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気付きの科学 新世界版さんのプロフィール

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ブログタイトル
気付きの科学 新世界版
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https://blog.goo.ne.jp/maccyoman-mm
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ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創
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78回 / 365日(平均1.5回/週)

ブログ村参加:2014/10/12

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気付きの科学 新世界版さん
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気付きの科学 新世界版

気付きの科学 新世界版さんの新着記事

1件〜30件

  • 続・今起きていること(3)一種のカタストロフ

    今回は自分の経験したリストラに関する記事だ。いつもと毛色が違うが、いま世界中で起きつつある経済社会の出来事と、あながち無関係ではないと思われるために掲載した次第である。●懐かしき?ブラックマンデージャパンアズNO.1ともてはやされた日本経済は、山高ければ底深し・・、戦後から立ち上がり、飛躍的な成長を果たし、その伸びきった経済指標の高さによって、1980〜90年前後の世界情勢の急変をきっかけとして、日本経済のバブル崩壊が起きてしまった(起こされた)ことは知っているだろうか。ブラックマンデーと呼ばれる1987年の株の大暴落、そしてソ連の崩壊等の世界的な大変化が、潮目・流れの転換点、トリガーとも考えられるが、その後の経済崩壊の時間的裾野は意外と長引き、頑張り続けた多くの人々が、身にしみてその崩壊に気付くには時間がかか...続・今起きていること(3)一種のカタストロフ

  • 続・今起きていること(2)地上界のリストラ?

    誤解を招くかもしれないが、いま世界で起きていることを極めて簡単な例で話すことも良いかもしれない。自説でもなく、それで良い・・と言う事でもなく、あくまでも、”何が今起きているのか”という現象面での考察の話である。この地上文明のリストラの始まり・・・。例えば、一般にリストラクチャリングとは「再構築」という意味で、付け足しの構築ではなく、主に崩壊から再生、再構築ということだろう。今では企業でも当たり前になってしまった「リストラ」は、何も会社だけに適応するとは限らず、あらゆる組織に適用するという考え方もあるだろう。そうではないか?立ち行く可能性の少なくなった組織をリストラする・・つまり極端に言えば、破壊(崩壊)と再構築のことだ。どのようなリストラかは色々あるだろうが・・、人類もある意味では、マクロではあるが組織、集合体...続・今起きていること(2)地上界のリストラ?

  • 続・今起きていること(1)ある合図

    今回も、「今起きていること」として、世界に起きている様々な出来事の観察と意味合いについての話となる。当然ながら、この世にいて、何も問題ありませんという真の意味で悟った人たち、あるいは逆に小さい常識世界の洗脳状況に埋没してしまった大勢の人たち以外は、現在の状況にただならぬものを感じているはずである。あなたどう感じるだろうか?今のまま、今まで同様、社会も、仕事も続くだろうか?慣れ親しんだ正常時バイアス、習慣の安住性で言えばそう願うだろう。●リセットまでの最終章またはっきり言えば、今はこれまでのような地球の文明自体の最終章に来ていると察知している人も多いかもしれない。終わりの始まりという悠長なことではなく、・・その最終章であるということだ。え、なにそれ?・・と言う人は、このような記事など見ていないはずだし、意味不明な...続・今起きていること(1)ある合図

  • あるヨギの自叙伝より(18)師の帰還

    「あるヨギの自叙伝」(パラマハンサ・ヨガナンダ著)p444~「ヨガナンダ、わたしの生と死と復活に関する事実を語った。もうわたしの為に嘆くのはやめて、わたしが肉体人間の住むこの神の夢にすぎない地上界から、幽体をまとった魂たちの住む、同じ神の夢である幽界の星に復活したことを、広く人々に伝えなさい。そうすれば、夢の死におびえたり歎き悲しんでいる人たちの心に、新しい希望が湧くだろう」「はい、先生!」復活された先生に会えたこの喜びを人々に分かち与えられることは、私にとっても何とうれしいことであろう。「わたしが地上でお前に要求した水準は無理なほど高く厳しかった。わたしはお前をしばしば必要以上に叱った。だがお前はよくわたしの試練に耐えてくれた。お前の愛は、わたしのいかなる叱責の雲にも光を失わなかった」先生は優しく付け加えられ...あるヨギの自叙伝より(18)師の帰還

  • 今起きていること(23) 臨時増補ーその2

    今起きていることの臨時増補版ーその2だが、これは是非にも知っておく必要がある「説」である。我々がいるこの世界はいったいどういう世界なのか・・、良い人ばかりの素晴らしい世界であったのだろうか?いいや、そんなことはあるまいに・・。自分の内にあった、見たくも聞きたくもない、蓋をしてしまいたい、そのマインドの闇の部分を知ることが出来た人だけが、いま世界で起きているこれが、実際は事実に近いことだということが理解できるはずである。ただただスイッチを入れれば、繰り返し、繰り返し与えられる情報はがけ下に進んでゆくレミングの群れへと誘うものである。気づけるだろうか?自分の内にあった、見たくも聞きたくもない、蓋をしてしまいたい、知らない、聞いてない、そんなの関係ない・・では済みそうもない。そのマインドの闇の部分、・・・逃げずに、探...今起きていること(23)臨時増補ーその2

  • (31)受動意識仮説紹介 

    意識の科学の臨時増補版として、他のサイトの紹介だが、人の意識の昨今の研究成果をここで紹介させていただくことにする。慶応大学の講義のビデオ映像のようなので、アカデミックな世界に信憑性を感じる方ならば、意識・わたし・・の科学的な用語を使った理解が進むと思われる。講義の時間は長いけれど、貴重なお話が聞けると思われる。参考掲載させていただいた資料:受動意識仮説講義(慶應義塾大学)(これはユーチューブなので、短期間限定となる)このビデオの講義内容を、ここなりに・・簡単にまとめると、受動意識仮説とは、ふつう・・私の「意識」と言っているのは表面上の(顕在)意識であり、すべては潜在意識が決めていて、表面意識はそれを受け入れているだけ・・・と、そういう仮説のことだと言えるだろう。膨大な潜在意識の、ごく表面の意識を顕在(表面)意識...(31)受動意識仮説紹介

  • 今起きていること(22)臨時増補

    2016年の「今起きていること」シリーズの続きだが、もういい加減目覚める時期入ってしまったことが、本当にわかるかもしれないという思いで増補した次第である。以下のサイト情報は、今、我々が大なり小なり、巻き込まれてつつある世界的現象についての、隠されたシナリオと考えられる。色々な観点から様々な見識もあるだろうが、負の可能性について、何も知らない、聞いてない・・と言うわけにもいくまい。こころある人は、この時期になってよく理解ができるだろうと思うのだが、いかがだろうか?https://blog.goo.ne.jp/buteykoもちろん、このようなタイプの情報記事は期間限定となることを御承知いただきたい。今起きていること(22)臨時増補

  • あるヨギの自叙伝より(17)人は、時空超えた旅人

    「あるヨギの自叙伝」(パラマハンサ・ヨガナンダ著)p443~私は、先生がこのすばらしい説明をしてくれている間、先生のからだをあちこち観察した。「天使のような先生、先生のおからだは、私がプリの僧院で涙とともにお別れしたあのおからだとほんとうにそっくりでございますね」「そうだとも、この新しいからだは、前の古いからだと全く同じに出来ている。わたしはこのからだを、いつでも自由に、しかも地上にいたときよりもずっと頻繁に、物質化したり解体したりしている。からだを急速に解体することによって、わたしは今では、一つの星から他の星へ、あるいは、幽界から観念界から物質界へ、光という特急であっという間に旅行することができるのだ」(注釈1)神のようなわが師(グル)はほほえまれた。(注釈1)びっくりするような内容だが、例えばテレポーテーシ...あるヨギの自叙伝より(17)人は、時空超えた旅人

  • あるヨギの自叙伝より(16)三つの次元体

    われわれの生まれて死ぬまでの間の、毎日の生活とはどういうことなのか、多次元的な側面から解説されている件(くだり)である。出来れば、1字1句、ゆっくりと波動共鳴しながら読むことをお勧めする。ぱっぱ、ぱっぱと要点だけチラチラ眺め、すぐに忘れ、常に次を求める現代的な慌ただしいマインドの感覚は、表面(おもてづら)の、忙しいだけの空回りのようなもので、深いところにはなかなか届かないし、そうであるがゆえに、そこからの大切な贈り物も届きにくいものである。「三界は唯心の諸現」という言葉があるが、我々はその三界の顕現体であると言えよう。いわば、肉体・マインド・魂・・、あるいはここで表現されている肉体・幽体・観念体の複合体である。別の表現では、多次元エネルギー体とも言えようか。これらは、何か自分とは違うSF的、宗教的な話等ではなく...あるヨギの自叙伝より(16)三つの次元体

  • あるヨギの自叙伝より(15)天国でのカルマ

    ・・前著書のつづき地上のたいていの人間は、生前、幽界生活のより高い喜びや幸せを瞑想によって味わう修練を怠っているために、死後もなお地上の粗野なはかない快楽に戻りたいと願う。ちょうどそれと同じように、多くの幽界人もまた、彼らの幽体が正常に崩壊してゆくときでも、観念界の高い霊的喜びの状態を想像することが出来ないために、依然として幽界の濃厚ではでな幸福に執着して、再び幽界の楽園に生まれ変わりたいと希望する(注釈1)。このような人たちは、幽界のそうした根強いカルマを完全に果たさないうちは、創造主との間にもうわずかな薄い仕切りしか残していない観念界に定住することは出来ないのだ。(注釈1)昔からある楽園・パラダイス、天国のこと。3次元界に比べ、人としての不自由さがほどんどなく、多くが満たされた生活のことで、この世の誰でもが...あるヨギの自叙伝より(15)天国でのカルマ

  • あるヨギの自叙伝より(14)生と死の狭間

    「あるヨギの自叙伝」(パラマハンサ・ヨガナンダ著)1983p441「復活された先生、魂を三界に束縛するカルマについてもっと教えてください」私は、この全知の師の話にいつまでも聞き入っていることができたらどんなに幸せだろうと思った。私は先生の生存中、一度にこれほど多くの英知を吸収したことはなかった。私は今初めて、生と死の市松模様のような世界の、謎に包まれた空白の部分(注釈1)について、明確な認識を得ることが出来たのである。(注釈1)死んで生まれ変わるまでの、一般にはよく知られていないプロセスのこと。この世界の多くの人は、生まれて後、いつか自分が生きていることに気付くが、ただ偶然に生まれたと想い込み、やがて死を迎えて、また生まれてくるまでの間の事を憶えていない。「地上から来た魂が長く幽界に住みつくことができるようにな...あるヨギの自叙伝より(14)生と死の狭間

  • あるヨギの自叙伝より(13)完全なる自由への道

    誰でも、そう誰でも・・求めるのは「自由である」ということだ。誰かに、何かに束縛されたり、不自由であることを希望する者はいない。また、誰でも幸福でありたいと望んでいる。誰でも・・・例外なくだ。あなたも、彼も彼女も・・誰も彼もだ。そうではないか?もし不自由や不幸を欲する者がいるとすれば、それはカルマ、あるいは想念の歪に由るものであって歪(いびつ)な欲望であり、すぐにでも消え去る幻(まぼろし)以外の何ものでもない。真の自由や幸福・・を求めることが、すなわち魂の進化と言えようか。しかしながら、それは霊的な真面目さや、お堅い律義さのことでもない。霊的進化を追及・探求する道は、本来嬉しく楽しいからこそのことであり、けっして厳しく、つらい、いばらの道というものではない。しかし、自我欲、我儘、我のみ良しというような、エゴ的想念...あるヨギの自叙伝より(13)完全なる自由への道

  • あるヨギの自叙伝より(12)神の想い

    私たちが、幼少期から少年、青年期へと”身体と心”が成長してきたように、すべての人間は、より大きなサイクル、”魂的な成長・進化”の途上にあるということに気づけるだろうか。そんなの聞いてない、誰が決めたのか?・・等という人もいようが、今・・ここに在ること・・に深く気付くならば、わたしたちは、毎日毎日、寝ては、目覚めるように、幾多の生と死のサイクル、生まれ変わりや、自己実現の様式の進化を経て、やがて大人の魂になってゆく過程にあることが理解できるだろう。ここで示される「観念界の人々」とは、やがて誰でも到達するところの意識進化した、魂の”大人”たちのことであると考えていいだろう。あるヨギの自叙伝(パラマハンサ・ヨガナンダ著)p439---観念界の人々はみな、物質界の究極の構成要素が電子(素粒子)でもなければ、また、幽界の...あるヨギの自叙伝より(12)神の想い

  • あるヨギの自叙伝より(11)すべて意識

    ---「あるヨギの自叙伝」(パラマハンサ・ヨガナンダ著)p438「観念界は、言葉では説明できないほど霊妙な世界だ。」先生はつづけられた。「これを理解するには、目を閉じて、固形のバスケットをぶら下げた光り輝く気球のような、広大な幽界宇宙と物質界宇宙の全体の観念像が瞑視できるほど強力な精神集中力をもたねばなければならない。このような超人的精神集中力によって、この複雑極まりない二つの宇宙を透明な観念像に意識的に還元することに成功した者は、観念界に達して、物と心との接点に立つことができる。そこで彼は、あらゆる被造物--固体、液体、気体、電気、エネルギー、一切の生物、神々、人間、動物、植物、細菌類等々--を意識して知覚するようになる。それはちょうど、人が目を閉じたとき、自分のからだが肉眼には見えず、自分というものが観念と...あるヨギの自叙伝より(11)すべて意識

  • あるヨギの自叙伝より(10)観念界

    観念というと、人の考えや思い等というイメージがあるが、ここで言われる「観念界」とは、「想像と創造」の一致する世界ということも言えるだろう。観念:観察すること、念:想念のこと・・・・「観察」することはすなわち神の「想起」であり、それはそれ自体の客観化・宇宙の創造ということになる。実は人間も、あなたや私たちもそれを行っているのである。人生とは・・自らの想いを形に表している・・そのプロセスなのである。なぜ、あなたは自分の信じている事柄を・・自分自身で、より良き想いに入れ替えないのか?・・いつまで、この次元世界の何かに、誰かに・・期待しているのか?期待は=期を待つ・こと、永遠に期待のままであることを示す。なぜ、いま・・それをやらないのか?この世的な作り物、余計な想い、暗い・重たい想念形はもう十分ではないか?意識の技術的...あるヨギの自叙伝より(10)観念界

  • あるヨギの自叙伝より(9)肉体・幽体・観念体

    わたしたち人間とは、偶然生まれ死んだらそれで終わりの、単なる偶然の物質的生成物であるという”信念”が、いかに愚かなことであるのかという事が理解できるだろうか。今は、この呪縛観念が解かれなければならない時期が来ているのである。つまり、古い地球次元の3次元的物語から目覚める時が来ているということだ。そして気付くべき・・その時は過ぎつつある・・。あなたが今・・という瞬間、意識・気付きを自覚しているならば、わたしたちには・・今しかなく、いや常に・・創造の瞬間である・・今・・だけが存在し、今・・わたしは在る・・と気付いているならば、その・・在る・・は、姿かたち、世界、時空展開の様相は無数に変化すれども、まさに・・永遠であることが理解可能なのである。永遠・・というのは時間が長いでも、・・空間が遠い・・でもなく、それを超えて...あるヨギの自叙伝より(9)肉体・幽体・観念体

  • あるヨギの自叙伝より(8)無数の縁(えにし)

    「あるヨギの自叙伝」パラマハンサ・ヨガナンダ著より抜粋---p436~地上から解放された幽界人(注釈1)は、折にふれて、彼がかつて地上に何回も生まれ変わっていた間に縁を結んだ父や、母や、夫や、妻がそれぞれ何人も、無数の親戚、友人などとともに、幽界のあちこちに住んで居るのに出会う。すると彼は、自分にとってだれが特に親しい相手なのか戸惑いを感ずる。だが、こうして彼は、すべての人々を、同じ神の個別的表現である神の子として平等に愛することを学ぶのだ。(注釈1)袖すりあうも他生の縁。単純な計算でしかないが、仮に1つの人生で100人との人間関係があったとして、100回の転生で出会うとすれば、10000万人の存在と深く袖すり合うことになる。例えば、あなたが地球人類と深く意識的に関係しているならば、80億の人と、大なり小なりの...あるヨギの自叙伝より(8)無数の縁(えにし)

  • あるヨギの自叙伝より(7)高次元の生き方

    幽界、幽体、アストラルという言葉、概念は、我々が物理的・物質的と言っている制約された物量感覚が、より「希薄」になった精緻・精妙な世界や身体という事が出来る。今まで、幽・アストラル・希薄・・という概念への大きな誤解があるはずだ。それを例えるならば、古く画像の粗い白黒テレビに比べれば、高解像度で超薄型の液晶テレビなどは、まったく存在感が希薄でありながら、更に精緻で細かく、シッカリとした機能を持っているのと同じことだ。3次元レベルの生活は、生き延びるための身体の五感感覚に「意識」が注意を払ってきて、肉体・環境物質のレベルだけに濃密に関わってしまったおかげで、そこにアンカーを降ろしたかのごとく集合意識的に呪縛されてきたのである。あなたはもう、重く大きなパソコンなど持っていないだろう。ポケットに入る小さく・軽く、薄型で機...あるヨギの自叙伝より(7)高次元の生き方

  • あるヨギの自叙伝より(6)アストラル

    あるヨギの自叙伝では、地球以外の世界の様相が語られており、より高次の世界の事を「幽界」とされているのだが、この幽は・・よく見えないかすみのようなイメージや、幽霊などというおぼろでよくわからない怖い存在のイメージがあるため、じつに取っつきにくい概念としているかもしれない。もちろん近場から見てあちら・遠くは、何でも良くわからないし、調査して情報を集めなければその実体は怖いままで終始するが、人類の進歩は知るという事で開かれてきたことを忘れてはならない。幽界とはスピリチュアルで言われる「アストラル」と考えていいだろう。アストラルは英語の意味は、星の世界の、星のあるヨギの自叙伝より(6)アストラル

  • あるヨギの自叙伝より(5)半霊・半物質

    いつの時代であっても、聖者・覚者たちの言葉を真剣に吟味することは、千金の価値があると考えられるため、このような紹介と抜粋、勝手ながらの注釈を行っている。昨今、世界に氾濫する欲望やフェイク・嘘のニュースや宣伝などを真剣に追いかけている場合ではないこともその理由ではある。さらに言えば・・実のところ、地球がこれからどのように変わるのかという宇宙的な法則や具体的方向性の話でもある。日月神事示では、「半霊半物質」の世界になると予言されているが、そのより具体的な説明と考えてよいだろう。---「あるヨギの自叙伝」パラマハンサ・ヨガナンダ著p432地上界は戦争と殺戮で、海も陸も空も暗黒に閉ざされているが、幽界は、調和と平等の幸福を楽しんでいる。幽界の生き物は、自分の姿を意のままに解体したり、つくり替えたりすることができる(注釈...あるヨギの自叙伝より(5)半霊・半物質

  • あるヨギの自叙伝より(4)幽界の話

    幽界宇宙という言葉には、天国・地獄などのような古いイメージがあると感じられようが、今のスピリチュアル系の言い方だと、多次元、高次元世界、あるいは平行宇宙というような意味合いで良いだろう。ただ幽界(宇宙)は地上(地球)界より幸福度・自由度が格段と拡大していると位置づけられている。簡単に言えば、幼稚園と小学校の違いのようなものだ。幼稚園も無数にあり、小学校、中学校も無数にあり、学ぶ内容からしてその上下間の生徒の行き来はなかなか難しいのと同じようなものだ。(あるヨギの自叙伝本文・p430)幽界の宇宙は、色々な色彩に輝く精妙な光の波動から出来て(注釈1)いて、その大きさは、物質界の宇宙の何百倍もある。物質界全体は、幽界という大きな光輝く気球の下にぶら下がっている小さな固形のバスケットのような(注釈2)ものだ。物質界で多...あるヨギの自叙伝より(4)幽界の話

  • あるヨギの自叙伝より(3)肉体・幽体・根源体

    「お前は、聖典の中で、神は人間の魂を三重のからだで包んでおられるということを読んだことがあるだろう---第一に、他の2つのからだの根源をなす観念体(根源体)、第二に、人間の知能や感情の座である精妙な幽体、そして第三に粗雑な肉体(1)でーーー」先生は続けられた。「地上の人間は、肉体的感覚器官を備えているが、幽界の人間は、意識と、直覚と、ライフトロンでできた幽体(2)で活動している。また、観念体のみをまとった人間は、至福に満ちた観念の世界に住んでいる。わたしの仕事は、幽界から観念界に進む準備している人々を対象とするものだ。」---「幽界には、幽界人の大勢住んでいる幽質の星(3)がたくさんある」先生は話を続けられた。「そこの住人たちは、1つの星から別の星に旅行するのに、幽体の飛行機である光のかたまり(4)を用いる。こ...あるヨギの自叙伝より(3)肉体・幽体・根源体

  • あるヨギの自叙伝より(2) 大師の復活

    (解説:数か月前に亡くなったはずの、著者ヨガナンダの霊的師であるスリ・ユクテスワが出現し、宇宙の真実の一端を開示・教導したくだりである。復活した師の言葉には多くの宇宙的な真実を窺い知ることが出来るだろうし、この世界にも、世間一般常識では到底信じがたい、奇跡的な出来事が数多くある事にも気付けるだろう。すぐに信じる・信じないと判断して捨てる・取る・・ということではなく、まずその可能性を意識できるか?感じられるか?である。そしてその可能性に気付くならば、そこに・・叡智の噴流が現れて、可能性の具象化へと展開してゆくということでもある。これは創造でもある。)そしてそこに血の通った肉体の姿をのスリ・ユクテスワを見たとき、私は狂喜の波に包まれてしまった。「わたしの息子よ」先生は、天使のような魅惑的な微笑みをたたえながら優しく...あるヨギの自叙伝より(2)大師の復活

  • あるヨギの自叙伝より(1) 前置き

    前置き・・これからしばらく「あるヨギの自叙伝」の抜粋を記事にする。尚、余計な解説と注釈を交えながらとなることをご了承願いたい。これはたんなるヨガの行者の物語ではなく、またヒンヅー教の話でもない。また、ある人にとっては、古いと感じる霊的な概念用語も出てくると思われるが、その言葉のイメージにこだわることなく、また誰が語っているのかということにもこだわることなく、静かに咀嚼しながら読んでいただければ、ここに書かれていることから、いわゆる宇宙の話、魂の話、霊的進化の話、多次元世界のこと、カルマの話、UFOや宇宙人のこと、私たちがどうしてここにいるのか、なぜ生まれたのか、死ぬということはどういうことなのか?・・輪廻転生・・・・そういう疑問を抱くような、魂・意識レベルに到達した存在たちにとって、大枠ながらも体系的で、明快な...あるヨギの自叙伝より(1)前置き

  • (30)自然との調和

    我々人類は、大自然を無視した生き方はもうやめにした方が良い。それは自分自身を無視した在り方・・そのものなのだ。コロナの災禍もそのための課題と捉えるべきものである。経済崩壊だとか、人口削減だとか、人工知能世界への布石だとか、そんなことはまったく、どうでも良い、旧態依然たる路線の、枝葉末節の最後の恐怖番組のようなものだ。有るとか無いとか、まったくどうでもよい旧来の想いということだ。外の世界がどうってしまうのか?ではなく、わたしたちは・・どう在るのか?・・なのだ。どう在るのか?まず肝心要は、宇宙大自然・生物・植物・他の存在たちとの親和・調和である。まかり間違っても、利己主義のさらなる追及だとか、物量の獲得だとか・・そういうものではないことは、火を見るよりも明らかではないか。わたし達の五感で体験する世界、宇宙・大自然・...(30)自然との調和

  • (29)在ること・・実践

    なんでもないものが、あらゆるすべてである。わたしたちが空間の中で様々な事物を含めて存在していること、それを全く当たり前のように過ごしているが、様々なことに気づいていること・・意識に・・気づく必要がある。意識があるからこそ、あらゆる事象・環境・に気づいている。人は単なる物ではない、動物でもない、さらにその発展形の高度に知的な生物ではないということ、それら身体・環境を周囲の表現形としている・・意識だ・・・ということだ。そして意識は・・空間・時間を超えている。超えている・・・どっかに行っているのではなく・・、どこもかしこも、どれもこれも・・あちらもこちらも・・それだ。これらすべてが・・・・空間の・・すべてが・・意識・なのだ。見る聞く味わう・・そして思う、イメージする・感情を発するもふくめ・・・それらすべて、知覚し、気...(29)在ること・・実践

  • (28)空(くう)は観えず

    般若心経の冒頭に観自在菩薩が登場する。観自在菩薩・・通称、「観音様」等とも呼ばれているが、通常のおっさん、おばさん、にいさん、姉さんではなく、修業を積んだとされる高次レベルの存在といえよう。ここにも古代の叡智が燦然と輝いているのが見て取れる。たった1つの言葉の音・波動の中にも、実は、膨大な情報・想いというものが含まれている。観自在・・・・、自(おのれ)の・・在る・・を観る・・観ることは、すなわち自らの、在ることである・・観照が無ければ、存在は存在たりえない。観る者がいなくて、どんな対象物もない。観る者・・を意識、気づきであると言ってきた。---たとえば、たった1つの石のかけらにも、膨大な原子・分子・結晶体があって、そのなかの無限数の電子・素粒子はブンブンと回転振動していて、その波動・振動・信号の中には、石と接し...(28)空(くう)は観えず

  • (26)マインドを超え

    マインドは心・こころであり、思い・思考・イメージのことだ。そのまとまった思いの束、集合体、色々な信念を「想念」と言って良い。こころの各相含む、変化し続ける想いや記憶の、総合的な1つのまとまりが「想念」だ。「想念」・・実に良く出来た言葉だと思えないか?人はみな、その「想念」の形に従って人生を形作っている。また生まれ変わり・転生も、その想念の形に従って形作られる。想念・信念・・、それは、何かを形作る、あるいは映し出す・・「プログラム」であることを理解する必要がある。あなたは理解しているだろうか?かのラマナ・マハルシは、生れ変るもの(魂)を”想念の束”と表現した。そう、魂は、実に膨大・複雑・多岐・多様にわたる想い・記憶・感情の束である。束という表現はまた集合体と解釈していいだろう。想念・感情・想い・情報の集合体・・そ...(26)マインドを超え

  • (26)瞑想の実践

    瞑想とは極めて重要な意識的実践行為のことだ。実践といっても何も体を動かしたりする行為のことではない。瞑想の根幹は・・自分のマインドを観る・・ことだ。本当は、何か不可思議なヨガの健康ポーズや、お寺での修業なんかではない、特段に難しい知識や、専門の技術が必要でもない。ただ・・起きてくる思い・想念・マインドを観察することだ。もっともわかりやすいのは瞑目端座だが、慣れれば日常でもその時々に起きてくるマインドを観ることができる。夢を細かく憶えている努力も、有意味な意識内面の探査に他ならない。つまり無限に広がっている・・自己内面を知覚・観察することだ。何度も言うけれど、普通は、外なる宇宙が無限に広がっている・・と思っているが、それを知覚している・・意識そのものの写し絵に他ならない。内にある事が外にあり、高みにある事が低みに...(26)瞑想の実践

  • (25)今・在る=創造

    過去も未来も・・ただ「今」にあるということに気づくことは、実にとんでもない観の転換となる。今とは・・今在る・・瞬間・・のこと、それは・・意識がある・・気付いていること。今・・意識がゆえに・・自己に他者に、世界に気付いていること・・それが・・わたし・・だ。今とは・・今の”この時”ではなく、意識である。そこからあらゆるものが出現する。いや既に出現している・・ではないか。あなたの見る・聞く・感じる世界・宇宙だ。意識があるからこそ、あなたの世界・宇宙がある。これは創造なのだが・・・あなたはそうだとは思っていない・・なぜならば、高次の普遍意識が、肉体個人へと・・次元を降下しているからだ。簡単に言えば、自分は単なる肉体である・・という信念に落ち込んでいるからだ。多くの人は・・ただ世界を眼で五感で観察しているだけと・・・思っ...(25)今・在る=創造

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