その35 わたしたち

その35 わたしたち

「わたしたち」松本先生と中村君の関係は、特殊である。二人の年齢はひと回り以上離れているが、日が経つにつれ、ゆるやかに先生と生徒と言う関係が変容してきている。出会った場所がたまたま学校で、最初の関係が先生と生徒だったというだけである。二人は定期的に会い、それぞれおススメの本を紹介しあう。簡単な本の感想を話す。本屋や図書館で面白い本に出会うとお互いの顔が浮かぶ。それだけであるが、そのような関係を続けていると、おススメの本を通じて、おのおのが持っている固有の個を少しずつ共有し、お互いの個がめいめいの中に浸透して行く手応えがあった。いつの日だったか、松本先生から「先生という呼び方はやめよう。そもそも私は先生じゃなくて司書だし。」と言われてから、中村君は彼女の事を「松本さん」と呼ぶようになった。そして、中村君として...その35わたしたち