千日詩集

第792日 じったらべったら

じったらべったらひょいひょいと書くものもあるしじったらべったら書くものもあるどっちがいいとか悪いとかそういうことではないじったらべったら書くのはしんどいあれこれ言葉を探し見つかってもしっくりしない生きていくというのもじったらべったらだひょいひょいというわけには行かないあれこれやるべきことを探し見つかってもしっくりしないじったらべったらはしんどい第792日じったらべったら

2022/08/31 19:00

第791日 開かれた社会

開かれた社会個人で生きられるように社会は変えられてきたそれが近代の歴史たぶん人類の進化つるまなくても生きていけるよう仲間と敵に世界を分けずに済むようつながったり切れたりできるよう「開かれた社会」は作られてきた時に孤独に陥ってもそれは仕方のないこと囚われの身になるよりはましけれどもそれに頑なに抵抗し逆行しようとする人々もいるしばしばそこに恐ろしい悪巧みがある第791日開かれた社会

2022/08/30 19:00

第790日 信徒

信徒信徒というのはよいような悪いような中心をより輝かせるかと思うとむしろ裏切っていたりしてちなみに世界で最も有名な信徒は私にはどう見ても歪曲であり裏切りであるように見えるそれでも信徒がいることで中心の光は世を超えて生き長らえていくのかわれらは信徒の瓦礫を掻き分けて埋もれた真理を探さねばならぬ信徒でなく格闘者にならねばならぬ第790日信徒

2022/08/29 19:00

第789日 堪能

堪能たっぷり享受いたしました豊かな衣食住も便利な機械も厖大な情報も娯楽もこのために生まれ変わってきたのかとつい思ってしまうほどにこの半世紀の現世の繁栄はものすごいものでしたさて問題なのはそれはわれらの魂にとってどういう意味があったのか現世を十分堪能しましたなのかそれでも現世は苦しいですなのかまあ両方なのかな第789日堪能

2022/08/28 19:00

第788日 上塗り

上塗り老眼鏡をしたまま寝るまあそれは普通おでこの上に上げたままあちこち探すのはやや病気この前は掛けているのに手元にあった予備のやつをその上から掛けようとしたこれはちょっとやばいそのうちパンツの上にパンツを履き靴の上に靴を履こうとするかもまあすっぽんぽんよりはいいか正しく身繕いをするというのは案外難しいもの人間は毎日それをよくこなしているものだ第788日上塗り

2022/08/27 19:00

第787日 魚

魚アジの開きはあの形だからおいしい開かれているのを戻してアジの姿にするとなぜか気持ち悪いアジが開いたまま海を泳いでいたらもっと気持ちが悪い想像したくない魚というのは改めて眺めると何とも奇妙な生き物ではある陸上動物の祖先とはとても思えないその奇妙なものを食って日本人は生き延びてきたけれどいつまでその恵みを受けられるだろうか第787日魚

2022/08/26 19:00

第786日 失格

失格真理を探究するにはあまりに愚鈍で美を創造するにはあまりに無能で善をなすにはあまりに無力まあしょうがないね世をきちんと生きるにはあまりに弱く人と付き合うにはあまりにわがままで仕事を成し遂げるにはあまりに怠惰でこりゃどうしようもないわまあいいでしょうどうにかこうにか生きている天はそれを肯ってくれているもしかするとそうした失格に何か深い意味が隠れているそんなことがあるのかも……いやないか第786日失格

2022/08/25 19:00

第785日 指向性

指向性厳しく体を追い詰めたところで聖なる体験が得られるとは限らない運動選手が限界まで体を痛めても聖なる体験へと向かうわけではない瞑想が心を鎮めるとしてもそれで叡智を得られるとは限らない温泉に浸かって元気を取り戻すのとさして変わらぬこともある指向性がなければ肉体をいくらいじったところで魂は進みはしない指向性を見出し保つにはよき存在の姿を強く思い描かねばならない宗教が示す聖像は確かにそれに役立つ第785日指向性

2022/08/24 19:00

第784日 内なる景色

内なる景色ひとつの景色が内なる感情を湧き立たせ内なる景色となる姿でも思いでもない景色またひとつの景色が内なる感情と景色を呼び起こし新たな景色を創り出す内なる景色の樹はそうやって育つ幾千の景色が壮大な綾模様を造り魂を色づけていく魂の思いはそれを糧にして育つ思考でも感覚でもない茫洋とした海そこからいくつもの花が生まれる第784日内なる景色

2022/08/23 19:00

第783日 謎かけ

謎かけわれらがわれらの心を本当に知ることができたらわれらはもっと利口に生きられるだろうか今心の中で何が動いているのか何が毒を発しているのか癖や借り物で歪んでいないか愚かさは多少減るかもしれない少しは幸福になるかもしれないまあなかなか無理難題だろうがそれでも何とか努力しようせっかくこうして生きているのだから存在の謎かけに挑戦しよう第783日謎かけ

2022/08/22 19:00

第782日 滅び行く町

滅び行く町時代に取り残されたみすぼらしい町の姿をかつての私は遠く悲しいものと見ていた今の私にはその姿は自分そのものの写し絵のよう失意を抱いて帰る暗い故郷のようにさえ思える滅びに向かっていく姿を美しいと見たこともあったが今は心のどこかが痛い時代の中に私の家はなかった古い朽ちかけた仮小屋に私は悲しみとともに戻る第782日滅び行く町

2022/08/21 19:00

第781日 かげろう

かげろうゆらゆらと野に陽炎は立ち古代びとの夢をゆらめかせる神々と酒を酌み交わし王のために戦をし大らかに女たちを抱いた死は新生への門でしかなかった一羽の白い鳥が空をよぎる笛の音の幻聴が響き見えない矢が私の胸を射る厖大な時はすぐ傍らにある日を浴びて私はその海に溶ける濃密な草の息があたりを埋め尽くす第781日かげろう

2022/08/20 19:00

第780日 日本の自由

日本の自由日本に生まれたことはありがたいこと一神教の呪縛から自由でいられる自由でいられるからナザレの男についても自由に考えられる真実に近づくこともできるあらゆる宗教と宗教者のことを自由に考えられるから宗教の核心に近づくこともできる挑戦する人は少ないし彼らの言葉を聞く者も少ないけれどこの自由は掛け替えがない第780日日本の自由

2022/08/19 19:00

第779日 人霊

人霊天使というのは人霊だよと暴露したのはスウェーデンボルグだったかまあ菩薩というのも人霊だしね観音様もお地蔵様ももともとは人間われらは皆目指さなくてはならんのだ天使や菩薩になることをそれが宗教の根幹だろうよ単純な話だ単純だがとてつもなく重い話だ第779日人霊

2022/08/18 19:00

第778日 エトス

エトス死んだら魂はあの世へ行く途中で迷う魂もいくばくかはある生まれ変わりもたまにはあるあの世で仕事をしたらさらに上に行く日本人のかなりの部分は漠然とそう思い描いている宗教などというものではなく言葉にならぬエトスとしてたぶん真実に近いだろう奇形化した宗教より何よりぼんやりしたところがいい唯物論者も増えただろうけれどそれでもこの感覚がどこか奥底にあるならばこの国はこの上なくいい国だろう第778日エトス

2022/08/17 19:00

第777日 死の夏

死の夏夏は冬よりも死に近いすべての生き物の活動を押し潰し抵抗するのは蝉の声ばかり木々でさえ身じろぎもしない家の中に逃げ込んでうつらうつらとまどろみ短い奇妙な夢を見る生と死のあわいを縫うように夜になっても蘇りはない蝉に取って代わった虫の声が臨死のベルのようにあたりを包む生命の高揚の最中に死がぽっかり口を開くその季節のアイロニー第777日死の夏

2022/08/16 19:00

第776日 顕冥交渉

顕冥交渉死者は死者で忙しい残してきた世を顧みる暇はない殺風景な墓地で眠っている暇なんかないたまに生者を助ける死者もいるけどそれはいわば特例乱発するものではないこの世にちょっかいを出してくるのは大体が未熟者か悪戯好きかだから心霊現象は嫌われるどんな死も悲しむ必要はない魂は不滅なのだから顕冥の交渉は淡々としたものでいい第776日顕冥交渉

2022/08/15 19:00

第775日 像

像巨大な摩天楼の根もとで私は小さな像を刻む人々はただ傍らを流れていく違う言葉で同じことを呟きながら天のはるか高みで小さな雪崩が巻き起こるそのかすかな地響きを聞く者はいない冷たい毒が降り始めているのに私はどこにも行く場所がない私は黙々と像を刻み続ける爛れる皮膚と溶ける骨を私は像に擦り付ける人は無表情に傍らを歩いていく第775日像

2022/08/14 19:00

第774日 開拓

開拓道を通し森を拓き野を耕し家を建てるそれが人間の原初の夢もうはるかに遠くなってしまった少年時代の秘密基地にわずかに名残を辿り適応する作法ばかり教わり開拓する技術も意欲も持つことはなく新天地を拓くための誰のものでもない土地もなくわれらはただコンクリートの迷路を歩く第774日開拓

2022/08/13 19:00

第773日 負け犬の

負け犬の知らんよこんな世界こんなのに荷担した覚えはないそうならないように抵抗した覚えはあるけれど好きにすればいいさ聖なるものを引きずり下ろし欲と安逸で固めた世その二次元の迷路を走り回ればいいささやかな抵抗は敗北した無力だったそれはその通り負け犬として去るよその代わり責任は取らんよ責任は勝った人が取ってくれ第773日負け犬の

2022/08/12 19:00

第772日 選択

選択あなたたちは物なのかそうだというのなら私はあなたを物として見よう私は自分を物として見たくない誰かからも物として見られたくないそれぞれが選べばいい押しつけはなしそれでいいだろう最終審判はこの世にはないそれぞれが決めればいい第772日選択

2022/08/11 19:00

第771日 日常食

日常食特段美味しいというのでもないのに何となく食べたくなるものはとてもたくさんある古い日常食はそれが多いおからにしろきんぴらにしろ煮物にしろおひたしにしろ陶然となるほどおいしいものではないでも何となく食べたくなるむしろ特段美味しいなどというのは例外的な異常なものかもしれないそういうものばかり食べてはいかんのだろうそこそこおいしいものをありがたく食べるそれをわれらは学び直さねばならないそれさえ食べられない時代がくるかもしれない第771日日常食

2022/08/10 19:00

第770日 物

物生きていくと物はどんどんと凡庸なものになり重苦しささえ帯びる幼い頃物は何と魅力的だったか玩具の小さな部品も使途不明の古い道具もこの物質の世を生きることを魂は喜んでいたのだろうか初めてでもないだろうに何十年も生きれば物にはいい加減飽きるだろうさもっと精妙な質料を求めるのが自然だ第770日物

2022/08/09 19:00

第769日 ちょっと待った

ちょっと待った小学生の頃全身麻酔をされた管の付いたマスクが目前に迫ってきて出た言葉は「ちょっと待った」待ってもらって何をするのか心を落ち着け直したかったのか何度やってもやはり待ったと言うだろう看護師は頓着せずマスクを被せてきた死が迫ってきた時もたぶん「ちょっと待った」と言ってしまうだろう相手は頓着しないだろうけれどはいどうぞという踏ん切りはなかなかつけられないものだまあせいぜいじたばたしよう第769日ちょっと待った

2022/08/08 19:00

第768日 冷たい目

冷たい目冷たい目が見つめている裁くでもなく慈しむでもなくその目が見つめたすべてのことは私に返される重い宣告として私は悲しむのか喜ぶのかただ冷たく見つめるのかそれは私が引き受けねばならぬ在るということの重さ在るという恩寵の代償第768日冷たい目

2022/08/07 19:00

第767日 間違った考え

間違った考え間違った考え方にいくつもはまってきたいつの間にか抜け出し間違っていたことに気づいた後悔しているのではないその時は必要だったのだろうしそれなりの魅力はあった今でも魅力を感じるものもある私には間違ったものでもほかの人にはどうかはわからない審判する権利は私にはないそして今も間違った考え方にはまっているのかもしれないでもそれならやがて抜け出すだろう第767日間違った考え

2022/08/06 19:00

第766日 歴史

歴史歴史はあまりにも複雑で若者にわかるようなものではない学校で学ぶのは道ならしみたいなものだ年を取ったからといって歴史がわかるわけでもないが複雑なものが複雑に絡んでうねりを創り出すことはおぼろげにわかる歴史は狂気の痕跡だ人間は様々な狂気にはまってきたそして今もはまっている正気は何かという答えはないけれどあまたの狂気の核を探れば今の時代の狂気を軽くすることはできる第766日歴史

2022/08/05 19:00

第765日 恐れ

恐れ私は私の中の古い古い幻を探る泥を捏ねて火を焚き獣を屠りそれらと共に浮かび上がってくる得体の知れぬ巨大な恐ろしさ何に対してなのか洪水や地震暴風や雷山や川そのものいやその向こうに蠢いている途方もなく大きなものへの恐れその恐怖はしかしどこか懐かしい第765日恐れ

2022/08/04 19:00

第764日 失いたくない

失いたくない物事を理解する知性と美への感受性と慈しみの心それらを失いたくない私の持っているそれらはちっぽけな屑のようなものだけれどそれでも失いたくない貧しい私がわずかに所有しているもの意地悪な運命がそれを奪いに来るなら自ら死を選びたい妄執と言われようと不遜と誹られようとそれだけが私の支え第764日失いたくない

2022/08/03 19:00

第763日 引力迷路

引力迷路ばらばらに散っているモナドが愛の引力で引き合う時空間には歪みが生じる多数のモナドが一つの幻によって引き付け合うと脱出不能のブラックホールができる空間はあちこちで歪んでいる平らだと思って歩いていると突然足を取られるなだらかな空間などどこにもない奇妙に歪んだ引力迷路をわれらはおっかなびっくり歩く第763日引力迷路

2022/08/02 19:00

第762日 塩煎り

塩煎り日光に暮らす叔母が作る山椒の若芽を湯がいて塩で煎ったたけの料理は私にとっては珍味中の珍味醤油と出汁は和食の基礎のように言われるが昔の日本の山村ではそんなものはなかった塩のほかには味噌と酢くらいだろうあの「しもつかれ」も調味料は使わない天ぷらは塩などと気取るのは醤油出汁を食い過ぎているから今の日本は調味料の洪水時々は素朴な塩だけの料理に静かに浸るのもいい第762日塩煎り

2022/08/01 19:00