ねこの近所にある民間の隣保館である「ゆ~とあい」。その東側の一角に「西成慰霊碑」があります。石碑には「西成慰霊碑」しか書かれていなく、誰がなんのためにつくったか、そういった説明がないので自分で調べてみました。 これは「社会福祉法人ヒューマンライツ協会」
ねこの近所にある民間の隣保館である「ゆ~とあい」。その東側の一角に「西成慰霊碑」があります。石碑には「西成慰霊碑」しか書かれていなく、誰がなんのためにつくったか、そういった説明がないので自分で調べてみました。 これは「社会福祉法人ヒューマンライツ協会」
NHKの朝ドラ「ブギウギ」のモデルとして再注目を浴びている笠置シヅ子さん。ねこが子どもの頃にお亡くなりになったのですが、音楽界にこれだけの功績を残している方の割に訃報記事が小さいなぁと思った覚えがあります。 1985年におなくなりになったのですが、きちんと評価
ねこはプチ仏教徒ではありますが、原始仏教なのであまり仏教の宗派を知りません。 今回調べてみると大蓮寺は、1550年3月5日、時の将軍足利義晴の三男坊、晴誉上人によって、足利家の大坂祈願所として創建されました。正式な山壕は「浄土宗如意珠應山極楽院大蓮寺」。 191
生玉公園から上町台地を降りると大阪の寺町。日本橋に向かう途中に、浄土宗のお寺、大蓮寺があります。 大きなお寺さんなので、ちょっと除いてみると、吉本芸人塚という看板を目にしました。 そこには有名無名を問わず吉本興業の芸人を祀っっています。 明治末期に、吉
そして、高津神社から近くにある生玉公園へ移動。目的地である生玉地下壕に行きました。 大阪人から親しみを込めて生国魂(いくだま)さんと呼ばれる生国魂神社の南の方にあるのが生玉公園です。1912年に開園しましたが、この公園の地下に立派な地下壕が存在します。 い
何かと落語にかかわりがある高津神社。境内には先代の桂文枝師匠の碑もあります。平成18年に建てられた比較的新しい碑のわりに、年代を感じさせる佇まいですね。 定席ではありませんが、「高津の富亭」が境内にあり、現在では「文枝一門会・くろもん寄席」をはじめ、プロ
公園のお隣は高津神社。小さな石垣や階段があり、このあたり、石が豊富だったんだなぁと思います。 仁徳天皇を主神としている神社なのですが、仁徳天皇はほんまにいたのかな。866年、清和天皇の勅令によって社殿を創建し、お祀りしたのを創始としています。 しかし、1945
金銭的にも心にも余裕のないねこですが、季節を感じて梅でも愛でようと、高津宮の隣にある高津公園に行きました。 地下鉄「谷町九丁目」を降りてすぐのところです。大阪市内で梅といえば、大阪城の梅林が有名ですが、実はこの公園も梅の見どころとして穴場になっていっま
早いもので今日で2月も終わるのかと思っていたら、今年はうるう年。日給月給の身では、少しでも平日として働ける日があるのはありがたい。そんなことでありがたがっても仕方ないのですが。 月が終わる前に、大阪・ミナミの地下街「なんばウォーク」内の書店「LIBRO
今年は雨の中の大阪マラソン。 ねこんちの近所、なにわ筋が通行止めになるので、この日一日は身動きが取れません。買い物もできないので、商店街のひとらも商売があがったり。大阪市民のみんながみんなマラソンに興味があるというわけでもないんですよね。 テレビを付け
1961年制作、ユ・ヒョンモク監督の「誤発弾」を観ました。 朝鮮戦争後の韓国、北側から南側に避難して住み着いた「解放村」に暮らす主人公のチョルホは、経理事務所で働くも薄給で歯医者にかかるのもためらわれるくらいです。村でのプレハブのような家には、自身の母、妻
すっかり定着したねこの日。商業キャンペーンと分かってはいるのだけれど、今年はすっかりファミリーマートに踊らされてしまいました。 モフサンドという、にゃんこのイラストに最近ハマっていて、ファミリーマートがコラボすることに。 新今宮駅すぐのファミリーマート
関西万博に金を注ぎ込みすぎて、大阪は今後10年は赤字になるそうだが、ねこらも府市民税が上がって、望んでもいないのに市民に身を切る改革がなされています。 そして、木を手入れする財源もないのか、大阪市内の公園の木も切られまくって、ねこんちの公園もさみしい限り
旧正月の2日目。今度は大阪中華学校の春節祭に行ってきました。 今回で22回目の春節祭なのですが、毎年ひとでが増えています。 その割に、時間は短縮したのか、家の用事があって3時過ぎに行ったのですが、ほとんど終わりかけでした。屋台もいつもすごく混んでいるんだけ
今日は、旧正月でした。 今年も大阪の天王寺公園内で行われている大阪春節祭を、仕事の帰りに寄ってみました。 出店も盛んなのだけれど、夕方ということもありすでにしまっている屋台も。出店も、普通のお店から日中友好協会などの団体までさまざまです。 ステージもこ
にしなりでの銭湯行脚。萩之茶屋と天下茶屋の間に大福湯という銭湯があるのを、グーグルマップで発見し、自転車で行ける距離なので、行ってみました。 といっても路地にあり、夜にスマホのグーグルマップを観ながら場所を探したのですが、なかなか分からない。住宅街の中
1967年制作、西村昭五郎監督の「東京市街戦」を観ました。 終戦直後の東京。焼け跡では、旧植民市出身者が組織をつくり、マーケットを支配しようとしていました。はい、この頃によくつくられた旧植民市出身者を横暴に描いている映画です。そういう映画を何本も観てきまし
民間活力が昔から盛んな大阪は、地元大阪府民の熱意と努力により1931年、中之島の地に大阪帝国大学ができました。 その後、大学は吹田市に移りましたが、サテライトキャンパスとして発祥の地に立派な建物が建ち、1Fと2Fはオープンスペースとして開放されているのですが、
ねこの勤務先の近くに大阪大学中之島センターがあります。中之島は大阪大学の発祥の地で、「平成の適塾・懐徳堂」として、情報を発信し、産業界と連携を深めることが目的とする建物です。2023年4月、大阪大学創立90周年・大阪外国語大学創立100周年記念事業として機能強化
今日まで、世間はえべっさん。しかし、新年早々、ねこは親知らずが急激に痛んで苦しんでいました。歯医者で治療してもらったのだけれど、痛みが未だにおさまらず朦朧としています。 普段は各停しか停まらない駅ですが、十日えびすのときだけは注目を浴びる今宮戎駅。 西
家が狭くて、とてもじゃないが本をそんなに置けないので、最近はずっと図書館を本棚代わりに利用しています。毎日曜日か祝日に本を返却するのですが、今日は区民センターの周辺にヒトがわらわらいました。 あ、今日は成人式だったんですね。 西成区のゆるキャラ(いや、
梅田のスカイビル。シネ・リーブル梅田に行ったり、休日の確定申告に行ったりするのですが、空中庭園に登ったことはありません。いつもすごい建物だなぁと思いながら、下から眺めるばかり。 めずらしく時間があったので、登ってみました。 展望台に入るには1500円かかる
心もからだも冷え切っているねこ。今年は、少しはおのれを温めるべく銭湯行脚をしようと、ニューナショナル温泉に行って来ました。こちらはチンチン電車の松田駅というマニアックな駅のすぐ近くにあります。看板のラドンスチームという文言にひかれました。 外観はいまど
シネ・ヌーヴォの近くに松島公園というグラウンドも併設している大きな公園があり、そこ中に「九条島と朝鮮通信使の碑」が建てられています。 朝鮮通信使は、室町時代から江戸時代にかけて朝鮮王朝が日本に派遣した外交使節です。16世紀末に日本の豊臣秀吉が朝鮮国に侵略
今日が初出勤。昔は、正月明けは5日以降とかが多かったかもしれないけれど、きょうびはもう3が日過ぎたらいつも通りのお仕事と、世の中がせわしなくなっていますね。 少しでも正月気分を味わおうと、3日に映画館にでかけました。コロナ禍になってから特に映画館からは遠の
名節もしなくなったので、正月に食べるものがなくなりました。 おせちももともと保存食ですが、正月からお料理するのもおっくうです。それに、今年はねこ母が年末から風邪をひいて、こじらせています。 いまの時期にしか食べられない茎わかめのあえもの。こりこりとした
新春第一弾の映画は、マキノ雅弘監督、1958年制作の「喧嘩笠」です。 前橋の大前田栄五郎(月形龍之介)の息子・栄次郎(大川橋蔵)は小天狗の若親分と異名をとるほどのケンカ好き。贔屓にしている前橋の掛小屋で、乱暴をして芝居を妨害する侍を勢いよく取押えたものの、
寒中お見舞 申し上げます 今年もよろしく お願いします。 浪速神社の手洗い場の龍です。 神社本庁の考え方が好きじゃないので、基本、初詣には行きません。 お金もないし、寝正月とずっと寝ていたら、部屋が揺れだしました。めまい持ちなの
2023年も終わりつつあります。ねこは明るいうちに銭湯へ。この日のくすり湯はシンプルな塩湯で温まりました。 明るいうちの飛田新地の旧大門にも提灯が飾られ、新年を迎える用意がされています。 ねこは経済的な事情で名節もやめたので、ちょっとのんびり。と言いたいと
今日が仕事納めでした。以外と通勤電車は混んでいました。今日が多いのかな。 ねこはどういった仕事をしているかというと、ここ数年はざっくり言って一般事務職と呼ばれるもので、与えられた仕事を黙々とこなしています。 仕事はこなすのですが、業務が途中で途切れたり
昨日は冬至でした。 実は、いま勤務している会社は、週に1回ほどはリモートワークを実施しておりまして、ちょうどこの日だったので、お昼休みに近所の拝み屋さんの所に行きました。 ねこ以外の信者さんもいらっしゃるので、お参りで軽く手を合わせた後、小豆粥をごちそう
どんどん生活水準は下がっているのですが、勤め先が梅田に近いということで、ぼちぼち繁華街に出歩きたいとは思っているのですが、以前のようにお酒を飲みに行く経済力がありません。コーヒーぐらいが精一杯になっています。 梅田の第1~第4ビルって、ええ感じの飲み屋が
ねこの行きつけの銭湯、ふろやさんわの近くの松乃木大明神に行って観ました。松乃木大明神は明治34(1901)年に創建されました。 大阪の明治34年といえば、2代目「大阪駅」がほぼ今ある現地(大阪市梅田)の位置に建てられました。今なお進化するJR大阪駅です。 時代
1960年制作、村山新治監督の「白い粉の恐怖」を観ました。 川井組の麻薬密売人の井本(曽根晴美)と宮川(潮健児)を取り押さえるために、厚生省麻薬取締官たちが一台のトラックに待機していました。取締官の須川(三國連太郎)は、情報提供社の在日コリアン・金山(山茶
健診が終わったら腹ごしらえ。朝一番に受診したのですが、朝食を抜いたので、かなりお腹が空いています。 せっかくなので、ハービスの中のレストランでランチ。フロアに寄って値段がはるところもありますが、地下2Fのお店は、まだランチは比較的手が届きそうです。 見回
ねこはいい年なんで、体のあちこちに不具合が出てきてもおかしくはないのだけれど、コロナ禍になってから健康診断に行かなくなっていました。というのは、その間は短期の仕事でつないでいたので、派遣会社からの検診を受けることができず、かといって自治体の検診も時期的
1967年制作、舛田利雄監督の「血斗」を見ました。 三州・滑川を仕切っていた福吉一家は、新興勢力の山辰一家に押され気味で、嫌がらせを受けていました。 山辰の四人の息子、虎太(青木義朗)、勝次(小高雄二)、権三(郷鍈治)、勘吉(市川好郎)は、(すごい兄弟だな
財津一郎さんがお亡くなりになりました。 これで、「てなもんや三度笠」に出演されていた主要な人たちはみんな亡くなってしまったのですね。享年89歳でした。いまは、ご存命なのは準レギュラーで出演されていたてんぷくトリオの伊東四朗さんぐらいですね。 最初は藤田ま
コロナ禍で引きこもっていたのですが、ぼちぼち外に出かけようかといっても先だつものがないので、とりあえずレジャーとして銭湯に行きました。 地下鉄、南海線、天下茶屋駅近くの天水湯です。 創業は1946年と古いですが、2020年にリニューアルしたので、建物的にはあた
いまだに初対面で「日本語がお上手ですね」などと言われることもあり、在日コリアンがなぜ日本にいるのかということを知らない人は少なくないということを身にしみています。 一方で、古い日本映画を観るようになってから、映画の中で在日コリアンが登場することが多い
コロナが5類に移り、コロナ禍以前の日常にシフトされつつありますが、ねこはいまだに外出を控えています。というか、経済的なこともありますが、いちど外に出なくなってから、もうそんなに出なくていいかなという気持ちになっているんでしょうね。 映画館で映画を観るのも
2023年制作、森達也監督の「福田村事件」を観ました。 関東大震災の発生から5日後の1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村に住む自警団を含む100人以上の村人たちによって、香川から訪れた薬売りの行商団15人のうち、幼児や妊婦を含む9人が利根川沿いで殺されたという事件が
大阪はいまや公園ですら過ごそうと思えば、天王寺公園のように入場が有料だったり、ベンチも少ないので座ろうとすれば維新が誘致した民間のお店に入らなければならないと、無料でくつろぐことができにくくなっています。 フリーで憩える場所はどこかということで、勤務地
1964年制作、松尾昭典監督の「敗れざるもの」を観ました。 高村家のお抱え運転手・橋本鉄哉(石原裕次郎)は、高村家の長男で中学二年生の俊夫(小倉一郎)が天体観測台で星を眺めているとき、眼の見え方がおかしいと感じました。俊夫は新しい天体望遠鏡のレンズが曇って
大阪・生野区にある韓国料理屋さん「きよし」に行ってきました。 もっというと、韓国料理というよりは済州島料理が特徴のお店で、外見もおうちのようなのでもわかる通り、済州島の家庭料理が食べられるお店です。 創業約40年の老舗で、雑誌などにも取り上げられている有
賃金は一向にあがらないのに、光熱費や食材・日用品はじわりじわりと上がっています。特売情報をこまごまとチェックしたりするタスクが苦手なので、あまり考えずに買い物をするのですが、家計は苦しい。 もともと一つのお仕事では生活がやっていけないので、ダブルワーク
1961年制作、深作欣二監督のは「白昼の無頼漢」を観ました。 アメリカ駐留軍のジェット基地に出入りする宮原(丹波哲郎)は、かねてから考えていた現金輸送車から50万ドルを奪う計画を実行に移すため、4人の人物を古城のような別荘に招きました。これがまた、日本にこんな
大阪・中之島美術館で行われている展覧会「民藝 MINGEIー美は暮らしの中にある」に行ってきました。 この黒いキューブの形が特徴の中之島美術館。会館を目指してスタートしたのは40年前の1983年。大阪市政百周年記念事業基本構想のひとつとして、近代美術館の建設が発表
ねこはいままで肥後橋では働いたことがあるけれど、今回は中之島をちょっと西にいった渡辺橋です。京阪中之島線が開業してからも、まだ中之島の中ではへんぴなイメージもありますが、ねこは大阪の名建築・ダイビルが勤務先の近くにあるというだけで大満足。 1925(大正14
1976年制作、瀬川昌治監督の「瀬戸はよいとこ花嫁観光船」を観ました。 本州と四国を結ぶ本四連絡架橋はオイルショックで一時工事が止まっていました。連絡架橋の一つ、明石ー鳴門ルートの起点、明石町で元漫才師でいまはパチンコ屋の主人である青木大作(フランキー堺)
JR鶴橋の高架下には焼肉街があるのですが、その中に「高坂書店」という本屋さんがありました。 というのも、今年の8月31日をもって閉店しました。 書店の会社自体は1928年ごろに創業し、かつては大阪府内で7店舗を展開していました。駅の表の筋の通りに2階建てのお
鶴橋のコリアタウンもすっかり観光地化という印象ががあります。鶴橋といっても、JR鶴橋駅周辺ではなく、当地までは結構歩きます。距離的にはちょうどJR鶴橋駅とJRの桃谷駅の間で、若干桃谷が近いかな。 昔は祭祀など民族的な行事をするときに必要な食材や道具を買う市場
1956年制作、佐々木康監督の「おしどり囃子」を観ました。 神社の祭礼で奉納の宮神楽を舞う総右衛門(高松錦之助)をでし・菊次(大川橋蔵)の前に、地廻りの乱暴者らが現れ邪魔をします。料亭琴川の主人伝兵衛の娘で菊次と仲の良いおたね(美空ひばり)が機転を利かせて
「大阪クラシック」を提唱した大阪フィルハーモニー交響楽団の本拠地は西成にあります。ちょうど西成区役所のお隣に大阪フィルハーモニー会館があります。 満州に渡ってハルビン交響楽団などで指揮をつとめていた朝比奈隆さんは196年秋に帰国。関西でも奏者を熱得て自立し
中之島ライフをすっかり堪能しているねこ。会社の帰りにダイビルで催されていた「大阪クラシック」を少しだけ鑑賞しました。コロナ禍の影響で4年ぶりの本格的な開催だけに、観客でいっぱいでした。 「大阪クラシック」は2006年から催されていたのですが、ねこは初めての参
1981年制作、山本薩夫監督の「アッシイたちの街」を観ました。 機械組立部品のことを業界用語では「アッシイ」といいます。バラバラの機械部品のように、一つ一つでは役に立たないけれど、集まって大きな連帯のちからを発揮しようと、とある工業地帯で下請け工場を営む次
スーパーはやしがなくなり、周辺に気に入ったスーパーがないのでわざわざ天下茶屋のカナートまで買い物に行っています。 その途中で前を通るので、気になっていたコーヒースタンド テンガチャによって観ました。 こちらは、京都で有名なアラビカコーヒーの豆を使用する
1955年制作、内出好吉監督の「牢獄の花嫁」を観ました。 ある夜、大川端で南町奉行所の同心が左手の中指を切り取られ袈裟がけの一刀で殺された美女の遺体を大つづらで運ぶ口の不自由な岩松(吉田義男)を捉えます。与力東儀(原健作)は、さっそく名与力といわれいまは隠
田舎ものなので東京のことはほとんど知らないのですが、大阪は東京に比べて緑が少ないとはよく言われます。 実際、家の周辺も公園が少ないなぁとは思います。維新行政はバサバサと木を切る改革を行っているし。木を手入れする経費がもったいないからとのことなんでしょう
1954年制作、福田晴一監督の「伝七捕物帖 黄金弁天」を観ました。 江戸の根津権現秋祭りの最中、公衆の面前で祭りで踊っていたみよ春が、どこから飛んできた小柄で殺されます。そこには伝七そっくりの浪人がいました。早速、殺しの犯人を探す伝七(高田浩吉)と獅子っ鼻
玉造稲荷神社に行って来ました。 玉造稲荷神社は紀元前12年頃の秋に創祀されたとつたえられる古い神社です。聖徳太子が仏教受容問題で物部氏らと争われた際、ここに陣を敷き祈願。この争い、なかなか血生臭かったのですが、そのあたりはぼやかしておきましょう。 戦国時
他からの聞く耳を持たないのか、一度自分がやったことを変えるのが嫌なのか、関東大震災から100年の節目を迎えた今年の9月1日も東京都都知事の小池百合子は朝鮮人犠牲者の追悼式典に追悼文を送付しませんでした。 それだけでなく、都にヘイトスピーチの発言を認定された団
1977年制作、斎藤耕一監督の「季節風」を観ました。 浪人生の高村慎次(野口五郎)は今年もまた大学受験に失敗し、進路を悩んでいます。彼の父はすでに他界しており、母(加藤治子)と腹違いの兄夫婦と暮らしていました。父親との約束だと大学受験をすすめる兄と喧嘩にな
友人と、なんばCITYにある「musi-vege+cafe」 でランチをしました。 定食の野菜はせいろで蒸してたのがついています。あっさりとタレをつけながらいただきます。お野菜は、茹でるより蒸した方が栄養素を逃さずに食べることができますね。いま、野菜が高騰しているのでここ
今日は関東大震災が起きてから100年の節目の年の日です。今年も東京都知事の小池百合子は関東大震災の朝鮮人慰霊式典に追悼文を送らず、松野官房長官は「(虐殺の)事実関係を把握する記録は見当たらない」と記者会見で述べるなど、震災時の虐殺が「あった」ことを「なかっ
1961年制作、佐伯清監督の「地獄に真紅な花が咲く」を観ました。 夜の新宿で赤谷一家の辰(花沢徳衛)は拳銃の名手ハリケーンの鉄(鶴田浩二)を探しやっと見つけたと近づくと、彼は鉄と瓜二つの海音寺孝(鶴田浩二・二役)というトランプの名手で人違いでした。一方、鉄
いまの社内環境は悪くなく、社員食堂もあり、持ち込みの食事スペースもあるのだけれど、どうもずっと社内にいたくない。オンとオフをしっかり分けたいなぁと。 職場の近くにある中之島三井ビルディングの中に、食事もできるオープンスペース「クイモッテ」があり、そこで
一時期話題になった保育所不足はあまり解決はされていなくて、状況は変わってないんじゃないかな。政府は、少子化対策の参考にとフランス視察まで行ってるけれど、観光してるだけのようですし。 大阪市内では浪速区、西成区は比較的保育所が充実しています。そんな充実し
1955年制作、鈴木英夫監督の「不滅の熱球」を観ました。 1936年(昭和11年)7月、日本最初の職業野球の公式試合、巨人対阪神戦が行われ、巨人軍の沢村栄治(池部良)投手のピッチングに注目が集められていました。人気絶頂の中、ひそかに大阪の貿易商のいとはん米井優子(
しょうゆを大量消費するねこんち。 夏は済州島の郷土料理、チシまたはマヌンデという、日本でいう行者にんにくの割干し漬けは、ねこが幼いころから親しんでいた料理でした。 にんにくの種類の中でも、その名の通り、荒行をする修験道の行者が精力をつけるために食べてい
会社でのお弁当は基本、時間があるときにつくり置きをして、当日に詰めています。 ねこは最近、肉食女子で、いい牛スネ肉が手に入ったので、しょうゆ煮にしました。 しょうゆ煮というくらいだから、しょうゆを遠慮なしに投入。にんにくやしょうがなどの薬味もざっくり入
お昼ごはんは基本的にお弁当を持参しているのですが、週にいちどは気分転換で、外食をしています。 会社から一駅歩くと本町で、まぁ距離はあるんだけれど時には靭公園まで散歩することもあります。 肉が食べたくなって、途中にある「焼肉ホルモン笑」に入りました。 ラ
2008年制作、鄭義信監督の「焼肉ドラゴン」を観ました。 舞台は前の大阪万博を控えた1969年、関西の地方都市のとある一角で、小さな焼肉k点を営む在日コリアン家族。主人の在日1世の龍吉(キム・サンホ)は戦争で負傷して片腕を失いました。二人の娘、長女・静花(真木よ
大阪府内の銭湯の上限料金が今月下旬から現行の490円から520円に値上げするとのことです。銭湯の料金って地域によって違うのですが、これで全国最高値の東京都と並ぶ料金になります。こんなことだけ東京と並ばんでも。もう、ワンコインで銭湯に入れないんだなぁ。ねこの
JR新今宮駅の近くの入船温泉がリニューアルしたということで行ってみました。 全体的にはきれいになっていたのだけれど、古い部分を活かして直したせいか、湯舟に入るときの段差がかなりあります。それなのに、浴槽に手すりがついていないので、高齢者は危ないんじゃない
1958年制作、田畠恒男監督の「女性についての103章より 新妻と女秘書」を観ました。 貿易会社の秘書を勤める須藤圭子(小山明子)は、社長・原田(上原謙)から能力も認められて気に入ってもらっています。しかし、会社が結婚後の勤続を認めないので、じつは証券会社の安
以前と食べる量とかは変わらないのだけれど、やはり代謝が落ちているのかなあ。もとあった体重がさらに日に日に段々と増えていっています。 昔は着られた服も小さくなり、でもすごく気に入っているから捨てることもできないなぁと思っていたら、知り合いのばあさんがそん
以前、西成区内にある「為戦災無縁諸霊菩提」をご紹介しましたが、浪速区の浪速玉姫公園にも同様の碑があります。昭和35年4月に建てられたと記されています。西成区の碑は表面も結構きれいなのですが、こちらのは年代相応な古さを感じさせます。 浪速玉姫公園は「太鼓屋
世の中は、15日前後がお盆休みのようでしたが、ねこは暦通り働いていました。 会社内は節電でまぁ、暑いのだけれど、それでも働けるだけましかな。 そういえば、昨年の今頃は無職で就職活動をしていました。 やはり中之島で面接があって、この暑いさなか、スーツを来て
1968年制作、樋口ひろみ監督の「娘の季節」を観ました。 バスガールの津村みどり(和泉雅子)は、車掌仲間とともに寮生活を送っていました。 乗客のいたずらでバスから取り残されるなど失敗をしながらも日々職務に励み、同乗の運転手・古橋次郎(杉良太郎)とも好意を寄
台風の影響で、ねこんちの前にある鶴見橋中学校のひまわりもすっかり傾いてしまいました。台風は近畿は過ぎたものの、今日は中国地方で猛威をふるっていたようですね。庶民が災害にあっても救助より宴会を優先する政府なので、国はアテにはできませんので心配です。 ねこ
近畿を横断した台風8号。さすがに電車も止まっているので、今日はリモートワークでした。5年前の大型台風に比べるとまだ勢力はそんなに強くないかもしれませんが、風は強くねこんちの前の木もだいぶ揺れていました。ゴミ箱もどこからか飛んできて、転がっています。 イズ
ダブルワークをしているので、一日丸々ゆっくり休める日が一年でも数少ないです。ちょっと早いお盆休みが取れました。なんか藪入りの気分です。 休みはあれど、暑いし、お金もないので遠出もできません。会社の徒歩圏で銭湯があることに気づき、定期券で行ってきました。
1971年制作、江崎実生監督の「谷岡ヤスジのメッタメタ ガキ道講座」を観ました。 頭に日の丸の旗を刺し、足が三本あるムジ鳥(宍戸錠)の「全国的にアサー!」という叫び声とともにオラ山一家の朝も始まります。しかし、朝も早くから凄まじい夫婦ゲンカで、原因は亭主の
ちゃんへん.さんの講演会の二次会にも参加させてもらいました。 場所は会場近くの西宮市にある「だしの店 つみ木」です。総勢30名近くでしたが、店内は広くちゃんとみんな入れました。 ねこはなぜか、大学生をはじめ若い人らが大勢いる席に座ることになり、ほんまに何を
ねこは神楽やジャグリングが好きで、海老一鈴娘さんの舞台を観たりしていました。 世界的なパフォーマーでちゃんへん.さんという在日コリアンの方がいて、その方の著作を読んで一度生で観たいと以前から思っていたのですが、遂に念願叶って先月、目の当たりにしました。
近所の拝み屋のばあさんは、90歳で一人暮らしなんだけれど、ちゃんと自炊をしているとのこと。 料理って、大量につくるのがおいしいのだけれど、一人暮らしだとどうしても少量ずつしかつくれません。ばあさんはふと、五穀米が食べたくなったのですが、大釜で炊いた方がお
1967年制作、篠田正浩監督の「あかね雲」を観ました。 日中戦争の最中の1937年、軍隊から二人の男が脱走を企てます。 場所は変わって、石川県輪島の商人宿では、まつの(岩下志麻)が秒針のちちと貧しい家計を助けるため、女中として働いていました。ある日、まつのの相
やはり8月はいろいろと戦争について考えたい。 聖徳太子が創建した四天王寺ですが、近代の戦争にまつわる碑や建物も結構見られます。 有名なお寺さんで、境内にある五重の塔が有名ですね。ねこは大阪市内の身近に五重塔があったので、その珍しさがわからなかったのですが
今年もねこんちの前の長橋3公園で、西成区北西部まちづくり推進納涼 盆踊り大会が行われました。 いつもねこんちのベランダから見られるのだけれど、今年は前に大木が生い茂って見えません。 この日は7時になっても、気温が下がらず30℃を切りません。かなり暑いのだけ
今度の職場の最寄り駅は、地下鉄だと肥後橋、JRのだと環状線の福島駅になります。まぁ若干、福島駅が近いかな。 福島駅の近くにはよさげな飲み屋さんが多いのですが、ねこはたいがいまっすぐ帰っています。 おでんで有名なお店「花くじら」の近くに、福島天満宮がありま
1966年制作、斎藤武市監督の「大空に乾杯」を観ました。 全日空のスチュワーデスの研修生を経て、滝村ゆり子(吉永小百合)は晴れて乗務員となります。職業婦人として自立しようとしている彼女ですが、家は裕福で庭造りも外部から手入れを頼むほどです。その滝村家の庭の
今回、働いている職場の派遣での職場見学は中之島でした。いつものように早めにやってきたのですが、中之島は意外と適当な喫茶店がありません。 中之島美術館やダイビルなど、立派な建物がある割に、その中の店は高級なのでちょっと時間をつぶしたいという喫茶店は見かけ
ねこがにしなりを気に入っている理由の一つは、大阪市内でも公園が多いというところです。殆どが比較的小さい公園ですが、申し訳程度でも緑はあるし、ベンチもあります。外の空気を吸いたいなぁと、気分転換しやすいのがいいですね。 それとねこは文字通りのねこ派なので
夏、真っ盛りですね。 エアコンが必要なので、電気代が気になります。 ねこは平日の昼間は会社の建物内にいるのだけれど、会社も節電していてそんなに涼しくありません。パソコンも熱を帯びているので、作業をしていて暑いです。服装が比較的自由なので、まぁ薄着のTシャ
1968年制作、和田嘉訓監督の「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」を観ました。 はるか遠い宇宙のアンドロメダ星の王女シルビィ(久美かおり)は、婚約者のナルシス殿下(三遊亭圓楽)。から逃げるためヘラクレス(天本英世)とベス(浦島千歌子)を従えて宇宙を
また、前の職場の話。 勤務地は自社ビルなのに、なぜか駅から遠くてテクテクと歩いていました。 働いているほとんどが非正規職員の女性で、近所に住んでいる人もいて、自転車で通っているスタッフも結構いました。ねこも自転車通勤という考えがふとよぎったのですが、一
派遣社員でアラフィフともなると、なかなか仕事がない。選ばなければあるじゃないかという見方もあるのですが、健康で文化的な最低限度の生活ができるくらいの給料は必要だし、いろいろと理不尽な職場だったら続けることが困難です。そんなに高望みはしていないんだけどな
派遣先が変わって早3ヶ月。まぁ、人間関係にちょっと不満はあるけれど、環境はいいし、仕事内容も合わないわけでもないのでなんとかやっていけそうな。 不満が多少あっても、前の職場がいままでの中で1、2を争うひどさだったので、それに比べればいいだろうと。 環境も会
1966年制作、西河克己監督の「白鳥」を観ました。 何不自由なく育った麗子(吉永小百合)は大学にも進学し、卒業したら婚約者の小宮山昭一(関口宏)と結婚することに決まっていて、人生は順風満帆。しかし、叔父(下元勉)の古本屋で留守番をしていたときに、近藤敦(渡
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ねこの近所にある民間の隣保館である「ゆ~とあい」。その東側の一角に「西成慰霊碑」があります。石碑には「西成慰霊碑」しか書かれていなく、誰がなんのためにつくったか、そういった説明がないので自分で調べてみました。 これは「社会福祉法人ヒューマンライツ協会」
NHKの朝ドラ「ブギウギ」のモデルとして再注目を浴びている笠置シヅ子さん。ねこが子どもの頃にお亡くなりになったのですが、音楽界にこれだけの功績を残している方の割に訃報記事が小さいなぁと思った覚えがあります。 1985年におなくなりになったのですが、きちんと評価
ねこはプチ仏教徒ではありますが、原始仏教なのであまり仏教の宗派を知りません。 今回調べてみると大蓮寺は、1550年3月5日、時の将軍足利義晴の三男坊、晴誉上人によって、足利家の大坂祈願所として創建されました。正式な山壕は「浄土宗如意珠應山極楽院大蓮寺」。 191
生玉公園から上町台地を降りると大阪の寺町。日本橋に向かう途中に、浄土宗のお寺、大蓮寺があります。 大きなお寺さんなので、ちょっと除いてみると、吉本芸人塚という看板を目にしました。 そこには有名無名を問わず吉本興業の芸人を祀っっています。 明治末期に、吉
そして、高津神社から近くにある生玉公園へ移動。目的地である生玉地下壕に行きました。 大阪人から親しみを込めて生国魂(いくだま)さんと呼ばれる生国魂神社の南の方にあるのが生玉公園です。1912年に開園しましたが、この公園の地下に立派な地下壕が存在します。 い
何かと落語にかかわりがある高津神社。境内には先代の桂文枝師匠の碑もあります。平成18年に建てられた比較的新しい碑のわりに、年代を感じさせる佇まいですね。 定席ではありませんが、「高津の富亭」が境内にあり、現在では「文枝一門会・くろもん寄席」をはじめ、プロ
公園のお隣は高津神社。小さな石垣や階段があり、このあたり、石が豊富だったんだなぁと思います。 仁徳天皇を主神としている神社なのですが、仁徳天皇はほんまにいたのかな。866年、清和天皇の勅令によって社殿を創建し、お祀りしたのを創始としています。 しかし、1945
金銭的にも心にも余裕のないねこですが、季節を感じて梅でも愛でようと、高津宮の隣にある高津公園に行きました。 地下鉄「谷町九丁目」を降りてすぐのところです。大阪市内で梅といえば、大阪城の梅林が有名ですが、実はこの公園も梅の見どころとして穴場になっていっま
早いもので今日で2月も終わるのかと思っていたら、今年はうるう年。日給月給の身では、少しでも平日として働ける日があるのはありがたい。そんなことでありがたがっても仕方ないのですが。 月が終わる前に、大阪・ミナミの地下街「なんばウォーク」内の書店「LIBRO
今年は雨の中の大阪マラソン。 ねこんちの近所、なにわ筋が通行止めになるので、この日一日は身動きが取れません。買い物もできないので、商店街のひとらも商売があがったり。大阪市民のみんながみんなマラソンに興味があるというわけでもないんですよね。 テレビを付け
1961年制作、ユ・ヒョンモク監督の「誤発弾」を観ました。 朝鮮戦争後の韓国、北側から南側に避難して住み着いた「解放村」に暮らす主人公のチョルホは、経理事務所で働くも薄給で歯医者にかかるのもためらわれるくらいです。村でのプレハブのような家には、自身の母、妻
すっかり定着したねこの日。商業キャンペーンと分かってはいるのだけれど、今年はすっかりファミリーマートに踊らされてしまいました。 モフサンドという、にゃんこのイラストに最近ハマっていて、ファミリーマートがコラボすることに。 新今宮駅すぐのファミリーマート
関西万博に金を注ぎ込みすぎて、大阪は今後10年は赤字になるそうだが、ねこらも府市民税が上がって、望んでもいないのに市民に身を切る改革がなされています。 そして、木を手入れする財源もないのか、大阪市内の公園の木も切られまくって、ねこんちの公園もさみしい限り
旧正月の2日目。今度は大阪中華学校の春節祭に行ってきました。 今回で22回目の春節祭なのですが、毎年ひとでが増えています。 その割に、時間は短縮したのか、家の用事があって3時過ぎに行ったのですが、ほとんど終わりかけでした。屋台もいつもすごく混んでいるんだけ
今日は、旧正月でした。 今年も大阪の天王寺公園内で行われている大阪春節祭を、仕事の帰りに寄ってみました。 出店も盛んなのだけれど、夕方ということもありすでにしまっている屋台も。出店も、普通のお店から日中友好協会などの団体までさまざまです。 ステージもこ
にしなりでの銭湯行脚。萩之茶屋と天下茶屋の間に大福湯という銭湯があるのを、グーグルマップで発見し、自転車で行ける距離なので、行ってみました。 といっても路地にあり、夜にスマホのグーグルマップを観ながら場所を探したのですが、なかなか分からない。住宅街の中
1967年制作、西村昭五郎監督の「東京市街戦」を観ました。 終戦直後の東京。焼け跡では、旧植民市出身者が組織をつくり、マーケットを支配しようとしていました。はい、この頃によくつくられた旧植民市出身者を横暴に描いている映画です。そういう映画を何本も観てきまし
民間活力が昔から盛んな大阪は、地元大阪府民の熱意と努力により1931年、中之島の地に大阪帝国大学ができました。 その後、大学は吹田市に移りましたが、サテライトキャンパスとして発祥の地に立派な建物が建ち、1Fと2Fはオープンスペースとして開放されているのですが、
ねこの勤務先の近くに大阪大学中之島センターがあります。中之島は大阪大学の発祥の地で、「平成の適塾・懐徳堂」として、情報を発信し、産業界と連携を深めることが目的とする建物です。2023年4月、大阪大学創立90周年・大阪外国語大学創立100周年記念事業として機能強化
今日まで、世間はえべっさん。しかし、新年早々、ねこは親知らずが急激に痛んで苦しんでいました。歯医者で治療してもらったのだけれど、痛みが未だにおさまらず朦朧としています。 普段は各停しか停まらない駅ですが、十日えびすのときだけは注目を浴びる今宮戎駅。 西
西九条駅は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行く際の乗換駅ですが、この駅で降りるという機会はあまりないと思います。 映画に関しては、駅近くに西九条明治座というのがありました。現在、ジャンボカラオケ広場になっています。 『全国映画館録 昭和5年4月現在』に
再び、直近で働いていた会社の話。 なぜか金融会社で働いていたのですが、よっぽど仕事が向いていないせいか免疫力がだだ下がりでした。足の指先が痛くなって、通風かと思って、会社を午前中休んで病院に行きました。結局は、しもやけでした。ちゃんとあったかい靴下を履
1973年制作、野村芳太郎監督の「しなの川」を観ました。 昭和初期、信濃川上流の山間集落に小作人の息子として育った朝田竜吉(仲雅美)は、十日町の高野家に丁稚奉公していた。十七歳で男子特有の自分を持て余す時期に、同じ年頃の高野家の一人娘・雪絵(由美かおる)は
JR西九条駅から降りて、この大福湯の前を通って会社に向かいます。 こんなところに銭湯があるなんて、会社の帰りに寄れるんじゃないかと思っていたのですが、さすがに風呂道具を持って会社に行くというのはどうかと思い躊躇していました。 しかし、せっかくだから入りた
新しい職場は、まだ始まって2週間で研修が主で、これからどんな感じなのかまだわからない状況ですが、前よりはマシなんでしょうね。というか、前がひどすぎて、ねこの派遣生活の中でも1、2を争うひどい職場でした。すっかりメンタルをやられて、まだ心身ともに立ち直ってい
今日の大阪は、初の夏日でした。 ねこの今度の職場は中之島。天気が良いので、職場の周辺を散歩していました。ねこは葉桜も結構好きなので、堂島川沿いにある桜を撮影。 まぁ、負けるとは思っていたけれど、先日の選挙結果はかなりこたえました。まぁ、あの盤石な維新に
いつものことだが、再開してはストップするねこブログ。スーパーはやしロスに加え、ストレス性のめまいに悩まされ、あげくに無職で経済的に困窮していてブログどころではありませんでした。 それでも、先日の雨で少しは散ってしまいましたが、今年もベランダから公園で咲
うちの近所には民家の庭なのですが、道沿いにきれいなしだれ梅があります。毎年咲いていて、前を通る近所の方々の目を楽しませてくれます。ねこも通勤路なので、自然と目に入って、季節を感じます。 私有地ですが、道沿いなので立ち止まってゆっくり眺めたり、香りを楽し
昨日3日の参院予算委員会で岸田文雄首相は、京都府宇治市の「ウトロ平和祈念館」を巡り、連帯意思を示す方向で検討する考えを明らかにしました。「ウトロ地区をはじめ、関係する皆さまへの連帯表明について、適当な時期を捉えて対応したい」と述べたけれど、この人は言うこ
遂にスーパーはやしの閉店の日が来てしまいました。といっても、2階が先に閉店して、1階の生鮮食品売り場は今月4日までまだ営業しています。 2階は衣料品や生活用品を売っていて、閉店セールを行っていました。最初は衣料品や寝具品が2割引とあって、買いだめしている方も
キムチを漬けてから時間がたち、酸っぱくなってしまいました。チゲにすると食べやすくなります。 キムチチゲと言えば豚肉。やっぱりスーパーはやしで購入しました。沖縄産で、脂身もほどよいです。 いろんな産地の豚肉を食べましたが、いちばんおいしいと思ったのは、済
わかめの新物が出回る季節です。ねこもねこ母もわかめが好きで、ねこ母がわかめのナムルをつくってくれました。 ねこ母いわく、わかめのナムルは済州島の郷土料理だそうで。ねこ母の祖母は海女さんだったので、子どもの頃は祖母が採ってきた新鮮なわかめを食していたとか
今東光和尚のゆかりの場所をめぐる街歩き。和尚のホームグラウンド、近鉄山本駅へと向かいました。一駅なので散歩がてらと歩いていたのですが、これはやはり都会の感覚で一駅といえども予想以上に距離があり一時間弱歩いていました。 山本駅近辺、昔は闘鶏場などもあった
八尾市内にはいまもシネコンMOVIX八尾がありますが、八尾の映画館の歴史は古く、市内には昭和7年ごろからあったといわれています。昭和30年代には、八尾銀映、八尾映画劇場、日の出映画劇場、八尾松竹の4館が存在していたことが「映画便覧」(時事通信社発行「映画年鑑」19
そして、すぐ近くにある八尾神社に行きました。ここも、今東光和尚の小説に描かれています。 八尾天満宮の境内にあります。天満宮は八尾寺内町の鎮守で、「八尾の天神さん」と言われています。 御祭神は天満宮だけに菅原道真公。 鳥居を通って中門へ。 八尾戎神社の御
今東光資料館で、和尚と八尾のつながりを示すパネルを見ていたら、せっかくなので和尚ゆかりの場所に行くことにしました。まずは常光寺。悪名の中でも登場します。 和尚は天台宗ですが、こちらは臨済宗。開創は古く、奈良時代の初め、聖武天皇の勅願で、行基菩薩が創建し
今回の目的地は八尾図書館。なかなか立派な建物です。 入ると今東光和尚がお出迎え。今東光資料館に行ってきました。 資料館の入り口には今東光和尚原作のポスターが並んでいます。もちろん代表作は「悪名」シリーズ。たみやんが素敵です。 悪名だけではなく、河内を舞
近鉄八尾駅に行って、お寿司屋さん杉玉で昼間から一杯。お寿司は3貫いくらで注文し、1種類ずつ選べます。3貫373円だったので、1貫あたり約120円かな。お寿司とキスの天ぷらを注文。抹茶塩もついていました。注文してから出るのも早く、まぁお値段と内容も合ってるかな。
瑞龍寺の近くはお寺も多いのですが、教会もちらほら。ちなみにここの551のレストランはおいしいと評判らしいが入ったことはありません。 統一教会と自民党の癒着が連日騒がれていますが(いや、まだ騒がれたりないか)、韓国は統一教会以外にも本国でカルト指定されている
難波にある黄檗宗の寺院、瑞龍寺に行きました。いつも家から難波に行くときに前を通るのですが、中に入れるということに気づいてのぞいてみました。 中国臨済宗の僧の隠元隆琦により始まった黄檗宗は、江戸時代に日本に定着し、いまは臨済宗、曹洞宗につぐ禅宗の一派をな