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雨あがりのペイブメントさんのプロフィール

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雨あがりのペイブメント
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https://blog.goo.ne.jp/sasuke-botan-06
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雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します
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雨あがりのペイブメントさんの新着記事

31件〜60件

  • 児童虐待・ 高齢者虐待、そしていじめ問題

    朝日新聞児童虐待・高齢者虐待、そしていじめ問題

  • 読書案内「あの日、そしてこれから」 東日本大震災2011.3.11

    読書案内「あの日、そしてこれから」東日本大震災2001.3.11高橋邦典ポフラ社2013.11第2刷「来年またお会いさせてください」2011年、こう言って震災の取材を切りあげ日本を発ったぼくは、2012年2月、ふたたび自身の故郷でもある宮城県にもどりました。残した言葉どおり、震災直後に取材・撮影した被災者の方がたに再開するためでした。女川、石巻、気仙沼、そして仙台。時には窓の外にちらつく雪を横目に、こたつに足をいれ、注がれたお茶を何ばいも飲みながら、彼らの話に耳をかたむけました。……高橋邦典表紙カバー折り返しの言葉より震災一年後に被災地を訪れ、一年前のあの日あの時、出会った人たちとの再会の記録を写真と文で構成した貴重な記録です。2019.3.11東日本大震災から8年目を迎えたこの日、新聞各社は忘れていたことを思...読書案内「あの日、そしてこれから」東日本大震災2011.3.11

  • 読書案内「鯖 SABA」  赤松利市著

    読書案内「鯖SABA」赤松利市著徳間書房2018.7初版社会のあぶれ者が住む孤島で何が起こるのか貧困と暴力の果てに…………ぼくたち5人は、一間しかない小屋の、六畳足らずの、垢と汗の臭いが淀む部屋で枕を並べ、なすすべもなく湿った蒲団を被っている。窓のない小屋だった。石油ストーブの青い焔(ほのお)が揺れていた。……小屋の外は猛烈な雪吹だった。(冒頭の抜粋)第1回大藪春彦新人賞受賞者、捨身の初長編62歳、住所不定、無職。平成最後の大型新人。鮮烈なるデビュー!圧倒的なリアリティー。新人にしてすでに熟練の味わいだ。たちまち物語にのめり込んだ。(今野敏氏)人の愚かさをじっくりとあぶりだす手腕に脱帽だ。遅咲きの新人、おそるべし。(馳星周氏)以上のような新聞広告のキャッチコピーと、作家の言葉に魅かれて読んでみた。キャッチコピー...読書案内「鯖SABA」赤松利市著

  • 映画「七つの会議」

    映画「七つの会議」友だちの奥さんが、「とてもいい映画だ。感動のあまり、2度も見てしまった」。そんなにいい映画なら観てみるか。正直、あまり期待もしていなかった。熾烈な出世競争とノルマ達成の重荷が人間を、組織を狂わしていく。そのことのみが強調されているようで、過去の作品の「下町ロケット」、「陸王」、「半沢直樹シリーズ」、映画も小説も、というよりは表現の世界では、見る人の感性が作品の良し悪しを決めてしまう。ある人にとって素晴らしい作品であっても、ある人にとっては全く心を動かされなかったということもしばしばあります。この映画は池井戸潤原作の同名小説を映画化されたものだ。池井戸氏の作品を列挙してみます。映画やドラマよりも登場人物が生き生きと描かれています。「下町ロケット」:多くの労働者が直面する難題を乗り越えていく物語は...映画「七つの会議」

  • 「消えた小さな命」を詠う ふた親に愛という名をもらいしに……   

    ふた親に愛という名をもらいしに愛されなくて殺される子ら……(藤沢市)藤村佐江子朝日歌壇2019.2.24望まれて命は生まれき結愛(ゆあ)ちゃんと心愛(みあ)ちゃんの名に「愛」の字がある……(観音寺市)藤原俊則朝日歌壇2019.2.24心愛ちゃんの妹にこの真実を伝える時が来るのだろうか……(横浜市)毛涯明子朝日歌壇2019.2.24結愛(ゆあ)に心愛(みあ)どちらにもある愛の文字どちらにもない親からの愛……(神戸市)安川修司朝日歌壇2019.3.3少女ありき「心」と「愛」の名を持ちて心も愛も知らずに逝きぬ……(水戸市)阿部雅子朝日歌壇2019.3.3名前に付けられた「愛」の文字が、これほど空しく哀しい響きを持って私たちの心を打った事はかってなかっただろう。今はどうか安らかに……と合掌する以外になす術がないのが、な...「消えた小さな命」を詠うふた親に愛という名をもらいしに……

  • 読書案内「曽根埼心中」 ストーリーで楽しむ文楽・歌舞伎物語4 令丈ヒロ子著

    読書案内「曽根埼心中」ストーリーで楽しむ文楽・歌舞伎物語4令丈ヒロ子著鈴木淳子絵2019.1初版岩崎書店小学生~中学生向けに書かれた文楽(人形浄瑠璃)、歌舞伎などの江戸時代に風靡した町人文化の中で花開いた娯楽を分かりやすく紹介している。この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づゝに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ、あれ数ふれば、暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響の聞き納め、寂滅為楽と響くなり。近松門左衛門人形浄瑠璃「曾根崎心中」制約の多いこの世での二人の「愛」が成就しないなら、死んであの世で一緒になりましょう。二人そろっての死出の旅路を「道行」とか、「心中」と言われるようになったようです。特に、近松門左衛門が元禄16(1703)年、「曽根埼心中」という人形...読書案内「曽根埼心中」ストーリーで楽しむ文楽・歌舞伎物語4令丈ヒロ子著

  • 「逝きて還らぬ人」を詠う ②

    「逝きて還らぬ人」を詠う②悲しみは深爪に似て……大切な人が逝ってしまう。人の世の宿命とは言え、余りに辛い体験はいつまでたっても心が癒されない。悲しいことではあるけれど、人間(ひと)はいつかはこの試練を乗り越えて生きていかなければならない。死は予測された時間の中をゆっくり訪れる場合もあり、突然訪れる場合もある。どちらの場合も、無常観と切り離すことはできない。珍しく酸素マスクがない朝のあのおはようが最後の言葉………交野市杉尾文子朝日歌壇2017.04.03最後の朝を迎えたのでしょう。「マスクをはずしましょう」と、これは主治医の優しさなのでしょうか。しばらくぶりの素顔で、「おはよう」と答えてくれた。「おはよう」は、逝く人の「ありがとう」であり「さようなら」だったのでしょう。死者のこゑ未だ瓦礫より冬すみれ………えびの市...「逝きて還らぬ人」を詠う②

  • 二宮尊徳遺訓 ① 積小為大

    二宮尊徳遺訓①積小為大翁はこう言われた。大事をなそうと欲すれば、小さなことを怠らず勤めよ。小が積もって大となるものだからだ。およそ小人の常で、大きな事を欲して、小さなことを怠り、できがたい事を心配して、できやすい事を勤めない。それで、結局は大きなことができないのだ。大は小を積んで大になることを知らないからだ。二宮翁夜話(14)福住正兄(まさえ)著児玉幸多訳(二宮尊徳翁)小さなことの積み重ねが、やがて大きなものになっていく。だから、大事をなそうとすれば、小さなことを怠らずに務めよ。と、二宮尊徳(二宮金次郎)は生前弟子たちに語った。そうした遺訓が高弟たちの書いた本に残っている。高弟・富田高慶(たかよし)は尊徳の一生を『報徳記』として書き、明治天皇に献上した。『報徳記』は勅版として刊行され、全国の知事に配布された。後...二宮尊徳遺訓①積小為大

  • 資源再生、メダル5000個

    資源再生、メダル5000個地球が汚染されていく限られた地球資源を有効に利用しなければ、やがて資源は枯渇し、私たちが築いてきた社会は崩壊してしまう。特に、エネルギー政策をおろそかにすれば、経済は混乱し、国家の存続さえ脅かされてしまう。エネルギ問題を解決できず、崩壊してしまった国家や文明は多々ある。最初のエネルギーは、石で作った鏃(やじり)や石斧だった。獲物を捕らえ、調理するための道具であり、人間生活の便利度が飛躍的に発展した。特に、火の利用は、ヒトの生活を以前とは比べ物にならないほど、発展させた。前期旧石器時代、約150万年前の地層から私たちはその痕跡を見つけることができる。更に時代が下がって、中期旧石器時代にはネアンデルタール人が登場し、火を使用した炉の痕跡も発見されている。約4万7600年前のことである。エネ...資源再生、メダル5000個

  • 「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム ②名誉のための決闘は…

    「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム②名誉のための決闘は愚行の痕跡を残して夜明けを迎える。夜が明けかかった森。雪に覆われた大地。背景の樹々はすっかり葉を落としている。仮面中央の靄の中おぼろに見える馬車。そこから左に視線を移すと人影らしきものが見える。それぞれの馬車の御者たちなのだろうか。寄り添うようにして、話をしているようにも見える。決闘の結末を案じているのだろうか。さらに左の端に視線を移すとここにも馬車が止まっている。様々な衣装をまとった男たち。昨夜の仮面舞踏会でどんなもめ事があったのか?画面からは想像できない。「名誉のための決闘」に敗れた男の胸には鮮血が滲んでいる。手にはまだ剣が握られているが、もはや、立つこともままならないほどの痛手を負っている。両腕を差し込んで敗者の体を支えようとしている男。...「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム②名誉のための決闘は…

  • 「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム ① 不思議な感覚に囚われる

    「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム①不思議な感覚に囚われる(仮面舞踏会後の決闘)1857年制作油彩68×99㌢それ程大きな絵ではない。だが、この絵をじっと見つめていると、なぜか見えない呪縛にあったような不思議な感覚に囚われる。一体何があったのか?想像力を喚起し、見る者を「物語」の世界に引き込んでしまう雰囲気を醸し出している絵だ。宮廷で行われる華やかな仮面舞踏会。貴族たちが競って趣向を凝らす。華やかな会場で繰り広げられる「仮面舞踏会」。宮廷音楽たちの演奏。豪華な晩餐。だが、この異様な雰囲気の中で、仮面を被った者同士のトラブルも多かったに違いない。トラブルはやがて仮面の下に隠された意地の張り合いになり、当時はやっていた「決闘」へと発展してしまう。投げられた手袋を拾わなければ、卑怯者になってしまう。周り...「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム①不思議な感覚に囚われる

  • 引退もまた一つの花道 吉田沙保里

    引退もまた一つの花道アスリートとして女子レスリングで王者の道を歩んできた吉田沙保里。その頂点を極めた時から、王者は頂点を維持しながらも追われる立場にならざるを得ない。精進と追われる者のが背負う重圧。加齢に伴う体力の衰え。引退を決意するまでに天才アスリート・吉田沙保里はどれだけ悩み、どれだけ辛く孤独な一人だけの闘いを続け、眠れぬ夜を過ごしたことか。36歳。3歳の時から始めたレスリング。連戦連勝の彼女が初めて敗れたのは、リオ五輪だった。王者の意地が銀のメダルでは納得できなかったのだろう。直後に臨んだ記者会見で、「ごめんなさい。お父さんに叱られる」。レスリング人生を二人三脚で歩んできた、2年前に他界した父栄勝(えいかつ)さんへの詫びる言葉だった。小さなで体を精一杯練習し、辛い時幼い彼女は泣いた。彼女の部屋に「なかない...引退もまた一つの花道吉田沙保里

  • 読書案内「1968」 三億円事件

    読書案内「1968三億円事件」アンソロジー・短編集幻冬舎文庫日本推理作家協会編2018.12.10刊(事件から丁度50年目に出版されています)三億円事件を題材に以上の短編を収録。今野敏以外はマイナーな作家だが、同一テーマで編集されると作家の力量が一目瞭然だ。本書は「小説幻冬」に掲載された作品を再構成した文庫オリジナル三億円事件とは東京府中市で1968(昭和43)年12月10日に発生した窃盗事件である。1975(昭和50年)12月10日に公訴時効が成立し未解決事件となった。日本犯罪史において最も有名な犯罪の一つにも数えられ、「劇場型犯罪」でありながら完全犯罪を成し遂げたこともあり、この事件を題材としてフィクション・ノンフィクションを問わず多くの作品が制作されている。(ウィキペディア)(事件当時公開された犯人のモン...読書案内「1968」三億円事件

  • 今日のニュースから 3億円マグロ 他

    今日のニュースから(朝日新聞1/5付夕刊他)①豊洲初セリ3億3360万円のマグロ。278㌔だ。1kg=120万円1g=1200円これを、一人前の刺身(100g)に換算すると、12万円になります。1人前5~6切れとして1切れなんと2万4千円から2万円ぐらいになるのでしょう。もちろんこの値段でお店に出すわけではなく、宣伝効果を狙った落札価格なのでしょう。大間の猟師が津軽海峡で1本釣りで釣り上げた本マグロだ。これまでの最高値は222㌔で、やはり大間山のマグロだった。今回の初セリ落札価格はそれを上回る最高値になった。それにしてもこの法外の落札価格。儲けたお金の使い方を考えたのがいいのではないか、と思うのは私だけではないでしょう。②原宿竹下通り暴走の容疑者暴走した軽乗用車に通行人8人が相次いではねられた不祥事件。意味不明...今日のニュースから3億円マグロ他

  • 旅について ② 旅の記憶

    旅について②旅の記憶こまかい日程を組まない。カメラを持たない。大きな荷物を持たない。日記を書かない。カメラを持つと肉眼がおろそかになってつまらないし、日記をつけようとするとウソや誇張ばかり書きたがる。※いい旅とはなんだろう開高健※開高健(1930-1989)小説・随筆・ノンフィクション作家。代表作「輝ける闇」「裸の王様」「パニック」等。1964には、朝日新聞臨時特派員として戦時下のベトナムへ。ベトナム共和国軍に従軍し、その時の体験を「輝ける闇」として発表。上記の文章は次のように続いている。(写真に収めたり、メモに残したりしなければ忘れてしまうような旅は、)もともと見なかったことでもあり、無存在しなかったことでもあるのだ。のこったもの、自分のものになった記憶だけが「見た」と言える事物なのだから。本来、「旅」という...旅について②旅の記憶

  • 今年の年賀状

    新しい年が喜びに満ちた年になりますように(新潟県阿賀野市水原町・夜明けまじかの瓢湖)昭和29年、故吉川茂三郎さんが日本で初めて野生の白鳥の餌付けに成功したことで、全国的に有名になりました。2代目故吉川繁男さんが平成6年に高齢を理由に引退してから20年近く不在になっていましたが、平成25年1月に三代目白鳥おじさんの斎藤功さんが後を引き継ぎました。白鳥の存亡の危機を乗り越え、2008年ラムサール条約に登録されました。穏やかで、静かな新年を迎えることができました。どんなことでも、できるということは幸せだ。小さなことでもいい、少しでも、何かに貢献できたことを素直に喜び、多くの人に支えられたことに感謝する。できないことを考えるより、今の自分ができることを考えよう。今日の一歩が清々しい一歩であるなら、明日もきっと良い一歩を...今年の年賀状

  • 旅について ①日常から非日常の世界へ

    旅について①日常から非日常の世界へ「旅に出たい」。日常の閉塞感から逃れ、自分を解放したい。時々、そう思う時がある。もう、若くはないので、「自分探しの旅」とか、「新しい出会いの期待感」などを抱くことはない。「北」へ。なぜか「南」へ行きたいと思ったことはない。石川県・能登半島福島県・会津東山温泉野地温泉今年新しく加わった処がある。新潟県・津南町やっぱり北だ。何度も訪れている。見慣れた風景と安心感のある「いつもの宿」。テレビは見ない。食事が終われば、部屋に戻って持参した本を読む。人が旅に出る理由の一つは、いつもの生活から解き放たれて、非日常を体験するためではないでしょうか。※加賀屋女将小田真弓さん「旅館の椅子に座って、ご婦人の一人は海と雲をずっと眺め、もう一人はかたわらでゆっくり本を読んでいる。そういうお客様が増えて...旅について①日常から非日常の世界へ

  • 死顔 最後のお別れ②

    死顔最後のお別れ②読経が終り、焼香が始まった。斎場の係の案内で、前の方から順に祭壇の前に案内され、焼香がすすめられていく。この時を「故人との最後のお別れ」と、私は理解している。祭壇の遺影に向かって合掌し、無言の「さようなら」を呟く。近しい人や、生前深い親交のあった人には、在りし日の姿を思い浮かべ、胸の中で語りかける少しの時間が欲しいのだが、焼香の列は続き、流れに沿って歩みを進めるしかない。型どおりの告別式が、進行し焼香が終わると、「お別れの儀」が始まる。棺のふたが開けられ、遺族や親族等によって「別れ花」が、棺の中の個人に供えられる。最後のお別れだ。最後に斎場の係員の呼びかけで、一般の参列者に向けて、「別れ花」を供えるよう促す案内がある。傍観者であった一般の参列者が、棺に横たわる故人の顔を拝みながら、「別れ花」を...死顔最後のお別れ②

  • 死顔 最後のお別れ①

    死顔最後のお別れ①通夜の席で遺族から死顔を見て欲しいといわれた時には、堪えられませんので……と言って辞退することにしている。おおむね病み衰えての死であり、その死顔を眼にするのは死者への冒涜ではないか、という思いがある。また、無抵抗に人の目にさらしている死顔を一方的に見るのは僭越だという気持ちもある。※花火吉村昭著棺の中の死者は、多かれ少なかれ病み衰えていて、それを眼にするのは礼を失しているように思える。死者も望むことではないだろうし、しかし、抵抗することもできず死顔を人の眼にさらす。※死顔吉村昭著「死」をもって、その人の一生が終わるわけではない。死後の世界を信じているわけではないが、人は死んでもその人のゆかりの人々の心の内で生きている。余談ではあるが、心臓が止まっても、聴覚は最後まで機能しているらしい。「死」を...死顔最後のお別れ①

  • 読書案内「珈琲が呼ぶ」 

    読書案内「珈琲が呼ぶ」片岡義男著光文社2018.3刊第3刷珈琲にまつわる書き下ろしエッセイだ。1月初版発行で3月には第3版が発刊されているのだから、人気があるのだろう。350ページにぎっしり詰まった書き下ろしエッセイが、45篇。エッセイは余暇の時間にゆったり読んで、読後に残る清涼感を味わう。要は気楽に読んで楽しむ肩の凝らない読み物と思っているのだが、著者のエッセイは珈琲に対する思い込みが並々でなく、珈琲にまつわる蘊蓄(うんちく)をはじめとして、思い出や映画や小説や実生活に登場する珈琲の思い入れをたっぷり読ませてくれる。「なぜヒトは喫茶店で“コーヒーでいいや”と言うのでしょう。僕はいつも思うのです。“で”というのは何なんだ、本当に飲みたいものを飲めばいいじゃないか、と。“コーヒー”を“おまえ”に変えたら気分悪いで...読書案内「珈琲が呼ぶ」

  • カール5世騎馬像 ハブスブルグ家の下あご

    カール5世騎馬像ハブスブルグ家の下あご(カール5世)1548年油彩ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作。ミュールベルク戦でのカール5世戦勝記念の縦3㍍を超える大作である。威風堂々の騎馬像だ。今まさに前足をあげ、顔を下に向けて跳躍しようとしている騎馬に、槍を携え、悠然と前方をみつめるカール5世。甲冑に身を固め、兜には愛馬とお揃いの赤いぼんぼり。スティール製の甲冑は日に照らされ金色に輝いている。戦勝記念にふさわしい絵だ。しかし、この時彼は痛風と喘息が悪化して、馬に乗れる状況ではなく、勇ましい扮装はしていたけれど輿(こし)にかつがれて移動していたと、仏文学者でもあり、美術に関する著書も多い中野京子氏は述べています。鉄砲や大砲の改良により、当時すでにもう実戦では甲冑は過去の遺物であったが、権威誇示として、前より派手で高価な...カール5世騎馬像ハブスブルグ家の下あご

  • 希望の滑走路でありたい

    読書案内「滑走路」歌集萩原慎一郎著角川書店初版2017.12.252018.6.15第3版発行希望の滑走路でありたいぼくが短歌を始めたのは、十七歳の秋のことだった。……それから十五年、気がついたら、十七歳の高校生だったぼくも三十二歳の社会人となった。でも、思い通りの人生を歩んでこれたかというと、そうではない。むしろ不本意の十五年間でもあった。もちろん、短歌だけについて言えば、そんなことはないのだけれど、不本意な十五年間だったことは、間違いない。歌集「滑走路」著者あとがき32歳の社会人になって、「不本意な15年間だったことは、間違いない」と断定しなければならない人生とはどんな人生なのだろうか。デビュー作でありながら遺作になってしまった歌集「滑走路」の中から32歳の人生を辿ってみよう。非正規の友よ、負けるなぼくはた...希望の滑走路でありたい

  • 卓球の愛ちゃん 

    福原愛がブログで引退表明(2018年10月21日)静かで控えめな引退表明私は選手としての立場を、ここで一区切りつけることを決意しました。………3歳から卓球を始め、約26年の間、多くのことを学ばせていただきました。………私が選手としてできることはやり切った、頑張り抜いた、という思いが強くなり、自分が選手としての立場でやるべき使命は果たせたかな、と感じるようになりました。福原愛のブログ(2018.10.21)より抜粋卓球女子の福原愛選手(29)が自身のブログで10月21日、現役引退を表明した。スポーツの枠を超え、人々に愛されたヒロインが26年の現役生活に終止符を打った。日本の卓球界に残した功績は大きい。3歳9か月でラケットを握り始めた天才少女は、10歳でプロ宣言、11歳の時にはナショナルチームでの活動が始まる。「オ...卓球の愛ちゃん

  • 人生の扉

    人生の扉幾つもの扉をくぐり抜けて……「人生には扉がある。若者はその扉を開け、社会という世界に入る。働き、努力して地位を得、妻をめとり、子を授かり、家庭を築く。老いて仕事の終わりの扉を出て、悠々自適、余生を楽しむ」池宮彰一郎エッセイ集「義、我を美しく」より仏教の教えの中では、人生には「生老病死」という四つの「苦」があると説いています。人生における免れない四つの苦悩です。「生きる」ことそのものが「苦」に繋がり、やがて「老い」という避けられぬ衰えを経験して、或いは「病(やまい)」に侵されて「死」を迎える。人生が本当にこんな形で進んで行くとすれば、とても辛い修行の連続になってしまいます。だが人間には「希望」という最も大切な感性があります。希望の扉を一つ開ける。扉の前に現れた現実が不幸な現実であっても、人間には「闘う力」...人生の扉

  • 「逝きて還らぬ人」を詠う ① 永遠に座る人なき椅子ひとつ……

    「逝きて還らぬ人」を詠う①永遠に座る人なき椅子ひとつ……大切な人が逝ってしまう。人の世の宿命とは言え、余りに辛い体験はいつまでたっても心が癒されない。悲しいことではあるけれど、人間(ひと)はいつかはこの試練を乗り越えて生きていく。死は予測された時間の中をゆっくり訪れる場合もあり、突然訪れる場合もある。どちらの場合も、無常観と切り離すことはできない。〇永遠に座る人なき椅子ひとつ隣にありて春夏秋冬………(福島市)美原凍子朝日歌壇2016.04.18花が咲き、花が散り、季節は変わりなく巡って来るがあの人がいつも座っていたお気に入りのイスに座るあなたはもういない。二つ並んだ椅子のひとつに座り愛しい人を思う。〇天秤は望まぬ方に傾いて救えた命帰らぬ命………(新潟市)佐藤秀一朝日歌壇2015.03.02もし、私が手を差しのべ...「逝きて還らぬ人」を詠う①永遠に座る人なき椅子ひとつ……

  • 安田純平氏解放 読書紹介「砂漠の影絵」石井光太著 

    安田純平氏解放・帰国内戦下のシリアで拘束され、3年4カ月ぶりに解放されたフリージャーナリストの安田純平さんが、トルコ航空便で25日午後6時半帰国した。「拘束中虐待続き心身疲弊」、拘束された3年4カ月は「地獄」だったと報道は安田氏の言葉として伝えている。「自己責任論」がくすぶり続けているが、「無事に帰国出来て良かった」と、胸をなで下ろすのが多くの人の心情だと思う。この報道に触れ、数年前に読んだ小説「砂漠の影絵」を思い出した。読書案内「砂漠の影絵」石井光太著光文社刊2016.12概略2004年、イラク・ファルージャ。“首切りアリ”率いるイスラーム武装組織「イラク聖戦旅団」に5人の日本人が拉致された。アリたちの要求は、自衛隊のイラクからの即時撤退という国際問題が絡んでいる。しかし日本政府はこの要求を突っぱねる。日本国...安田純平氏解放読書紹介「砂漠の影絵」石井光太著

  • 伝承 お伽羅哀話 (2)

    伝承お伽羅哀話(2)名主は反対しましたが他に代わりがあろう筈もなくとうとう賛成し人柱とすることが決まりました。嫌がるお伽羅を「皆の為村のために犠牲になってくれ」といい水中に投げ込んでしまいました。お伽羅は哀しい悲鳴と共に濁流の中に身を没してゆきました。やがて悲しい出来事も終わり村は水没することもなく家屋財産田畑何ひとつ失うことなく人々は助かりましたが一人として明るい表情を見せる人はいませんでした。皆が罪の意思義にさいなまれ、ある者は「川の中からお伽羅の泣き声が聞こえた」といい、又、村に疫病が流行り始めると「お伽羅の祟りだ」と言って恐れました。いつしか人柱にしたお伽羅の供養をしようということになり村中こぞって鬼怒川辺りでお伽羅の霊を慰めました。村落の菩提寺でもありこの地方の本寺でもある安楽寺に供養塔を建ててお伽羅...伝承お伽羅哀話(2)

  • 伝承 お伽羅哀話 (1)

    伝承・お伽羅哀話両側に深い木立の続く緩やかな上りの表参道の先に長寿門が現れる。この門をくぐれば厄除開運健康長寿病気平癒がかなえられるという有り難い門で長寿門と言われている。門をくぐり、境内の端を西の方に歩いていくとお伽羅の供養等が忘れ去られたようにひっそりと建っている。土地の人が供えたのだろうか、野菊と造花がお伽羅の悲しみを労わるように生けてあった。お伽羅の供養塔伝承「人柱お伽羅哀話」案内板伝承「人柱お伽羅哀話」(案内板より)昔、幾日も幾日も大雨が降り続いた年がありました。鬼怒川は増水し、河畔の村々では皆が今にも決壊しそうな堤防を固唾をのんで見守っていました。渦巻く濁流にすべてを押し流される恐怖心は募るばかりで誰も彼も為す術もなく天を仰ぎ無力感に襲われるばかりでした。そんなとき誰云うともなく「龍神様に人柱をたて...伝承お伽羅哀話(1)

  • こころよく我にはたらく仕事あれ……① 石川啄木の歌

    こころよく我にはたらく仕事あれ…①石川啄木の歌こころよく我にはたらく仕事あれそれをし遂げて死なむと思う石川啄木「一握の砂」1910年啄木にとって「こころよくはたらく仕事」はあったか。放浪と病苦、貧苦にあえぎ故郷岩手県・渋民村で代用教員として働き始める。この時啄木20歳。1年後には北海道に渡り、函館、札幌、小樽、釧路と漂白し、新聞記者として働くが残ったのは、借金と失意だけだったという。22歳の春、妻子を残し上京し、小説家たらんとするが、彼を待っていたのは、貧乏、借金そして放蕩、病気。小説は売れずここでも彼は深い挫折を味わう。いと暗き穴に心を吸はれゆくごとく思ひてつかれて眠る※真暗な穴に心が吸われていくような思いで、ただただ疲れて私は眠る。貧困、放蕩の末に啄木は闇のなかに「死」をみつめていたのではないか。こころよく...こころよく我にはたらく仕事あれ……①石川啄木の歌

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