秩父・仙台まほろばの道
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秩父・仙台まほろばの道さん
ブログタイトル
秩父・仙台まほろばの道
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https://blog.goo.ne.jp/inehapo
ブログ紹介文
秩父と東北地方の伝説・神話を探訪。
自由文
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188回 / 353日(平均3.7回/週)

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秩父・仙台まほろばの道さんのブログ記事

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  • 台風の後のエジプト

    ようやく台風19号が去ってくれましたが、一夜あけて被害の全貌が明らかになってきまして、堤防決壊のショックな映像が広がっていました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。日曜日、ラグビーワールドカップで日本とスコットランドの対戦でした。君が代の国歌が、スタジオ全体に響き渡っていました。この時ばかりは、君が代が力強く感じました。ラグビーだけじゃなくて、何か他の力にもなればよいとつくづく思います。日本の河川は急斜面に流れる形状なので、昔から氾濫していた地域が、今回も大雨によって増水してしまったようです。夜中だったので、強風の音で眠れず。ずっと降り続く大雨と河川の氾濫の緊急情報が何度もきて落ち着かない夜でした。避難勧告がスマホに何度もくるのですが、(警告音に毎回驚く)その度に氾濫危険の川が増えていくので、不安になっ...台風の後のエジプト

  • 岩沼の八雲神社と雷神

    7月だったと思うのですが夏の時に行った神社です。Aさんとランチをした後に、どこか近くの神社にいってみようか、となり、Aさんはスサノオさんが好きなので、八雲神社が岩沼にあるので行ってみました。そこは8月のお盆帰省に偶然みつけた七福神のところで、写真をUPした立派な彫刻の七福神がある神社。八雲神社の七福神をみて、いいな~と思っていたところで、8月の帰省中にも七福神をみてびっくりしたものです。神社の由来は、『創建は古く931年頃。尾州豪士長田出雲守大江隆光が中央の兵乱をさけ、息隆忠等一族郎党7名を随伴して奥州に下向し、ここ長岡の郷を永住の居と定め、一族郎党は帰農し地方開拓に努め郷土の礎を堅めた。尾州津島の祭神を勧請して祠をたて、牛頭天王と称した。後に火災などで再建し、明治維新後八雲神社と改称し現在に至る。』息隆忠は祀...岩沼の八雲神社と雷神

  • 聖地伝承の十万劫山

    春に花見山へはよく行ってましたが、秋の花見山は初めてです。誰もいない花見山が不思議です・・・。花見山に続く峰となっている十万劫山(じゅうまんごう)まで歩いてきました。「じゅうまんごう」と聞くと、「じゅうまんごくまんじゅう」がピンとくる。埼玉県民しか知らない・・・。「うまい、うますぎる。じゅうまんごくまんじゅ~うぅ」というCMなんですが、食べてはいけない気分になってしまうほど、低いおじさんのナレーション。埼玉の銘菓です。そんなことはどうでもよくて。春以外の花見山は、普通のお山になってます。今のうち土を入れ替えたりして手入れの時期なんですね。広い里山ですから大変だと思います。春はこんな感じ。花見山の山頂展望台までの道は、春だったら花々を楽しめるのでしょうが、秋の花はチラチラ咲いてはいますが、足が止まることはなく。す...聖地伝承の十万劫山

  • 竜神大橋の竜にかけて破壊神の登場?

    茨城県にいった時の話し。もうひとつ訪れた所があったのですが、夕方5時になってしまい、もう「ほたるの光」の終了の音楽がなっており・・・5時で閉鎖されるので橋を歩くことができなくて残念。遠くから拝見。竜神大橋はとても大きくてバンジージャンプができる所でも有名。若い人が何組かやってました。「竜神峡は、竜神川の浸食作用でできたV字形の渓谷。男体山を水源とする竜神川が蛇行し瀬や淵をつくるさまは関東の耶麻渓ともいわれ四季折々に美しい表情をみせてくれます。中でも「亀ヶ淵」は渓谷のほぼ中間にある代表的な淵で、水が滝となって岩をうがち、底しれぬ深淵となっています。」「天下野の名の由来」『昔、水戸藩徳川光国公が領内の巡視の時に名主の家に泊まりました。その時、村人たちが集まりこの地に昔から伝わる散々楽の芸を光国公にお見せしました。そ...竜神大橋の竜にかけて破壊神の登場?

  • 勿来関は何もなかった?和歌で妄想す

    茨城からの帰りにちょっと勿来関にたちよりました。源義家の像がある所です。利府の勿来関には行ったことがあるのですが、いわきの勿来は、始めてでした。が、特に何かあるわけではなく・・・。海はよくみえて良い所ではあります。勿来関はもと菊多(いわき市南部)とよばれ、1500年前に設置されたと伝わる。これを「来るなかれ」と呼んだのは平安時代頃からであり、北方の蝦夷の南下をせきとめるためであると言われている。平安時代の終わりに近い後三年の役のとき、陸奥守源義家が、その平定のために奥州に下向けする途中にここにさしかかり、和歌をよんでいます。(後で紹介)先日、数名とある神社に行った途中に、利府の勿来へ行くことになりました。そんな勿来続きだったのでブログに書くことにしました。しかし、勿来とは「~来るな」という意味で、都や関東の武士...勿来関は何もなかった?和歌で妄想す

  • 大黒天~刈田岳の陰陽五行

    リベンジ刈田岳!7月に登れなかった大黒天からの刈田岳。素晴らしい天候に恵まれた刈田岳に登れました。ぽっかり30日空いたので、天気予報では快晴。蔵王も青空の陽気らしい。ずっとタイミングを狙っていたけど、タイミング悪くてリベンジできず。今年はいいか、と諦めていた時に、絶好の登山日和でした。どーしても大黒天から登りたかった。なぜか、大黒さん。なんどか目にしていた大黒さんが気になっていたので。今回は準備万端でいく。考えてみれば、7月の登山は、なめてました。。。簡単に登れると思っていたので。暑くて断念。まず、最初に刈田峯神社の里宮を先に参拝しました。それから大黒天の広い駐車場に停めて、大黒さんにお参り・・・と思いきや、家族ずれのおばあちゃんが大黒さんの前でコケた・・・。おお、なんと大黒さんはいたずら好きな?こりゃ、私もお...大黒天~刈田岳の陰陽五行

  • 大天狗の善悪の両方を備えるとは

    帰りは6号線を走って帰りました。原発がある帰還困難区域を通りたかったからです。大熊町、双葉町、浪江町。南相馬まで行っていたけど、そこから先へは行ったことがなかったので、二輪車以外なら車は通れます。2年前は常磐道を通りました。※福島民友新報。(2017年)2年経ってみても、※ふくしま復興ステーション(2019年4月時点)変わってないのよね~ぇ。帰還困難区域とは、放射線量が非常に高いレベルにあることから、バリケードなど物理的な防護措置を実施し、避難を求めている区域。避難指示解除準備区域とは、復旧・復興のための支援策を迅速に実施し、住民の方が帰還できるための環境整備を目指す区域。以前、双葉町の古代史妄想してました。浪江町や楢葉町の古代史でしたが、「もう行くことができない」と思っていたので、車のみの通過であっても、「行...大天狗の善悪の両方を備えるとは

  • 常陸国探訪@日立鉱山と大杉

    御岩神社がパワースポットと言われて風向きが変わった常陸。それ以前は、日立鉱山だったと思う・・・?このギャップをどう埋めたらよい?日立鉱山をさらっと説明すると(Wikipediaですが)「日立鉱山(ひたちこうざん)は茨城県日立市にあった鉱山で、主に銅と硫化鉄鉱を産出した。1905年(明治38年)以前は赤沢銅山と呼ばれていた小鉱山であったが、同年、久原房之助が経営に乗り出し、日立鉱山と改名され本格的な開発が開始された。久原の経営開始以後大きく発展し、1905年(明治38年)から閉山となった1981年(昭和56年)までの76年間に、約3000万トンの粗鉱を採掘し、約44万トンの銅を産出した日本を代表する銅鉱山の一つとなった。また日立鉱山で使用する機械の修理製造部門から日立製作所が誕生しており、日立鉱山は日本の近代産業...常陸国探訪@日立鉱山と大杉

  • 常陸国探訪@御岩神社

    2年前に「光る岩の伝説」で御岩神社のことを書いてました。まだこの頃は、そんなに紹介されていなかったので、参拝者も少なかったと思いますが、今では県外からたくさんの人が訪れます。駐車場がたくさんあったのには驚いた。笑入口そばに愛宕神社岩場に祀られている。看板の説明に、この山は「天香久山」とも呼ばれていた。すごいな~。愛宕神社前にあったお稲荷さん。山頂まで登るつもりはなかったので、本殿のみの挨拶と考えていたのですが、「かびれ神宮」まで登れそうだったので、そこまで行ってきました。※トイレに目がいってしまう・・・。w由緒『当社は創建の時期は不明ですが、縄文晩期の祭祀遺跡の発掘や、日本最古の書の1つ「常陸國風土記」(721年)に「浄らかな山かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」とされる事から、古代より信仰の聖地であっ...常陸国探訪@御岩神社

  • 大菅鉱泉と高宮神社の馬信仰

    いろいろ立ち寄った為、宿についたのが6時頃になってしまい、宿の女将さんが庭で待っていました。この大菅鉱泉は、1848年以前の開業とされ、かつて三軒の鉱泉宿があったそうですが、現在は、元湯館と里美屋のみ。この場所を選んだのは、たぶん、御岩神社に近いからだと思う・・・と主人が言っていたのですが、鉱泉に興味があって宿を予約したらしい。ちょっと古いお宿ではありますが、里美屋旅館でお世話になりました。おとなしいワンコが出迎えてくれて、廊下では鈴虫を飼っているので、なんだか、親戚の家に遊びにきた感じ~。蕎麦畑が広がる所で、蕎麦が評判だそうです。夕飯に頂きましたが、美味しかったです。※そば畑夕食を食べている時に、女将さんが「仙台からきたのですか?」と聞いてきたので、そうです。と言うと、「まあ、懐かしい。私は一関なんです」と。...大菅鉱泉と高宮神社の馬信仰

  • 常陸国探訪@天津甕星とグリッド

    念願の「大甕神社」へお参りできました。天津甕星(あまつみかぼし)とは、日本神話に登場する星の神で、別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)、香香背男(かがせお)と呼ばれます。カカセオは、ブログを書きはじめた頃から関心がありました。なぜなら、秩父大宮妙見宮縁起に、「国司のもふしあげにより大星大神ならびに香香背男命を真名井の原に勧請し、祝祀給ふ」という文が記されていたからです。この真名井については、武甲山のある場所に隠された泉なのですが、秩父はカカセオ一族に関係する歴史(約2000年前)を持っていることを、仲間から教えてもらっていました。あまり詳しいことはわかりませんので、基本を学ぶ。大甕神社のご祭神:建葉槌命地主神:甕星香々背男ご祭神の建葉槌命(はづちお)(天羽槌雄神とも書く)は、倭文神...常陸国探訪@天津甕星とグリッド

  • 常盤国探訪@磯部稲村神社

    栃木県に近い茨城県櫻川にある稲村神社へ行ってみました。その神社は、天照大神と機織の栲機千々姫(たくはたちちひめ)を祀っていたので、チチ姫に御礼参りがしたかったからです。考えてみると、秩父と同じ「チチ」なんですよね。足利の織姫神社に参拝してから、急にチチ姫と繋がる出来事がありました。それまで、この織姫の名を全く知りませんでした。『古事記』では萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)、『日本書紀』本文では栲幡千千姫命、一書では栲幡千千媛萬媛命(たくはたちぢひめよろづひめのみこと)、天萬栲幡媛命(あめのよろづたくはたひめのみこと)、栲幡千幡姫命(たくはたちはたひめのみこと)、火之戸幡姫児千千姫命(ほのとばたひめこちぢひめのみこと)と表記される。神名は「萬幡」を「多くの布帛」、「豊」を「多く」、「秋津」...常盤国探訪@磯部稲村神社

  • 栄存法印が喜んだ優しい雨

    9月は3連休が2回もあって出かけるのに最適な時期でした。今月は、めまぐるしく織姫三昧です。今回も、いろいろな所へ行ってようやく落ち着いたところなのですが、とても面白い体験をしてきました。このような現象が何を意味しているのかは、自身の魂が望んでいたことのひとつで、その土地に伝わる伝承、またそこに住む人の人生までも深いところで、繋がっているんだな、ということを感じました。共感が高いからこそ味わえるという事なのでしょうか?それは、一人より複数で味わった方がより鮮明になるという事です。先に、栄存法印さんのことを書いておきたいと思います。この方は、とても優しい方だったと今になってもそう感じることです。三連休初日の14日、「まほろばトライアングル」(勝手に命名)笑。へ行ったのですが、「巨樹」が何かを伝えているようでした。巨...栄存法印が喜んだ優しい雨

  • チの精霊と鹿狼山

    うれしい秋晴れ。もう涼しくなってきたし、蚊もいなくなったので里山登山も気持よく登れるようになりました。熊が怖いけどねぇ。運動不足解消のために、わざわざ・・・相馬郡新地町の鹿狼山へ。4年ぶりに、手長足長明神に会いにいく。今回は、「蔵王眺望コース」から登ってみた。歩きやすく整備されていて、いいお山だな~と思ったら、「みちのく潮風トレイル」がありました。眺望コースといえど、全く見えませんが。鹿狼山はいろいろ妄想してましたが、もう一度復習を。「鹿と狼を連れた手長明神が住み、東の海まで手を伸ばして貝をとり、貝殻を捨てたのが、現在の新地貝塚となりました」葉っぱの精霊がたくさん。手長足長は巨人です。全国にも巨人伝説はありますが、手長足長は諏訪明神の家来とされており、手長と足長の夫婦の神であるといわれ、手長足長を祀る手長神社、...チの精霊と鹿狼山

  • 山形市内観光と悲劇の駒姫

    連休の合間に久しぶりに山形市内へ。暑い日でしたが、日影は涼しい~。稲穂が黄色に染まっていて、もう秋だな~と思います。まだ全然染まっていないのに、「もみじ館へ」すこ~しだけ葉が赤くなってました。コケが気持ちよさそう。あ~、ゴロゴロしたい~。始めて「文翔館」に行ってみました。(昔の山形県庁)ここは無料で拝観できます。芸工大学の作品やアートフラワーなどの展示もやってました。さて、文翔館の写真と共に、駒姫の話を。主人が一度も霞ケ城公園に行ったことがないというので、行ってみたのですが、最上義光歴史館へも行くことに。最上義光やこの時代、あまり興味がないので詳しくわかりませんが、展示室に入ってすぐに「駒姫」のことが書いてありました。私は駒姫を知りませんでした・・・。とても可哀そうなお姫様です。駒姫はとても美しいと言われて評判...山形市内観光と悲劇の駒姫

  • キノコのこのこ深山修行

    9月も中旬になっていますが、9月入ってすぐに千貫・深山へ。ただいつもの道を歩くだけなのですが、なぜこの山に魅かれるのか、わかりません。大事なものはほとんど目につかない所で、ほとんどの人が関心をもたない場所に、大事なものがある。ということを知ったのは、つい最近でした。地元の人しか知らない所。千貫・深山は何もありませんが、これだけ歩きたくなるのは何かがあるからだと思います。何も答えはないのにただ歩いているという行為は、修行みたいなものです。ある時、歴史会で巡った寺社で、県外の人がいろんな場所を知っている。と、言ってました。地元の人も関心をもたない所は、県外の人がそこに魅力を感じてしまうもの。地元じゃないからこそ、自由に知りたい欲求がおこる。そういうもんで。地元だといろいろ地域の人の顔が浮かぶから、恐縮するところがあ...キノコのこのこ深山修行

  • 三十八人のハート

    メモ程度に記憶しておきたいこと。夜寝る時に、睡眠に入る直前というのでしょうか。何かの残像みたいな、関係ない映像がぱっと浮かぶことがよくあるのですが、一昨日、夢をみたのか睡眠の直前のビジョンに、「三十八人のハート」という言葉がぱっと浮かびハートが見えました。またハートだなぁと思って。そのまま寝てしまったのですが、朝起きても覚えていたので、何かのメッセージかな、と思ったのです。それに「三十八」は、イザナギ?イザナミ?天照の子供の数と聞いたことがある。この話し、以前にも書いた記憶があるのですが、忘れました・・・。もし同じ話しだったらすみません。でも、私は天照より、三十八は、「秦」だと思ったのです。私にとって縁があるからだけど。数霊を気にする方は、数霊で「38」を記憶すると思いますが、私は人物が出てきてしまうのです。秦...三十八人のハート

  • 福島市民家園(くらしの博物館)と室石

    たくさん古民家を復原している公園はありますが、福島市民家園は楽しかったです。スケールが大きくバランスが良いです。お盆に通った磐梯吾妻スカイラインの近くまで行き、フルーツラインを通るのですが、吾妻山の裾野は広いので、田園風景がとてもきれいで。道も広くて気持よい道です。「あづま総合運動公園」という広いスポーツ施設があり、関東ではあり得ない広さ。森も吾妻山の森だから歩くだけでも、かなり違います。森の植生なのか、里山とは違いますね。空気が全然違います。スポーツ公園で駐車して、福島市民家園まで歩いていきました。ここは、敷地約110,000平方メートル・・・東京ドームより広い?とりあえずマップ。江戸時代~明治時代の県北地方の民家を中心に梁川村(伊達市)の芝居小屋、料亭、板倉、会津地方の民家等を移築して復原し、庭や畑と共に環...福島市民家園(くらしの博物館)と室石

  • 大鳥城跡と佐藤氏兄弟

    大鳥城跡へは、上まで車で行けそうなのでトイレがある広い所で駐車し、城跡へいくと確かにそこに佐藤基治公とその子:兄弟の名が。※土塁の跡土を盛り上げて築いた小さな砦、城のまわりに土塁を築いて攻めてくる者を塞いだと書いてありました。今では、アジサイなどの植物が塞いでいて、平和な土塁になってます。ここに佐藤基治公一族の供養塔がありました。最初に繋がったのは田村神社(マロを祀る)で、やっぱりマロなんですね。マロは何でも繋げてくれるのです。それは、佐藤忠信と佐藤継信の奥さんの方でした。妻たちは佐藤兄弟が殺された後に、義母を元気づけるために、甲冑をきて迎え入れたという伝承があるのです。この話しを聞いた時に、介護を思い出して。笑確か、まだこの時介護中だったと思う。今では妻たちが頑張っている介護のことでしょ?(ちがうか)田村神社...大鳥城跡と佐藤氏兄弟

  • 香港とプレアデス

    これは、書いておいた方がいいのかな、と思うことを。メモ程度に。今、香港が大変なんですけど、20代の時に友達と大好きな香港に旅行にいって、とっても楽しかった思い出があります。その時に、ペニンシュラホテルでアフタヌンティーができるので、思い出にハイティーしようとなりました。(今じゃ、こんなリッチ体験できないわな・・・、笑)そのホテルでアフタヌンティーをしていたら、ずっと谷村新司の「昴」の生オーケストラの演奏が流れていたのです。なんで昴?と思って。香港でも有名なんだな、と思っていたのですが、ずっとその曲なんです。友達もなぜ昴?という気持になってました。ということを思い出したのですが、なぜそれを思い出したのかは、香港が大変なので、昴のプレアデスが何か言いたいのかもしれません。とりあえず、撤回(逃亡犯条例)されましたけど...香港とプレアデス

  • 飯坂温泉の村崎神社

    松島の紫神社=村崎神社なので、別の日に飯坂温泉まで行ってしまいました。暑いので温泉はパス~。とても熱い湯なのです。宮城県の鳴子温泉、秋保温泉と共に奥州三名湯に数えられるほど老舗温泉。「鯖湖の湯は瀬織津姫を彷彿させる」で妄想しているので、詳しいことは書きませんが、村崎神社は、地元の伝承では、「瀬織津姫命」を祀っているとの事。■村崎神社(八幡神社境内)祭神:オオナムチ、少名彦命、瀬織津姫の三神。飯坂で最も古い神社といわれ、村崎明神、飯島明神、温泉神とも称す。かつては斎藤家の屋敷内に鎮座していた。名前の由来は「この村始まって以来の神社」という意味。最初行った時は、八幡神はスル―してました。近くまで通ったけど、「源義家」には関わりたくないな、と。でも松島の紫にいったなら、飯坂には行くべきでしょ。カフェに。そっちか。とい...飯坂温泉の村崎神社

  • 紫色にたなびく雲~の紫神社

    女川へ行く前にたちよったのが、紫神社でした。松島へ行く時はいつも通る道で、いつも鳥居が見えてました。何の神社かな?と気になっていたけど、ずっとスル―してました。以前、福島の飯坂温泉の「村崎神社」のことを書いていた時に、松島の紫神社が繋がったので、知ってはいました。なので、いつか参拝しておきたいな、と思っていましたが、すっかり忘れていた。。。女川へ行くことになったので、じゃあ、途中だから寄ってみようかな、と思いつき、googlemapで設定して到着した時は、驚いた。いつも通っていた道そばにあったあの鳥居は、紫神社だったのか!もー。何度も通っていた所やんか。紫神社の由来-------------------------------------御祭神天御中主神、建御名方神、軻遇突智命(かぐつち)、天照大神、家津御子命...紫色にたなびく雲~の紫神社

  • 御前浜の熊野神社と百済王敬福

    久しぶりの女川。かさ上げ工事もまだ進行形のところもありますが、家々が高台に建てられ、民家も増えていました。駅付近は賑やかです。今まで駅付近しか行ったことなかったのですが、この先を山の方へ向かい、「御前浜」に行ってみました。震災の時、津波被害から免れたという熊野神社へ。熊野神社は、海側の太平洋側に多く建てられるのですが、昔から津波が多かった場所なので、津波と関係して熊野神社がまつられている話しも。御前浜の海は穏やかですが、太平洋側の海をみると、津波の黒い波を思い浮かべてしまいます。ここでは津波はどうだったんだろう・・・。どうしても震災を拭うことはできませんね。石碑が建っていたのですが、フェンスがあって近くまでいけない。何が書いてあるかよくわからないのですが、「天皇両陛下」の文字と「災害」とある。石碑は昭和9年。昭...御前浜の熊野神社と百済王敬福

  • 足利の織姫神社

    帰る途中で足利を通り、ここに織姫神社があると主人から教えてもらったので、参拝してきました。織姫は、いつだったか・・・昨年かな。音叉療法しているAさんが、織姫神社がとても気になるから、行ってみたいんだ~と言ってて。私もその名前を聞いた時に、織姫!?と思ったのです。Aさんは波動を知っている人なので、響きに反応するのですね。私はそういうのはわからないのですが、織姫の「織」という言葉には、何かがあるのかな、と思います。山の上まで車で行けたので駐車して裏から入る形に。すると、あの!関東でしか名前をみない「阿夫利神社」を発見。阿夫利神社参道入り口ほ~、始めてここでみた。なのにスル―・・・。階段登るのがなぁ。やっぱり関東は蒸し暑くて~。なんか気分が乗らなくて~。足利は、足利氏が築いた街なのであんまり興味がないんだな~。全然、...足利の織姫神社

  • 秩父札所最後の結願はプレートに潜る

    秩父水神巡礼13秩父水神巡礼の記事がちょうど13項目。13がシンクロしてる~。ところで、地層に建立される秩父札所観音霊場ですが、以前、トベの話しで、「比企郡」が登場してました。日置部の比企。なぜ、比企郡が注目されていたのかわかりました。「中央構造線」でした。『埼玉県岩槻市の地下3500mから採取したボーリング試料について最新の手法で解析を行った結果、この岩石が、日本で最も大きい断層であり、一部が活断層である中央構造線のごく近傍(およそ500m以内)で変形した特殊な岩石(マイロナイト)であることが明らかとなり、関東平野の地下深部の中央構造線の位置を特定することができた。』※産総研よりhttps://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2006/pr20060202/pr20...秩父札所最後の結願はプレートに潜る

  • 女性のための札所観音霊場と聖観音

    日本百観音霊場は、西国、板東、秩父。秩父は34箇所と1箇所増やして、百の結願としました。最後の秩父が「結願」の札所観音霊場の地なのです。どの観音堂をめぐっても武甲山が見えるようになっています。昔に比べたら変わっている所も多いですが。秩父札所の由来994年、1186年、1234年説と複数あり。熊野権現の烏、稲荷大明神の狐、日枝神社の猿のように、観音菩薩の眷属は「馬」であることから、十干の甲と牛を結びつけて、甲牛年の創建が説かれ、後に甲牛年の総開帳も行われた。観音の縁日は「18日」33箇所から34箇所になったのは、1531年以後、34番を追加して結願にしたとされます。なぜ、百にしたのかはよくわかっていません。その「完全なる百」の山として武甲山があったのですが、破壊されているところをみると、フツフツとチャクラが騒ぎま...女性のための札所観音霊場と聖観音

  • カカの武甲山と葛城神社②

    前回の矢を射ったところに・・・という地名ですが、「矢追」という地名でした。札所3番のあたりがそうです。さて、ずっと前から気になっていた神社。やっとこれました~。※葛城神社からみる武甲山。サイトからみつけた看板の説明。『秩父修験が祀った一言主命』『当社の社殿は天狗山を背に、荒川の清流を挟んで武甲山と向かい合うように建てられており、境内の近くには鬼が淵などの奇岩がある。当社は、江戸中期に現在地に奉斎され、明治5年に境内の八幡神社と諏訪神社を合祀して村社となりました。関東地方において葛城神社が祀られていることは、極めて珍しい為、その勧請については興味深いが、残念ながら当社の創祀を伝える記録や伝承は失われている。ただし、葛城の社名については口碑に「当社の祭神である一言主命が大和国の葛城山に現人の姿で現れ、雄略天皇と対話...カカの武甲山と葛城神社②

  • カカの武甲山と葛城神社①

    和銅黒谷がとれた所には、荒川が流れていますが、横瀬川と荒川が分岐しているあたりになります。その近くに、7,8世紀頃とされる群集墳があり(飯塚・招木古墳)和銅がとれた(708年)に関係する古墳群と思われます。また和銅黒谷に行ってしまいました。秩父でも秦氏の痕跡を探す・・・。主人は初。でも感想なし・・・(ですよね~)古墳群は、自然銅(ニギアカガネ)の採掘に従事した人たちのお墓になっていると思いますが、古墳時代後期、古代忍海郡(おしのみのあやひと)では渡来系の人たちにより、数多くの鉄器を生産する鍛冶工房が運営されていたそうです。忍海郡に関係しているのが葛城氏なのですが、葛城襲津彦は、新羅の草羅城(さわらのさし)を攻略した際に捕虜を連れ帰り、この捕虜が、桑原・佐糜・高宮・忍海の四箇所に住んだ漢人の祖とされる。忍海とは現...カカの武甲山と葛城神社①

  • 秩父霊場@尼寺の太陽寺

    秩父ネタ。秩父は秩父帯がある地域。旧石器時代~数十万年前頃は最後の氷河期といわれ、いろんな動物が列島にやってきました。太陽寺がある大血川洞窟では北方系クマ。埼玉県川口市猿貝貝塚で発掘された安行式土器は、およそ3500年前に作られたもので、青森県の亀ヶ岡文化と同時期に存在し、交流していた可能性が指摘されています。また、宮城の塩釜に由来する塩の釜は、埼玉で発掘された釜と形状が似ている物もあり、和銅黒谷がとれた聖神社にも蕨手刀があることからも、古来から東北地方との交流が行われていたと考えられます。深谷の鹿島群古墳も宮城県の鹿島古墳と似ている指摘も。「武蔵にいた豪族が逃れてエミシになった。」というのは、あながち適当な話しでもなく、出雲族も多くいたことから、武蔵文化圏と東北文化圏は、縄文時代から大都市を形成していたと言わ...秩父霊場@尼寺の太陽寺

  • 富弘美術館と佐賀の夢

    どんどん南下して日光国立公園へ向かうと、群馬県みどり市に入り、道途中に「富弘美術館」がありますので寄ってみました。行ってみたかった美術館!建築デザインで有名な美術館なので名前を聞いたことある人は多いと思います。星野富弘さんは著書も多く出しているので、絵が好きな人は、みんな知っている方だと思います。美術館の概要『水彩の詩画を通して生命の尊さ、やさしさを語りつづける星野さんの作品を一堂に公開する美術館が、星野さんのふるさと勢多東村(現みどり市東町)に誕生しました。四季折々の野の草花やシャクナゲの群生、紅キリシマツツジの大木など、青空と緑深い詩情豊かな山々に囲まれた東村。不慮の事故での9年間の入院生活から久しぶりにふるさとに帰った星野さんを迎えたのは、子どもの頃から慣れ親しんだそんな東村の自然でした。でもそれは、初め...富弘美術館と佐賀の夢

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