真実はいつも変わらない でも真実を正しく悟ることは 簡単ではなかった 真実を悟れたなら イエス様も殺されることはなかった 殺されるために来たというような 重ねての
どんなに立派な建物を建てても シロアリが木の中にいたなら 時が来れば 内側から崩れてゆく 罪ある心を抱えたまま 天国をどこにつくれるだろうか
久しぶりに書いてみました。 4月の強烈な寒さ、チリの噴火、ネパール の地震 地球も生きている そして、苦しんでいる・・・のかも
きづかないうちにへばりついている 同じことでも、「この人は何者?所属は?」といったことに左右されてしまう 正しくものごとの本質だけを見つめ、きづければいいのに へばりついた色めがね もう目と一体化していることに 気づかないといけないんだろうな
聖和を通していろんなことが頭をよぎっていくマスコミによって光があたることそれは善きものにも、悪しきものにもお父様の偉大さとともに「統一」を掲げた家庭の不和どう説明すればいいのでしょうか隠してとおりすぎることができるのでしょうか「隠されたもので明らかになら
百均の回転寿司しか知らないものにとって、まずまずおいしいと思っているでも、ほんものを知る人にとってはかなり満足できないものらしいほんものを知っているかどうかほんものになっているかどうか自らを省みればよくわかるこのままではいけなかったこと何かがあることさが
「ガイアの法則」という本に出会った出会いというのは、起こるべくして起こるのかすごい内容です既成概念との闘いが個人にも全体にもありますきづかないうちに終末論であれほど学んだことなのに他人事だと思っていたクリスチャンに対してのことだとみことばは語るものでは
だれがするというのでしょう なにをするというのでしょう 幼い、柔らかな子供のこころ せめてふみいらないことをしませんか 知識がいったいなんでしょうか 心情はもっとこどものほうが美しいのではないでしょうか 教育する資格などないようにおもいます
子供を生めが「親」とは言われるけれど ほんとうの意味で親にはなれていない 体はつくれたけれど かみさまによって
案外、見てるつもりで観ていない 見たくはない そっとしておきたい 晴れた日の池のように そっとしておけば水は澄んでいるから でも、 ひとたび雨でも降れば そこに眠っていた泥が渦巻く 人のこころ ながーい歴史の泥がたまって 本気できれいにしようとしたら
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