暖かきもの
「暖かきもの」暖かきもの、それは軒先のやわらかな陽だまり飼い猫の首筋のあたり祖母が編んでくれたセーター恩師の慈愛に満ちたまなざしそして、母のか細い腕の中淡い記憶を辿り、深く身を沈めて辺りを見回せば冷たい風が鳴く声が方々から聞こえてくる。未来を包んでいたのは決して闇ではなかった。陽の当たる道をひたすら歩む。地球は少しだけ傾きを変え、人の心には温かさを美徳とする気持ちが芽生える。なだらかな山脈の稜線を視線でなぞるように陶製のコップの縁を右の人差し指の先で撫でる。その一か所だけ欠けた部分で意図せず痛覚が働く。鮮血が指の腹から滴り落ちて足元に赤い斑点が大小みっつ並んだ。この赤と中和するような遥か山肌を埋め尽くす万葉の赤、紅、黄、金。目で追えば数えきれると見まがうほどくっきりした光の粒、かがやき。見えないものがまるでない...暖かきもの
2019/10/14 08:32