鉄道総合技術研究
座間市と言えば米陸軍キャンプ座間と日産座間工場ですね。小田急江ノ島線南林間駅と小田原線相武台前駅の間辺りに日産座間工場があります。この工場は昭和41年(1966年)に操業を開始し、バブル崩壊後の1995年、リストラに伴い自動車工場としては閉鎖されました。しかしその
やっと涼しくなりましたが、仕事は忙しくなるばかり。写真撮り歩きたい季節なのですが……仕事で2年ぶりに東急東横線自由が丘駅に降りたところ、北口駅前右手の一帯が大規模再開発されていました。ごちゃごちゃした路地裏も含めて一つの街が丸ごと消滅してしまつた。当
今月、仕事で東逗子に通っております。車内放送において「東逗子」のイントネーションが「チラシズシ」に聞こえてしまうのですが、まぁ北鎌倉が北キャバクラと聞こえてしまうと言う話もありますし。何はさておき逗子と言えば6年前、田浦を訪れた帰りに海へと延びる軌道を撮
ちょっと涼しくなって来たって事だし、横浜市保土ヶ谷区の山の中に残る火薬工場跡地に行って来ました。相鉄星川駅は久々に降りましたが、いつの間に高架化されていたようで。しかし広々とした駅前は閑散としていました。ここから新桜ヶ丘団地行きのバスに乗って行きます。
この夏はあまりにも暑いので、たまにはブログ記事の事も考えずに冷房の効いた所でゆっくりしたい。と言う事で、いつか行こうと思いながら何年も先送りにし続けて来た大宮の鉄道博物館に行って来ました。まず最初に迎えてくれたのはEF5851。私らの世代で言えばまさに昭
大日影トンネルを歩き塩山で昼食を摂った後、中央東線のスイッチバック跡地を巡りました。勝沼の跡地スルーしながらww各駅停車の昼のダイヤは上り下り共に1時間に1本。その間、通過する松本行き特急「あずさ」が1本と甲府行き特急「かいじ」が1本。分かり易いです。
トンネルの中なら涼しかろう、そう思って中央東線旧線の廃線跡である旧・大日影トンネルに行って来ました。中央東線が甲府盆地に抜けた所。葡萄畑に覆われた斜面に勝沼ぶどう郷駅(旧・勝沼駅)はあります。この駅はかつてスイッチバック駅でしたが、昭和43年(1968年)にスイ
千葉県は房総半島の先端近く、廃墟としては有名な南房総市富浦の大房岬(たいぶさみさき)の戦争遺跡群に行ってまいりました。以前より行こう行こうと思いつつ、館山の手前の富浦駅はいかんせん遠い。最近は2両編成の新型車両が内房線から外房線まで通しで走っているみたい
つくばエクスプレス終点のつくば駅から北へ向かってバスに乗り筑波山口へ。ここはかつての筑波鉄道筑波駅跡になります。筑波鉄道は大正7年(1918年)に開業、途中関東鉄道に吸収されつつも国鉄が分割民営化された昭和62年(1987年)3月末日に廃止となりました。1981年頃と
牛久と言えば牛久シャトーと大仏ぐらいしかないと言ったイメージを持ってました。実際、駅前には何も無いです。水戸街道の宿場町として栄えた牛久は西南側の外れにありますが、今回そっちには行きませんでした。線路の東側を並走する幹線道路の花水木通り沿いに
今年2月、帝都を歩く様で紹介された千葉県柏市根戸にある陸軍高射砲第二連隊跡地にある謎の廃屋群がずっと気になっいて、自分もこの目で見てみたい!と思っていたものだから行ってしまいました。ネタを被せちゃってごめんなさい!JR常磐線を北柏駅で下車。駅は歩道橋が
成田は2020年の夏と2021年の秋に訪れましたが、最初に訪れた際航空科学博物館が休館日だったと言う苦い思い出があります。(1)空港シャトルシステムと成田駅周辺(2)東成田駅(旧・成田空港駅)成田空港は出航と到着それぞれ1回ずつ利用していますが、LCCで一番端っこに着い
実は3月から5月末までの間、一身上の都合により久米川市に住んでいました。なかなか縁(エン)の無い地域ですが、気になる場所も幾つかあったと言う事で、ちょっとまとめます。まずは西武新宿線久米川駅、北口を出て右手に伸びる商店街。商店街のアーチ看板かと思いきや
およそ8年ぶりに大塚での仕事となり毎日通うようになりました。歩いてみれば変わった物、変わらぬ物、そして新たな発見などもあったので、改めて散策します。過去の記事はこちら↓(1)北大塚の歓楽街(2)南大塚の三業通り(3)北大塚の飲食事情大塚駅が大きく変わったのは
西武新宿線本川越駅からひとつ手前、南大塚駅から入間川河川敷まで、かつて3.2キロにわたって貨物線が走っていました。南大塚駅構内。かつての敷地はそのままで、レールも一部残っています。線路跡はしばらく住宅街の中を抜けます。最近まで線路がそのまま残って
さて、後半はスナック街や旧青線地帯跡など、ディープな路地を歩いて行きます。実はこちらがメインディッシュ。駅から宮川を渡って1本目を左に。寂れた飲み屋街と言った感じの街並みを歩いてゆくと、右手にミリオン通りと言う路地裏飲食店街が見えてきます。入り
※2024年3月末訪問。昭和な街並み系や赤線地帯系のブログなどを巡っているとよく見かけるのが富士吉田市の月江寺。それだけそっち界隈では有名であり紹介され尽くされている感がある故に行くのは永らく後回し、と言う扱いでした。とは言えいずれ訪れたいと思っていたし、
ブログを開設してから早いもので10年。飲食店は3年続けば安泰、ブログなら5年続けば安泰(多分)と言う事ですが、よくモチベーションが続いたものだと思います。全国的に見れば行きたい場所なんて腐るほどありますが、それを限られた時間とお金でどれだけ消化していけるか。私
先週、先々週と羽村取水堰に行って来ましたが、次の週はお祭りがあると言う事で、羽村市の春の例大祭に行って来ました。3週連続です。近いからいいけど。このお祭りは稲荷神社に合祀されている八雲神社の祭礼で、阿蘇神社(加美町)、五ノ神社(五ノ神)、神明神社(川崎)、玉
※元々は3月28日、羽村山口軽便鉄道の廃線跡をシェアサイクルで訪れました。そしたら開花前の桜並木がずっと続いているじゃありませんか。あと1週間以上後に訪れたならば桜が見事だったろうに、そう思って4月7日の日曜日、リベンジの意味も込めて再度訪れました。花見スポッ
2019年10月末、日記として高田馬場の飲み屋の記事を書きましたが、久々に高田馬場に立ち寄ったら以前訪れた飲み屋街が全滅してたので記事を更新します。※以下は2019年10月29日の日記。高田馬場駅北口を出ると早稲田通りがガードをくぐります。その大通りを渡って右手、
にわかに仕事が忙しくなり更新が滞りそうなので、日頃のスナップなどを並べつついつもの如く近況報告などしてお茶を濁します。実は去年の秋から連れが板橋の帝京大学附属病院に入院したりなど、プライベートで色々有りました。帝京大学附属病院から石神井川沿いに歩
茨城県西部、西に栃木県小山市が接する辺りに結城市があります。地名としては初めて聞きました。そんなJR水戸線結城駅前の右手、2017年に完成した結城図書館および観光物産センターがあります。まずここでレンタルサイクルを借りました。ふと左手を見ればスーパ
もう5回目ですよ笠間に行くのは。笠間市の友部も入れれば6回目。以前定休日で入れずリベンジしたら予約制のツアーがあった事を知り、三回目の石切山脈です。JR水戸線、笠間のひと駅西にある稲田駅。小さな駅ですが駅前に稲田石に関する資料館、石の百年館があります。
以前から気になっていたザ・ヒロサワ・シティ。2月11日にリニューアルオープンしたとの情報を聞き、早速下館に再訪。ちょっと遅めに出たので下館に着く頃には昼になってしまいました。駅前に何も無いと前回知ったので不安を抱えながら稲荷町を歩いていたら、営業している
下館は東西にJR水戸線、北へ真岡鉄道、南へ関東鉄道常総線と、十字に鉄道が走ってます。下館駅は明治22年(1887年)国鉄水戸線の前身となる水戸鉄道として開業。明治45年には国鉄真岡線の前身となる真岡軽便鉄道が開通し、大正2年(1913年)には関東鉄道の前身となる常総鉄道
今、西武池袋線で池袋からひと駅目の椎名町に仕事で通ってます。西武池袋線は山手線の線路をオーバークロスしながら右へ急カーブ。地上に降りると山手通りの下を潜って椎名町に至ります。沿線は踏み切りだらけですが、山手通りの下を潜るために高架化が出来ないんでし
笠間には過去2度も訪れたのですが、また後から行きたい場所を発見してしまいました。JR水戸線笠間駅よりバスで笠間稲荷神社まで。門前通りの突き当たりにあるかさま歴史交流館にてドコモのシェアサイクルを借りました。ドコモシェアサイクルは都市部の他、極一部の地域で
新春特別企画として過去、今から約36年前の1988年3月に撮影した、茅葺き屋根の葺き替え工事の様子をお届けします。場所は現在世界遺産に登録されている岐阜県の白川郷。当時はまだ登録されておらずバイパスも整備されておらず、知名度はあれこそ陸の孤島とされておりま
まずは被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。私は能登半島には2度、富山県氷見市には出張で1か月半滞在した他に3度ほど訪れており、特に好きな地方であります。こちらは能登町宇出津の街並み。能登半島は木造建築が非常に多く残されております。2020年の春にお
毎年恒例、印象に残った情景2023年総集編をお送りします。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。今年は色々あって金銭的に遠出が出来ませんでした。しかしながら関東圏内の日帰り旅でも、結構衝撃的な場所が数多くあり、なかなか豊作の年でした。記憶に残
最近戸田に用事があってちょいちょい通っているのですが、検索したら近くにスーパー銭湯がある事が分かりました。戸田公園駅から西へ10分も歩けば物流倉庫だらけで車社会。巨大ホームセンターや駐車場完備のドラッグストアや飲食店。ここ彩香の湯も一階部分が全て駐車
仕事が休みだったんで寝坊して、あまり遠くまでは行けないなと言うことで船堀の温泉銭湯でも行こうかと。今年のお盆に訪れて9月頭に閉店となった東京健康ランド。再開発計画があるようで、もう解体作業が始まっていました。そこから歩いて10分もしない所に江戸川競艇が
幸手と言えば降りたことこそ有りませんが、その昔「サッテリア」なるハンバーガーショップが存在したと言う噂。東武日光線で南栗橋の一個手前、幸手駅に降り立ちました。サッテリア見てみたかった。この辺りには灌漑用水が非常に多く、また豊富な地下水に恵まれ
私が敬愛するサイトのひとつ限界ニュータウン探訪記様の記事にて紹介されていた未成分譲地。そこへ是非とも一度訪れてみたいとかねがね思っていました。こちらのサイトはメディアを通してご存知の方もおられるかと思いますが、不動産の専門的な話やその取材力から知る人ぞ知
連休はどこ行っても人だらけだし繁忙期の割高料金だしと言いながら、家でゴロゴロしたり昼間から山谷へ飲みに行ったりしてました。とは言え更新しなければと思い、葛飾辺りを適当にぶらついてみたり。京成高砂駅で降りると、駅前に立ち食い蕎麦屋があります。ここがな
前回時間の都合で巡れなかった市街地西部の城跡周辺を回りました。成田街道の北西部が佐倉城跡なのですが、まずは南城場外の武家屋敷跡を巡ります。この竹林の中を抜ける「ひよどり坂」は観光名所になっています。晴れたらもっといい雰囲気だったかも知れません。丘
佐倉市は成田のちょい手前ぐらいに位置する城下町です。京成佐倉駅は佐倉の中心部の北側にありますが、駅前には何もありません。ちなみにJRの佐倉駅は反対の南側。南口を出て大通りを東へ進むと、丘の上に県立佐倉高校があります。前身は1792年(寛政4年)佐倉藩の藩校と
最近京浜東北線の品川〜大井町間を通ると左右の車窓に煉瓦建築を目にする事ができます。品川区大井町(1)、東小路〜平和通り周辺品川区大井町(2)、東急大井町線ガード下品川区大井町(3)、大井町の飲食事情品川区大井町(4)、開発が進む大井町駅西口界隈 と言う
JR山手線・京浜東北線と東京メトロ千代田線の乗り換え駅、西日暮里。改札を出て左手奥の一帯が今後、丸ごとごっそり消えてしまいます。今回はその西日暮里駅北東側一帯の再開発予定地を歩いて行きます。北東に少し歩くと日暮里駅を始発とする日暮里舎人ライナーの西
3月は主に横浜で仕事していました。なので帰りは大抵六角橋商店街の「かずさや」さんで飲んでいました。木造アーケードのふれあい通りの外観はこんな感じです。たまたま全体像が見える場所がありました。六角橋で飲んだ後はだいたい東神奈川までバスで出ます。バス停の
Instagramで写真のみ投稿を続けているのですが、最近億劫になりあまりアプリも起動しなくなっていました。情報収集の面に於いてはよく活用させて頂きネタ集めのために毎日見ていたのですが、イイネする事に疲れてしまいwww以前よりチェックしていたOL主婦の小さな幸せの管理
東急東横線白楽駅より線路の西側を並走するように南下する六角橋商店街。1926年(昭和元年)に東急東横線白楽駅が開業し、1928年(昭和3年)末に市電六角橋線が開通したので、商店街はその頃より広がって行ったのだと思います。最南端部は県道12号線(横浜上麻生道路)に突き
今回は千葉県松戸市の国分台周辺を巡って行きます。降りたのは北総線の矢切駅。矢切の渡しも行きたかったのですが、11月から2月までは土日祝日のみ営業で、3月から毎日営業になるとか(ただし3月に入ってから柴又側に行ってみましたが、平日運行されていませんでした)。
基本的に自分が現在住んでいる川口市はネタにしないと言うのがありました。なんかあまり好きじゃないんですよね川口って。どちらかと言うと20代に住んでた大久保の方が愛着あったり、とまぁそんな話はどうでもいいんですが、生活圏は写真を撮る場所じゃないって感覚が昔から
なんだか大阪を引き摺ってます。東京へ戻ってもドヤ街なんて。池袋から浅草まで明治通りをひた走る都営バス草64系統。王子駅や尾久、新三河島、荒川区役所、三ノ輪、吉原大門などを通るバスで日本堤下車。看板建築が出迎えてくれます。この草64系統結構便利なんですよ。
いよいよ大阪シリーズもラスト。ひと月半大阪ネタで食い繋いでしまった。さて、大阪に来た目的の一つに阪堺電気軌道がありました。まず西成の新今宮駅の雰囲気が良いですね。本来の目的はモ161に乗る事でした。しかし今年の冬は運行されていないようです。とは言えこのモ5
夜行バスの疲れと飲み過ぎでガッツリ寝ました。ビジネスホテル加賀屋を出ると右手向かいに激渋なうどん屋さんが。昨夜は開いてなかったのですが、朝飯はここに決まりです。間違いなく昭和な「きらく」さん。同じく朝飯を食いに来たお地元の客さんや旅行者で賑わ
さて続きです。大阪環状線新今宮で下車。前編では夜のあいりん地区で飲み歩きドヤに泊まります。阪堺電気軌道の乗り場がパチンコ屋ってのも衝撃。こう言う立ち飲み屋も惹かれますね。この辺りの銭湯はほぼ現役です。入船温泉となっていますが、天然温泉や
後編です。船町は東西に伸びる埋め立て地ですが、そのほとんどが鉄工所となっています。前編の船町渡船は北側の鶴町に住む労働者の方々が工場への通勤のために利用しているのでしょうね。工場の廃墟も見られます。この辺りの工場は製鋼所となるので、鉄鉱石から
西九条からJR桜島線に乗ります。もう日本人も外国人も観光客で鮨詰め状態。そしてユニバーサルシティ駅にて誰もいなくなりました。この駅の南側にはJR貨物の安治川口貨物ターミナルがあり、安治川の埠頭で貨物船からのコンテナの積み下ろしなどもしていました。
松島新地を離れ、安治川を渡り西九条へと向かいます。一旦喫茶店でモーニングでも。大阪は個人経営による昔ながらの喫茶店がやたらと多く存在します。入るなり大阪のおばちゃんたちの賑やかな喋り声に包まれた店内。ほぼ満席で辛うじてカウンターがひと席だけ空いてた
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。新年早々、大阪からスタートさせて頂きます。今回は連れが入院するなど諸事情により何十年ぶりかの一人旅となりました。尤も関東圏内の日帰りはいつも一人旅なのですが、泊まりがけでは久しぶりに一人。と言うわ
松戸は渋い街との噂は聞いていましたが、初めて松戸駅周辺を散策してみました。Googleでなんとなく飲み屋が密集していそうな所を探し、渋そうな大衆酒場を見つけたので行ってみました。西口を出て右手にちょっと入った所。手前のカレー屋さんはかなり美味いとの噂なので今
何も考えずに南越谷から伊勢崎線。久喜から地方ローカル線の雰囲気に揺られながら羽生駅に降りました。一応秩父鉄道の起点駅なのですが、なんかパッとしません。駅前にはいきなり廃墟。駅近くの駐輪場に「カブ号」の文字。スーパーカブと言いたいのでしょう。
さて、今度は東口を探索していきます。こちらが東口。ちなみに駅前にはかつて昭和37年(1962年)開業のイトーヨーカドーがありましたが、ここが当時のヨーカ堂の全国3店目の店舗だったとか。特に工業地帯などがある訳でもなくあくまでベッドタウンとして発展して来たので
2年ぶり、今年も神田祭を見に行きました。神田駅南口のガード下迷宮【日記】神田祭2019 千代田区神田(5)、消えゆく神田小路 【日記】神田小路解体 【日記】神田祭2023金曜日の夜、いつも通っている神田の飲み屋「佐々文」で飲んでいたら常連仲間が法被来て
浦和駅と与野駅の間のマイナー過ぎる駅、北浦和なんて完全にノーマークでした。3月末から仕事で北浦和にある現場へ通う事になり、降りた事すら無かった北浦和駅周辺で仕事帰りに飲める店を探します。通っているので以後の写真、天気や時間帯がまちまちです。東北本線開
野田市駅と江戸川に挟まれた一帯には醤油工場とともに、茂木一族を始めとする醤油醸造業に関わった人々の邸宅が密集しております。こちらは茂木七郎治邸。茂木一族の家庭で、4代目七郎治(襲名)は野田運輸(現在の総武物流)、花畑乗合自動車、野田自動車運輸の代表。また総
2021年の夏に流山市のキッコーマンみりん工場を訪れましたが、そこはキッコーマンの前身である野田醤油株式会社設立時、野田醤油の出資によって万上味輪株式会社が設立されたのを発祥としております。そんな訳で今回、キッコーマン発祥の地である野田にやってまいりました。
桜も散り始めた頃、松戸市のUR常盤平団地に行って参りました。先月末で京成電鉄に吸収されてしまった旧新京成に松戸駅から乗って5駅、常盤平駅に降り立てば桜舞い散る並木道。駅前にはいまだ現役のボーリング場が残っています。建物のデザインが昭和。少し
東京都立川市にある旧陸軍立川飛行場周辺の戦争遺跡を巡って来ました。JR中央線立川駅の北側。多摩モノレールの左手には立飛ホールディングスが2020年にオープンした複合施設、グリーンスプリングスが続いています。その裏手には国営昭和記念公園が広がっています。大
西武新宿線小平駅から小平営業所行きのバスに乗り、小川寺前バス停で下車。ここにスーパー銭湯の小平天然温泉テルメ小川があります。テルメ、つまりテルマエって事ですね。2000年末にオープンしたこの施設は、西洋チックな外観からなかなか訪れようって気になれずにいまし
2月、仕事で度々小田原まで通ってました。川口からは2時間コースで遠いのなんの。18歳まで箱根に住んでいて高校は小田原まで通い、子供の頃から買い物と言えば小田原でした。2014年に一度小田原市街を歩きましたが、結構変わってしまいショックでした。しかし小田原駅
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)前編の続きです。解体工事が中断されたか完成前に中断されたかのよ
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)ここからは木更津駅周辺を散策して行きます。結構メジャーな街でありな
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(2)、呪詛による結界、道切りのある集落千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)続きです。実は4週に渡って木更津シリーズお送りします。て事で今回
千葉県木更津市(1)、潮干狩り場の電柱群千葉県木更津市(3)、木更津港周辺とフェリー埠頭跡千葉県木更津市(4)、木更津駅西口界隈の街並み(前編)千葉県木更津市(5)、木更津駅西口界隈の街並み(後編)東京湾アクアラインは平成9年(1997年さ)12月18日に開通しました。東京
横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築横須賀市田浦(2)、海軍工廠造兵部跡 横須賀市田浦(3)、引き込み線跡と倉庫群最近ネットニュースなどで話題に上がった、通称「天空の廃墟」こと市営月見台住宅跡を訪れて来ました。天空のとかいかにもキャッチーですが、標高約60mで
横浜はネタが尽きない!仕事が昼過ぎで終わり、ふとGoogleマップ見ながら横浜市へ。磯子区根岸は横浜市電保存館で訪れてます。根岸から旧海岸線に行けば山手の丘陵地帯。その斜面に大正中期建設の旧柳下邸があります。山手界隈は戦前から外国人居留地だった歴
年が明けてちょっと経ちますが、新春スペシャルとして番外編をお送りします。年が明けても仕事忙しい。今回は散歩や旅の途中で何気なく撮った鉄道の写真をまとめてみました。鉄ちゃんはとうの昔に引退したつもりですが、線路が有ったらついつい電車を待ってしまう。そん
あけましておめでとうございます。毎年恒例の新春スペシャル企画なんかも考える間もなく年を越してしまいました。新年一発目は去年深谷で撮り残した戦争遺跡関連を巡って行きます。今回も深谷駅前にあるレンタルサイクルのハローサイクルを利用しました。深谷市(1)、旧中
毎年恒例、印象に残った情景2024年総集編で今年を振り返ってみます。写真をクリック(タップ)するとその時の記事に飛びます。今年はブログ開設10年目と言う節目の年でした。だからって何って訳でも無かったのですが、北関東の宿場町などの街歩き系が多かった気がします。記