終戦直後、日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)は漢字を廃止しローマ字にしようとした。漢字の扱いについては、国語学者のみならず、知識人を巻き込んだ戦後の大きな課題だった。「漢字廃止論」や「漢字制限論」の歴史を振り返りながら、日本語を思考に使う意味を振り返る
1件〜100件
終戦直後、日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)は漢字を廃止しローマ字にしようとした。漢字の扱いについては、国語学者のみならず、知識人を巻き込んだ戦後の大きな課題だった。「漢字廃止論」や「漢字制限論」の歴史を振り返りながら、日本語を思考に使う意味を振り返る
みなさんは、「二十四節気」というものは知っていますか?言葉のままで見ると、「24つの季節」という風に見えますが、現代は「春夏秋冬」の四季ですよね。しかし!実は、二十四節気というものは日本人にとって生きていくうえでとっても深くつながっているものでした。今回
日本人は古より、山を信仰してきました。霊峰と呼ばれる山々が全国に多々あり、山頂には祠が祀られた山もあります。江戸時代には、富士講に代表されるように、集団で山に登っての参拝も盛んに行われていました。その歴史からも、山の信仰と言われると、頂上が重要視されてい
移ろいを感じ取り、先を読んで愉しむことができるという日本人の季節感
春夏秋冬を感じられる日本人の感性は、さらにもっと豊かだった。移ろいを感じ取り、先を読んで愉しむことができるという感性。取り戻したい。「暦で感じる、美しき日本の四季「二十四節気・七十二候」を知る Part 1.」(リンク)より引用
日本では古くから信仰されてきた考え方、アニミズム。深い信仰をされている方もいれば、「八百万の神」をいつの間にか信仰している場合もある。そんな日本人が昔から信仰してきたアニミズムは幼児(子ども)の成長過程においても見られるといわれている。今回は、その事例を
以前新聞で「海つ霊(わたつみ)」という言葉を目にしました。記事を読んでみると、「海に宿る神、恵」についての内容。でも、どうして「海つ霊」と書くのか、また、どういう意味なのか?と疑問に思ったので詳しく調べてみることにしました!…リンク…海神という言葉は「わ
「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体-3 全国的な商業・観光のネットワーク 学問や芸術の全国的ネットワーク 「人民の本当の幸福の姿」を目指すべき時
~続く~■6.全国的な商業・観光のネットワーク このように各村は、緊密に助け合う村落共同体として維持運営されていましたが、江戸時代後期には、全国的な商品流通経済の発達によって、各村は経済的ネットワークで結ばれるようになりました。 各地域の地形・気候・文化
「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体-2 手厚い困窮者救済の仕組み 子供は「家の子」だけでなく「村の子」
~続きです~■4.手厚い困窮者救済の仕組み 村は、村人たちがお互いに生活を支え合う組織でもありました。__________村は、老人・病人・孤児・寡婦など、社会的弱者・困窮者に対する保護・救済機能をもっていました。疾病・傷害・老齢などにより村人の生活が困
「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体-1 土地は村のもの 土地利用も村の自治
■国際派日本人養成講座 リンク No.1270 「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体リンク より引用です。~引用開始~ 米国初代領事ハリスが賛嘆した「人民の本当の幸福の姿」を実現したのは、高度な自治と助け合いの村落共同体だった。
日本人が「思わず手を合わせてしまう」心理の深層 アニミズム的心性を伝えてきた「神道の歴史」
リンク引用***現代のパワースポット・ブームや宮崎駿監督や新海誠監督などをはじめとするアニメ映画の隆盛。これらにも、神道に影響を受けた精神文化が受け継がれている。日本の精神文化の古層にアニミズムを見る理解は、多くの人々の想像力をかきたてているのではないだ
現在ではお通夜、告別式、火葬、回忌など様々な場を設けて死者を弔うが、太古の日本人はどういった方法で死者を弔っていたのか。
現代技術でも再現不可能な「玉鋼」を生み出す日本の技術の源泉とは?
日本刀を作るために、なくてはならない材料「玉鋼」。純度が高く、錆びることを知らないといわれるこの貴重な鉄は、大自然が恵む天然材料と人間の力だけで作られ、日本独自の製鉄技術でしか生み出せず、現代の最先端技術をもってしても再現不可能な高度な技術と言われていま
縄文の住居を追求する視点として、どんな視点で追求するのが良いかと考えてみました。今日、紹介する記事は縄文住居遺跡の丹念な解説です。結構、学びになるような認識があります。「床に敷いている凝灰岩質の粘土は湿気につよい」「炉はなんども作り直されている」「炉には
縄文時代の“竪穴住居”を知れば、火と水、土との暮らしかたが見えてくる。
リンク より引用しています。***1万年ほど続いた縄文時代は、草創期に始まって、早期、前期、中期、後期、晩期と時代区分があるのですが、その時代や地域によって竪穴住居のかたちや大きさ、柱の本数はさまざまです。また、数百年で地球規模の寒冷期と温暖期が入れ替わる
リンクよりーーー■高屋(高床)と穴屋(土座)夏の日差しで暖められた地熱は、真冬に地下3~5mのところに半年かけて到達します。また、冬の寒さは、同じように半年かけて、地下3~5mのところに到達します。「穴屋」は、こうした夏冬の温度の逆転層を活用した家のつくり方だ
昔、一度だけ参加したことがありますが、一体感が半端なかったです!!この魅力に憑りつかれた人は多数居り、遠方から毎年参加する人も多いです。中には親の葬式にあっても、身内に内緒で来てたという人もいるくらいです・・・。
リンク より引用しています。********◆『縄文人に学ぶ (新潮新書)』上田氏の本では、縄文時代の平和や平等主義が母性社会と一体のものとして語られている。氏の論をおってみよう。縄文時代は、土器や竪穴式住居を中心とする一定の文化が1万年以上も続いた。あのエ
リンク より引用武士道には、「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」の7つの基本理念が存在します。
日本舞踊はなぜ「古典」なのか?そのきっかけは日清戦争にあった??
いきなりはじめます、世界の踊りシリーズ!!世界には、仲間と気を高め合う踊りだったり親和のための踊りがあります。今回は、記念すべき1回目ということで我が国「日本」の「日本舞踊」に着目しました♪
リンクよりーーー生理的な必要性の話も、味覚としての欲求の話も、「はじまり」を探ろうとして次々遡って考えていくと、どちらも「人類の歴史」の範囲を大きく超えてしまうだけでなく、「文化」の話というよりは「からだ」の話になってしまうようである。「からだ」の話にな
激動の幕末を生き抜き、数多の変革をもたらし、日本を支えるために闘ったリーダーが大勢頭角を現した時代。彼らの背景にあった教育とは。どのような学びが原点にあるのか。
日本人は、なぜ「もてなし」に心を込めるのか?背景には、周りとの一体化を重視する日本時の精神性があるようです。伊勢雅臣(パワーゲームメルマガ)より引用抜粋***■「おもてなし」と「サービス」の違い山村明義氏の近著『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないの
リンクより転載以下引用~前略~■縄文人には「個」の概念はなかった?仕事内容によっては男女が区別されていたものはあるだろうが、明確に分担されていたとは思えない。「縄文時代には個という概念がなかったのではないか」という研究者の話を聞いた。なかなか痺れる考え方
世阿弥が残した人生の摂理~「花」は自分ではなく相手の心のなかになるもの~
世阿弥が残した能の理論書『風姿花伝』。芸能のもっとも大切な勘所、一世一代の見せ所のようなものを「花」を示し、その大切さを語ってくれています。それを慢心で見失ってしまうのか、真摯に取り組み、真実の花を見つけるのか。その手法には結局答えはなく、その場その場、
西洋は石の文化(自然との対立 個重視の文化)、日本は木の文化といわれており、日本人の特質(自然との調和 共同体)が「日本の住まいの歴史」の記事から読み取る事が出来ます。明治~昭和までは西洋文明のまねをしていますが、本質は変わってなく現代日本人では、本源性
命のリレー。"育てる"と言うのは、自分以外のものに心を捧げるという事
命を繋いでいくこと・育てることの神髄がここにある気がします。以下、象牙の塔の住人 無肥料栽培家 岡本よりたかさんのブログより紹介します。
季節とは自然の移ろい、それによって生じる暮らしの変化、人々の交わりを愉しむための節
日本にはいろんな季節を感じる節がある。そのどれもが自然の移ろい、それによって生じる暮らしの変化、人々の交わりを愉しむ為のものだった。現代においては日常から忘れられているものが多い。もっともっと季節を愉しめる。「二十四節気と五節供、雑節」(リンク)より引用
礼儀がなってない!と怒られる若者は少なくないはず。(もはや怒ってくれる人も少ないかもしれないが)日本古来の礼儀作法とは、どのように身につき、どのように教えられてきたのか。
リンクより以下引用です===ー■桜色とは?花の色に思うあれこれ実は英語でpinkといえば、ナデシコ属の花を指します。カーネーションもそのひとつ。薄桃色の何かを見て「ピンク色」ではなく「桜色」と呼んだりするのは、日本人ならではなのかもしれません。小野小町が詠ん
音は空気の振動によって発生する。その振動の速さ(1秒間に振動する回数)を数値で表したものが周波数[Hz](ヘルツ)。振動がゆっくりな場合、数値が小さく、人間の耳には低い音として聞こえる。振動が速い場合は数値が大きく、高い音として聞こえる。人間の耳で聞くことがで
自然に寄り添いながら独自の発展を遂げた日本文化、縄文時代から自然に寄り添って生きてきた日本人
日本の文化は、自然に寄り添う、受け入れる文化を形成してきました。縄文体質の日本人と西洋の文化の違いを紹介した記事を紹介します。
リンクより引用***最近日本製ロボットが世界シェアを伸ばしている。
世界第3位のGDPを誇る日本だが、その実態はひとりあたりで見ると28位と一人当たりの生産高が低い。それに並ぶように日本の賃金も20年前から変わっていない。日本国民はそれで満足しているのだろうか。
特に意識することなく、普段の生活の中で使っている合掌。本来どういった意味で使われていたものなのか、畏敬の念が込められた日本人の心得。
なぜ日本人だけが閉塞感を感じるのか。それは、日本社会が簡単には変化できない構造になっているからではないかと思う。そこには制度の側面と日本人のマインドセット(心の持ち様)の側面がある。制度としては、国家公務員制度と大企業のガバナンスが堅固な構造を持っている
日本人とSNSは"最悪な組み合わせ"…この国から「不幸な孤独」がなくならないワケ
以下抜粋====================その理由は遺伝子です。幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」をご存知でしょうか。セロトニンが分泌されると心が穏やかになり、ものごとを前向きに捉えることができます。2009年に発表されたセロトニンに関する研究結果に
日常生活の中で「ありがとう」を当事者の立場ではなく、第3者の立場で聞くことが多々あるが、ほとんど場合何の感情も生起しない。何で何も感じないのか? 俺の潜在思念ヤバイんじゃない?「ありがとう」の言葉の由来をネット検索すると
『感謝』という言葉は分解すると『謝る』と『感じる』という言葉に分かれますよね。しかし、「ありがとう^^」と言っているときに「ごめんなさい」と思っている人は少ないはず。『感謝』とはいったいどんな気持ちなのでしょうか?それらをわかりやすく書いてくださっている
あなたは自分の家紋をしっていますか?家紋は自分のルーツを教えてくれる!
下記引用リンク***あなたは自分の家紋をしっていますか?現代、家紋を知っているという人は少なくなってきているみたいです…古くから伝わる我が家のシンボルマークである家紋。その種類は6000種類とも、さらに細かい紋様の違いまで区別すると2万種類もあるといわれてい
なぜ日本人は列に並ぶのか?外国人が称賛する美徳のルーツは祖先にあった
日本人が持つ縄文体質をわかり易く説明しています。これからも大切にしていきたいですね。リンクより転載します。************************************列に並ぶ、信号を守る、順番を守る…私たち日本人には当たり前のことですが、外国人からは称賛される文化でもあります。
リンクより以下【日本人しか食べない野菜】日本でしか作れない野菜、日本人しか食べない野菜7選
私たちはいつしか成長や開発、進歩といったものがすべてよいことであると信じ、常に右肩上がりの変化を自分たちに迫るようになっています。自然を開発して人間の便益をつくり出そうとすればするほど、地球環境問題は大きくなっていきます。科学技術を進歩させればさせるほど
-縄文再考-【まとめ】 多様でありながら自然と共生した融和の意識は、日本人の基層意識として継承された
この間の縄文時代に関し以下の①~⑥までのテーマ設定で進めていましたが、それぞれ「回答」を記載して、まとめとしたいと思います。①民族における勝ち、負けとは何か。縄文人は負けたのか?
縄文時代を考察するうえで最大の謎は、『土偶』と思います。数々の不思議な造形、そもそも何のために、という事が全く定まらない。これを解明することで、縄文時代の有様を想起することは、重要なことと思います。鍵は、土偶が、縄文時代に有って弥生時代に無いこと。最も重
『木を買わず山を買え』法隆寺の宮大工に伝わる口伝と棟梁の自然観に学ぶ
『建物は、始末するときのことも考えて設計するものだ。』宮大工の棟梁であった西岡常一さんのコトバだそうです。また、「木」を建築に使うなら、「木」だけを見ていてもダメで、「山」から見極める。その深くて広いこころは、建築だけでなく、モノづくりに携わるすべての人
リンクより***古代日本における婚姻と家族のあり方が、近年まで支配的であった嫁取り婚、つまり女が男の家に嫁ぐといったあり方とはかなり様相を異にしていたことは、文献その他を通じて広く理解されるようになってきた。古代日本における婚姻の基本は、男が女を見初めて
①の続きです!コチラから引用させていただきました☆→リンク以下引用====●「いえ(家)」は、ハウスじゃなくてホーム国語辞典で「いえ(家)」を引いてみると、最初に「人が住む建物。家屋」と出てくる。しかし元々の意味を調べると、ちょっとニュアンスが違う。
日々何気なく、使っている言葉たち。よく考えたら、何で秋は「あき」というのか?春は「はる」というのか?全然知らないことばかりですよね!その普段何気なく使っている日本語の語源について面白い記事が見つかったので紹介します!
顔は心を表している!?900以上の仮面を制作した館長に聞く、お面の意味と日本人の精神
流行り病の影響もあり社会の全員がマスクをつけている現代。お面の様に張り付き、装着者の表情が上手く読み取れなくなっている。「仮面」というとぶっきらぼうで無表情のような意味合いに聞こえるが、日本古来からある「仮面・お面」にはどのような意味合いがあるのだろうか
日本文化が世界的に注目されており、その中で、日本の家の源流について考察した記事が有りましたので投稿します>日本における建物特に住居の歴史を、竪穴・高床・平地という床の地面からの高低によって建物を区分して概観してみたが、竪穴住居の土間に対する愛着が平地住居
リンクより**** スーツとは大人のオシャレというか、社会人として自立していることを体現するファッションである。それを制服などに変えてしまったら、個性や自由な雰囲気が奪われてしまうのではないか。そのような心配をされる方もいらっしゃるだろう。 しかし、残念
「科学と仏教は似ている」は本当なのか? 「神の視点」の排除から考える
科学と仏教は共通点がないように感じるが、神の視点を排除することで共通点が見えてくるらしい。リンクより***(科学と仏教は似ているという類似する多くの主張は)自分が比較したい点だけをひっぱり出してきて並べて見せて、「ほら、科学と仏教にはこんな共通点があるん
小学3年生がつかんできた、「礼」や「お辞儀」の背景から学ぶ、「大切なもの」
ある日、友人とその息子Sくん(小学3年生)と、一緒にご飯を食べていた時のこと。おもむろに、「『礼』ってこうするんやで」と、お辞儀の仕方を私たちにレクチャーしてくれた。その日は、「百姓に学ぶ」をテーマにした自然体験に参加した日だった。Sくんは定期的にその自然体
音と脳 ~日本人は、邦楽器をはじめ自然の音などの母音的な構造を持つ音は、すべて言語脳の左脳で受容している
小野測器HP より引用ですリンク音と脳---------------------------------------おとくん日本人と西洋人とでは音が耳から入ってきたときに処理する脳の場所が違うって本当?お父さん30年以上前に研究された角田博士の論文が発端だけど、 「日本人の脳 」という本にそのことが
かつて日本で作られた石垣や土手、水路や道路などの土木造作には、稲わらや萱などの有機物が大量に用いられてきた記録が残っています。それは、地形が元に戻ろうとする自然の作用を抑え込むのではなく、地形が自ずから安定に向かうように、菌糸と植物の根を活用する先人の智
水と空気の循環を生み出す石垣が安定した人の営みの基盤をつくってきた
日本の各地に残る棚田や段畑は、本当に美しいと感じる風景です。それを形作っている石垣は、江戸時代の初め頃に作られたものであっても、いまだに崩れることなく、草木や目に見えない菌類など周囲の環境と一体化して何とも言えない安定感があります。その一方で、現代の建物
リンクより転載***■竪穴住居は、夏は涼しく、冬は暖かい?それでは、竪穴住居の住居としての性能は、どのようなものだったのでしょうか。まず、半地下にすることによって、ある程度「温度」を保っていました。深ければ深いほど、土の温度は一定(17度~18度)になります
リンクより*****縄文人の衣食住を書いてみました。次は縄文社会です。私達が学校で教わったのは「縄文時代は狩猟が食生活のベースでしたので、狩猟をする男系家族であった」考えでした。しかし最近は発掘実績と縄文人の骨のDNA解析の結果縄文社会は女系社会であり、縄文
思考が浅く行動が遅いのんきな日本人、グーグルで感じた日本企業の課題
日本人が無宗教なのにいろんな宗教のイベントを積極的に取り入れる風潮、不思議に感じませんか?これは八百の神に通じる考えで、弱点にも、世界を引っ張て行く強力な武器にもなりうるようです。
日々私たちが使っている日本語には他の言語にはない不思議な点が多々ある。その中でも一音で複数の意味を持つ「一音多義語」であるという点例えば「ま」でも「真・間・魔・馬…」と多くの意味を持つ。何故日本語がこんなにも複雑な意味を持つようになったのか、そしてそれに
なぜ竪穴住居は廃れたのか?~集団形態(特に居住する単位)の変化が大きく関係している~
竪穴住居の特徴は縄文ブログに記載している通り北方適用した住居【縄文再考】全国各地にある竪穴住居は北方適応住居だった。シベリアから技術流入したか? - 縄文と古代文明を探求しよう! (joumon.jp.net)です。それが1万年以上もの間継続してきました。集団において非常に
以下(リンク)**********【縄文人の死生観とは?青森県企画政策部世界文化遺産登録推進室 世界文化遺産登録専門監 岡田康博】◆縄文人も先祖観を持っていた――縄文人の死生観について教えてください。岡田康博専門監(以下、岡田) 遺跡から判明することは、
お正月は初詣に行った人も多いのではないでしょうか?実はその初詣。当たり前のように毎年行っていますが、いつからあるかご存知ですか?神社であればどこでもいいの?いつまでに行けば初詣にカウントされるの?実は意外と知らないことばかりなのです。以下リンクより抜粋し
あらゆる業界で木が注目を集めている。中でも建築は高層ビルを木造化したり、内装の多くに木を利用したりと、非常に需要が高まっている。国の政策といえばそうだが、それだけではない。江戸時代まで木で家や家具・調理器具までも作ってきた日本人にとってこれほど身近で肌に
以下転載(リンク)______________________________________________条理学の可能性 梅園の哲学は条理学とも呼ばれます。すなわち、彼の哲学の根本には「一即一一、一一即一」の原理があるわけですが、この条理がいかに彼の
漁撈・稲作文化圏の底流には、水の循環、山(玉)信仰、思いやりの心がある
縄文文明だけでなく長江文明・マヤ文明・アンデス文明など、漁撈そして稲作が発達した地域は、文化の底流でつながっている。漁撈・稲作文明にとって、水が何より大切であり、その水がやってくる山を信仰の対象とした。たとえば、長江や縄文では玉(ぎょく、石)を大切にする
(リンク)より::::::::::::::::::::::::::::::::::::::◆日本最古のお墓は?現在、日本最古のお墓といわれているのは「湯の里4遺跡」です。北海道上磯郡知内町にある「湯の里4遺跡」は、昭和58年に調査発掘され、約2万年前の旧石器時代の墓と考えられる日本最古の土坑(地面
リンクより**********一説によると、「農耕民族」は視覚が広角的(全体を見渡せる)ですが浅く、「狩猟民族」は視覚が動深的(動体視力と深視力がよい)のようです。 そして共同作業が必要だった「農耕民族」は人を見ると、「その人は味方になってくれるか?」(
「言葉よりも気持ちが伝わる」お客の心を一発で掴んでしまう銀座ママの"ある仕草"
リンクより転載させていただきます**********会話を盛り上げるためにはどうすればいいか。銀座の高級クラブ「クラブ由美」のオーナー・伊藤由美さんは「会話中のリアクションを上手く使うことで、会話を盛り上げることができる。相手が一番言いたいことを話したと
リンクの続き**********■中部・関東の弥生人、あくまで縄文的に農耕をはじめるでは、東北に続いて農耕をはじめた中部・関東の様子はどんなだったのでしょうか。中部・関東もまた、青森に負けない「縄文大都会」なのであります。彼らの農耕は、まず、極めて「縄文
縄文人の死生観~死は消滅ではありません。自然に還って存在し続けるのです
リンクより自然と共生し、隣人と調和しながら、約1万年もの間、穏やかな暮らしを持続していた縄文々。彼らは「生」と「死」をどのように捉えていたのでしょうか。墓制などから縄文時代の社会を研究する先史学者、山田康弘さんに伺いました。 ◆死を遠ざけなかった縄文人の
縄文時代の竪穴住居は茅葺屋根だけでなく、土葺き屋根も存在していたことが、焼失した竪穴住居跡地の分析から解明された。「土屋根」と「茅葺屋根」でなにが違うのか?まとめると、茅葺は通気性に富み、夏用の住居してつくられた。梅雨の湿気に対応している他、重ねることで
仕事から帰って、今日は疲れたと倒れ込んだ傍で、子どもたちが楽しそうにしている。ある時ふと、「すごく気持ちいい!」と思ったら、子どもたちが歌っていた。それまでもう何も考えたくないなぁとオーバーフローしていた脳や体が軽くなる感覚。そう言えば、胎内で初めて作ら
日本には「気」を使った慣用句が多数存在する。なんとその数190以上!!気が合う 気がある 気がいい 気が多い ...気が置けない 気が重い 気が勝つ 気が利く ...気が差す 気が知れない 気が進まない 気が済む ...気が急く 気がそがれる 気が立つ ...気が尽きる 気が詰まる 気
もともと庶民の一種だった武士たちが、なぜ「武士道」という独特の哲学を持つようになったのか?
国史啓蒙家・「ねずさん」こと小名木善行氏の新著『庶民の日本史』によれば、武士は武士道をつくれたのは、「お能」の影響によるものだという。以下、『庶民に生き方を教えた「物語」教育』リンクからの引用です。--------------引用開始---------------■3.いのちを奪った
「水田」が江戸の社会にもたらした影響~江戸時代=エコ時代なのか
●”生産”の中心の場であった「水田」が江戸の社会にもたらした影響・どのような意味で水田が生産の中心なのか。それは、水田が、江戸時代の社会を根底で支えた、米という作物が生産される場だったということである。水田は社会を支え、米の増産はそのまま社会の成長につな
明治維新で日本の自治単位は解体され、ことごとく政治が劣化しているのが現状。共同体再生は自治単位の再生から始める必要がありそうだ。
縄文人を知るためにも、弥生人を知る。そのうえで、通説に流されず、弥生人について生々しく考察している記事があったので紹介します。
リンクより引用します---------------------かぶりもので顔を隠して踊るというのは、盆踊りのスタイルとしては、昔からのスタンダードだったようです。そして興味深いことに、そこには何かエロチックな意味も込められていたようです。例えば、青年の性の目覚めについて描かれ
<時代や地域によって多種多様なバリエーションが存在した再葬墓>それは、一旦埋葬した死者の骨を再び掘り出し、別の土坑(どこう)に埋葬し直すという。そしてそのような墓を「再葬墓」と呼ぶ。例えば茨城県取手市の中妻(なかつま)貝塚から、縄文後期のものとされる、再
リンクより転載昔の人達は神輿だけでなく、60kgはあるであろう米俵を楽々と持ち上げ、担ぐことができたそうです。しかも、みな凄い力の持ち主でありながらも、背丈や体格は、今の自分達よりももっと小柄であった。なのに、なぜ、重い重い神輿を担ぎ、1日中歩き回ることができ
植物は歩く?知性もある? 土偶が突きつけた科学の貧しさと現代人の鈍感さ
縄文人は何かを”模す”という発想で土偶を作ったのではなく、すべて一体で発想している。それが人間と植物、生命の発生のプロセスそのものということです。また、一体での発想がより追求を深めていることも事実です。赤ちゃんがどうやって宿り、生まれるのか。考えても全く
以下リンクより転載埋葬の儀礼は縄文時代から始まり、仏教などの各宗教の教義に引き継がれた。そして、死者を丁寧に葬った縄文人の埋葬の慣習は、現代の埋葬にも息づいている。
以下(リンク)引用-------------------●16世紀のグローバル化で一新した日本現代につながる世界史は、16世紀・ヨーロッパの大航海時代にはじまります。それまでユーラシアの世界史に関わりの稀薄だったアメリカ大陸がつながって、地球の一体化が促されたからです。その動き
大阪のUSJをV字回復させ、丸亀製麺の業績も回復させたマーケターの森岡毅氏(刀代表取締役CEO)が今度は西武遊園地を復活させた。彼が仕掛けた「昭和の商店街」は一体なぜ大衆に受けたのだろうか?
福祉政策の最初は江戸の綱吉から~病人の切り捨て、捨て子の禁止が最初の福祉政策
日本の福祉政策は農村から始まっている。徳川8代将軍の綱吉の「生類憐れみの令」がそれに当たるという。これはペットや犬猫の話ではない。人の話である。この福祉の精神はその後江戸時代の農村を繁栄させていく梃子になっていった。以下、リンクより引用しました。ーーーー
予期せぬ不幸は自業自得?考え方に違い アメリカ人→将来の人生の糧に 日本人→日頃の行いのせい
リンク引用「街路樹が突然倒れ、下敷きになった運転手の男性が重傷」という架空の記事について分析しました他人が思わぬ不幸に見舞われたとき、あなたはどう考えますか。日本人はアメリカ人よりも「不幸に見舞われたのは、日頃の行いが悪いから」と考えやすく、アメリカ人は
「人類の未来の可能性は日本の伝統の中にある」と言い切るファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さん。「定年の年齢を過ぎて、ようやく照れずに日本文化と向き合うことができるようになりました。」という最後の言葉が印象に残ります。
リンク東京大学名誉教授 辻誠一郎縄文時代になってから、日本列島はにわかに多雨と多雪に見舞われる環境へと変わっていった。これは地球全体に起こった温暖化の影響である。南下していた梅雨前線や秋雨前線は日本列島を縦断するように北上し、多雨をもたらした。日本海への対
縄文式アート思考~コントロールではなく、あるがままの自然を相手に自らを適応させる思考/狩猟民族として生き延びるための鋭い五感
縄文土器から読み解く縄文人の思考として、根拠はまだまだ追求の余地がありますが、視点・仮説としては面白い切り口が展開されている記事を紹介します。※「縄文と古代文明を解明しよう」ブログリンクでも、より深堀・追求していく視点として活用していきます
リンクより引用します。-------------------------------------仏教と神道では「信じる」ことはさほど重要ではない文化庁が毎年『宗教年鑑』という報告書を出している。2018年度版によれば、神道系の信者総数は約8616万人、仏教系は約8533万人であり、合わせて1億7000万人を
リンクより引用 ある絵を見た時に、欧米の人は、中心になる対象物に注意を集中させるのに対して、アジアの人は、全体的な光景を見るとのこと。日本では、全体的に雰囲気を感じることによって「空気を読む」ことにつながっていくのでしょう。 そしてもう一つ違いがあります
縄文人はなぜ農耕をしなかったのか~縄文人の精神性が日本人に与えた多大な影響~
縄文時代になぜ農耕が行われなかったのか。その疑問に迫る、面白い記事を紹介します。※リンクより転載ーーー縄文人は農耕を知らなかったわけではありません。あえて農耕文化を受け入れなかったのです。それも1万年ものあいだ。なぜ縄文人は農耕文化を受け入れなかったので
以下リンク) 日本はムラ社会であり、ムラには独自の善悪の基準があります。産業や共同体ごとに独自の論理があり、それぞれに「独自の物の見方」があるのです。 政治家の善と国民の善は同じではないかもしれません。特定の利権産業団体の善が、市民にとって悪であることも
縄文の祭祀を再現した面白い記事がありましたので、紹介します。再現,縄文の祭祀リンク==========故,殺さえし神の身に生(な)れる物は頭に蚕生り,二つの目に稲種生り,二つの耳に粟生り,鼻に小豆生り・・・故ここに神産巣日(かみむすひ)の御祖命,これを取
以下(リンク)引用------------------●古代の日本が目指した唐の律令体制律令国家の形成は、日本の古代史の画期です。その律令とは中国由来の法制ですから、中国・東アジアとのつながりは、つとに意識されてきました。それでも、輸入した律令・土地制度など、日本の立場か
リンク■リサイクルが当たり前!?「持続可能な生活」を表現するとき、よく用いられるのが江戸時代の暮らし。リサイクルやリユースが生活に浸透していたためです。もちろん鎖国をしていて資源が限られていた背景もあったとはいえ、その徹底ぶりは驚くほどで、「無駄なものはな
考古学者で国立歴史民俗博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授の春成秀爾氏。春成名誉教授の国立歴史民俗博物館研究報告第172集2012年3月「旧石器時代の女性像と線刻棒」の内容が興味深い。日本考古学では、旧石器時代~縄文、弥生、古墳時代などで、様々な研究が進め
日本の農業の歴史は初期の大規模な耕作面積の拡大が大和朝廷から奈良時代の時代にあったが、その後荘園を経て、有力者や寺院を中心にした労働管理型農業がしばらく続く。ところが定着しきらず、何度も荘園制度が見直されながら結局は自ら村を自治する惣村という形が登場して
土偶はエロスの塊!~性を象徴するのは顔ではなく体幹。だから人の顔は表現されていない~
縄文時代の土偶がかわいい!1万2000年の歴史を3分で解説!リンク以下抜粋==================■【草創期】土偶の初現は、定住をはじめてから土偶の初現は今からおよそ1万3000年前、縄文草創期後半にまで遡ります。縄文時代の幕開けからおよそ2000年後、ちょ
「ブログリーダー」を活用して、縄文人さんをフォローしませんか?
指定した記事をブログ村の中で非表示にしたり、削除したりできます。非表示の場合は、再度表示に戻せます。
画像が取得されていないときは、ブログ側にOGP(メタタグ)の設置が必要になる場合があります。
終戦直後、日本を占領した連合国軍総司令部(GHQ)は漢字を廃止しローマ字にしようとした。漢字の扱いについては、国語学者のみならず、知識人を巻き込んだ戦後の大きな課題だった。「漢字廃止論」や「漢字制限論」の歴史を振り返りながら、日本語を思考に使う意味を振り返る
みなさんは、「二十四節気」というものは知っていますか?言葉のままで見ると、「24つの季節」という風に見えますが、現代は「春夏秋冬」の四季ですよね。しかし!実は、二十四節気というものは日本人にとって生きていくうえでとっても深くつながっているものでした。今回
日本人は古より、山を信仰してきました。霊峰と呼ばれる山々が全国に多々あり、山頂には祠が祀られた山もあります。江戸時代には、富士講に代表されるように、集団で山に登っての参拝も盛んに行われていました。その歴史からも、山の信仰と言われると、頂上が重要視されてい
春夏秋冬を感じられる日本人の感性は、さらにもっと豊かだった。移ろいを感じ取り、先を読んで愉しむことができるという感性。取り戻したい。「暦で感じる、美しき日本の四季「二十四節気・七十二候」を知る Part 1.」(リンク)より引用
日本では古くから信仰されてきた考え方、アニミズム。深い信仰をされている方もいれば、「八百万の神」をいつの間にか信仰している場合もある。そんな日本人が昔から信仰してきたアニミズムは幼児(子ども)の成長過程においても見られるといわれている。今回は、その事例を
以前新聞で「海つ霊(わたつみ)」という言葉を目にしました。記事を読んでみると、「海に宿る神、恵」についての内容。でも、どうして「海つ霊」と書くのか、また、どういう意味なのか?と疑問に思ったので詳しく調べてみることにしました!…リンク…海神という言葉は「わ
~続く~■6.全国的な商業・観光のネットワーク このように各村は、緊密に助け合う村落共同体として維持運営されていましたが、江戸時代後期には、全国的な商品流通経済の発達によって、各村は経済的ネットワークで結ばれるようになりました。 各地域の地形・気候・文化
~続きです~■4.手厚い困窮者救済の仕組み 村は、村人たちがお互いに生活を支え合う組織でもありました。__________村は、老人・病人・孤児・寡婦など、社会的弱者・困窮者に対する保護・救済機能をもっていました。疾病・傷害・老齢などにより村人の生活が困
■国際派日本人養成講座 リンク No.1270 「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体リンク より引用です。~引用開始~ 米国初代領事ハリスが賛嘆した「人民の本当の幸福の姿」を実現したのは、高度な自治と助け合いの村落共同体だった。
リンク引用***現代のパワースポット・ブームや宮崎駿監督や新海誠監督などをはじめとするアニメ映画の隆盛。これらにも、神道に影響を受けた精神文化が受け継がれている。日本の精神文化の古層にアニミズムを見る理解は、多くの人々の想像力をかきたてているのではないだ
現在ではお通夜、告別式、火葬、回忌など様々な場を設けて死者を弔うが、太古の日本人はどういった方法で死者を弔っていたのか。
日本刀を作るために、なくてはならない材料「玉鋼」。純度が高く、錆びることを知らないといわれるこの貴重な鉄は、大自然が恵む天然材料と人間の力だけで作られ、日本独自の製鉄技術でしか生み出せず、現代の最先端技術をもってしても再現不可能な高度な技術と言われていま
縄文の住居を追求する視点として、どんな視点で追求するのが良いかと考えてみました。今日、紹介する記事は縄文住居遺跡の丹念な解説です。結構、学びになるような認識があります。「床に敷いている凝灰岩質の粘土は湿気につよい」「炉はなんども作り直されている」「炉には
リンク より引用しています。***1万年ほど続いた縄文時代は、草創期に始まって、早期、前期、中期、後期、晩期と時代区分があるのですが、その時代や地域によって竪穴住居のかたちや大きさ、柱の本数はさまざまです。また、数百年で地球規模の寒冷期と温暖期が入れ替わる
リンクよりーーー■高屋(高床)と穴屋(土座)夏の日差しで暖められた地熱は、真冬に地下3~5mのところに半年かけて到達します。また、冬の寒さは、同じように半年かけて、地下3~5mのところに到達します。「穴屋」は、こうした夏冬の温度の逆転層を活用した家のつくり方だ
昔、一度だけ参加したことがありますが、一体感が半端なかったです!!この魅力に憑りつかれた人は多数居り、遠方から毎年参加する人も多いです。中には親の葬式にあっても、身内に内緒で来てたという人もいるくらいです・・・。
リンク より引用しています。********◆『縄文人に学ぶ (新潮新書)』上田氏の本では、縄文時代の平和や平等主義が母性社会と一体のものとして語られている。氏の論をおってみよう。縄文時代は、土器や竪穴式住居を中心とする一定の文化が1万年以上も続いた。あのエ
リンク より引用武士道には、「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」の7つの基本理念が存在します。
いきなりはじめます、世界の踊りシリーズ!!世界には、仲間と気を高め合う踊りだったり親和のための踊りがあります。今回は、記念すべき1回目ということで我が国「日本」の「日本舞踊」に着目しました♪
リンクよりーーー生理的な必要性の話も、味覚としての欲求の話も、「はじまり」を探ろうとして次々遡って考えていくと、どちらも「人類の歴史」の範囲を大きく超えてしまうだけでなく、「文化」の話というよりは「からだ」の話になってしまうようである。「からだ」の話にな
働くのではなく働かせてもらっている。日本人の感覚。針供養なんかも一緒で、働けていることへの感謝、万物への感謝で貫かれている。昔の風習にならい、その感覚を取り戻したい。聞き慣れない「半夏生」は、農作業の大切な節目。(リンク)より引用***■「半夏生」は、農業が
リンクより転載します。---------------------------------「融合する力」が、なぜ持続可能性と関係あるのだろうか。沼野氏は二つの例を紹介した。一つ目は、千家十職(茶道に関わりの深い十の職業を家業とし、三千家に納めている職家)の
・いま日本社会は危機的状況に直面している。あらゆる場面で巨大マスコミが加圧する同調圧力が、国民の心と社会を引き裂いている。この権力/お上への同調を強いる圧力は今や問答無用で、人心の亀裂を大きくさせ世相さささくれ立させている。要は、事実の追求や根拠を求める対
「持続可能(サスティナブル)」という言葉をよく聞くようになった。西洋人にとっては新しい認識なのかもしれないが、日本では庶民の生活、伝統そのものであることがわかる。リンクより転載します。---------------------------------「こ
歴史教科書では、貝塚があったところには人が住んでいたということで常識となっていますが、これはデタラメではないか?御用学者の浅はかな推測が定説になっている。以下「甦えれ 天然農法」藤井平司著(新泉社)より引用*************************************************
書き言葉(文字)がなかった縄文時代。その生活は話し言葉が中心だった。文字がない分、必死に相手に伝えよう、相手の思いを掴もうと、目の前の相手を注視していたに違いない。それが、人や動物・自然に対しての同化にも繋がり、日本人らしい自然観・あらゆるものとの一体化欠
江戸時代、日本人の識字率は群を抜いて高かったことは、よく知られている。例えば学校教育が始まる以前の幕末期でも、江戸の識字率は7~8割で、同時代のロンドンの庶民の識字率は1割程度とされている。当時は寺子屋は存在したが、義務教育と違い就学は自由であり、
江戸時代、日本人の識字率は群を抜いて高かったことは、よく知られている。例えば学校教育が始まる以前の幕末期でも、江戸の識字率は7~8割で、同時代のロンドンの庶民の識字率は1割程度とされている。当時は寺子屋は存在したが、義務教育と違い就学は自由であり、日本人は主
「日本には、不思議な詩があるよね。HAIKU。あれはなんだい?」学生時代、ヨーロッパを旅した時に夜行列車で同じドミトリーになったスペイン人に、こんな趣旨のことを問われた。僕は、俳句を知っているスペイン人がいることに驚いた。が、俳句を不思議なものとは思っていなか
>なかでも俳句は、余白を察して自然と一体化し、一本(ひともと)の菫と同じ身の丈になる、自然や他の命、他者の命を尊ぶものである。このような俳句の精神、あるいは俳句理念というのは、紛争や、環境問題など、いま世界の抱えている諸問題の解決の糸口になり得るも
>俳句は、季語があり五七五(有季定型)というのがルールである。季節の言葉を詠むというのは、日本人独特の自然観から来ている。どの国にも美しい自然とそれぞれの自然観があるように、日本にも固有の自然観がある。それは、自己と自然を一体化するというものである。HA
以下リンク私たちが使っている日本語には、漢字、ひらがな、かたかながあります。まず、その中の漢字について説明しましょう。漢字というのはもともと中国で使われていた文字です。私たちが使っている日本語には、漢字、ひらがな、かたかながあります。まず、その中の漢字に
リンクかつて遠野の家々では、「むがすあったずもな(昔あったそうな)」で始まる昔話が、親から子へ、子から孫へと、自然に語り継がれていました。ところが、高度成長期以降、テレビなどの娯楽や情報があふれかえるようになり、昔話を聞かせてくれと親たちにせがむ子
リンク より引用明治以降、世が西欧化を推し進めるにつれ歌舞伎の世界も変革をせまられた。それまでの歌舞伎の筋を「非合理」「荒唐無稽」とし、近代国家にふさわしい「起承転結」が理路整然と表現されなおかつ不明瞭な時代考証が正されることを求められ「西洋人にも解るよ
>日本人の左脳が活発に活動しているという「ことから、自然界の音を右脳(潜在思念)でとらえ、左脳で言語化しているため活発に活動していると考えられる。>換言すると自然界の音から自然界の意思を読み取ろうとしている。即ち、自然界を人間関係と同じく仲間の会話として
〇左脳で虫の声を聴く日本語~左脳の機能とは何かを考えてみるリンクより・・・・・・>人間の耳から脳への神経系の構造は、左耳から入った音の情報は右脳に行き、右耳から入ると左脳に行く、という交叉状態になっている。>そこで、左右の耳に同時に違ったメロディーを流して
リンクよりこれから私たちが迎える〈ヒルの時代〉は高次の精心文明でありいままでの低次な物質文明を維持しながら霊的に進化することが望まれています。次の〈ヒルの時代〉を生きる指針は同じく〈ヒルの時代〉である、五千年前から二千五百年前まで続いた低次の精心文
考古学者・大島直行氏の縄文人へのアプローチが面白い。大島氏は、日本の考古学において圧倒的な主流である土器の型式や年代を分類する編年研究に対し、それを乗り越えるべくシンボリズムとレトリックをキーワードに大胆に縄文人の世界観を読み解いている。リンク□□□□□
女性は家内労働奴隷などではなく、家の中の安定を守る人。男は狩りに行き、女は家(子)を守る。それは決して女に能力が無いから家で家事でもやってろ!などの感覚ではなく、むしろ女性が安定基盤。お互いの得意なことをやっていただけなのではないでしょうか。以下、引用(
人類の右脳発達の期限を調査する中で、猿が木から落ち、そのタイミングから土との関係が強くなったと考えられる。古くから埋葬や土器、住居でも土が活用されている事から、土と人類の進化には大きな関係性があると思う。その中で、言葉として「土」という言葉の語源を調べる