さなぎママの日記
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さなぎママさん
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さなぎママの日記
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子どもの不登校を経験した精神保健福祉士の日記。真っ暗闇のトンネルを抜けだした今だからこそ、苦しむ親子のお役に立てたらと思っています。さなぎママのホームページからブログへお入りください。
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さなぎママさんのブログ記事

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  • 3つのイライラ対処法(課題の分離・離れる・スモールステップを整理する)

    あと1か月ほどで、大学受験をする予定の娘。 大学受験を目の前にして、受験のストレスがMAXになったのか、全く勉強しなくなりました( ゚Д゚) 自分でも大学に行ける可能性があるんだと思い始めた頃から、娘は少しずつ受験勉強をしていました。 自ら赤本を買ったり模試を受けたり、受験を意識した動きを僅かながらしていました。 それが1か月前の今となって、勉強が全くできなくなってしまったようなのです。 学部を変更すると決めたのは、今月始め。 でも学部を変更したからといって、受験へのストレスは変わりありません。 「最近全く勉強が手につかない」と、いつもながら、泣きながら話してきました。 「もう自分はどこの大学も受からないと思う。もう間に合わない。大学に行っても通い続けられるか分からない。もうどうしたらいいか分からない。」 私は、またか・・・という気持ちで、イライラの感情も抑えつつ、話を聴いていました。 そして私は、「大学は無理に行くものじゃなくて、行きたい人だけ行く所だから、そんなに不安で嫌なんやったら、もう行かんといたら?別に大学に行かなくても、何かしたいことがあれば習い事でも何でも違う方法もあるんだし。」と話しました。 本当は大学に行きたいから弱音を吐いているんだと分かりつつ、そんな風に話してみました。 娘は、案の定、「でもやっぱり大学に行きたい・・・」との返事。そして行ってみてやっぱりダメなら辞めればいいという話で落ち着きました。 そして、勉強については、「勉強ができないのなら、仕方ないやん。じゃあもう割り切って今の実力で受けてみたら?もう受験勉強やめておいたら?」と話してみました。 これに関しては、娘は何も答えず、気分転換したいからどこかへ連れて行ってと言ってきました。 娘の希望で、神社へワンコの散歩とペットショップへ行きました。 可愛いわんちゃん、猫ちゃんを見て、娘はだいぶ癒されたようでした。 帰ってから、「気分転換できたからだいぶスッキリした、ありがとう」と言ってくれました。 なので、また受験勉強もできるようになるのかな?と勝手に思っていたのですが、気持ちは楽になったけど、勉強はしていないようです(^^;) 昨日は週1回の学校へ行き友達と会って楽しかったと話し、今日は1日ソファーでゴロゴロとスマホを見ていたようです。 不登校という経験は、勉強、受験、進路、競争など、学校を思い出させることに対して、嫌悪感をもちやすいの

  • タイミングに身を任せてみよう

    もうすぐ大学の公募推薦入試が始まります。 娘は、11月の半ばと後半に2つの大学を受験する予定をしています。 9月末から10月始めにかけて、娘はとてもしんどそうでした。 前回のブログで綴ったように、心理学を学びたいと思い、自己推薦書も一生懸命書いたのですが、何かモヤモヤして受験勉強が嫌で嫌でたまらないと辛そうに話してきました。 大学への進学についても不安がある、将来のことも不安でたまらない、自分が情けなくて仕方がない・・・。 そんな日が数日続き、私も心でため息をつきつつ見守っていました。 そのタイミングで、パパが難病の診断を受けました。 もともと腎臓が悪く、遺伝性のものだろうとはパパ自身も分かっていたのですが、はっきり原因を知るために検査を受け、遺伝性の難病指定になっている病気の診断を受けたのでした。 この病気になると、高齢になる前から透析を受けたり腎臓移植を受ける必要があります。このことから、今働いている会社では一生は働けないだろうと予想し、第二の人生・仕事について考えていました。 パパの実家はとても田舎で、広大な土地があることから、その土地を活用して、「ドッグカフェ・ドッグラン」を開くという夢のような話を、現実的に考え始めました。地域の活性化にも役立つような、明るくておしゃれなドッグカフェを開く。私にとっても夢のようなわくわくする話です。 ただ、お店を開いてすぐに軌道に乗るかも分からないので、パパはお店の経営、私は今の仕事を続けていく必要があることも現実です。 一人で経営するのはとても大変なことなので、娘に一緒にしたいか尋ねてみることにしました。 娘の泣いていた暗い表情が、その話をしたとたん、パーっと明るくなっていきました。 「一緒にしたい。やるなら真剣にしたい。お店のインテリアを考えるのも得意だし、SNSだって超得意。(引きこもってSNSばかり見ていましたからね(^^;)) 写真を撮るのも得意だからお客さんのワンちゃんの写真を撮ってお店に飾ったりブログにアップしていきたい。」と話しが止まらず興奮している様子でした。そして、「どうせやるなら、しっかりやりたい。大学できっちり経営のことも学んで、調理やお店を開くのに必要な資格もとっていきたい。だから心理学から学部を変更するね。」と言いました。 それからまた娘はまた元気を取り戻して明るい顔になりました。 娘は、大学の学部について真剣に考えていたのです。 心理学で本当

  • 忘れたいけど、忘れたくない

    3連休最終日の今日、娘と大学の自己推薦書を書く約束をしていました。 私立大学の公募推薦は11月頃から始まります。 出願は10月半ばから末頃なので、そろそろ必要書類を揃える準備を始めなければなりません。 娘の第一希望の大学は、高校の推薦書ではなく、自己推薦書が必要です。 娘はあまり文章が得意ではないので、一緒に考えてほしいと以前からお願いされていました。 大学のホームページから「自己アピール」という用紙を印刷し、何度も書き直して一緒に考えました。 娘は心理学を学びたいと思っています。 不登校になった経験から心療内科のカウンセラーにお世話になり、将来自分も人の役に立ちたいという思いが出てきたようです。 一生懸命数時間かけて書いた自己推薦書には、自分が悩み苦しんだから、これまで以上に人の立場にたつことができるようになったことや、不登校の経験をしたから人間関係について深く考えたことなど、自分の言葉で正直に書いていました。 もう、完璧!と、二人でハイタッチをしました。 ところが!! 「なんか違う。やっぱりこれあかんわ。」と言い出すではありませんか( ゚Д゚) 娘はインターネットで色々検索し、今書いた文章は、入学志望動機で、自己アピールではないと言い出したのです。 私はこの大学に入りたいと書くのも十分自己アピールだし、これで大丈夫と言いました。 でも、一度違うと言い出した娘は大丈夫とは思えないのです。 そのような性格は、健在なのですね・・・。 私はめんどくさくなってきて、もう勝手に自分で書き直せばいいわと、ムッとしてしまいました。 そして、ムッとしながら洗い物をしていました。 洗い物をしながら、ぱっと娘を見ると、一生懸命書き直している横顔が見えました。 真剣な顔で考えています。 私の「ムッ」はどこかへ飛んでいきました。 娘の一生懸命な横顔を見ていると、大学なんて行けないと泣いていた頃のことを思い出したのです。 通信制高校に転校して、2年生の間はまだ体調も悪く、学校に行けず引きこもっていました。 その時はよく私に泣きながら感情をぶつけてきました。 「こんなんじゃ、大学にも行けないし、将来ニートになるしかない。なんの仕事もできないし、もう自分に将来はない。大学だって行きたいかどうかも分からない。なんのために大学に行くのかも分からない。したいこともしたい勉強もない。」 こんなネガティブなことばかり言って、何時間も泣いて泣いて、涙が

  • ただ、笑っていてくれたらいい

    9月も半ばを過ぎました。 残暑が厳しい秋晴れが続いています。 昼間は秋らしい青空が広がり、夜は秋の虫の声に癒されます。 昨日は、娘が秋冬物の服を買いたいと言い、二人でアウトレットへ行ってきました。 おしゃれが大好きな娘は、不登校になってしんどい時期も、時々服が買いたいからと、一緒にアウトレットへ行きました。 しんどい時期の買い物はすぐに体調も悪くなり、ベンチで休憩しながら大変だったのを思い出します。 人目も気になり、同年代の女の子を見るだけでびくびくしていました。知り合いかもしれないと、何度も私の後ろに隠れました。でもよく見ると、知り合いではなく気のせいだったということはしょっちゅうでした。 そんな娘が、昨日は、アウトレットに着くなり、「別行動しよう!」と、さっさと自分が行きたいお店に行ってしましました。 祝日でとても混んでいましたが、人目を気にすることなく、同年代の女の子を見ても、特になんとも思っていない様子でした。頼もしくなったな~と感心しながら娘のことを見ていました。 可愛い服を買えて満足した娘は、帰りの車の中で、嵐の歌を歌っていました。二人で大きな声で歌って帰りました。 嵐の歌の中で今は何が一番好きか尋ねると、選ぶのが大変だけど、今はワイルドアットハートかなと答えました。 きっと、今の娘の心境を歌ってくれているからかなと思いました。 「一度きりの人生 転がるように笑って泣いて生きていこうぜ・・・誰かの決めた自由はいらない・・・背負いすぎたら捨てていこうぜ 明日は明日の風に任せ 何が起こるか誰にも分からない 今を生きるだけさ・・・」 素敵な歌詞です。 そして、娘は言いました。 「今はもうびくびくしなくなったよ。景色を見たり、人間観察をするのが楽しいよ。それだけで面白くて幸せだよ。今は自分のことが好きになったよ。」と。 私は、自分のことが好きと言えた娘を見て、とても嬉しく幸せになりました。 学校に行けないしんどい時期、娘は、自分のことが大嫌いと言いながらよく泣いていました。 私は、学校に行けなくてもいいから、自分のことが好きになってほしい、ただ笑ってほしいと、心の底から願い、祈りました。 そして、その願いが、やっと叶ったのです。本当に感動しました。 子どもが産まれた時、親はみんな、「この子が幸せになれますように・・・」ただ、それだけを祈ります。この子が幸せでただ笑っていてほしいと。 でも、子どもが成長して、色

  • コントロールしようとしていないか意識することの大切さ

    今日は、娘は通信制高校に模試を受けに行っています。 ここ数日、曇った表情をしていた娘は、今日の模試がプレッシャーになっていたようでした。 勉強もすぐ集中力が切れて、しっかり勉強できていない。 だから模試を受けても悪い結果に決まっている。 模試なんて受けたくない。 このような発言をため息をつきながら繰り返していました。 私は話を聞きつつ、私自身もしんどうなり始めたな・・・と思ったら距離をとりつつ・・・を繰り返していました。 昨日仕事から帰った時も、曇った表情をしながら、また「模試なんて受けたくない」と言ってきました。 私は、「もう明日のことだし、受けるなら受ける、受けないなら受けないと決めないとね。そんなに嫌ならもう受けなければいいやん。その代わり、受けない時間を赤本とか自分なりの勉強時間に充ててもいいしね。絶対受けないといけないわけではないんだから、やめておいたら?そんなにエネルギーを削ってまで受ける必要ないと思うよ。」と話しました。 娘は泣きながら、どうしようかなと迷っていましたが、やっぱりダメもとで受けるわと決心したようでした。 昨日は1日、もし受験が終わったら、したいことを考えていたようです。 そして勉強のモチベーションを上げようとしたけど、あまり効果はなかっととのことでした。 どんなことをしたいのか尋ねると、アルバイトやボランティアをしたいと言いました。 大学生になったら、近所のショッピングセンターに入っている映画館でアルバイトがしたいと言いました。 娘は映画が好きなので、よくその映画館に行っています。 もし、そのアルバイトをしたら映画の無料チケットがもらえて、映画が見放題と言っていました。 そんな話をしているうちに、どんどん元気になってきて、今自分は高校生らしい生活をしていることが嬉しいと言いました。 受験生は大変だけど、高校生らしい生活をしている。 メイクをしておしゃれをして電車に乗って高校へ行けることも嬉しい。 今初めてJKを楽しんでいるように思う。と話してくれました。 私は驚きました。 通信制高校へ転校して、1年間通えなかった娘が、今そんな風に思ってるんだ・・・。と感心しました。 前の高校で楽しんでいると思っていると思っていた娘が、本当は楽しめていなくて不登校になったのは青天の霹靂でした。 そして、今、転校した通信制高校でJKを楽しんでいると思えている娘の発言も、本当に驚きでした。 アルバイトもし

  • 転校して良かったことを家族が共有した日

    前回のブログで、スクーリングのことを書きました。 あの後、娘は元気に帰ってきました。 1年前のスクーリングの疲れ具合は尋常ではありませんでした。 今年は帰ってきてからの疲れもそう感じず、日常を取り戻せた様子です。 今年はどんな顔をして帰ってくるのか楽しみにしていました。 パパがお迎えに行って、夜家に帰ってきたとき、駐車場が見える窓を開けて「お帰りー!」と言いました。娘はとてもいい笑顔で、手を振って「ただいまー!」と返してくれました。1年前のように私の顔を見てボロボロ涙を流していた時と正反対の顔をしていました。 「どうだった?疲れた?それとも少しは楽しめた?」と尋ねると、「結構楽しめた!」と嬉しい答えが返ってきました。 とりあえず、良かった・・・。 昨日は日曜日。 家族3人で昼食を食べているとき、何の話からか、転校前の高校の話になりました。 これまで、前の高校の話は親からも傷口を広げるような気がして、話すのを控えていたのですが、初めて、特にパパがいるところで、自然に話ができたのです。 娘は、前の高校は最悪だった、先生は全く生徒を信用せず、とにかくいい大学へ行け、国立大学を目指せ、そんなことばかり命令してくる。生徒に注意することばかりで、褒めているということは見たことがない。スカート丈・爪の長さ・なんでもチェックしてきて注意される。先生の手のひらに爪を当てないといけないんだよ。まるで刑務所みたい・・・などなど不満をたくさん話してくれました。 親から訊かなくても、どんどん不満が沸き上がってくるように自ら話してくれました。 そして、やっぱりそんな高校転校して良かったねと、3人で気持ちを共有しあったのでした。 今の高校では、先生は恥ずかしくなるくらい褒めてくれる。先生と生徒の距離も近いし、格好だって何でもあり。メイクもネイルも髪の色だってすごい人がいるよ。どんな子だってみんな普通に接するし、生徒もみんな優しいよ。進学校でうまくいかなくなって転校してきた子もたくさんいるし、中学から不登校でほとんで勉強せずに1年から入学する子もいる。勉強だってできる子もいればできない子もいるし、本当に色々な人がいる。でもみんな個性を受け入れながら過ごしている。色んな人がいて見ているだけでも楽しいよ。 前の高校と今の高校を比較して、今の高校をこんな風に思えるようになったんだなと思うと、とても嬉しくなりました。 転校後もエネルギー切れで1年通えな

  • 1年前のスクーリングを振り返って

    今、娘は通信制高校の3泊4日のスクーリングへ行っています。 今日は3日目。明日帰ってきます。 去年のスクーリングのことを思い出していました。 1年前の今頃、娘はほとんど家からも出られず、学校にも行けていませんでした。 スクーリング前の説明会に行くだけで疲れ切って、体調は最悪。吐き気やイライラが止まりませんでした。 スクーリングに行くためにも、不安・体調不良になった時のお薬をもらっておいた方がいいのではないか? そういうことで、心療内科に繋がったのでした。 この泊りがけのスクーリングには、必ず参加しなければ進級、卒業出来ません。 普段はしんどくて外に出られない娘も、これだけは行かなければという必死の思いで、頑張りました。 学校から出ているバスで行くのは不安だからと、私が片道3時間半かけて送迎しました。 車の中でもすぐに酔うし、不安と緊張で大変な状況だったのを覚えています。 スクーリングになんとか行ったものの、すぐにしんどくなり別室で授業を受けたり、泣きながら先生に助けてもらったりしたと、後で話してくれました。 また車で迎えに行った時の顔は忘れられません。 私の顔を見てボロボロと涙をこぼし、やっと終わった、こんな自分でもスクーリングに行けた、しんどかったけど嬉しかった、先生に助けてもらって嬉しかった、友達もできたよ。とたくさん話してくれました。 ただ、疲れは相当だったようで、家に帰ってから数日は、体調もあまりよくなく、なぜかとてもイライラすると不安の薬を毎日飲んでいました。 やはり、頑張って無理をして、疲れ過ぎたようでした。 そして、あれから1年。 今年もまたスクーリングの時期がやってきました。 娘はトンネルから抜け出している頃だったので、私もそんなに心配はしていませんでした。 スクーリングの前日には嵐のライブに行き、とても幸せな気分のまま、スクーリングに行きました。 バスはやはり不安なので、今年もまた私の車で行きました。 車でも嵐のCD を流しながら、ライブの話をたくさん嬉しそうにしてくれました。 スクーリングへの不安の言葉はありませんでした。 友達にライブのお土産を用意していました。 スクーリングは大変だけど、友達や先生に会うのが楽しみと言いました。 去年の顔はしていませんでした。 車の中で、娘は最近幸せなことが多いから、また不幸がくるのではと、不安になることがあると言いました。 私は、悪循環の反対があることを話

  • 「自分なんていない方がいい」と思っていた

    昨日は心療内科のカウンセリング最後の日でした。 娘がカウンセリングに行き始めたのは、ちょうど1年前位です。その頃、ストレスからかゲップや吐き気の症状が続き、そのことがきっかけで心療内科へ行き始めました。そして、その病院には思春期のカウンセリングがあり、受け始めることとなったのでした。 不登校になってちょうど7か月になろうとしている頃でした。 それまでもカウンセリングや家庭教師など第三者と会えるといいなと思っていたのですが、時々受けてみるか訊いても拒否でした。 最初の頃は、誰にも会える時期ではなく、一人でいるだけで精いっぱいの時期だったようです。受けてみる、会ってみると思えるということは、少しずつ前進しているのだな、その時期がきたのだなと思い、嬉しい出来事でした。 初めて心療内科へ行った時、最初に問診票のようなものがあり、いくつかの質問に○△×で答えるものがありました。 そのうちの一つについて鮮明に覚えているものがあります。 それは、「自分がいない方が周りに迷惑をかけなくていいと思う」というようなものでした。その質問に、娘は○を付けました。 私はそれを見た時、娘がそう思っていることに、娘がとてもかわいそうになり、気分が沈みました。 まだ、元気がない娘は、出かけるだけでしんどくなり、車の中でもずっと下を向いていました。 帰りの車で、「自分はいない方がいいという質問に○していたけど、そんな風に思ってるの?そんな風に思わなくてもいいんだよ。」と話すと、「うん・・・でも、そう思ってしまうから。」と下を向きながら力なく答えました。 あれから早いもので約1年。カウンセリングでお世話になり、昨日娘はカウンセリングを卒業しました。娘にとって、若くて優しい女性のカウンセラーさんは、家族以外の初めての味方と思えた人だったのだと思います。初めての第三者で、娘が元気になるために必要な人でした。昨日、待合室で待っていた私の所へ、カウンセリングルームから2人の笑い声が聞こえてきました。そして「終わったよ」と元気そうに出てきた娘に1年前の面影はありませんでした。 帰りの車で、私はぜひ聞いてみたいことがありました。 最初に病院に行った時のこと。自分はいない方がいいと思うという質問に○と付けていたけど、その気持ちは今はどうなのかということ。 娘は、「ああ、そんな質問あったけ?そんな風に思ってた時もあったよ。でも、今はそう言えば、そんな気持ちはなくな

  • 学校に行く・行かないに囚われない

    お盆も終わり、夏期講習後半3日目の今日、娘は私が仕事に出る前にさっさと自ら準備をして、「行ってきまーす」と出て行きました。 行くときは行くし、行かないときは行かないと分かっている私は、今日学校に行くの?はーい、行ってらっしゃいという感じで自然に送り出しました。 夏期講習後半は3日目ですが、実は今日が初めての出席です。 1日目・2日目は寝坊して学校に間に合わないからと、昼から近所のショッピングセンターのフリースペースへ勉強しに行っていました。 私は元気な娘を見て、それだけで嬉しくて夏期講習のことは全く気になりませんでした。 昨日の夕方、仕事の帰りにそのショッピングセンターのスーパーで一緒に買い物して帰ることにしました。 近所のスーパーで一緒に買い物できるのも久しぶりだったので、とても幸せでした。これまで娘は、人目を気にして近所のスーパーに行けなかったのです。 買い物をしながら、「今日嬉しいことがあったよー。○○ちゃんに会って、2時間位喋って楽しかったー」と教えてくれました。 そのお友達は、中学時代の友達で、娘が辞めた前の高校も一緒だった友達です。 私はその話を聞いて、とても嬉しく感心しました。 なぜなら、以前の娘なら、きっとその友達を見かけてもそっと逃げていたのではないかと思うのです。その日は、その友達は娘に気づかず他の友達と過ごしていて、娘だけが気づいて、その場を離れてから、自ら「時間があれば喋れる?」とラインしたというのです。するとすぐにその友達が勉強している所へ来てくれて、お互いの近況報告や行きたい大学についてお喋りしたそうなのです。 私は自分からラインしたと聞いて驚きました。しかも、他の人と一緒にいた友達にです。人一番「こんなことをしたら迷惑かなあ」「邪魔してはダメだなあ」などと気を使う娘だったので、本当に驚きました。 娘は私よりずっと前へ進んでいるのかもしれません。 私は前の高校の友達に会ってしまってはどうしよう・・・ 知り合いではなくても前の高校の制服姿がいたら嫌だろうな・・・ できれば前の高校の生徒に会いませんように・・・ 私はまだそんな思いを拭い去れないでいます。 でも、娘は私が思うより、大丈夫なのかもしれません。 その友達も受験勉強を頑張っていることを聞いて、娘はモチベーションが上がったと言いました。 みんな勉強しているのに、自分はしていない。しないといけないと分かっているけどできないと泣いていた

  • ありのままの自分を受け入れると楽になる

    お盆休みの間、体調も良く元気に過ごせた娘。 近所のショッピングセンターのフリースペースへほぼ毎日勉強しに行きました。 午前中早めの時間から行き、混んでくるお昼過ぎには家へ帰ってくるというパターンを、過ごしやすいように自分で考えているようです。 明日からまた、通信制高校の夏期講習が始まります。 今日は、中学時代の部活の後輩と一緒に映画を観に行く約束をしています。その後輩は娘のことを憧れの先輩とずっと言ってくれていました。中学を卒業してから、娘が部活の様子を見に行くと、その後輩は泣いて喜んでくれたそうです。 娘が元気になっていった過程の一つに、昔からの友達の存在があります。 トンネルの出口がもうすぐ見えるかなという時期、娘は不登校になって通信制高校へ転校したということを2人の友達に打ち明けました。 突然、私に「明日○○ちゃんと遊ぶけど、このこと打ち明けてみようかな。受け入れてくれるかな。緊張するな。」と話してきました。私はそういう時期がきたんだなと思いました。 一人は、小学校の時によく遊んでいた友達で、もう一人が今日会う中学時代の部活の後輩です。 2回とも、娘は清々しい顔をして帰ってきました。 「普通に受け入れてくれたよ。話すときは声が震えたけど、話し終わったら、受け入れてくれて、逆に○○ちゃんも悩みがあるから聞いてほしいと打ち明けられたよ。」と嬉しそうに話してくれました。 私は、「良かったね。もう○○ちゃんとは一生の本当の友達やね。」と言いました。 娘が不登校・転校のことを、友達に打ち明けることは、どんなに勇気がいったことかと思います。 特に、娘を憧れてくれていた後輩に話すことは、尊敬されていた分、余計に勇気がいったのではないでしょうか。 でも、普通に受け入れてくれた。 どんな自分でも、好きでいてくれる。 このことは、娘が元気になっていったことに大きく関わっているように思います。 不登校になる前はプライドが高く、自分の失敗は許せないような娘でした。でも、自分の中では有り得ないと思っていたような出来事を体験し、その出来事は、娘を言葉では言い表せないほど傷つけました。でも、その経験によって、失敗も許せる自分に生まれ変わり、友達にもありのままの自分を見せられるようになった。娘が不登校になり自分と向き合っていた間に、このような変化があったのです。 昨日、娘と話していて、「自分はパパと似ている。パパも人目を気にするところがあ

  • 自分を持っている強い人

    娘の夏期講習前半も終わり、通信制高校もお盆休みに入りました。 夏期講習前半の最終日も、炎天下の中、頑張って学校へ行きました。 時々休んでも、「行く時は行くし、行かない時が行かない」と分かっているので、安心して見ていられました。 前回のブログで、娘が久しぶりの悲しい感情になったことを書きました。 その時、毎日だらだらしている自分が嫌で、あのような感情になったと言っていました。そして、自分でどうしたら受験勉強がはかどるかを考えて、朝から近くのショッピングセンターのフリースペースへ行くことに決めたとのことでした。 早起きが苦手な娘も、7:00には起きて8:00過ぎには出かけて行きます。 目覚ましを何個も置いて、寝不足気味でも頑張って起きています。 やはり、ネガティブな感情が出る時は、娘にとって前へ進むチャンスのようです。 今日は、家庭教師の日で、いつも先生が来る前は憂鬱そうにしています。 昨日まで、ショッピングセンターへ自分で勉強しに行き、とても元気だったのに、今朝は全く起きませんでした。先生と10:30に来てくれる約束をしていましたが、10:00になっても「眠い。疲れてる。」と憂鬱そうにリビングで寝転んでいました。 もう先生も向かってくれている時間なので、休みの連絡も入れることもできず、私も疲れてしまいました。とうとう先生が来てくださり、お金だけ支払って、受験の話を少しだけして、謝罪し、帰っていただきました。 このようなことは、今まで何度かありました。その度に親子で無駄なエネルギーを使っているのでした。 先生に帰っていただいてから、リビングに戻ると、娘は泣いていました。そしてこう言いました。 先生のことは好きだけど、なぜか家庭教師の日は憂鬱になる。 家庭教師の時間が終わったら、勉強できて嬉しいというよりも、この時間が終わって嬉しいから機嫌が良くなっていただけ。 なぜ家庭教師がこんなに憂鬱なのか分からないけど、決められたことを見てもらいながら勉強するのが苦手。中学の時の塾も嫌いだった。自分で決めたことを自分なりに勉強することの方がやりやすいし、楽しい。 それから、最近の状態について、2人でじっくり話し合いました。 最近とても元気に頑張っていること、学校にも行けるようになって、近所のショッピングセンターでも自分で計画的に勉強していること、少し前まで外にも出られなかったのに、自分から外に出られるようになったこと。(特に近所

  • 自己肯定感が上がるのも、少しずつ少しずつ

    娘の通信制高校の夏期講習は、お盆を挟んで前半・後半とあります。 週3日、午前のみで終わりますが、リハビリ中の娘にとってはちょうど良い日程のように思います。 今日で夏期講習前半は終わりです。 半分か3分の2位は行けた感じです。 行く時は行く、行かない時は行かないと分かっているので、自分で考えて体調に合わせて行動できていることが、親にも安心感を与えてくれます。 昨日は夏期講習をお休みして、1日のんびりしていた様ですが、夕方、久しぶりに悲しい感情が出てきて泣きながら話してきました。 私は、洗い物をしながら聴いていたのですが、「聴くだけでいいから、ちゃんと目を見て真剣に聴いて!」と言われ、向き合って話を聴きました。 以前、「感情はアドバイスせず、ただ聴いてほしい」と言われていたので、何も言わずじっくり聴きました。 娘の昨日の感情は、このようなものでした。 最近全く勉強していない。受験生なのに、こんなんじゃ、大学に行けない。勉強のモチベーションが上がったと思っても続かない。夏休み中全く勉強していない。受験生はみんな、1日10時間位勉強してるのに。 こんな、自分が嫌になる。 今は自分が嫌い。中学の時は、部活も勉強も、何もかも頑張って、自分が好きだった。でも、高校で不登校になって、否定された気分になって、自分が嫌いになってしまった。 それは、少しずつマシにはなってきたけど、まだ直った訳ではない。 今の自分には何もない。部活も、勉強も、何も頑張っていない。 このような内容でした。 私はこれまでの経験から、感情を出すと次の日には人が変わったように元気になることや、ネガティブな感情が出るということは、何かしたい、変えたいと思っているからというこということが分かっているので、これまでより冷静に聴くことができました。 また、このようなネガティブな感情を1年少しの間、聴くことは頻繁にあり、トンネルの中の時はそれが何時間も続くのですが、最近はほんのたまに出るだけで、しかも話す時間が1時間以内で済むようになりました。聴く親の疲れも半減です。 娘は、ひとしきり話すと、変わりたいからこんな感情になると言い、その後自分でまた勉強の方法を考えていました。家にいるとどうしても携帯を見てダラダラしてしまうので、自主勉強が出来るような場所を探して、自分なりに一生懸命考えていました。 以前、感情はアドバイスせずただ聴いてほしいと言われたことがあります。 それ

  • これまでで一番、誇りに思う

    8月に入って毎日晴天が続き、蝉が元気に鳴いています。暑すぎる日が続き、夏真っ盛りです。 この暑い中、昨日は娘と大学のオープンキャンパスへ行ってきました。 行きたいなと思っている大学のオープンキャンパスには、行く気になれるようですが、あまり乗り気ではない大学のオープンキャンパスにはめんどくさくなって行かないようです。 昨日の大学は第一希望の大学なので、自ら起きて準備を始めました。 やはり、前回のブログに書いたように、行く時は行くし、行かない時は行かないのですね。 それを分かっているだけでも、親は少し落ち着いて安心して見ていられますね。 さて、オープンキャンパスには、炎天下のもと、大学の最寄り駅から歩いて行きました。 道中に、私が20年程前に一人暮らしをしていたアパートやお世話になっていたスーパーもあり、私もワクワクして懐かしみながら歩きました。 大学は、雰囲気もよく、学食も食べて、娘は楽しそうにしていました。 校舎もとても綺麗で趣があり、とても気に入った様子でした。 ミニ講座も受けて、先生の話がとても分かりやすくて、したい勉強を専門的にできそうな感じがすると言っていました。 私も一緒にオープンキャンパスを楽しみ、また歩いて駅まで帰るとき、私は暑すぎて、暑い暑いとしか言っていませんでした。 すると、娘が自ら、「今日の大学、やっぱりいいと思ったわ。この前の所も良かったけど、また違う良さがあって、前の所は新しい大学でみんな親切で楽しめそう。今回の大学は、歴史があって落ち着きがあって専門的に勉強できそう。前の所よりは授業とか大変かもしれないけど、本当に勉強したいことだったら通えると思う」と話しかけてきました。 親が「どうだった?」と訊く前に、自分から話したくて話してくれる。 そのことが今回のオープンキャンパスで、とても嬉しい出来事でした。 できるだけ、親は先回りせずに、子どもの少し斜め後ろからついていく。そんなイメージで子どもを見守り寄り添うことがいいように思います。 私は娘が通信制高校に転校してから1年少しの間のことを思い出していました。 大学に行きたい気持ちはあるけど、自分なんかに行けるわけがない、もう将来自分には何もなく、きっとニートになると言いながら、しょっちゅう泣いていました。そんな1年少しを乗り越えて、今は大学に行きたい、行ける、と意欲・自信が湧いてきています。 大変な時期を乗り越えた不登校の子ども達は、乗り越

  • 行く時は行くし、行かない時は行かない

    7月も今日で終わりです。ここ数日湿度も高く、梅雨明け独特の暑さが続いています。 昨夜は、ワンコを連れて娘と夜のお散歩に行きました。(ちょっと前まで娘はワンコのお散歩にも行けなかったので、1回1回のお散歩がとても嬉しいのです。) 熱帯夜でとても暑かったのですが、ワンコがハアハア言いながらも張り切って前へ前へと歩いていて、その姿がおかしく、娘と笑い合いながら歩き、とても楽しいお散歩でした。 帰ってからのエアコンとアイスがもう格別に幸せで、二人で幸せ~と言いながら楽しいひと時を過ごしました。 夏は暑くて大変ですが、だからこそ、夏の楽しさがありますね。 娘は夏期講習3日目です。 1日目は張り切って行きました。この暑い中、運動のためにと一駅分歩いたそうで、さすがに夜には疲れ果てていました。 2日目は、もう前日からやめておくと言って、家で勉強していました。そして体力を取り戻し、先ほど書いた夜のお散歩に出かけたのでした。 3日目の今日は、「一駅分歩くのはやっぱりやめておくわ」と言いながら、行きました。 以前、「不登校を経験すると行きやすくなる」のブログでも書きましたが、娘は確実に「休み方」を覚えて生きやすくなっていっているようです。 一度休んでもう行けないということが、トンネルの中の時はよくあったため、私の方がザワザワしてしまう感情がまだ取り切れていないのです(^^;) 親のトラウマも相当なものですね。でもそれも正直な大切な感情なので、しばらくゆっくり付き合おうと思います。 この3日間の私は、娘の体調のことなど気にしつつ、見守っているだけで、娘にとっては何もしていない母親です。 この3日間、全て自分で行くと決めて行き、行かないと決めて行かず、そして、歩くと決めて歩き、歩かないと決めて歩かない。 不登校を経験して、娘に対して直接的に親にできることは、ほぼ無いと悟りました。 最初の頃は、どうしたら動くのか?物で釣ってみたり機嫌をとってみたりしていたこともあります。でも不登校って、そんな簡単なものではないんですね。特に中学生以上になると、親のコントロールで動くということは皆無に近いのではないでしょうか。それほど不登校は子どもにとって、深くて重い出来事なのです。 親にできることは、ただ子どもを理解しようとして、見守り寄り添う。 そして子どもの見えないところで、不登校について勉強したり、情報を集めたりする。 本当に親の大変さや苦労は一言

  • 不登校回復に第三者が必要な理由

    夏休み4日目の日曜日です。 昨日の雨もおさまり、晴れのような曇りのようなお天気ですが、蝉の声が夏を感じさせてくれます。 娘は明日からの夏期講習に向けて、少しでも早く起きられるよう練習しています。 朝は7:30に起きる予定にしていたのに、8:30になってしまったと言いながら起きてきました。私は日曜日だしいいんじゃない?と言いました。 それから娘鼻歌を歌いながら朝食を食べて、2階に勉強をしに行きました。 娘の通信制高校の夏期講習は今週は、月曜日から木曜日まで4日連続でおこなわれます。通信制高校でも塾のような夏期講習があるのですね。有り難いことです。全部行けなくても体調と相談しながら休み休み行けたらいいなと思っています。 娘は高校3年生なので、受験勉強をしています。 でも、勉強に対してやる気が出るときと、出ないときの波があるようで、ここ最近やる気が出なくて勉強できないと、落ち込んだ様子で言っていました。 今またやる気が出始めたきっかけは、昨日の朝、家庭教師のM先生が一緒に、やる気が出る勉強方法を考えてくれたから!とのことでした。 家庭教師のM先生。週1回1時間半来てくれています。 大学生の若くて優しいM先生は、娘にとってお姉さんのような心強い存在です。 娘がまだ引きこもっていた、去年の12月、最初は勉強というよりは、家族以外の誰かと話しをするという目的で、来てもらう事になりました。(娘は勉強のためと思っていましたが。) それまでも勉強のことを気にしていた娘に、私は何度か家庭教師の提案をしていましたが、娘はいつも断っていました。断るということは、まだその時期ではないということです。 12月に提案してみたときは、やってみるという返事でした。 早速、以前から調べていた、不登校にも対応している家庭教師の会社に申し込み、縁があってM先生が来てくれるようになったのでした。 でもそこから一筋縄に受けられているわけではなく、不登校あるあるのドタキャンや、来てくれてからやはり受けられず、娘は寝ていて私が先生と不登校について語り合う日や、連続して受けられずお金だけが飛んでいった月もありました。 実は今でも娘は先生が来てくれる前は憂鬱だと言います。私は辞めるなら辞めてもいいと言うのですが、辞めたくないと言います。 昨日も直前まで憂鬱だと言っていたのですが、受け終わってからは機嫌よく、今日からまた勉強のやる気モードに入ったと鼻歌交じりで話して

  • 不登校がくれたささやかな幸せ

    夏休みに入り2日目です。梅雨も明け、今日は青空に入道雲が綺麗に映えています。蝉も元気に鳴いています。娘は夏休みをのんびり穏やかに過ごしています。昨日は少し家の周りを散歩したと言っていました。 最近、遅寝遅起きになってきていたので、早寝早起きに戻すよう心がけているようです。今朝は私が仕事に行く直前の8時前に部屋から降りてきました。 そして、こう言いました。 「2階からの景色って田んぼが見えて綺麗やね」と。 私も、「そうやね、映画に出てきそうな景色やね。君の名はとか、ジブリとか。」と言いながら少し喋って仕事に出ました。 景色が綺麗と思えること。それは、とても幸せなことだと思います。 去年の夏は、ほとんど外に出られず、毎日毎日家で過ごしていた娘。 時には、一日中、悩んで泣いて、外なんかに目を向けられるはずありませんよね。 そんな娘に私はよく、仕事で外に出た時や、ワンコの散歩中に、空や花の写真を撮って娘にラインを送りました。 外の空気を少しでも感じてほしい。そう願いを込めて。 「わあ、きれい」と、娘は返事をくれました。 でも、今年の夏は、自分の目で綺麗な景色を見て、心の底から「綺麗だな」って思えるようになった娘。 その状況を、心の底から幸せと思える私。 景色が綺麗と思えること。そんな、不登校になる前は当たり前だったことに、幸せを感じるようになりました。 この前、ある依存症で苦しんだ方がこんなことを話してくれました。 「本当の幸せとは、幸せと感じられること」 不登校という苦しくて辛い経験は、本当の幸せを我が家にもたらしてくれたように思います。 なかなか外に出られない子どもさんに、願いを込めながら、外の綺麗な景色の写真を送ってあげることは、おすすめです。私は景色だけではなく、時々出会う地域ネコや、なぜか目撃した羊など、動物の写真もよく送りました。 写真からでも少しは外の空気に触れることが出来ると思うのです。ぜひ試してみてくださいね。 不登校のトンネルを出てきた今でも、綺麗な景色や可愛い動物を見たら写真を送っています。そして、今では時々、娘からも外出先から写真を送ってくれます。 少しずつ、少しずつ…。 焦らずゆっくり。 大丈夫ですからね。 トンネルの真ん中にいる時は、親子でとてもしんどい状況です。一人で抱え込まないで。一緒に寄り添わせていただきたいと思います。ぜひ、ゆっくりお話しましょう。 不登校・ひきこもりランキング にほん

  • 不登校を経験すると生きやすくなる

    今日は娘の通信制高校の終業式。 明日から夏休みですが、夏期講習が週3日あり、普段より学校に行く回数が増えるかもしれません。行けるかどうかはあまり気にせず、それより体調良く元気でいてくれたらいいなあと思います。 最近、1学期の疲れが出たのか、1週間ほど休息期で引きこもっていた娘ですが、今日は元気が出た様子で、終業式に行きました。 不登校の経験から娘が学んだこと一つに、「休むこと」があります。 前の学校で部活と勉強に疲れ果て、それでも休んではいけないと頑張り、頑張りすぎて不登校という大変な状況になりました。不登校になりやすい子どもは、真面目で頑張り屋、我慢強くて完璧主義。それでいて繊細な面があり、疲れやすい子どもが多いです。まさに娘はそんなタイプ。 でも、不登校が教えてくれた「休む」ということ。 そして、無理しない、完璧じゃなくてもいい、全員に好かれなくてもいいということ。 不登校を経験して、学校に元気に行けていた時の自分に戻ったのではなく、生まれ変わった、または、元の自分にいい面が足されたという感じが見受けられます。 疲れたなと思えば休めばいい、休んだらまた元気になる。だから、学校も生活も休み休み自分の体調や気持ちに耳を傾けて、調整しながら生活する。そして、このことはこれから先の「生きやすさ」に繋がるのです。 不登校の経験が娘に「生きやすさ」をプレゼントしてくれた。今ではそう思います。不登校は本当に辛く苦しい出来事ですが、乗り越えるとプラスになることが多いと思います。 娘は、昨夜、レポートがまだ少し終わっていないので、「先生に呼び出されて注意されないかなあ?でもまだ提出期限が何日か先だから大丈夫かなあ?あっ完璧主義がまた出てる・・・提出物を完璧にしないことにも慣れないとね~」とえへへと笑いながら言っていました。自分でそうやって気づくこと、考えられる事が、周りから言われるより何より入ります。不登校という大きな出来事を経験したからこそ、自分で気づくことができたのです。 まだリハビリ状態の娘ですが、私も娘の休息期にはまだ心配になりますが、でも、 「不登校にありがとう!!」 そう思えるようになった私も、不登校の初期やトンネルの真ん中の時は、とても苦しく辛かったです。もちろん子どもが一番辛い思いをしているのですが、辛い子どもを見ていると、親も辛いのが当然の心理です。一人で抱えず、一緒にお話ししましょう。子どもさんが元気になっ

  • 不登校になったら外に出れなくなる理由

    不登校を振り返った娘の記事の続きになりますが、娘の話を聞いてとてもしっくりきたことがいくつかありました。 そのうちの一つが、「不登校になったらママだけが味方で、周りはみんな敵に見えた」ということです。 それほど学校に行けなくなった自分に対して、自己嫌悪・罪悪感に陥り、ショックで周りがみんな自分を受け入れてくれない「敵」に思えてしまうのですね。 そんな状態で外に出られるわけがありません。 学校には行けなくても、外に出られるのでは?なんて、簡単なものではないのですね。 外に少しずつ出たとしても、人目が気になり、誰もが自分のことを悪く言っているような気持ちになり、すぐにしんどくなってしまいます。 店、人ごみ、電車・・・不登校になったらどれもストレスで気分が悪くなるのではないでしょうか。 娘も少しお店に行っただけで、すぐにしんどくなって帰りたがったり、電車でも体が固まって吐き気がしてきたり、人ごみでも息がしにくくなって座り込んだり・・・ということが、不登校中はよくありました。 私は、なんとなく不登校だから外に出るのもしんどいよね・・・という程度にしか理解していませんでしたが、「周りがみんな敵に見える」という言葉で、なるほどと腑に落ちました。 それは、どれだけ外に出るのがしんどいことか。 不登校の子どもが必死の思いでマスクをして、外に出る。 計り知れない努力ですね。 そんな状態で、ある時いきなり外で元気に過ごすということは難しくて、やはり少しずつ少しずつ・・・リハビリが必要なようです。 そしてそれを克服していく子ども達。なんと強くて素敵な子ども達なのでしょう。 私はますます不登校の子ども達が大好きになっています。 娘が教えてくれた、なるほど!そうかと腑に落ちたことがまだいくつかあります。それをこれからも紹介していこうと思っています。 不登校の渦中の時は、親子でとてもしんどい状況です。でも子どものことを理解して、ちょっとした関わり方のこつを勉強していけば大丈夫です。 ゆっくりお話ししましょう!ホームページからお問い合わせくださいね。 不登校・ひきこもりランキング

  • 不登校を振り返って娘が教えてくれたこと

    昨日の日記の続きになります。 昨日はじっくりと不登校のときのことを振り返り、どんな気持ちだったか、大人はどう対応してほしかったか、不登校を経てどんな自分になったのかなど、教えてくれました。その具体的な言葉を私も忘れないように、ここに残しておこうと思います。 ☆小学5年生のときに不登校になりかけていた時のこと。 ・自分の気持ち 学校のことを考えると吐き気がして、心もキュッとして苦しかった。学校に行かないといけないと思っていたけど、それ以上に行けない。ママが学校に休むことを連絡するときに罪悪感で苦しかった。原因はその時ははっきり分からないが、今思うと担任の先生が怖くて、クラスの雰囲気が嫌だった。発表や緊張することがあると、ストレスで行きたくなくなった。でも、音楽会や行事の時は行こうと決めて行けた。 ・親に対して もし今不登校の小学生の親にアドバイスするとしたら、「明日は行きや」とか、「いつ行けるの?」とか絶対に言ってはいけない。(私は言っていました(>_<))その言葉で余計に辛くなる。親はしばらく休ませてから長期化しないように先生と連携して、不安を取り除いてあげたり、優しく迎えにきてくれたりするといいかな。 ・先生に対して とにかく不安を取り除いてあげる。先生の交代も学年が変わる時に考えてあげたり、迎に来るときは強制的ではなく優しくしてほしい。(娘も6年生になるとき、女性の優しい先生に変えてもらい楽しく登校するようになりました。また、保健の先生が優しく、車で迎えに来てくれました。) ☆高1三学期から不登校になった時のこと。 ・自分の気持ち エネルギーが切れて動けない状況。とにかく休ませてほしい。だんだんこのままではいけないと葛藤して苦しくもなるが、年単位で休む必要があった。 ・親に対して 何も言わず見守って寄り添ってほしい。感情はアドバイスせずただ聴いてほしい。 ・今の自分 不登校の経験をしたからこそ、無理せず調整しながら休むことを覚えたり、みんなに好かれなくても合う人に好かれればいいと思えたり、人の気持ちを前以上に考えるようになったりできた。 高校生のことは、つい最近までトンネルの中だったので、詳しくは、これまでの日記に綴っています。 娘は不登校中、ママだけが味方で、他の人はみんな敵に見えたと言いました。だから不登校の子ども達は、外に出ていけなくて、引きこもるんですね。それくらい外の世界が怖く、辛くて苦

  • さなぎママの日記はこちらへ移行します。

    こんにちはさなぎママです。 書きやすさ、読みやすさを考え、さなぎママの日記の続きは、今後こちらへ移行します。 これからも、よろしくお願いします(^^) これまでのさなぎママの日記は、こちら↓ https://www.futokocl.com/

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