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ウメダ・タローのエンタメな人々 https://blog.goo.ne.jp/baku1313

だからエンタメな話はやめられない

今人気のエンタメな人々や、かつて一世を風靡したエンタメな人々を、似顔絵を交えて紹介しています。

ウメダ・タロー
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中央区
出身
新居浜市
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2011/01/11

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  • 当世おネエキャラ列伝 その4

    にほんブログ村山咲トオルそう言えば、最近オネエキャラのタレントで、お茶の間からすっかり姿を見せなくなった人がいる。そう、山咲トオルである。山咲の本職は漫画家だが、少年の頃はアイドル歌手志望であったらしく、カラオケのイメージビデオに出演したり、オーディションにも数々挑戦したようだ。山咲は、アイドルの中でも特に松田聖子の大ファンであり、松田の振り付けや物まねを得意としていたという。また、岡田有希子の熱烈なファンであったため、岡田の自殺報道の直後は学校を数日休むほどショックを受けたと言う。実姉の中沢初絵も元アイドル歌手で、ヒット曲などは無かったが、近頃は故郷沖縄でテレビやラジオのレギュラーを抱えているらしい。恐らく、山咲はそんな姉からの影響を強く受けたに違いない。そんな山咲だが、自らオカマと名乗るも恋愛対象はあくまで...当世おネエキャラ列伝その4

  • 東日本巨大地震の発生につきまして…

    東日本巨大地震の発生につきまして…被災地の皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の皆様のご無事と一日も早い復興をお祈り申し上げます。ウメダ・タロー東日本巨大地震の発生につきまして…

  • 当世おネエキャラ列伝 その3

    にほんブログ村楽しんご楽しんごは子どもの頃、なよっぽくて女の子みたいだったため、不良グループからよくイジメに会っていたという。時には傷害行為さえ受けたらしく、心傷つけられた日々を送っていたみたいだ。しかし、高校生になってからは様々なオーディションを受けるなどして活発だったが、卒業後は石油会社に就職。夜になると女性になりすましてキャバクラなどで働いたのだという。今や「ラブ注入~♡」でお茶の間の人気者になってはいるが、ここに至るまでには涙無しでは語れないエピソードが数多くあるようだ。そんな楽しんごが、芸能活動以外に整体師としての肩書きを持っていて、予約が殺到していると言うから繁盛しているのが伺える。一説によると芸能活動でのギャラは月十数万円ぐらいで、整体の仕事でン百万円あるのだから、“楽しんご”を本職の広告にしてい...当世おネエキャラ列伝その3

  • 当世おネエキャラ列伝 その2

    にほんブログ村KABAちゃんKABAちゃんは熊本県の高校を中退した後、ニューヨークに単身で渡米してハリウッドスターが通うダンス教室で学んだそうだ。現在は振付け師として活躍しているが、96年に三人組のダンスユニット・dosのメンバーとして『ASAYAN』(テレビ東京)からデビュー。ちょうどその頃、話せばオネエ言葉と女っぽい態度になるため、事務所から度々注意されていたという。しかし、02年にバラエティ番組で自分がゲイであることをカミングアウト。それ以降はバラエティのレギュラーとして仕事が増え、お茶の間に登場することになった。そんなKABAちゃんだが、最近あまりTVに出なくなっているので調べてみると、どうやら事務所を度々移籍するのが原因らしい。それとオネエキャラのタレントが増えているために仕事が減っていると考えられる...当世おネエキャラ列伝その2

  • 当世おネエキャラ列伝 その1

    にほんブログ村クリス松村フィットネス・インストラクターを本職に持ち、おネエキャラでタレント活動をしているクリス松村。見た目はどちらかというと筋肉モリモリの厳ついおっさん(失礼!)だが、心は好きな男性にひたすらつくす従順なタイプなのだとか。ちょっとパンツェッタ・ジローラモに似ていると思うのだが、私の気のせいだろうか?サイトで調べてみると、クリスがゲイに目覚めたきっかけは小5のとき。同級生の父で俳優の故・田宮二郎と握手をしてからだという。その時から、長身で手の大きな白シャツの似合う男に胸がときめくようになったらしい。そんなクリスは良家の出らしく、祖父が元代議士を務め、父は外交官なのだそうだ。その影響のためなのか、出身がオランダのハーグで、子どもの時から海外での生活が多かったようだ。お茶の間に登場するきっかけとなった...当世おネエキャラ列伝その1

  • やがて哀しきピン芸人 その5

    にほんブログ村小島よしおそんなの関係ねぇ!でもやっぱり関係ねぇ!おっぱっぴ~…って、「早稲田大学教育学部国語国文学科卒業」の肩書きを持ちながら、一切のプライドを捨てて(?)ピン芸人になった小島よしお。筋肉質な身体にパンツ一丁と、たった一つのギャグだけで、裸一貫一世を風靡したのだから大したものだ。去年までは、お笑い番組をはじめとした映画やドラマに出演し大活躍していたが、今年に入ってその姿は全盛期より見る事が少なくなった。たまに持ち前の博識をいかして、クイズ番組に出ているようだが、本職としているピン芸がいま一つパッとしない。そんな小島だが、日本能力漢字検定準1級の資格を持っており、いつかはその才能をいかした職業に就くのかも知れないと、私は勝手に想像するのだが、やっぱり小島はパンツ一丁で、そんなの関係ねぇ!でもやっぱ...やがて哀しきピン芸人その5

  • やがて哀しきピン芸人 その4

    にほんブログ村ムーディー勝山右からやあってきたあ~いきなりやあってきたあ~僕はそれを左へ受け流すう~白いタキシードと黒の蝶ネクタイ。そしてコテコテのポマードとキザなちょび髭がトレードマークのムーディー勝山。自己流のムード歌謡らしき歌を披露し、昭和のキャバレーステージを想像させる。彼こそ、疾風のように現れて、疾風のように去って行った一発屋の中の一発屋だと太鼓判を押せるピン芸人だと思う。全盛期は着うたダウンロード数が210万件以上もあり、携帯電話向けのコンテンツで2億円以上の売上げを記録したことがあるという。そんな勝山の近況を調べてみると、昨年100組満員の単独ライブのチケットが、1週間で3枚しか売れなかったのだから、悲惨と言うほかない。まさに、いきなりやってきた~あっという間に去っていった~お茶の間の人はそれを受...やがて哀しきピン芸人その4

  • やがて哀しきピン芸人 その3

    にほんブログ村ギター侍・波田陽区「うしろすがたのしぐれてゆくか」は、かの山頭火の俳句である。心なしか、お茶の間から去り行くピン芸人のためにこの俳句が詠まれているかのように思えてならない。着流し姿のギター侍・波田陽区もその一人ではないだろうか?波田は、04年に『エンタの神様』(日本テレビ系列)で「ギター侍」のネタを披露してお茶の間の人気者に。しかし、05年の正月にかけてのTV出演がピークだったという。一説によると、全盛期に波田の月収は2800万円だったとか。だとすれば、一年間売れたとして、3億3千600万円の収入になるではないか!年収500万円のサラリーマンが汗水流して30年間働いても1億5千万円にしかならない。そういう意味では、一発屋でしこたま稼ぐだけ稼いだのだから恵まれているではないか!就職難のこのご時世、大...やがて哀しきピン芸人その3

  • やがて哀しきピン芸人 その2

    にほんブログ村ヒロシピン芸人と呼ばれる芸人のほとんどは、一発屋でその幕を下ろし芸能界から去っている。「ヒロシです」で売ったあの人もまた、その類いの人だと思う。ある日、ヒロシがお茶の間に登場し、多くの人を笑わせてきたが、お茶の間の人々はこの人はしばらくすれば消えて行くだろうと、誰もがそう思ったに違いない。(しかもそれは人々の潜在意識となって…)一発屋は、その言葉通り一発のみで終わるのである。二発、三発とまではいかない。その昔、私が子どもの頃に流行った「夢もチボーもないね」の東京ぼん太だって、唐草模様の風呂敷包みを背負ってお茶の間の人気者になったが、いつしか一陣の風のごとく消えていた。一発屋で生き延びることの難しさを感じざるを得ない…。やがて哀しきピン芸人その2

  • やがて哀しきピン芸人 その1

    にほんブログ村モンキッキーおさるの芸名で、大学の同級生だったコアラとコンビを組み、「アニマル梯団」でお笑い界にデビューしたモンキッキー。最初は確かに人気があったはずだ。そして将来も楽しみにされていた。ところが、コアラが女優の三原じゅん子と結婚し、事務所を移籍したことでコンビを解消。その後おさるはピン芸人として独り立ちしたのだった。最初は持ち前の運動能力のおかげで『スポーツマンNo.1決定戦』や『SASUKE』でかなりの実績を上げて来たはずだ。しかし!である。本業の方が鳴かず飛ばずのおさるに対して、細木数子の助言で〝おさる〟から〝モンキッキー〟に改名。これが離れて行くファンの心に拍車をかけたのかどうか知らないが、モンキッキーはお茶の間からご無沙汰しているようだ。サルものは追わずとはこの事か…そして戻って来いとは誰...やがて哀しきピン芸人その1

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