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二十四孝に会いに行く! https://shousin.hatenadiary.org/

社寺巡りをしていると、お堂や社殿に彫刻が施されているのを見ますよね!日本の神話や中国の仙人、鳥や動物。その中でも中国の孝子たち、「二十四孝」の彫刻に絞って見ていきます。

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2019/09/30

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  • お休みします。

    眼精疲労のためしばらくお休みします。

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・26 田真田廣田慶 (完)

    田真・田廣・田慶の三兄弟。遺産相続の際、庭木も三等分しようとしたら木が悲しんだようなので伐るのをやめました。 これのどこが親孝行なのか、という疑問が湧きますね。本文を読むと「このお利口さんな木を伐って分けたら亡くなった親の名前を下げてしまうところだった!伐らなくてよかった!」という部分が親孝行らしいです。こじつけではなかろうか。人の家の木の処分に興味はないわよねー。でも「大木を取り囲む三人の男性」は絵になるから社寺彫刻にも取り上げられるんでしょうね。親孝行の話というより、植物にも心があるのだからむやみに伐採するな、という方向で解釈する人が多そう。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースよ…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・25 張孝張礼

    張孝兄弟。胸をはだけさせてるのが弟思いのお兄さんですねっ。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 張孝張礼 張孝張礼は兄弟なり 世間飢饉のとき老母を養ふ為に菓(このみ)をひろはんとて弟の張礼山に至るに 飢疲れたる賊ありてころしくらはんといふ 張礼かなしみていふわれ老たる母あり いまだ食をあたへず 此菓をあたへてのちここにきたるべし その時心のままになし給へ もしやくそくにたがひなば一ぞくまでもころし給へといひて いへにかへり母にしょくをあたへ又もとの山にいたる兄の張孝これをききてあとより山にゆきわれは弟よりこえたり 張礼をたすけてわがにくをくらひ給(へと)たがひに死をあらそひければ…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・24 仲由

    今日は仲由。当ブログで、江革と並んで記事が少ない孝子。敵に討たれた最期、そのあとが痛ましすぎる人。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 仲由仲由は周の代の人 孔子の弟子にてあざなを子路又季路といへり孔門にいらざるまへは勇力をこのみしが孔子にしたがひ先非をあらためたり 家貧にしてつねに食とぼしく人にやとはれ米を百里の外におひゆき そのちんせんをもつて母をやしなふ孝志のふかきめぐみにや親死してのち楚国の政務をあづかり百乗の車をしたがへ米穀万鐘をつみ しとねをかさね かなへをならべよき身のうへとはなりけり此とき子路たんじていふやう今おやのいのちありて孝を尽しなば これほどにあらずとも …

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・23 江革

    彫刻ではなかなかお目にかかれない江革。このブログの記事数もいちばん少ない人。江革の後ろで母親が泣いてます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 江革江革は後漢の代の人なりおさなくて父にはなれ家貧にしてひとり母のみおれりおりふし戦国の代となりければ母をせおいてわきの国ににげゆく所にぬす人江革を見てつれゆかんとす江革のいふやう われ老母ありたよるかたなければはなれがたきよしをいふ 賊ゆるしてはなせしかば下邳と云所にいへをもとめその身は人にやとはれ身にまとふものもなく足にはくべきくつさへなけれど親の為に身をおしまずわつかのちんせんをとりてまめやかにやしなひつかへけり詩曰負母逃危難 究途…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・22 黄山谷

    黄山谷。姜詩と違って必ず率先して親の介護してます。汚い作業も厭わず。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 黄山谷宋の黄庭堅は字を魯直と云 山谷老人と号す東坡が門弟となり 詩章に達し官高く平生親につかへて孝なりその身たかきくらゐにのぼり つまもあり あまたのめしつかひもあれども つねに母の大小便のうつはものは人の手をからずみづからそのけがれたるをあらひ平生(つねづね)子たるもののおやにつかゆるの道をつくさずといふことなしよろづ此行ひにてしるべし其孝行天理にかなひ りつしんいよいよあつく大史官といへる位にのぼる博学は世にしるところなり 詩曰貴顕聞天下 平生孝事親 汲水涓溺器 婢妾豈無…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・21 蔡順

    蔡順。なぜか蔡順よりも王莽について詳しく紹介しています。孺子嬰って誰? 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 蔡順漢の蔡順は字を君仲といふ 汝南と云ところの人なりおさなくして父にはなれ母につかへて孝行なりこのころ元城の王莽と云ものあり前漢の成帝の旧男孝元皇后の弟にして王曼と云ものの子なり平帝の稚きを毒がいし孺子嬰の天子の位をうばひおのれ天子となる ここにおいて天下大いにみだれ天にわざはひあり地にあやしきことおこりて おだやかならず夏あられふり田みのらず飢饉におよび人みなかてつきたり蔡順も粮(かて)つきて山にいたり椹(くわのみ)をとるにうつはものを二つにして わかち入るる 此時樊崇と…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・20 庾黔婁

    お父さんは手厚い看病を受けています。庾黔婁は輝く星に願いをかけているところです。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 庾黔婁庾黔婁 庾は姓 黔婁は名なり 南斉の人にてセン陵は所の名なりその所の官人となりてゆきしが十日たたざるうち にはかにむなさわぎしてそう身にあせをながししかば大きにおどろき さだめて父の病給ふならんと官禄をすてて家にかへりしが はたして父大病の二日めなりしとぞ黔婁大きにうれひて医師にやまひの善悪をたづぬるに老たる人のやまひかろからず 差はやまひのいゆるなり 劇は病のつよきにて よしあしを知らんと思はば病人の糞をなめてにがきはよし あまきはやまひいゆべからずといふ…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・19 黄香

    夏の暑い夜、黄香は父親の布団を扇いで涼しくしてから寝かせました。 呉猛「えっ、扇ぐだけ?」 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 黄香後漢の黄香あさなは文強と云 江夏安隆の人なり九才のとき母におくれ父につかへて孝心ふかしなつのあつさつよきときは父の床(とこ)のうちをあふぎすずしくしてねさしめ 冬のさむき夜はわが身のあたたまりをもって とこのうちをあたため卧しむつねのおこなひ父のことばをそむかず孝行をつくせしかば所のやくにん此ことを表文にかき天子和帝にそうもんしければことのほかにかんしんましましあまたほうびを給はりて孝子の名をあらはせしとなり詩曰冬月温衾煖 炎天扇枕涼児童知子職 千古…

  • 書籍/廿四孝(渓斎英泉)・18 剡子

    二人が揉めている間に本物の鹿はそそくさと逃げていきます。 画像は早稲田大学図書館古典籍総合データベースより 剡子(ゑんし)周の剡子は伽夷国の人なり そのむまれ至孝の心ふかく父母年よりて よはひかたむき両眼をわづらひ鹿の乳をくすりにもとめんことをねがひけるゑん子 孝のあつきものゆへ くふうして鹿のかはを身にまとひ山にいたり しかのおほき所にゆきてもとめんとす猟人これをみてゆみに矢をつがへすでに射んとす剡子おどろき われはまことの鹿にあらずとしおいたるちちはは眼のやまひにしかのちちをもとめ薬にせんと かくのごとくすがたを しかにいでたちちちをとりにきたれるものなりと云ければかりうどもまことのしかに…

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