古代難波宮をめぐる
難波宮跡に行ってきました。大阪歴史博物館の前に大極殿があります。その前は朝堂になっていたのか、いくつかの建物が建っていたと思われるあとがありました。大極殿の左右には八角形の楼閣があったとか、贅をつくしたきらびやかな難波宮を創造いたしました。写真は八角形楼閣があった場所の写真。今も八角形の形状を残す。孝徳天皇はこの大極殿前の庭園でもがりを2カ月間行い、竹内街道添いにある河内側の磯長陵へ祀られたことになっている。大阪城も小さくみえました。ここは今も昔も大阪の一等地といえる。大極殿の後方には後宮があったようですが、大阪城のお堀や大阪城築造時に削平されたかと思われる。難波宮があった当時は大阪城や玉造あたりはまだ内海であったのか、ここに難波宮や横には古代最大級の倉が立っていた。16個以上の倉で、武器庫であったとも言われる...古代難波宮をめぐる
2021/10/28 15:06