たけくま.com
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住所
豊平区
出身
北見市
ハンドル名
たけくまさん
ブログタイトル
たけくま.com
ブログURL
https://takekomiku.com
ブログ紹介文
「なりたい自分」になるための心の持ち方と日々の気づき。そしてハンドメイド部応援隊ブログ 
自由文
-
更新頻度(1年)

223回 / 270日(平均5.8回/週)

ブログ村参加:2019/01/26

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INポイント 30 30 30 20 10 30 30 180/週
OUTポイント 10 10 20 30 0 30 10 110/週
PVポイント 20 10 10 10 0 10 10 70/週
経営ブログ 136位 140位 133位 145位 142位 155位 147位 9,633サイト
モチベーション 2位 2位 2位 2位 2位 2位 2位 184サイト
ハンドメイドブログ 907位 907位 889位 920位 914位 976位 906位 46,923サイト
ハンドメイド情報 2位 1位 1位 1位 1位 1位 1位 187サイト
ライフスタイルブログ 937位 910位 885位 963位 977位 1,047位 986位 66,169サイト
クリエイティブライフ 1位 1位 1位 1位 1位 1位 1位 672サイト
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経営ブログ 204位 200位 194位 196位 218位 221位 244位 9,633サイト
モチベーション 2位 2位 2位 2位 3位 3位 2位 184サイト
ハンドメイドブログ 2,331位 2,309位 2,287位 2,335位 2,442位 2,420位 2,640位 46,923サイト
ハンドメイド情報 2位 2位 2位 2位 2位 2位 3位 187サイト
ライフスタイルブログ 2,863位 2,807位 2,740位 2,789位 2,947位 2,989位 3,107位 66,169サイト
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経営ブログ 133位 133位 130位 130位 133位 138位 134位 9,633サイト
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たけくまさんのブログ記事

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  • 人生RPG~次のステージに進むために必要なアイテムを手に入れろ。

    決めることって勇気が必要だな。と感じています。 決めない方が楽なときが多いから。 でも、実は「決めない」というのは、「決めない」ということを「決めてる」んだよね。 一見リスクを回避しているように見えるけど、決めない限りどこにも進めていない。 とりあえず「決めて」進むと、何かしらのフィードバックはあるものだもの。 本当は「決めない」方がリスクが高いんだけど、「決めること」って怖いんだよね。 今までと違う選択肢をしようとするのって、ものすごく「勇気」が必要。 どんな些細なことであっても。 ある日突然人生が変わることを期待している人って多い。 宝くじが当たったら・・とか 運命的な出会いがあって・・とか わたしの隠されたポテンシャルを見つけてくれる運命の出会い。とか(笑) すんごくわかる。 以前のわたしもそんな風に夢見がちだった。 でも夢見ているうちに少女じゃいられなくなった・・・(笑) 「お金があったら」とか 「時間があったら」とか 今ないものにフォーカスを当てて、理想の自分ではないことの言い訳にしていた。 現状が変わらないのは「○○がないからだ」「○○さえあれば、、、」という具合に。 変われないことを自分以外の環境や人のせいにして、そこに留まり続けるのって「楽」だし、脳は現状維持が好みだし。 今までと違うことをやろうとしたり、違う価値観を身に付けようとすると、脳がブレーキを掛けてくる。 「あぶない!やめろ!!!」って。 だから、変われないのはある意味仕方ない。 だからこそ、「変わろう」とすることはめちゃくちゃ「勇気」が必要になってくる。 「怖い」という感情がやってくるのは仕方がないこと。 今までと違う価値観を受け入れることで、180度考え方が変わるから。 変化すると今までの自分ではいられなくなるから。 自分の価値観を疑うところから始めるのは、めちゃくちゃ勇気を振り絞る必要がある。 なによりも自分に言い訳したくなる。 次のステージに進むために必要な「アイテム」が勇気なのかもね。 だから、次に進むために自分の人生がRPGだと思って日々遊んでみると楽しくなってくる。 頭

  • 効果的な受け取り方~学びに費やした時間とお金を回収する方法

    本を読んだり、講座で学んだり、自分を成長させてくれるツールってたくさんあります。 成長することへの貪欲さって、すんごく好きです。 にんげん、いくつになっても成長していけるもの。 知識欲や成長欲って、どんどん螺旋状に増えていくような気がする。 わたしも、講座を受講したり、スンバらしい人の話を聴いたり、本を読んだりして新しい知識を得るのは大好きです。 とはいえ、せっかく受けてもちっとも身にならない。なんてことないですか? せっかくいい話を聞いても、家に帰ると綺麗さっぱり「あれ?なんだっけ」な~んて。 聴いている間は「うん。うん」「すご~い」「そうやったらいいんだ」とか「わたしにも出来そう」とか いろいろ思うし、ワクワクしていたにも関わらず、24時間経たないうちにすっかり忘れてる。 「あの時間、なんだったんだ!」ってなること・・・ 講演会とはセミナーとか、始めて聴くような新鮮な内容であればあるほど「へ~」で終わってしまう。(笑) 聴いただけで、わかった気になってしまう。 アルアルですよね。 数年経って、改めて誘われた時に「そういえば、わたしその人のセミナー行った事ある」って思いだす。 で、「そこでの人とのご縁が良かったから・・」なんていう言い訳をして自分を納得させる。 ご縁も確かに「かけがいのない」ものですし、後に繋がっていることもたくさんあるので、それはそれで貴重です。 が、肝心の講座自体が、ぜ~~んぜん、何にも活かされていない。 つい最近までわたしはこのパターンでした。 でも、めちゃくちゃ日常で活かされている講座やら本もたくさんあるんです。 その違いって何だろう?と思い返してみました。 決して、講座の内容だけの問題ではないことに気がつきました。 (全然役に立たない講座もあるにはありますが・・・) 「アウトプット」の量の違い。 受取るだけではなく、どれだけアウトプットしたかによって、身につき方が全然違うんです。 アウトプットの方法は大きくわけて次の二つ 一つは、講座で学んだことや役に立ったことや感じたことを表現する。 誰かに話すこともアウトプットだし、例えばブログなどで表現することもア

  • 「片付けの心理法則」~整理整頓よりも先に必要なこと。

    モノって勝手に増えていきませんか? お店で購入するときに選んで、厳選して買ってきているはずなのに、 もう使わなくなったモノは処分しているはずなのに、 なぜだかモノが減らない。 何かひとつ購入してきたら、何か一つ処分するようにはしていたんです。 なのに、なぜだかモノが増えている様な気がする。 その理由がわかりました。 意識していないモノたちを、結構家の中に取り入れていたんです。 プレゼントやお土産で頂いたモノとか(嬉しい) 日用品だからと気軽に買ってきたものとか 「本」と「布」に関しては気軽にどんどん取り入れているし。 意外にも意識せずに家の中に入っているモノたちが、思っている以上にあることに気がついた。 これじゃあ、減るどころか増えていくのは当然。 だって均衡を保ててないんだもの。 「ミニマリスト」ではないので、モノが少なければいいとは思っていないんです。 快適に暮らせて、必要なモノがすぐ取り出せて、作業するときには作業しやすい環境があるのが理想 気付きのきっかけになったのはこの本。 「人生を想い通りに操る 片づけの心理法則」 表紙をめくるとこう書いてあります。 「本書は部屋がきれいになることをゴールにした本ではありません。片づけで人生を最大化し、幸福を手に入れるための本です。」 この考え方すんごく好きです。 自分にとって快適に暮らすことが目的だから、極端なことを言うと綺麗な部屋でなくても、どこに何があるのかわかっていればいいのかもしれないな。と思うのです。 自分にとって居心地よく過ごせるためのアイテムを排除してまで、ミニマムに暮らすことが、イコール幸福とは限らない。 なのでわたしの場合は「ミニマム」に暮らすことが本意ではないんです。 片付いている空間の方が好きだけど、機能的過ぎるのは、わたしにはちょっと違う。 自分の価値観や何のために片付けをするのか。から言及している本です。 片付けをする前に必要な自分自身の在り方 片付けひとつとっても、生き方がベースにないと、その時の流行に振り回されてしまう。 どんなに収納術の本を買っても、 どんな

  • https://takekomiku.com/exciting-pursuit/

    夢中でやってしまうことって何ですか? 最近なんだか楽しくないな~ 不満はないんだけど、わくわくしない・・ なんてことないですか? わたしは結構そんな時期を長く過ごしてました。 で、とりあえず、興味を持ったものを片っ端からやってみた。 ちょっと興味が沸いた講座もとにかく行ってみた。 で、 「あっ。そうそう。数年前にこんなことやりたいって思ってた。」 とか 「ここに行ってみたい。って以前思った事あった。」 とか なんだか、忘れてたけど「過去に思った事結構叶ってる~」って思ったのです。 で・も、 それでも何だか物足りない。 それは、自分にとっての「一番」に向かっていなかったからでした。 自分にとっての一番 夢中になって時間を忘れて、お腹が空いてても気にせずやってしまうこと。 人それぞれあると思う。 つい夢中になって、「はっ!!!」と気がついたら「こんなに時間が経ってた」というモノゴト 自分にとっての「一番」に向かう時、最初「怖い」んだけど、いざ始めると楽しくて、楽しくて、時間を忘れて没頭してしまう。 わたしにとっての「一番」は「モノを創り出すこと」でした。 もともとわかっていたけど、なんだか随分遠回りしてました。 しかも色々やってはみたんだけど、アプローチが違っていたって気がつきました。 ほんとうは随分前からアドバイスも頂いてはいたんだけど、自分自身で「あっ!」と思わないと先に進もうと思えないもんです。 でもこれもタイミング。 機が熟すのを待ってたのかも。 ただただ創ることが好きなんじゃなくて、頭の中で思い描いたことを見える形にしていくことがすんごく好き。 そして、その創りだしたもので、どこかの誰かが喜んでくれている。ってわかった時にすんごい!すんごい!!!「幸せだな~」と思うのです。 こうして文章を書いてると、「この記事すっごく心に響いた」というコメントをいただくことがあるんです。 ブログを見てくださった上にコメントもいただけて、すんごく嬉しくて「幸せ~」って感じる瞬間です。 文章を書くことも、頭の中の思った事を「文字」という形にしていくことのひとつ。 外に

  • 「以前ダメだったからまた次も・・・」と思ったら、まずは自分に聞いてみる。

    また失敗した。 次も絶対うまくいかない。 と、いう思考に捉われてしまうことないですか? 取組んだモノゴトの規模に関わらず、何かを経験すれば「失敗」はつきものだと思う。 失敗した時に「やっぱりね」と思うなら、次に挑戦しても結果は多分また「やっぱりね」になる可能性の方が高い。 だって「失敗する」という前提が引き寄せるのは「やっぱり失敗した」だもの。 心の奥底で「やっぱりね」の波動を出して入れれば、ほ~らちゃんと「お望み通り」がやってくる。 そんなマイナスな思考に捉われた時には、「うまくいかなかった原因」を洗い出してみるといい。 わたし自身、ものごころついた時から洋裁をしているけど、いまだに失敗はします。 「あっ!やっちゃった~」って仕方なく、一度縫ったところをほどいて縫い直し。割とよくやります。 で、失敗した原因をちゃんと確認して、次にはその検証した「同じ過ち」を繰り返さないでもう一度やってみる。 成功率は間違いなくあがる。 それでもうまくいかなかったとしたら、もう一回どこに原因があったのかを検証する。 ひとつひとつつぶしていけば、どんどん精度はあがる。 そもそも挑戦しない限り「失敗」も出来ない。 自分の望む結果に到達したら成功。 望む結果にならないと失敗という定義でしょ。 望む結果に辿りつきたいのに、心の中で「うまくいかない」って最初から決め込んでたら、いつまでたっても「望む結果=成功」には届かない。 「次も絶対うまくいなかい」って決めつけてしまう思考のクセ できない方に焦点を当てている限り、焦点をあてているものが拡大しちゃうんだな。 極端なこというと、うまくいくか。いかないかは本来50:50の割合のはず。 次に挑戦するときに、な~んにも学ばず「一度ダメだったから次もだめ~」という意識でいる限り、同じことの繰り返し。 もったいない。 とはいえ、「前それやってうまくいかなかったな~」と考えてしまうことは多々あります。 そんな時は一旦自分に聞いてみる。 「それやりたい??」って。 本当のところ「やりたくない」ことなのに、心は嫌がっているのに、外向きな色んな事情でやっていた

  • 現実にくっつける解釈次第で、出来事は180度違ったものになる。

    断ったら悪いかな。 こんなこと言ったら傷つけるかな? いつもそんな風に相手に気を使って、自分の本心からかけ離れた行動をしていないだろうか? 気が進まないお誘いに対して、 前回も断ったし、その日は空いてるし、また断ったら二度と誘ってもらえないかもしれない。とか。 はたまた グループラインなどで、自分の意見を言いたいけど「これ言ったらなんて思われるかな」と躊躇していつも言いたいことが言えない・・とか。 相手がどう解釈するのかは、相手の世界のこと。 いくら気をつかったところで、相手がどう受け取るのかまでは、コントロールできる範囲ではない。 どんな発言をしようと、 どんなに気を使おうと、 どんな風に受け取るのかは、あくまでも相手の中で起きていること。 相手の中で起きていることに、介入することはできない。 「こんなこと言ったら傷つけるかな?」といくら思ったところで 「傷つく」という選択をするかどうかは相手が決めること。 な~んとも思ってないかもしれない。 同級生と想い出話しをしているのに、まったく違う出来事について話しているような感覚になったことってない? 同じ空間・同じ場所で同じ経験をしているはずなのに、それぞれの記憶が全然違うものになっている。 記憶はただのフィルム。 そのフィルムを収納するときにどんな解釈をくっつけているのかは、人によって違う。 だからいくら同じ想い出を共有していても、人によって記憶されているモノゴトが違うものになる。 今目の前で起きている現実にしても全部そうかもしれない。 体験はすべてわたしたちの心の中で起きていることであって、事実とは異なることってよくある。 出来事にどんな感情をくっつけて記憶しているのかによって出来事の意味合いは変わってくる。 「マトリックス」の世界みたいに。 わたしたちの周りで起きていることも、本当はすべて「マトリックス」の世界のように仮想現実なのかもしれないな。って思った。 気を使ってとった行動に対しても、もしかしたら相手の中では「負」の感情をくっつけているかもしれない。 相手の世界の中で起きていることまで、介入することはどうしたってでき

  • 近づき過ぎるから「ストレス」になる。ならば自分から離れてみる。

    誰もが認められたいイキモノなんだ。 「愛の反対は憎しみではなく無関心」 マザーテレサの言葉だとか、いや違うとか諸説ありますが・・・ そもそも「好き」と「愛情」と「愛」は違うものだけど いずれにしても、やっぱり「無関心」って「愛」の対局にあるもののような気がします。 「嫌い」とか「憎しみ」って、「認識」という前提があるからこそ。 「認識」していなければ「嫌い」にもならないし、憎しみも生まれない。 少なくとも関心を持っているから「嫌い」になったり、「憎む」になったりするもんね。 よくいう「アンチ」って、多大なる関心を持っているひとたちのことだよね。 今読んでいる本「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」の中に 「人は正しいことをして注目されないと時に「負の注目」を集めようとする。それに失敗すると今度は自分の無能さを見せつけるようになる。」 って書いてあるんです。 人間の行動のひとつひとつって、 誰かに認められたい。 自分は特別な存在なんだ。 って示したいというのが大前提に在るような気がします。大なり小なり。 マズローの5段階欲求でも、4段階目の欲求は「承認欲求」 今この時代では、その前の段階の欲求は満たされている人が多いから「承認欲求」を満たしたいのかも。 自慢話をしたがる人も、 人を貶めて自分を優位に立とうとするのも、 やたらと周りの世話を焼きたがるのも、 お店に行って店員に土下座をさせたがるクレーマーも、 ネットで炎上させるのが好きな人たちも、 根本は他者に認められたい。 関心を持ってもらうためにあの手この手と手法を変えているんだな~。 周りと比較して自分は特別な存在なんだ。って示したい。 外を向いているから、認められたいんだと思う。 この中にいると、人間関係で煩わしさを感じてストレスもたまることあるよね。 合せようとするからストレスがたまる。 起きてることに反応するから解決しない。 表面的なものばかり拾うから「イラっ」としたり振り回されたりする。 そういうの一切やめて、自分の内側で感じていることに目を向け始めると、だんだんそ

  • 「制限」を掛けているのは自分自身だってわかっているのに・・・

    人間は「思考」で作られてる。 思った通りの人間になるし、思った通りのことが起きる。 と昨日ものすごく強く思ったのです。 人間って本来とってもパワフルなのですよ。 「う~~ん、こんなことやりたいな」って思ったとしても、心の奥で「いやいや無理でしょ」ってつい否定する声がする。 そうすると、ちゃ~~んと「無理でしょ」と思った通りのことが起きてしまう。 つい最近、もうこれめちゃくちゃ行きたい!!と強く心を動かされるイベント情報があったんです。 そのあとの意識の中の葛藤がすんごいの。 「いや、でも現実問題無理っぽくない??」 「何とかなるんじゃないかな?」 「いつも何とかなるさって軽すぎない?ちゃんと状況を把握しようよ」 と・・・ これ全部私の心の中で起きてる対話です。(笑) ああでもない。 こうでもない。と 二人の自分が喧々諤々。 頭の中をぐるぐるぐる。 気になり過ぎて、瞑想にも集中できないくらい、思考に支配されてました。 で、今朝になって気がついた。 思いっきりぶれている。 思った通りの現実がやってくるんだから、いったん思考を止めてクリアにしよう!!と思ったのです。 出来ない。やれない。というネガティブ側の思考を全部一旦手放してみた。 で、達成したときの感情にフォーカスすることにしてみた。 「行く」前提に思考を切り替えてみた。 どうなるかはわからないけど、 物理的なことは全部宇宙に丸投げして、行くことを前提にほかのものごとを選択してみる。 さて、どうなるか? ここで出てくるのが自分自身を閉じ込めている「制限」とか「固定概念」 そして「恐怖心」 「めちゃくちゃ怖い!!どうしよう」と思ったら、なんだかわくわくしてきたのです。 なんだか真剣になっている自分を眺めて面白くなってきたんです。 経験上「怖い」と思うときは本当は進みたい方向 本当に行きたい方向に向かおうとすると、無意識さんが「だめだめ。やめときなさい」ってストップをかけにくる。 恐怖心に向かおうとする時、目の前の「恐怖」にフォーカスすると足がすくんで「やっぱりやめよ」ってなってしまう

  • https://takekomiku.com/develop-information-literacy/

    インターネットって知りたいことをすぐ検索できてほんとに便利 でも、よく観察しないと、結構嘘っぱちの情報も多い。 何かを比較対象として自分の売りたい商材に結びつけるような情報とか。 情報商材系は、対象となる物をこきおろして、自分の宣伝するものに誘導するもの結構多くありますね。 有名な方の名前で検索すると、検索ページの上位に出てくるのは、ほとんどがそんなネガティブキャンペーン。 便利な反面、その情報が真実なのかどうか。ってまた別の問題。 ここを正しく判断できるリテラシーを育てていきたいな。といつも思っています。 全てを鵜呑みにするのはとっても危険です。 にんげんは基本的に聞きたいことしか聞かないし、見たくないモノは見ない。 同じ情報を受け取っていても、解釈は人によってそれぞれ 全ての情報を100%受け取ってしまうと、脳は優先順位を付けられないからパンクしちゃうから仕方がないの。 自分にとって知りたい情報、優先度の高いものしか受け取らない。 だから、意識が変わると過去に一度見たものであっても、次に見た時には受け取る物が変わってくる。 どんなものでもいいから試してみるといいと思う。 1年位まえに観た時と今改めて観た時の受け取る物の違い。 たとえば「映画」ひとつにしても同じ 短い動画でもいいと思う。 アニメーションなどの娯楽映画でも、その柱にあるメッセージが素晴らしいものってたくさんあります。 アニメーションこそ、誰にでも受け入れられやすいようにエンターテイメントが前面に出てるけど、その奥にあるメッセージは深いものが多い。 「楽しい」だけで以前は観ていたけど、自分の意識が拡大してくるとその背景のメッセージに気が付けたりします。 まったく成長していなければ、受け取る物は変わらないかもしれないけど。 昨日の記事でも書いたけど、人間は「経験」するためにこの世に生まれてきている。 経験すればするほど、成長していく。 毎日の小さな成長には自分ではあまり気がつけないものだけど。 振り返ってみると「あら意外、結構遠くまで歩いてきたな~」って気がつけることあります。 その目安としても、以前観たものをもう一度観てみる。 本で

  • 自分に意識を向けていると、内側からやってくる「恐れ」に気付く

    気づくべきは、自分自身の内側 他人にどう思われるかという視点から、自分がどう思うか?という視点に戻すことでどんどん自由になれる。 って昨日の記事でも書きました。 何かを表現しようとしたり 何かをだれかに伝えようとしたり または、何かやってみようと意を決したり そうすると、自分自身の内側から出てくるものが必ずある。 ゾクゾクしたり わくわくしたり そわそわしたり この感覚ものすごく大切です。 毎日をとにかく、なにごともないように平穏無事に過ごすのもとってもいいんだけど、 わたしたちは「経験」をするためにこの世に生まれてきている。 「成功」したり「お金」を稼ぐためではない。 いくらお金を稼いでもあの世までは持っていけない。 持っていけるのは「経験」だけ。 成功の定義だって同じ。 何かに挑戦して、自分の望む結果になれば「成功」 自分の望まない結果であれば「失敗」 どっちも「経験」であることに変わりはない。 経験するから「学べる」 経験するから「成長」する。 だから、何かにトライしようとして、自分の内側から出てくるなんとも言えない感覚 ゾクゾク・そわそわ・わくわく・・・ 心臓がキュンとなったり、背筋がぞくぞくしたり、、、 この感覚を捉えると、自分が何に対して「恐れ」を持っているのかがよくわかる。 何に対して「心躍る」のかもよくわかる。 一番やりたいことをやろうとした時にこそ、強烈な「恐れ」がやってくる。 一番やりたいからこそ「失敗したくない」という想いがブレーキになってるような気がするな。 はたまた、「この先に進んだら戻ってこれない」と無意識からの働きかけ この無意識からのブレーキ 結構強烈なんです。 だからこそ「試されてる」。無意識のやつブレーキ掛けに来てる。って思うことにしています。 この「恐れ」に向き合って、先に進むとどんどん本来の自分に近づいて行ける。 無意識がブレーキをかける なんにもやらない方が安全地帯にずっと居られて「のほほん」と過ごせるもの。 安心安全だよね。 でもずっと安全地帯にいて「のほほん」って

  • 「表現」することで得られる自由~「表現」することは「生きる」こと

    自分自身を表現していますか? アウトプットという言い方もあるけど「表現する」の方がしっくりくる。 なのであえて 「表現」してますか? 自分自身を表現する。 自分の想いを表現する。 学んだことを自分自身のフィルターを通して表現する。 この「表現」することって、ものすごく受け取る物が大きいと感じています。 こんなこと言ったらどう思われるかな?とか こんなこと言ったら場の雰囲気壊すかな?とか こんなこと言ったら恥ずかしいな。とか 感じたことをそのまま表現する。 慣れないうちは、すっごく抵抗感があったり、怖かったりすると思うんです。 でも、一回やってみるとわかる。 自分が感じていることをそのまま表現することはとっても自由だ。 ということに。 表現するから自分自身に落とし込める。 表現するから確認できて次に進める。 他人にどう思われるかという視点から、自分がどう思うか?という視点に戻すことでどんどん自由になれる。 「見られている」ではなく「見てる」ことに意識を向ける。 そうするとだんだん「どう思われるか」は気にならなくなってきます。 以前のわたしであれば、明らかに躊躇して表現していなかったようなことも、最近はほとんど気にすることなく、感じた通りに表現してます。 自分が表現したいことに従ったのであれば、反応がなくても気にならない。 周りの目を気にして、自分自身が感じていることと違う表現の仕方をすることは自分に嘘をついてることになる。 周りの目を気にして、自分に嘘をつき続けて苦しくなるのは自分自身 つい最近「わたしは自分のことを宇宙人だと思うことにしたんです」と表現してみたんです。 ずっと周りに馴染めず生きづらさを感じてたけど、自分が宇宙人だと思うと妙に腑に落とせたから。 なんの根拠もないけどね。(笑) そうすると「わかる~~」という声がものすごく多くてびっくりしました。 こんな突拍子のないことを言っても共感してくれる人がちゃんといるんだな。と嬉しくなりました。 自分のありのままを表現して、理解されないとしたら、そこはあなたの居場所ではないのかもしれない。 恐れを手放して、自分

  • フィードバックは、豊かな恩恵が潜んでいる成長の機会

    情報を発信していたり、価値や商品を提供していると 時には気に入らないフィードバックをいただくことがある。 一瞬「ムっ」としたり、「うっ」ってなったりすることもあるかもしれない。 いただいたフィードバックに、主観を交えてしまって、自己弁明をしたくなる時もある。 反発したくなる時もある。 でも、これって、すっごくもったいないこと。 主観を交えて、自分の正しさを主張したくなるときこそ、ぐっと我慢して一歩引いて見てみる。 そうすると、そのフィードバックの中にものすごい恩恵が隠れていることに気がつく。 聞きたくない意見かもしれない。 目を背けて向き合いたくない意見かもしれない。 だとしたら、益々恩恵が隠れている。 だって、向き合いたくないことだとしたら、本当のことを言ってくれているってこと。 主観を交えるから、自分の感情を伴って「うっ」となるけど、客観的に見るとフィードバックはただの意見。 以前も書いたけど、よっぽどのクレーマーでない限り、改善すべきことを教えてくれるただの意見 以前こんなことがあった。 タイトルに惹かれて参加したあるセミナー 受講してみると「タイトル」で謳っている部分は全体の15%程度で、残りはほとんどメンタルに関しての内容だった。 「う~~ん、ちょっと想像してたのと違うな~」と思いながらも、2回目に期待してもう一度参加。 う~~ん。やっぱり「タイトル」で謳っていることは全体の15%あるかないか。 わたしには必要なかったな。と判断して、アンケート用紙に、その旨を記載。 夜に主催者さんからお礼のメッセージがきたんです。 「どうしようかな?」「余計なお世話かな??」と思いながら、それこそ「意見」を伝えてみたんです。 批判とか批難のつもりは全くなく「今後のためにタイトルを工夫してみると私みたいに勘違いする人いなくなると思います。」みたいな感じで・・・ とっても丁寧な返信をいただきました。 ただすっごくビジネスライクな返信だな。ってわたしは感じたんです。 女性通し、しかもセミナーの雰囲気はアットホーム。にも関わらず・・・ 主催者と受講者という関係性がある以上、あまりにもフランクな返信は出来ないとは思うけど

  • 何のために「学び」「経験」するのか?~出口があるから自由になれる。

    感情を押し殺していませんか? チクっとした感情 モヤっとした感情 ワクワクした感情 生きていると、瞬間瞬間いろ~んな感情が出てくると思うんです。 ワクワク・ドキドキという好ましい感情ばかりだといいんだけど・・・ チクチクしたり、モヤモヤしたり、という居心地の良くない感情を捉えるときもあります。 なんとなく居心地悪い感情が浮いてきているのに、スルーしてしまうことってありませんか。 ワクワクやドキドキは思いっきり味わうのに、好ましくない感情は「気のせい」にしたり、理由付けをしてみたり、はたまた外部(他人)のせいにしてみたり。 ワクワク・ドキドキと同じように、好ましくない感情も自分自身の内側から出てきたもの。 居心地が悪いからと言って、スルーしてしまうのは、とってももったいない。 自分にとって居心地がよくないものを捉えたなら、その感情の元になっている解釈を書き換えてしまうチャンス。 解釈・フィルター・思い込み いろんな表現があるけど、どれも一緒 イラっとしたり、モヤっとしたり、チクっとしたりするときは、そう感じるフィルターを自分が持っていると気付くチャンスなんです。 最初からフィルターを書き換えることは難しいかもしれない。 でも感じている感覚を見逃さないで、理由づけしないで、素直に捉えてみることは出来ると思う。 その感覚ってすごく大事。 その感情のもとになっている自分自身の思い込みや、過去の出来事と紐づいている黒いフィルターに気がつくと、その意味付けを変えることが出来るんです。 自分で勝手につけている意味づけなんだもの。 過去にこんなことがあったから、このパターンはこう!!とか。 こういう場面ではいつもこんな結果になる。とか 「頑張らないと認めてもらえない」という思い込み だから自分ひとりで頑張る。 一人で頑張り過ぎて人にものを頼めない。 「大丈夫です」って条件反射的に言ってしまう。 そして自分の首を絞める。 こんなパターンを持っていたんです。 そして「なんでわたしばっかり大変な想いをしなきゃいけないの」って周りのせいにしてたんです。 自分で作っていた思い込み(制限)の中に自分

  • ネコ好きの、ねこ好きによる、猫好きのための、癒しのパワーチャージ

    猫好きですか? 子どもの時、猫も犬も亀もひよこも家にいました。 猫派・犬派とかで、どっちが賢いとか、どっちが可愛いとか争っているのを見かけたことがあるけど わたしはどっちもいいんじゃない派です。(笑) 猫も犬も動物みんなも人間も植物も鉱物も含めてみ~~~んな地球の生命体 ペットとして飼われている動物は、人間に近くて波動が高いらしいです。 それに、犬も猫も癒しのパワーって半端ないですよね。 犬や猫に限らず生命体にはそれぞれもっている波動があって、 我が家は賃貸なのでペットは飼えないけど、たくさんの観葉植物と石(パワーストーン)からエネルギーもらってます。 で、たまにキュン死しそうなペット動画を観て「ホコっ」と癒されています。 昨日の記事でも書いたけど「いつも自分自身をいい気分」にすることはとっても大事 何かを愛でるとき 自分の中にある見返りを求めない無償の愛に気付くとき 見ているだけで癒されるなんて、こんなに気分がよくなることってないですよね。 そんな癒しのパワー絶大で、見ているだけで気分が上がる。 おともだちが、今回猫好きのための写真集を出版しました。 【愛しの猫たちへ ニャンズ・メモリーズ Vol.1】 キュン死間違いなしの写真集です。 この猫好きさんによる猫好きのための写真集、今日から二日間限定で無料でダウンロードできます♪ 無料でダウンロードできる期間は、10月3日(木)16:00~10月5日(土)15:59。 しかも今日10月3日(木)22:00~24:00は2時間特別キャンペーンですって。 この2時間の間にダウンロードするともっと、オ・ト・ク 詳細はこちらで確認してみてください。 【Vol.1】ということは第二弾・第三弾も期待できます。 我が家の可愛いにゃんこちゃんも、次の写真集に仲間入りできるチャンス この機会にぜひ著者さんとも繋がってみてください。 写真集を手に入れて、ニヤつき過ぎていないか、たまに自分を振り返ってみてくださいね。(笑) ブログランキングに参加しています。ポチっとしてくれるとめちゃくちゃ喜びます。いつもありがとうございます。 にほ

  • ネコ好きの、ねこ好きによる、猫好きのための、癒しのパワーチャージ

    猫好きですか? 子どもの時、猫も犬も亀もひよこも家にいました。 猫派・犬派とかで、どっちが賢いとか、どっちが可愛いとか争っているのを見かけたことがあるけど わたしはどっちもいいんじゃない派です。(笑) 猫も犬も動物みんなも人間も植物も鉱物も含めてみ~~~んな地球の生命体 ペットとして飼われている動物は、人間に近くて波動が高いらしいです。 それに、犬も猫も癒しのパワーって半端ないですよね。 犬や猫に限らず生命体にはそれぞれもっている波動があって、 我が家は賃貸なのでペットは飼えないけど、たくさんの観葉植物と石(パワーストーン)からエネルギーもらってます。 で、たまにキュン死しそうなペット動画を観て「ホコっ」と癒されています。 昨日の記事でも書いたけど「いつも自分自身をいい気分」にすることはとっても大事 何かを愛でるとき 自分の中にある見返りを求めない無償の愛に気付くとき 見ているだけで癒されるなんて、こんなに気分がよくなることってないですよね。 そんな癒しのパワー絶大で、見ているだけで気分が上がる。 おともだちが、今回猫好きのための写真集を出版しました。 【愛しの猫たちへ ニャンズ・メモリーズ Vol.1】 キュン死間違いなしの写真集です。 この猫好きさんによる猫好きのための写真集、今日から二日間限定で無料でダウンロードできます♪ 無料でダウンロードできる期間は、10月3日(木)16:00~10月5日(土)15:59。 しかも今日10月3日(木)22:00~24:00は2時間特別キャンペーンですって。 この2時間の間にダウンロードするともっと、オ・ト・ク 詳細はこちらで確認してみてください。 【Vol.1】ということは第二弾・第三弾も期待できます。 我が家の可愛いにゃんこちゃんも、次の写真集に仲間入りできるチャンス この機会にぜひ著者さんとも繋がってみてください。 写真集を手に入れて、ニヤつき過ぎていないか、たまに自分を振り返ってみてくださいね。(笑) ブログランキングに参加しています。ポチっとしてくれるとめちゃくちゃ喜びます。いつもありがとうございます。 にほ

  • 今すぐ出来る!!「自分自身をいい気分」にする方法

    笑いながら怒る人 という竹中直人さんの名人芸ありますよね。(笑) メラビアンの法則 人って視覚から入ってきた情報から受ける影響が、聴覚や言語情報よりも、はるかに大きい。 話し手が聞き手に与える影響のうち「視覚情報」は55%!! なんと半分以上は目からの情報に影響されてる。 ちなみに「聴覚情報:38%」「言語情報:7%」 つまりね ものすごくお得な情報を話していても、話し手が、どよ~んと暗い小さな声でぼそぼそと背中を丸めて話していると、ぜっんぜん「お得」に聞こえない。ってこと。 先の、笑いながら怒る人は「笑っている」方の情報を優先しちゃう。 逆に言うと、めちゃくちゃつまらない話でも、身振り手振りを大きくして、明るい大きな声で話してると、なんだか楽しそうな話に聞こえる!!かも。(笑) 以前書いた「珍獣図鑑」という本の中で 「クレーム目的で電話を掛けてくる人で、物静かに良識ある人ぶって掛けてきたとしても、第一声でピンとくる」と書いたんです。 このことを、知人に「えっ!!本当にわかるの?なんで??」とすごく聞かれたことがあります。 元々直感力が高いというのもあるにはあるんだけど、視覚情報がないと聴覚情報の精度がものすごくあがるんです。 やってみるとわかります。 目から入ってくる情報を遮断すると、感覚がものすごく研ぎ澄まされる。 オモシロいので機会があったらやってみてください。 だからこそ、わたしたちは日常の中で頻繁に目にするものから、ものすごく大きな影響を受けてるんです。 特に自宅 自宅がごちゃごちゃしていると、その視覚情報に影響されて、疲れやすかったり、落ち着かなかったり、いつも思考もごちゃごちゃしたり。 逆に、すっきりと片付いているお部屋にいるとリラックスできる。 いつも頻繁に目にするところにお気に入りのものを置くと、気持ちが上がります。 すごく影響を受けていることがわかります。 最近見つけた天使の置物があるんです。 今までの人生で「天使」を自宅に置くという選択肢がなかったんですが、天使と目があって気になったので買ってみたんです。 目に入るたびに「ほこっ」と嬉しい気分になります。 スマホの待ち受けも、最近キラキ

  • 不安や恐れや心配は、「今」にいると現れない。

    「今」この瞬間を常に意識する。 最近とくにこのことを意識して日々過ごしています。 ただね、気がつくと「しれ~っ」と「今」から抜け出していることが多々あるんです。 意識してないと、すぐさま「今」ではなく「過去」や「未来」に飛んで行ってしまっているんです。 今にいないことに気がついたらすぐに、「今」「今」と唱えて「今」の自分と一致させるようにしてます。 うっかり油断していると、過去の出来事を振り返って、憂いてみたり。 未来を想像(妄想)して、不安になったり心配したり。 「今」この瞬間から飛び出していったまま、妄想族になっていること、よくあります。 長い間に凝り固まった、とてつもない脳のクセです。 「はっ!」と気付いて、今この瞬間にだけ意識を集中することを意識すると、 今この瞬間には全てがあって完璧だ。って気がつきます。 今この瞬間だけにいると「不安」も「心配」も「憂い」もないんです。 本来わたしたちは完璧で豊かな存在であるはず。 それを忘れてしまいがちなのは、つい意識が過去にいったり未来にいったり「今」この瞬間から飛び出してしまうからかも。 今この瞬間、自分に集中していると必要なモノもコトも充分あることに気がつきます。 今この瞬間に常に意識を置いておくと、必要な情報はちゃんとやってきます。 次の瞬間に自由に自分が望む方に進むことを決めるのは自分自身なんだ。って気がつきます。 「今」にいないで、自分自身から飛び出しているから「周りの目」を気にしたり、世間体で選択してみたり・・・ 今この瞬間にいると「ないものねだり」も「他人と比較すること」もしなくなります。 今この瞬間には「全て」がある。って気がつきます。 そうわかっているのに、気がつくとすぐに「しれ~~っ」と「今」から飛び出してしまいます。 「今」にいることを常に意識する。 意識しなくても、常に自分自身の真ん中に!「今この瞬間のみ」にいることができるようになるまで、今日も意識し続けます。 「今」を意識すると、人生は完璧で豊かさに満ち溢れているって気がつきます。 ブログランキングに参加しています。ポチっとしてくれるとめちゃくちゃ喜びます。いつ

  • 嫌な感情とセットで記憶されている出来事の解釈を変えてみる

    真実はいつもひとつ!!! 解説するまでもないけど、永遠の小学1年生コナン君のキラーフレーズです。 「真実」という表現よりも「事実」という表現の方がしっくりくるので「事実」を使うね。 「事実」はひとつかもしれないけど、「解釈」は、ひとつじゃないよね。 と最近しみじみそんなことを感じています。 脳が記憶していることって必ずしも「事実」とは限らない。 「出来事」って「感情」とセットで記憶していることが多い。 起きた出来事にプラスして感情をくっつけているから、その時に「嫌」な感情をくっつけていれば「嫌な出来事」としての記憶になる。 でも事実は本当は違うかもしれないな~と思うのです。 子どもの時のエピソードなんだけど 運動会の中のひとつの種目の中で、「逆上がり」をしなければいけないものがあって、逆上がりめっちゃ練習したけど、結局出来るようにならなかった。 今でもできません。(笑) 出来ないから、競技途中で先生に話しかけ、逆上がりのところをパスして次に進んだんです。 そのことをずっと母親に言われ続けてきたんです。 未だに言われるの。 「鉄棒やらないで先生と話しているから何かと思ったら!!」みたいな感じで。 この出来事、私の中でものすごく嫌な感情とくっついて記憶されてます。 私の中の記憶には「逆上がりができない」「父兄が見守る中でも出来ないことを先生に伝えた」「運動は苦手」「すごく嫌な気分だった」「それをねちねちバカにされる」という何とも言えない感情とセットで運動会の記憶になってたんです。 未だに鮮明に思いだす、すご~くいやな記憶。 だけど最近、ほんとうにそうかな??と思うんです。 大勢の父兄が見守る中、ちゃんとその競技に向き合ったわたしすごい! そして大勢の父兄が見守る中、先生に「出来ない」ことを伝えたわたしすごい!!(笑) さらに、母のバカにしているような心ないと思ってた言葉も「なんだか可愛いやつだな~」という微笑ましい目で見た言葉なのかもしれない?? と解釈することもできるよね~。 なんて思ったんです。 運動会で逆上がりができなかった。これは紛れもない事実 だけど、それとセットになっている「嫌」な感情とともにあ

  • 「許せない」想いを手放すと、得られるもの~閉じ込めているのは自分自身

    許せない人はいますか? わたしはいました。 頭では「許そう」「許した方がいい」と思っているのに、なかなか手放せない想いがずっと根深くあったんです。 「あんなことされた」「こんなことされた」 「でも許した方がいい。」 「だけどどうしても許せない。」 「許してなるものか!!」 こんな感情がぐるぐるして、いつまでも手放せない。 ずっと根深く心の中にわだかまりがあったんです。 でも、いつまでもこれをやっているとその許せない思いに縛られるのはほかならぬ自分自身 いつまでも捉われて苦しい想いをするのも自分自身 大抵の場合、その相手は何とも思ってなかったり、すっかり忘れていたりするんです。 許せない想いを手放すのは簡単なことではないです。 でも、その許せないっていう感情の元になっているものは、全て自分自身に向けられたものなんですよね。 許せない相手はただの象徴にすぎない。 本当は、その許せない部分は自分自身に対しての許せない部分だったと気付いたんです。 人は鏡です。 許せない相手を通して自分自身を見ていたんです。 いつまでも象徴である相手を見て、許せない想いを抱えているのは、自分で自分をいつまでも許せていないということ。 許せないという想いの根本にあるのは自分自身の大事にしているものや価値観。 とことん自分自身と向き合うと、なぜ許せないのか?がだんだんわかってきます。 あくまでも「相手」は象徴として現れているだけ。 向き合うのは「相手」ではなく「自分自身」なんです。 自分と向き合い、自分が抱えている価値観への解釈を変えた時、見える世界が変わってきます。 現実は自分の解釈次第で変わるんです。 「許し」の根底にあるものは根深くて、手放すのは本当に簡単なことではないんです。 でも、「許し」を得た時には、自分自身を閉じ込めていた檻から解放されます。 「許せない想い」を手放して、得られるものは果てしない自由です。 あなたが許せないものは何ですか? ブログランキングに参加しています。ポチっとしてくれるとめちゃくちゃ喜びます。いつもありがとうございます。 にほんブログ村

  • 望む方にフォーカスするのか?望まない方にフォーカスするのか?~脳のクセを見つけよう!

    どっちにフォーカスしますか? ワンホールのケーキを半分食べました。 残りの半分を見て 「あ~。もう半分しかない」 「まだ半分ある」 あなたは反射的にどっちを思う? どっちが正しいとか、どっちが間違いということではない。 「ある」方にフォーカスするのか。「ない」方にフォーカスするのか。 条件反射的な脳のクセ。 「ある」方にフォーカスするクセがついている人は、どんな時でも、どんな状況でも、「ある」方に目を向けられる。 1万円入ってたお財布から、3000円使った時も、 「もう7000円しかない」と思うのか「まだ7000円ある」と思うのか。 ある方にフォーカスする人は「ある」方の現実を引き寄せる。 ない方にフォーカスする人は、「ない」方の現実がやってくる。 それだけのこと。 条件反射的に反応してしまう脳の癖がどっちに傾いているのか、日々モニタリングしてみるといいと思う。 モノやお金だけじゃなくすべてのことに対しての反応をモニタリング。 お仕事や試験などでも同じ。 「もうここまで(6割)仕事が進んだ」なのか「まだこんなに(4割)仕事がある」なのか。 「70点しか取れなかった」なのか「70点も取れた」なのか。 どっちも現実は同じ。 ケーキが半分 お財布に7000円 仕事が6割終わった 70点取った ただただ、条件反射的にどっちにフォーカスするのかの違い。 いくら引き寄せの法則をやっても、条件反射的に「ない」「できてない」方の現実にフォーカスし続けてると、やってくる現実は「出来ない」「足りない」の現実。 イメージしたことを引き寄せるわけじゃない。 表面的にいくらイメージしても、心の奥底で願っていること、思っていることが現実になる。 だからみんなちゃんと引き寄せている。 頭で思ったことじゃなく、深層心理で思った通りの現実を! 出来ている方にフォーカスしていると、自分を信頼していける。 もっとやればもっと出来る。と思える。 そんな風に自分を取り戻してくことが出来る。 望む通りの現実になっていく。 条件反射的な反応は脳のクセ。 長い間

  • 現実は解釈次第!!~日常がすっきりしないなら、その眼鏡変え時かも!?

    当たり前の基準は人によって違う!! と再認識しました。 同じものを見ていても人によって見えかたは違う。 これってわたしにとっては当たり前のこと。 なんだけど、そう思っていない人もいる!! 同じものを見ているんだから、みんな同じように思っている。感じていると考えている人もいる!! 逆説的なんだけど、「あ~~そうか~~!!」って実感したんです。 ものすごい盲点でした。(笑) たとえば人間関係 生きている限り、人間関係の悩みって尽きない。 アドラー心理学によると、【悩みをゼロにするには、宇宙でたった一人きりになるしかない】って言っているくらい! 出典:『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社) 「すべての悩みは対人関係にいきつく」らしい。 無人島にいて、だ~~~れもいないところで暮らしていれば、確かに人間関係の悩みはなくなるかもね。 だけど、同時に便利さも手放すことになる。 だって、すべて自分でやらないといけない。 人間関係の悩みは確かに尽きないかもしれないけど、人がいるからこそ、同時にたくさんの恵み、恩恵を受けている。 例えば職場ですごくそりの合わない同僚(Aさん)がいて、意地悪をされると感じている。 「あの人気が強くてすごく意地悪」って思ってる。 でも、そのことをBさんに言うと、「全然意地悪じゃないよ、すごく気がついてばりばり先に進めてくれるからすごく助かる」って言われた。 さらに別の人Cさんに聞いてみると「ちょっと意地悪いところはあるけど、思ったことをはっきり言うだけで、悪気があるわけじゃないよね」 って・・・3人いれば、3人それぞれ「Aさん」の印象が違う。 どういうこと??? ってすごく疑問に思ってしまう人もいたんです。 一人一人持っているフィルターを通して現実を見ている。 ここに気がついていない人って結構多いんだね。 一人一人持っているフィルターが違えば解釈だって当然違う。 見えている世界。感じている世界は違うんだ。 自分の中のフィルターを通して見ているAさんと、Bさんのフィルターで見ているAさん。Cさんのフィルター越しのAさん 一人一人使ってるフィ

  • ため込んだ知識が凝り固まったなら、ストレッチで凝りをほぐす

    知った気になってるだけなんじゃないかな? ってちょっと思った。 たーーーくん学んで知った気になってないかな?って たーーーくさん学んで知識が多くなればなるほど、もっと知りたくなる。 もっと学びたくなる。 何かひとつ学ぶと疑問が出てくるから。 でも、ただためこむばかりだと、頭でっかちになって動けなくなってしまう。 特に、わたしみたいに理論的に考えようとするタイプのにんげんは。 ぎゅうぎゅうに詰め込んだ知識は放出しないと。 つまりアウトプット アウトプット、実践、行動。 いろんな表現があるけど、 アウトプットするから落とし込める。 アウトプットするから理解する。 アウトプットするとぎゅうぎゅうだったところに隙間ができる その隙間が、現状を打破するアイデアにつながる。 真面目一筋でたーーくさん学ぶのもいいけど、柔軟さって大事 柔軟になるには、こりをほぐさないとね。 ストレッチしないとスジが切れちゃう。 脳も同じかも 凝り固まった思考は、伸ばしたり縮めたりしてほぐす。 現状を打破しようと思ったら、いつもと違うことをやってみると、ほぐれてくる。 いつもと同じを選んでいると、どんどん自分の枠を狭めてしまう。 枠の中に押し込めるから、縮こまって、カタくなる。 枠という檻から出には、いつもとは違う方を選んで ため込んで満足しない! 知った気にならない!! どんどん放出。 思った事を口にする。 感じたことを表現する。 アウトプットする方法はいくらでもある。 ため込んでいるのは、自分のためにならないな~ってしみじみ思った。 ブログを毎日書いてるてるのも凝り固まった思考になってないか確認するためでもあります。(笑) アウトプットし続けることで柔軟になっていけるし、次のモノが入ってくる。 アウトプットしていますか? 自分を表現する。 ブログを書かなくたって、いくらでも日常で表現する方法はある。 意見を求められたら、自分の考えを口にする。 言葉にするから、自分自身で再確認できる。 言葉にするから、さらに落とし込める

  • 幼少期からの【思い込み】を手放すと身軽になって飛んで行けそう。

    小さい時からの刷り込みって、どれだけ人生に制限を与えているのかな? みんなと仲良くしなさい。とか お勉強しないとちゃんとした大人になれないよ。とか 苦手なことを克服する。とか 満遍なく勉強しなさい。とか それが当たり前だと思ってた。 とか、そんな風に教育されてきた。 それが当たり前だと思ってたけど、 当たり前というか「洗脳」だったんじゃなかろうか?と思ったんです。 「みんなと仲良く」って、確かに理想ではあるけど あんな人もいればこんな人もいる。 みんな同じが良し!とされてる風潮もあるから、 ちょっと違うといじめの対象になったり、受け入れられなかったり、認められなかったり。 その枠におさまらない個性や思考の持ち主は、もがくことも多いんじゃないかな。 わたしも以前はずっと苦しんでた。 いじめられ体質ではないから、いじめられることはなかったけど 普通の枠からはみ出した、物の見方や思考をするから理解されない。 枠におさまろうとすると、自分自身を抑えることになるからそれはそれで苦しい。 かつて職場でも、よく同僚にハブられてたよ~。 あわせようとしたこともあった。 でもめんどくさくなった。 無理してあわせようとしても結局ハブられるし。(笑) 別にいっか!!と思った。 わたしがいる場所じゃなかっただけのこと。 こんな例は別としても、小さい時からの刷り込みで、 「~~じゃなければいけない」という檻の中に閉じ込められて苦しんでる人って多いんじゃないかな。 みんな仲良く 理想ではあるけど、本当に必要? わたし自身「この人苦手」って感じるとき、「自分の器が小っちゃ~い!!」と思っていた。 違う見方をしたら受け入れられるかも。と色々取組んでみようとしていた。 でも、師匠にあっさりとこう言われた。 「苦手な人と関わる必要がないなら、避けてもいいんじゃない!!」 ちょっと衝撃だった。 でも「確かに!!」ってすぐに受け入れられた。 どうしてもお仕事上関わらなきゃいけないとか 家族という場合もあるけど、 そうじゃないなら、無理して関わる必

  • 「目」は外を向いているけど、一番気がつくべきはもっと身近なところにある。

    自分の気持ちを大事にしてますか? 自分のほんとうの気持ちがわからない。 本当は何がしたいのかわらからない。 そんな方。結構います。 いつも空気を読んで、周りに合わせて、日々過ごし続けていると、自分のほんとうの気持ちがわからなくなっていくんです。 本当の気持ちが、心の奥深~~~~くに押しやられてしまう。 いくら「映える」写真を撮ってSNSに投稿しても いくら、周りに気を使っていい人を演じていても 「認めてもらいたい」が前提で周りにあわせてばかりいると、いつか心が疲弊しちゃう。 オータムフェストに寄った時に、行列が出来ているお店と、そうでもないお店が顕著だった。 確かに行列店のメニューは魅力的なものが多いし「映える」メニューも多い。 多くの人にとって魅力的なメニューを提示できるお店って素敵よね。 でも、私にとっては、その時に食べたいものでなければ、人気店もスルー(笑) いつだって選択の基準は自分の中にある。 メニューひとつ選ぶにしても、選択の基準が外側からになっていること、よくあります。 「人気だから」「人が並んでるから」「映えそうだから」を基準にするのって、すっごく軸がずれてるな~と思う。 よくあるでしょ。 飲み会とかで飲み物を注文するときに、周りがビールばかりだと「あっ、じゃあわたしも」みたいなこと。 本当はワインが飲みたいけど・・・ 本当は梅酒が飲みたいけど・・・ 「空気を壊すから」なんてこと。 ワインが飲みたいならワインを頼めばいいし 梅酒が飲みたいなら、梅酒を頼めばいい。 つい、周りの目を気にして同調することって日常でたくさんあると思う。 これいつまでやりますか? ちっちゃいことがほんとに大事 こんなちっちゃいことができなくて、大きなところなんてたどり着けない。 日常の中で自分のほんとうの気持ちを日々大事にすることが自分軸を育てていくことに繋がる。 そのためには、自分の本当の気持ちを知ることが一番大事 周りからの評価や賞賛を基準にして、 空気を読んで周りの目を気にして、 自分の心に嘘をつき続けていると軸はぶれまくる。 ぶれてるから

  • 年末年始だけじゃない!現在地を確認するのに最適な節目

    空が高くなってきましたね。 天気がいい日の空の色が、だんだん秋の空に移り変わっているのを感じます。 もうすぐ秋分の日ですね。 今年はゴールデンウィークがプラチナウィークだった分、シルバーウィークはいぶし銀なウィークです。(笑) とはいえ、3連休が2週続きって、普通に考えたらお得よね。 意識していないと忘れがちなんですが、季節の節目って大事にしたいなと思うのです。 ただ漠然と過ごしていると、日々がものすごい速さで進んで行ってしまって、気がつくと「あれ。あれっ」ってなりませんか? 日々の雑事に追われてばかりいると、ほんとうに大事な自分のことがついおろそかになっていまっていたり・・・ 緊急だけど重要ではないことにばかり時間を取られたり。 そうなりがち!! だからこそ節目って自分を振り返るいいタイミングだと思ってるんです。 年末年始だけじゃなく、年間通しての節目ってたくさんある。 春分・夏至・秋分・冬至。 昼と夜の長さを基準にしたこの節目 さらに言えば月の満ち欠けだって意識すると、その都度自分の現在地を再確認できる。 自然のサイクルを意識して、自分の望むことをしっかりと意図し続ける。 意図する これめちゃくちゃ大事。 だってすべては自分の意思から生まれている。 意図があるからアイデアが生まれる。 アイデアがあるから形になる。 意図があるから現実になる。 全ては意図することから始まる。 自分が放った意図を、節目ごとに確認していると、どこまで進んできたのか確認できる。 おはぎを食べるのも良いけど、それだけじゃもったいない。 気がつけば秋分の日まで1週間きってる。 昼と夜の長さがほぼ同じ日 太陽の通り道の黄道と、天の赤道の交点でである「秋分点」を通過した日が秋分の日 陰陽が統合される日 月のエネルギーも太陽のエネルギーも、同じだけ受け取れる日 この日までに、ネガティブなエネルギーをた~くさん断捨離して身軽になっていこうとしてます。 春分から始まって、実りをもたらし収穫する時期 今までやってきた自分自身の在り方を見つめ直して、成果を収穫して次のサイクルに備える

  • 占いが最下位でも、受け取らなければ気にならない。

    先日、ワードプレスの管理画面がなんだかおかしなことになってたんです。 その日の午後、ネットが繋がらなくなりました。 カスタマーセンターに電話したら、大元の回線の不具合が原因だとかで「○TTからの折り返しの手配します。1週間お待ちください。」って言われました。 なんでも台風の影響で折り返しの連絡に1週間かかるとか・・・と説明された。 まじか!!!!!! 1週間もWi-Fiにつながらないとは、致命的。 う~ん。でも焦ったところでどうにもならないから、とりあえず買い物ついでにワイファイ繋がるところに行って動画見よう!!って出かけたんです。 観たい動画があったの・・・(笑) で、しばらくして家に帰ると、ネットが繋がっている。 なんともパラレルワールドにやってきた気分でした。(笑) で、思った!!この管理画面の不具合って回線がおかしいから起きたのかも?? って、期待を持ってワードプレスを開いてみた!! う~~~~ん。関係なかった~~~。(笑) 相変わらずヘンテコな画面のままです。 そのヘンテコな管理画面のまま、困惑したまま、昨日わたくし誕生日を迎えました。 この時代に、この日本に、生まれてこれただけで幸せなのですよ。 毎日ふつうに暮らせて、何不自由なく食べるものに困らず、安心して眠れる。 そして好きなことが出来るって、「豊かさ」以外の何物でもないな~と感じています。 お祝いのメッセージもた~~~~くさんいただきました。 この繋がりも豊かさ~としみじみ。 ありがたき。 ありがたき。 占い師をしている知人からはこんな言葉のプレゼントをいただきました。 「大幸運期突入です。12月4日以降、より加速していきます。」 こういう素敵な言葉は素直に受け取ることにしてます。 逆によくないことは、綺麗に忘れます。 自分に都合のよいことしか受け入れないことにしています。 都合のいい女なんです。(笑) でも、これって自分軸を保つためにはすごくいいことなんです。 随分昔勤めていた会社で、毎朝その日の占いのラッキーカラーで洋服を決める。という方がいました。 それで気持ちが上がる

  • 凸凹があるからいい。みんな違ってみんないい。

    ワードプレスを使っています。 プラグインの更新をすると、たまに管理画面がわけわからなくなってるんです。 元々わけわかんないまま使ってるので、画面レイアウトが変わるとどうしたらいいのか途方に暮れる・・・(笑) 原因がわかれば検索しようがある! ってものなんだけど、この事象はなぜ起きてるんだい??と原因がわからない時は調べることも出来ない。 こんな時の最終手段 強制終了!! リセットしてやり直す!! いつもはそれでイケるんだけど、やっぱり状況が変わらない、、、 今まさに絶賛格闘中。笑 昨日、「とりあえずキーボードに手を置いてみる」って書いた。 でも今! この瞬間!! なんだかわからない事象が起きてて、パソコンからだと入力が出来ない!! 仕方なくスマホで入力してます。 やればできる子です。笑 人には得手不得手というのがある。 わたしは、めっちゃアナログ人間なんです。 いちおうサイト持ってたりするけど、システムだの、コンピューターの仕組みだの、プログラミングだの全然わからない。 いちおう調べるよ。調べて書いてあること読むよ。でもそもそもの言語がわからなくて頭痛がしてくる・・・ う~~ん!!めんどくさ~~い!!ってなる。(笑) で、わかる人に聞いてみよ~とすると、そういうことに詳しい人って「わかる前提」で話しをするからやっぱりちんぷんかんぷんなんですよ。 でね、「聞く」という行為に対して責められるの。 ものすごい主観なんだけど、コンピューター系に強い人って、なぜだか「わからない人を見下す」人が多い。・・・ような気がする。 「わからなくてごめんなちゃい」って小っちゃくなっちゃうの。(笑) あくまでも狭いわたしの世界の経験上の主観に過ぎないけど・・・ 上とか下とかないんだけどね。 得意なことと、不得手なことは人それぞれ違うだけのこと。 人にはそれぞれ役割があるだけのこと。 経営が得意な人は経営に専念すればいいし、 計算が得意な人は会計に専念すればいいし、 営業が得意な人は営業に専念すればいい、 企業だって、適材適所に人が配置されてると、凸凹がうま~く合わさって

  • そいつは強制的にやってくる!ネガティブな出来事はただのきっかけ

    最近の記事の書き方は な~んにも考えないで、とりあえずキーボードに手に置いてみる。(笑) 毎日書くことを決めないで、キーボードを打ち始めているんです。 そしてそのとき感じたことをただ表現する。 そんな感じ。 なので、何も表現するものが出てこない今日みたいな日もあります・・・ このまま流れに身を任せてみます。さてどんな記事になることやら。 今、自分自身の変わり目だと感じているんです。 今までの概念ががらりと変わっていきそうな、よ・か・ん。(笑) そんな最中にいる感覚があって、だからこそ、その時の感覚を表現するしかできない状況なんです。 たくさんアウトプットするためには、たくさんのインプットが必要!! って少し前は、色々調べたり、めちゃくちゃ本を読み漁ったりもしていた。 たしかにそうなんだけど・・ 自分の概念が変わる予感ぷんぷんなので、今は本を読んでもなんだかしっくりこないんです。 多くの人が人生の中で体験する「人生の変わり目」ってあると思う。 わたしは、3年前の今頃と、ちょうど1年まえの今頃。結構大きな変わり目を迎えていました。 3年前は体調が悪くなりすぎて、起き上がることもできなくなり、このまま死んじゃうんじゃないかと思っていた。 去年の今頃は、大きなトラブルに直面していて絶体絶命状態だった。それに加えて胆振東部地震による停電を経験。 いっけん、どちらもとってもネガティブな状況だったんだけど こういう大きなことがあると、それまでの在り方自体を見直すきっかけになっていたなと思います。 逆にいうと、在り方を見直す必要があったから、その出来事がやってきた。 そのために、強制的に大きなことが起きた。のかもって思ってます。 体調が良くなったあとは、「もう我慢するのやめよう!もっと自分を大事にしよう」って心の底から思ったし、 昨年の今ごろも、もっとほんとうにやりたいことをやって、心の声に従おう。って改めて思った。 今この時期の変わり目は、とことん自分と向き合ってます。 これから先どんな在り方で生きていきたいのか? もっと深いところで向き合っている感覚。 だからなのか、最近はほんとうに考えるということをしていません。(笑

  • 人にはそれぞれ役割がある

    なんでもかんでも一人でやろうとしていませんか? しっかりしなきゃ って自分を責めてしまうときありませんか?

  • たった4つの言葉が人生を変える~いつだって最大の味方は自分自身

    自分を褒めてますか? わたしは毎日めちゃくちゃ褒めています。(笑) すぐ褒めます。 「お~。今日はこんなにたくさん写真を撮ってえら~~い。」 「今日もブログを書いた!!すごい。すごい!!」 って、いちいち褒めます。(笑) 以前は自分を褒めるということが出来なかった。 だって、 出来てないことばかり、 足りないところばかり。 だと思っていたから。 自分に厳しいと言えば聞こえはいいんだけど、 「自分に厳しい」の根底に、常にあるのは「不足感」や「無価値観」だった。 どっぷりと悲劇のヒロインごっこという寸劇の中にはまっていたんです。(笑) 多分わたしだけじゃないと思うんですよね。 「出来ない」方にフォーカスして「自分ダメだな~」と責めてしまうようなこと。 「いつだって自分を褒める。」と書いたけど、わたしだっていつも出来ていることばかりではありません。 「出来ないこと」や「出来ない時」もたくさんあります。 何となく体調がすぐれず、「今日これをやろう!」と決めていたことを一切できずに、ぐうたらしている日だってあります。 「やらなきゃ~」と思いつつ先延ばしにしていること、たくさんあります。 「めんどくさ~い」って季節ものを次のシーズンまで片づけないことだってしょっちゅうです。(笑) だからと言って自分を責めることはしません。 「今日は体調悪いな~。(予定していたことは出来ないけど)自分を労わって休むことを優先して偉い!!」って褒めます。 「忘れないで気にかけていて偉い」って褒めます。(笑) 出来ないことがあってもいいんです。 出来ない時があってもいいんです。 だってにんげんだもの。 誰にも褒めてもらえなくても、 誰にも認めてもらえなくても、 自分だけはいつも自分を最大限に認めて、いつだって褒めていいんです。 自分自身はいつだって、自分の最大限の味方でいていい。 だって、誰よりも一番大事なのは自分自身なんだから。 そんなことない!!パートナーが大事。家族の方がもっと大事。 確かにとても大切な人は周りにたくさんいます。 でも、ちょっと考えてみて。 もし万

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