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  • 百物語 十三回目「待合室」

    僕は気がつくと、その薄暗い部屋にいた。その部屋に湛えられた闇の濃さ、そして空気の重さはそこが地下であるかのように思わせる。湿った空気、音の無い沈黙、身体を蝕むような冷気。そうしたものは、ひとつの予兆を指し示しているようだ。僕は、少しづつ目がなれてきたため、あたりを見回す。僕以外にも、何人ものひとがいた。思ったよりも長いベンチである。そこにずらりとひとびとが腰掛けて並んでいた。僕の両側と、向かい側にもベンチがありそこにも同じようにひとびとが並んでいる。そのひとたちはまるで、影でつくられたかのように闇に包まれており、気配を感じさせず石のような沈黙に沈んでいた。低い天井に吊るされた、赤いランプが小さ…

  • 輝くもの天から落ち

    あたしは、いつものように。死衣のような白い服を身に着けて。死神のような漆黒の着流しを着たそのおとこの腕に抱かれておりました。夜のときは、目の前に流れる大きく黒い河のようにゆるゆると。そう静に密やかにゆうるりと。流れてゆくのです。おとことあたしの前には、紅く身もだえするように千変万化に姿を変えてゆく焔が。ゆらゆらと燃えておりました。あたしといえば、そのおとこの腕の中はとてもここちよく、本当に夢の中にいるのでしょうかと思ってしまい。ああ、本当にすべては夢の中でおこっているというかのように心地よく、美しく。そしてあたりには不思議なことに甘やかな香りがただよっておりました。空高く輝く星々は砕いて散りば…

  • 百物語 十二回目「しゃれこうべ」

    折角、百物語なのであるから、怪談ふうの話もしてみようと思う。 絵の師匠から聞いた話である。師匠は、しゃれこうべ、つまりひとの頭蓋骨を描いてみたいと思ったそうで。その理由は忘れてしまったのだけれど。兎に角、頭蓋骨をもっているひとがいないかあちこちあたったようだ。日本国内ではみつからなかったらしく、南米に住んでいる知人がもっているのを貸してもらえることになって。ようやくそれを手にいれることができた。遠く異国の地からきた頭蓋骨は、師匠のアトリエに置かれることになる。師匠のアトリエは、師匠の色々な過去の作品の他に弟子たちが寄贈した工芸作品やら、師匠の扱うシンセサイザーやパソコンといった電子機器やらが雑…

  • 百物語 十一回目「足のはなし」

    左足のふくらはぎの外側。 何故か、夢の中でそこに苦痛が幾度も訪れる。似たような夢を何度となく見た。医者に不治の病を宣告され、家に帰ったあと。全身が腐り爛れてゆくなかで。真っ先に左足のふくらはぎの外側の肉がごそりと崩れ落ち。骨が露出する。そこから病が広がってゆく感じ。そんな夢を繰り返し見る。 そこから死が強引に入り込んでくることもある。電気スタンドのコードが火花を散らしながら、左足に食い込む。稲妻のような、あるいは蒼い炎のような苦痛がそこから全身に広がる。真冬の寒さのような毒が身体中に注ぎ込まれるような。それも、左足のふくらはぎの外側からくる。 実際の左足には。何もない。右足と変わるところはない…

  • 百物語 十回目「手のひらのはなし」

    子供のころのはなしである。 子供の頃、季節の変わり目になると手のひらに水疱ができた。手のひらに水滴がぽつりぽつりと。落ちてくるように。あるいは。手の中から水滴がわきだしてくるかのように。ぽつり、ぽつりと。細かな泡のようなそれは。浮きだしてくる。針でつついて潰すと。透明な水があふれでる。色もなく。匂いもない。ただの水が溢れる。やがて手のひらの皮がぼろぼろになってゆき。手のひら全体の皮がめくれきったころに、水疱は消えてゆく。一度医者に連れていかれたことがあったが、原因は何か判らなかった。痛みも痒みもなく。ただ、それは身体の中から浮き上がってくるものであった。身体というのは、意識やおれ自身の生命とも…

  • 地球最後の夜

    「ボットはね、自己完結的なモジュールなんだけど、相互依存的でもあるんだ。面白いでしょ」「ええ、とっても興味深いですわ」そういいながら、言ってることがわけ判んなんいだよ、とこころの中でつっこみをいれる。「それはまあ、群態として存在していると言っていいかな。プラットホームに依存せずあらゆるリソースに向かって増殖してゆき、最終的にはひとつの存在へと統合される。例えてみればミームみたいなもんだね。判るだろう」「ええ、とっても判りやすいお話ですわ」いや、わけ判んないし。と、こころの中でつぶやきつつ、にこやかな笑みで応える。おとこは、満足げにうんうん頷いた。どうして、おとこってこう仕事の話が好きなんだろう…

  • 百物語 九回目「公園で蛇を見る」

    それは、まだ、小学校へいく前のことである。まだ大阪の北の端へは行っておらず、そこから淀川を渡った向かい側、淀川の南側にある街に住んでいたころのことだ。 おれの一番古い記憶。おそらく3才くらいの頃のできごとである。当時、世界は何やらふわふわとした色と音が雑然と溢れている場所であった。今の自分の言葉を使えば、それはノイズに満ちているということになる。カレイドスコープを覗くように。色々な色彩やざわざわとした音たちが、目にも彩な文様を描き出しているのだが。それに意味を見出すことができず、ただただそれら流れてゆく色と音に浸っていたのだけれど。その時だけ。かちりと。何かがはまったように。ひとの声と、景色と…

  • 迷い家

    貴方様は、わたしの身体を抱き締めるとまるで息の根をとめるかのように。わたしの中の命そのものを、吸い出そうとしているかのように。強く強くわたしの唇を吸った。わたしは貴方様の鋼のような抱擁の中で、ゆるゆると溶けていきそうな、ここちになる。貴方様はわたしを抱き締め唇を吸うことで満足したように、唐突にわたしの身体を離すと。夢の中にいるような眼差しでわたしを見つめながら、ゆっくりと話をはじめた。 月は驚くほど天高いところに輝いており。その山道はその傲慢なまでの月光の輝きを受け、真昼の海の中ように蒼白く明るかった。そのおんなは、さすがの貴方様もぞっとするような異様な様であったそうで。もちろん貴方様自身も黒…

  • 水曜日の彼

    彼がわたしを呼び出すのは、いつも水曜日なので。わたしは冗談混じりに彼のことを「水曜日の彼」と呼んでいる。じゃあ、月曜日や金曜日の彼がいるのかというと、そんな訳でもなくて。水曜日の彼だって。奥さんと子供がいるひとなので、果たしてわたしたちが付き合ってると言えるのかはよく判らないのだけれど。そもそも、彼は自分のことを偽物だと言ってる。どういう意味なのか、わたしにもよく判ってはいないのだけれど。わたしたちが出会ってまもない頃、彼のi-podを見たとき。そこに入っていたのが、ドラゴン・アッシュというバンドのインディペンデンスというアルバムだけだったので。わたしが彼にそのアルバムが好きなのか聞いたの。そ…

  • 百物語 八回目「山の中で犬と遭う」

    それは、小学生だったころの話。 おれは、大阪のずっと北のほう、歩いて京都との境まで行けるようなところに住んでいた。かなりの田舎だったかというと。そんな感じの土地でもなく、ごく普通の住宅地であった。それは山の一角をとり崩したような土地であり。山間に忽然と住宅地が現れる、そんなような場所だったと記憶している。まあ、随分昔のことなので、大分記憶も歪んできてはいるのだろうけれど。周りに田圃や畑、農村があるのではなく。そうしたところは山間の道を通り抜けてゆく必要があり。駅までいける道路は、ひっきりなしに道路工事のダンプカーが走っているような道が一本だけで。その駅に行くにしても、バスで十分はかかったような…

  • 百物語 七回目「土地の精霊に嫌われる」

    まだ、おれが学生時代のことである。 当時、おれはI市の隣の市に住んでいた。I市には、絵の師匠が住んでいて、おれは絵の師匠の元へ定期的に通っていた。まあ、今もそうなのだけれども当時は土地には土地の精霊が存在しており。その土地を訪れると、その精霊の息遣いのようなものを感じることができると思っていた。今では、そんな感覚は大分薄れてきたのだが。当時は今以上に、そういう感覚を強く感じていた。土地に踏み込むと。そこの精霊に愛されていなければ。どこかいたたまれぬような。すこしこころがざわめく感じとなり。早々に立ち去ることになる。I市は昔の文豪が青春を過ごした街でもあり。まあ、普通のベッドタウンのようで、どこ…

  • 追放者

    (あたしと別れてここを出て行くなんて)彼女は、すこし口を歪ませた。笑っているような。憐れんでいるような。嘲っているような。そんなふうに唇を撓ませる。(砂漠の中に追放されるようなものよ)そうだね。そのとおりだ。僕は生きる理由も、描く情熱もすべて君からもらっていた。君から離れたら、僕は無だよ。彼女はあきれたように、僕を見る。鋭く輝くひとみが僕をつらぬく。それぞれが、独立した大輪の花のようだ。二つの花が部屋の中に浮かんでいる。でも、僕はもう決めたんだ。その部屋は南の島のように感じる。薄暗い部屋には、彼女が描いた花の絵が無数にあった。あるものは繊細で緻密に描かれており。べつのものは子供が描いたように大…

  • 百物語 六回目「天使の羽を持つひとと会う」

    15年ほど前の話となる。 そのころおれは、この島国のいたるところを渡り歩いていた。バブルが崩壊したとはいえ、まだ今ほど経済は壊滅的なところまで来てなかったので。地方でもまだそれなりに仕事がとれたし、仕事のあるところにはどこにでも行った。当時の上司がでたらめなひとであったため、おれは独立愚連隊のように好き勝手に動いていた。それこそ南の端から北の果てまで、日々移動して。行った先では毎夜おんなのこがつく店で明け方まで飲み続け、翌朝までに酒を抜いて仕事場に出た。ある意味、放蕩無頼な生活だったかもしれない。まだ世の中がそのようなでたらめを許容できる程度には、おおらかさを残していたということでもある。 そ…

  • 百物語 五回目「亡くなったひとと会う」

    それはやはり10年近く前の話となる。 あれは母親が死んでから一年くらいがたった時期であり。母親が入院していたころは地元に戻っていたが、母親が死んでまもなく都心へと戻ることになった。その当時、仕事していた場所は本当にこの島国の中心地に近い場所だったのだが。不思議なことに、高層ビルが立ち並ぶような街であっても、大きな国道を渡ったこちら側は別世界のようであったりする。古い商店街があったりアパートがあったり昔ながらの蕎麦屋とか寿司屋が並んでいたり。小さなスーパーがあり学校がありそれなりに生活する場所となっていた。おれは、国道の向こう側にある高層ビル群を見上げながら五階建ての小さなオフィスビルで仕事をし…

  • あたし、ギターになっちゃった

    あたしはまるで。ふわふわとした、薔薇の花束の上でただよっているような気分から。刃を突き付けられるような、鋭い現実へと戻った。薄暗い場所だ。天井は高く、広々としている。あたしに馬乗りになったおとこは、にやにやと軽薄な笑みを浮かべたまま。手にした大きなナイフをひらひら弄んでいる。鉈をくの字にへしまげたようなそのナイフは、ククリナイフというやつだろう。金属のブレードは、七色のハレーションをおこして八の字の軌跡を描く。うーん。意識がはっきりするにつれ、全身が苦痛を訴えはじめる。ひどい。さんざん殴られたようだ。身体のこの感覚は多分、ドラッグを使われた感じ。アンフェタミンじゃなくて。MDMAだね、これは。…

  • 百物語 四回目「神のすまう場所をとおりすぎる」

    それは10年近く前の話となる。 おれは、百段坂を登りきったあたりに住んでいた。百段坂は元々その名のとおり、段々となった坂であったらしい。しかし、今では舗装され平らで長く急な坂道となっている。その坂を登りきったあたりの安アパートで、おれはひとりで暮らしていた。あれは、夏が終わり秋が始まったくらいのころだろうか。休日の前夜は明け方まで飲み続け、夜明け前に部屋へ戻ると昼過ぎまで眠る。昼過ぎに起きると掃除洗濯を片づけて、夕暮れどきに近くのスーパーへ買い物へゆく。それがおれのいつものパターンだった。近くのスーパーは百段坂と反対側の坂を下ったところにある。そこはこの島国の都心から車で30分ほどの場所とは思…

  • 薔薇色の宇宙

    「ねえ、ひとつ聞いていいかな」彼の問いかけに、あたしはベッドの上から答える。「うん、いいよ。なにかな」「どうして夏でも手袋をしているのさ」「やかないため」「ああ、日焼け防止ってこと? でもさ」彼は、トレイに二つの皿を載せて部屋に入ってくる。それにしてもこの子はなぜ餡掛けチャーハンなどという器用な料理ができるのだろうか。なぞである。「だったら部屋のなかではとればいいのに」あたしは、自分の両手を見る。指先だけが出たニットの手袋。手のひらから肘の手前までは、いつもその手袋に覆われている。「そうじゃあないの。言っても理解できないから」あたしは、トレイからチャーハンとスプーンをとると、一口ほお張る。おい…

  • 夜の血

    夜の果てがきたら。闇の終わりがきたら。ひとの世の終わりがきたら。おまえを切り裂きに行こう。 賑かな夜だった。誰もが笑い合い、歌い語り合う。音楽が絶やされることはなく、食べ物と微笑みが絶やされることは無かった。街頭は華やかに着飾った人達で、満ちあふれている。踊るようにひとびとはすれちがい、思うままに歩いていく。僕はそのさまを、闇の中でじっと見つめている。黒のロングコートを纏った僕の姿は闇と同化しており、誰も気に止めたりはしない。僕の相棒が腰の鞘で、乾きの声をあげる。それは水晶の鈴を鳴らすような、透き通った音だ。僕は鞘の上からそっと相棒をなでで、慰める。もうすぐだ。もうすぐ僕たちは満たされる。僕は…

  • 世界は七色のジャンクヤード

    そこはとても奇妙な場所であった。平凡な街並み。どこにでもあるような、住居や立ち並ぶ屋台。その雑多な迷路にも似た空間を抜けるといつしか昼でも昏いような、森へ出る。そして、薄暗い闇に閉ざされた森を抜けると、唐突に広場へ出た。わたしは、このような広場を見たことが無い。様々な辺境の少数民族を見てきたが、そのどれとも違う。けれども、都会にあるようなファッションとして模倣したエスニックな空間ではなく。そこには濃厚な魔法の残滓が漂っているかのようだ。神秘や魔術が実際に生きたものとして機能している世界はいくらでもあるけれど。ここがそのどれとも違うのは。あまりに多くの神々が無造作に並びすぎていることだ。広場の周…

  • 百物語 三回目「路地裏で、途方も無いはなしをする」

    数年前のことである。 夏のことだった。それこそ、日差しが幾千もの刃となって地上を蹂躙しているような。そんなふうな、残酷で苛烈な夏だった。おれは犬のように喘ぎながら、地下鉄の階段から地上に這い出すと赤坂の近くにある仕事場に向かっていた。過酷なまでの日差しは地上から色を奪うのだなと思いつつ。そして、声をかけられた。「あの、もし」そのような夏であっても路地裏は薄暗く、幾つもの影が重なり合い、澱んだ空気が渦巻いている。その薄闇の中に。そのおんなはいた。「よろしければ、お話を聞いていただけませんか?」なぜ、立ち止まってしまったのだろうと。おれは不思議に思う。そのおんなはおそらく初老といってもいい年にさし…

  • 百物語 二回目「三人目のひと」

    少し前の話になる。 閉ざされた箱のような、こころからあふれ出す色で全てを塗りつぶせるような小さな部屋で。眠りと覚醒の狭間にある酷く細い隘路をゆらゆらとゆれるように行き来しながら。その部屋であいするひとを腕の中に抱いていた。そこは闇ではなく、乳白色の薄暮につつまれており。まるで、漂うようにおれたちふたりは抱きしめあっていた。それは夜ではなく。そして朝でもない。闇でもないが、光もささない。どこにも属さない不定形の時間の中で抱きしめあっていた。 おれは。そこにもうひとりの。そう、三人目のひとの気配を感じていた。それは、どこかから訪れてきたのではなく。はじめからそこに居たのだというように。そして、おれ…

  • 百物語 一回目「虫」

    おれは、もともと霊感は皆無だ。 霊の存在を感じることはない。 けれども半世紀近く生きていると、奇妙と思える体験をすることもある。 昨日の夜のことだ。 元々、おれの中には様々な不安と恐怖がある。 それは具体的な生活と繋がっている場合もあるが。 そもそも生きることそれ自体によって生み出されてくるようなものもある。 あたかも夜の森が湛える闇のようなものが。 おれの中にはある。 それは夢の中では虫の形をとった。 いつも、不安が高じると虫が姿を現す。 その虫は、ムカデにトンボの羽をつけたような姿をしていた。 背中には毛虫のような棘と文様がある。 無数に生えた足は羽毛のように細長く、ざわざわと蠢いており。…

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