searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

cancel
プロフィール PROFILE

加藤好啓さんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
日本国有鉄道労働運動史【鉄労視点】
ブログURL
https://blackcat-kat.hateblo.jp/
ブログ紹介文
日本国有鉄道労働運動史の鉄労視点版です、鉄労から見た動労運動と言うことで、アップさせていただきます。 よろしくお願いいたします。
更新頻度(1年)

6回 / 225日(平均0.2回/週)

ブログ村参加:2019/08/18

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、加藤好啓さんの読者になりませんか?

ハンドル名
加藤好啓さん
ブログタイトル
日本国有鉄道労働運動史【鉄労視点】
更新頻度
6回 / 225日(平均0.2回/週)
読者になる
日本国有鉄道労働運動史【鉄労視点】

加藤好啓さんの新着記事

1件〜30件

  • 新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第四話

    本日も、鉄労友愛会議の「国鉄民主化への道」を参考に、国鉄の労政と労働運動(下) 有賀宗吉を参考に、新潟闘争について迫ってみたいと思います。 新潟闘争のきっかけは2名の解雇者 新潟闘争の発端は、四月春闘の処分撤回闘争による2名の解雇者でした。このような処分撤回闘争で、解雇者が出たことは初めてのケースであり、これがきっかけとなり大争議に発展することになりました。 当局側も、組合側も、この処分がその後大きな問題になるとは夢にも思っていなかったと言われています。 新潟鉄道管理局長の河村勝は、二人の処分は寛大なものであったと言う認識であったと発言しており、また新潟地本にしても二人の処分程度であれば、撤回…

  • 新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第三話

    本日は、出張先から書いているため、十分な資料が手元にないことから、国鉄の部内紙等を参考に、新潟闘争について語ってみたいと思います。 元々は賃上げ闘争の問題から発生した歪みが、結果的にこれほど大きくなってしまったのはどうした理由からでしょうか。 新潟闘争がこれほど大きな闘争となった背景を考える その一つには、組合と当局の対立があったことは言を待ちませんが、それ以外にも、地本と本部、もしくは、民同左派と革同との主導権争いといった派閥争いも原因の一つではないかと考えています。 国労は、3つのグループで構成されていた 国労は3つのグループで構成されていた 国労という組織が、共産党系のグループ、共産党と…

  • 新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第二話

    本日も、国鉄労働運動史(鉄労視点)ということで、新潟闘争について鉄労の国鉄民主化への道を参照しながら、書かせていただこうと思います。 最初にいつも申し上げていることですが、鉄労に肩入れするとか、国労に肩入れすると言うことではなく、事実に基づき淡々とその事実そして中立的視点から見た場合の感想を書くに留めておき 新潟闘争に関しては、当時の資料【国鉄線】なども参照しているのですが、いかんせん60年以上前の話であり、私自身が生まれる前の出来事ですので、資料による検証に留まってしまうのですが、出来る限り整理してアップさせていただきます。 新潟闘争では、ゲリラ戦術【スターマイン職場集会が初めて導入された】…

  • 新潟闘争とはどのような闘争だったのか 第一話

    いよいよ、今回から鉄労の本を参照しながら、新潟闘争以降の動きを見ていきたいと思います。今回参考にさせていただくのは、鉄労友愛会議編纂の、国鉄民主化への道という書籍からになります。Facebookのお友達の方から、国有鉄道史を研究されているのであれば、参考になるのではないかと譲っていただいた一冊であり、鉄労関係の本は余りで回っていないだけに大変貴重な一冊であります。また、お陰様で更に国鉄歴史の研究に弾みがついたことも事実であります。本当に個々頃より感謝いたします。 それでは、さっそく鉄労の母体となったとも言える新潟地方労働組合のお話をはじめさせていただきます。 新潟闘争の発端は、地本委員長の解雇…

  • 新潟闘争の伏線となった、白新線要員事件

    今回から、新潟闘争の実際について鉄労友愛会議編纂の「国鉄民主化への道」を参考に書、鉄労の誕生のきっかけとなった、新潟闘争から始めたいと思います。 新潟闘争の伏線となった、白新線要員闘争 新潟闘争が起こったのは、昭和32年ですが、実はこの前年、昭和31年4月12日に白新線要員問題が起こりました。国鉄当局が注目したのは、共産党が実権を握っていると言うことで、国鉄当局側もかなり重点監視の対象としていました、結果的にこの要員措置に対しての処分が弱かったことが翌年の新潟闘争の伏線になったと思われます。 実際、白新線開業日には祝賀列車を国労の赤旗で飾られ、出発が25分遅れたほか、新潟管内の列車が平均20分…

  • 鉄労誕生までのお話 第2話

    正直、鉄労視点で書かれた組合関係の記事というのは意外と少ないのですが、当時の資料などを参照しつつ、弊サイト、国鉄があった時代並びに、関連blog、日本国有鉄道 労働運動史等をリンクさせながらお話を進めさせていただければと思っています。 しかし、改めて資料を探していきますと、これまた非常に色々と奥が深そうで、正直自分でも始めなければ良かったと少しだけ後悔しています。苦笑 まぁ、後悔していると言いながら、新しいことを発見できることにわくわくしている自分がいるんですけどね。苦笑 さて、ここで今一度新潟闘争について簡単に振り返ってみますと、「国労新潟地本の処分反対闘争により、7月9日2名の解雇者を出し…

  • 鉄労誕生までのお話(前編)第1話

    鉄労視点で書かせていただくといいながら、そのままになっていましたが、本日よりスタートさせていただきます。 鉄労という組織はいつ誕生したのか、元々はどのような組合だったのか、その辺からスタートしたいと思います。 国鉄労働組合 鉄労も、元は国労から分離した組織 最初にお断りしておきますと、鉄労も、動労もそうですが、元々は国鉄労働組合から分化した組織です。その中から最初に分離したのが昭和26(1951)年に分裂した機関車労組でした。機関車労組と言ってもピンと来ない方も多いかと思いますが、動労の前身で、機関車乗務員並びに検修要員だけで構成された組合であり、後に鬼の動労とか革マル動労などと呼ばれましたが…

  • 鉄労視点による労働運動史

    こちらでは、鉄労視点による労働運動史として書いていきたいと思います。 国鉄には、国労から派生した、動労、鉄労、更に動労から派生した全動労、千葉動労などがありますが、こうした組合のうち、民同右派の鉄労視点から見た労働運動としてアップさせていただければと思います。 なお、「国鉄民主化への道」を底本に、国有鉄道、国鉄線など国鉄部内誌なども参考にしながら比較検討しながら書いていきます。 ただし、更新は一か月一回程度出来れば良いかなぁという程度ですので気長にお願い致します。 ********************************************************取材・記事の執筆等…

カテゴリー一覧
商用