静岡県島田市阪本(さかもと)の青木原遺跡(あおきばらいせき)は、大井川右岸の牧ノ原(牧之原)台地に所在する縄文,古墳,奈良,平安時代,中世,近世にかけての複合遺跡です。牧ノ原台地は、更新世(約258万年前~約1万年前)に大井川が上流から運んだ砂礫が隆起して形成された洪積
静岡県内の埋蔵文化財(遺跡古墳横穴窯跡経塚城跡砦陣屋)を探訪し地図付きで紹介。
旧石器、縄文、弥生、古墳、奈良、平安、鎌倉、南北朝、室町、戦国、江戸、明治、大正、昭和時代、原始古代中世近世の歴史、郷土史のサイト。 原則リンクフリーです。
太平洋戦争中に掘られた防空壕 古墳時代後期 直径約15mの円墳 八王子古墳(八王子5号墳?) (静岡県磐田市鎌田2262 兎山公園の南東)
静岡県磐田市鎌田(かまだ)の八王子古墳(古墳7基からなる八王子古墳群の5号墳?)は、古墳時代後期(6世紀頃)の築造と考えられる円墳です。墳丘の規模は直径約15m、高さ約1.5mで、太平洋戦争中に掘られた防空壕(ぼうくうごう)が残されています。八王子古墳がある兎山(うさぎ
丘陵尾根に単独で築かれた円墳 ネット初公開 前田古墳 (静岡県掛川市逆川字前田 逆川高区配水池の北西)
静岡県掛川市逆川(さかがわ)の前田古墳(まえだこふん)は、逆川高区配水池の北西に伸びる丘陵尾根に単独で築かれた小円墳です。文献によっては、所在地が掛川市満水(たまり)になっています。前田古墳
獣帯鏡が出土 古墳時代中期~後期の円墳7基 ネット初公開 渋垂神社上古墳群 (静岡県袋井市高尾東谷)
静岡県袋井市高尾(たかお)の渋垂神社上古墳群(しぶたれじんじゃうえこふんぐん)は、古墳時代中期(4世紀末頃~5世紀後半頃)~後期(5世紀末頃~7世紀初め頃)の築造と推定される円墳7基で構成。赤尾渋垂郡辺神社(あかおしぶたれこうりべじんじゃ、渋垂神社とも呼ばれる)の裏山
市指定史跡 見付宿本陣 鈴木家・神谷家墓所と市指定天然記念物 イヌマキ 時宗 東福山 西光寺 (静岡県磐田市見付3353-1)
静岡県磐田市見付(みつけ)の時宗 東福山 西光寺(さいこうじ)は、鎌倉時代の文永2年(1265年)に真言宗の阿闍梨傾木(あじゃりけいぼく)和尚が創建。建治・弘安年間(1280年前後)、時宗の開祖 証誠大師一遍上人(しょうじょうだいしいっぺんしょうにん)がこの地を訪れて、時宗の
丘陵尾根に単独で築かれた円墳 踊原古墳 (静岡県掛川市満水字踊原 逆川高区配水池の北東)
静岡県掛川市満水(たまり)の踊原古墳(おどりはらこふん)は、丘陵尾根(標高約73m)に単独で築かれた直径約10mの円墳です。周辺の丘陵上には、多くの古墳が分布しています。踊原古墳
巨岩の磐座(いわくら) 立石稲荷(波田のお稲荷さん) (静岡県島田市野田波田)
静岡県島田市波田(はだ)の立石稲荷(たていしいなり)は、岩陰(いわかげ)に稲荷社(いなりしゃ)が祀られた磐座(いわくら、神が降臨する場所とされる巨岩)です。「波田のお稲荷さん」とも呼ばれ、商売繁盛・大漁祈願・家内安全などに御利益があるとされています。御神体(ごしん
戦死者を埋葬した首塚伝説 戦国時代の古戦場 道原稲荷神社(首塚稲荷) (静岡県焼津市道原1084)
静岡県焼津市道原(どうばら)の道原稲荷神社(どうばらいなりじんじゃ)は、首塚稲荷(くびづかいなり)・北道原首塚稲荷神社(きたどうばらくびづかいなりじんじゃ)とも呼ばれます。室町時代末期(戦国時代)の永禄13年(元亀元年)正月(1月)4日(1570年2月8日)、甲斐(山梨県)の戦国
武田信玄が攻めた 水堀で囲まれた平山城 市指定史跡 久野城址 (静岡県袋井市鷲巣上末本)
静岡県袋井市鷲巣(わしず)の久野城(くのじょう)は、四方を水掘で囲まれた平山城です。別名は蔵王城。室町時代(戦国時代)の明応3年(1494年)、駿河今川氏の家臣・久野宗隆(くの むねたか)が遠江(静岡県西部)侵攻の拠点として築城したと考えられています。市指定史跡 久野城址
日露戦争の勝利を祝って建立 征露記念の石鳥居と石燈篭 八王子神社参道 (静岡県袋井市川会610 八王子神社の南)
静岡県袋井市川会(かわえ)の八王子神社(はちおうじじんじゃ)参道には、征露記念(せいろきねん)の石鳥居と石燈篭があります。明治37~38年(1904~1905年)の、日露戦争での勝利を記念して建立されたものです。鳥居には、「征露紀念(せいろきねん)」「明治三十九年十月建之(こ
戦国時代 武田氏の諏訪原城を監視するため徳川家康が築造 火剣山砦 (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)富田 火剣山)
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)富田(とみた)の火剣山砦(ひつるぎさんとりで)は、安土桃山時代(戦国時代)の天正3年(1575年)に徳川家康が築きました。砦がある標高282.6mの火剣山(ひつるぎさん)山頂から、約1.5km離れた武田氏が支配する諏訪原城(すわはらじょう)の兵の動きを
馬具,刀,玉類,銅鏡,土器が出土 古墳時代後期(6世紀前半) 横穴式石室を有する円墳 県指定史跡 大門大塚古墳 (静岡県袋井市高尾字大門776-1)
静岡県袋井市高尾(たかお)の県指定史跡 大門大塚古墳(だいもんおおつかこふん)は、古墳時代後期(6世紀前半)に築かれた横穴式石室を有する円墳です。市内最大級の円墳で、直径約25m、高さ約4.5mの規模。幅5~6m、深さ約1.5mの周溝が巡っています。明治16年(1883年)と昭和61
丘陵斜面に掘られた横穴墓 ネット初公開 山田ヶ谷南横穴群A・B群 (静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)新野坂田)
静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)新野(にいの)の山田ヶ谷南横穴群(やまだがやみなみよこあなぐん)は、丘陵斜面に掘られたA群1基・B群2基の横穴墓(よこあなぼ、おうけつぼ)3基で構成されています。静岡県内に分布する約3,000基の横穴墓は、古墳時代後期末(6世紀末頃)から古墳
崖の上の前方後円墳と円墳 天王山古墳群 (静岡県掛川市下西郷北門)
静岡県掛川市下西郷(しもさいごう)の天王山古墳群(てんのうざんこふんぐん)は、龍尾神社(たつおじんじゃ)境内と南側にかけての古墳5基(前方後円墳あるいは円墳の1基(1号墳)、円墳4基)で構成されています。天王山1・2号墳は、平野部との比高差23~25mの丘陵上に鎮座する龍尾
形象埴輪,円筒埴輪が出土 前方後円墳1基と円墳8基 猿郷古墳群 (静岡県静岡市駿河区向敷地猿郷)
静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の猿郷古墳群(さるごうこふんぐん)は、河岸段丘に築かれた前方後円墳1基と円墳8基で構成されています。猿郷1号墳(猿郷古墳)は、古墳時代後期前半(6世紀前半)の築造と考えられる前方後円墳。規模は、墳長55m・前方部幅32m・前方部高
古墳時代中期(5世紀頃)の首長墓 墳長約49mの前方後円墳 県指定史跡 舟久保古墳 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)高橋字舟久保904-1)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)高橋(たかはし)の県指定史跡 舟久保古墳(ふなくぼこふん)は、標高約73mの丘陵上に築かれた古墳時代中期(5世紀頃)の前方後円墳です。船窪古墳、船久保古墳と表記された文献もあります。墳長は約49m、後円部の直径約26m、後円部高さ約3.5m、前方
戦国時代 日吉丸(豊臣秀吉)が仕えた松下加兵衛の城? 掘田城跡(松下城跡) (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方)
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方(にしかた)の掘田城跡(ほったじょうあと)は、曹洞宗 拈華山 正法寺(ねんげざん しょうぼうじ)西側の丘陵の細尾根に築かれた山城です。松下城跡とも呼ばれ、遺構(曲輪(くるわ)、土塁(どるい)、十数条の堀切(ほりきり))が確認できます。室町
古墳時代前期(4世紀) 銅鏡が出土した小首長墓 小深田西古墳群 (静岡県焼津市西小川(小川字小深田))
静岡県焼津市西小川(小川字小深田)の小深田西古墳群(こふかだにしこふんぐん)は、古墳時代前期前半(4世紀前半頃)の築造と考えられる方墳5基(4基?)で構成されています。大井川水系によって形成された、沖積地(大井川平野)の小川(こがわ)微高地上(標高約3m)に立地。昭和57年
戦国時代 今川氏重臣の庵原氏が築城 庵原城跡 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)草ヶ谷 臨済宗妙心寺派 高部山 大乗寺の北)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)草ヶ谷(くさがや)の庵原城(いはらじょう)は、戦国時代に今川氏の重臣 庵原氏が築城したといわれています。別名は城山(しろやま)、庵原山城(いはらやまじょう)。新東名(第二東名)高速道路建設のため、庵原城跡の南側半分で発掘調査が行われまし
今川義元の祖母 駿河国守護今川義忠の正室 北川殿の墓所 曹洞宗 大窪山 徳願寺 (静岡県静岡市駿河区向敷地689)
静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の曹洞宗 大窪山 徳願寺には、駿河国守護 今川義忠(いまがわ よしただ)の正室 北川殿の墓(五輪塔)があります。北川殿は、今川義元(いまがわ よしもと)の祖母です。奈良時代の養老元年(717年)、徳願寺は真言宗の寺院として創建。
戦国時代 今川氏,武田信玄,徳川家康の山城 丸子城(宇津谷城,三角城) (静岡県静岡市駿河区丸子字泉ヶ谷)
静岡県静岡市駿河区丸子(まりこ)の丸子城(宇津谷城、三角城)は、室町時代の応永年間(1394~1428年)に駿河国の守護大名 今川氏の家臣 斎藤安元が築造しました。室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)、駿河(静岡県中部)に侵攻した甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄(たけ
戦国時代 徳川家康が攻略した武田水軍の拠点 持舟城(用宗城) (静岡県静岡市駿河区用宗城山町)
静岡県静岡市駿河区用宗(もちむね)の持舟城(もちふねじょう)は、戦国時代に徳川家康が攻略した武田水軍の拠点の山城です。用宗城(もちむねじょう)とも呼ばれます。江戸時代までの持舟城周辺は、北側は深田と沼地・西側は交通の難所の大崩海岸・南側の城下は駿河湾の入江に
江戸時代 東海道袋井宿を支配した川井代官の墓 曹洞宗 玉照山 円通寺 (静岡県袋井市川井431-1)
静岡県袋井市川井(かわい)の曹洞宗 玉照山 円通寺(えんつうじ)には、歴代の川井代官の墓があります。江戸時代前期の寛永10年(1633年)頃、幕府が遠江国山名郡(とおとうみのくに やまなぐん) 袋井宿周辺の天領(幕府の直轄地)8万石余りを支配するため、円通寺の南側に川井代
横穴式石室から箱形石棺が見つかった円墳 ネット初公開 代之谷古墳 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)川上字代之谷 八幡神社境内)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)川上(かわかみ)の代之谷古墳(だいのやこふん)は、古墳時代後期(6世紀)以降に築かれた横穴式石室を有する円墳です。八幡神社境内に単独で所在する古墳で、箱形石棺が見つかっています。代之谷古墳
江戸時代 大井川下流右岸に築かれた堤防 成因寺堤跡 (静岡県榛原郡吉田町川尻高畑)
静岡県榛原郡吉田町川尻(はいばらぐん よしだちょう かわしり)高畑の成因寺堤跡(じょういんじづつみあと)は、江戸時代に大井川下流右岸の平野へ築かれた堤防跡です。川尻(かわしり)は河口を意味する地名で、大井川が増水する度に洪水が発生して堤防は決壊。民家・寺・神社
開墾中に発見された組合式箱形石棺? 種月院古墳群(仮) (静岡県島田市阪本3371 曹洞宗 地福山 種月院)
静岡県島田市阪本(さかもと)の曹洞宗 地福山 種月院(しゅげついん)は、坂本龍馬を暗殺した京都見廻組 今井信郎(いまい のぶお)の碑がある事で知られています。種月院周辺では、開墾して茶園を造った際に多くの古墳が発見されたそうです。埋蔵文化財として登録されていない
静岡県島田市大草(おおくさ)の仲山経塚(なかやまきょうづか)は、丘陵の頂上付近に築かれた経塚です。経塚からは、中世(平安時代後半から戦国時代(11世紀後半頃~16世紀後半頃))の陶質土器(とうしつどき)が出土しています。仲山経塚
古墳時代中期 丘陵に築かれた円墳2基 枕田古墳群 (静岡県掛川市細谷土橋)
静岡県掛川市細谷(ほそや)の枕田古墳群(まくらだこふんぐん)は、古墳時代中期(4世紀末頃~5世紀後半頃)の築造と考えられる円墳2基で構成されています。掛川球場南側の丘陵に、権田ヶ谷古墳群(ごんだがやこふんぐん)と枕田古墳群が分布。枕田古墳群
重要遺跡に選ばれた謎の円墳 庚申塚古墳 (静岡県掛川市岡津)
静岡県掛川市岡津(おかつ)の庚申塚古墳(こうしんづかこふん)は、静岡県の重要遺跡とされている謎の円墳です。文献によっては、庚甲塚古墳となっています。庚申塚古墳
江戸時代(幕末頃?) 一字一石経を積み上げた 馬場平経塚 (静岡県島田市川根町(旧榛原郡川根町)笹間下字馬場平 桑の山地区)
静岡県島田市川根町(旧榛原郡川根町)笹間下(ささましも)の馬場平経塚(ばばだいらきょうづか)は、昭和60年(1985年)の道路建設の際に発見されました。24,520個の扁平(へんぺい)な河原石の経石(きょういし、きょうせき)が出土し、そのうちの10,086個の石に墨書(ぼくしょ)され
平安・鎌倉時代の歌僧 西行法師の弟子 西住の墓(宝篋印塔)と笠懸けの松 東海道岡部宿 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部新地ヶ段)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)岡部(おかべ)の岡部宿(おかべしゅく)は、東海道五十三次の21番目の宿場です。岡部宿北側の岩鼻山(西行山)中腹には、平安時代末期から鎌倉時代初期の歌僧として有名な西行(さいぎょう)法師ゆかりの「笠懸けの松・西住墓(かさかけのまつ・
古墳時代後期以降の円墳6基 松雲寺古墳群 (静岡県静岡市駿河区向敷地679 曹洞宗 西河山 松雲寺)
静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の松雲寺古墳群(しょううんじこふんぐん)は、曹洞宗 西河山 松雲寺の境内と周辺に築かれた円墳6基で構成されています。少なくとも円墳5基は、古墳時代後期(6世紀)以降の横穴式石室を有する古墳です。発掘調査では、須恵器、大刀(た
鉄刀と土師器 𤭯が出土した陣ヶ堂古墳? 横穴式石室を有する円墳 沢入古墳 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)谷津町1丁目字沢入918)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)谷津町(やつちょう)の沢入古墳(さわいりこふん)は、古墳時代後期(6世紀)以降に築かれた横穴式石室を有する円墳です。所在地不明として記録されている、陣ヶ堂古墳だと考えられています。陣ヶ堂古墳は、鉄刀(てっとう)と土師器 𤭯(はそう)が出
画文帯同向式神獣鏡が出土した円墳 奥ノ原古墳 (静岡県掛川市岡津)
静岡県掛川市岡津(おかつ)の奥ノ原古墳(おくのはらこふん)は、現在は茶園が広がる段丘上に築かれた円墳です。古墳時代中期・後期(5~6世紀)頃の銅鏡(画文帯同向式神獣鏡)が出土しており、東京国立博物館に所蔵されています。奥ノ原古墳跡
江戸時代の東海道 さわたりの手児万葉歌碑 子授地蔵大菩薩 (静岡県静岡市駿河区丸子1丁目 佐渡公民館前)
静岡県静岡市駿河区丸子(まりこ)1丁目の佐渡(さわたり)公民館前には、さわたりの手児(てご)万葉歌碑と子授地蔵大菩薩(こさずけじぞうだいぼさつ)があります。国道1号「佐渡」交差点から旧道に入ると、昔は松並木が続いていた江戸時代の東海道です。府中宿(ふちゅうしゅく、
直径10m以下の円墳? ネット初公開 謎の古墳 (静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)諸井 日帰り天然温泉「遠州 和の湯」西側)
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)諸井(もろい)には、謎の古墳があります。場所は、日帰り天然温泉「遠州 和の湯」(えんしゅう やわらぎのゆ)西側の茶園です。墳丘の四方を開墾で削られた、直径10m以下の円墳かもしれません。謎の古墳
室町時代 勝間田氏が築城 市指定史跡 穴ヶ谷城跡(中村城址,中村城の壇) (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)中字穴川266-1)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)中(なか)の穴ヶ谷城(あながやじょう)は、室町時代初期に勝田郷を支配した豪族 勝間田(かつまた)氏によって築かれたと考えられています。中村城址・中村城の壇とも呼ばれる、東・西・南の郭(曲輪)で構成された連郭式(れんかくしき)の山城です
珍しい家形土器が出土 弥生,古墳,奈良,平安,鎌倉時代 鳥居松遺跡 (静岡県浜松市中央区森田町,神田町他)
静岡県浜松市中央区森田町(もりたちょう)・神田町(かみだまち)の鳥居松遺跡(とりいまついせき)は、弥生・古墳・奈良・平安・鎌倉時代にかけての複合遺跡です。これまでの発掘調査では、弥生時代の集落・水田、奈良時代(8世紀)から鎌倉時代(13世紀)にかけての推定幅30m以上
戦国時代 殺害された服部小平太を弔うため建立 臨済宗方広寺派 宗安寺跡 (静岡県浜松市浜名区細江町(旧引佐郡細江町)中川 旧姫街道)
静岡県浜松市浜名区細江町(旧引佐郡細江町)中川(なかがわ)の臨済宗方広寺派 宗安寺は、安土桃山時代(戦国時代末期)の天正15年(1587年)に200m南にある姫街道 長坂で何者かに殺害されたという、服部小平太(はっとり こへいた、服部一忠(はっとり かずただ))を弔うために建立
横穴式石室を有する円墳6基? 駿河山古墳群 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)牛尾字本田山ほか)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)牛尾(うしお)の駿河山古墳群(するがやまこふんぐん)は、牛尾山(駿河山)と呼ばれる大井川の河岸段丘(標高約110m)上の南側に分布する6基の円墳?で構成されています。5基は南西に密集し、1基は南東に単独で所在。現在、墳丘を確認できるのは駿
明治時代 巡礼者が建立した當國札所善光寺供養塔 曹洞宗 九峯山 総善寺 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿167)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿(との)の曹洞宗 九峯山 総善寺(きゅうほうざん そうぜんじ) は、室町時代の文安元年(1444年)1月に真言僧 大覚龍道(だいかくりゅうどう)が真言宗の寺として開きました。室町時代後期(戦国時代)の天文23年(1554年)、今川氏に仕えたこの
金銅装大刀,馬具,勾玉が出土 横穴式石室を有する直径約20mの円墳 長福寺古墳(長福寺1号墳) (静岡県掛川市本郷1389‐1 曹洞宗 安里山 長福寺)
静岡県掛川市本郷(ほんごう)の長福寺古墳群(ちょうふくじこふんぐん)は、円墳3基で構成されています。曹洞宗 安里山 長福寺の境内にある長福寺古墳(長福寺1号墳)は、古墳時代後期(6世紀中頃)に築かれた横穴式石室を有する直径約20mの円墳です。昭和27年(1952年)、静岡県小
和鏡15面,太刀,白磁などが出土 西ノ平経塚 (静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿字御月山668)
静岡県藤枝市岡部町(旧志太郡岡部町)殿(との)の西ノ平経塚(にしのたいらきょうづか)は、中世(11世紀後半~16世紀後半)に土中へ経典(きょうてん)などを埋納した場所です。昭和5年(1930年)、前年に土採りした直径約4mの土盛りから和鏡(わきょう)15面、土器24点、鉄製品(太刀(
玄室が2ヶ所の珍しい横穴墓 山田ヶ谷北横穴群A・B群 (静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)新野坂田)
静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)新野(にいの)の山田ヶ谷北横穴群(やまだがやきたよこあなぐん)は、A群1基・B群1基で構成された横穴墓(よこあなぼ、おうけつぼ)です。静岡県内に分布する約3,000基の横穴墓は、古墳時代後期末(6世紀末頃)から古墳時代終末期前半(7世紀前半頃)
特別展『焼津と徳川Ⅱ 海蔵寺ものがたり ー徳川と民に愛されてー』 焼津市歴史民俗資料館 (静岡県焼津市三ケ名1550 焼津市文化センター2階)
静岡県焼津市三ケ名(さんがみょう)の焼津市歴史民俗資料館で、特別展『焼津と徳川Ⅱ 海蔵寺ものがたり ー徳川と民に愛されてー』を開催。焼津市東小川(ひがしこがわ)の時宗 寶城山(宝城山) 海蔵寺(かいぞうじ)は、徳川家康(とくがわ いえやす)と家康の十男で紀州徳川家初
古墳時代後期から終末期(6~7世紀頃)の円墳18基・方墳1基 小鹿古墳群 (静岡県静岡市駿河区小鹿)
静岡県静岡市駿河区小鹿(おしか)の小鹿古墳群(おしかこふんぐん)は、古墳時代後期から古墳時代終末期(6世紀中葉頃~7世紀頃)の築造と考えられる円墳18基・方墳1基で構成。静岡大学北側の南向き斜面(東西約550mの範囲)に分布していましたが、大半は開発と茶園の開墾などで消
丘陵に単独で築かれた円墳? ネット初公開 南沼上諏訪神社古墳 (静岡県静岡市葵区南沼上994)
静岡県静岡市葵区南沼上(みなみぬまがみ)の南沼上諏訪神社古墳(みなみぬまがみすわじんじゃこふん)は、龍に変身して河童(かっぱ)を退治した伝説の「沼の婆さん」が祀られた南沼上諏訪神社境内にあります。円墳らしき墳丘に、社殿が建てられた古墳です。南沼上諏訪神社古墳
巨石の岩陰にお稲荷様を祀る 磐座信仰 巌室神社 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷新町1)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷新町(かなやしんまち)の巌室神社(いわむろじんじゃ)は、東海道金谷宿の氏神(うじかみ)です。鎌倉時代前期の正治元年(1199年)には、金山彦命(かなやまひこのみこと)・瓊々杵尊(ににぎのみこと)・木花之開耶姫命(このはなのさくやひめのみこ
太平洋戦争で掘られた防空壕 曹洞宗 宝珠山 盛岩院 (静岡県掛川市(旧小笠大東町)岩滑3983-2)
静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)岩滑(いわなめ)の曹洞宗 宝珠山 盛岩院(ほうしゅざん せいがんいん)には、太平洋戦争中に掘られた防空壕(ぼうくうごう)が残存しています。境内南側の崖に掘られた防空壕は、縦長断面の通路を奥へ進むと、平面形がL字型になった爆風よけの構造
古墳時代中期(4~5世紀) 直径約60mの大型円墳 城之崎A古墳群 (静岡県磐田市城之崎1丁目 いずみ第2保育園の北)
静岡県磐田市城之崎(きのさき)の城之崎A古墳群(きのさきえーこふんぐん)は、円墳2基で構成されます。城之崎A2号墳(城之崎丸山古墳、城崎丸山古墳)は、古墳時代中期(4世紀末頃~5世紀後半頃)の築造と考えられる直径約60m、高さ約6.5mの大型円墳です。昭和46年(1971年)の発掘
田中城平島口の不浄門を移築した山門? 市指定天然記念物のクロマツ 曹洞宗 田中山 旭伝院(旭傳院) (静岡県焼津市保福島680)
静岡県焼津市保福島(ほふくじま)の曹洞宗 田中山 旭伝院(ぎょくでんいん)は、安土桃山時代(戦国時代)の天正年間(1573~1592年)に曹洞宗 高草山 林叟院(焼津市坂本)8世 山齢宋潤が開創しました。本尊は、延命地蔵菩薩です。旭伝院の山門は、田中城平島口の不浄門を一部移築
古墳時代前期(4世紀後半頃) 長軸約50mの造出円墳 国指定史跡 御厨古墳群 秋葉山古墳 (静岡県磐田市新貝字子犬間添)
静岡県磐田市新貝(しんがい)の秋葉山古墳(あきはやまこふん)は、東海道本線北側の曹洞宗 三白山 連城寺の裏山に所在。古墳時代前期(4世紀後半頃)の築造と推定される、円墳に壇状の突出部が付いた造出円墳(つくりだしえんふん)です。長軸約50m、短軸約46m、高さ約8mの規模で
丘陵上に築かれた円墳8基以上 南郷古墳群 (静岡県掛川市満水南郷)
静岡県掛川市満水(たまり)の南郷古墳群(なんごうこふんぐん)は、丘陵上に分布する円墳8基以上で構成されています。分布図にのっている8基以外にも、複数の小円墳らしき高まりがあります。もっと多くの古墳が、尾根に連なって築かれていたのかもしれません。南郷古墳群
諏訪神社境内の円墳? ネット初公開 太田古墳 (静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)大坂)
静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)大坂(おおさか)の太田古墳(おおだこふん)は、諏訪神社境内に単独で所在しています。円墳だと思われますが、マイナー過ぎて詳細不明です。太田古墳
銅鏡,管玉,臼玉,鉄刀が出土した円墳 山王山古墳 (静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)大坂「掛川市文化会館シオーネ」の西)
静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)大坂(おおさか)の山王山古墳(さんのうやまこふん)は、「掛川市文化会館シオーネ」西側の丘陵上に単独で築かれた円墳です。銅鏡、管玉(くだたま)、臼玉(うすだま)、鉄刀(てっとう)が出土しましたが、所在不明となっています。丘陵全体は、縄文
旧石器.縄文.古墳.奈良.平安時代,中世,近世 牧ノ原台地の遺跡 中原遺跡 (静岡県島田市阪本字中原他)
静岡県島田市阪本(さかもと)の中原遺跡(なかはらいせき)は、牧ノ原(牧之原)台地に営まれた旧石器・縄文・古墳・奈良・平安時代,中世,近世にかけての複合遺跡です。大井川右岸の牧ノ原台地は、東洋最大の茶園が広がるお茶の産地として知られています。市街地から島田大橋を
戦国時代 伊勢新九郎盛時(北条早雲)の城 石脇城跡 (静岡県焼津市石脇下山崎)
静岡県焼津市石脇下(いしわきしも)の石脇城(いしわきじょう)は、室町時代中期(15世紀)に築城された駿河守護職今川氏の属城です。南北約220m、東西約130mの規模で、標高は約30m。室町時代中期(戦国時代前期)の文明年間(1469~1486年)、駿河今川氏6代目当主の今川義忠(いまが
女戦国大名と呼ばれる今川義元の母 寿桂尼の墓所 市指定文化財 曹洞宗 洞谷山 龍雲寺 (静岡県静岡市葵区沓谷3-10-1)
静岡県静岡市葵区沓谷(くつのや)の曹洞宗 洞谷山 龍雲寺(とうやさん りゅううんじ)には、守護・戦国大名 今川義元(いまがわ よしもと)の母 寿桂尼(じゅけいに)の墓があります。寿桂尼(龍雲寺殿峰林寿桂大禅定尼(りゅううんじでんほうりんじゅけいだいぜんじょうに))は、中
『令和5年度 静岡県埋蔵文化財センター巡回展「里帰り展 ~藤守遺跡出土品~」』 焼津市大井川公民館 (静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)宗高900)
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)宗高(むなだか)の焼津市大井川(おおいがわ)公民館ロビーで、『令和5年度 静岡県埋蔵文化財センター巡回展「里帰り展 ~藤守遺跡(ふじもりいせき)出土品~」』を開催。焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)・上小杉(かみこすぎ)ほかの藤守
日本武尊が隠れた伝説 古墳時代後期(6世紀)以降の横穴式石室 狼煙山古墳 (静岡県焼津市花沢字カラシ沢・静岡市駿河区小坂 日本坂峠付近)
静岡県焼津市花沢(はなざわ)・静岡市駿河区小坂(おさか)の狼煙山古墳(のろしやまこふん)は、古墳時代後期(6世紀)以降に築かれた横穴式石室を有する円墳です。古代の東海道であった、標高309mの日本坂峠(にほんざかとうげ)付近に所在。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征
縄文,弥生,古墳,奈良,平安時代の土器を展示 「環境資源ギャラリー 容器包装博物館」 (静岡県掛川市満水2319)
静岡県掛川市満水(たまり)の「環境資源ギャラリー」は、掛川市・菊川市のゴミ処理施設です。施設内の容器包装博物館では、地球温暖化などの環境問題・容器包装について・容器包装の歴史・リサイクル等を紹介。容器包装の歴史コーナーは、掛川市・菊川市の遺跡の発掘調査で
特別展『焼津と徳川Ⅰ 天下人の横顔 ー伝説と史話から探る家康像ー』 焼津市歴史民俗資料館 (静岡県焼津市三ケ名1550 焼津市文化センター2階)
静岡県焼津市三ケ名(さんがみょう)の焼津市歴史民俗資料館で、特別展『焼津と徳川Ⅰ 天下人の横顔 ー伝説と史話から探る家康像ー』を開催。戦国時代・江戸時代の、徳川家康(とくがわ いえやす)ゆかりの貴重な品々を公開する企画展です。安土桃山時代(戦国時代末期)の天正
伝説の七つの塚は古墳?支配者 久努国造を祀る 七ツ森神社 (静岡県袋井市国本2586)
静岡県袋井市国本(くにもと)の七ツ森神社(ななつもりじんじゃ)は、旧東海道(静岡県道253号 掛川袋井線)沿いに鎮座しています。神社の祭神は、飛鳥時代(古墳時代終末期)の大化元年(645年)から翌年にかけて行われた「大化の改新」(たいかのかいしん)以前に、朝廷から任命され
銀象嵌大刀が出土した豪族の墓 古墳時代後期,終末期 横穴式石室を有する円墳6基 東久佐奈岐古墳群 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)山切字宮平101 久佐奈岐神社周辺)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)山切(やまきり)の東久佐奈岐古墳群(ひがしくさなぎこふんぐん)は、久佐奈岐神社(くさなぎじんじゃ)周辺の古墳時代後期(6世紀)から終末期(7世紀)に埋葬が行なわれた横穴式石室を有する円墳6基で構成。昭和56年(1981年)、東久佐奈岐3号墳の発掘
戦国時代 徳川家康が高天神城包囲のため築かせた 獅子ヶ鼻砦跡 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)大石)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)大石(おおいし)の獅子ヶ鼻砦跡(ししがはなとりであと)は、安土桃山時代(戦国時代)の天正8年(1580年)に徳川家康が遠江(とおとうみ、静岡県西部)へ侵攻した武田氏の高天神城(約3.3km西側)を包囲するため築かせた砦のひとつです。菊川市営の宿泊
江戸時代 4,000石の旗本 本多日向守の代官 国指定重要文化財 黒田家代官屋敷 (静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)下平川862-1)
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)下平川(しもひらかわ)の黒田家代官屋敷(くろだけだいかんやしき)は、主屋(おもや)・長屋門(ながやもん)・米蔵(こめぐら)・東蔵(ひがしぐら)・西蔵(にしぐら)・水濠(すいごう)が国指定重要文化財です。黒田家は代々武家で、室町時代後半(戦国時
江戸時代 東海道島田宿と大井川川越しの展示 島田市博物館本館1階 常設展示室 (静岡県島田市河原1-5-50)
静岡県島田市河原(かわら)の島田市博物館本館は、国指定史跡 島田宿大井川川越遺跡(しまだしゅくおおいがわかわごしいせき)の南西に所在する施設です。江戸時代の東海道島田宿は、掛川城のある城下町(じょうかまち)の掛川宿(かけがわしゅく)よりも人口が多く、大井川の川越
今川義忠,徳川家康の山城 広厳城跡? 潮海寺遺跡 (静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)潮海寺字堂橋 高野山真言宗 広厳城山 潮海寺)
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)潮海寺(ちょうかいじ)の高野山真言宗 広厳城山 潮海寺(ちょうかいじ)は、奈良時代に行基(ぎょうき)が開いたとされています。平安時代には坂上田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)が寺領を寄進したとされ、多くの名僧高僧を輩出した有力な寺院
移築された塔作8号墳 横穴式石室 古墳時代終末期の横穴式石室墳19基 塔作古墳群 (静岡県静岡市清水区(旧清水市)庵原3000 庵原球場多目的広場)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)庵原(いはら)の塔作古墳群(とうさくこふんぐん)は、古墳時代終末期(7世紀前半頃~8世紀初め頃)の築造と推定される、墳丘がほとんど無い横穴式石室墳19基で構成。現在の庵原球場 一般駐車場付近に分布していました。残存状況の良かった塔作8号
遺跡・古墳出土の石器,石碑,石仏,道しるべなどを紹介 文化財課企画展『石の文化誌』 磐田市立豊田図書館 (静岡県磐田市(旧磐田郡豊田町)上新屋304)
静岡県磐田市(旧磐田郡豊田町)上新屋(かみあらや)の磐田市立豊田図書館 展示室で、文化財課企画展『石の文化誌』を開催。磐田市内の遺跡・古墳から出土した石器、石碑(せきひ)・石仏(せきぶつ)・道しるべ(みちしるべ)などの石造物、古民具の石臼(いしうす)などの展示物を紹
弥生土器,鳥形土器,銅鐸レプリカなどを展示 文化財課企画展『弥生時代へGO! ~2000年前のイワタ~』磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599‐5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館 1階展示室で、文化財課企画展『弥生時代へGO! ~2000年前のイワタ~』を開催。磐田市内の弥生時代の遺跡で見つかった出土品(弥生土器、石器、木製品など)、蔵平遺跡(くらのたいらいせき)の鳥形土器(とりがたどき)、西の谷遺
形象埴輪(人物,馬形,鹿形),円筒埴輪が並ぶ3代の首長墓 前方後円墳3基と円墳4基? 郷ヶ平古墳群 (静岡県浜松市北区都田町字郷ヶ平16-2)
静岡県浜松市北区都田町(みやこだちょう)の郷ヶ平古墳群(ごうがひらこふんぐん)は、天竜川右岸の三方原台地(みかたはらだいち)北縁部に築かれた、古墳時代中期(5世紀後半)から後期(6世紀中頃)の前方後円墳3基、円墳4基?で構成。形象埴輪(けいしょうはにわ)の人物埴輪(じん
静岡県埋蔵文化財センター巡回展『しずおかの遺跡 にし・ひがし ~近年の発掘成果から~』 静岡市立登呂博物館 (静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5)
静岡県静岡市駿河区登呂(とろ)の国指定特別史跡 登呂遺跡(とろいせき)は、静岡平野に立地する弥生時代後期(約1,900年前、1世紀頃)のムラ(集落)です。周辺は登呂公園として史跡整備され、小さな区画に区切られた弥生時代の水田と、復元住居・高床式倉庫が並んだムラを再現し
平安時代末期から鎌倉時代 儀式が行なわれた 庭園の池 市指定史跡 宮下遺跡 現地説明会 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部4439他)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の市指定史跡 宮下遺跡(みやしたいせき)は、発掘調査で中世前期(平安時代末期(11世紀末)から鎌倉時代初期(13世紀前半))の、県内最大規模の園池(えんち、庭園の池)が見つかりました。園池は、南北35m・東西20m以上・深さ1.7m。池
日本最古の墨書六角卒塔婆,呪符木簡,墨書土器,木橋橋脚 平安時代から鎌倉時代の柱穴内礎石建物群 市指定史跡 宮下遺跡 現地説明会 (静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部4439他)
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の市指定史跡 宮下遺跡(みやしたいせき)で、平安時代末期(11世紀末)から鎌倉時代初期(13世紀前半)にかけての、県内最大規模の柱穴内礎石(ちゅうけつないそせき)建物群が見つかりました。柱穴内礎石建物とは、柱を建てる穴の中に
太平洋戦争中 大井海軍航空隊に送水 軍用水道の木造ポンプ所 大井上水道企業団 金谷水源地 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷東1丁目1255-2)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)金谷東(かなやあずま)1丁目の大井上水道企業団 金谷水源地には、軍用水道の木造ポンプ所がありました。昭和16年(1941年)頃、牧ノ原(牧之原)台地の大井海軍航空隊に大井川の伏流水を送水するため建設されたものです。軍用水道の木造ポンプ所
奈良時代(8世紀) 古代寺院跡(廃寺) 楠木遺跡 発掘調査 現地説明会 (静岡県浜松市北区三ヶ日町(旧引佐郡三ケ日町)岡本)
静岡県浜松市北区三ヶ日町(旧引佐郡三ケ日町)岡本(みっかびちょう おかもと)の楠木遺跡(くすぎいせき)は、奈良時代(8世紀)の古代寺院跡(廃寺)だと考えられています。発掘調査では、医王寺廃寺跡(愛知県豊川市(旧小坂井町))の瓦に類似した文様(もんよう)の「細弁蓮華文軒丸
古墳の出土品,市指定文化財の木喰仏と大絵馬 企画展『高草山周辺の文化遺産』焼津市歴史民俗資料館 (静岡県焼津市三ケ名1550)
静岡県焼津市三ケ名(さんがみょう)の焼津市文化センター2階にある焼津市歴史民俗資料館で、企画展『高草山周辺の文化遺産』を開催。奥屋敷1号墳(猪之谷神社古墳)の六鈴鏡(ろくれいきょう)、筧沢(ひよさわ)1号墳の銀象嵌円頭大刀柄頭(ぎんぞうがんえんとうたちつかがしら)、
遺跡,古墳から出土した土器,埴輪,銅鏡 文化財課企画展『大発見!いわたの考古学~結構すごいぞ!発掘調査~』磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599‐5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館1階展示室で、文化財課企画展『大発見!いわたの考古学~結構すごいぞ!発掘調査~』を開催。弥生時代後期(2世紀頃)の敷地1号銅鐸(しきじいちごうどうたく)レプリカ、古墳時代中期(5世紀)の県内最大級の前方後円墳 堂山古墳出
石器と山茶碗 縄文時代と中世の複合遺跡 宮ノ段遺跡 (静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡332 横岡八幡神社)
静岡県島田市(旧榛原郡金谷町)横岡(よこおか)の宮ノ段遺跡(みやのだんいせき)は、大井川右岸の河岸段丘「宮の段」にある縄文時代と中世の複合遺跡です。遺跡は、横岡八幡神社(よこおかはちまんじんじゃ)の境内周辺にひろがっています。表採されている遺物は、縄文時代の石
県指定文化財 三角縁四神四獣鏡が出土 古墳時代前期(3~4世紀)の前方後円墳 経塚古墳(連城寺8号墳) (静岡県磐田市新貝字子犬間添)
静岡県磐田市新貝(しんがい)の経塚古墳(きょうづかこふん)は、曹洞宗 三白山 連城寺(れんじょうじ)の南側にあった古墳時代前期(3世紀後半頃から4世紀初め頃)の前方後円墳です。全長約90m・後円部径約54m・南南東向きの前方部を有する前方後円墳でしたが、明治18年(1885年)
埴輪,短甲,三角縁神獣鏡など古墳の出土品「磐田市合併10周年記念 平成27年度 文化財課企画展『大磐田展 -古墳からのメッセージ-』」磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599‐5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館1階展示室で、「磐田市合併10周年記念 平成27年度 文化財課企画展『大磐田展 -古墳からのメッセージ-』」を開催。磐田市内の古墳から出土した、武器・武具・馬具・埴輪(はにわ)・装身具・三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅ
古墳時代の人骨,弥生時代の土器棺,旧石器時代のペンダント 企画展『平成24年度 静岡県埋蔵文化財センター 発掘調査速報展』静岡市立登呂博物館 (静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5)
静岡県静岡市駿河区登呂(とろ)の国指定特別史跡 登呂遺跡(とろいせき)は、静岡平野に立地する弥生時代後期(約1,900年前、1世紀頃)のムラ(集落)です。周辺は登呂公園として史跡整備され、出土品を展示する静岡市立登呂博物館があります。登呂博物館1階の情報・映像コーナー
戦国時代の軍船 安宅船の模型,城跡の出土品 沼津市文化財センター展示室 パート6 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
和同開珎,古代瓦,土馬,唐三彩陶枕など奈良・平安時代の出土品 沼津市文化財センター展示室 パート5 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
埴輪,銅鏡,勾玉,須恵器など古墳時代の出土品 沼津市文化財センター展示室 パート4 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
珍しい鹿形土製品,銅鐸飾耳,土器,木製品など弥生時代の出土品 沼津市文化財センター展示室 パート3 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。 沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
縄文時代の土器,石器など遺跡の出土品 沼津市文化財センター展示室 パート2 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。 沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
旧石器時代の石器を公開 沼津市文化財センター展示室 パート1 (静岡県沼津市)
静岡県沼津市の沼津市文化財センターは、市内の遺跡・古墳からの出土品(石器、土器、埴輪(はにわ)、銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、木製品など)を展示公開しています。沼津市内では、旧石器時代の約3万2千年前に愛鷹山麓(あしたかさんろく)で暮らしはじめた人たちがい
武田信玄の兜 今川義元,武田勝頼,徳川家康の古文書 第91回企画展『築城450年記念 諏訪原城』 島田市博物館本館 (静岡県島田市河原1-5-50)
静岡県島田市河原(かわら)の島田市博物館本館で、第91回企画展『築城450年記念 諏訪原城(すわはらじょう)』を開催。戦国大名 武田信玄(たけだ しんげん)が着用したと伝えられる「諏訪法性兜(すわほっしょうかぶと)」、甲冑(かっちゅう)「鉄朱漆塗縦矧胸取五枚胴具足(てつし
遺跡,古墳の出土品 企画展『第1弾 御前崎市のあけぼの History キラリを再発見展』御前崎市立図書館 (静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)池新田5560)
静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)池新田(いけしんでん)の御前崎市立図書館アスパル 2階展示室で、企画展『第1弾 御前崎市のあけぼの History キラリを再発見展』を開催。「広報おまえざき」で紹介された、御前崎市内12ヶ所の遺跡・古墳の出土品・写真などが展示公開されまし
古墳の出土品を展示 企画展『宮川古墳群展』静岡市埋蔵文化財センター (静岡県静岡市清水区横砂東町33-2)
静岡県静岡市清水区(旧清水市)横砂東町(よこすなひがしちょう)の静岡市埋蔵文化財センターは、静岡市内の遺跡・古墳などから見つかった出土品を展示しています。静岡市埋蔵文化財センターで、企画展『宮川古墳群展』が開催されました。宮川古墳群(みやがわこふんぐん)は、
国指定特別史跡 遠江国分寺跡の出土品 文化財課企画展『黄泉の世界 ~磐田の後期古墳~』パート3 磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599-5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館1階展示室で、文化財課企画展『黄泉(よみ)の世界 ~磐田の後期古墳~』を開催。市内で見つかった900基以上の古墳のうち、古墳時代後期・終末期に築かれた横穴式石室を有する古墳の出土品(土器、装身具(そうしんぐ)など)や、甑
三角縁神獣鏡,須恵器,大刀などの出土品 文化財課企画展『黄泉の世界 ~磐田の後期古墳~』パート2 磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599-5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館1階展示室で、文化財課企画展『黄泉(よみ)の世界 ~磐田の後期古墳~』を開催。市内で見つかった900基以上の古墳のうち、古墳時代後期・終末期に築かれた横穴式石室を有する古墳の出土品(土器、装身具(そうしんぐ)など)や、甑
古墳時代後期(6世紀前葉) 遠江最後の首長墓 甑塚古墳の出土品 文化財課企画展『黄泉の世界 ~磐田の後期古墳~』パート1 磐田市立中央図書館 (静岡県磐田市見付3599-5)
静岡県磐田市見付(みつけ)の磐田市立中央図書館1階展示室で、文化財課企画展『黄泉(よみ)の世界 ~磐田の後期古墳~』を開催。市内で見つかった900基以上の古墳のうち、古墳時代後期・終末期に築かれた横穴式石室を有する古墳の出土品(土器、装身具(そうしんぐ)など)や、甑
中世(鎌倉,室町,戦国時代)の出土品 静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物~発掘調査から知る静岡県の歴史~』パート5 県立中央図書館 (静岡県静岡市駿河区谷田53‐1)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の静岡県立中央図書館 3階展示室で、静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物 ~発掘調査から知る静岡県の歴史~』を開催。県内の遺跡・古墳の発掘調査で出土した、旧石器時代の落とし穴 断面剥ぎ取り標本、石器、縄文土器、弥生
奈良・平安時代の出土品 静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物~発掘調査から知る静岡県の歴史~』パート4 県立中央図書館 (静岡県静岡市駿河区谷田53‐1)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の静岡県立中央図書館 3階展示室で、静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物 ~発掘調査から知る静岡県の歴史~』を開催。県内の遺跡・古墳の発掘調査で出土した、旧石器時代の落とし穴 断面剥ぎ取り標本、石器、縄文土器、弥生
古墳時代の舟形粘土棺 静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物~発掘調査から知る静岡県の歴史~』パート3 県立中央図書館 (静岡県静岡市駿河区谷田53‐1)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の静岡県立中央図書館 3階展示室で、静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物 ~発掘調査から知る静岡県の歴史~』を開催。県内の遺跡・古墳の発掘調査で出土した、旧石器時代の落とし穴 断面剥ぎ取り標本、石器、縄文土器、弥生
弥生時代の人骨,銅鐸レプリカ 静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物~発掘調査から知る静岡県の歴史~』パート2 県立中央図書館 (静岡県静岡市駿河区谷田53‐1)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の静岡県立中央図書館 3階展示室で、静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物 ~発掘調査から知る静岡県の歴史~』を開催。県内の遺跡・古墳の発掘調査で出土した、旧石器時代の落とし穴 断面剥ぎ取り標本、石器、縄文土器、弥生
旧石器時代の落とし穴,縄文土器 静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物~発掘調査から知る静岡県の歴史~』パート1 県立中央図書館 (静岡県静岡市駿河区谷田53‐1)
静岡県静岡市駿河区谷田(やだ)の静岡県立中央図書館 3階展示室で、静岡県埋蔵文化財センター常設展示『古代からの贈り物 ~発掘調査から知る静岡県の歴史~』を開催。県内の遺跡・古墳の発掘調査で出土した、旧石器時代の落とし穴 断面剥ぎ取り標本、石器、縄文土器、弥生
埴輪,馬鍬,平城宮の鬼瓦などの出土品 特別展『発掘された日本列島2011』静岡市立登呂博物館 第2展示室 (静岡県静岡市駿河区登呂5-10-5)
静岡県静岡市駿河区登呂(とろ)の国指定特別史跡 登呂遺跡(とろいせき)は、静岡平野に立地する弥生時代後期(約1,900年前、1世紀頃)のムラ(集落)です。周辺は登呂公園として史跡整備され、出土品を展示する静岡市立登呂博物館があります。登呂博物館で、特別展『発掘された日
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静岡県島田市阪本(さかもと)の青木原遺跡(あおきばらいせき)は、大井川右岸の牧ノ原(牧之原)台地に所在する縄文,古墳,奈良,平安時代,中世,近世にかけての複合遺跡です。牧ノ原台地は、更新世(約258万年前~約1万年前)に大井川が上流から運んだ砂礫が隆起して形成された洪積
静岡県島田市大草(おおくさ)の山王前遺跡(さんのうまえいせき)は、大津谷川(おおつやがわ)と尾川(おがわ)の合流地点北側に位置する山王丘陵上と東側の裾部(南北約100m・東西約70mの範囲)に広がっています。縄文、弥生、古墳、奈良、平安、鎌倉、室町、江戸時代の複合遺跡で
静岡県焼津市焼津(やいづ)の宮之腰遺跡(みやのこしいせき)は、約1,500年前の古墳時代を中心とする集落跡です。遺跡は、焼津神社境内や焼津中学校周辺の広範囲におよんでいます。宮之腰遺跡 焼失住居跡(焼津中学校の案内板より)
静岡県静岡市駿河区曲金(まがりかね)2丁目の曲金C遺跡(まがりかねしーいせき)は、安倍川(あべかわ)が形成した扇状地(せんじょうち)の静岡平野中央部に立地する、弥生時代後期(1世紀)から古墳時代後期(6世紀前半)にかけての遺跡です。静岡市環境保健研究所の建設に伴う試掘
静岡県島田市阿知ヶ谷(あちがや)の馬平遺跡(まだいらいせき)は、縄文時代晩期(約3,300~2,800年前)を中心とする集落遺跡です。明治35年(1902年)頃、道路建設のため丘陵を開墾したところ、縄文時代の石鏃(せきぞく)、石斧(せきふ)、石錐(いしきり、せきすい)、石剣(せっけん
静岡県焼津市(旧志太郡大井川町)藤守(ふじもり)・上小杉(かみこすぎ)ほかの藤守遺跡(ふじもりいせき)は、駿河湾に面した大井川下流左岸の沖積微高地 志太(しだ)平野に立地し、東西約2.5㎞・南北約1㎞の範囲に広がっています。弥生時代、古墳時代末期(7世紀)~奈良時代(8世
静岡県静岡市清水区(旧清水市)草ヶ谷(くさがや)の大乗寺遺跡(だいじょうじいせき)は、縄文時代前期(7,000年前~5,500年前)後半を中心とする複合遺跡です。遺跡の範囲は、大乗寺平と呼ばれる東西約400m・南北約50mの台地東側にある臨済宗妙心寺派 高部山 大乗寺の境内周辺。
静岡県周智郡森町一宮(宮代)(しゅうちぐん もりまち いちみや(みやしろ))の宮奥遺跡(みやおくいせき)は、遠江国一宮 小國神社(おくにじんじゃ、おぐにじんじゃ)境内を流れる宮川の遊歩道沿いに所在。平成8年(1996年)、土壌調査中に遊歩道で削られた崖から、古墳時代前期(3
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)勝俣(かつまた)の市指定史跡 白鬚遺跡(しらひげいせき)は、秋葉山(標高約60m)山麓の勝間田川(かつまたがわ)下流右岸の湿地に営まれた弥生時代後期(3世紀頃)の遺跡です。秋葉山中腹にある古墳時代の白ヒゲⅡ遺跡と区別するため、白ヒゲⅠ遺跡
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂口(さかぐち)の「堂ヶ谷廃寺・堂ヶ谷経塚(堂ヶ谷遺跡)」(どうがやはいじ・どうがやきょうづか(どうがやいせき))は、富士山静岡空港建設に伴う調査で見つかりました。平成17年(2005年)5月から平成19年(2007年)3月に、発掘調査を実施。富士
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)坂部(さかべ)の倉見原古墳群(くらみはらこふんぐん)は、高根山(標高150m)を主峰とする丘陵に築かれた古墳4基(円墳、方墳)で構成。倉見原3号墳は、古墳時代前期(3世紀中頃~4世紀後半頃)に築かれた方墳で、弥生時代の墳墓(ふんぼ)である台状
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)加茂(かも)の白岩遺跡(しらいわいせき)は、弥生時代中期(約2,500年~2,000年前)・後期(約1,900年~1,750年前)を中心とする集落遺跡です。菊川の支流 西方川(にしかたがわ)が形成した、自然堤防上の微高地(標高約19m)に立地。昭和22年(1947年)1
静岡県掛川市(旧小笠郡大東町)大坂(おおさか)の県立自然公園 大浜公園(おおはまこうえん)には、西国三十三番(さいごくさんじゅうさんばん)観音巡りがあります。西國三十三所観音霊場札所巡り(京都府・大阪府・和歌山県・奈良県・兵庫県・滋賀県・岐阜県)にならった、ミニ巡
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)嶺田(みねだ)の井の宮神社(井之宮神社、井宮神社)には、江戸時代前期に嶺田用水建設を幕府に直訴(じきそ)した、中条右近太夫(ちゅうじょううこんだゆう)の供養塔があります。徳川家康ゆかりの用水建設計画であったため許可されましたが、寛永3
静岡県牧之原市(旧榛原郡榛原町)静波(しずなみ)の榛原公園(はいばらこうえん)は、龍眼山城跡(りゅうげんざんじょうあと)です。龍眼山(標高76m)の山頂付近に築かれた平山城(ひらやまじろ、ひらやまじょう)で、遺構は曲輪(くるわ)・土塁(どるい)・堀切(ほりきり)。戦国時代、
静岡県袋井市(旧磐田郡浅羽町)浅羽(あさば)字平芝の平芝陣屋跡(ひらしばじんやあと)は、久喜藩(現在の埼玉県久喜市)分家米津氏の陣屋跡です。江戸時代前期の貞享元年(1684年)、初代久喜藩主 米津田盛(よねきつ ただもり)の長男 米津政武(よねきつ まさたけ)は、父の死去で
静岡県静岡市葵区長沼(ながぬま)・沓谷(くつのや)の長沼古城(長沼砦)は、鎌倉時代に御家人 長沼五郎宗政の居城だったとされる場所です。愛宕霊園になっている観音山(茶臼山)山頂周辺に2~3段の曲輪と、西側の愛宕山砦(愛宕砦、長沼塁)との間に堀切が設けられていたと推測さ
静岡県藤枝市天王町(てんのうちょう)の浄土宗 光明山 悟真院 了善寺(こうみょうざん ごしんいん りょうぜんじ)は、室町時代(戦国時代)の文明18年(1486年)に遠江国見崎の海で引き揚げられた善導大師像を、この地に祀ったのが始まりです。江戸時代の天和2年(1682年)、14世霊
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)棚草(たなくさ)の春日山横穴群(かすがやまよこあなぐん)は、春日神社東側の谷に分布する2群8基の横穴墓(よこあなぼ、おうけつぼ)で構成されています。静岡県内に分布する約3,000基の横穴墓は、古墳時代後期末(6世紀末頃)から古墳時代終末期前
静岡県磐田市(旧磐田郡豊岡村)岩室(いわむろ)の市指定史跡 岩室廃寺跡(岩室廃寺遺跡)は、獅子ヶ鼻(ししがはな)公園周辺に所在する寺院跡です。奈良時代に小規模の山岳密教寺院が開かれ、平安時代には多くの堂宇が点在する岩室寺となりました。敷地川(しきじがわ)東岸の丘陵
静岡県磐田市鎌田(かまだ)の八王子古墳(古墳7基からなる八王子古墳群の5号墳?)は、古墳時代後期(6世紀頃)の築造と考えられる円墳です。墳丘の規模は直径約15m、高さ約1.5mで、太平洋戦争中に掘られた防空壕(ぼうくうごう)が残されています。八王子古墳がある兎山(うさぎ
静岡県掛川市逆川(さかがわ)の前田古墳(まえだこふん)は、逆川高区配水池の北西に伸びる丘陵尾根に単独で築かれた小円墳です。文献によっては、所在地が掛川市満水(たまり)になっています。前田古墳
静岡県袋井市高尾(たかお)の渋垂神社上古墳群(しぶたれじんじゃうえこふんぐん)は、古墳時代中期(4世紀末頃~5世紀後半頃)~後期(5世紀末頃~7世紀初め頃)の築造と推定される円墳7基で構成。赤尾渋垂郡辺神社(あかおしぶたれこうりべじんじゃ、渋垂神社とも呼ばれる)の裏山
静岡県磐田市見付(みつけ)の時宗 東福山 西光寺(さいこうじ)は、鎌倉時代の文永2年(1265年)に真言宗の阿闍梨傾木(あじゃりけいぼく)和尚が創建。建治・弘安年間(1280年前後)、時宗の開祖 証誠大師一遍上人(しょうじょうだいしいっぺんしょうにん)がこの地を訪れて、時宗の
静岡県掛川市満水(たまり)の踊原古墳(おどりはらこふん)は、丘陵尾根(標高約73m)に単独で築かれた直径約10mの円墳です。周辺の丘陵上には、多くの古墳が分布しています。踊原古墳
静岡県島田市波田(はだ)の立石稲荷(たていしいなり)は、岩陰(いわかげ)に稲荷社(いなりしゃ)が祀られた磐座(いわくら、神が降臨する場所とされる巨岩)です。「波田のお稲荷さん」とも呼ばれ、商売繁盛・大漁祈願・家内安全などに御利益があるとされています。御神体(ごしん
静岡県焼津市道原(どうばら)の道原稲荷神社(どうばらいなりじんじゃ)は、首塚稲荷(くびづかいなり)・北道原首塚稲荷神社(きたどうばらくびづかいなりじんじゃ)とも呼ばれます。室町時代末期(戦国時代)の永禄13年(元亀元年)正月(1月)4日(1570年2月8日)、甲斐(山梨県)の戦国
静岡県袋井市鷲巣(わしず)の久野城(くのじょう)は、四方を水掘で囲まれた平山城です。別名は蔵王城。室町時代(戦国時代)の明応3年(1494年)、駿河今川氏の家臣・久野宗隆(くの むねたか)が遠江(静岡県西部)侵攻の拠点として築城したと考えられています。市指定史跡 久野城址
静岡県袋井市川会(かわえ)の八王子神社(はちおうじじんじゃ)参道には、征露記念(せいろきねん)の石鳥居と石燈篭があります。明治37~38年(1904~1905年)の、日露戦争での勝利を記念して建立されたものです。鳥居には、「征露紀念(せいろきねん)」「明治三十九年十月建之(こ
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)富田(とみた)の火剣山砦(ひつるぎさんとりで)は、安土桃山時代(戦国時代)の天正3年(1575年)に徳川家康が築きました。砦がある標高282.6mの火剣山(ひつるぎさん)山頂から、約1.5km離れた武田氏が支配する諏訪原城(すわはらじょう)の兵の動きを
静岡県袋井市高尾(たかお)の県指定史跡 大門大塚古墳(だいもんおおつかこふん)は、古墳時代後期(6世紀前半)に築かれた横穴式石室を有する円墳です。市内最大級の円墳で、直径約25m、高さ約4.5mの規模。幅5~6m、深さ約1.5mの周溝が巡っています。明治16年(1883年)と昭和61
静岡県御前崎市(旧小笠郡浜岡町)新野(にいの)の山田ヶ谷南横穴群(やまだがやみなみよこあなぐん)は、丘陵斜面に掘られたA群1基・B群2基の横穴墓(よこあなぼ、おうけつぼ)3基で構成されています。静岡県内に分布する約3,000基の横穴墓は、古墳時代後期末(6世紀末頃)から古墳
静岡県掛川市下西郷(しもさいごう)の天王山古墳群(てんのうざんこふんぐん)は、龍尾神社(たつおじんじゃ)境内と南側にかけての古墳5基(前方後円墳あるいは円墳の1基(1号墳)、円墳4基)で構成されています。天王山1・2号墳は、平野部との比高差23~25mの丘陵上に鎮座する龍尾
静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の猿郷古墳群(さるごうこふんぐん)は、河岸段丘に築かれた前方後円墳1基と円墳8基で構成されています。猿郷1号墳(猿郷古墳)は、古墳時代後期前半(6世紀前半)の築造と考えられる前方後円墳。規模は、墳長55m・前方部幅32m・前方部高
静岡県菊川市(旧小笠郡小笠町)高橋(たかはし)の県指定史跡 舟久保古墳(ふなくぼこふん)は、標高約73mの丘陵上に築かれた古墳時代中期(5世紀頃)の前方後円墳です。船窪古墳、船久保古墳と表記された文献もあります。墳長は約49m、後円部の直径約26m、後円部高さ約3.5m、前方
静岡県菊川市(旧小笠郡菊川町)西方(にしかた)の掘田城跡(ほったじょうあと)は、曹洞宗 拈華山 正法寺(ねんげざん しょうぼうじ)西側の丘陵の細尾根に築かれた山城です。松下城跡とも呼ばれ、遺構(曲輪(くるわ)、土塁(どるい)、十数条の堀切(ほりきり))が確認できます。室町
静岡県焼津市西小川(小川字小深田)の小深田西古墳群(こふかだにしこふんぐん)は、古墳時代前期前半(4世紀前半頃)の築造と考えられる方墳5基(4基?)で構成されています。大井川水系によって形成された、沖積地(大井川平野)の小川(こがわ)微高地上(標高約3m)に立地。昭和57年
静岡県静岡市清水区(旧清水市)草ヶ谷(くさがや)の庵原城(いはらじょう)は、戦国時代に今川氏の重臣 庵原氏が築城したといわれています。別名は城山(しろやま)、庵原山城(いはらやまじょう)。新東名(第二東名)高速道路建設のため、庵原城跡の南側半分で発掘調査が行われまし
静岡県静岡市駿河区向敷地(むこうしきじ)の曹洞宗 大窪山 徳願寺には、駿河国守護 今川義忠(いまがわ よしただ)の正室 北川殿の墓(五輪塔)があります。北川殿は、今川義元(いまがわ よしもと)の祖母です。奈良時代の養老元年(717年)、徳願寺は真言宗の寺院として創建。
静岡県静岡市駿河区丸子(まりこ)の丸子城(宇津谷城、三角城)は、室町時代の応永年間(1394~1428年)に駿河国の守護大名 今川氏の家臣 斎藤安元が築造しました。室町時代末期(戦国時代)の永禄11年(1568年)、駿河(静岡県中部)に侵攻した甲斐(山梨県)の戦国大名 武田信玄(たけ