動画、観るから聴くへ
YouTubeに代表される動画サイトの動画は玉石混淆である。日常での限られた時間を、無価値のつまらぬ動画で潰されるのは実に馬鹿馬鹿しい事だ。僕は日々の生活では極力、動画を観る事をしなくなった。目からの情報を必要としない動画を好む僕には、もう随分前から朗読など聴く情報(言葉)、で想像出来る事が重要になってる。勿論、自分の製造の仕事に関係してたり、目からの情報が必要な動画を観る場合は例外だけれど。 聴く、という行為は受動的な行為なのだけれど実に頭を使う。対象者が何故その言葉を選んで発したのか?とか、僕ならもっと違う言い回しをしたのではなかろうか?等々。又、逆に、そんな単語が有ったんだ!とか、美しい…
2019/07/29 02:18