『短編小説』 旅立つ僕らを包むもの
旅立つ僕らを包むもの1突然のメロディー。それは繁華街からの無数の声だ。その声は時として私を手招き、何処か新たな場所へ連れ出してくれる。けれど、今聞こえてくるそのメロディーは決して私へ向けたメッセージではなかった。それは煌びやかな者達に向けた声だ。深夜過ぎの新宿で薄汚れたコートの女になど誰も声をかけない。もし逆の立場だったら私だってそんなことしたくない。私はスーパーで大量に積まれた賞味期限目前の牛乳パック。あるいは卵かもしれない。いや――よそう。私の方でも手招きを待っているわけではないのだから。また加速する声を背に私は歩き出す。此処に居てはいけない。何処か、少しでも落ち着ける場所に行こう。これ以上この場所に留まるのはあまりに惨めだ。歩き出した私に内側から声がかかる。「ねえ、一体何処まで行けば気が済むの?」「わから...『短編小説』旅立つ僕らを包むもの
2011/06/15 19:07