「ヒロ、鷹矢さんの友だちって覚えてる?」「鷹矢さんの友だち?交友関係ならSNSでも見ればわかるだろう?寝ている俺を叩き起こして聞く事か?」高田博臣は不機嫌そうにタバコの箱の底をパンと叩いた。「タバコは吸うなよ」「寝起きの一本だ」「ダメ」俺はヒロの手からタバコを取り上げた。「おいっ!ここ、俺の部屋なんですけど?」睨んでも無駄だ。「ダメ」「人の寝起きを襲いやがって」「襲ってない。起こしただけだ」ヒロが...
華恵ちゃんは履歴書を机の中に隠してしまった。よーし!それなら俺もエレベーターでイケメンに会った事は言わないでおこう。「いいのか?そいつ、おかしなヤツかもしれないぞ?」「大丈夫よ、お断りしたから」「本当か?」「ええ」「ふうん。でもさ、一応見せてよ」いつになく食い下がる俺に華恵ちゃんは首を傾げた。「なによ?どうしてそんなに興味津々なの?いつもなら勝手にすれば~とか言うクセに」ごもっともです。ここは開...
「山下くーん!」「はい」「はい!これ、よろしくね」《イゾルデ》の事務所に現れた社長は両手に紙袋を提げていた。そして声を掛けられた俺が振り向きざまに、その紙袋をにこやかに渡す。持たされた両腕がガクンと下がるくらい重い。「うわっ。なんですか、これは!?」見た目よりも重い紙袋。よくここまで底が抜けなかったと感心してしまう。「それ華恵ちゃんに渡しておいてくれないか」「はあ?自分で持っていけばいいじゃないで...
階段の上にいるのは確かに見知った人たちだ。逆光になってはっきりとは見えないが、そのシルエットは一目瞭然だ。「菜那美?弓川?」「おーい!永瀬!」聞き覚えのある声。確かに弓川だ。そしてミニスカートからぶっとい脚がニョキッと伸びている女性にしては大き過ぎるシルエット。「永瀬ちゃーん!」ド派手な格好の菜那美が大きく手を振った。菜那美が動いて影が出来、真ん中にいた叶多の顔がはっきりと見えた。叶多ははにかん...
ショーの当日は朝8時に店に集合したが、昼食までの記憶があまりない。あまりに慌ただしく、挨拶もそこそこに準備が始まった。北野さんや張本さんともろくに顔を合わせる事も無くて、ただただ準備を進めている。店内の椅子やテーブルを片付けてランウェイを作りリハーサルが始まった。その間も大磯さんは丈やウエストの位置を直したりと修正に追われていたし、音響、照明の担当者と打ち合わせをしていたら時間はいくらあっても足...
リハーサルは無事に終わった。
ショーを明後日に控えて、叶多の所へ行く余裕はなかった。昨日も今日も終電に乗り、《ハンモック》に行く暇もない。宇宙人たちがいなくなって、ワニとクマだけが俺を待っていた。「ただいま」クマとワニにはあまり馴染みがないかと思って病院へは持って行かなかった。叶多のベッドの上は宇宙人たちで満員状態だしね。「スマホを買って持って行くかな?」新しいスマホを契約すればいいだけだし。コンビニ弁当を広げてスマホをいじ...
なんだかんだ言いながら、江原寿美子が俺に期待しているのはわかった。警戒心の強い叶多が心許した相手なら、叶多の病状を好転させることが出来るのではないか、と。本当は医師から詳しい病状や対処法を聞きたかったのだが、それは寿美子が許してくれなかった。叶多は恐怖から、寿美子と同じように心的外傷後ストレス障害を発症しているのかもしれない。子どもになって殻に閉じ籠っているのかもしれない。安全だとわかれば出て来...
「あなたを認めたわけじゃないわ」江原寿美子は相変わらずの冷たい口調で俺に釘を刺した。ちょっとだけ利用させてもらうわ、って事か。「ええ。わかっています。叶多は宇宙人を手放さない。もしかしたら俺が話しかける事で記憶が戻るかもしれないって事ですよね?」寿美子はふんと鼻を鳴らした。内縁の夫の心を繋ぎ止める為に叶多を人身御供にしたのは棚に上げて母親面しないでくれ、と叶多なら言いそうだ。寿美子の首筋にはスカー...
弓川はよく頑張ってくれた。弓川は俺の指示どおりに叶多の家の前で江原寿美子が乗ったタクシーと同じ会社からタクシーを呼び、寿美子を降ろした場所を聞き出した。『鎌倉聖洋病院だ』「聖洋病院?系列病院か?」『そうだ。大変だったんだぞ!タクシーの運ちゃんに、おばさんが忘れ物したから届けなきゃならない、でもおばさんがスマホを落としてしまって病院がわからないと嘘八百』「そういう嘘は要らないんだが」明日にはバレる...
江原寿美子に警察を呼ばれては仕方がない。ここは諦めて帰るしかない。不甲斐ないが、ここは引いておく方がいい。ストーカー扱いされてしまうのは心外だからな。警察を呼ばれ、しつこく事情を聞かれるのは面白くない。どう考えても俺の方が分が悪いしね。だがここで大人しく引き下がるつもりはなかった。もし寿美子の言うのが本当ならば、彼女は明日必ず病院へ行くはずだ。寿美子が外出しなければ、叶多は家にいるという事。 「...
《太郎茶屋》のおばちゃんから、退院した叶多を乗せたというタクシーの運転手がいると聞いた。詳しい話しを聞きたかったが運転手は仕事に出ていて、今日はもう《太郎茶屋》に来る事はないという。《太郎茶屋》の奥には畳が敷いてある。常連のタクシー運転たちの多くは、飯の後はそこで休憩している。彼もその中の一人だ。その人の出勤日やシフトまではおばちゃんにはわからないが、出勤日には午後3時くらいから2時間くらい《太...
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