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パニックびとのつぶやき https://blog.goo.ne.jp/skypaniroom

昨年、「僕とパニック障害の20年戦争」を出版しました。それを土台とし、大幅に加筆して掲載しています。

高校3年の時にパニック障害を発症し、今年で22年目です。1980年代の終わりからこれまでに至る過程を描いています。パニック障害を抱えながら生きるということはどういうことなのかを出来るだけ具体的に書いていこうと思います。

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2010/10/17

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  • 名人戦 藤井の不調 豊島の安堵

    5月18・19日に行われた名人戦第4局は挑戦者の豊島将之九段が藤井聡太名人に勝ち、対戦成績を1勝1敗としました。敗れた藤井名人ですが、かなりの不調です。今年は勝率8割は厳しいでしょう。もしかしたら、今後もないかもしれません。棋士人生で一度でも年間8割を記録したなら大したものです。それを藤井名人はデビュー以来7年連続で超えていたのですから、超人でした。しかし、これからは人間のトップ棋士レベルの7割台に移る事が濃厚です。理由としては、皆がAIで深く藤井将棋を研究して、力が縮まった事と、伊藤匠という強力なライバルが出現したこと、それとかつての爆発的な終盤力に陰りが見えることです。終盤の陰りについては去年から記してきましたが、八冠達成、勝率も自己最高の記録を残すなど結果が出ていたので「序中盤の幹が太くなった」と理...名人戦藤井の不調豊島の安堵

  • 中森明菜「スローモーション」 人は何故、明菜に惹かれるのだろう

    砂の上刻むステップほんのひとり遊び中森明菜のデビューシングル「スローモーション」。作詞・来生えつこ作曲・来生たかお。1982年5月発売。オリコン最高位30位。今でこそ名曲として名高い「スローモーション」も当時は売れませんでした。僕もまだ、中森明菜という存在を知らなかったと思います。彼女を世に知らしめたのは「少女A」でした。明菜さん自身は「歌いたくなかった」この曲はオリコン最高位5位。しかし、それ以上のインパクトがありました。そして「セカンド・ラブ」でオリコン初の1位。人気を不動のものにしました。ところで、現在、活動を再開した明菜さんへの反響が凄いですね。往年のヒット曲をジャズにアレンジしたものですが、動画に上げてわずか2~3週間で視聴回数が500万回を超える曲もあり、衰えぬ人気を示しています。この「スロー...中森明菜「スローモーション」人は何故、明菜に惹かれるのだろう

  • 片隅のユミ

    ユミはいつものように教室の机にもたれ掛かって眠っている教師が二度ほど机を叩いた目を覚ます気配はない教師は舌打ちして通りすぎたユミ、パパは仕事で帰りが遅くなるからママのこと、よろしくね学校が終わったら真っ直ぐ帰ってな出来る限りでいいから父はありがちな笑みを浮かべ、玄関を出た学校から自宅に戻るとユミは母と共に過ごす夕食を作り入浴を介助し夜中は肩を貸し、トイレに連れていく憧れていた男子生徒からの誘いも、断り続けた終いには「そんなに俺が嫌いか」と捨て台詞を吐かれた彼のせっかちな背中を見詰めるユミの目から涙が溢れやがて頬を伝ったユミはいつものように教室の机にもたれ掛かって眠っている髪が羽根のように拡がっていたそれは深い眠りだったもう目を覚ます必要はないユミは夢の中で誓った片隅のユミ

  • 将棋史の転換点? 伊藤が藤井を制し叡王に王手

    昨日の叡王戦第3局は将棋史の転換点だったかもしれません。1勝1敗のタイから抜け出したのは藤井叡王ではなく、伊藤七段でした。しかも、その内容が凄かった。藤井得意の終盤で伊藤が逆転勝ちをしたのです。これまで藤井八冠とタイトルを争った棋士の中でも、伊藤七段だけは異質の戦い方をしていました。他の棋士が戦法や時間の使い方で工夫する変化技で勝負してきたのに対し、伊藤七段は負けても負けても正攻法の戦い方をしていました。そして、前局で初めて藤井さんに勝利し、今局で連勝。藤井得意の角換わりを堂々と受け止めました。これまでも伊藤七段は10年に1人の逸材、あるいは俊才と見ていましたが、見方を変えなければいけないかもしれません。藤井聡太と並ぶ100年に1人の天才かもしれないと。同い年に大天才が二人とは奇跡としか言いようがありませ...将棋史の転換点?伊藤が藤井を制し叡王に王手

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