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ブログタイトル
劣等生の不妊治療日記
ブログURL
https://note.com/funin_nikki
ブログ紹介文
不妊治療のあれこれをイラストブログで綴ります。辛い事や怒りを覚えたこと、ブラックな感情になったことも包み隠さず書いています。現在治療歴3年、転院3院目、体外受精中です。色んなハプニングや病院によって変わる治療方法なども書いて行きます。
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2020/10/04
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セレナさん
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劣等生の不妊治療日記
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劣等生の不妊治療日記

セレナさんの新着記事

1件〜30件

  • 自分の理想のクリニックに出会えた!?

    少し、ご無沙汰しておりました。 再び不妊治療記録、再開します。 モーニンクリニックの説明会が始まりました。 説明会会場は、クリニックの上の階にあり、会場に入ってびっくり。 大会議室の広さで、説明会に来た夫婦も、軽く30組は居たと思います。もちろん、一人参加の人も数人。 資料もかなり厚みがあるものを渡され、説明会だけど、不妊治療に対しての勉強会も兼ねている感じでした。 そして始まり、スクリーンに映し出される映像と共に、院長の録音テープが流れました。 院長の話し方、内容は、かなり癖が強そうな人柄がにじみ出ている感じでしたが、その辺はもう下調べはしてきていたので許

  • あの子を産む!そして次のクリニックへ

    ゴリラ先生の言葉に励まされ、愛犬桜の看病を、不妊治療と併行しながらも、最期まで出来る限り楽しくやり遂げようと決めました。”楽しく”そしたらきっと、愛犬にもその楽しさが伝わるはずだから。 それでも神様は、なーんにも叶えちゃくれなかったけど。 桜が亡くなる一週間くらい前に夢を見ました。それは、独身時代に、ずっと私を支えてくれていた先代の愛犬の子の夢でした。15歳で天国へ行ってしまったあの子の夢を今でも時々見ることがあるのです。でもなぜか、桜とその子が一緒に夢に出てきたことはありませんでした。 だけどその日は、その子と桜をバスに乗っていたのです。ニ匹は仲良く遊んでいたのに、私が一

  • みんなおんなじところで

    前回の続きです。 4回目の移植周期は愛犬、桜の看病が重なり、かなり忙しい状況となってしまっていました。 桜は、日中は入院する時もあったのですが、症状が落ち着くと毎日注射だけを打ちにどうぶつ病院へ行き、あとは家で看病をすることになりました。 病気のため、ごはんの種類も変わり、食べさせなきゃいけないごはんの量もノルマがあったため、二時間おきくらいにごはんを食べさせて、私は自分の通院(しかもオタククリニックは、異常なくらい通院回数が多かったので2~3日おきくらいに通院しなければいけなかった)と、動物病院への送り迎えが一日に1~2回、そして週何日かは仕事が入ることもあり、もう家との

  • ツンデレな獣医師さん

    あんまり治療していることを、周囲の人には話していなかったので、優しい言葉の方が少なかったってことは、以前にも書きましたが、その時に書いたミャンマー人のパグ・ウーさんに続いて、思いも寄らず、私を励ましてくれる言葉をかけてくれた人がいました。その人の話を書きます。 愛犬の桜が闘病中のことです。 毎日どうぶつ病院に通院をして、点滴を打ってもらうのが桜の日課でした。 いつもは違う先生が担当してくれていたのですが、その日は休みなのかいませんでした。よって、今まで一度も担当になってもらったことのないゴリラ先生が担当してくれました。 ゴリラ先生は、見た目は本当にゴリラのようにぶっきらぼ

  • 心のダムが崩壊した

    不妊治療をしていて、もちろん結果が出ないことが一番辛いんだけど、それ以外でもたくさん辛い事があるけれど、何が一番私を追い詰めたかって、それは旦那の家族からの言葉。義理の父母、兄嫁から、代わる代わる言われた一生恨むだろうなって言葉が私は一番辛かったです。それは、今も進行形なんだけど。 またひとつ、私の不妊治療に陰性判定の数が増えて、そのたびに頭の中をぐるぐる回るのは、その言葉たちなのです。 そしてついに心の糸が切れた私は、シロー丸(旦那)の前で泣き叫びました。 もう、陰性判定も、意地悪な言葉の数々も、私に死ねと言っている、それくらいの切れ味に感じるのです。 努力してなん

  • 今までで一番辛い判定日

    転院決定に抜けがらになるシロー丸(旦那)と、ショック過ぎて言葉にならない私は、どうすることもできず、院長の前で無言になってしまいました。 そんな空気を振り払うように院長が切り出しました。 もちろん、その言葉は、私を励ますためなんだってわかりました。 不妊治療を初めて、一番最初の判定。あの最低の酷さが、シロー丸の中にも私の中にもあって。 だからこそ、オタククリニックには色々と不信感は抱いてしまったけど、院長のちゃんと向き合って話をしてくれるスタイルはありがたかった。穏やかに話を聞いてくれて、ちゃんと答えてくれるところに救われた。 だからこそ、良い結末になれたら、本当に良か

  • 検査もしないのに薬だけ

    4回目の陰性判定を受け、ショックを受けながらも、転院なんだなと思う私。 それでも、まだこのオタククリニックの院長の元でなんとか治療を続けたいシロー丸(旦那)は、院長に切り出しました。 何か画期的な今までと違う方法や、ここのクリニックでは薬とか飲まない自然法でここまで来たから、次は何か薬を飲みながらとか、違う方法があればもしかしたらセレナも納得して、まだこのクリニックに留まるかもしれないと思ったようです。(だから、私は無麻酔採卵が辛いって言ってんのに、やっぱり男はわかってない、と今は思う) でも、先生の口から出てきた言葉は、ちょっとびっくりするような内容でした。

  • 4回目の判定日

    5ヵ月間のドクターストップによる不妊治療のストップ。そしてやっと再開を経て、期待大で臨んだ4回目の移植の判定日がやってきました。 この日も、シロー丸(旦那)が、一緒に来院して、判定結果を聞くことになりました。 もう今日、陽性が出なかったら、転院すると言う事は決めていたので、このオタククリニックに来るのももしかしたら最後になるかもしれません。 でも、シロー丸の中では、やっぱり院長信者の心は捨てられなかったらしく、なんとかここで陽性反応が出れば、一件落着なのにと思っていたようです。 診察室に呼ばれました。いつもこの判定を告げられるまでの時間は、苦痛でしかありません。本物の裁判

  • 不妊治療再開、あっという間に元通り

    想像妊娠疑惑からの、実はとんでもない薬の副作用のせいだったことが判明し、すっかりドクターストップがかかっていましたが、5カ月後、甲状腺の病院の先生から治療再開のOKが出て、再び不妊治療へ戻ることになりました。 久しぶりに行ったオタククリニックでは、まぁまぁ患者さんがいたのにも関わらず、待ち時間ゼロ状態くらいの速さで呼ばれ、久々に院長の方の診察室へ呼ばれました。(手術糸がとれてしまい、謎の水事件の発生以来、ずっとラビ先生に回されていたので) この大変な状況は、最初に電話で説明したけど、院長は一切電話口にも出てこなかったなーと思いながらも、再度説明。 オタククリニックに強引

  • しぶといワンクリノンゲル

    オタククリニックで、移植前から判定日まで毎日使うように渡された膣薬、ワンクリノンゲルですが、この薬が厄介だったと言うか、びっくりしたことがありました。 それは、オタククリニックでの一回目の判定日から数日後のことでした。 普通に街歩きしている時に、なんだか違和感を感じたのです。 タンポンがうまく入らなかった時のような異物感がちょっとありました。(昔、使用してた事があったけど、今はもう全然使っていません。) その時は、時たま訪れる、子宮が収縮する時の痛みのようなものかなと思って、すぐ消えるだろうと思っていたのです。 でも異物感は消えず、ひとまずトイレへ。 すると、小さな粘

  • 不妊治療はどれだけ女性の痛みが

    今度の甲状腺の病院は、アイアイ病院とは違って慎重に診てくれました。 おかげで体調もちょっとずつ元通りになってきて、体もまた楽になりました。 でも、強過ぎた薬で荒れてしまった数値は、また安定させるのも時間がかかるらしく、結局チラージンもまたいずれ飲まなくてはいけなくなると思うとの話でした。 甲状腺の数値上も、まだまだ不妊治療再開にOKは出せない数値らしく、相変わらず、治療はストップしたままでした。 とは言え、このドクターストップで自分自身に堂々と不妊治療を中断できる期間は、凄く心が穏やかでした。 本当は、焦らなきゃいけないんだろうけど、散々、年齢的にも焦りましょう

  • 自分に必要な不妊治療が見えてきた

    想像もしてなかった色んなことが、自分に起き、だけどやっと自分にとっての不妊治療は、どんな事が必要なのかがこの辺りでようやく見えてきました。 まずは、採卵をどんな風にするか。 麻酔の採卵と無麻酔の採卵、両方経験して、つくづく私には無麻酔は無理だとわかりました。 ボー大病院の時の採卵、あれも全身麻酔と言うのかな。意識はばっちりあったけど、痛みは一切なかった。麻酔の種類まではわからないけど、あんな感じで、ひとまずしっかり麻酔をかけて痛みをなくして採卵してくれるクリニックが私には必要。 部分?局所?麻酔、幹部に注射で麻酔するやり方もあるみたいだけど、あれも私にはきっと耐えがた

  • 転院をめぐる話し合い 結末

    一連の事件から、すっかりクリニックを信用できなくなり、転院に傾いていた私と、院長の信者状態の旦那。この不妊治療の転院をめぐる夫婦の話し合いは、数日続きました。 本当に、不妊治療劣等生の自分を思い知らされました。不妊治療のクリニックの見極めは、本当に凄く重要なんだと。 私は今まで、ボー大病院では、言われるがままに治療をし、転院の病院選びでは、家から近いって事と、シロー丸が薦めるからって理由で簡単にオタククリニックに決め、本当に自分の意思を持っていなかったことを反省しました。もういいかげん、不妊治療がどんな感じで進んでいくかもわかってきたし、自分に合うクリニックを見つけたい。

  • 転院をめぐる旦那との言い合い

    自分の体がとんでもない状態になっていることを知り、今通っているオタククリニックがとんでもないクリニックなんだと気付き、まず思ったのは、転院しなきゃってことでした。 転院するには、また説明会に行って、たぶんボー大病院に紹介状をもらいに行き、また1から状態で面倒だけど、オタククリニックにいても良い結果は望める気がしません。 私は、ボー大病院では言われるがままに治療をし、勉強不足のままでした。そしてオタククリニックに転院することにした理由だって、家から近いって事と旦那が勧めるからって理由で決めてしまい、本当にちゃんと自分の意思を持っていなかったことを反省しました。 不妊治療の病院の見

  • 次々と移植の恐怖を知らされる

    翌日、ラッキー先生に紹介してもらった新しい甲状腺の病院、アース病院に行きました。 やっぱり、甲状腺の病院は凄く混んでいるけど、アイアイ病院に比べたらまだだいぶマシでした。 そしてアース先生が説明してくれたのは、だいたいラッキー先生が見解していたことと一緒でした。 私には、強過ぎる薬が処方されてたらしきこと、それから、甲状腺の薬は強いから、普通は飲み始めて半年くらいはこまめな経過観察のため、数週間置きくらいの通院が必要な事。何かあったら、すぐに相談した方がいいと言う事。 本来ならば、ちゃんと合った薬を処方して、それを飲めていれば体のためなのに、合わない薬は毒のようなものだ

  • もうあの甲状腺の病院には行きたくない

    びっくりする結果と、私にとってはありがたい優しいラッキー先生の言葉にじーんとしながら、ラッキー先生が続けて言いました。 そりゃそうなのか。ラッキー医院で甲状腺まで診てもらえたらありがたいけど、ここは内科だし・・・ でも、私はもう二度とアイアイ病院には行きたくもなかったのです。 だって、こんな結果を聞いたらもう幻滅。 しかも前回行った時はあんなだったし、馬鹿にされた上、あの先生が出した薬でこんなことになっているんだし。もう信用できません。何か新しい薬を出されたところで、絶対にあの病院の処方は飲みたくない。これ以上、体壊したくない。あの病院にお金を払って通うなんて嫌過ぎる

  • 想像妊娠の正体 つづき

    続けて、ラッキー先生から言われたのは、またしてもちょっとびっくりする言葉でした。 ここで不妊治療を続けても、この今の私の状態ではまず妊娠が難しいし、仮にうまくいっても流産する可能性が高いって事を話してくれました。 「今のあなたを見ても具合悪そうってわかるし、そんな状態じゃクリニックだってストップって言うはずよ。」と。 でも、ラッキー先生、残念ながら・・・ そうなんです。体調不良でも移植は大丈夫ですと言われたばかりです。 年齢の事もあるから、どんどん進めた方がいいと言われたばかりです。むしろ、治療ストップなんて、とんでもないくらいの感じでした。私もそうだよなと思い

  • 想像妊娠の正体

    二日後、再びラッキー医院に結果を聞きに行きました。 診察室に入るなり、ラッキー先生から言われたのは、またしても自分じゃ全く気付きようもなかった結果でした。 私はずっと、アイアイ病院で甲状腺低下症(橋本病)と言われて、出された薬を飲んでいたのですが、今回ラッキー医院での血液検査の結果によると、甲状腺の値を表すTSHの数値が、亢進症の方、バセドウ病の数値を叩きだしていたのです。 飲み薬が強すぎたり、合わな過ぎたりしてもこの数値になるそうなのですが、この時は薬を飲み始めて3ヵ月程度だったし、ラッキー先生いわく、甲状腺の薬の飲み始めは怖いから、半年くらいはせめて一ヶ月ごとくらいには

  • 不妊治療にドクターストップが

    やっと辿り着いたラッキー医院というおあしすで、やっぱりグロッキー状態のまま、診察に入りました。 私のただならぬ状態を見て、受付の方がすぐに先生に回してくれたようです。 でも、まだ”想像妊娠”だと思い込んでいた私。ここが特に痛いとか、違和感があるとか、決まった場所があるわけではなく、色んな事がおかしいっていう感じだったので、ラッキー先生も特定するのややこしいだろうなと思いつつも、今の現状をそのまま話しました。 普段からよく夫婦ともどもお世話になっていて、以前も入院クラスの病気でお世話になったこともあるラッキー先生は、凄く丁寧に話を聞いてくれる先生。この時も、私の症状をしっかり

  • 年齢とか尻を叩かれると・・・

    それから生理もしっかりやってきて、もうかんっぜんに妊娠していないことはわかりきったのに、それでも私の体は回復しませんでした。 とは言え、その頃の私には不妊治療を休むという考えはなく、そんなでも真面目に指定日に通院していました。 仕方なくタクシーを使っていたので、お金も更にかかっていったけど。 そんなに混んでいなくて、待ち時間が少ないオタククリニックでも、相変わらずの痛い採血は辛く、しかもちょっとの待ち時間すらしんどく、とにかく横になりたい体に鞭を打って通いました。 ラビ先生には、毎回まだ体調が悪い事を自己申請してたけど、移植に向けて準備は進んでいきます。 体調不

  • 陰性は陰性

    その時は、本気で想像妊娠ってのを信じていたんです。でも、相変わらず体調はちょっとさえも回復せず。 症状と言えば・・・ 常に手が震える、クーラーをいつもよりも設定温度下げても暑くて汗が出る。しかも動いてないのに。のども渇くから、ひたすらいつもの倍以上飲み物を飲む、飲むと気持ち悪くなってトイレへ・・・ そして食べられるものがほとんどない。チョコレートとかアイス、酸っぱいさくら大根とか、それくらいしか食べたくなくて、しかもいつもぺろりと食べるのに、やっぱり一口二口食べたら、もう食べたくなくなってしまうのです。 その上、起きているのしんどい状態なのに、ちょっと起き上がった時も寝て

  • 終わりなき体調不良

    ラビ先生から続けて言われたのは、来月すぐにまた、凍結してある残りの一個を移植しましょうとの事でした。 とは言え、この体調不良で移植に進んでも大丈夫なんだろうか。 ”体調不良でも移植はできるんで。” そんなもんなのかなと思いました。まぁ、不妊治療なんだから、次にやるべきことを勧められるのは当然なんだけど。妊娠するには、ベストな体ってのも必要なんじゃないかと。 とは言え、今のこの体調不良は、たぶん想像妊娠ってやつなんだし、今回はっきり妊娠してないってわかったんだから、体も理解して徐々に落ち着くんだろう。 そんな風に思っていた私を裏切り、体調は一向に回復せず、相変わら

  • 判定でみじめな気分。

    かなりの体調不良なのに、それでも妊娠判定は陰性。パニック状態になった私は、素直に思ったことを言ってみました。 「陽性だと思ってたのですが、この後陽性に変わることもあるんですかね?」 ラビ先生「うーん、ないとは言い切れないけど、それでもHCGの数値を見るとそれもなさそうと言いますか・・・」 そうは言っても、なかなか思い込んでいた事が真逆だったことに気持ちが追い付いて行かず。 体調の悪さを、とにかく言ってみました。言ったところで判定が覆ったりしないなんてわかりきっているのに。 でも、ちょっと困り気味のラビ先生の顔を見て、ハッと思いました。 そんな顔をしている先生に

  • 結局、陰性判定

    そこからもう判定日までは、更に体調悪化。 とてもじゃないけど、ほとんど起きていられなくて、絶え間ないくらいの吐き気まで加わり、ちっとも食べられないのに、絶え間なく襲う吐き気。 寝ていても、夜中何回も気持ち悪さで目が覚め、トイレに向かう程でした。 家の事はもう何ひとつできず、一日のうち、ほとんど寝たきり状態で、ごはんの時にちょっと起きて一口二口くらいやっと食べる。シャワーはとんでもなくしんどくて、髪を乾かすのも椅子に座らないと無理。 会社帰りのシロー丸に何とか食べられそうな物を用意してもらうっていう状態で、部屋は散らかって行くし、酷い状態でした。 ただ、ほとんど確信してい

  • お金目的のための不妊治療クリニック

    久しぶりのワイ子との会話で、初めて不妊治療を打ち明けた私は、自分のことも話しました。 まぁ、単純に通院する病院が増えたのもかなり憂鬱なんですけど、それがアイアイ病院で、あの病院での通院がどれだけめんどくさいか話しました。 ワイ子「じゃあアイアイ病院じゃない甲状腺医院に行けば良かったのにー。」 セ「いやもう、オタククリニックから、提携しているからアイアイ病院に行けと強制状態だったんだよねー。もう紹介状まで用意されてたから。」 そこまで言うと、ワイ子が何かに気付いた様子でこう言いました。 その後、彼女から話されたのは、とんでもないような話でした。 ずっとオタククリニッ

  • 友人への不妊治療のカミングアウト

    移植してから2~3日後くらいに、久しぶりに会う幼なじみ、ワイ子との約束がありました。 かなりの体調不良ではあったけど、1年以上ぶりの約束だし、数時間だしと思って無理して出かけました。 そもそも、ワイ子が一年少し前に結婚して離れるまでは、家も近くに住んでいてよく会っていたのですが、そこを去る寸前にも会おうと約束していたけど、かなりワイ子は約束を忘れっぽく(ただ単にほったらかされてるのかもしれないけど)、結局会えずだったので、旦那さんの話も聞きたかったのです。 まぁ、不妊治療していると色々あって、友人と会う回数も減って行っちゃうので、誘われるとなんか嬉しいんですよね。 でも、

  • 三回目の移植へ!そして・・・

    糸と水の騒動も治まり、いよいよオタククリニックでの初めての移植に向けての準備が始まりました。 とは言え、自然療法なので、薬を飲むわけでもなく、もちろん注射もない。相変わらず、毎回ある採血は痛かったけど、内膜の厚さを調べるためだけに通院していました。 ちなみにオタククリニックは小さなクリニックなので、医者は院長ともう一人の先生が曜日交代でいると言う感じ。私は、トラケの手術歴もあり、ちょっと特殊だからか、いつも診察は院長の担当でした。 が! 例の水騒動で、嫌になられたのか、院長からは担当を外されたらしく、ラビ先生と言う2番手っぽい女の先生が担当になっていました。 移植に向け

  • 採卵で、糸と大量の水事件 結末

    結局、不妊治療クリニックで何か治療ができるはずもなく、再度ボー大病院に電話しました。 この頃には、ボー大病院にかなり腹が立っていました。 でもそれでも、結果的には、今すぐに診てくれないと言うのです。 しかも最初の頃は、また堂々巡り。「痛みとかはないんですよねぇ?なら大丈夫だと思いますけど」とか、「まだその症状が出たばかりなら、すぐに止まるんじゃ」とか。 確かに痛みはないけど、目に見えておかしな症状なのに。 もう、きりがないので、他の病院に行こうかとも思ったんですけど、結果、いつも言われるのは、手術をした病院に言った方がいいってセリフなんですよ。大きな手術をしたんだから、

  • 採卵で糸と大量の水事件3 たらいまわし

    オタククリニックの開院時間すぐに電話をし、事情を話すと、「それは手術をした病院で診てもらった方がいいかも」との返事でした。 まぁ、確かにそうかもしれないですよね。と思いました。で、すぐにボー大病院の方へ電話。 でも、電話口に出たナースさんは、かなり謎の症状に青ざめている私のことなんて知ったこっちゃないという感じで、非情にも言い放ちました。 「3年も前の手術なんだし、今更、それで何か起こるとは思えないので、関係ないのでは?うちで採卵したわけでもないんだから、そっちのクリニックで診てもらって」と。 でも、不妊治療のクリニックで何か処置ができるとは思えないし、手術のデータが

  • 採卵で、糸と大量の水事件の始まり 2

    この糸騒動のおかげ?で、今回は前回のようなPTSD状態にはならずに、安静時間もベッドの上で考えるのは、糸のことばかりでした。 その後、培養士さんから聞いた、採卵結果は前回と全く同じ。 二個とれて一個は空で育てることもできず。 はぁー。結局痛い思いをして、しかもなんか不安要素まで加わって、たったの一個か・・・貯卵も計2個。 とは言え、二か月連続の痛い採卵頑張った。これでもう、ちょっとの間は採卵しなくていいんだ。と言うか、二度としなくていいに越したことはないんだけど。 そして、無事にこれも胚盤胞になり無事凍結。 でも、そんな風に、ちょっとだけ安心する私に、この4日後

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