心に残る詩人たち 8
今回は小説家であり詩人でもある佐藤春夫の「秋刀魚の歌」を読んでみよう。佐藤春夫秋刀魚の歌あはれ秋風よ情〔こころ〕あらば伝へてよ――男ありて今日の夕餉〔ゆふげ〕にひとりさんまを食〔くら〕ひて思ひにふけると。さんま、さんまそが上に青き蜜柑の酸〔す〕をしたたらせてさんまを食ふはその男がふる里のならひなり。そのならひをあやしみてなつかしみて女はいくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。あはれ、人に捨てられんとする人妻と妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、愛うすき父を持ちし女の児〔こ〕は小さき箸〔はし〕をあやつりなやみつつ父ならぬ男にさんまの腸〔はら〕をくれむと言ふにあらずや。あはれ秋風よ汝〔なれ〕こそは見つらめ世のつねならぬかの団欒〔まどゐ〕を。いかに秋風よいとせめて証〔あかし〕せよかの一ときの団欒ゆめに非〔あ...心に残る詩人たち8
2024/09/29 00:05