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博多のかっちゃんさんのプロフィール

住所
福岡市
出身
北九州市

好物 :宴会、酒、友達、祭、魚、米、九州、博多、糸島、鎌倉、由布院、ちょっと旅、そこそこの自然、神社(特に一之宮)、寺(特に禅寺)、歴史(特に古代日本史)、侍ジャパン。

ブログタイトル
博多な?かっちゃん大ネタ小ネタBLOG
ブログURL
http://www.hakatasumiyoshi.fun/
ブログ紹介文
福岡好き 博多好き 住吉好き 神社好き 全国一之宮に興味がある人への情報発信
更新頻度(1年)

11回 / 12日(平均6.4回/週)

ブログ村参加:2020/01/10

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博多のかっちゃんさんの新着記事

1件〜30件

  • 【上野国一之宮】一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)と先住豪族の運命

    階段を下ると楼門にたどり着く。 このような配置の神社は「下り宮」「下り参りの宮」と呼ばれる。 社伝によると、創建は安閑天皇元年(532年頃)、朝廷の命で派遣された物部姓磯部氏が、氏神・経津主神(ふつぬしのかみ)を祀ったのが始まりとされる。 国譲り神話の中で、旧境内地の安中市鷺宮は、諏訪に逃げ込んだ建御名方神を追ってきた経津主神が陣を構えた場所とも伝わる。 本殿、拝殿、楼門は、寛永12年(1635年)徳川三代将軍家光により造営された。 その後、元禄11年(1698年)五代綱吉による大規模な修理で極彩色の漆が塗られ、現在の華麗な造りとなった。 ここでは古代史、創建時期の安閑天皇の時代が、上野国にと…

  • 【信濃国一之宮・諏訪大社】縄文人あこがれの都は諏訪だった。

    諏訪大社とは、長野県の諏訪湖周辺4か所にある神社の総称である。 本宮 前宮 春宮 秋宮 主祭神の建御名方神(たけみなかたのかみ)は、神話によれば、出雲国譲りの際、ヤマト王朝の追撃を逃れ、諏訪に住み着いたと伝わっている。 神社に本殿はなく、本来のご神体は本宮後方にそびえる守屋山である。 社殿は、諏訪湖を囲むように配置されていることから、古来から諏訪全体が神域だったとも考えられる。 毎年春に行われる御柱祭を始め、諏訪独特の風習や信仰形態は、今まで多くのメディアで取り上げられ、語りつくされた感があるので、さらにかぶせて述べる事はちょっと控えたい。 ということで、神社とは直接関係ないかもしれないが、こ…

  • 【飛騨国一之宮】水無神社(みなしじんじゃ)と位山(くらいやま)

    創建時期は不明、神代の時代と伝わる。 祭神の御歳大神(みとしのおおかみ)は、かのスサノオノミコトの御子と伝わるが、別名「水無神」と呼ばれ、もともとのご神体は、神社西南の位山(くらいやま)だった。 標高1,529m、この地を流れる神通川(宮川)と飛騨川の分水嶺で、古代より麓地域に水の恵みをもたらす「作神(さくがみ)様」して信仰を集めていた。 位山山頂からの眺め ここで、飛騨の古代史上、ぜひ取り上げたい人物がいる。 名前は「両面宿儺(りょうめんすくな)」 第15代仁徳天皇の時代、勢力拡大を目指したヤマト朝廷に盾ついた飛騨の先住民である。 日本書紀では、身長は3メートル以上で頭が2つある怪人として描…

  • 【美濃国一之宮】南宮大社(なんぐうたいしゃ)と戦国時代

    創建は、第十代崇神天皇(ざっくり紀元前100年くらい)の時代とされる。 祭神は、天照大御神の兄神とされる金山彦命(かなやまひこのみこと)。 明確な理由は不明だが、世界遺産の石見銀山を始め、古くから鉱山・金属業の総本宮として信仰を集めてきたが、戦国時代に荒廃した。 荒廃の原因は、誰もが知ってる天下分け目の「関ケ原の戦い」。 今回は、その経緯について少し話したい。 関ケ原合戦については、NHKの大河ドラマや「歴史秘話ヒストリア」とかでご存じだろうから、全体像は省き、一部の詳細について。 なんだかんだで戦争することになった徳川家康(東軍)と石田光成(西軍)だが、西軍の名目の総大将は毛利氏だった。 当…

  • 【近江国一之宮】建部神社と戦いの神ヤマトタケル

    主祭神:日本武尊(やまとたけるのみこと) 神社の歴史については、景行天皇46年(西暦117年頃?)、日本武尊の妃・布多遅比売(ふたじひめ)が御子とともに住んでいた神崎郡建部郷(現在の東近江市付近)に日本武尊を「建部大神」として祀られたのが創建と伝わる。 その後、天智天皇の時代になって、近江国瀬田(現在地)に移された。 以降、歴代の朝廷や名だたる武将を始め、多くの人々から崇敬を集めてきた。 源頼朝が平家に捕らえられ、14歳で伊豆に流された時も、途中、建部大社に立ち寄り、源氏再興を祈願したことが、平治物語に書かれている。 その絶大なる信仰の対象だったヤマトタケルについて少し。 高貴な血筋ながら、幼…

  • 【常陸国一之宮】鹿島神宮と武神の霊剣(つるぎ)

    祭神・武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)は、お隣の香取神宮祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と共に武神・軍神として古代より祀られてきた。 東京ドーム15個分に相当する境内は、杉、椎、モミなど600種に及ぶ樹木の広大な森林である。 現存する社殿は、徳川2代将軍秀忠から奉納された。 ここでは、鹿島神宮に伝わる日本最古最大の剱(つるぎ) 「布都御魂(ふつのみたま)」について。 その長さ、271センチ。 江戸時代の一般的な日本刀が120センチ位だったことを考えれば、とんでもない大刀である。(現在は、宝物館休館中で見ることができない。) 高天原から下ったタケミカヅチは、この剱で出雲の国譲りを成し遂…

  • 【下総国一之宮】香取神宮(かとりじんぐう)香取といえば!

    主祭神:経津主大神(ふつぬしのおおかみ) でかい。 本殿は元禄13年(1700年)の造営。 三間社流造、檜皮葺で、この形式の社殿としては最大級の規模である。 下総国一之宮香取神宮は、常陸国一之宮鹿島神宮と古来より深い繋がりがあり、 「香取・鹿島」 とワンセットで並び称されてきた。 平安時代まで、神社の最上格「神宮」の名がついていたのは、この2社と「伊勢」だけ。 名門・藤原氏の崇敬も厚く、奈良の春日大社では、第一殿に鹿島神、第二殿に香取神が祀られ、藤原氏の祖あまのこやねのみこと(第三殿)より上位に位置づけられていた。 ヤマト朝廷にとって、それだけ大切な神様だったという事である。 日本書紀で、両神…

  • 【上総国一之宮】玉前神社(たまさきじんじゃ)と玉依姫

    創建年代は不明。 少なくとも鎮座以来1,200年以上は、経過している。 九十九里浜の南端に位置するこの地は信仰の歴史も古く、発見された縄文集落では、祭祀を行った跡も残されていた。 祭神は、玉依姫命 (たまよりひめのみこと)。 社伝によると、海からこの地に上がり、姉の豊玉姫命(とよたまひめのみこと)から託された鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)をこの地で育てたという。 後に、成長した鵜葺草葺不合命と結婚し、4人の子を産んだと伝わる。 4番目の子が初代神武天皇。 ・・ということは、 姉から男の子を預かり、大事に育て、後にその子の妻になった。。。 のか? まじで? ところで、玉依姫という神は…

  • 【安房国一之宮】洲崎神社

    主祭神:天比理刀咩命 洲崎神社(すのさきじんじゃ)は、千葉県房総半島南端の西側に突き出た御手洗山にある。 そこは、東京湾の入り口で、正面には三浦半島と相模湾に浮かぶ大島、その向こう側に伊豆半島から富士山まで見渡せる大絶景ポイント。 祭神・天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)は、もうひとつの一之宮安房神社に祀られる天太玉命(あめのふとだまのみこと)のお后である。 古来より「洲ノ神(すさきのかみ)」と呼ばれ、漁の神、航海の神として地域の漁師や船乗りから厚く信仰されてきた。 歴史上、安房の国は鎌倉幕府初代将軍・源頼朝ゆかりの地として有名である。 清盛を中心に平家がこの世の春を謳歌していた平安末期。…

  • 【筑前國一之宮】住吉神社は、なぜ「住吉」か。友よその答えは・・

    博多区住吉「住吉神社」の名前の由来に触れてみたい。 奥が深いので出来るだけ簡単に。 歴史は、とんでもなく古い。 神社公式ウェブサイトには、創建1800年以上前とあるが、そんなもんじゃない。 この住吉の町は、かつて「住之江(スミノエ)」と呼ばれていた。 由来は、、 この辺にいた古代日本を代表する海人族「安曇(あずみ)氏」 海人族(かいじんぞく、あまぞく)とは、漁業や海上輸送など、海での活動で大きな力を発揮した集団のことである。 彼らの出身は、インド・チャイニーズ系と南方インドネシア系の2系統と言われる。 で、安曇氏はというと、中国が、秦の始皇帝によって統一されるずっと前、 春秋戦国という諸国が2…

  • 【安房国一之宮】安房神社(あわじんじゃ)やっぱ夏は、、、海だね!

    主祭神:天太玉命(あめのふとだまのみこと) 創建は、今から2,678年前。 初代神武天皇に仕える忌部(いんべ)一族は、天皇の命で肥沃な土地を求めて本拠地の四国「阿波」から海路黒潮に乗り、房総半島南端の地に移り住んだ。 一族のリーダーは、天富命(あめのとみのみこと)。 上陸地である布良浜の男神山・女神山という2つの山に、自身の先祖にあたる天太玉命を繁栄と新天地開拓の守護神として祀ったのが神社の始まりとされる。 忌部氏は、この地で「麻」や神事や紙の原料として使用される「穀(カジノキ)」の栽培を普及させ、人々の暮らしを豊かにした。 今も、安房神社を始め、南房総一帯の神社には、忌部氏の農地開拓にまつわ…

  • 【武蔵国一之宮】氷川神社(ひかわじんじゃ)とスサノオ

    社伝によると、創建は約2400年以上前、第5代孝昭天皇3年(紀元前470年頃)と伝わる。 主祭神は、須佐之男命(すさのおのみこと)稲田姫命(いなだひめのみこと)大己貴命(おおなむちのみこと)の三神。 稲田姫命とは、古事記でいう櫛名田比売(クシナダヒメ)で、 大己貴命は、大国主命(おおくにぬしのみこと)。 出雲大社と同じ、出雲の国を治めたスサノオ夫婦と息子が祀られている。 「氷川」の名は、現在の島根県から鳥取県に渡って流れる 斐伊川(ひいかわ) からとか、若いころヤンチャしたスサノオが改心して、出雲の発展に貢献したことを称え、天照大御神が与えた称号 「ヒカワノカミ」 からとか言われている。 神話…

  • 【武蔵国一之宮】小野神社と瀬織津姫

    主祭神: 天下春命(あめのしたばるのみこと) 瀬織津比売命(せおりつひめのみこと) 社伝によると創建は、第3代安寧天皇一八年二月と伝えられている。 紀元前531年ということになる。。古い。 一説には、縄文から弥生へ移る時代、関東で誕生した豪族の中で、小野郷に住んだ小野氏が、氏神として祀ったのが始まりと言われる。 主祭神は、初代秩父国造(お代官様みたいなもの)と伝わる天下春命。 ここでは、もう一柱の瀬織津姫命について、話していきたい。 神道の祭祀では祝詞の中で度々登場するが、古事記・日本書紀には一切出てこない謎の多い神様である。 水神や滝神、川神、海の神、祓い清めの神等々、全国には瀬織津姫を祭神…

  • 【相模国一之宮】寒川神社/関東鬼門の守り神

    主祭神: 寒川比古命 (さむかわひこのみこと)寒川比女命 (さむかわひめのみこと) 創建時期は、極めて古く不詳。 1600年前の第21代雄略天皇の時代には、既に朝廷からの幣帛(神への捧げもの)が届いていた記録がある。 祭神について古事記、日本書紀の記述にはないが、二柱は寒川大明神と称され、相模を中心に関東一円の開拓を行った神と伝わっている。 「寒川」の語源は、高度な文化をもっていた古代朝鮮の言葉「寒河(サガ/私の家・社)」とも言われる。 が、大陸系渡来人の影響があったかどうかの真偽は定かではない。 ともかく、衣食住と豊か文化な文化を生み育んだ親神様として信仰を集めてきた。 また、神社の位置が、…

  • 【甲斐国一之宮】浅間神社/火神はなぜ女性なのか

    主祭神:木花開耶姫命(このはなさくやびめのみこと) 浅間神社は、富士山に対する信仰の神社である。 奈良時代末から富士山の火山活動が活発化し、あまりの凄まじさに人々は怖れ、火山神(浅間神)としての信仰を強めた。 甲斐国一之宮浅間神社と駿河国一之宮富士山本宮浅間大社は、全国1300か所に広がった浅間信仰の中心的存在である。 ここでは、その主祭神・木花開耶姫命について語ってみたい。 古事記・日本書紀で、天孫降臨伝説に登場する絶世の美女。 神代の時代、高天原からニニギノミコトが下界を治めるため、お供を従えて九州高千穂に降臨。 その後、今の鹿児島近辺で出会った美しい娘が、木花開耶姫命だったと伝わる。 て…

  • 【伊豆国一之宮】三嶋大社と源頼朝

    主祭神:大山祇命(おおやまつみのみこと)・積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ) 創建時期は不詳、大山祇命は山森農産の守護神、事代主神は福徳の神として、古くから人々の厚い崇敬をうけてきた。 この二柱を総じて、三嶋大明神と呼ばれている。 三嶋大社について、特に取り上げたいのが、なんといっても鎌倉幕府の初代征夷大将軍、日本初の武家政権を樹立した源頼朝とのゆかりである。 頼朝は、第56代清和天皇の流れをくむ清和源氏一族の嫡男として育ったが、平治の乱で政敵・桓武平氏との争いに敗れる。 ぎりぎり死罪は免れたが、伊豆に流罪となった。 頼朝は14歳。 以降、韮山の蛭ケ島で過ごすことになる。 時代は…

  • 【駿河国一之宮】富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)

    主祭神:木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと) 2013年6月26日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、「富士山」を世界文化遺産に登録した。 富士山は、古来より山岳信仰の対象で、葛飾北斎らの浮世絵の題材にもなった文化的意義が評価されたものである。 まさに、自然に満ち溢れた日本の象徴的存在だが、富士信仰は、決してその美しさから始まった訳ではない。 静岡県富士宮市には、縄文時代中期の遥拝祭祀場と思われる遺跡が発見された。 太古の昔より、富士山が豊かな恵みをもたらすとともに、何度も繰り返す大噴火を人々は怖れ、偉大な神の怒る姿を重ねていたのである。 「福慈神(ふじのかみ)」と呼ばれた富士…

  • 【遠江国一之宮】事任(ことのまま)八幡宮と枕草子

    主祭神:己等乃麻知比売命 (ことのまちひめのみこと) 創建は、第13代政務天皇(ヤマトタケルの弟)の時代と伝わる。 祭神の己等乃麻知比売命 (ことのまちひめのみこと)は、春日大社に祀られる天児屋根命(あめのこやねのみこと)の母君。 名門・藤原家のご先祖で、言葉の神様とされる。 現在の場所に鎮座したのは、大同2年(807年)桓武天皇の勅命によるものと伝わる。 東海道沿いの難所に位置したこともあり、旅の安全や大願成就の神とされた。 「八幡宮」となったのは、武家の守り神として八幡信仰が広まった平安後期。 戦国時代を経て、徳川家康や秀忠から莫大な寄進を受けた後、江戸幕府の守り神として崇敬された。 「こ…

  • 【遠江国一之宮】小国神社(おくにじんじゃ)と四季の風景

    主祭神:大己貴命(おおなむちのみこと) 創建時期は不明だが、社伝では欽明天皇16年(555年)とされる。 平安時代から朝廷より厚い信仰を受けていたが、中世には徳川家を始め、多くの武将からも崇敬を集めるようになった。 平成17年に御鎮座1450年祭が斎行され、現在も「遠江國一宮さま」として崇敬され親しまれている。 神社の特徴は、「古代の森」と謳われる約30万坪の神域。 静岡県周智郡森町は、別名「三木の里」とと言われ、古くから秋葉街道の宿場町として賑わった地域である。 三方を小高い山々に囲まれ、どこか都の風情を感じさせることから「遠州の小京都」と呼ばれてきた。 三木の里の中心的存在だった神社の境内…

  • 【三河国一之宮】砥鹿神社(とがじんじゃ)と磐座

    主祭神:大己貴命(おおなむちのみこと) 創建は奈良時代。 大宝年間(701-704年)に第42代文武天皇の病を鎮めるため、神官・草鹿砥公宣(くさかどのきんのぶ)を三河の地に派遣し、神々を祀ったのが始まりとされる。 祭神は、神代に時代にこの地を開拓したと伝わる大己貴命。 別名はご存じ、大国主命(おおくにぬしのみこと)である。 本殿の北側、奥宮が鎮座する本宮山一帯には、古墳群があり、古代から山全体をご神体とする山岳信仰の対象だったと考えられる。 この山を永く神霊を止め置く所「止所(とが)の地」としたため、後に砥鹿神社という名前になったという。 ここで、紹介したいのが、山中に残される磐座(いわくら)…

  • 【尾張国一之宮】真清田神社(ますみだじんじゃ)謎の歴史

    主祭神:天火明命(あめのほあかりのみこと) 社伝によると、創建は神武天皇33年(紀元前600年ごろ)。 今は祭神として祀られる天火明命が、大和の国から尾張に移り、鎮祭を行ったのが起源とされる。 真清田(ますみだ)の語源は定かでないが、尾張の国が木曽川流域で、灌漑用水による水田開発や水上交通が盛んだったことから、豊かな「水」文化で発展した地域であることを象徴する名前がつけられたのではないか。 それもあってか、境内には龍神っを模った手水舎や霊水が飲める神水舎など、水神を祀る社が点在している。 また、中世以降は神事として伝統芸能が盛んになり、鎌倉時代に第84代順徳天皇より多数の舞楽面が奉納された。 …

  • 【志摩国一之宮】伊射波神社(いさわじんじゃ)

    主祭神:稚日女尊(わかひるめのみこと) 伊射波神社は、三重県鳥羽市郊外の伊勢湾に突き出た半島・加布良古崎の山中にある神社。 一之宮にしては、失礼ながら僻地と言える場所に鎮座している。 創建は不詳だが、1500年以上の歴史があると伝わる。 由緒には、 「神代の昔、高貴な姫君・稚日女尊を加布良古崎に祭祀したことに始まり・・・」 とある。 志摩国の海上守護神として古代から崇敬されてきた。 別名・加布良古太明神とも称され、朝廷に捧げる贄物の一部を奉納するいう別格の扱いをも受けていたとのこと。 わざわざ不便な場所に祀られ、志摩国一之宮として大事に守られてきた神社とは、いったい。。。 謎を解くカギは、主祭…

  • 【志摩国一之宮】伊雑宮(いざわのみや)と倭姫命

    主祭神:天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま) 創立は2千年前、垂仁天皇の第4皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)は、神託により天照大御神を祀る場所を伊勢の五十鈴川河上と定めた。 これが、皇大神宮(伊勢神宮内宮)の始まり。 伊雑宮はその別宮にあたる。 14社存在する別宮で、唯一伊勢国以外で、唯一神田をもつ神社である。 なぜ、一社だけ志摩国にあるのか。 鎌倉時代に編纂された伊勢神宮の神道書「倭姫命世記」に、伊雑宮ができるまでの経緯が書かれている。 倭姫命の30年に渡る長旅を経て、天照大御神が五十鈴川に祀られることとなり、伊勢の地は祝賀ムード一色になった。 大勢の人がその大業を称…

  • 【伊勢国一之宮】椿大神社(つばきおおかみやしろ)

    主祭神:猿田彦大神(さるたひこのおおかみ) 社伝によると、第11代垂仁天皇27年(紀元前3年)、伊勢神宮の斎王(神官)倭姫命(やまとひめのみこと)に下った神のお告げによって、猿田彦が葬られた場所に、社殿を造営したのが始まり。 その後、仁徳天皇の時代に「椿」の字をもって社名とされた。 全国に2000以上ある猿田彦大神を祭る神社の総本社で、猿田彦大本営とも呼ばれている。 主祭神・猿田彦大神は、古事記や日本書紀の中で、天孫ニニギノミコト一行が高千穂の峰に降臨した際、高天原から葦原中国までの道案内を務めたと伝えらえたことから、「天地を照らす導きの神」として崇敬を集めてきた。 背が高く、大きな鼻をしてい…

  • 【伊賀国一之宮】敢國神社(あえくにじんじゃ)

    主祭神:大彦命(おおひこみこと) 創建は、西暦658年。 かつて伊賀一帯を治めた古代豪族・阿閇氏(敢氏/阿閉氏/あべし)の氏神として祀られたのが始まり。 当初は、古代より自然崇拝の対象となっていた南宮山(伊賀富士)の山頂にあったが、後に現在の場所に移されたと伝わる。 主祭神・大彦命(おおひこのみこと)は、第8代孝元天皇の長子で、阿閇氏や、飛鳥から平安にかけて大臣級の高官を輩出した名門氏族・阿倍(後に安倍)氏のご先祖様である。 ここで紹介したいのが、大彦命が第10代崇神天皇から「四道将軍」とひとりに任命されていること。 「四道将軍」とは、『日本書紀』に登場する4人の皇族将軍のことで、近畿地方に限…

  • 【摂津国一之宮】住吉大社・海の守護神

    主祭神:住吉三神・生長足姫命(神功皇后) 創建は、西暦211年(伝) 全国に約2300社ある住吉神社の総本社である。 主祭神の住吉三伸は、古事記、日本書紀で、イザナギノミコトが霊界から戻った際、海で穢れを洗い清めた際に誕生したとされることから、 「禊(みそぎ)祓(はらい)」を司る神 とも言われている。 また、古墳時代から外交上の要港、大阪湾に面した住吉津、難波津と関係して、航海の神、港の神、海上交通の守護神として崇められた。 奈良時代には、遣唐使の船内にも祀られていたという。 その他、 農耕(産業)の神弓(戦い)の神相撲(武芸)の神和歌(芸能)の神 安産の神夫婦円満の神発達(商売繁盛)の神 等…

  • 【和泉国一之宮】大鳥神社と鳳だんじり祭り

    主祭神: 日本武尊(やまとたけるのみこと)大鳥連祖神(おおとりのむらじおやがみ) 創建は、西暦927年。 祭神は、ご存じ古代神話のスーパーヒーロー・日本武尊。 父、第12代景行天皇の命により、九州の熊襲を討伐した後、出雲から東国までの平定を果たしたが、帰国途中に病に倒れ、伊勢国能褒野(のぼの)で死去。 遺体はその地に葬られたが、魂は白鳥となって陵墓から飛び立った。 最初に舞い降りたのが、大和国の琴引原。 再び舞い上がり、最後にたどり着いたのが河内国大鳥の地だった。 その場所に社を建てて祀ったのが、大島神社の起源だという。 今から1900年前のことである。 1万5000坪を超える境内には、白鳥が…

  • 【河内国一之宮】枚岡神社(ひらおかじんじゃ)

    主祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと) 創建は、神武天皇即位前3年というから、今から2600年以上前。 神武東征の際、勅命で境内東側山頂付近の神津嶽(かみつだけ)に2柱の神を祭ったのが起源をとされる。 名門・藤原氏発祥の地 祭神・天児屋根命は、伊勢神宮下宮に祀られる豊受大神の血筋、古代氏族中臣氏の始祖で、天照大御神以降、代々の天皇に仕えたと言われている。 西暦768年、奈良平城京に中臣を受け継ぐ藤原氏の氏神として春日大社が創設された折、天児屋根命と比売御神(ひめみかみ)を枚岡神社から分祀したことから、 「元春日」 とも呼ばれるようになった。 【外部リンク】 http://www.hirao…

  • 【大和国一之宮・大神神社】三輪山の杉と酒

    主祭神:大物主大神(おおものぬしのおおかみ) 年代は不詳だが、創建についての伝承は、古事記や日本書紀にも記述があり、神代の時代から続く日本最古の神社とされる。 本殿はなく、拝殿の奥にある三ツ鳥居を通じて、三輪山そのものをご神体として拝するという原始神祀りの様を伝えている。 酒造りと三輪山の杉 ここでは、この古社中の古社につたわる「酒と杉」にまつわる伝承を紹介したい。 第十代・崇神天皇の御代、国中に疫病が蔓延し、人々の生活は大混乱に陥っていた。 そんな中、悩み苦しむ天皇の夢枕に祭神・大物主大神が現れ、 「わが子孫を祭主にし、酒を奉納せよ」 とのお告げ。 さっそく天皇は、高橋活日命(たはかしいくひ…

  • 【山城国一之宮】賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)と糺の森

    原始の森に囲まれた神道の聖地 別名、下鴨神社 主祭神:賀茂建角身命別(かもたけつぬみのみこと:玉依姫命の父)・玉依媛姫(たまよりひめのみこと) 創建は不詳だが、最古の記録には、 「崇神天皇7年(紀元前90年)に社殿の修造が行われた」 とあるので、それ以前から信仰の場とされてきたことがわかる。 平安時代には、国と京の都の守り神、皇室の氏神にも指定され、5月の例祭「葵祭」は、特別な国家的行事だった。 また、2000年に行われた発掘調査では、弥生時代の遺跡や縄文土器も発見され、太古の昔から地域の人々に守られてきたのだろう。 で、ここで紹介したいのが、境内にある原生林・糺の森(ただすのもり)。 賀茂川…

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