影と祈りの地下鉱脈──村上春樹作品を貫く「父」と〈仏教的無意識〉文字数:2632
影と祈りの地下鉱脈──村上春樹作品を貫く「父」と〈仏教的無意識〉1書かれなかった「生々しい原因」『文藝春秋』に寄せられた手記で、村上春樹ははじめて父の戦争体験――中国での捕虜斬首の現場――に言及した。僧侶であり国語教師でもあった父は、木魚を打ちながらガラス箱に入った観音像へ勤行を欠かさなかった。息子はその姿に説明のつかない嫌悪と距離を覚え、やがて四十代から六十代にかけて二十年以上にわたり父子は疎遠となる。不仲の「生々しい原因」は手記で伏せられたままだ。沈黙こそが逆説的に最大の告白である。だが、文学はしばしば“書けないもの”を迂回して浮上させる。春樹の長編には父と子の葛藤が繰り返し変奏されてきた。『海辺のカフカ』――父殺しと母の失踪をめぐる呪的迷宮『ねじまき鳥クロニクル』――戦争体験を語る老人=擬似父との対...影と祈りの地下鉱脈──村上春樹作品を貫く「父」と〈仏教的無意識〉文字数:2632
2025/06/20 23:50