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歩・探・見・感 https://citywalk2020.hatenablog.com/

街探索で見つけた、時代とともに徐々に、また、いつの間にか、しかし確実に街から消えつつある町名看板、旧町名や看板建築、銅板葺き、出桁造り、長屋門の建物等、気になったものを紹介します。

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2022/12/12

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  • 港区指定文化財 海蔵寺の庚申塔

    地図を見ていたら、海蔵寺に庚申塔と書かれていた。 通り道なので寄ってみることにした。 朱色の山門がお出迎え。 山門の上の鯱にも目が行く。発見日 2024年4月30日 発見場所 東京都港区北青山2‐12‐29庚申塔は覆屋に祀られていた。 ショケラの形が気になった。 待って。 ショケラって何? 当然の質問だ。 と言う自分も諸説あるようなのでうまく説明できない。 下の写真で青面金剛が髪を持ってぶら下げている石造物のこと。 右手で持っていることもあるが、この青面金剛は左手。 一般的には半裸女人像の姿が多いらしいが、これは女人像に見えない。 足を上げている幼児のようにも見える。 目、鼻、口もはっきり見え…

  • 上部の装飾が残っているレトロ電柱 in 神奈川県鎌倉市

    下記の記事でレトロ電柱を紹介したことがあるが、上部の装飾が破損していた。 citywalk2020.hatenablog.com 今回、装飾が残っているレトロ電柱を発見したので、それを紹介することにしよう。発見日 2024年5月24日(再訪日2024年5月25日) 発見場所 神奈川県鎌倉市由比ガ浜一丁目発見したのだが、下の部分はブロック塀の中で見えず。 何の形? 唐草模様と星は分かる。 丸は月?太陽?点くのは夜だから、やっぱり月かな。管理番号 翌日、近くを通ることがあったので、立ち寄ってみると、駐車場から下の部分を見ることができた。 しかし、プレート確認できず。 まさか勝手に入るわけにはいかず…

  • 神田アート七福めぐり

    以前、神田アート七福のうちのひとつ「寿老人」を下記の記事で紹介したことがある。 ① citywalk2020.hatenablog.com その時に神田アート七福の存在を知り、すべて訪ねてみたくなった。 既知のものもいくつかあったが、改めて訪問することにした。 先人の方が、住所を調べてくれていたので、スムーズに回れるように未知のものは事前にストリートビューで確認しておいた。訪問日 2024年2月17日最短で回るために、スタートする場所は色々あるのだろうけれど、今回、自己都合により、上野駅からスタートした。②弁財天 千代田区外神田6-16-9 オガタビル 壁面 妙音③えびす様 千代田区外神田2-…

  • 「平永橋架道橋」と「神田須田町二丁目町会 町会設立六十周年記念事業」

    橋脚が美しく見え始めてきた。 今までも感じてはいたのだが、まだその世界に足を入れていなかった。 この投稿がきっかけになるかもしれない。訪問日 2024年5月11、18、22日秋葉原方面 神田方面 橋脚の中ほどに補強がされており、その造形も美しい。平永橋架道橋 平永橋ガード 名前の由来:旧町名「平永町」に由来する。 歴史 1699(元禄12)年に寛永寺門前下谷車坂町内を内神田に移され、「神田平永町」と名付けられた。 1933(昭和8)年、帝都復興計画の一環により、須田町二丁目に編入となり消滅。「平永橋架道橋」と「平永橋ガード」、町が付いているいない。どうして「平永町橋高架橋」のように町を付けなか…

  • 電力プレート「オオマチ-73」と江ノ電大町停留所跡

    鎌倉市で以前発見した電力プレートは下記の記事で紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com 今回、新たに1枚発見。発見日 2024年5月24日 発見場所 鎌倉市由比ガ浜一丁目 歴史 1964年(昭和39年)10月1日住居表示実施に伴い、由比ガ浜二丁目 - 四丁目を設置。 1965年(昭和40年)2月1日住居表示実施に伴い、由比ガ浜一丁目を設置。 大町は、昭和14年(1939年)に鎌倉市の大字となり、昭和41年(1966年)に住居表示に伴い大町一丁目-七丁目となった。由来 小町大路の滑川にかかる夷堂橋以北を小町とし、以南を大町と呼称した。街の規模が小町に比べて大きかったので…

  • コンフォール松原で旧草加松原団地の思い出を探す。

    草加市の草加バイパスを越えた辺りを探索するため東武スカイツリーライン「獨協大学前<草加松原>駅(前・松原団地駅)」の西口を降りて、駅前を歩いているとコンフォール松原にサルのモザイクタイル絵があるのに気が付いた。 まだあるのかと思い、周辺を探してみる。 あった。 こちらはサルの親子。 上のはお父さんサルかもしれない。 このモザイクタイルは、かつて松原団地の公園にあったもので、たくさんの子どもたちに親しまれてきました。モザイクタイルはとてもこわれやすいものです。これからも大切に見守ってください。家に帰ってから、ネットで調べてみると他にカンガルーがいることが分かった。 このような集合住宅エリアを探索…

  • 5月なのに超ピーカンの日、竜閑さくら橋から外濠橋梁の鐵道院紋章を撮る。

    訪問日 2024年5月18日 天気 晴 最高気温28.8℃ 夏だあ。ここは桟敷広場 いろいろ言われている歩行者専用の標識がある。 どう見ても怪しい親子にしか見えないこの標識、今更だが、なぜこれが今まで使用されているのだろう?この標識を背にして(宇宙人に襲われないかと内心ビクビク)竜閑さくら橋の階段を上る。 首都高の下に外濠橋梁がある。 川の色はいつもこんな感じだね。 ここは竜閑さくら橋の太陽の直射日光がまともに当たるところ。橋の中央に見たことがない紋章があった。 写真を撮りたい。 日陰だと随分ずれてしまう。 日傘を差しているのだが、写真を撮るには邪魔だ。 傘をリュックに入れ、帽子着帽。 明るさ…

  • セ○○イ○○○で怒った(起こった)激おこプンプン丸事件

    セルフ式のコーヒーが導入されたコンビニで、客がレギュラーサイズを購入したのに、ラージサイズなどを注いで逮捕される事件がこれまでに何度も報じられている。 「小さなカップでも、ラージはちょうど入るらしい」という話しているのを聞いたのがきっかけだったと話している人もいるらしい。 今回、そんな話を知らずに自ら体験してしまったのだ。 もちろんラージサイズを頼んでの話だ。 記事をするのはやめようと思ったが、書きたくなってしまったのだ。 自分的には激おこプンプン丸事件なので、聞いてもらおう。 聞いてもらおうじゃないね。 読んでもらおう。 あっ、別に読みたくない人は読まなくていいからね。 2024年4月27日…

  • 旧町名「神奈川縣鎌倉郡大舩町大舩字内耕地」

    投稿連続が途切れてしまった・・・。 予約投稿の日時を間違えてしまったのだ。 2024年5月23日が抜けてしまった。 2024年5月23日23:00に設定すべきところを2024年5月24日0:00に2つの記事を設定してしまっていたのだった。 何故? 確認不足だ。 今まで、2年以上となる721日連続で投稿していたのに・・・。 ショック、ショック、大ショック・・・。 でも、投稿する日時を間違えただけなので、非公式だが、自分的には、連続投稿継続中ということにしておこう。このショックを覆すくらいの大発見(個人的見解)があった。砂押川沿いにある貴重なものなどを探しに、大船駅までやってきた。 何年振りだろう…

  • 京都市下京区と伏見区にある電気鉄道事業発祥地

    京都市伏見区を探索していたところ、老舗和菓子店「伏見駿河屋」に「電気鉄道事業発祥の地」の石碑があるのに気が付いた。 発見日 2024年1月5日 発見場所 京都府京都市伏見区下油掛町174 伏見駿河屋 天明元年(1781年)に開業。チンチン電車の絵が飾られていた。 我国に於ける電気鉄道事業発祥の地 明治廿八年二月一日京都電気鉄道株式会社は京都市下京区東洞院通東塩小路踏切(旧東海道線) 南側から伏見町油掛通まで電気鉄道を我国において初めて開業した左側面を撮り忘れたが、下記が刻まれているそう。 昭和四十五年二月一日 鉄道友の会京都支部寸法 高102×幅21×奥行21cm油掛通 通称「油懸地蔵(西岸寺…

  • 新宿元標ここが追分

    この交差点はよく通るのだが、いつも反対側の歩道を歩いていたので、この存在に今まで気が付かなかった。 この追分の地は、日本橋に橋を発した甲州街道から青梅・福生方面へ向かう青梅街道との分岐点であった。江戸時代より石灰や生活物資を運ぶ人々が行きかいかなりのにぎわいを見せていた。ここに、往時の生活と文化を偲び、追分道標を設置する。付近の地図 四谷警察署 追分交番 新宿追分バス停 かつて存在していた駅があった。京王線(京王新宿)1927(昭 2 ).10.28「新宿追分」として開業、新宿ビルディング (旧 京王帝都電鉄本社ビル)が完成し、1 階を駅として使用開始1930(昭 5 ).3.6 「四谷新宿」…

  • 旧雉子町にあった斎藤月岑居宅跡(生誕の地)と雉子橋

    何の記事だか忘れてしまったが、その中に斎藤月岑の名前を書いた。 書いた記事に追加するつもりだったのだが、どの記事だか分からなくなってしまったので、単独で記事にすることにした。斎藤月岑のことを調べていると千代田区に「斎藤月岑居宅跡」があることがわかった。 そのうちに訪問してみようと思っていたのだが、しばらく忘れていた。 ある日、地図を見ていたら、そういえば、と思い出し、訪問することにした。 アナログ派なので、地図に行く場所を付箋で印をつけているのだが、貼ってある場所が間違っていたらしい。 ストリートビューでも所在地を確認したはずなのに、見つけるのに30分くらいかかってしまった。 どんまい!発見日…

  • 「無名橋」と名付けられた交差点があったので、本当に名前がない橋なのか調べてみた。そうしたら・・・

    「無名橋」のことは元々は渋谷区にある「川無橋」と合わせて紹介する予定だった。 両方とも「無」が付くのでまとめて紹介することにしていたのだが、「無名橋」、「水無橋」、それぞれで記事を書けそうなので、別々に紹介することにした。 「水無橋」については下記の記事で紹介済だ。 citywalk2020.hatenablog.com 訪問日 2024年3月21、23日、28日 2024年3月21日 晴 2024年3月23日 曇り時々雨、雨時々曇り、どっちだ? でも雨は小雨 2024年3月28日 雨 2024年4月30日 曇り千駄ヶ谷駅方面から外苑西通りに出て、線路下を通るとすぐ右側に公園があった。 リアリ…

  • 北鎌倉駅ホーム脇にある閉鎖されている緑の洞門

    鎌倉駅へ向かう途中、ひとつ前の駅の北鎌倉駅に停車した時、北鎌倉駅の外に見えるものが気になっていた。 降りて確認してみたくなった。 2024年4月25日、初めて北鎌倉駅で降りる。 駅の外に設置されているものをホームから確認してみる。 この岩塊は鎌倉の貴重な文化財です。 平安時代後期よりこのトンネルの有る岩塊は鎌倉の北の境界でした。もとは前面の鎌倉街道まで伸びていたもので、鎌倉時代中期には第三代執権についたばかりの北条泰時が、鎌倉を災いから守る四角四境祭をこの岩の外側でおこなっています。また鎌倉時代後期には円覚寺の西側境界ともなりました。一遍上人が第八代執権北条時宗に出会う「一遍聖絵」の有名な巨袋…

  • 槐戸橋にいる巨大カブトムシの夫婦

    下記の記事で槐戸(さいかちど)村のことに触れた。 citywalk2020.hatenablog.com また、下記の記事では、千代田区にある皀角坂(さいかちざか)とサイカチの木を紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com この記事もサイカチ関連と言うことになる。訪問日 2020年3月23日、2024年5月2日、9、14日草加市の町名には残っていないが、槐戸の名称が継承されているものがある。綾瀬川に架かる槐戸橋 左側の写真の上に見える足は何の足だと思うだろうか?正解は、カブトムシ。 オスのカブトムシ 対面の欄干の親柱にメスがいる。 メスなのにツノがある。 幼虫の段階で性…

  • 越谷市で見つけたもので謎解きにチャレンジしてみよう。

    新たな試みにチャレンジ。 と言うほどではない 歩いていて気になったものを取り上げてみただけ。訪問日 2024年5月16日ここは南部第四公園。 さあ、何の形をしているか当ててみよう。 ヒント1 正面 誰でも見れば滑り台だということは分かる。ヒント2 裏側 階段と尻尾みたいのがあるね。 両脇は目かな?何だろう?正解は、 横から見るとわかる。 魚の滑り台だった。 調べたらくじらだった。 これがくじらに見えるどうかは意見の分かれるところかもしれない。 通称はくじら公園だそう。年季の入った住居表示街区案内図 ほとんど見えない。 昭和のものか。 物持ちがいい。 というか、用をなしていない。 左下に昭和何年…

  • 旧町名「草加市青柳町字笹塚」

    旧町名の痕跡を探しに、草加市の北端付近、越谷市境界辺りにやってきた。発見場所 埼玉県草加市青柳八丁目 ①発見日 2024年5月14日 ②発見日 2024年5月16日 草加市民農園 笹塚農園 青柳ささづか公園 古綾瀬川に架かる笹塚小橋 葛西用水に笹塚の名が付く橋があったが、ここは越谷市だった。 笹塚橋 地図を見ると越谷市と草加市の境界は古綾瀬川の上になっている。 笹塚小橋と笹塚橋の間にマンホール蓋があるのだが、それは草加市の市章になっていた。 はて? 橋りょう定期点検を草加市で行った形跡がある。 しかし、古綾瀬川は県が管理する一級河川だが、協議により草加市と越谷市が共同管理することになった、と書…

  • 神田鍛冶町の造花専門店に『江戸の礎石』があった。

    神田駅を降り、歩いていると木製の説明板を発見した。 この道も初めての道ではない。 今まで、気が付かなかったというのは、ただ漫然に歩いていただけなのだろう。 いや違った、以前もこの木製の説明板だけは撮っていた。発見日 2019年10月24日(再発見日 2024年5月7日) 発見場所 東京都千代田区神田鍛冶町三丁目 このあたりは江戸時代にぎやかな町でした丸い石は江戸初期の屋敷の礎石です 地下二米余のところに松杭の上にきれいに並べられていました角石は江戸末期の土蔵の礎石です 地下約一米のところに松杭の上に松の大木がありその上にありました 松杭は三百有余年の年月 地中で朽ちることなく重い礎石を支えてい…

  • 煉瓦塀群、2件の登録有形文化財がある『本郷弓町のクス』通り。

    本郷一丁目のクスノキがある歩いている時、煉瓦塀があるのに気が付いた。 たまにこの道は歩いているのだが、今まで気が付かなったのは、興味がなかったからだろう。 興味の対象が狭まるどころかどんどん増え続ける今日この頃。発見日 2024年5月4日(再訪日2024年5月7、11日) 発見場所 東京都本郷一、二丁目本郷ハウスマンション ヴェルビュ本郷壱岐坂弐番館に咲いているバラ越しに煉瓦塀を見る。 右側の通り 正面 左側 隅切り 上部の装飾 建築計画のお知らせが貼られていた。 着工は来年のようだが、マンションは解体は年内に開始されるのだろう。 この煉瓦塀はどうなるのだろう?本郷MKビル 左側 右側 パーク…

  • 旧町名「草加市青柳町字内」

    今日は草加市の旧町名を探すことをメインの目標として、新田駅から探索を開始した。 ローラー作戦ではなく、ランダム作戦を決行する。 そう、行き当たりばったりの探索方法だ。 大体いつもそうだ。 怪しそうな家(古そうな家、塀)を探す。 諦めずに歩き続ければ、見つかると信じて、探す。 そこにあったらラッキー!今回は、アパート名に書かれているものを発見することができた。 そう、アパートは結構穴場的な存在なのだ。 そして、写真を撮るのに個人宅より周りに気を使わなくて済むのがいい。発見日 2024年5月14日 発見場所 埼玉県草加市青柳七丁目 歴史 もとは江戸期より存在した武蔵国埼玉郡八条領に属する青柳村であ…

  • 礫川公園と小石川後楽園にあった石積

    2024年5月4、6日、この付近を探索する。 文京シビックセンター向かいの公園の前を歩いていると、石積があった。 初めて歩いた道ではないが、今まで気が付かなかった。 どちらかというと下の写真のプレートに反応して石積に気が付いたというべきか。 プレートが設置されていたのたのだが、光っていて、現地ではほとんど読めなかった。 この石積について書いてある記事が見つからなかったので、写真を拡大しながら解読することにした。大名藩邸跡から出土した石の由来 この間知石積に使用されている石は、江戸時代に石垣などの構築に使われていたもので、文京シビックセンターの建設工事に先立つ発掘調査によって出土したものの一部を…

  • 鎌倉市で発見した現役バリバリの木製電柱とレトロ電柱

    探していた訳ではないが、探索していたところ、木製電柱を発見した。 それも現役バリバリ、コンクリート製の電柱と並んで活躍していた。 今まで見たものはみんな役目を終えていたのに、頑張っているのがすごい!木製電柱 発見日 ①~⑤2024年4月15日 ⑥2024年4月25日 発見場所 神奈川県鎌倉市各所 ① ② ③ ④⑤左から1本と3本目のものが木製。 ⑥行き止まりの奥にもあった。 レトロ電柱 銭洗弁天に向かう途中で偶然遭遇。 立川コンクリート工業株式会社製 立川コンクリート工業の情報をネットで調べてみたが、見つからなかった。 もし現存していないのだろう。下部の装飾 裏側 現役と思われる防犯灯 てっぺ…

  • 神田小川町のランドマーク「顔のYシャツ」、解体されるってよ

    顔のYシャツ この辺りはよく探索していたので、営業している時を知っているはずだが、今まで写真を撮っていなかった。2024年5月11日、前を通ると白紙が貼られていた。 解体のお知らせだった。 とうとうお前もか。 描かれている絵が面白い。 「顔のYシャツ」は1920年(大正9年)に創業したオーダーワイシャツ専門店。ビルの多い神田小川町に大きな顔の看板がトレードマークの店。関東大震災で罹災後、戦災にもめげずに店舗を再興し、ずっと同じ場所で営業していた。特徴的な看板は、初代店主・梶永松氏の青年時代の似顔絵をそのまま意匠に用いている。店舗は2020年(令和2年)初頃、閉店した。「顔のYシャツ」の建物の左…

  • 文化センター通りに点在している東京市電氣局の境界石 ~ 後編 ~

    前編では新宿文化センターに向かう途中の左側にあったものを中心に5本の東京市電氣局の境界石を紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com 後編では、前編と反対側の歩道にあったもの(新宿文化センターを北上し、左側にあったもの)を中心に紹介していくことにしよう。まだあると思っていなかったのだが、近くを探索していたので、また寄ってみることにした。 そうしたらまだあったのだ!発見日 2024年3月25日 発見場所 東京都新宿区新宿六丁目 現在地と書かれているところから文化センター通りに向かう途中にあった境界石。 花崗岩と思われる境界石があったら撮ることにしている。 これらは線路を外…

  • 小字町名「草加市八幡町樋篭」

    町名の下に小字が書かれてる表札を「八幡町」で発見した。 現存している町名でも小字が書かれているものは、大歓迎だ。発見日 2024年5月2日 発見場所 埼玉県草加市八幡町 「樋篭」と書かれているが「樋籠」が正しいようだ。歴史もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡谷古田領に属する槐戸(さいかちど)村であった。 1889年(明治22年)4月1日町村制施行により、槐戸村、九左衛門新田、長右衛門新田、清右衛門新田、新兵衛新田、金右衛門新田、篠葉村、東中曽根村、善兵衛新田が合併し北足立郡新田村が成立。槐戸村は新田村の大字槐戸となる。 1955年(昭和30年)1月1日草加町、谷塚町、新田村が合併し草加町となり…

  • 『ゴールデンカムイ』に登場した「樺太国境画定標石」のレプリカが聖徳記念絵画館にある。

    重要文化財 聖徳記念絵画館 中にはまだ入ったことがない。 建物を右回りで一周してみた。 建物はもちろん周辺にも見所がいくつかある。明治神宮外苑案内図の一部分 その見所のひとつに今回初めて気が付いた。訪問日 2024年4月30日、5月6日 訪問場所 東京都新宿区霞ケ丘町1-1それがこれだ。 絵画館正面の西側駐車場奥に設置されている。樺太島日露国境天測標 樺太国境画定標石 正面 菊菊の紋章と「大日本帝国」、「境界」の文字が弧状に刻まれている。上部には「模造」という文字 右側面 天第四號 明治三十九年左側面 АСТР(アストロ 天測) ❘❘❘❘(縦棒4本)裏面にはロシア帝国の双頭鷲紋章とキリル文字で…

  • レトロな電灯に照らされていたことがあったかもしれない電話番号プレート in 神奈川県鎌倉市

    小袋台交差点から北鎌倉駅方面への鎌倉街道を歩いていると、出桁造りの元商家と思われる建物があった。 何を取り扱っていたのか、わかるものは見当たらない。発見日 2024年4月25日 発見場所 神奈川県鎌倉市台その軒先に電話番号プレートがあった。 二番のものだ。 中々1ケタ台のものは見つからない。 これより新しい4桁のものもあったのだが撮りにくいところにあったので、撮らなかった。更にその上に電球のないレトロな電灯。 形がオシャレ。商店が営業していた頃を思ってみる。 当時は、たぶん、まだ、街灯も少なかったことだろう。 この電灯が周りを明るく照らしていたかもしれない。これは別なところにあった電話番号プレ…

  • 宮沢賢治居宅跡の写真に琺瑯町名看板が写っていた。

    家を出る時はほとんど降っていなかったのだが、明治大学博物館を出たら雨が降っていた。 どうしよう、今日は特に行き先を決めていなかった。 久しぶりに本郷辺りをぶらついてみようか。 しばらく歩いていると、時より風が強くなり、靴の中はびしょびしょ。 傘もひっくり返りそう。 そんなことはよくあることなので、気にしないで探索を継続。発見日 2024年5月7日 発見場所 東京都文京区四丁目宮沢賢治居宅跡の説明板の近くに「宮沢賢治の菊坂下宿先」の写真があった。 1990年(平成2年)頃解体された稲垣家 写真の左端に琺瑯町名看板「本郷4丁目35」が写っていた。宮沢賢治居宅跡 宮沢賢治〔明治29年(1896年)-…

  • 甲武鉄道始点の地 ~ ゼロキロポストのモニュメント ~

    ゼロキロポストのことを調べていたら、甲武鉄道のゼロキロポストのモニュメントがあることが分かったので、探してみることにした。まず、甲武鉄道のことについて調べてみよう。 甲武鉄道は、明治時代に日本に存在していた鉄道事業者(私鉄)だった。現在の中央本線のうち、東京都内の大部分を横断する、御茶ノ水駅から八王子駅までの区間の前身に当たる。1889年に開業。東京市内の御茶ノ水を起点に、飯田町や新宿を経由して多摩郡を東西に横断し、国分寺や立川などを貫いて八王子に至る鉄道を保有・運営していた。最初は蒸気機関車を使用し、後に一部区間では電気も併用された。1906年に鉄道国有法により国有化され、中央本線の一部とな…

  • 歴史民俗資料館に展示してあった煉瓦と高砂小学校の正門へ向かう煉瓦積みのアプローチ

    登録有形文化財 草加市立歴史民俗資料館(撮影日2020年3月23日) この日は臨時休館日だったようだ。 たぶん、いつものように調べもせず行ったのだろう。 でも、桜が咲いていたんだ。 来年は桜が満開の時訪問してみよう。訪問日 2024年4月29日 訪問場所 埼玉県草加市住吉1-25-1今回は開館日であることを確認して訪問した。廊下に大阪窯業東京工場の資料が展示されていた。前回訪問した時(2021年11月30日)は、写真を撮っていなかった。 その時はまだ、煉瓦に興味がなかったのだろう。昭和28年(1953) 草加町都市計画図 大阪窯業が中央上あたりに載っている。机の上に煉瓦の実物が15個展示されて…

  • 鎌倉のある春の日の風景

    撮影日 2024年4月25日写真だけで語れる腕があるわけないが、それぞれの風景が良かったので、写真だけ載せてみた。円覚寺 浄智寺 旗上弁財天 妙本寺 八雲神社

  • 新宿区にある仮小学校跡地を訪ねる

    こどもの日に因んで小学校ネタをひとつ。 ここで疑問が発生。 こども、子ども、子供、どう書くの? 正解は「こどもの日」。すべて平仮名の「こども」。グーグルマップを見ていたら、市ヶ谷駅付近に「洞雲寺由縁碑」(東京最初の小学校、番町小学校発祥の地)、飯田橋付近に「東京府仮小学第三校跡」というのがあった。 この付近は探索したことはあるのだが、今までその存在に気が付かなかった。 グーグルマップを見ていると、普通の地図にはないような未知のものを発見できることがあるので楽しい。訪問してしまった後なので、事前調査ではなく、事後調査となるが、仮小学校の歴史を簡単に調べてみた。 日本の近代的な初等教育は、明治5年…

  • 藤の花と曙湯 in 東京都台東区

    曇天だったが、暗くなる前に着けてよかった。訪問日 2024年4月27日 訪問場所 東京都台東区浅草四丁目17-1藤棚がある銭湯「曙湯」 4月末近くだけど、遅かったのかな? それとも今年の天気のせいで花の勢いが落ちた? 曇天のせい? 満開の藤の花を楽しみにしていたのだが、葉桜ならぬ葉藤になりつつある。 でも藤の花はまだ咲いていたので、よかった、よかった。唐破風屋根と懸魚と呼ばれる彫刻(鶴2羽)。 台東区の保護樹木、景観重要樹木になっている。 藤は1959年(昭和34年)に浅草六区の瓢箪池が埋めたてられ、五重の塔の再建時に株分けされたものらしい。

  • 千代田区九段南の二七通り沿いに小さいが趣ある牡丹園があった

    二七通りを歩いていたら、牡丹の花が飛び込んできた。 発見日 2024年4月20日 発見場所 東京都千代田区九段南四丁目富士植木という会社の敷地にあった。 写真を撮ろうとしたら、2組ほど来訪。 中々どいてくれないので、反対側の歩道に移動し、いなくなるのをしばし待つ。 10分くらい待っただろうか、ようやくはけたので、一人で撮影開始。 ちょうど見頃を迎えていた。右側 左側 もっと近くに寄って撮ろうと思ったのだが、目で見た色とカメラのレンズを通して見た色が違い過ぎて、離れた所からだけにした。 特に右側の手前の濃い紫の牡丹、カメラを通すと赤っぽくなり、全然違った色に見えた。“四ツ目牡丹園”の再現 ~ 弊…

  • 源平池に映る「鎌倉文華館鶴岡ミュージアム」

    ネットで見た池に映るミュージアムの写真が素晴らしかったので、立ち寄ってみることにした。訪問日 2024年4月25日 訪問場所 神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1-53 人出が多い鶴岡八幡宮だが、池の周りには誰もいなく、邪魔されずにツツジとのコラボの写真を撮ることができた。 建物本体は入れず、映るシルエットだけ撮ってみた。 上の写真を逆さまにしてみた。 なんか不思議な感じの写真に見える。 おもしろい。鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム 元は1951年、日本で最初の公立近代美術館として鎌倉市の鶴岡八幡宮境内に開館した神奈川県立近代美術館だった。 鎌倉館の建つ土地の所有権は鶴岡八幡宮にあり、神奈川県と土地の貸借…

  • 旧町名みたいじゃない地味な旧町名「草加市東町」

    今日は旧町名の探索を主目的にしていなかったので、見つかったらうれしいなというくらいの軽い気持ちで探索していた。 もしかしたらあるかもしれないと思える怪しい路地があった。 当たる時もあるが、当たらない方が多い。 ためらって入らない時もあるが、今日は入ってみることにした。 入りづらい狭い路地だが、周りを気にしながら、入ってみる。 今日は当たった。 ラッキー!!発見日 2024年5月2日 発見場所 埼玉県草加市住吉二丁目 電柱 2022年8月と結構最近に書かれたもの。東小橋 漢字で書かれた東小橋の橋名のものはなかった。 書体が気に入った。 あずま通りのバス停とバス 歴史 1931年(昭和6年) 耕地…

  • 旧町名「入谷町」と塩小賣所の琺瑯看板

    以前、下記の記事で旧町名「入谷町」を紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 今回、探索中に新たに発見! と喜んだが、こんな普通の道沿いに新発見のものがあるのかとも思った。 家に帰ってから調べてみたところ、先ほど感じたのは、やはり、ぬか喜びで、発見済のもの、それもかなり前(2021年3月13日)に発見したものだった。 発見していたことなんてすっかり忘れていた。 上の記事を書く前に発見していたのに、なぜ記事に入れなかったのだろう? その記事を書く時、表札ではなくプレートだったので、もしかしたら発見していたことを忘れていたのかもしれない。再発見日 2024年4月…

  • 新宿DASH ~100年続く杜プロジェクト、完結~ 4月末日なのに蒸し暑い、都立明治公園で木の成長ぶりを確認する。

    以前、下記の記事を書いたことがあるが、木の成長が気になった。 citywalk2020.hatenablog.com 4月初旬にも訪問したのだが、まだ芽吹いていなかった。そろそろ大丈夫かなと思い、2024年4月30日再訪した。 初めて訪問した時は、落葉樹の葉っぱがなかった木も、春になり、新緑が芽吹ていた。 雲が多かったのだが、この時は少しの間、青空が見えた。 背景に国立競技場とNTTドコモ代々木ビル。国分太一君(TOKIO 49)、松島聡君(timelesz 26)、松田元太君(Travis Japan 25)、彼らが作成した樹名板が付いている木はどうなっているだろうか?国分太一君のコナラ あ…

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