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ブログタイトル
歴史好きの徒然日記
ブログURL
https://www.yamatotsurezure.com/
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奈良県を中心とした街歩きやおすすめスイーツ、歴史の話題を書いてます。 城跡や城下町、古民家、遊郭、神社仏閣などの古跡に興味がある方は一度ご覧ください。 あと、奈良県(大和国)を中心にした歴史上の人物のご紹介もしていきます。
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57回 / 365日(平均1.1回/週)

ブログ村参加:2019/06/30

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やまとこおりやまんさん
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歴史好きの徒然日記

やまとこおりやまんさんの新着記事

1件〜30件

  • 筒井順慶とは何者か

    皆さんこんにちは。 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」にいよいよ筒井順慶が登場しました。 戦国時代に関心がある方なら、名前くらいは聞いたことがある、という人も多いかもしれないですが、ドラマや小説などに取り上げられることも少なく、一般的な知名度は正直低いかもしれません。 「元の木阿弥」「洞が峠を決め込む」といったワードを連想する人も多いかもしれないですね。 戦国の大事件、本能寺の変とその後の天下の動向に、深く関わった人物にもかかわらず、今までは大河ドラマでも、ほとんど無視され続けたと言ってよいかと思います。 従来の戦国ドラマは、三英傑を生み、江戸時代のほとんどの殿様たちのご先祖になる、東海地方出…

  • 奈良から名古屋へ新幹線通勤している件(4)ナゴヤで食べるご当地ラーメンいろいろ

    皆さんこんにちは。 奈良から名古屋に通い始めて、はやくも半年あまり経ちました。 残業が多いこともあって、毎日晩御飯はコンビニのパンばかりが続いていましたが、さすがに半年も続けるとうんざりです。 たまには温かいものを食べて帰りたい! という訳で、名古屋駅構内にある、名古屋・驛麺通りに、週末を中心に通うようになってます。 驛麺通りは、名古屋駅で全国のご当地ラーメンが楽しめる場所で、「平日、さっと晩御飯を食べて帰りたい!」という私みたいな人にはうってつけです。 驛麺通りの場所はこちら。 名古屋駅中央コンコースの南側にあります。 新幹線の改札が近いので、私のような通勤客や、出張帰りの方には利用しやすい…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(8)

    皆さんこんにちは。 日米開戦の火蓋を切った真珠湾攻撃。 その空中攻撃隊総隊長、淵田美津雄をご紹介して今回8回目です。 www.yamatotsurezure.com 敗戦とともに公職追放となって、故郷奈良に帰った淵田。 恩給も止められ経済的には困窮しつつも、家族とともに耕作や自宅の建設と穏やかな日々を過ごします。 しかし、1946(昭和21)年5月から始まる極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判に淵田も否応なく巻き込まれることになります。 東京裁判 丸の内裁判 マーガレット・コヴェル 東京裁判 東京裁判が始まると、淵田も証人として、何度も東京丸の内の郵船ビルにあった占領軍法務部に召喚され、取り調べ…

  • 法起寺のコスモス

    皆さんこんにちは。 秋も深まり、朝晩も冷え込んできました。 この時期の代表的な花に、コスモスがありますが、私の自宅のご近所にある斑鳩町の世界遺産、法起寺周辺は、近年すっかりコスモスの名所になってきているようですね。 私にとっては2015年に12年ぶりに東京から地元に戻ってきて、妻の実家がある平群に大和郡山から向かう道中、法起寺の周りに広がる一面のコスモスを見て、こんなきれいな場所だったかなと、奈良のすばらしさを最初に再発見した場所になります。 以来、毎年ハイキングがてら訪れている場所で、今年も先日行って参りました。 ちょうど見頃を迎えてましたので、今日は法起寺のコスモスをご紹介したいと思います…

  • 奈良から名古屋へ新幹線通勤している件(3)コロナ禍のナゴヤでプロ野球観戦

    皆さんこんにちは。 今年は名古屋に職場が移り、コロナ禍もあって、プロ野球の観戦はほとんど諦めてました。 特に贔屓のタイガースは、通常でも週末は甲子園のチケット取るのが大変なのに、今年は入場制限でさらに入手が困難な状況に、、 10月に入り、既に今シーズンの趨勢が決まった感もありますが、なんとか野球を見に行けないか、と思っていたところ、どうやら平日のナゴヤドームは、それほど混雑しないことがわかりました。 今年最後のナゴヤドームの三連戦。 これは都合をつけて行くしかない!と、三連戦の最終日、翌日も仕事であることも度外視して、木曜のゲームを見に行くことにしました! 名古屋駅からナゴヤドームへ ナゴヤド…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(7)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃総隊長として、日米開戦の火蓋を切り、戦後キリスト教伝道者となった淵田美津雄をご紹介して今回7回目になります。 www.yamatotsurezure.com 1945(昭和20)年8月5日、連合艦隊航空主席参謀であった淵田は、出張で広島を訪れ、当日一泊する予定だったところを、急用で奈良に向かうことになり、翌日広島を襲った原子爆弾の惨禍を免れることになります。 広島、長崎と相次いで投下された原爆の調査を終えて、日吉台の海軍総隊司令部に戻った11日の夜、淵田は上官から日本がポツダム宣言を受諾して降伏することに決したことを聞かされました。 無条件降伏 降伏文書調印式 帰…

  • 歴史上の人物に見る「逃げ恥」

    皆さんこんにちは。 「逃げるは恥だが役に立つ」といえば、2016年にTBS系でドラマ化され、主題歌も大ヒットした漫画のタイトルですね。 もとはハンガリーのことわざで、恥ずかしい逃げ方だとしても、生き抜くことが大切であることを意味します。 「逃げる」というと、とかくマイナスイメージが付きまといますが、歴史上成功した人物も、その大業を果たすまでにこっぴどい逃亡劇を演じた人も少なくありません。 源頼朝 足利尊氏 織田信長 筒井順慶 源頼朝 関東の武士をまとめ上げ、鎌倉に武家政権を打ち立てた源頼朝ですが、その人生には2度の絶体絶命の危機がありました。 最初の危機は、平治の乱です。 13歳の頼朝にとって…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(6)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の現場総指揮官、淵田美津雄を紹介している当記事も、今回6回目です。 1942(昭和17)年6月、日本はミッドウェー海戦で主力空母4隻と多数の航空機を失って大敗します。 www.yamatotsurezure.com 第一航空艦隊旗艦、赤城の飛行隊長であった淵田は、戦いの直前に盲腸を患い緊急手術したため、赤城の艦上で出撃することなく戦いの当日を迎えました。 アメリカの爆撃を受け、大火災を起こした赤城から、両足骨折の大けがを負ったものの生還した淵田でしたが、前線からは離れることになります。 い号作戦・消耗する日本 捷一号作戦・連合艦隊の壊滅 原爆の惨禍を目にして い号…

  • みんな大好き「陰謀論」。黒幕は存在するのか。

    皆さんこんにちは。 今回は巷にあふれる「陰謀論」について取り上げてみたいと思います。 個人的にはいろいろと想像を膨らませてくれることもあり、歴史的事件の陰謀論の類は大好物です。 とはいえ、扱いを誤ると、危険なものにもなりかねないものなので、注意も必要ですね。 世の中は「陰謀」であふれている 本能寺の変に黒幕は存在するか 関ヶ原西軍蜂起は家康の陰謀か 真珠湾攻撃をアメリカは知っていたか 陰謀論との付き合い方 世の中は「陰謀」であふれている さて、世の中には様々な陰謀論が存在してます。 歴史的事件でも、「あの事件は、実は裏で糸を引いていた者がいる」といった黒幕説をともなう陰謀論が数多くあります。 …

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(5)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の空中攻撃隊総隊長、淵田美津雄をご紹介して今回5回目です。 www.yamatotsurezure.com 真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争の序盤戦、日本は瞬く間に南太平洋を席捲し、アメリカ、イギリスを圧倒しました。 敗戦続きのアメリカは、空母による東京空襲を計画し、後にドーリットル空襲と呼ばれる日本本土への攻撃を成功させます。 この空襲による軍事的な戦果はほとんどなかったものの、東京を空襲された事実に衝撃を受けた日本海軍首脳は、ミッドウェー作戦を計画、そして実行に移していくことになります。 MI作戦 ミッドウェー海戦 MI作戦 ドーリットル空襲で初めて本土空襲を…

  • 天下人を支えたナンバー2。大和大納言、豊臣秀長

    皆さんこんにちは。 成功する組織には優れたリーダーはもちろんですが、優秀な補佐役となるナンバー2がいるものです。 織田信長の覇業を継承して、天下人となった豊臣秀吉。 下層階級の出身から武士となったと考えられる秀吉が、第一の家臣として、終生最も信頼したのが、実弟である豊臣秀長でした。 劇的な数多くのエピソードで彩られた秀吉に比べると、秀長は存在感があまりありません。 秀吉の生涯を描いた小説、ドラマ等は数多くありますが、秀長が存在感を持って描かれたのは、堺屋太一の小説「豊臣秀長」を原作の一つとした1996年の大河ドラマ「秀吉」と、古田織部を主人公とした漫画「へうげもの」くらいしか、私の頭には浮かん…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(4)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃の現場総指揮官、淵田美津雄をご紹介して今回4回目です。 徹底した隠密行動で真珠湾奇襲を成功させた、日本海軍の第一航空艦隊は、アメリカ太平洋艦隊の主力戦艦の多くを撃沈、大破させ、所期の作戦目的を達成しました。 www.yamatotsurezure.com ハワイ沖から日本に帰国した淵田達を待っていたのは、思いがけない歓迎でした。 拝謁と偽りの大本営発表 南方作戦 ドーリットル空襲 拝謁と偽りの大本営発表 1941(昭和16)年12月23日、真珠湾攻撃を成功させた南雲忠一中将率いる機動艦隊は、無事内地に帰還を果たしました。 艦隊が豊後水道に差し掛かったところで、各空…

  • 明智光秀と奈良

    皆さんこんにちは。 2020年大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公として、脚光を浴びている明智光秀。 彼のゆかりの地といえば、領地のあった近江坂本や、丹波亀山、福知山が有名でしょうか。 奈良県域の話題や歴史的な出来事をご紹介する当ブログとは一見無縁の人物ですが、織田信長の配下として、畿内の多くの武将を与力として従えていた光秀。 畿内にあって、細川藤孝と並ぶ有力な光秀の与力が、大和の筒井順慶だったこともあり、信長が関係した大和での出来事にいろいろと顔をのぞかせています。 それほど多くはありませんが、光秀が大和に残した足跡をたどってみたいと思います。 意外と奈良は、同時代の一次史料に乏しい光秀の実像を…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(3)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総隊長、淵田美津雄をご紹介しています。 日中戦争が泥沼化する中、中国、東南アジアへの日本軍の進出をめぐり、日米は一触即発の緊張関係となっていました。 www.yamatotsurezure.com 1941(昭和16)年11月26日、給油艦6隻を含め30隻を超える大艦隊が択捉島単冠(ひとかっぷ)湾を出航。 一路真珠湾を目指します。 トラ・トラ・トラ 真珠湾攻撃 帰還 トラ・トラ・トラ 現地時間の12月5日、極秘裏に択捉島を発した第一航空艦隊は、アメリカの哨戒網や民間商船に発見されることなく、ハワイの北700浬に到達しました。 この時点で、ハワイに配備された米軍…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(2)

    皆さんこんにちは。 真珠湾攻撃隊の総指揮官を務めた淵田美津雄の半生をご紹介する、今回2回目となります。 前回はその出生から海軍士官となり、飛行将校として歩みだした淵田をご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 1922年のワシントン海軍軍縮条約以来の軍縮の時代は、1934年に日本が軍縮条約の破棄を通告し、2年後に無条約時代を迎えるに至って終焉を迎えます。 世界は再び軍拡の時代を迎え、日本海軍は大和、武蔵の建造を核とする通称③計画を発動させました。 日中戦争の泥沼化と日独伊三国同盟締結によって急速に日米関係が悪化する中、海軍大学校を卒業した淵田は、転任した空母赤城が所属す…

  • キリスト教伝道者となった真珠湾攻撃総隊長、淵田美津雄(1)

    皆さんこんにちは。 今回ご紹介する人物は、日米開戦の火ぶたを切った真珠湾攻撃で、真珠湾攻撃隊の総指揮を執り、「トラトラトラ(ワレ奇襲ニ成功セリ)」のトラ連送の暗号打電を行った、淵田美津雄です。 太平洋戦争の戦史について、詳しい人以外、日本ではほとんど知られていない人物かと思います。 淵田は海軍将校として真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦など、太平洋戦争の主要な戦いをくぐり抜け、原爆投下から戦艦ミズーリでの降伏文書調印にまで立ち会い、戦後は一転してキリスト教に改宗、戦争による憎しみの連鎖を裁ち切ろうと伝道に生涯をささげた人物です。 その非常に数奇な人生を、今回から数回に分けてご紹介していきたいと思い…

  • 奈良から名古屋へ新幹線通勤している件(2)史跡を毎日巡る日々。

    皆さんこんにちは。 私の勤め先は、現在も原則テレワーク継続中なのですが、私は業務の都合から、6月末から名古屋への通勤を再開してます。 テレワークに馴れきってたので、再び片道2時間の通勤はかなり堪えていますが、最近ようやくリズムができてきました。 近鉄郡山から名古屋まで長い道中なのですが、車窓風景を楽しみながら毎日通ってます。 特に好物の城跡が、意外にたくさん見えるので、新幹線を中心に、見処スポットをご紹介したいと思います。 郡山城 八幡山城 観音寺城 彦根城 佐和山城 伊吹山 関ヶ原 稲葉山城(岐阜城) 清州城 名古屋城 郡山城 近鉄郡山駅を主発すると、すぐに西側の車窓に飛び込んでくるのが、郡…

  • 変節漢か忠義の士か。藤堂高虎

    皆さんこんにちは。 藤堂高虎という戦国武将をご存知でしょうか。 築城の名手として知られ、その特徴は高く石垣を積み上げる高石垣。伊賀上野城が代表格ですが、同じく戦国末期に築城の名手として知られた加藤清正の反りを重視した石垣とはまた違った見どころを持っています。 しかし何といっても高虎といえば、何度も主君、主家を変えた武将として知られています。 そのため、高虎は利に聡く、変節漢というイメージが意外と根強い人物なんじゃないでしょうか。 今回は、そんな高虎のイメージが、事実を反映しているものなのかどうか、彼の飛躍のきっかけとなったある主君のもとでの活躍を中心に、迫っていきたいと思います。 あれ、このブ…

  • ブログ開設から1年経ちました。

    皆さんこんにちは。 2020年7月10日で当ブログ開設から早いもので1年になりました。 読者の皆さん、毎度読んでいただいて本当にありがとうございます! 1年振り返り 当ブログのアクセス数トップ3 1年振り返り 学生の頃はサークルで創作したり、いろいろ自分の趣味の世界をアウトプットする機会を持っていたのですが、社会人になって、そういうことをぱったりやめて20年あまり。 ちょっと仕事で行き詰っていたこともあって、気分転換に新しいことをしようと考えたのがきっかけでした。 で、何をしようかとあれこれ考え、もともとモノを書くのが好きだったので、趣味の歴史やプロ野球、街歩きのことを書くブログにしよう!と始…

  • 日本独自の美「侘び」の発見者、村田珠光

    皆さん、こんにちは。 奈良にまつわる話題や人物について、ご紹介してきた当ブログですが、今回ご紹介するのは村田珠光という人物です。 村田珠光のこと、ご存じでしょうか。 室町中期に奈良に生まれた人物で、現在我々がイメージする茶道、茶の湯の様式を創始したといわれる人物です。 茶の湯というと、日本を代表する文化の一つですね。 とくに武野紹鴎、千利休らが大成させた、わび茶は「侘び」という、日本独特の美意識を生み出しました。 この「侘び」という美意識を発見し、わび茶を創始したのが、珠光なのです。 村田珠光とは 和漢この境を紛らわす その後のわび茶 村田珠光とは 1423(応永30)年、奈良に生まれた珠光は…

  • 三英傑(信長・秀吉・家康)は理想の上司、経営者か!?

    皆さんこんにちは。 いつもは奈良を中心とした人物や歴史、史跡と、少々ニッチな話題を書いてる当ブログですが、「たまにはメジャーどころの話題も書いてみたいな」ということで、今回は戦国の三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を取り上げてみたいと思います。 三英傑といえば、歴史上の人物の中でも、幾度となく小説、ドラマ、映画の主人公として描かれ、ほぼそのイメージも定着していると思います。 共通するのは、多士多才な人材を活用し、天下に覇を唱えたことから、理想の上司、経営者としても人気のある人物たちですね。 実際のところ、彼らの人材の登用や活用がどのようなものだったか、実際に家臣にどのように相対したかを見てい…

  • 江戸を造った法隆寺番匠 中井正清

    皆さんこんにちは。 飛鳥時代からの建築が今なお健在な法隆寺。 この建築を支えてきたのが、代々法隆寺に奉仕してきた番匠(宮大工)たちです。 法隆寺が生んだ不世出の宮大工といえば、昭和の大修理や薬師寺の伽藍復興で活躍した、西岡常一棟梁を思い浮かべる人も、多いのではないでしょうか。 www.yamatotsurezure.com 西岡棟梁が生まれた法隆寺西里の地は、もう一人、戦国時代の末に不世出の大工を輩出しています。 その名は中井正清。 家康に仕えて江戸初期の多くの大規模建築の棟梁を務め、大工棟梁でありながら1000石を知行したうえ、従五位下大和守に叙任され、後に初代京都大工頭となって畿内一円の大…

  • 大和一向一揆。戦国大和の宗教戦争

    皆さんこんにちは。 一向一揆というと、加賀一向一揆、長島一向一揆、歴史マニアの方なら三河一向一揆などが有名ですね。 興福寺の勢力が強かった奈良、大和国とは一見無縁のようにも見えますが、実は興福寺や筒井氏をはじめとする国人達と本願寺門徒たちの、激しい闘争が繰り返された地であることをご存じでしょうか。 大和における浄土真宗 大和天文一揆 寺内町の興亡 現在の奈良を形作る 大和における浄土真宗 さて、大和国といえば、古代からの仏教勢力が、精神世界だけでなく世俗権力としても大きな力を振るっていたことで知られます。 特に平安末期から中世にかけては、興福寺が事実上、大和の支配者として君臨していました。 w…

  • 「法隆寺の鬼」と呼ばれた男。最後の法隆寺宮大工、西岡常一(5)

    皆さんこんにちは。 不世出の宮大工、西岡常一棟梁をご紹介してきた当記事も今回が5回目で、最後となります。 薬師寺では金堂と西塔が再建され、その後も伽藍復興が続くことになります。 www.yamatotsurezure.com 常一は引き続き薬師寺棟梁として、この大事業に携わっていきました。 白鳳伽藍の復興 事に仕えて意気に感ず 知識人になるな さいごに 白鳳伽藍の復興 1979(昭和54)年、西塔の再建が進む中、中門と回廊の再建、そしてかつての伽藍にはなかった玄奘三蔵院の新たな建立が決まり、常一はこれらの設計試案に携わります。 後に昭和、平成と続くことになる薬師寺の復興伽藍構想が具体的に動き出…

  • 奈良から名古屋へ新幹線通勤している件(番外・テレワーク編)

    皆さんこんにちは。 www.yamatotsurezure.com 2020年4月から、会社の部門異動で勤務先が名古屋になり、自宅のある奈良県大和郡山市から名古屋まで通勤することになった、…のもつかの間。 折からの新型コロナウィルス感染拡大にともなって、私の勤務先でも4月の中頃から環境の整ったメンバーから在宅勤務に切り替わっていき、私も4月末のGW直前からテレワークすることになりました。 長距離通勤にも慣れてきた頃だったので、戸惑いもありましたが、こればかりは仕方がありません。 という訳で、1か月足らずで新幹線通勤が中断。 再び人生初の体験です。 今年はまだ半分も終わってないというのに、個人的…

  • 「法隆寺の鬼」と呼ばれた男。最後の法隆寺宮大工、西岡常一(4)

    皆さんこんにちは。 最後の法隆寺宮大工棟梁、西岡常一棟梁の足跡をご紹介する記事の今回は4回目です。 www.yamatotsurezure.com 戦後、法隆寺金堂の復元修理を終えた後、広島県福山市の明王院の解体修理、法輪寺三重塔の再建に参加していた常一ですが、いよいよ常一の宮大工としての集大成ともいうべき仕事に取り組むことになります。 薬師寺宮大工棟梁となる 金堂再建 法輪寺三重塔再着工と父楢光の死 薬師寺西塔再建 薬師寺宮大工棟梁となる 1967(昭和42)年、薬師寺の管長に高田好胤が就任します。 好胤といえば、話の面白いお坊さんとして有名ですね。 仏法の種をまくことを自身の使命と考えた好…

  • 奈良県の怪異・妖怪の伝承(8)「たたり・怨霊」

    皆さんこんにちは。 古来より、恨みを抱いて亡くなった死者が、怨霊となって祟る、怪異をなすというお話は多いですね。 四谷怪談や番町皿屋敷など、怨霊は怪異譚の定番ともいえる題材ですが、今回は奈良県に伝わる怨霊にまつわる怪異譚をご紹介したいと思います。 寺つつき 蘇我入鹿の首 長屋王 井上内親王と他戸親王 怨霊とは 寺つつき さて、奈良県で怨霊にまつわる怪異というと、実のところ古代の権力争いに破れた者の、恨みや祟りといったものが非常に多いのが特徴です。 寺つつきという妖怪も、そんな怪異のひとつになります。 江戸時代の妖怪画の大家、鳥山石燕の「今昔画図続百鬼」でも描かれたこの妖怪。 聖徳太子によって討…

  • 「法隆寺の鬼」と呼ばれた男。最後の法隆寺宮大工、西岡常一(3)

    皆さんこんにちは。 不世出の宮大工、西岡常一棟梁をご紹介していましたが、今回3回目となります。 1934(昭和9)年に始まった法隆寺昭和の大修理は、日中戦争とそれに続く太平洋戦争の時期に重なり、棟梁の一人として解体修理に従事していた壮年の西岡常一は、3度の招集を受けて戦地と修理現場の往復を繰り返すことになりました。 www.yamatotsurezure.com 戦争を乗り切り、法隆寺に復帰した常一でしたが、戦後の混乱で修理は停滞し、常一も家族を抱えながら食うや食わずの困窮に陥ります。 1949(昭和24)年、失火により法隆寺金堂が焼失する事件がきっかけとなり、修理が本格的に再開されると、常一…

  • 奈良から名古屋へ新幹線通勤している件(1)

    皆さんこんにちは。 私事で恐縮ですが、2020年4月から勤め先での部門異動で勤務地が名古屋に変わり、現在自宅のある奈良県大和郡山市から、毎日名古屋に通勤しております。 2月の末に大阪から名古屋へ勤務地の変更を告げられ、家庭の事情で、家族を連れて引っ越しを伴う転勤が難しく、どうしたものかと悩んだ末に、勤め先で最近導入された新幹線通勤をチョイスしました。 今回は、新幹線通勤を選んだ経緯やメリット、デメリットなど、ご紹介したいと思います。 私と同じように、転勤を告げられ、単身赴任と新幹線通勤、どちらにしようと悩んでおられる方の参考になればと思います。 突然の勤務地異動 通勤の準備 新幹線通勤のメリッ…

  • 「法隆寺の鬼」と呼ばれた男。最後の法隆寺宮大工、西岡常一(2)

    皆さんこんにちは。 法隆寺の金堂復興、法輪寺の三重塔再建、そして薬師寺の復興伽藍造営と、数々の歴史的な寺院の改修、復興に携わった不世出の宮大工、西岡常一。 前回は、その生い立ちと、棟梁になるまでをご紹介しました。 www.yamatotsurezure.com 1934(昭和9)年に始まる法隆寺昭和の大修理で、常一は東院礼堂の解体修理で初めて棟梁となりますが、当時、大陸では1931(昭和6)年の満州事変以来、日中両国の緊張が高まり、ついに1937(昭和12)年、盧溝橋事件を契機として日中は全面戦争に突入しました。 法隆寺の大修理に取り組む常一は、数度にわたって戦地と修理現場への復帰を繰り返すこ…

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