頭から手足が生えた子供の絵それでもみんな優しい笑顔 頭足人(とうそくじん)というのは、頭(顔)から直接、足が生えた絵のことで、幼児の初期の描画に現れる特徴だそうです。 タコやイカなど頭足類に構造が似ているため頭足人と呼ばれるそうです。私の子も、小さい頃はそんな絵を描いていた記憶があります。下の写真の絵をご覧ください。よその子が描いた絵ですが、これも、首から下のどこがどうなっているのやら、でも、まごうことなきキリンの絵なのであります。 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
清流に逆らい泳ぐメダカ等は前にも後ろにも進まない 子どもの頃には、田舎の小川や田んぼなどで必ずといっていいほど見かけたメダカですが、今では絶滅危惧種になっているそうですね。水槽で飼ったこともありますが、可愛いですよね。ところで、メダカの名前の由来は、目が大きく、頭部の上端から飛び出していること(目高)から来ているそうですね。知りませんでした。 あの人の言葉 どの部分を消し残すか、ということが作歌のたのしみに変わってゆくことだろう。 ~寺山修司 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち ランキング参加中創作家達の集いの場
早朝の庭で見つけた空蝉の真新しきに心涼やか 無事に羽化して飛び立ったらしく真新しいセミの抜け殻に、幼虫時代の7年間を我が家の庭で過ごしてくれたのかと思うと、また感慨深いものがあります。残り短い命、この夏を精一杯生きてほしく思います。 あの人の言葉 まづ歌をよまむ人は、ことにふれて情(なさけ)を先として、もののあはれを知り、つねに心をすまして、花の散り、木の葉の落つるをも、露しぐれ、色かはる折ふしをも、目にも心にもとどめて、歌の風情を起(た)ち居につけて、心にかくべきにてぞ候ふらむ。・・・何はともあれ、歌を詠もうとする人は、何事につけても情緒を解する気持ちをもっとも大切にしなければならず、それは…
嫌がるな夏には夏のよさがある風呂上がりに浴びる扇風機 あの人の言葉 「ああ淋しい」と感じた事を「あな淋し」と言はねば満足されぬ心には徹底と統一が欠けている。 ~石川啄木 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
ラムネ開けシュポン、カランと音がしてでも無くなった中身半分 あの人の言葉 短歌は結局のところ、〈短さの豊かさ〉を頼みとする詩型である。 ~三枝昂之 たんぽぽの日々: 俵万智の子育て歌集 作者:俵 万智 小学館 Amazon ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
庭に出てトマトできたと告げる相手のいる嬉しさよ楽しさよ あの人の言葉 歌はヒューマンドキュメントとしての意味がなければならない。 ~木俣修 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち ランキング参加中創作家達の集いの場
高層に勤める君は天神の花火を下に眺めるという 天神祭(てんじんまつり・てんじんさい)は、日本各地の菅原道真を祀る天満宮で行われる祭りで、大阪天満宮の天神祭は、日本三大祭りの一つ(東京の神田祭、京都の祇園祭)といわれ、大阪三大夏祭りの一つ(愛染祭、住吉祭)でもあります。毎年、7月24日宵宮、25日本宮が催され、25日夜には奉納花火が上がり、たくさんの人たちで賑わいます。 (大阪天満宮) ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ
外洋を揺られて着いた屋久島は上陸しても地面が揺れる 学生時代の屋久島旅行。鹿児島から小さなフェリーに乗って屋久島に向かいました。錦江湾から外洋に出ると、途端に船が激しく上下に揺れだし、デッキにいる我々はキャーキャー言って喜んでいたのですが、3~4時間かかったでしょうか。最後の方はグロッキー状態になり、陸地に上がってからも地面が上下に揺れるんです。思わず地べたにしゃがみ込みましたよ。 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち ランキング参加中短歌
母からの宅配便に籠められたあの頃あった遠い日常 あの人の言葉 歌をば一つ橋をわたるやうによむべし。左へも右へも落ちぬやうに斟酌すべきなり。 ~佐佐木幸綱(歌人・国文学者。1938年~) あなたのための短歌集 作者:木下龍也 ナナロク社 Amazon ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
障害の見せたくなかった妹を皆が称えた勝利の女神 とても重い障害のある小さな女の子をもつお母さんのお話です。女の子は生まれながらに重症心身障害を患い、ずっと寝たきりで、お母さんはその介護が大変でした。もうヘトヘトに疲れ果てます。しかも、親戚や近所からジロジロ見られたり、心ない言葉を浴びせられたりします。身も心も疲れ果てたお母さんは、この子を道連れに、という思いが頭をよぎったことが何度もあるといいます。 そんなときに、小学生のお兄ちゃんがスッと寄ってきて、お兄ちゃんはとても優しい子で、お母さんの背中をパッと支えてくれたというのです。そのお母さんは、優しいお兄ちゃんがいたからこそ、自分たちは今、やっ…
スコップにくっついてきた蟻だけどおまえ帰る道は分かるのか? あの人の言葉 ”秀歌”とは何か、と問われたならば、一言で答えることができる。それは心臓にドキンとくる歌である。 ~藤平春男 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち ランキング参加中創作家達の集いの場
打ち寄せる無数の蟹をつかまえて茹でて食ったり能登の砂浜 学生時代、サイクリング部に所属していて、夏休みに能登旅行をした時の思い出です。羽咋(はくい)の海岸でテントを張って夕食の準備をしていましたら、薄暗くなった砂浜に、波が寄せて引くごとに無数の黒い点々が見え隠れします。いったい何だろうと思って近寄ってみますと、小さな蟹の大群です。それらが波に乗って砂浜に打ち上げられて、すぐに砂に潜って隠れるんです。 こんな光景を見たことなかったですから、ずいぶん驚きました。で、捕まえて食べようということになり、みんなで大騒ぎして捕まえました。たちまち大きな鍋いっぱいになって、夕食のメニューを急きょカニ鍋に変更…
我々は花を見ている花たちはずっとずっと空を見ている あの人の言葉 私は、やはり歌にするなら、自分の発見した喜びを伝えたい。 ~俵万智 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ ランキング参加中創作家達の集いの場
しっぽりとキタの新地の夜は更けて酒と笑いと男と女 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
早起きは朝の美人に出会うため大輪咲きの命短し 見栄えが良いだろうと思って、大輪咲きの朝顔の種を買って育てたのですが、花が大きい分、普通の朝顔に比べて萎れてしまうのも早いような気がします。だから、少しでも早く起きて顔を見なくてはなりません。 あの人の言葉 生には、老幼を含めて花の季節に重なる切なさ、あでやかさがあると思うようになりました。開きそめてから散り果てるまでの季節を渡ってゆく、いのちに添う叙情について思い続けました。 ~稲葉京子 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
あのころは深夜ラジオが友だった今とは違う時間があった 私ら世代が中高校生のころは「ナガラ族」と呼ばれ、ラジオの深夜放送を聴きながら勉強するのを常としていたもんです。今のようにゲームもスマホもPCもない時代でしたから、勉強部屋での楽しみといったらラジオくらいしかなかった。 でも、今振り返れば、あれはあれでとても素敵な時間だったように思います。友達もみんな同じように聴いているのが分かっていましたから、深夜でも、妙な連帯感がありました。『オールナイトニッポン』や『セイヤング』『パックインミュージック』『走れ!歌謡曲』など、どれもみな涙が出るほど懐かしいです。 ところで、演歌歌手の川中美幸さんが、若い…
効かないぞ全身麻酔ヤバいよと思っていたら手術済んでた 何年か前に盲腸の手術を受けまして、部分麻酔ではなく全身麻酔というので酸素マスクみたいなのを口元に当てられました。ところが、何も感じない、全く効かないではないか、えらいこっちゃ!と慌てていましたら、次の瞬間、手術が終わっていました。おまけにオ◯ン◯ンに管まで通されて、もう何が何だか。全部で2時間近くかかったそうですが、全く何も知らない。恐ろしいもんです。 あの人の言葉 短歌って道具は言葉だし、技術は日本語ができること。すぐに始められるし、誰でも名歌を作れる可能性がある。 ~俵万智(歌人・エッセイスト。1962年~) ランキング参加中【公式】2…
あの人がやらかした大きなミスに必死のパッチの真心こもる ずいぶん昔の話で恐縮ですが、テレビのプロ野球中継で、どうしても忘れられないシーンがあります。ヤクルトスワローズがリーグ優勝決定を目前にした試合だったと思うのですが、とにかくこれで雌雄が決するメチャクチャ大事な試合で、しかも終盤に、守備側のスワローズが絶体絶命の大ピンチを迎えたのです。そんな緊迫した状況で、当時1塁を守っていたのが、故・大杉勝男選手でした。 そしたら、相手バッターが1塁方向にファール・フライを打ち上げたんです。当たりそこないのフライ。そしたら大杉選手、打った瞬間の観客の大きな歓声にも影響されたのでしょう、わーっとばかりに後ろ…
赤猪子が御召しを待った八十年乙女心の純真哀れ 英雄的な君主とされる雄略天皇は、5世紀後半の第21代天皇です。歌をよくし、その霊力によって女性や国を獲得したという伝説があります。その雄略天皇について、『古事記』下巻に、次のようなエピソードが載っています。 長谷朝倉宮(はつせのあさくらのみや)で天下を治めていた雄略天皇は、あるとき三輪山のふもと、美和河(みわがわ)のほとりで洗濯をしている少女に出会います。見目麗しいその少女を、天皇は一目で気に入り「おまえは誰の子か」と尋ねると、少女は恥ずかしそうに「私は引田部の赤猪子(あかいこ)と申します」と答えました。天皇は「おまえは誰にも嫁がずにいなさい。その…
やわらかな響きの名でも本当はとっても強い「のぞみ」という君 1964年に開業した東海道新幹線の「ひかり」「こだま」の列車愛称は、国民への公募によって決まったんですってね。「ひかり」の投票が第1位で、以下「はやぶさ」「いなづま」「はやて」と続き、「こだま」は第10位だったそうです。こうした公募では、投票結果の順位どおりに決まらないケースはままありますが、なぜ10位の「こだま」が採用されたのでしょうか。 それは、光速を意味する「ひかり」に対し、音速を意味する「こだま」を対比させたいという意図からだったそうです。つまり先に決定した「ひかり」との抱き合わせで考えて決められた名称ということ。なるほどです…
出目金がこっちを向いて欠伸する何だかちょっと腹が立つなり あの人の言葉 和歌こそ猶をかしき物なれ。・・・和歌というものは、本当にすばらしいものである。 ~兼好法師『徒然草』 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
始発駅朝の車内でほっとするいつもの席のいつもの顔に あの人の言葉 それ歌は、心に思ふことをうたひ出すなり。・・・歌というものは、心の中に思っていることを声に出してうたうのである。 ~賀茂真淵『国歌論臆説』 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
二回目で角砂糖抜き覚えられ早や常連になった気がして あの人の言葉 歌の本体、政治をたすくる為にもあらず、身を修める為にもあらず。ただ思ふことをいふより他なし。・・・歌の本質は、政治に役立つためでもなく、身を修めるためのものでもない。ただ、心に思い浮かぶことを述べるだけである。 ~本居宣長『あしわけ小船』 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
髪を切り生き方変えると言う彼女颯爽として美しくある ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
定信(さだのぶ)に顰(ひそみ)に倣うと言わしめた正之公の生きざま清(すが)し 私は、数多い歴史人物の中で、保科正之(ほしなまさゆき)という人が大好きです。是非ともNHKの大河ドラマに採り上げてほしいと願っています。しかし、知っている人は知っているけれど、その名前すら知らない人も多いでしょう。学校の歴史の授業でも、殆ど教えられることはありませんし、試験にも出題されません。 保科正之は、3代将軍・徳川家光の弟です。2代将軍秀忠が側室に生ませた子で、正室お江与の方の嫉妬が凄まじいものだから、こっそり保科家へ養子に出されたのです。だから、家光も将軍になるまで、その弟の存在を知りませんでした。弟は弟で、…
織姫の章(あや)なさずして流す涙今宵逢えるか天の河原で 古代中国に発する「七夕伝説」の原型は、牽牛と織女の二つの星が、向かい合ったままいつまでも結ばれない、というものだったそうです。それが魏晋の時代になって、二人を隔てる天の川に、年に一度カササギが橋をかけ、そこを二人が渡って結ばれるという話に変化していったとか。『文選』の古詩(其の十)には、牽牛のために一日じゅう機を織っても織物が出来上がらず、涙を流す織女の姿がうたわれています。章(あや)というのは、織物のあや模様のことです。七夕の日によく雨が降るのは、ひょっとしたら織女が流す涙なのかもしれません。 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参…
織姫の織りなす糸の跡となり天の川原に星の流れる あの人の言葉 歌はもののあはれを知るよりいでくるものなり。 ~本居宣長『石上私淑言』 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
そのままの姿で枯れる紫陽花は咲いた証を堂々残し あの人の言葉 五七五七七という型があることで、そこに身を委ねて、自由に言葉を探してくれば、型がなんとかしてくれるっていう安心感のようなものがある。 ~俵万智(歌人・エッセイスト。1962年~) ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
バラ好きはバラに刺されず刺されてもバラ好きだから痛く感じず ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
家隆が愛でた入り日の夕陽丘波見えずとも七坂のこる 大阪市天王寺区に、夕陽丘(ゆうひがおか)という地名があります。名前の由来は、鎌倉時代初期の公卿で歌人でもあった藤原家隆(ふじわらのいえたか)が、出家してこの地に「夕陽庵(せきようあん)」を設けて移り住んだためといわれます。今は内陸になっていますが、かつては大阪湾に沈む夕日を眺める絶好の地だったといいます。「七坂(ななさか)」というのは、当地にある、上町台地に登る七つの坂のことで、「天王寺七坂」と呼ばれます。 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
道ばたの鳩が何気に距離をとるこちらも横目で睨んで通る 「海翁好鴎」という、あまり知られていない四字熟語があります。「かいおうこうおう」と読みます。街なかを人に臆することなく闊歩するハトやスズメは、どんなに近いところにいても、戯れに手を伸ばすと、決して触れることができない。野心があると鳥もそれを察して近寄らない。野心を人に知られると目的を達しにくい、というたとえです。 道端で出会う鳩も、何気にちらちらとこちらとの距離を測っていて、一定の範囲内に近づいたところでさっと飛び去ります。ただ、鳩のこの距離感は地域によって差があるらしく、大阪市内の鳩は、よほど近づかないと逃げません。図々しいのか鈍いのか、…
世の中にお返ししつつ遊行生くこれまでの何もかもが有り難い 人生には4つの区切りがあるそうです。詳細は省きますが、最後の4つ目の「遊行(ゆぎょう)期」は、死の準備の時期であり、人生の締めくくりの時期。また、それまでの成長する過程で身につけた知識と記憶を少しづつ世間に返してゆく時期でもあるそうです。一方で、この時期こそが、自分に正直に、肩の力を抜いて、しがらみから離れて生きていくことができる大切な時期だともいいます。だから、この時期こそ好きに生きていいということ。「生きましょう!!!」 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ
広島の祈り支えた夾竹桃焦土と化して逸早く咲く 私がまだ小さかったころ、広島市内を走る路面電車に乗ったときなど、しばしば顔に紫色の大きなケロイドのある大人に出会ったものです。そんな人を見るたび、私たち広島の子は、原爆の恐ろしさを実感すると共に、大人たちの悲惨な犠牲や苦労のあとに生まれてきたのだと、子供心に強く思ったのを覚えています。 ところで、夾竹桃(きょうちくとう)は、竹のような細い葉でありながら、初夏に桃のような花を咲かせる小高木です。乾燥や公害に強いといわれ、原爆が落とされてから75年間は草木も生えないだろうといわれていた広島の地に、いち早く花を咲かせたのが夾竹桃です。まるで広島の人々を励…
桜子というやや字余りな名が好きだ少しだけ長く呼べるから 桜子の名で思い出すのは、何と言っても2000年に放映されたドラマ『やまとなでしこ』であります。ずいぶん前になりましたが、とても素敵なドラマでしたね。私は、菜々子姉さん扮する桜子の決め文句?「ばっかじゃ中目黒、なに祐天寺」が忘れられません。 ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中短歌
悠然と我もなりたし花のごと物言わずとも人を励ます ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中言葉を紡ぐ人たち
不器用で話下手でも正直なあなたがいるとほっとするから あの人の言葉 歌詠みは手を替え品を替え、ことばを駆使して真実を伝えようとするし、真実を伝えるためなら嘘もつく。 ~俵万智(歌人・エッセイスト。1962年~) ランキング参加中はてな文芸部 ランキング参加中【公式】2024年開設ブログ
ダンゴムシ実はお前はいい奴だ落ち葉を食うし糞は肥料に 害虫とされる虫にもいろいろありまして、具体的な害はないのだけれども、嫌悪感や気味が悪いなどの理由で「不快害虫」とされている虫があります。ダンゴムシもその一つで、私もどちらかというと嫌いだったので、かつて大量に発生した庭のダンゴムシを一斉に退治したことがあります。 しかし、ガーデニングの経験を重ねていくうちに、彼らが果たしてくれる大きな有用さに気づいたのです。第一に、春になって彼らが出てくると、庭に残った落ち葉を片っ端から食べてくれる。第二に、その糞が庭木などの栄養分になってくれる。つまり、庭の掃除をしてくれる上に、勝手に施肥もやってくれるわ…
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