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2015/06/09

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  • 今城塚古墳

    十数年前はお墓詣りによく通ったが、最近は通らなくなった道を娘の運転で孫二人とドライブ。目的地は高槻の今城塚古墳。私が知っている今城塚古墳は崩れんばかりで荒れていた。しかし今ではすっかり整備されきれいになっていた。孫と手を合わせてから墳丘に入ってみた。孫が足元がおぼつかない私を見て、手を差し伸べてくれる。優しい心が芽生えているのが新鮮でうれしい。今城塚古墳

  • 今年 別れと出発

    2022年は2月のロシアのウクライナ侵攻、7月の安倍晋三銃撃事件、連続的に起こった親戚との別れ、友人との別れ、そして個人的には頑強と思っていた肉体のほころびと精神的に余裕を許されないことが次々と生起した年でした。ロシアの侵攻の悲劇は10か月過ぎてもまだ終息しない。その間、人の命は奪われ続けている。権力者の夢のために。安倍晋三も夢を見ていた。その夢が旧統一教会と同じ夢であったということを我々は知らなかった。山上容疑者がそのパンドラの箱を開けた。しかしその中身を我々は十分に知らされず、闇の部分が多い。政権交代が一番望ましいが、せめて国民に正しい情報を知らせる健全なジャーナリズムの存在がこの国にあってほしい。10月に一番上の姉との別れがあった。姉は私が気づいた時にはもう嫁いでいた。義兄は中国では機関銃部隊に所属...今年別れと出発

  • 小出浩章先生のホームページより

    京大の原子力科学者の小出先生の言葉は重い。「アベさんが銃撃を受けて死んだ。悲しくはない。アベさんは私が最も嫌う、少なくとも片手で数えられる5人に入る人だった。アベさんがやったことは特定秘密保護法制定、集団的自衛権を認めた戦争法制定、共謀罪創設、フクシマ事故を忘れさせるための東京オリンピック誘致、そしてさらに憲法改悪まで進めようとしていた。彼のしたこと、しようとしてきたことはただただカネ儲け、戦争ができる国への道づくりだった。アベさんは弱い立場の国・人達に対しては居丈高になり、強い国・人達に対してはとことん卑屈になる最低の人だった。朝鮮を徹底的にバッシングし、トランプさんにはこびへつらって、彼の言いなりに膨大な武器を購入した。彼は息をするかのように嘘をついた。森友学園、加計学園、桜を観る会、アベノマスク…彼...小出浩章先生のホームページより

  • 福山哲郎さんFacebookから

    立憲民主党の福山哲郎氏の弟さんが投稿された文です。感銘を受けました。「お兄ちゃんのこと選挙活動も最終日なので、僕の知ってるお兄ちゃんのことを書きたいと思います。ご存じの方もおられると思いますが、兄が16歳、僕が7歳の時に家が破産して、一家の大黒柱だった父は行方不明になりました。住む場所を失った母と兄と僕の3人は、夜逃げ同然、社会に放り出されました。やっとの思いでたどり着いた京都駅。売店で求人情報誌を買い、そこに載っていた町工場で、住み込みで働くことができることになりました。日中、兄は家族のために必死で働きました。高校を一度中退した兄は、仕事が終わった後、遅くまで受験勉強をし、その努力が実り、翌年、京都府立嵯峨野高校に合格します。お金こそありませんでしたが、家族3人、肩を寄せ合っての生活は、とても充実してい...福山哲郎さんFacebookから

  • ヤブカンゾウ

    我が家のベランダのヤブカンゾウ。一日花として鑑賞していた。春先には少しだけ新芽をいただいていた。NHKの「やまと尼寺精進日記」を見ていたらヤブカンゾウの花もつぼみも食べれるというではないか。目から鱗。ヤブカンゾウは茨木の里山に行けばあちこちに咲いている。まずは我が家のヤブカンゾウで試してみた。天ぷら、酢味噌和え、ゆがいて鰹節と醤油で味付け。みんな合格です。食べれる野草が増えました。万葉集ではわすれ草といわれ、憂えを忘れる草とされていた。心配事のある古のひとはこの花を下紐につけたという。ヤブカンゾウ

  • ベランダのアジサイ

    毎朝ベランダのアジサイの世話が日課。全部挿し木。アジサイの挿し木は難しくない。年々鉢が増える。去年挿したのも根付けは八割がた成功。花が咲いたのは一部だが、来年は咲いてくれる。ベランダのアジサイ

  • 柔道家

    「岡野好太郎十段の柔道指南」という本を送って頂いた。十段は明治39年に大日本武術教員養成所の一回生として入所、磯貝一、永岡秀一から講道館柔道の指導を受け、その後明治、大正、昭和の時代を警察、旧制中学、旧制高校、大学で柔道の指導。寝技の達人と知られた先生。本の中で私の卒業した高校で昔指導された佐藤(岩崎)法賢先生、直接指導を受けた小川敬一先生の名を見つけ驚きました。佐藤法賢先生は当時本因坊由来の寺として有名な寂光寺にあった学生寮の舎監であったが、十段が西郷四郎に紹介されたのはこの岡崎の寺であったか。この本の共著者の二村雄次氏についても私は直接試合をみて感動したことを覚えている。名古屋大学の医学部の学生だったが、彼が相手の背についての送り襟締めは見事であった。柔道家

  • 金接ぎ

    姉夫婦が岡山へ旅行へ行った時の土産の備前焼の花瓶。地震の時か割れたのをご飯粒で接着していたが怖くて水を入れることができず、花瓶として長い間使っていなかった。幸い蒔絵用の金属粉と手製の粉筒はあったので、陶器用のボンドを使えば金接ぎのまね事ができるのではと思いつきやってみた。金接ぎ

  • 嵐山 浪花桜

    嵐山でスケッチ。樹齢200年を超す山桜。観光客で立ち止まる人はいない。嵐山浪花桜

  • ロシア反体制派知識人の手記 朝日新聞より

    ロシアに住み、プーチン大統領が始めたウクライナへの侵攻に反対する、ある知識人の女性から寄せられた手記の全文は下記の通り。20022年3月9日(水)私たちは衝撃を受けています。あぜんとしている。がくぜんとしている。私たちとは、ウラジミール・プーチンを一度も支持したことのない市民層のことです。私たちは常日頃、この男はいずれ国と世界を破局へと導くと述べてきましたが、それが現実となったのです。全世界が、プーチンは戦争準備をしていると主張してきました。ロシアや世界の数十、数百のアナリストたちがこの状況を予告していました(あのときすでに、あからさまな戦時用語が使われ、軍がウクライナ国境へ近づいていたのですが)。それでも世界中の誰も、私たちもですが、破局がこれほどひどいものになるとは思いもよりませんでした。いまにいちばん恐ろ...ロシア反体制派知識人の手記朝日新聞より

  • 大門寺

    大門寺は大改装中。山門もこの前まであった姿はない。以前撮った写真をもとに俳画にしてみた。この寺には木村常陸介の経帷子、刀、槍が残されているというがまだ見たことがない。秀吉、秀次に仕え、武人として戦い、また茶道にも長けた彼は、秀次の失脚の後、この寺で切腹、最期を終えた。山門をくぐるとき、彼は何を考えたのだろう。長男も死罪の上梟首、娘も磔刑。彼の無念さを思うと、教科書では教えない独裁者秀吉の無慈悲さに強く憤りを覚える。大門寺

  • バイクで散歩

    朝早く目が覚めたので、大門寺の紅葉を見に行こうと決心。妻が地域の清掃で行かれないので、バイクで行くことにした。バイクでの遠出は二年ぶり。走っているうちに前によく利用した道を採用。安威川の土手を走り、履正社のグランドの前を通り、山手台を過ぎ、ゴルフ場の中の細い道を走り、途中の空き地にバイクを止めた。ここからは大門寺までは坂道。右足も左足もに二年前よりすっかりガタがきているので自分でもおっかなびっくり。カメラとスケッチブックを持って歩くが意外に楽しい。大門寺は現在リニューアルと言っていいほどの大工事中。一番の目当ては境内の一本の紅葉。私がこれまで来た時にはいつもその盛りを見逃していた。確かに紅葉の絨毯は見れたのだが。でもこの日はやっと華やかな姿が見れた。脚の痛みもなんのその。ありがたや紅葉の寺の大門寺。寺の石碑の俳...バイクで散歩

  • 思い出

    私には二人の娘がいる。上の娘は子が4人。下の娘は子が2人。私は6人の孫のおじいちゃん。娘たちが幼かったころ、地上げ屋が突然家にやってきた。目つきの悪い、新しい家主という輩の訪問。家賃の値上げを認めるか、家を出るかの選択を迫ってきた。新聞では彼らの存在は知っていたがいよいよこの5軒長屋にも来たかと思った。借地借家法が家主に有利に改正され、外堀は埋められていた。私たち5軒は団結して交渉することにした。一軒でも脱落するとその家に犬を放ち嫌がらせをし、立ち退くように仕向けるなど彼らは悪辣だった。交渉は数ヶ月続き、すったもんだの末、ある程度の条件で私達は立ち退きを受け入れた。私達は茨木に引っ越した。水田が広がり、近くには神社があった。子供たちと犬のピンキーとの散歩は日課となった。用水路が張り巡らされ、冬は厚い氷が張り、そ...思い出

  • おばあちゃん

    私はおばあちゃん子で彼女にはいい思い出しかない。祖母は明治8年(1875)に徳之島の母間で生まれた。名前はまんだる。戸籍をみると”まん朶る”とある。公文書では濁音は漢字で書くことになっていたようでで、”だ”に”朶”をあてはめたようだ。幼い頃少し変な名前と思っていたが、徳之島の主産業の砂糖は樽で取引されたので、今考えると”万樽”という意味合いでお金に困らないように願いを込めて安政生まれの曽祖父がつけたのではないだろうか。今も残る祖母の写真を見るとハンカチで手の甲を隠している。祖母の手の甲には刺青があり、恥ずかしかったのだろうか。しかし祖母が若いころ徳之島では女子として生まれた者は刺青をしなければ女子としての分限を失い、死んでも逝くべきところに逝けないという琉球から伝わった言い伝えがあり、刺青は14,5歳の女子のあ...おばあちゃん

  • 結婚記念日

    47回目の記念日。結婚式を9月23日を選んだのは、祭日にする、といつもその日は休日で都合がいいと思ったからだ。今回は高槻の安満遺跡公園に決めた。昔京大の農場があり、妻の実家は農場を中を通り当時は安満遺跡の標識のみがある児童公園を左に田圃のあぜ道を野草を見ながらのんびり歩いていくととあった。娘が幼い時、農場の建物の前の木に登らしたり、夏ミカンを拾ったり、即売会で農場でできた果実を買ったり、田んぼの中を泳ぐ蛇を見たりなかなか楽しい場所であった。私が大学生のころも車窓から毎日見た懐かしい風景だった。そんなところが公園になっていた。この公園はアクセスよし、施設よし、広さよし、なかなかいい公園だ。今日は妻といい一日を過ごせました。結婚記念日

  • 真菰

    コロナ禍日曜日はどこも行くところがないので、夫婦で見山に行くことになる。里山の景色は一週間過ぎると変化、何かしら新しい経験ができる。お目当ての野菜も少なくなった時間も訪れる人は多い。途中彼岸花があちらこちらに咲いている。「赤い花なら曼殊沙華阿蘭陀屋敷の庭に咲く」の歌詞が自然に浮かんでくる。家にラジオもなかったし、もちろんレコードもなかったので、母が口ずさんでいたのを覚えていたのか不思議に彼岸花をみると、この歌が出てくる。家を出るのが遅かったので見山の郷の野菜は少なかった。真菰と書かれたのがあったので、珍しいので買ってみた。昔真菰という歌詞がある歌があったなあと記憶を辿った。昔友人とよく通った飲み屋のおばあさんの十八番でよく歌ってくれた「船頭小唄」。あの中にあった。夕食に炊き込みご飯と天ぷらにしたら、これが絶品。...真菰

  • マッカ

    今ではその座をメロンに譲った感があるが、メロンと似たマッカ(まくわうり)は夏の味覚だった。私は中学一年の時、牛乳配達を始めたが、私の配達先の農家の屋敷内の畑には夏になるとマッカが育てられていた。土塀の中の大きな藁ぶきの農家で、中庭の畑を見ながら玄関横の牛乳箱まで牛乳を届けに行っていた。農家の朝は早いので時々はご主人と挨拶することもあった。中学2年の時体育の新任の体育の先生が朝礼で紹介された。その次の日の早朝、いつものように農家に配達に行くと、その先生が中から出てこられたので、びっくり仰天。自己紹介をあわててして退散した。今はすっかりその趣は無くなったが、当時は大阪市の北部のあちらこちらに広い屋敷の農家があり、畑や水田が広がっていた。先生のご実家もそんな一軒でマッカを見ると当時のことががよみがえってくる。先生の授...マッカ

  • 百合

    十三にはキリスト系の教会が三つある。バプテスト派のミードの教会、日本聖公会の博愛社にある教会、駅の東にはカトリックの教会。この中で一番親近感を覚えたのはミードの教会。アメリカによる映画の上映会があり、確かコーモリの記録映画でコーモリの特殊な能力に感心した遠い記憶が残っている。小学校の時は写生会と言えば十三公園で、尖塔のある木造の教会はいい題材で何度も描いた。学生時代内村鑑三、トルストイの本を読んでその影響で何度か日曜日に足を運んだことがある。聖書の言葉には感銘を受けるのだが、教会に集まる人々とは違和感があり、教会に行かなくなった。しかしキリストの貧しいものに対する深い優しさは今も感銘を受けている。ヨハネによる福音書の「罪のないものだけが石を投げよ」マタイによる福音書「野の百合、空の鳥を見なさい」、「明日のことは...百合

  • 孫の誕生

    6月5日予定より約1月早く孫誕生。体重も順調に増え一安心。ただまだ抱っこしてない。ちょっとつらいがワクチンの2回目が終わってからと決めている。私の市では最初電話とパソコンで早いもの勝ちでやっていたがいずれも失敗。結局かかりつけ医で打ってもらうことになり、一回目が6月26日。2回目は3週間後。その時を待ち遠しく思っている。孫の名前は新。記念に初めて俳画を描いてみた。孫の誕生

  • レンコン料理

    我が家の冷蔵庫にレンコンが欠かせない。見つけたら買ってくる。徳島産が多いが今あるのは見山で買ってきたもの。今朝はレンコンを豚バラで巻きフライに。食べたときのさくさく感がいい。レンコンを5mmぐらいに輪切りにし、豚バラでしっかり巻く。塩コショウし、バッター液パン粉でしっかり衣をつける。今回はバッター液が余ったので竹輪にスナックえんどうを穴にさしこれもフライにした。レンコン料理

  • 現職校長 市長への提言書

    大阪市の校長先生の覚悟の提言書。現場を踏まえた一つ一つの言葉が重い。今大阪で行われている教育が子供と先生から学ぶ教えるという学校教育の原点から遠く離れてしまっている。この大阪の現状を先生の提言書から知ってほしい。大阪市長松井一郎様大阪市教育行政への提言豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために子どもたちが豊かな未来を幸せに生きていくために、公教育はどうあるべきか真剣に考える時が来ている。学校は、グローバル経済を支える人材という「商品」を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちは、テストの点によって選別される「競争」に晒(さら)される。そして、教職員は、子どもの成長にかかわる教育の本質に根ざした働きができず、喜びのない何のためかわからないような仕事に追われ、疲弊していく。さらには、やりがいや使命感を...現職校長市長への提言書

  • コロナと知人

    駅から仕事先まで数百メートル。この通りを日曜祭日を除いてほぼ毎日歩いている。行きかえりに昔の知人によく会う。先日和食の料理人をしているI君に会った。高校卒業後割烹店で修業、その後大阪市内で、割烹、スナック、和食レストランの店長を長く勤めていたが、数年前は別の店で働いていると聞いていた。お互いにマスクをしていたがすぐにわかった。立ち話で彼からきいたのはコロナで失業したということだった。彼ほどのベテランが職を失うなって予想もしいなかった。求職中だと聞いたが、どこかいいところが見つかればいいのにと願うばかりで何にもしてやれない無力感のみが残った。昨日は帰りにO君にあった。彼は苦学して看護師になって数十年のベテランで、会えば子供の話で子煩悩なパパであった。5月からコロナの重症病棟に2回目の勤務とのことだった。勤務期間中...コロナと知人

  • 山櫻

    大門寺の山桜が気になって幹周を測りに行った。以前は大門寺には子彼岸桜と山桜の日本が境内にあったが、子彼岸桜は切られてもうない。山櫻のみになったが、樹高も高く、堂々とした姿が気になっていた。リトルカブでコトコト走り大門寺の駐車場に着いた。車は一台のみ。新しい藤棚の藤が満開。年数がたてば寺の景観を豊かにしてくれるでしょう。シャクヤクは蕾が大きくなっている。最近段差が私の脚にはきつくなっている。一歩一歩気を付けながら、瓦でできた階段をあがり、山桜の元へ。サクランボの実が多くついている。まだ小さい。これから大きくなることでしょう。幹周を測ると約300cm。環境省の巨木の定義は「地上130㎝の位置で幹周が300㎝以上」と定義されているが、この桜巨木といっていいのかもしれません。今はない子彼岸ザクラ山櫻

  • 浪花ざくら

    浪花千栄子の自伝「水のように」の中に「後醍醐帝の無りょうをお慰めすべく、夢窓国師が吉野からとりよせて嵐山全山に植えられたものの中の、最後に残った一本と申し伝えられる名木の山ざくら」とある。当時樹齢150年と言われていたので、時代的に少し無理がある。しかしそのようなことが地元の人々に語り伝えられているほど、名木、古木には違いない。浪花がこの山桜が立つ畑をやっと買い、終の棲家を建て、また敷地内に料亭竹生を開業。1973年66歳で急逝するまで住んで愛した家である。10数年前に佐野藤右衛門の本「桜花抄)で「浪花ザクラ」という桜の存在を知った。個人の名前が付けられた桜の木があるんやと感心したことを覚えている。テレビで「おちょやん」が始まり、その桜を探してみようと思いたった。昨年12月確認のため本を持って訪れた。佐野藤右衛...浪花ざくら

  • 桜の季節

    最近膝の調子が悪く、仕事以外めったに家を出ない。それがまた膝にとって悪循環になっているのかもしれない。窓から外を見ると桜が咲き始めたよう。桜となると心が躍る。カメラを持って階段を降りる。のぼりより下りが膝には堪えるが、手すりを杖に降りた。公園で一番気になるのは山桜。この公園には山桜が三本。名札があるのは一本だけなので気が付かない人も多いだろう。山桜の花は上品で好きだ。去年確認した山桜はちらほら咲き始めていた。嵐山の浪花千恵子の旧宅の嵐山1の山桜も咲き始めているのだろうか。近々妻と行くつもりだ。この公園は桜も多くあるが椿もいろいろな種が豊富に植えられている。椿は満開だ。椿の挿し木も挑戦してみたい。葉で挿し木をすると花が咲くまで時間がかかりすぎる。この公園に一本ある彼岸桜は満開の時期を過ぎたようだ。鳥が来たので眺め...桜の季節

  • 友の死

    昨夜帰宅すると一枚のはがき。高校時代の柔道部の仲間の娘さんからのものだった。昨年の4月同期で会うことになっていたが、コロナで延期。一昨年の4月が我々が会った最後だった。十三の居酒屋でにぎやかに酒を酌み交わし大いに盛り上がった。病後であったが声も大きく生気に満ちていた。これ偉丈夫といった男だった。いつも強気でその人生も積極的で、若くして滋賀で会社を立ち上げ経営者となっていた。年賀状のやり取りはあったが会うこともなく数十年、彼の住所は滋賀から四国そして八尾と点々としていた。その間彼がどのような人生を歩んでいたか知らない。彼との再会は高校時代の柔道部の師範のお墓参りの時であった。師範のお墓は本満寺にあった。京都の日蓮宗の本山の一つで鴨川近くにあった。京都は桜の時期で観光客で賑わっていた。京都駅で集合、地下鉄今出川から...友の死

  • 大阪 コロナ

    私の生徒の学校でコロナの感染者がでたという話が次々と出てきている。本当に間近にコロナが近づいてきている。吉村知事は大阪の特性として、東京に比べ、高齢化、3世代同居率と述べている。彼の話はあえて東京と比較することによって、目くらましをして自分の失政をごまかしている。2019年度の国民生活基礎調査3世代世帯の割合東京112/60921.8%神奈川114/3843.0%愛知153/29085.2%大阪93/37832.5%兵庫84/22663.7%福岡92/22064.1%2018年度日本の統計65歳以上の割合東京3189/1382223.0%神奈川2305/917725.1%愛知1875/753724.9%大阪2420/881327.5%兵庫1577/548428.8%福岡1408/510727.6%特別養護老人ホ...大阪コロナ

  • リトルカブのヘッドライト

    リトルカブのバッテリーを交換したら、方向指示器のライトもテールランプもブレーキランプもつくようになって一安心。しかしヘッドライトはつかず。夜は走行しないのでかまわないといえばかまわないのだが、この際自分でやってみようと、ヨドバシでヘッドランプ(477円)を購入。交換したがつかず。中のコイルが切断してるのかも思いテスターで調べるもわからず、ヘッドライトソケットをアマゾンで購入(1958円)。交換してみた。これでだめならバイク屋さん頼もうと思っていたが、それがうまく点いたではありませんか。思わずガッツポーズ。ペンキがはげ読みづらくなっていたナンバープレートも市役所に入って新しいのと交換(100円)。偶然のことだが、その数字は私の誕生日と同じでした。万々歳。リトルカブのヘッドライト

  • リトルカブのバッテリー交換

    コロナ禍でカブを乗っていなかったら、大変なことになっていた。ライト関係はすべてアウト。キーをいれてもニュートラルのランプはつかないし、ウインカーもダメということで、バイク屋さんに持って行こうと思っていたが、自分でやれば安くなるのではと再考。バッテリー交換に挑戦してみることにした。以前ボロボロになったシートの交換はしたことがあるが、メカニックなものに触ることは初めての経験なので慎重にすることにした。まずネットの先生の情報を頼りにアマゾンで新しいバッテリーYTXAL-BSを2445円で購入。到着前にまずは古いバッテリーを外してみることに。右のサイドカバーをマイナスドライバーで開けて見ると、10mmのナットが二つ。二つとも外すが一つは関係ないとわかり締めなおす。バッテリを引き出そうとするが引き出せず。とりあえず無理せ...リトルカブのバッテリー交換

  • 浪花千栄子

    朝ドラ「おちょやん」がはじまった。浪花千栄子がモデルと聞いて最初に思い出したのは、「浪花桜」のこと。この言葉が載っていたのは、昭和45年に出版された佐野藤右衛門の「桜花抄」。「大堰川の左岸、つまり渡月橋の北詰をさくら餅の琴きき茶屋に沿うて、上手にのぼれば、このあたりは古くから三軒屋と称するところ、その手前の右手にしるべ石が立ち、奥に小督(こごう)の塚がある。元禄四年、俳聖松尾芭蕉は嵯峨の落柿舎に滞留し、落柿舎の去来の案内で臨川寺に詣で、小督の塚をたずねたことが『嵯峨日記』にしるされ「墓は三軒屋の隣り、藪の中にあり。しるしに桜を植ゑたり」とある。これによると、その当時から塚のほとりにサクラがあったことがわかる。これが名高い小督桜であったと思われる。・・・いっぽう、小督の塚はひどく荒れてしまったので、テレビや映画で...浪花千栄子

  • ヒヨドリ

    干し柿を作るようになって、10年以上になる。妻とカラスも食べに来ないなあと話し合った翌朝、柿3個が何者かによって、ついばまれていた。早速ポリ袋で応急処置をして、アマゾンでネットを購入。犯人さがしで耳を澄ましていると鳥の声。向かいの木のてっぺんにヒヨドリ。以前熟柿をベランダにおいたことがあったが、その時もヒヨドリがきた。その時は被写体になってくれてありがたがったが、この干し柿は上げることはできない。姉たち、娘たちと行き先が決まっているので今回はご容赦下さいねといいたい。今朝も6時過ぎに2羽のヒヨドリが偵察にきていた。ヒヨドリ

  • 福留晴久先生

    この時期喪中はがきが届く。親戚、友人、知人からとこの年遠くに逝ってしまった人の家族から知らせがくる。そんな中に先日我が恩師の奥様からの一枚があった。当時は大阪市東淀川区十三南之町といった場所に新北野中学があった。私が入学した学年の生徒数は871名。クラスは16組あり、一クラス55名か54名のマンモス校であった。隣に北野高校があり、越境の生徒も多かった。兵庫県からの通学する生徒も一クラスに7,8名いた。一学期はプレハブ住宅の教室、天井も低く、夏は暑かった。当時のクラブは現在の中学校に比べ、多彩で多い。新聞部、科学部、文芸部、演劇部、家庭部、郷土研究部、弁論部、英語部、ペンパル部、音楽部、書道部、絵画部、卓球部、ハンドボール部、テニス部、登山部、体操部、陸上競技部、野球部、バレー部、ハンドボール部、バスケットボール...福留晴久先生

  • 干し柿

    ここ3年長野県の渋柿を注文している。ひら種無し柿20㎏。サービスもしてくれている。いつも感心するのだが梱包がとても丁寧で、柿を傷つけないような配慮がうかがえ、お人柄がしのばれる。朝から妻と二人で3時間ほどかかったが全部干すことができた。160個。後は晴天が続くことを願う。三千の俳句を閲し柿二つ子規干し柿

  • 人は毎日毎日眠りにつく。明日目覚めがないと想像すると安心して眠りにつけないが、でも眠りに引き込まれる。そして深い眠りのなかで、夢のなかで別の世界を彷徨する。眠りは死への準備と言えるかもしれない。先日義兄が息を引き取った。朝風呂に入ってそのまま帰らぬ人になった。愛知県の中学を卒業後東芝に入社、茨木工場で洗濯機の生産に携わり、その後新制中学出身として初めて課長になり、また韓国、タイにも技術指導にも行ったりと活躍、また登山、スキーと余暇を十分楽しまれた。姉との結婚の際、酒を飲まれなかったが、徐々に飲まれるようになり、ご一緒すること多かったが楽しい酒であった。子供が大好きでまた子供たちも非常に慕っていた。私の娘たちも本当によく遊んでもらった。優しいひとであった。死の翌日お会いしたが本当に眠っているようお顔で、声をかける...夢

  • 長周新聞から

    記者座談会大阪市廃止仕掛ける黒幕は誰か外資や財界の代理人・維新政治経済2020年10月24日大阪市では自民党にかわって首長ポストや議会での多数派を独占した「維新の会」が、二度目となる「大阪市廃止・特別区設置」(都構想)住民投票に持ち込んでいる。国政レベルでは「自民一強」が定着しているなかで、自民党に対抗する野党のような格好で大阪でにわかに勢力を伸ばした維新が、「二重行政の解消」「既得権益を打ち砕く」といいながら執拗に固執してきた大阪市の廃止・解体は、いったい誰のための改革であり、なぜここまで世論を二分する騒ぎになっているのか――本紙は、この間の大阪市内での取材をもとに記者座談会で整理した。改革派装い公共財産売り飛ばす手法Aこの間、大阪市民から「都構想」についての意見、ここに至るまでの10年間の維新体制で行政や市...長周新聞から

  • 都構想なるもの

    大阪都構想ということばに騙されてはいけません。大阪は都になりません。昔の生徒に都構想についてどう思うと聞いたら「なにかあったら東京都と大阪と分担したほうがよういかも」と言ったので、大阪は都にはなれないよ、都というのは天皇がおられる場所を示す言葉だよと言うとびっくりしていました。都構想の実態は大阪市の権限財産をを取り上げ府の支配下に置くのが目的で、独裁を狙った橋下の妄想をカモフラージュして市民をだまそうとしたことばだ。橋下はだまされるほうが悪いという考えなので、人をだますテクニックにたけているので気をつけた方がいい。昨年の府議会選挙でも維新は「大阪の成長を止めるな」のポスターで躍進したが、実態は大阪は全然成長などしてないのに、見事に府民はひっかかった。実態を調べるのは調査能力を持つ新聞なりマスコミだがこれも全く機...都構想なるもの

  • 柴栗

    孫と見山に行った。孫の目的はアイスクリームと川遊び。見山は稲刈りも終わり、柿も景色の中で秋を強く感じさせる。今年はキリシタンの里らしくこの地で見つかったフランシスコ・ザビエルのポスター。新名神高速道路ができるまでの風景の方が趣があった。キリシタン遺物資料館もフランシスコ・ザビエル像が見つかった農家の前にあり、静かな佇まいの中にあった。以前資料館にいく細道のそばにあった小さな祠のマリア像はどこにいったのだろう。木造のキリストの磔像が見つかった見山の農家の壁にあった案内板もうない。わずかづつ心の余裕が失われつつある気がする。どうかこの地の歴史を含めた空気があまり変わらないでほしい。孫たちもこの地に来るといい顔になる。私の今日の目的は孫に自然の栗を見せること。素盞嗚尊神社の前までの坂道を孫は軽やかに走るが私の足はまま...柴栗

  • 秋来たる

    この2週間午前中忙しかった。アロエ、栗柚子と三連続。まずアロエ。賃貸が今年で終わるという友人の畑に育ったアロエ。妻の運転で新大阪の畑についた。大腸がんの手術をして一月ばかりなのに元気に3株も掘り起こしてくれた。手術を執刀してくれたのは私の知人。感謝しかない。彼は小学2年に四国から引っ越してきて、それ以来奇妙に気が合い、今も交流が続く。彼の元気の源になっていたこの畑がなくなるのは少し寂しい。別の楽しみが見つかればいいのだが。その日はアロエの皮むきで一日がすぎた。翌朝からアロエジャム作り。作り方は過去の私自身のブログ。ヨーグルトに入れるもよし、パンにつけるのもよし、孫たちのお気に入り。ジャムづくりの後は栗。今年は渋皮煮に挑戦。約2キロ。鬼皮をむくのにも慣れた。渋皮煮は栗の一つずつがじっくりと味わえるのがいい。ゆっく...秋来たる

  • ヤブラン

    北側のベランダにおいてあったヤブラン。南側のベランダに移すと元気になってきた。このヤブラン60年以上前に我が家にきた。当時祖母は父の弟の叔父の家で生活していた。父が勤めていた日本可鍛を解雇され、我が家の経済事情が吹田の叔父の家へ行かせたのだろう。その家は豪農の離れで道路に面していた。玄関を入って上がると2畳の空間があり、壁に船の模型が目についた。叔父が船員であったころの船であったのだろうか。右は茶の間左に居間があり、今からは手入れの行き届いた庭が見え、池には金魚や鯉が泳いでいた。この部屋では同い年の従弟と花札をしたり将棋倒しをしたり、よく遊んだ。従弟は前の道路で交通事故に遭い、片足が悪く、片方の目も不自由だったが、素直な性格で気がよくあって、子供のときの遊び相手となると彼との交流が真っ先に出てくる。近くに泉殿宮...ヤブラン

  • まつよいぐさ

    8月末日、夜10時過ぎて帰宅。自転車置き場の空き地に花を見つけ、摘む。EXTENSIONTUBE36mmが届いたので早速撮影。ヤフオクで送料込み1500円で入手したものでうまくうつるか実験。手で写したので手振れもあり鮮明さは少し欠けるがまあまあの写り具合。この時期野草の花を見ることは少ないのでありがたい。牧野富太郎の植物図鑑によれば、まつよいぐさで、嘉永4年渡来したチリゲン原産の多年草で、夕刻開き、翌朝日出と共に凋み、黄赤色に変わるとある。私にとってEXTENSIONTUBEでミクロ写真という遊びが増えた。まつよいぐさ

  • 湯川れい子さんの山本太郎への応援演説

    湯川れい子:はい、皆さん、こんにちは。湯川れい子と申します。私のことを知らない人も、若い人の中にはいるかもしれません。実は、音楽の評論、昔はエルヴィス・プレスリーとか、ビートルズとか、マイケル・ジャクソンとか、ラジオの日本で最初の女性ディスクジョッキー(DJ)だったと思います。そして途中からは作詞家として、「ランナウェイ」とか、「六本木心中」とか、「恋におちて(-Fallinlove-)」とか、最近は氷川きよしさんの「ボヘミアン・ラプソディ」とか、そんな作詞をしてきました。今年でちょうど60年になります。すごいでしょ?そして年齢的にいうと、私は太郎ちゃんのおばあさんくらいです。84歳になります。年女です。で、その私が何を言いたいかって、今日来たかといいますと、いわゆるその思想的な、政治的な思想ではなくて、この小...湯川れい子さんの山本太郎への応援演説

  • 過ぎ去った日1

    年を重ね、体の部品が一つづつ摩耗し、錆が付き、ここ数日は自転車にも乗れていない。私の思い出の中で強く残っていることを書いておこうと思う。昨日、駅まで自転車に乗ることができないので歩いて行った。阪急の踏切を渡ると田植えが終わった水田が広がっている。水路でお父さんと小学生の女の子二人がザリガニを採っていた。そんな光景がなつかしく思わず声をかけてしまった。30数年前、娘二人と私もよくザリガニをとりに、田んぼによく出かけた。その広い田んぼも今はすっかり住宅地になってしまっている。ザリガニで鮮やかに私の脳裏に蘇ることがある。東淀川区(現在の大阪市淀川区)に長楽寺という寺があった。長楽寺は真言宗で弘法大師も訪れたといわれる由緒ある寺だが、昭和20年6月15日の大阪大空襲で大師堂も含め一切焼失して、墓地だけが残されていた。北...過ぎ去った日1

  • アゲハの死

    6月7日に羽化したアゲハが6月26日の朝動かなくなりました。毎朝霧吹きで水を散布すると元気に体を動かしていたのに今朝はじっとしたまま。昨日水槽の底の紙を取り換えたときはまだ元気でしたのに。彼女の移動手段は羽をばたつかせることでこの20日間ほどの期間どれくらい移動したかはわからないが、精いっぱい生きたのではないだろうか。一度水槽の壁の半ばまで登っていたことがあったが、落ちやしないかと心配になったこともあった。蝶の死に目にあったのは初めてのことだが、羽を広げ脚をまっすぐ伸ばしまるで今にも飛び立ちそうな立派な姿だった。我が家の花々にのせてあげたが、ベゴニアの花にのせて写真を構えた時、風が吹いてきて彼女は一瞬ひらりと風にのりまるで生きているかのように葉の上に降り立ちました。さようなら、いろいろ教えていただきました、あり...アゲハの死

  • アゲハ 再追記

    アゲハが生まれて2週間。一度も飛ぶことなく、我が家の水槽の中で暮らしている。おしりの先が丸いのでメス。移動は羽をばたつかせてしているが、スムーズな動きではない。アルミのホイールをハサミで低くしそこに綿をおいて、はちみつと砂糖を水にとかしてあげているが、なかなか餌場にたどり着けない。そっとホイールを近くにおいてやると、気が付いてくれるようだ。必死に生きようとしている姿をみるといじらしい。アゲハ再追記

  • アゲハ 追記

    6匹の幼虫がさなぎになり、5匹は無事空に飛び立ったが、羽化の瞬間の観察はすべて失敗。朝の忙しい時間のことなので、仕方がなかったが、まるで忍者のごとく突然変身。羽化の瞬間を見たかったので最後の一匹に期待をかけた。しかしこの子はさなぎになるときにその場所を間違え、虫かごの壁を選び、途中で壁から落ちるという失敗をしでかしていた。日曜日、さなぎの色が微妙に変わってきたので、今日は羽化の瞬間が見れるものと期待してカメラで動画を撮るべく三脚を出してカメラをセット。時々写真におさめ、動画のボタンを押す瞬間を待っていた。2時間ぐらいたっただろうか、写真を撮って前の写真と比べると蛹の場所が少し前進しているように思えた。その時妻が驚きの声をあげた。またしても私たちに羽化の瞬間を見せずに、下に置かれた虫かごの蓋の後ろで羽を休めていた...アゲハ追記

  • アゲハ

    我が家のベランダに毎年アゲハがくる。幼虫の状態までは見ることはできるのだが、蝶々の姿を見ることはできなかった。鳥に食べられるてしまうのかなと勝手に想像していたが、今年は蝶になるまで面倒見ようと水槽に6匹の幼虫をいれた。食欲は旺盛で朝晩山椒の葉をあげて家の山椒の葉だけで間に合うか心配していたが、やっと全部が蛹になってくれました。今朝二匹が蝶になって、旅立ってくれました。アゲハ

  • 柔道の準備運動 大日本柔道教典より

    柔道の稽古にあたって、コロナ禍の中でソーシャルディスタンスを守りながらの稽古を如何にしたらいいか、指導者は苦心なさっているのが現状かと思う。私が所蔵している大日本柔道教典にヒントになる文があるので紹介する。この本は冨山房から昭和7年に、大日本武道専門学校の教授であった磯貝一、栗原民雄両先生の共述の本として出版されたものである。第三章の投技の基本練習の第7節準備運動と正座の中で写真と解説文が掲載されている。戦前の本なので、旧漢字で書かれていることもあり、若い人も読みやすいように書き直した。準備運動とは、乱捕を行う準備として課せられる運動のことである。準備運動としては、精力善用国民体育の数種を行うがよい。理由は、1、動作が簡単である。2、初心者に学び易い。3、時間を要しないから、乱捕を行う妨げにならぬ。4、当身技を...柔道の準備運動大日本柔道教典より

  • 父の夢

    父が亡くなったのは私が5年の今頃。中津済生会病院で、喉頭がんの診断を受けた後すぐに、入院することもなく、家で息をひきとった。私はその日、南方の淀川べりの長屋に住む姉の家に行っていて、父の死に目には会えなかった。姉の家から帰っていたら、近所の子から父の死を知らされた。葬式の日は、宇治の発電所の遠足日であったことが記憶に強く残っている。家での葬式は親せきから紋付を借りた兄が喪主を務めた。失業中の父はアルコール漬けの毎日で、それが原因で癌になったと聞かされた。死の直前は私は父に狂気を感じていた。そんな感情からか私は父の夢を今まで一度も見なかった。それが今日昼転寝をしていると父が夢に出てきた。船員、ガラス工場の釜たき、旋盤工であった父の手指が毎日の労働で大きかったであろう。私は夢の中で父の手の大きさを確かめてみたくなっ...父の夢

  • 赤木敏夫氏の手記

    手記平成30年2月(作成中)〇はじめに私は、昨年(平成29年)2月から7月までの半年間、これまで経験したことがないほど異例な事案を担当し、その対応に、連日の深夜残業や休日出勤を余儀なくされ、その結果、強度なストレスが蓄積し、心身の支障が生じ、平成29年7月から病気休暇(休職)に至りました。これまで経験したことがない異例なな事案とは、今も世間を賑わせている「森友学園への国有地売却問題」(以下「本件事案」という。)です。本件事案は、今も事案を長期化・複雑化させているのは、財務省が国会等で真実に反する虚偽の答弁を貫いていることが最大の原因ででありますし、この対応に心身ともに痛み苦しんでいます。この手記は、本件事案に関する真実を書き記しておく必要があると考え、作成したものです。以下に、本件事案に関する真実等の詳細を書き...赤木敏夫氏の手記

  • 気になること

    お寺さんから今年もカレンダーをいただいた。一月のカレンダーには「人も草木も虫も同じものはひとつもないおなじでなくてみな光る」とある。Whilepeopleandplantsandinsectsalldiffer,theBuddha'sinnerlightsshinesforthinall.という英文が小さく添えられてるが、今現在の世の中でこのようにすべてのものが生きる価値があるという価値観が薄れていっているのではないでしょうか。前から気になっていることばが言葉がある。Oneforall,Allforone.ラグビー界でよく語られる言葉で、ゴールを目指すラグビーの世界観としてはいいと思う。しかし昨年中国の朝鮮族収容所を描いた小説のなかで、毛沢東支配下の収容所のモットーとしてOneforall,Allforoneが...気になること

  • お見舞い

    昨日は妻の運転で久しぶりの高速道路。彼女の運転は年齢の割になかなか安心できる。ただカーナビの使い方がわからず一般道路の設定だったので、すぐに下道に誘導されるのが鬱陶しい。姉夫婦が入院、見舞いに滋賀まで。滋賀は大阪に比べどこか自然も人も建物にも余裕が感じられる。姉はペースメーカーの手術、兄は糖尿。二人は別々の病院だったが思ったより元気そうで安心した。人も経年劣化は仕方がないが劣化のスピードを抑えたいものだ。私も年末に右手が上がらなくなり、続いて左手も故障。右手は治ったが左手はいまだに違和感が強く、自転車のハンドルが握れない。でも夜の痛みは無くなってきたので、あと少し。梅が咲くころには、自転車もバイクも大丈夫でしょう。お見舞い

  • モミジの大門寺

    バイクで大門寺に行く予定がバイクの後輪がパンク。バイク屋さんまでオッチラオッチラ押していく羽目に。聞いてみると、後輪タイヤを変えないといけないとのこと。とりあえず空気だけ入れてもらって家に帰ることに。今日の予定は大門寺のモミジの写真とスケッチと決めていたので、自転車に乗り換えて行くことにした。天気も良かったので後先も考えず出発。途中市役所前のグランドでIBARAKIVINTAGECARSHOWの催し。映画で見たような昔懐かしい車が大集合。それぞれ個性があって面白い。値段はわからないが顔が見える車といっていいか。所有者に愛されている車といっていいか。以外に時間をとった。会場を後にしていよいよ出発。24インチの自転車は遅い。汗は出てくるし、太ももは張ってくるし、途中からの坂道で降参。押していくことに。朝のBSの火野...モミジの大門寺

  • 我が家のフジバカマ

    ベランダのフジバカマにハナアブ、ヒョウモン蝶がやってきてくれました。我が家のフジバカマ

  • 見山に買い物

    見山に野菜の買い物と昼の定食を食べに。かぼちゃ、安納芋、里芋それに枝豆。見山に買い物

  • 弁当

    今朝は寝すぎで弁当作りに30分しかなく慌てた。蓮根はさみ揚げさつまいも果報のの天ぷら、竹輪のチーク入りですニラ玉、人参どうしてピピ―マンの豚肉炒め、人参やっと完成。弁当

  • ひなあられ

    ベランダの一重咲きのバラが可愛く咲いていたので、一輪挿しにしてみた。なかなかの存在感。その名ももひなあられ。ひなあられ

  • ベランダ

    ベランダの山椒の木に何気なく見ていたら、雀が青虫をとらえる瞬間を見た。カメラを慌ててとりにいくと飛び去っていた。毎年山椒の木にアゲハがやってきて産卵、青虫まで成長するのだが、蝶になって飛び立つのをあまり見たことがなかった。その原因の瞬間をやっと見れた。犯人は雀だったのだ。今度は犯行の瞬間をカメラでとらえたいものだ。小さなベランダも面白い。見山でかったユリも毎年律義に花を見せてくれる。今年は例年より大きく見事な姿を見せた。ヤブカンゾウの花は一日で散るが先日から次々と咲いてくれている。これも見山の畔から持ってきた一本からだ。ガクアジサイの挿し木も2週間なるが、葉も元気そうなのでうまくいくかもしれない。ベランダ

  • 誕生日

    この年になって、誕生日がうれしいかと言われれば、そんなにというのが本音だ。でもこの年齢までよく可もなく不可もなく生きてこられたのは家族の存在のおかげだと強く思っている。また危うい少年時代の私を救ってくれたのは、柔道であるとも思っている。鋳物工場で工員として働いていた父だが、その収入の半分は飲み代に消えていたが、私が5年の時がその父が失業。そして喉頭がんで他界。母もそのあとすぐ腸ねん転で入院、手術。生活保護を受けようと母と民生委員に相談にいくも、父と母が戸籍上別姓なのでと断られた。その民生委員をしていたのが、父と柔道着を買いに行ったスポーツ店の女主人であったので、妙にその店も主人の顔も覚えている。小学生の私はアルバイトをしようと、電信柱の広告を頼りに塚本の朝日新聞の販売所に行ったが見事に断られた。広告には若干名と...誕生日

  • アジサイ

    久しぶりに高速を使って宇治へ。三室戸寺の駐車場はほぼ満杯。アジサイの満開にはまだ時間があるようですが、訪れる人の多さにびっくり。外国の方も多い。ガクアジサイの種類も多いようだ。境内の木立の姿が美しい。アジサイ

  • 山椒の実

    日曜日になると、見山まで原付バイクで行っている。山椒の実がなるころになると、欲しくなる。さっと処理して冷凍庫に入れとくと1年間なにかと重宝する。見山の郷に行ってみたが見つからず。銭原の朝市に行ってもなく、帰りに千提寺のまだま村の手前にある無人の店に行くとやっとありました。100g200円。見山は田植えが始まり、卯の花も満開。山椒の実

  • 大阪市立大学植物園

    孫と交野の市大植物園に行った。久しぶりなことは、途中の田んぼに急に大店舗が出現していたことで気が付いた。園内に入ると目に入るのは関西タンポポが広がっている。本当にこれだけの規模の関西タンポポの生息地は記憶にない。孫たちにここはお気に入りの場所だ。遊具といえば三本の丸太のみ。子供の心を開かせるようだ。足取りが急に軽くなる。大阪市立大学植物園

  • イチローの国民栄誉賞の辞退

    イチローはやはり格好いい。安倍政権のイチローを利用しようとする目論見を見事に突っぱねた。オリックスの宮内から説得するのではないかと危惧していたが、杞憂であった。最近の国民栄誉賞は政権栄誉賞、政権浮揚賞に成り下がっていたので、彼の決断はやはりすごい。テレビをみているとあまりイチローの国民栄誉賞の国民栄誉賞辞退をあまり大きく取り上げていない。どうしたのか。滋賀県は桜の開花が遅れているが、清水の桜を勝手に満開にしてみた。イチローの国民栄誉賞の辞退

  • 清水の桜

    生徒と滋賀県のマキノに。最初の計画では駅で自転車を借りてみようと思っていたが、意外なことに男の子二人が自転車に乗れないという。私の膝も自信がないので、取り合えず清水の桜まではタクシーを利用、そのあとは湖畔の道をぶらつくことに変更。この桜の存在を知ったのは笹部新太郎の「桜男行状」。笹部新太郎がいなかったら造幣局の桜も、大阪市大の交野にある植物園の桜も見ることはできなったであろう。ソメイヨシノの氾濫を憂い、一生を多種多様な桜の保護に私財をなげうち一生をささげた人である。ダム開発のため水底に消えようとしていた御母衣(みほろ)の二本の巨桜の移植を成功、樹齢400年を超える桜を今に残した。「とりあえず用意の巻き尺で幹周を測ってみると、まさに1丈6尺5寸、樹姿は地上1尺のところで凵形になっていて、この両幹の間は、三尺ばかり...清水の桜

  • イチロー引退記者会見

    2019年3月21日、イチローが引退した。午後からの仕事の私はイチローが渡米してから、ほとんどの試合を見たと思う。イチローの活躍が私の生きるエネルギーになった。ありがとう。イチロー最後の会見はこれからも再読したいので、このブログに残しておこう。「こんなにいるの?びっくりするわぁ。そうですか。いやぁ、この遅い時間にお集まりいただいて、ありがとうございます。今日のゲームを最後に日本で9年、米国で19年目に突入したところだったんですけど、現役生活に終止符を打ち、引退することとなりました。最後にこのユニホームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じています。この28年を振り返るにはあまりにも長い時間だったので、ここで1つ1つ振り返るのことは難しいということもあって、ここでは、これまで応援していただいた方々への感謝...イチロー引退記者会見

  • 女性議員

    昨年12月にジェンダーギャップ格差2018が世界経済フォーラムによって発表された。男女格差の度合いを国際比較するものだが、日本は調査対象149ヵ国中110位。G7中では最下位と不名誉な状態が続いている。特に政治、経済分野においての格差は大きい。因みに身近の大阪においても、大阪市会議員は85名中17名。府会議員88名中女性は4名。この実情は知られていない。世の中は男女によって支えられているのだが、政治的決定は男が握っているとしか、思えない。そのことを悲しいことに女性自身も気づいていない。男性が作ったレールの無意識にのり安穏としている。これでいいのか、女性たちよ。私はこれからの時代は女性に決定権を持ってもらうことが必要かつ重要であると常々考えている。女性は男に比べ現実に足を置き思考する。男性は虚構や夢に走り欲望を糧...女性議員

  • ストリングアート

    釘とリリアンの糸を使って工作。ストリングアートというらしいけど、これは後で知ったこと。作ってみるとなかなか面白い。ストリングアート

  • 鳥料理

    一月は風邪で体調を崩し、やっと元に戻ってきた感がする。やはり年には勝てません。朝の弁当づくりは続けることはできたので、あまり大したことはなかったのかもしれません。弁当にはよく鳥をつかうが、特にモモ肉を使うことが多い。皮の部分をパリッと焼く方法を紹介したい。鳥を下処理後、フライパンに皮からおき、上に小さなフライパンに石をのせ、強火で6分ほど焼くと、皮はパリッとなる。そのあとひっくり返し上のフライパンは外し、ふたをして中火で箸が通るぐらいまで焼くと出来上がり。今回は砥石をのせたが、細長い石なら何でもいいと思う。鳥料理

  • 新年

    今年は選挙の年ですが、一人一人の選挙権を大事にしなければならない年だ。現政権によって作られた我が国を売り渡す法律、種子法廃止、水道民営化のためのPFI法改定、カジノ解禁のIR法案。日本の教育の中立性を奪った教育基本法の改正。このような法律の廃止に向けて力を持った政治勢力を我々の力で作り上げていかなければならないと思う。そうでなければ孫たちの次の世代に悪いと思っている。新年

  • 天皇陛下のメッセージ

    平成最後の天皇の記者会見は心に染み入るものでした。平成30年12月23日天皇によって語られた言葉は重みのあるものだった。最近言葉というものが本当に軽く扱われるようになってきたので、改めてその大切さを教えて頂いた。「この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被...天皇陛下のメッセージ

  • 白内障

    新しい生徒のノートを見ていて、あまりに字がうすく読めず、もう少し濃い鉛筆で書いてくれへんかと注文したのが11月。その後他の生徒の字も読みずらいのに気がつき、近くの眼科に行くと白内障の診断。私の予定もあり、手術日を12月20日にしてもらった。右目はよちよち歩きの頃、火鉢の鉄箸で目をつき、眼帯をしたために弱視となり、めがねをかけても、うすぼんやりしか見えない。手術をしても回復の見込みはないとのことで左目だけになった。手術後左目に眼帯をすると書いてあったので、右目だけの一日を心配したが、眼帯でなく、保護用レンズだけだったので左目もわずかに使えたので楽であった。勿論テレビもパソコンも見られなかったが。手術は10分程度で、面白い体験となった。夕焼けの世界、宇宙空間への旅をしている感覚であった。最初中央に丘のような像が見え...白内障

  • 紅葉

    今年の紅葉は台風の影響か少し精彩がない。境内の建て替えのためか、庭園にもいつもの行き届いた美しさが見られない。やはりこの時期この寺のファンの姿が多い。何人かの人に声をかけられたが、同じ印象をもたれているよう。山門を出て梅林を歩いていると爽やかな音色が聞こえてきた。音を探すと初老の方がオカリナを吹いておられた。なぜか私の心も豊かになった。紅葉

  • 台風の影響

    先日大阪市立大学付属植物園に孫と一緒に行ったが、台風の影響で入れないエリアが多く、あらためて今年の台風の凄さを実感した。特に9月4日の21号は広範囲に被害をもたらしたようだ。これまで毎年のように孫たちとかくれんぼをして遊んだ広場にあった大木セコイアの姿には唖然とした。植物園のホームページに21号の台風の後の様子が載っている・ハスの花は静かに咲いていた。台風の影響

  • 日日是好日

    久しぶりのいい映画だった。樹木希林が茶道の先生、20歳の黒木華、田部未華子が先生の家へ習いに行くところから彼女たちが40歳にいたるまでの人生を、茶室を舞台に淡々と描く。水の音が主人公たちの心と観る者の心の中で響きあう。日常の生活の中では自然の水のささやきを忘れてしまっている。昔大学時代金閣寺の庭を訪れたとき、池に注ぐ細い水の流れが微かな音を奏でているのに感激したことを思い出した。この映画には父役を除いて男はほとんど登場しない。でも人の人生を見事に描いている。日日是好日

  • 見山で棗があり、買った。どうして食べるのかわからずかじってみたが、未熟な硬いりんごのような酸っぱい味。でもナツメという言葉に私の記憶がよみがえった。小学性のころハーモニカが上手な友人がふいていた。彼の演奏する「水師営の会見」を耳で覚え、私も真似をした。あのころから今も楽譜を見ながらはできない。「旅順開城約成りて敵の将軍ステッセル乃木将軍と会見の所は何処水師営庭に一木棗の木・・・」ナツメを見たとたんこの歌が自然と蘇り口ずさんで妻を驚かせた。窓際で乾燥させるといい茶色になった。食べ方をネットで調べたが、ピタッとくるものが無かった。ひらめきでスペアリブをパイナップルの芯と一緒に煮込んだ時に焚いてみたら、なかなかいい味に仕上がりました。干しブドウを煮込んだような味と口当たりで、今度見つけたらまた買ってみようと思う。棗

  • 秋の散歩

    秋分の日この日に結婚式を挙げたのは44年前。結婚記念日が祝日なのはありがたい。毎年どこかに行くことにしていたが、今年は孫の世話が入ってきたので、近場になった。朝一番の見山のモーニングを食べに行った。見山はもうすっかり秋色。稲穂は豊かに実り、あぜ道の彼岸花、クサギ≪臭木)の名前に似つかわしくない非常にかわいい花が咲き始めていた。夜は二人で和食店へ。若い料理人が作る上品な味の食事でした。秋の散歩

  • 樹木希林のことば

    新学期が始まる日、まわりのみんなが「おはよう、今日から学校だね」って笑顔で言葉を交わすとき、「私は学校に行きたくない」ということを考える気持ち、何となくわかります。だから思うの、そう思うこと、それはそれでいいじゃないって。私は小さいとき、自閉傾向の強い子どもでね、じっと人のことを観察してた。学校に行かない日もあったけど、父は決まって「行かなくてもいいよ、それよりこっちにおいで、こっちにおいで」って言ってくれたの。だから、私の子どもがそういうことになったら、父と同じことを言うと思う。それにね、学校に行かないからって、何もしないわけじゃないでしょう。人間にはどんなにつまらないことでも「役目」というのがあるの。「お役目ご苦労様」と言ってもらえると、大人だってうれしいでしょう。子どもだったら、とくにやる気が出るんじゃな...樹木希林のことば

  • 想定外

    最近の新聞やテレビをみて、腹立たしいのは、災害や事故が起こるたびに想定外という言葉が頻繁に使われることだ。どうも誰も責任を取りませんよ、取らなくてもいいですよ、追及もしませんよということばの同義語に使われているようにしか思えない。この安易な言葉を使うのはもうやめようではありませんか。私の手元にある国語辞典に想定という言葉はあるが、想定外という言葉は載っていない。予想外という言葉はあるが、想定外という言葉を使うことによって、何かしっかりと検討しましたよという意味を言外に含ませているが、実際には検討も検証もしない無責任社会を作っているのではないか。想定外

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