田仕舞の煙に追はれ下校の子季語は「田仕舞」で秋。私は現在、広島県福山市の生まれ育った町に住んでいる。私が子どものときは、この町は一面多くの田圃に覆われていた。ところが最近は、その田が宅地となり、次々と新しい家が建っている。田仕舞の煙もなかな
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田仕舞の煙に追はれ下校の子季語は「田仕舞」で秋。私は現在、広島県福山市の生まれ育った町に住んでいる。私が子どものときは、この町は一面多くの田圃に覆われていた。ところが最近は、その田が宅地となり、次々と新しい家が建っている。田仕舞の煙もなかな
築城の世を知る色を変へぬ松季語は「色変へぬ松」で秋。2022年。広島県福山市の福山城は築城400年を迎える。それに合わせて修繕工事が行われ、世にも珍しい「鉄板張り天守」が復活した。福山では今、築城400年の様々なイベントが行われている。そん
鉄色に揺らぐ寒鯉たたら村季語は「寒鯉」で冬。広島県庄原市の古代たたら工房を吟行したときの句。正確には、古代たたら工房へ行く途中の道の駅で作った。道の駅に溝があり、そこに鯉がいた。その鯉の色は気持ち茶色がかった黒に見えた。寒鯉だから「沈む寒鯉
茹でゐるを眺めつつ酒夜鳴蕎麦夜鳴蕎麦は冬の季語。屋台に坐ると、取り敢えず焼酎を頼み、しばらく考えてラーメンを頼む。酒を飲みつつラーメンができるのを待っている。笊のまま茹でている麺をじっと眺めているときの景。夜鳴蕎麦あるじと勤めの話など二十代
白障子家庭教師の声の漏れ障子は冬の季語。二十代、三十代のときに家庭教師をしていた。主に中学生を担当していた。ある家庭では生徒の部屋ではなく、客間で授業をした。障子で仕切られた部屋であった。白い障子が印象深い。この句はそのときを思い出して作っ
思い出の中の鞦韆まだ揺れて平成二十五年。地元福山市の野々口立圃顕彰俳句大会にて和田照海先生の入選をいただいた句。所属結社以外の先生の入選になったのは初めてで、思い出深い句である。鞦韆とはぶらんこのことで春の季語。幼い頃に乗ったぶらんこ。ぶら
手花火の落つる雫を慈しむ手花火とは線香花火のことで夏の季語。線香花火の火の玉が落ちる最後の様子。この句は余り深く考えずさらっとできた俳句だった。手花火の炎に命を重ねて詠んでいるのかもしれない。 馬の目に映る我あり茅花流し「茅花流し
『春の鴨』は、俳誌「狩」、その後継誌「香雨」での発表作品から316句を選んだものです。「香雨」同人になるまでの会員時代の作品を掲載年順にまとめています。 この句集は、2021年1月にAmazonのKindle版電子書籍として出版しました。
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新しいホームページできました↓「横尾宏之の文学空間」 https://hiroyukiyoko.jp
新涼や校歌奏づるオルゴール 重枝広樹小学6年生の時の工作で、木製の箱のオルゴールを作った。蓋を開ければ、校歌が流れるのである。箱の外側に茶色い塗料とニスを塗って仕上げるのだが、箱の内側に張ったビロードに塗料が落ちて、汚してしまった。そ
JUGEMテーマ:本の紹介 電子書籍で出版していた私の句集が紙の句集になりました。Amazonのペーパーバック版です。上の写真は校正刷りのものです。 句集はAmazonで買えます。値段は普通の句集の半額ぐらい
金閣の上をすいすい水馬 平成二十二年。『狩』に投句して、初めて掲載された句。始めにNHKカルチャースクールの句会に投句。「すっきりとした句」と先輩の方に評を頂いた。講師の先生にも「金閣が良い」とお褒め
頬撫でし春風今日は頬を打つ 叶矢龍一郎 昨日は撫でてくれたと思えば、今日は頬を打つ。まるで親が子に対するがごときである。一般的に春風には温かくのどかなイメージがある。掲句の春風は別の厳しい一面も見せている。大
追ふでなく追はれるでなく残る鴨 利根川輝紀 傷ついたり病気になったりして、繁殖地である北方へ帰らず、日本にとどまるのが「残る鴨」である。「追ふでなく追はれるでなく」という表現は、競争社会から脱落してしまった人間の心境に通うも
ほどいては腕組み直す浅き春 薄井逸走 立春を過ぎると気持ちは温かい春を期待して、腕組みをほどく。しかし、やはり寒くて「腕組み直す」のである。誰にも実感のある句。 風光るセールスマンの黒鞄
卵もつ公魚(わかさぎ)釣られきりもなし 岡本炎弥子 公魚釣りに夢中になっている本人は面白いのだろうが、 横で見ている人はやや呆れている感じ。 「卵もつ」、「きりもなし」に人間の残虐さへの批判的眼差しを感じた。&nb
私にとって俳句とは、生きることの表現である。 生きることの表現として、他の芸術である絵画や音楽であってもよかった。 しかし、一番適性があると思われる文学に興味を持った。 詩や小説も試みて
JUGEMテーマ:本の紹介 私の住んでいるアパートの部屋は窓が西に面しているので、午後から日が当たり始める。ベランダに干している洗濯物が本格的に乾くのも午後からだ。今は午後二時を回ったところ。部屋のカーテン越しに、春の午後の日差し
先週、急に思い立って、第一句集をKINDLEで出版しました。自費出版はお金がかかりすぎるので、私にはとても無理です。その点、電子出版は自分で出来るので、お金はかかりませんでした。収録した句数は316句。ちょうど普通の句集の数ぐらいになりま
田仕舞の煙に追はれ下校の子季語は「田仕舞」で秋。私は現在、広島県福山市の生まれ育った町に住んでいる。私が子どものときは、この町は一面多くの田圃に覆われていた。ところが最近は、その田が宅地となり、次々と新しい家が建っている。田仕舞の煙もなかな
築城の世を知る色を変へぬ松季語は「色変へぬ松」で秋。2022年。広島県福山市の福山城は築城400年を迎える。それに合わせて修繕工事が行われ、世にも珍しい「鉄板張り天守」が復活した。福山では今、築城400年の様々なイベントが行われている。そん
鉄色に揺らぐ寒鯉たたら村季語は「寒鯉」で冬。広島県庄原市の古代たたら工房を吟行したときの句。正確には、古代たたら工房へ行く途中の道の駅で作った。道の駅に溝があり、そこに鯉がいた。その鯉の色は気持ち茶色がかった黒に見えた。寒鯉だから「沈む寒鯉
茹でゐるを眺めつつ酒夜鳴蕎麦夜鳴蕎麦は冬の季語。屋台に坐ると、取り敢えず焼酎を頼み、しばらく考えてラーメンを頼む。酒を飲みつつラーメンができるのを待っている。笊のまま茹でている麺をじっと眺めているときの景。夜鳴蕎麦あるじと勤めの話など二十代
白障子家庭教師の声の漏れ障子は冬の季語。二十代、三十代のときに家庭教師をしていた。主に中学生を担当していた。ある家庭では生徒の部屋ではなく、客間で授業をした。障子で仕切られた部屋であった。白い障子が印象深い。この句はそのときを思い出して作っ
思い出の中の鞦韆まだ揺れて平成二十五年。地元福山市の野々口立圃顕彰俳句大会にて和田照海先生の入選をいただいた句。所属結社以外の先生の入選になったのは初めてで、思い出深い句である。鞦韆とはぶらんこのことで春の季語。幼い頃に乗ったぶらんこ。ぶら
手花火の落つる雫を慈しむ手花火とは線香花火のことで夏の季語。線香花火の火の玉が落ちる最後の様子。この句は余り深く考えずさらっとできた俳句だった。手花火の炎に命を重ねて詠んでいるのかもしれない。 馬の目に映る我あり茅花流し「茅花流し
『春の鴨』は、俳誌「狩」、その後継誌「香雨」での発表作品から316句を選んだものです。「香雨」同人になるまでの会員時代の作品を掲載年順にまとめています。 この句集は、2021年1月にAmazonのKindle版電子書籍として出版しました。
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