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新令和日本史編纂所
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従来の俗説になじまれている向きには、このブログに書かれている様々な歴史上の記事を珍しがり、読んで驚かれるだろう。<br><br>
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布衣草莽さんの新着記事

1件〜30件

  • 戦国の名将 斎藤道三 (第三部) 道三は絶世の美男子だった

    戦国の名将斎藤道三(第三部)道三は絶世の美男子だったそして、この時から自分がその後をおそって美濃の国主になっている。だからといって、これを指して、「国盗り」となし、道三を悪者としてしまう皮相的な見方もとられるらしいけれど、「道三が絶世の美男で、土岐頼芸とはかねて衆道の結びつきがあったのだ」という真実があり、まことに大切な繋りが、それでは黙過され見逃がされてしまうのである。つまり道三が一介の油売りから、頼芸に寵用されて次々と出世させられてゆくのも、なにも道三が武勇抜群だったというわけではなく、二人の交情からそうなっていたのである。といって道三が悪い人間で己が美貌を餌にして、それで頼芸を籠絡したのでもなかろう。「三つ子の魂は百まで」というけれど、幼い時から己が身体を他へまかせるのが、当然のような育ち方をしてきた彼に...戦国の名将斎藤道三(第三部)道三は絶世の美男子だった

  • 戦国の名将斎藤道三 第二部 道三は他国を侵食したことは一度もない

    戦国の名将斎藤道三第二部道三は他国を侵食したことは一度もないなにしろこれまでは織田信長を立役者にする関係上でもあろうが、「悪役」ということに、どうも斎藤道三はされているようである。何故かといえば、幼児は絵本や童話をみるときに、善玉と悪玉が明白に判りやすくしてないと、理解力がこんがらかってプロッ卜の展開についてゆけなくてしまうし、「黄色いリボンをなびかせた騎兵隊や白人たちは良い方で、色の黒いインデアンは悪者である」とする年少者向きの、昔の西部劇の設定が、誰にも判りやすかろうというので、「義務教育で皆が文字を一応は読めるという事は、脳が弱い者でも本を読むことになるのである」とする見解によって、すべからく、「善玉、悪玉のからみ合い」といった方式が利用され、それが一般的に、「読者への説得力」として通用しているのである。...戦国の名将斎藤道三第二部道三は他国を侵食したことは一度もない

  • 坊主丸儲け

    坊主丸儲けここ2ヶ月の間、近親者等の法事が6回もあった。会社勤めの頃は地元不在が多く、家人代理で済ませていたが、退職後事業を立ち上げてからは、そうもいかず、全部出席した。人は多くても寒寒した葬儀、「親子は泣き拠り」と謂う如く、悲しみの中にもシットリと肉親の情が溢れる葬儀と様々だった。そして、通夜の後に必ず行われるセレモニーで、変わり映えのしない坊主の「説教」には毎度のことながら辟易させられた。仏教の歴史を自派に都合よく歪曲し、宣伝臭ぷんぷんの有難い?下手糞な説教を30分も唸られては、「コヤツ、質問しておたおたさせたろか」と何度思ったか。日頃から末香臭い所が大嫌いな私は一瞬、狂暴な気にさせられる。これも私の体内に沸々と流れ脈打つ日本原住民の怨念と反骨精神のゆえだろう。元来日本人は仏教など全く無縁の民族だった。それ...坊主丸儲け

  •  NHK虚実の「麒麟が来る」を正す。真実の斎藤道三 戦国の名将「斎藤山城守道三」 第一部

    NHK虚実の「麒麟が来る」を正す。真実の斎藤道三戦国の名将「斎藤山城守道三」第一部NHKでは「大河放送」と銘打って「麒麟が来る」では明智光秀を取り上げている。劇中、光秀とともに重要な役で、本木雅弘は斎藤道三を演じている。私はこの「麒麟が来る」そのものを全く評価しないし、歴史などとおこがましく言わないで貰いたい。真実に迫ろうとする真摯な姿勢が皆無で、だから「講談的劇画時代劇」や「電子紙芝居」と位置づけている。一方、NHKは「NHKスペシャル」という秀逸な番組も制作している。この番組は製作者の大変な意気込みと努力の跡が感じられる。特に2009年8月放送の三夜連続「開戦、海軍あって国家なし」「特攻、やましき沈黙」「戦犯裁判、第二の戦争」は、多くの人が現代日本で起きている問題、自分たちの問題と重ね合わせて考えさせられ、...NHK虚実の「麒麟が来る」を正す。真実の斎藤道三戦国の名将「斎藤山城守道三」第一部

  • 礼儀知らずの記者

    礼儀知らずの記者老生の住む陋屋は、山麓の神韻炒々とした場所にある。下界とはかけ離れた幽邃の自然の中だが、テレビはある。日本国の武漢病毒症候群蔓延の渦中、安倍総理の突然の辞任、中国の世界制覇の足音に騒然とするも、日々粛々とお迎えを待つ現在である。八月二十八日、安倍総理大臣の退任会見をテレビで観た。八年近くの長期政権で、その政治内容には色々問題もあったが、宿痾ともいうべき病魔には勝てず、任期途中での無念の退任だった。ここで安倍総理の政治内容の賛否は置いておく。会見を報じたテレビを見ていて、何点かの気になったことについて触れてみたい。当日のニュース番組で、評論家で弁護士の橋下徹氏が、次のように発言した。「八年近くも激務をこなし、病気で心ならずも辞める総理に、先ずは八年間ご苦労様でしたという記者が一人しかいなかった」氏...礼儀知らずの記者

  • 大久保彦左と一心太助

    大久保彦左と一心太助----これは講談本より抜粋して、まず先に援用してみるとことにする。「大変だ大変だァ、天下の一大事だァ」「なんじゃ太助、騒々しいにも程がある。そうガアガア大声で怒鳴ってばかりおらんと、もそっと落着いて話をしてみい、出来ぬか」「てやあん゛んでえ‥‥おう親玉。おめえさんいくら天下の御意見番大久保彦左衛門だと、威張ってなすったって、年よりだから金つんぼは仕様もねえが‥‥目まで風穴同然。なんにも見えなさらねえのか。情けねえったら有りゃしねえよ」「なんじゃ、太助、うぬは泣いているのか。それでは腕に彫った一心鏡の如しの文句の方が、泣くぞ、いうてみい、なんじゃ」「てへッ、なんだもこうだも有りゃあしません。公害問題を放ったらかしにしようって有様なんですぜ」「えッ、そりゃまことか。それでは天下御政道が、めちゃ...大久保彦左と一心太助

  •  悪人毛利元就 毛利の「三ツ矢」の虚構

    悪人毛利元就毛利の「三ツ矢」の虚構最近つぶれた出版社から出た国定教科書の復刻版が、まだ出廻っているのを見かける。『尋常小学校修身書』も本屋の店先で売られているが、その巻三の、第二十三章をあけると、「三つ矢の教え」というのが出てくる。原文は長くて廻りくどいから要約すると、毛利元就が、その子の隆元、元春、隆景の三人を集めて矢を一本ずつ持たせ、「折ってみよ」と次々に折らせてから、今度は三本かためて渡し、折れぬのをみすましてから、「一本の矢ならたやすく折れるが、三本一緒では折れまい。お前たち兄弟も一人ずつでは敵に負けるかも知れないが、三人兄弟が一つになって仲良く手を握りあえば、決して他から侮られたり、戦を仕掛けられて負けることもない」といってきかせれば、「はい、われらはこの世で三人きりの兄弟、今の御教訓をよく守りますで...悪人毛利元就毛利の「三ツ矢」の虚構

  •  満州人肉食と間男狩り

    満州人肉食毎年、八月十五日の終戦記念日が近づくとマスコミは一斉に関係事象を報道する。しかしこの「終戦」という呼称は間違っている。日本は世界を相手に戦って敗れたのだから、これを「第二次世界大戦」と呼び、従って「敗戦記念日」が正しい。日本は明治から日清戦争、日露戦争と、ずっと戦争を続けていたが、それは一部の兵隊だけが戦争を戦ったわけで、一般庶民にとっての戦争は、新聞で読むか、ずっと想像の産物でしかなかった。従って戦争体験と戦場体験は違うのである。私は戦前から満州に渡っていた関係で、軍隊には行かなかったので戦場体験はないが、以下は敗戦時の戦争体験である。以前「アシュラ」という劇画で、人肉を食うのはいけないという、各地での非難がされたことがある。しかし、中国の満漢全席で生きたサルの脳みそを食べるのや、げてもの食いで芋虫...満州人肉食と間男狩り

  • 中国一辺倒の二階幹事長

    中国一辺倒の二階幹事長先頃、米国有力研究機関が日本の対中匡政策形成の実態を調査した。7月下旬に公表されたこの報告書は、安倍晋三首相の対中姿勢に大きな影響を与えてきた人物として、首相補佐官の今井尚哉氏の名を明記していた。また安倍首相の対中政策を親中方向に向かわせる存在として、二階俊博・自民党幹事長や公明党を挙げていた。(公明党の池田大作氏も中国と仲の良いことは有名で、池田氏が中国へ訪問した時には国家主席が歓迎してくれるほどです)また、過剰に中国に媚びる鳩山元首相の名も挙がっている。日本の政治家や、文化人や学者の中には骨の髄から左がかったのや、中国一辺倒、韓国大好き、さらには北朝鮮を称賛する馬鹿者までいる。全くこのご時世にどうかしているのではなかろうか。ここで、二階幹事長について、何故にこうも中国贔屓なのかを考察し...中国一辺倒の二階幹事長

  • 軍用ジンギスカン義経 北条政子は平氏 楠木正成悪党説の由来 徳川家康の先祖は新田義貞

    軍用ジンギスカン義経「源」と、「元」の音読みが、どちらも同じであり、それに源氏の笹竜胆の紋にそっくりなマークを、ジンギスカンが用いていたから、源義経は衣川の館で討死したのではなく北海道へ渡り、そこから大陸へ入って、ジンギスカンになったのである。という説が、大正時代に発表された。丁度その頃、「狭い日本にゃ住みあきた、シナにゃ四億の民がある」といった「馬賊の唄」が、これまた大流行していたので、「どうせ大陸へ渡って馬賊になるなら、ジンギスカン位の大物になろう」と、その本は洛陽の紙価を高めた。だからそれを下敷きにしたものが、戦後にも出版されたが、今や中国は、『共産党独裁国家』の世の中で、馬賊など時代錯誤のせいとなってしまった。そこでオーストラリヤ輸入のマトンをさばく為に、「ジンギスカン鍋」として、その方で彼の名前が宣伝...軍用ジンギスカン義経北条政子は平氏楠木正成悪党説の由来徳川家康の先祖は新田義貞

  • 「清和源氏」はありえない 足柄山の金太郎は源氏 平家は源氏を奴隷として輸出していた

    「清和源氏」はありえない足柄山の金太郎は源氏平家は源氏を奴隷として輸出していた「足柄山の山奥で‥‥」の童謡で名高い坂田の金時は、子供の頃に絵本で散々眺めさせられたが、マサカリ担いで本当に獣を集めて相撲をとらせたり、馬の代わりに熊にのったりしていたものだろうか。また、五月五日の端午の節句には、「金時」の人形が必ずといって良いほど飾られるのは、(勇壮な男児に育ってほしい)といった親の願望だけでなく、金太郎系の原住民が今もかなり多いせいではなかろうか、などとも想える。また、坂田の金時のほかに、渡辺の綱、碓井(うすい)貞光、卜部季武(すえたけ)という、源頼光の四天王の名が、治安元年(1021)に初めて現れてきて、いわゆる源氏の郎党団のはしりをなすのも、それ相応のいわれがあるのでは‥‥と考えられるものがある。そして一般に...「清和源氏」はありえない足柄山の金太郎は源氏平家は源氏を奴隷として輸出していた

  • 契丹秘史 唐を滅ぼした文化の高い契丹 日本史では「北宋」「南宋」を「宋王朝」とする

    契丹秘史唐を滅ぼした文化の高い契丹日本史では「北宋」「南宋」を「宋王朝」とするChinaは現在国連用語だが、インドやアラブ、ベトナムでは中国を今でもキタイと呼ぶところさえある。ソ連でもキタイスキーである。この契丹(宋は)西暦960年から1270年まで、文化的にも唐よりはるかに偉大で、一大文化国として尊敬されていた為であるが、何故か日本では匿しこまれている。日本史では「遼」とか「宋」となっている。さて、「日韓同祖遡源」を大正十五年に発表して、日本と満州族それに韓国人は祖先を一つとすると発表したのが、当時陸軍経理将校だった浜田秀雄で、かつてシベリヤで逮捕処刑されかけた時に、随行した韓国人通訳が身代りとなって銃殺され助かったのを徳としての刊行と、表向きには伝わります。大正十二年の関東大震災で朝鮮人虐殺をしたのが裏目に...契丹秘史唐を滅ぼした文化の高い契丹日本史では「北宋」「南宋」を「宋王朝」とする

  • 明智光秀と細川家記

    明智光秀と細川家記光秀の実体は知られていない。講談では、「明智十兵衛は浪々の生活をしていたから、ある日客を招いたが、そのもてなしに、はたと困った。ところが手拭いを姐さん冠りした妻女が、いそいそと酒や肴をみつくろって出してくれて、それで客に対し十兵衛は恥をかかずにすんだ。が、さて、客の帰ったあとで、『今日の食事にも事欠く吾が家の暮らしに、よくも銭の調達ができたものよな』と十兵衛が不審がれば、妻女は、無言のまま畏って、かぶっていた手拭いをぱらりと取った。それを見た途端、十兵衛は思わず『ウウン』と唸り、『そちゃ、己が黒髪を、女ごの命と知っていて切ったのか。それを売って銭に換え、この十兵衛のため、客のもてなしをしてくれたのか‥‥』と泪ぐめば、『いとしきお前さまが為ならば、髪の毛など切り売りするも、いとやすきこと‥‥夫婦...明智光秀と細川家記

  • 嗚呼!! 大忠臣・明智光秀 【第二部】

    ※本稿も長文です。興味のある方はプリントアウトして熟読するのもよろしいかと。尚、誤字脱字はご容赦。嗚呼!!大忠臣・明智光秀【第二部】殉忠つまり、「光秀が信長を討った」とか「謀叛を企てた」という確定史料は、残念かも知れないが一つもないのが現状なのである。だから、何んとか理由づけようとして、怨恨説や謀叛発心説が、何十となく作られてきている。新井白石でさえも、その、〈白石紳書〉の中で、「井戸若狭守良弘という室町奉公衆の者が、山城の横島城主だった頃、つまり本能寺の変の十年前に、光秀が『われに願望あり、もし手をかしてくれて、それが成就した節には、大国はやれぬが、小さな所なら国主にしてやろう』秘かに言われたことがある。良弘は、そのときは冗談と思って、きき流していたか、後になって『成程そうであったか』と膝を叩いた」という話を...嗚呼!!大忠臣・明智光秀【第二部】

  •  続 津軽史料の考察  「東日流外三郡史」の研究

    続津軽史料の考察「東日流外三郡史」の研究これは、津軽(青森県)は大和朝廷とはまったく異民族の土地なりとして、別個の歴史をもち、京方と戦いつつ、別個の王国だったとする内容である。即ち、大和民族は単一民族となす説に反対する文献なのです。そしてまだ儒学が全盛の江戸期に書かれたものである。それに寛政五年からは、津軽から福島までは未曽有の大飢饉で、津軽領だけでも二十万人もの餓死者を出している。こんな時代に、手分けして各地を回り聞き書きをしに、餓鬼地獄の中を矢立をもって歩いて記したという、現実にそぐわぬ可笑しな部分もある。こうした点は心して読む必要がある。しかし、記紀を金科玉条とする史観より、見るべきものは多く、一笑に付すものでは決してない内容である。以下にその考察をしてみたい。「東日流外三郡誌」というのは、青森県北津軽郡...続津軽史料の考察「東日流外三郡史」の研究

  • 七夕異聞

    七夕祭り明日は七夕祭りである。毎年、全国各地で、竹に短冊で祝う祭りが盛んである。現在七夕はウイキペデアに拠ると以下のような説明になっている。七夕(たなばた、しちせき)は、日本、台湾、中国、韓国、ベトナムなどにおける節供、節日の一つ。旧暦の7月7日の夜のことであるが、日本では明治改暦以降、お盆が7月か8月に分かれるように、7月7日又は月遅れの8月7日に分かれて七夕祭りが行われる。五節句の一つにも数えられる。古くは、「七夕」を「棚機(たなばた)」や「棚幡」と表記した。これは、そもそも七夕とはお盆行事の一環でもあり、精霊棚とその幡を安置するのが7日の夕方であることから7日の夕で「七夕」と書いて「たなばた」と発音するようになったともいう。元来、中国での行事であったものが奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たな...七夕異聞

  • 古史古伝考察 日本書紀と古事記は偽造されている

    古史古伝考察日本書紀と古事記は偽造されている「日本書紀」と「古事記」の二つを「紀記」とし、郷土史家だけではなく、一般の歴史屋さんも、古代史を解明するのにこの二つを引用援用して、神典とまで崇め奉っているのが今の日本史である。何しろこれしかないのだから、それらを唯一の原点としてしまい、歴史の解明とは本来なら「零からの出発」で有るべきなのに、日本では「紀記」を一として、「一からの出発」をしている。極めて安易なやり方だがそれしか方法がないというのが今までの釈明である。しかもゼロックスもなく、木版で刊行されたのも江戸期の松下見林のものからで、それ以前は筆写に筆写されてきただけで、次々に政権が交替する度に、桓武焚書や時宗焚書にされている。古代史に新しい角度から突入して行こうとする官立大学出でない歴史研究家も居るにはいる。何...古史古伝考察日本書紀と古事記は偽造されている

  • 日本のサイバー・セキュリティ防衛の実態

    日本のサイバー・セキュリティ防衛の実態日経新聞は21日、「サイバー防衛、遅れる日本」と題する記事を掲載しました。自衛隊が来春までにサイバー部隊の人員を3割増加の約290人に増やす一方、米国、中国、ロシアに比べると圧倒的に少ないと紹介している。防衛省は民間からの専門家をヘッドハンティングすることを検討しているものの、その動きは鈍く、体制の強化が遅れると米国との協調に影響が出る可能性もあるとしています。ということは、圧倒的に豊富な情報量の米国からの情報供与が少なくなり、日本は情報の谷間に孤立することを意味する。従って日本はコンピューターに精通した、操作と分析力の強い俊英チームを、早急に大量に増やさなければならない。私案だが、日本も欧米に倣って、内閣直属で少なくとも、5000人規模の「国家サイバー・セキュリティー・セ...日本のサイバー・セキュリティ防衛の実態

  • 嗚呼!! 大忠臣・明智光秀 【第一部】 光秀の母の名は

    ※本稿も長文です。NHKの大河ドラマを本物と思い込んでいる方は、その違いに驚かれるだろう。どちらを信じるかは読者の自由です。しかし、興味のある方はプリントアウトして熟読するのもよろしいかと。尚、誤字脱字はご容赦。嗚呼!!大忠臣・明智光秀【第一部】光秀の母の名は〈総見記〉は別名を〈織田軍記〉ともいうが、これに、こう言う話が載っている。「明智光秀は天正七年の五月に丹波へ進攻し、八田、波多、八折の諸城を落した。だが八上城の波多野一族だけは、あくまでも反抗して手をやいてしまった。当時、西丹波から攻めこんだ秀吉は、僅か二十日間で平定して既に播磨へ凱旋していたから、東を攻略できぬ光秀は焦った。そこで、五月二十八日に、己れの老母を人質として八上城へ送り、波多野兄弟を、光秀は、自分の本目(もとめ)の陣へ招いた。ところが信長から...嗚呼!!大忠臣・明智光秀【第一部】光秀の母の名は

  •  異聞 『徳川家康』 徳川家康の妻  松平元康が徳川家康は間違い

    異聞『徳川家康』徳川家康の妻松平元康が徳川家康は間違い〈泰平年表〉には家康の母の事を次のように記されている。「西郷弾左衛門清員の養女にて実は服部平太夫郷則の娘にて、実は竜泉院と諡し、駿府の府中に竜泉寺を建立。これに葬る。のち寛永五年七月。従一位を贈位。宝台院と改謚す。俗名おあいの方さま。西郷の局とも申しあげ、台徳院様(徳川秀忠)、薩摩守忠吉の御生母」とあり、〈徳川実紀〉では「家康公正室」と明記されてある。この服部平太夫郷則というのは、家康の若い頃その一党と身を寄せていた鍛冶屋の事である。もちろん、鍛冶屋の平太に、初からこんないかめしい名があるわけはなく、後からこしらえたものであるし、西郷村の弾左衛門というのは、これは非違を糾す当時の役名のようなものが弾左衛門なのである。つまり小伝馬町牢屋敷の江戸の弾左衛門だけが...異聞『徳川家康』徳川家康の妻松平元康が徳川家康は間違い

  • 本の紹介 「天下分け目の 関が原合戦はなかった」

    本の紹介「天下分け目の関が原合戦はなかった」著者紹介(二人の共著になっている)以下は巻末の紹介文からの引用である。乃至政彦(ないし・まさひこ)歴史家。1974年、香川県高松市生まれ。神奈川県相模原市在住。2011年に伊東潤との共著『関東戦国史と御館の乱』(洋泉社)を刊行。代表作に『戦国の陣形』(講談社)、『上杉謙信の夢と野望』(KKべストセラーズ)、『戦国武将と男色』(洋泉社)。その他、多数の書籍の監修に携わる。おもな論文に「戦国期における旗本陣立書の成立:[武田信玄旗本陣立書]の構成から」。NHK『歴史秘話ヒストリア』、BS-TBS『諸説あり!』などの歴史番組にも出演。高橋陽介(たかはし・ようすけ)歴史研究者。1969年、静岡県浜松市生まれ。東海古城研究会・勝永座談会・佐賀戦国研究会・曳馬郷土史研究会に所属。...本の紹介「天下分け目の関が原合戦はなかった」

  • 本の紹介 「ザ・フォツクス」著者 フレデリック・フォーサイス 定価・本体1800円(税別)

    本の紹介「ザ・フォツクス」著者フレデリック・フォーサイス定価・本体1800円(税別)フォーサイス、久々の新刊である。英軍特殊部隊がとらえた、ハッカー(フォックス)。米国国家安全保障局に侵入したのは、まだ高校生だった。この時、英国首相の国家安全保障関係の個人的助言者である、サー・エイドリアン・ウェストンは米国大統領に、ある取引を持ち掛ける。その内容は、敵対する国のシステムに痕跡も残さず侵入し、秘密工作を行わせ、その情報の全てを提供するという「トロイ作戦」の発動である。こうして「フォックス」を使い、ウエストンの暗躍が始まるのだが、国際謀略小説の第一人者フォーサイスの筆力は健在である。舞台は米国、英国、ロシア、イスラエル、イラン、北朝鮮と広範で、各国の秘密情報機関の暗闘は凄まじい。この本の訳者黒川敏行氏の後書きを一部...本の紹介「ザ・フォツクス」著者フレデリック・フォーサイス定価・本体1800円(税別)

  • いろは歌留多から見える日本史の真実 「川中で、尻を剥ぐ」 、「ヨシの孔から天を覗く」

    いろは歌留多から見える日本史の真実「川中で、尻を剥ぐ」「カ」のつくものでは、一般では「蛙のつらに小便」といって、図々しい奴のことを言うのだが、サンカ側では「川中で、尻を剥ぐ」となる。その意味は、昔の尼さんというのは日本建国この方、舶来の方のみ、つまり仏教側だけが、男は坊主に、女は尼になれたのである。これはれっきとした官僧とされ、権威があった。それまで日本列島にいた先住民(原住民)の女たちは、説教されて尼さんになろうと願望する者がいても、髪を尼さんなみに、つるつる坊主には剃れないという掟があった。それは「比丘尼(びくに)」と呼ばれ、髪は残しておかねばならぬのが掟であったのである。江戸期になるとこの比丘尼たちも、本山へ上納金を納めねばならぬようになり、やむなく頭を布で包み隠して客をひき、「春比丘尼」とか「船饅頭」と...いろは歌留多から見える日本史の真実「川中で、尻を剥ぐ」、「ヨシの孔から天を覗く」

  • いろは歌留多から見える日本史の真実 笑う門には福きたる ワラ束ねても男

    いろは歌留多から見える日本史の真実西歌留多には「笑う門には福きたる」という、これも有名な唄がある。家の門の前でアハハと大口開けて笑っていたら、口の中ヘアブや蚊が入ってきて厄介なことになる。とても、福どころの騒ぎではない。この笑うというのは、ワラウの事で、江戸時代の「笑い絵」と同じで、春画、即ちポルノ画像のことである。「門」もカドではなく、女体の秘所のことである。カはカカア、つまり奥さんのことである。女権の強い地方では「オッカド」とも云い、おっかあ、つまり奥さんの奴隷のように、よく尽くせという意味でにもなる。だからこの「ド」は奴隷のドなのである。つまり夫が女房へ、夫の義務であるSEXをよくはたして満足させている処は、夫婦円満で(七)福が訪れるとされ、今も信州の野沢の旧家では、昔から正月には玄関の入口に、大きなカと...いろは歌留多から見える日本史の真実笑う門には福きたるワラ束ねても男

  • 「敗走千里」  本の紹介 焚書図書が72年ぶりに甦る!!

    「敗走千里」本の紹介焚書図書が72年ぶりに甦る!!中国人兵士が自ら語った、中国軍の腐敗と略奪の記録。昭和13年に刊行されるや、またたく間に100万部を超えるベストセラーとなった、「知られざる」戦争文学の名著が、現代に甦る!著者について【著者】陳登元中国・重慶出身。父親が親日家であったことから、10代なかばで日本に留学。その後、大学卒業を翌年に控えた昭和12年8月に本国へ一時帰国したところ、中国軍に強制徴募され、江南地方の戦線に送られた。2カ月間におよぶ日本軍との激闘ののち、重傷を負って戦線を離脱。収容された上海の病院を退院する直前に脱出すると、本書の原稿を一気に書き上げ、日本にいる別院一郎氏に送付した。その後の消息は不明。【訳者】別院一郎著者・陳登元氏の留学生時代に日本語の個人教授を務めていたことが縁で、本書の...「敗走千里」本の紹介焚書図書が72年ぶりに甦る!!

  • いろは歌留多から見える日本史の真実 「割れ鍋に、とぢ蓋」  「男は四人の敵あり」

    いろは歌留多から見える日本史の真実「男は四人の敵あり」この唄は、若狭地方に住むサンカたちから出たものである。仏教は派が、無理やり転向させた赤系の海洋渡来民族と、白系の騎馬民族、黄系の雑色と言われた土着系の民族を、それらを指揮する、墨染衣を着た、黒坊主の四種類の者たちは、若狭サンカたちの娘を輪姦し、殺す輩ゆえ、見つけ次第殺してしまえという、サンカには珍しい過激なコトツである。が、江戸では「しちや」とよぶ質屋を、西では今日でも「ひちや」と堂々と看板を出して商売をしているくらいゆえ、これが今となると「男は外へ出ると七人の敵がある」とも、される。というのは京の御所側の延暦寺は、奈良の興福寺は平重盛に荒されたが、比叡山上の天険へ巧く逃げこんで被害がなかった法相経宗派の残党の坊主らは勢力を増し、別派をたてて、「六道講式」と...いろは歌留多から見える日本史の真実「割れ鍋に、とぢ蓋」「男は四人の敵あり」

  • サンカ いろは ことつ唄 知らぬが仏(日本人の無宗教感が凝縮されている)

    サンカいろはことつ唄いろは歌留多から見える日本史の真実知らぬが仏(日本人の無宗教感が凝縮されている)「知らぬが、ほとけ」この歌留多は、勿論、徳川五代将軍綱吉の神仏混合令という法律が出来てからのものである。なにしろ寺社奉行はというのは、奉行といっても、幕府の職制では、老中、若年寄につぐ程の大役なのである。その名の通りに寺の下に神社が隷属しているか否かを取締まる今なら国務長官にもあたる。これが国家命令として、御仏を本置する寺を守護するのを仕事とし、神社は各寺の支配下にちやんと入っているかどうかを監察した。ところが祇の御宮に対しては目の敵にし苛めて酷に扱った。神社は各仏閣の執事や別当が派遣されて管理下に入っているのゆえ、寺からの報告だけで事たりたが、祗の御宮や御堂には、国家権力である徳川家ご威光によって、徹底的に頭ご...サンカいろはことつ唄知らぬが仏(日本人の無宗教感が凝縮されている)

  • サンカ いろは コトツ唄 下駄のほう歯がカルタ札になった

    サンカいろはコトツ唄サンカいろはコトツ(口頭、口伝)唄の由来下駄のほう歯がカルタ札になったサンカの現存のイロハ唄は、正月の子供のカルタ遊びのために考案されたものではない。文字を使うと、その痕跡から追補され、殺されるので、やむを得ず、文字でない音声で伝達をするために考案された悲しい歴史から生まれた。体制側からの危害にあわぬようにと、戒めに、歌えるような短文で纏め作られたというのが本当のところなのである。サンカが生き抜くために作り出したのが始まりで、その歴史は古く、契丹系の菅原道真が殺され、祟り除けに太宰府に天満宮が作られたころからである。それは藤原体制から、反体制の民族として敵視され、見つかり次第問答無用で叩き殺されだした、十世紀ごろになる。サンカ同族への周知の伝達にと、今の原型は出来ていたらしい。それは、サンカ...サンカいろはコトツ唄下駄のほう歯がカルタ札になった

  • 万葉集の原点は 新羅郷歌 (注)郷歌(きょうか)とは、新羅時代の朝鮮語の歌謡の事。

    天皇陛下と新元号「令和」と歩む新世紀万葉集の原点は新羅郷歌(注)郷歌(きょうか)とは、新羅時代の朝鮮語の歌謡の事。新元号「令和」の出典は、日本最古の歌集「万葉集」から採用された。元号は記録に残る限りすべて中国の古典(漢籍)から採っており、日本の古典を典拠とした今回の元号選定について専門家は「思想的に大きな転換」と指摘する。一方、引用部分について有名な漢籍に似た表現もあり「出典が日本か中国かで分ける意味は小さい」と冷静な受け止めもある。元号は中国の制度を取り入れたものだが、日本は中国とは別の独自の元号を使ってきた。だから元号もやっと中国古典から脱却できたと、喜ぶ向きも多い。だが果たして本当だろうか?以下に万葉集の考察をしてみたい。結論から先に記す。一、最初に朝鮮半島の国家、新羅に「新羅郷歌」が在った。二、唐国が新...万葉集の原点は新羅郷歌(注)郷歌(きょうか)とは、新羅時代の朝鮮語の歌謡の事。

  • いろは歌留多から見える日本史の真実 目抜きの裏に稲荷あり

    いろは歌留多から見える日本史の真実(サンカは文字は使わない。何故なら、何かを書き残すと体制に捕まった時証拠となるからである。だからサンカ達の命令や伝達は「コトツ」という。漢字で書けば「口頭」となる。これがサンカ言葉から転用され「こと付け」として今も使われている。彼らが残したコトツは、いろは歌留多に残っているものも沢山ある。有名な「犬も歩けば棒に当たる」もその一つである。)「犬も歩けば・・・・・・」に関しては以下に2016年07月27日の記事があります。https://ameblo.jp/yagiri2312/entry-12491327908.html目抜きの裏に稲荷ありいろは歌留多には「目からうろこ」というのがある。しかしサンカの言い伝えに、同じ「め」から始まるものに「目抜きの裏に稲荷あり」というのがある。そ...いろは歌留多から見える日本史の真実目抜きの裏に稲荷あり

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