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プロフィール
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志村建世さんのプロフィール

住所
中野区
出身
北区

時事評論、随想日記を綴るとともに、創作を連載の形で発表する場としても利用しています。過去作の詩集「愛それによって」単行本「おじいちゃんの書き置き」「あなたの孫が幸せであるために」も、全文を掲載しています。現在連載中の著書は「少年期の戦中と戦後」です。  「ブログ連歌」は07年10月から始めています。誰でも自由に投句してください。エンドレスに続けてギネスに挑戦です。

ブログタイトル
志村建世のブログ
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/
ブログ紹介文
多世代交流のブログ広場
更新頻度(1年)

141回 / 365日(平均2.7回/週)

ブログ村参加:2006/07/30

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志村建世さんの新着記事

1件〜30件

  • 87歳のいま書いて置くべきこと(4)

     前にも書いたことがあるが、私の前半生は「戦うための少国民」として育った。物心ついて最初に聞かされたのは、戦地での勇敢な兵隊さんたちの活躍の話だった。優しい性格だった母親も、講談社の絵本の後ろの方についていた読み物の部分を読んでくれるときには、その内容は

  • 純和風伝統的マスク姿になってみた

     作今のマスク流行りで、子供のころの「大掃除」を思い出した。戦前戦中から戦後すぐのあたりまでは、隣近所が一斉に行う「大掃除」というものがあった。ウィキペディアによると年末に行うものとされているのだが、私の記憶では、あまり寒い時期だったという印象がない。大

  • 西空の雲に入る夕日

     午後5時25分頃、西空の雲に入る夕日を見た。なぜか「自分がいなくなる日」のことを予感した。明日が秋分だから、この日の沈む方角が、たぶん真西になるのだろう。人が死ぬのは、新しい生命に場を譲るための代謝の一部分である。 私は母親によってこの世に生を受けた。そ

  • 87歳のいま書いて置くべきこと(3)

     私が後に伝えるべきと信じている記憶に、戦争と空襲の体験がある。というのは、小学校の同期生150人ほどの中でも、実際に焼夷弾の火の雨をくぐった経験があるのは、私一人だけなのだ。これは当然で、当時は三年生以上の児童は、東京にいてはいけないことになっていた。学校

  • 「変わって良かった」で支持率65%か

     朝日新聞の世論調査によると、新しい菅内閣の支持率が65%と出たそうだ。これは過去二度の安倍内閣をも上回って、2000年以降では、小泉内閣(78%)、鳩山内閣(71%)に次ぐ3番目の高さになるという。 まだ何も実績のない「期待値」の高さだろうが、その前提には、史上最長

  • 87歳のいま書いて置くべきこと(2)

     話は少しさかのぼるが、支那事変と呼ばれた日中戦争は、1937年(昭和12年)から始まっている。 その前触れとなる日本軍による中国東北部(当時は「満州」と呼ばれていた)への進出は、1931年から始まっており、1932年には、日本の傀儡政権である「満州国」の成立が宣言さ

  • 立体講談「はだしのゲン」の迫力

     昨日は下北沢のフラワーズロフト(ロフトビルB階)を会場として行われた「立体講談・はだしのゲン」を鑑賞してきた。例によって、いつどんな経路で情報を得たかは思い出せないのだが、だいぶ前に申し込んで、番号16番の予約を済ませてあって、期待以上の、迫力ある個性的な

  • 87歳のいま書いて置くべきこと(1)

     自分の年齢を考えると、よくもここまで生きていたものだと思う。私が生まれたのは1933年で、これは日本年号だと昭和8年になる。成長して小学校二年生になったのが1940年(昭和15年)で、これが皇紀二千六百年だった。皇紀とは戦前の歴史教育では、神話の神武天皇が即位して

  • 棚引く夕雲

     日没後の夕空に、棚引くような雲が現れた。きょうも暑い日だったが、夕風はやや涼しい。これも秋の気配なのだろう。空を見てものを思うのは、夕方でなければならない。朝には、こんな時間はない。 私の母も晩年には夕空を眺めていた。箱根の山荘で、長尾峠の先の富士山の

  • すぐ死ぬんだから

     この写真を使って、昨日アップしたつもりのブログが、私としても珍しいミスで、丸ごと消えてしまった。一度書いたことは、たいていは覚えているものだが、その記憶もあまり信用できなくなってきた。ただ、「すぐ死ぬんだから」というフレーズが記憶に残っている。そこで新

  • 「としまえん」と私

     東京都練馬区にある「としまえん」が、本日31日をもって閉園するとのことで、昨日の朝日新聞には、見開き二面を使った巨大広告が出ていた。私には意味のわからない広告なのだが、娘たちには「わかる人にはわかるんだよ」ということだった。 豊島園は、私の子供のころから

  • 岩波新書「新型インフルエンザ」を読む

     数日前に書店で見かけて買った「新型インフルエンザ~世界がふるえる日」だが、本当に「時代を先読みした」本であるのが、手にしてみてわかった。まず、この本は2006年9月が初版の発行日だから、作今の「新型コロナ」とは無関係な時期に書かれている。また、著者は政治家

  • 新聞で知る「アベ後」の顔ぶれ

     昨日の夕刊を見て、「ああ、そういうことなのか」と、改めて認識させられた。安倍首相の退陣のあとは、こういう人たちの中から次の「総理大臣」が選ばれるのだ。アベ退陣は、政権交代でもなんでもない、自民党内のトップが交代するだけのことだと、改めて認識させられた。

  • 次の首相はどんな人?

     新聞報道によると、安倍首相の後任人事は、来月に開かれる国会での「首班指名」で決まるらしい。それまでは安倍首相が現職に留まることになる。総理大臣というのは国権の代表者だから、一日たりとも不在空白にはできないのだそうだ。大平正芳氏が1980年(昭和55年)の「ハ

  • 以外に早かった安倍辞任

     安倍首相の辞任が、意外に早く決まった。病院での検査など、健康不安説が表面化してからの展開は早かった。つい先日、政権担当期間の長さで、史上最長になったというのが、意外にも引退の花道のようになってしまった。 とはいうものの、所詮これは自民党内の人事の問題に

  • ブログ連歌(551)

    10999 にわかにも 野党再編 流動し 11000  夏雲の果て 雷雲起こる (建世)

  • 安倍長期政権と「野党の不在」

     昨日の新聞に、安倍首相の在職日数が、日本の憲政史上で最長の2799日になったと出ていた。佐藤栄作、吉田茂、小泉純一郎、中曽根康弘といった、名だたる政治家たちを上回ったということだ。これは7年半あまりの長さになる。さらに、安倍氏には、2006年9月に史上最年少の5

  • アメリカ「進駐軍」の実像

     以前にも書いているが、昭和20年(1945年)の終戦時に、私は12歳の国民学校6年生だった。戦争に負けた経験のない国が降伏したのだから、負けた国がどうなるかについて、具体的なイメージを持てる者は誰もいなかった。学校に駐屯していた通信隊の古兵は、大陸での経験があ

  • 空襲と火事とは違う

     終戦日の前後に、ひとしきり空襲の記憶が語られるのも散見した。当時の私が国民学校(小学校)6年生だから、記憶に残している経験者は、ほぼ80歳以上になっていると見ていいだろう。これから「語り部」は加速度的に減少して行くことになる。 私も出身の小学校で話をさせ

  • ブログ連歌(550)

    10979 口惜しくは あれど内心 安堵せり10980  わが家は焼けず 戦争終る (建世)

  • 猛暑「40度超え」の時代

     昨日の最高気温は、40度を上回った地域もあったとニュースで報じられていた。今日もまた朝のうちから、それくらい暑くなりそうな気配になってきた。気温が体温を上回ったら、扇風機をかけたら余計に体が熱くなるのだろうか。やってみたことはないが、たぶん気化熱で涼しさ

  • 75年目の8月15日

     終戦の8月15日が、もう75年も前のことになった。この日を知らずに育った人の方が、ずっと多い時代になっているに違いない。このとき、私は12歳の国民学校6年生だった。この年は、学校の夏休みはなかった。というよりも、東京都内に3年生以上は居てはいけないことになっ

  • 2020.8.13東京で虹が出た……虹立ちて

     2020年8月13日17時30分、東京中野区野方1丁目の自宅屋上で撮影。久しぶりに虹を見ました。かなり長く、15分間ほど出ていたようです。外側に、もう一本の薄い虹も出ています。こちらは色の順番が逆になります。これを英語圏ではダブルレインボウと呼び、幸運のシンボルとさ

  • 民主主義に抵抗した75年前の私

     あの年、つまり太平洋戦争が終ってから、今年は75年目になるのだそうだ。一世代30年と考えると、すでに二世代半が経過したことになる。戦争や空襲を知っている世代は、この先ますます少数派になって行くのだろう。 私も育つ間は、ずっと「軍国少年」の一人だった。そうい

  • マレー沖海戦と日本海軍の「武士道」

     8月になって戦争関係の記事が多くなっているためか、ネット上でマレー沖海戦の記録を、少しまとめて読んでいた。太平洋戦争の開始、1941年12月に、私は国民学校の2年生だった。朝からラジオで臨時ニュースがあり、私が起きたときは、家中がもう異様な興奮状態になっていた

  • 8月の記憶

     今年も8月になった。この国にとって、8月はやはり特別な季節なのだと思う。明治から続いていた「大日本帝国」が、いまの「日本国」になったのは、事実上、この月が境目になるからだ。当時、私は12歳の国民学校6年生だった。8月15日に何があったかは、今でもよく覚えて

  • 定期健診に行ってきた

     ほぼ8~9週間ごとにやってくる、警察病院呼吸器科への定期検診に行ってきました。今回はレントゲン撮影なしで、採血検査だけの番でした。服薬は朝一回の、3種類2錠ずつの抗菌剤の服用だけが続いています。自覚症状は、何もありせん。 いつも通りの手順で、朝からほぼ

  • 「ライフ・アフター・ライフ」を読んだ

     少し前に新聞広告で見かけ、「ライフ・アフター・ライフ」というタイトルに魅了されてしまった。人生にも、一つ終ったと思ったら、次の人生があったりするのだろうか。反射的に連想したのは、「分け入っても 分け入っても 青い山」という山頭火の句だった。(ただし私は

  • みな東京さ行ぐな

    (熊さん)「Go・Toキャンペーン」とかで、旅に行きましょうなんて呼びかけてたけど、結局は「東京へは行きません」「東京からも行きません」になったみたいですね。(ご隠居)そりゃそうだろうって、今の状況で、わざわざ危ない旅をしようなんて思う人がいるかいな。ちょ

  • 夏至に近かった夕日

     少し前のことになるが、先月28日に撮った夕日の写真である。今年の夏至は6月21日だったから一週間遅れだが、日没の位置は、たぶんあまり変わっていないだろうと思う。太陽の日没位置の移動は、春分・秋分の近くでは急ぎ足だが、夏至・冬至の近くでは、ゆっくりになるから

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