■鉄の匂い160■
所長はこの朝、食卓には付かなかった。長女と次女と『僕』だけの、会話が弾まない朝食。つとめて明るく振る舞う次女がお代わりを装いに立ったのを見計らい、眉間を揉みながら長女が口を開いた。「見たのね」大きく溜息をついて長女は続けた。「お願いだから騒がないでね。みんな知ってることだから。みんなが黙認してることだから」戻ってきた次女は『僕』と一切目を合わさず、ハムエッグの半熟卵黄をトーストで突(つつ)いていた。「これが良いとは思っていない。でも家族の事情に正解ってあるのかしら。もしあるとしても、その判断を下すのは私たちであって貴方じゃあない。これまでの経緯や関係を知らない人に批判されるのは嫌(いや)。無責任に掻き回されるのはもっと嫌(いや)」長女も父から性的洗礼を浴びせられているのだと確信した。「全てが一気に解決できるのな...■鉄の匂い160■
2019/04/29 23:21