米国人アーウィンがハワイと日本を結ぶ①1885年に第1回官約移民を届けるまで

米国人アーウィンがハワイと日本を結ぶ①1885年に第1回官約移民を届けるまで

1881年(明治14年)に来日したカラカウア王は、明治天皇にハワイへの日本人移民の実施を申し出た。それを受けて、1885年から1894年まで26回にわたり総計2万9139人の官約移民の渡航を実現した人物は、アメリカ人でハワイ国総領事に任命されたロバート・ウォーカー・アーウィンだ。 1860年、フィラデルフィアで万延元年遣米使節を目撃 アーウィンは1844年にコペンハーゲンで誕生。父ウイリアムは、ピッツバーグ市長、下院議員、駐デンマーク米国代理大使を務めた。母ソフィアは、アメリカ合衆国建国の父フランクリンの曾孫。1860年、フィラデルフィアで、16歳のアーウィンは、髷を結い、日本刀