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ブログタイトル
Departure 廃墟
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https://departure.amebaownd.com/
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気軽に廃墟を堪能できるサイトです。定期的に記事を増やしていきます。宜しくお願いします。
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Departure 廃墟

SAMさんの新着記事

1件〜30件

  • 作成中

    作成中 -

  • 近藤産婦人科

    1897年築の木造建築と大変古い。元々は九州でも有名な料亭「旭桜」であり、後に近藤産婦人科に転用され、1988年まで現役だった。

  • 志高ロープウェイ

    大分県の立石山と船原山の間にあったリフト及び、ロープウェイ。娯楽施設である別府ラクテンチと志高ユートピアを繋ぐ役割を果たしていた。

  • 足尾小学校神小内分校

    神小内(みこうち)分校。1875年に開校し、1958年に現在地に移設。足尾銅山が採鉱を停止したことで児童数は減少し、1984年に休校となった。

  • 尾小屋木棺工業

    1977年の時点で存在し、2000年頃に閉業。4棟ほどの建物から構成される工場で、木材の加工を行っていた。製作途中の棺桶や仏壇、葬儀用品のほか、棺桶に入れられた○○○○が放置されている。

  • 坪野鉱泉

    1970年頃に開業。ホテル坪野という温泉旅館だった。1982年に閉業し、経営者はその後失踪。悪いウワサが絶えず、事件も多発した。1996年には「坪野鉱泉女性失踪事件」が発生している。

  • Departure

    Published by Ameba Ownd

  • シゲタ薬品動物工業

    1988年に設立。通称「バイオハザード研究所」として知られる。未承認の犬型血液型判定薬を販売したとして、2007年に社長らが逮捕され、翌年に倒産した。

  • 旧小松海軍航空基地

    小松空港から車を走らせていると、異様な構造物が目に飛び込んでくる。調べてみると、1943年の戦時中に秘密裏に設置された自力発電所跡だという。

  • 洲原村診療所

    通称「健全ナル国民ノ診療所」と呼ばれる。明治時代に開院して、昭和20~30年代に閉院した木造二階建ての診療所跡。※ちなみにこの通称は、1931年の昭和天皇の行幸の際に出された勅語に由来する。病院内にそ

  • ワンダーランド

    1990年頃に開園した遊園地。1997年にジェットコースターから園児が転落、2007年にはカート同士が衝突して女児ら3人が軽傷。2013年に再びジェットコースターから、男児が転落する事故があった。そし

  • モーテル北陸

    1963年に開業。日本で最初に開業したモーテル式のホテルである。「ニッポンの廃墟」等の書籍にも取り上げられ、日本の廃墟ブームにおいて全国的に知られる存在になった。

  • 八戸漁連

    2002年に約130億の負債を抱え倒産してからも、長く廃墟界に名を轟かせてきた八戸漁連。1970年代から続く歴史に終止符を打つ。

  • ぷるぷるランド

    1979年以降に営業開始。ウォータースライダーを備える大型プールだった。2004年の夏に閉鎖。

  • Departure

    田舎の個人医院。1980年頃から誰も住まなくなった。老朽化が進み、いつか雪で倒壊するのではと近所の方は心配している。

  • 仙酔峡ロープウェイ

    世界一のカルデラを誇る阿蘇山。この場所で、仙酔峡ロープウェイは1964年に運行を開始した。2010年から運休。機械の故障が発端だが、再開の目処が立たない一番の理由は利用者不足による経営難であった。

  • カローラ山荘

    1964年に開設。正式にはカルラ山荘。精神疾患者のための施設で、作業療法や芸術療法などを通じて社会復帰の訓練を行っていた。ミュージシャンの喜多郎氏も滞在したことがあるらしい。

  • 岩井谷小学校

    1987年に廃校。青地に黄色のラインが入った特徴的な木造二階建て校舎が残る。2008年公開の映画「三十九枚の年賀状」のロケ地にもなった。

  • 三宅島

    定期的に噴火を繰り返す三宅島。記憶にも新しい2000年の噴火。火砕流は多くの建物を飲み込んだ。そして、多くの廃墟を生んだ。

  • 伊豆大川セミナーハウス

    1967年、日大法学部のセミナーハウスとして開設。ゼミナールやサークル合宿、シンポジウム会場に使用された。手狭になったことから移転が決まり、1991年に役目を終えた。

  • 阿蘇観光ホテル

    1939年に政府の資金融資を受け、国策として開業。戦後は米駐留軍の保養施設の時期もあった。1957年には昭和天皇の宿泊を控え全館大改修が行われ、その後も昭和天皇は二度にわたり同ホテルを利用されている。

  • ムクデン満鉄ホテル

    1984年以降に開業。ムクデンとは満州族語で「栄える都」を意味する。オーナーが満州出身で当時の満州の建築を模したらしい。2010年に閉館した。

  • 信愛病院

    1970年頃から存在する未完成物件。稲川淳二のDVD「恐怖の現場シリーズ」にもなった心霊スポットだ。

  • 都井岬磯ホテル

    四階建ての中規模ホテル。都井岬の廃墟群では比較的目立たない場所にある。一部に解体した跡が見られ、窓ガラス等は残っていない。

  • 水窪小学校門谷分校

    水窪(みさくぼ)と読む。1970年に廃校。1951年の伊勢湾台風の際に建て替えられた校舎が、山奥にひっそりと佇む。卒業生は水窪の中学まで二三時間歩いて通った!というくらい相当な山奥である。

  • 峰之沢鉱山アパート

    難攻不落系廃墟。山肌に二棟の峰之沢鉱山鉱員社宅が残っている。夏場はトンでもない藪が周囲を覆い尽くし人を受け付けない。

  • 尾股小中学校

    曲がりくねった細い山道を、気が遠くなるほど運転して辿り着く。秘境というに相応しい場所だ。周囲に住居等は一切なく、山中に突然木造校舎が現れる。

  • 朝鮮学校旧校舎

    和白干潟をのぞむ小高い丘に、この校舎は立っている。近くに現役の朝鮮学校の校舎があり、移転により放棄されたと思われる。

  • 阿古小中学校

    定期的に噴火を繰り返す三宅島。1983年の噴火では、島の南西にある阿古地区に溶岩流が流れ込み多くの民家を焼き払った。この阿古小中学校も例外ではなく、三階建て校舎の二階まで溶岩で埋没してしまった。

  • 山小屋会館

    レストランと結婚式場を兼ねた総合施設。二階建て建物を中心とする大型施設で、一階がレストラン、二階は300人規模の大宴会場であった。

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