searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

cancel
プロフィール
PROFILE

daishiさんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
天台太子
ブログURL
https://seimin.hatenablog.com/
ブログ紹介文
天台宗と聖徳太子のお勉強ブログです。
更新頻度(1年)

41回 / 74日(平均3.9回/週)

ブログ村参加:2020/05/01

本日のランキング(IN)
読者になる

新機能の「ブログリーダー」を活用して、daishiさんの読者になりませんか?

ハンドル名
daishiさん
ブログタイトル
天台太子
更新頻度
41回 / 74日(平均3.9回/週)
読者になる
天台太子

daishiさんの新着記事

1件〜30件

  • ブッダ物語30 ビンビサーラ王、舎利弗と目連1

    ブッダ教団が広がるもう一つの要因は、ある王の帰依である。 マガダ国のビンビサーラ王は、以前、ゴウタマに宗教生活をあきらめるよう説得した人物である。 旅の途中ブッダは、マガダ国の首都ラージャガハに到着した。 ブッダが都に来たことを聞いたビンビサーラ王は、多くのお供えを持って彼を訪ねた。 王は、ウルヴェーラのカッサパが、今やブッダの弟子になっていることに驚いた。 これらのことから、当時のバラモン達がブッダ教団に脅威を抱き、敵対したことが予想される。 王はブッダに帰依し、後に、竹林の園(竹林精舎)を寄進している。 ブッダは、雨季の間、どこか気に入った場所を探し、瞑想にふけるのが常であった。 これを安…

  • ブッダ物語29 遊女とカッサパ三兄弟

    ブッダは、まず鹿園からウルヴェーラまで、ゆっくりと旅をした。 その途中、とある森で休もうとすると、たまたま一団の人々がそこで遊山を楽しんでいた。 三十人の男はそれぞれに妻を伴っていたが、その中に一人だけ、遊女を連れた者がいた。 この遊女は誰にも気づかれずに連れの男の荷物を盗むと、逃げてしまった。 やがて、盗みが発覚し、皆は遊女を探しに出かけた。 あわただしく探し回っているうちに、木の下に座っているブッダに出会った。 これまでの出来事を説明し、遊女を見かけなかったかたとたずねると、ブッダは答えた。 「女性を探し求めるのと、自己を発見するのとではどちらが大事だと思いますか」 おそらく、この答えは意…

  • ブッダ物語28 戒、ヤサの出家、僧団の拡大

    五人の苦行者がブッダに帰依した後、僧団は急速に拡大した。 以前ブッダと共に修行した彼らが僧団生活に入ることに不思議はないが、その後は、そのような経験がない者達が、僧団に入ったことは注目される。 僧団では共通したルール(戒)が定められていた。 それは、具足戒(ぐそくかい)と言われ、男性修行者(比丘・びく)は二百五十戒、女性修行者(比丘尼・びくに)は、三百四十八戒が科せられた。 ちなみに、僧団に加わったばかりの見習い僧(沙弥・しゃみ)は、在家仏教徒が守るべき五戒に加えて、(1)装飾品や香で身を飾らないこと、(2)歌や舞踊を楽しまないこと、(3)広くて高い寝台で休まないこと、(4)正午以後に食事をと…

  • ブッダ物語27 八正道

    出家者が避けなければいけない両極端がある。 一つの極端は感情、愛欲のおもむくままに生活すること。 もう一つは、自分自身を痛めつける苦行である。 これらの二つはブッダが実際に経験したことであり、これらに変わる悟りへの実践が、八つの正しい道(八正道)である。 それは、正しい理解(正見)、正しい思考(正思)、正しい言葉(正語)、正しい行為(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい注意(正念)、正しい精神集中(正定)の八である。 正しい理解(正見):人生をあるがままに見ること。生存の本質を悟ること。 正しい思考(正思):清らかな心。 正しい言葉(正語):うそ、陰口、噂話などをしない。 …

  • ブッダ物語26 初転法輪、四聖諦

    ブッダは布教活動をはじめた。 まず初めに、かつて師であるアーラーラ・カーラーマの元に向かった。 しかし、アーラーラ・カーラーマはすでにこの世にいなかった。 また、ラーマの弟子のウッダカも亡くなっていた。 ついに、ブッダは五人の友に会いに鹿野園(ろくやおん)に向かった。 彼らは、禁欲生活に我慢出来ず、安楽な生活の誘惑に負けたブッダを無視しようとした。 しかし、ブッダが彼らに近づくにつれ、彼らはブッダの変化に気づき始めた。 これまで見たことの無い彼の姿に彼らの敵意は知らず知らずのうちに消えていた。 そして、彼らは、ただちにブッダに挨拶に行き、一人が恭しくブッダの鉢と衣を取り、もうひとりは座席を整え…

  • ブッダ物語25 四禅定、三明、最初の弟子

    ブッダが悟りを得たときの瞑想の過程には四つの段階(四禅定)があったとされている。 第一は、欲望と不善を離れることにより、探求し、思惟しつつ、心を一点に集中する初善という段階である。 第二は、探求と、思惟という雑念を離れて、第二禅に入る。そこには、喜と楽とがあり、心の静けさと集中がある。 第三は、喜を捨てて、心が平等で集中された第三禅に入る。そこには、正しい注意と知識とがあり、身体に楽を感じる。 第四は、楽も苦も離れて、平等で、浄らか心の集中だけが残る。 その四つの瞑想の次には、三つの能力が得られた。 まず、過去を見通した。(宿命通) 次に、未来を見通した。(天眼通) そして、最後に、すべての煩…

  • ブッダ物語24 最後の食事、そして悟り

    ブッダが長年求めてきた目的に達する時がきました。 ブッダは、スジャータから供物を受け取ると、ネーランジャラー川へ行き、岸辺にその器を置いて、沐浴のために川に入りました。 それから、岸辺にもどって座り、膝の上に器を置くと、菩薩(ぼさつ・悟りを開く前の姿)として最後の食事を取り始めました。 最後の食事を終えると、手を洗い、器を水に浮かべて言いました。 「もし、今日、私が悟りをひらくなら、この金の器が川上に向かって流れますように」 すると、器は川上へと流れて行きました。 それから、一日ブッダは岸辺の森でくつろぎました。 夕方になると、ブッダは立ち上がり、菩提樹(ぼだじゅ)に向かって歩き始めました。 …

  • ブッダ物語23 スジャータの粥

    ひとり残されたブッダですが、その肉体は再び本来の黄金色をとりもどし、ブッダになるべき運命を示す三十二の特徴(三十二相)がはっきり現れるまで、体力が戻りました。 そのころ、そのあたりにスジャータという金持ちの娘が住んでいました。 彼女は、たまたま身ごもっており、もし男の子が生まれたら、近くのバンヤンの木の神に特別なご馳走をお供えしますと誓いを立てていました。 バンヤンの木は、太古からインドでは神聖な木とされていたのでしょう。 やがて、スジャータは男の子を出産しました。 そして、そのお礼として、神に捧げる特別な食物の儀式が始まりました。 まず、百頭の牛の乳を搾り、これを五十頭の牛に飲ませます。 そ…

  • ブッダ物語22 苦行

    十分な師を得られなかった一行は、ウルヴェーラーという所にいたり、そこで、師の力を借りず、自力で悟りを開こうと決心しました。 肉体を痛めつける修行法は、これまで、多くの人々によって、各地で実践されているものでした。 彼は、まず節食(せっしょく)から始めました。 最初は一日一食にし、それから徐々に二日に一食、三日に一食と減らしていきました。 やがて、食物を乞うのはやめて木の実、草の根、植物の葉など粗末な食事をとりました。 その結果、かつて健康だったブッダのたくましい体は痩せ衰え、皮フはしわだらけになり、目は落ちくぼみ、ひどい苦痛と飢えに苦しみ始めました。 それでも、彼は、息を長い間止める修行をし、…

  • ブッダ物語21

    ブッダと五人の仲間は、師を探しました。 まず、有名な師の一人、アーラーラ・カーラーマと呼ばれる者がいました。かれの目指す究極の目標は、ある段階の瞑想に達することです。それは、何も存在しないとする無の境地です。漢訳では、無所有処定(むしょ・うしょじょう)と言われます。あらゆるものが無いという意味です。 ブッダたちは、まず彼の元に入門しました。ブッダは修行に明け暮れたすえ、アーラーラはもうブッダに教えることはないと彼に告げました。 「おまえは、もう私と同様の境地に達している。ここに留まり、弟子たちの育成を手伝ってくれないか」と申し出ました。 ブッダは言いました。「老いや、病気、死から逃れる方法はな…

  • ブッダ物語20 六師外道

    ブッダは、師を求めました。これは、苦からの解放を求める修行者の通例の行動です。 当時のインドは、多くの弟子を持つ教団がすでにありました。 有名な指導者として、六師外道(ろくし・げどう)がいます。 外道(げどう)という呼び名は、現在では良い響ではないですが、本来はただ仏教徒以外の人を表す言葉であり、蔑称ではありません。 つまり、ブッダとは異なった考えをもつ六人の指導者の意味です。 教団としては、アージーヴァカ派(3人)、ローカーヤタ派、ジャイナ教、不可知論者の四派に分けることが出来きます。 アージーヴァカ派の「アージーヴァ」とは、「生活の仕方」を意味します。この派の代表は、ゴーシャーラーで、宿命…

  • 漢文物語2

    漢文は、原漢文(げんかんぶん)といって、本来、点も、丸も、送り仮名も何も付いていません。 ですから、どのように読むかは、自身でマークを付けます。 たとえば、三番目にある漢字の次に、二番目にある漢字を読む場合は、 レ点というものを付けます。 これは、「返り点」といって、前の漢字に戻るという記号です。 これは「れてん」とは読みません。「かりがね点」と読みます。 「レ」が、鳥の雁(がん、かりがね)の飛ぶかっこうに似ているからです。この他にも、遠く離れた漢字に返る時に、「一二点」(いちにてん)、 「上・中・下」「甲・乙・丙・丁…」「天・地・人」などありますが、これらはほとんど使いません。 というか、「…

  • 漢文物語1

    漢文は、主語がなくても成立します。 例えば、 千慮一失(どんな立派な賢者でも、一度ぐらい間違いがある) とありますが、これは、「千慮に一失あり」と読んで、「千慮に」は主語ではなく、副詞です。ですから、この文に主語はありません。 私たちは英語の勉強をした癖で、つい、主語を探してしまいます。(そんなにしてませんが笑) 日本語の「てにをは」はよく出来た助字で、 「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが、住んでいました」 の「が」によって、おじいさんとおばあさんが主語であることが分かります。 次に、 おじいさんは山へ、おばあさんは川へ と、この「は」おじいさんとおばあさんを区別する「は」…

  • 音博士(おんはかせ)

    どうも、『日本書紀』の謎を解くには、音博士という当時の言語学の先生がキーワードのようです。 私たちが、外国語を学ぶとき、読む、聞く、話すが修得できることを目的とします。 英検などもそうですね。 この中の、「読む」ときには、訓点というものがあって、漢文に「てにをは」を補って読みます。 「聞く」ときには、ネイティブスピーカー、つまり、現地の言葉をそのまま、インターネットなどで聞いて耳にならします。英語の映画を吹き替え無しで聞くのも訓練になりますね。 次に「話す」ですが、話すには、発音とアクセントが大事です。 つまり、音博士はこれらすべてのことを指導する先生です。 それで、昨日の「声点」ですが、教科…

  • 日本書紀の謎を解く2

    一番、大事なことを書くのを忘れていました。 この本は、『日本書紀』の内容を三つに分類出来ることが書かれています。 つまり、別々の作者がいて、一人で書かれたものではないということを書いています。 著者は、『日本書紀』全三十巻を、β郡、α郡、巻三十の三つに分けています。 なんで、こんなややこしい表記の仕方をするのかは分かりません。A、Bでええやん。 で、β郡は、 和化漢文といって、日本人が書いた漢文で書かれています。 α郡は、中国原音で書かれています。つまり、中国人が書いたものです。 それで、巻三十はどちらか区別できないとのことです。 これを論証するのに、文法とか、語順とか、アクセントとか、いろい…

  • 日本書紀の謎を解く1

    『日本書紀の謎を解く』を読み終えました。 いや〜最高でした。めちゃめちゃ勉強になりました。 聖徳太子の勉強で、『日本書紀』を読むのですが、「何でこんな読み方するの?」とずっと疑問に思っていました。 厩戸豐聰耳皇子(うまやどの・とよとみみの・みこ)って、、、 こんなん普通読めんやろ! この読み方や語句の意味についての講義は、すでに平安時代に行われていたそうです。 つまり、当時から、限られた人しか読めなかったのですね。 それらは、「書記の古訓」といわれ、鎌倉時代に『釈日本紀』(しゃくにほんぎ)として集大成されたそうです。 そして、『日本書紀』の現存最古の写本として岩崎本というのがあり、なんと、それ…

  • ブッダ物語19 コンダンニャとの再会と苦行の始まり

    王子は、さすらいの旅を始めました。 このような人は、当時のインドでは珍しくないそうです。 王子は、食べ物を乞い、どこにでも寝泊まりするごく当たり前の修行生活に入りました。 人々は、王子を、聖者、苦行者、また、王子をよく知る人は、ガウタマと姓で呼びました。しかし、本当の素性(すじょう)を気づく人はいませんでした。 王子の正体が知られるようになったのは、彼がマガダ国の首都、ラージャガハ(現在のビハール州のラージギル)へ行った時でした。 王子の品に溢れた身のこなしは、きっと目立ったに違いありません。 ある人は、ビンビサーラ王に彼のことを告げました。 「王さま、ガウタマという苦行者は、大変魅力的で、礼…

  • ブッダ物語18 旅立ちとカンタカ

    王子が侍者チャンナと共に、カピラ城を静かに抜け出したのは、真夜中のことでした。 王子は、はじめて、立ち止まり宮殿を振り返りました。彼が生まれ育った地のすべての知人や肉親が住む宮殿は、月明かりの中に寝静まっていました。 夜通し馬を走らせ、ふたりは、シャカの国と、マガダの国の国境を流れるアノーマー川(Anomā)にたどり着きました。川を越えると王子は馬を降りました。 それから、上等な絹の服を脱ぎ、チャンナに手渡し、馬のカンタカとともにカピラ城に持ち帰るように命じました。 そのような、衣服は苦行者にはふさわしくないからである。 そして、王子は、長い髪をみずから剣で切り落としました。 最後にオレンジ色…

  • ブッダ物語17 決意

    シュッドーダナ王は、ブッダを引き留める最後の手段として、孫ラーフラの誕生を祝う華やかな祝宴を用意しました。 国中から、歌手や踊り子が招待され、この上ない豪華な食事が用意されました。 夜がふけるにつれて、王子はうたた寝を始めました。 やがて踊り子もそれに気づき、休むことにしました。そして、彼らもぐっすりと眠りについたのです。 目を覚ました王子は、先ほど自分を楽しませていた人たちが、全員まわりでぐっすり寝ているのを見て驚きました。 なんとその姿の違っていたことか。 しとやかで美しい踊り子や歌手は、今は椅子や長椅子の上でだらしなく、大の字になって寝そべり、大きなイビキをかくものもいれば、獣のように歯…

  • ブッダ物語16 息子ラーフラ

    沙門を見て感動した王子は、今度は、宮殿に戻らず、物思いにふけりながら馬車を走らせ、旅の目的地にしていた遊園にたどり着きました。 そして、考えました。 「私は、あの苦行者のようにならなければならない。今日、この日、私も出家しよう。 そして、うわべだけの快楽では気づかなかった苦からの解放を探し求めよう。」 やがて、王子は散歩に飽きて、木陰に腰をおろしました。 そこへ、使者が吉報をたずさえ、馬を走らせ、やって来ました。 ヤショーダラ王妃がたった今、男の子を出産したのです。 しかし、ブッダはその知らせを喜ばす、がっかりして聞きました。 そして、 「また、一つ、私を縛り付けるものがふえた!」 王子は息子…

  • ブッダ物語15 沙門

    第四のサインで出会った苦行者、つまり、沙門(しゃもん、シュラマナ、śramaṇa)は、前にお話ししたカースト制であるバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシュヤ、シュードラの四つに含まれません。 沙門(しゃもん)は、当時の新しい形の宗教家・自由思想家たちをそう呼びます。 この沙門は、「努力する」という語根(ごこん)から派生した名詞です。 シャーマニズムの「シャーマン」と語源的に関係があるとも言われています。 そういえば、孔子のお母さんは巫女(みこ)さん(シャーマン)であったと伝えられますね。 この沙門は、バラモン階級に対する反発や批判のあらわれだとされています。 つまり、階級社会への反発です。 最上階…

  • ブッダ物語14 第四のしるし

    ブッダはついに最後のサインに出会います。 四度目の旅は、絶望的ではありませんでした。 剃髪(ていはつ)した男が、柔らかい朝日に輝くオレンジ色の衣をまとい、鉢を手にして素足で立っていました。 その表情は、今まで見た人達と違い、穏やかで、物思いに耽っているようであり、まなざしはうつむきかげんでした。 王子は、馬を止め、チャンナにたずねました。 「あれは誰だ。人間なのか、それとも神なのか。まるで、この世の悲しみや喜びと関係ないかのように、落ち着き、悠々(ゆうゆう)としているではないか。」 「王子さま、あれは苦行者です。老い、病気、死が人間を苦しめるありさまを見て、人生のなぞを解明しようと、俗世間を捨…

  • ブッダ物語13 第三のしるし

    王子とチャンナは、三度目の旅に出かけました。 二人は葬儀の行列に出会います。 葬儀に参列した人々は、胸をたたき、声を張り上げて泣いていましたが、運ばれてゆく遺体はそれと対照的に、まるで彫刻のように、じっと横たわっていました。 ついに、第三のサイン「死」に出会いました。 「王子さま。死は生命の終わりです。 生命が終わるとき、それが死なのです。 もはや、活動を続けられないとき、肉体は死にます。 さもなければ、病気になって死ぬのです。 呼吸が止まり、心臓が鼓動(こどう)しなくなります。 しかし、これは不思議なことではありません。 誕生と同様に、ごく当たり前のことなのです。 すべての生命あるものは、遅…

  • ブッダ物語12 第二のしるし

    王子の「老」の気づきから、王は、警備を強化し、王子がそのようなものを見ないように国中の人々に命じました。 しかし、王子は第二のサインを見てしまいます。 そのような王の心配をよそに、王子は再びチャンナと旅に出ます。 今度は、病人に出会いました。 第二のサイン「病」です。 その男は、弱々しく、立ち上がることも出来ず、地面をころがり、目は血走り、口から泡をふき、胸をたたいて、のたうち回っていました。 「チャンナ、これは珍しいことなのか」 「病気にならない人はいません。王子さま」 といい。安心させるつもりで付け加えました。 「しかし、食事に注意し、からだを清潔にし、良く運動すれば、健康でいられるでしょ…

  • ブッダ物語11 妻と第一のしるし

    ブッダも妻をもらう歳になりました。 父シュッドーダナ王は、適齢期の娘を王宮にあつめ、ブッダに選ばせました。 王子は、いとこのヤショーダラー(Yaśodharā)を選びます。 王は望んでいた彼女を王子が選んだことを非常に喜びました。 王子が29歳の誕生日を迎えるころ、妻ヤショーダラーは出産をひかえていました。 王は内心ほっとしていました。 「王子が王の座を捨て、出家するという」予言者の言葉がずっと心から離れなかったからです。 しかし、ブッダはやはり、そのような生活に満足せず、世話役のチャンナ(Channa)を呼んで、旅に出かけます。 王子は、立派な馬を四頭つないだ馬車に乗って、外の世界に出かけま…

  • ブッダ物語10 シッダールタの慈しみ

    ブッダの幼少期は、王子として学問や武芸を磨きました。 机に座って先生の授業を受ける姿のレリーフも残っています。 レリーフとは、壁などにほどこされた彫刻です。 七歳になったブッダは、しばしば、木の下で瞑想にふける時がありました。 ブッダの影は長い間全く動いていなかったというほど、集中していたそうです。 すでに、ブッダとなる片鱗(へんりん)が見えています。 ブッダが幼い頃、生きものを哀れんだという逸話はたくさん残っています。 ある日、いとこのデーヴァダッタ(Devadatta)と一緒に森を歩いていました。 このデーヴァダッタは、後程、ブッダの教団で問題を起こす人物です。 デーヴァダッタは空中に白い…

  • 『論語』を読んで思うこと

    ようやく、『論語』を読み終えました。 いや〜いろいろ考えさせられましたね〜。良い本でした。 非常に勉強になりました。特に、中年の私にとっては。 著者が言うように、この改訂版には、「手がかり索引」「孔子略年譜」が付け加えられていて、とても便利です。 孔子の生涯とブッダの生涯がある重なっている時期があり、それについて最後に二人を比較した年表も付いています。 今日は、私が、一番印象に残った詩をご紹介します。 子曰、吾十有五而志乎学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩。 「先生が言いました。 私は十五歳のとき、学問に志(こころざし)を向けました。 三十歳のとき、独り立…

  • 道心の中に衣食あり

    最澄(さいちょう)の言葉に、 被弘二師。道弘人。人弘道。 道心之中,有衣食矣。 衣食之中,無道心矣。 「世の中には、二種類の先生がいます。 一つは、道という先生です。道(手立て)という先生は、人びとに正しい道を教えます。 もう一つは、人という先生です。人という先生は、正しい道を教えます。 仏門に入り、悟りをもとめる決心があれば、おのずと、衣類と食事はそろいます。 しかし、衣類と食事をもとめる生活の中では、悟りを求めようとする心は決して生まれていきません。」 まず、世の中には二人の先生がいると言います。 一つ目は「道」です。仏教ではお経、学校では教科書ですかね。教科書は私たちに正しい生き方を教え…

  • ブッダ物語9 養母と尼僧

    ブッダの実の母は、ブッダが生まれて7日後に亡くなってしまいました。 私のような父親目線からみると、母親が亡くなってしまい、父親だけで子供を育てることを考えただけで、泣きそうです。 しかし、当時は一夫多妻(いっぷ・たさい)制、つまり、シュッドーダナ王には、たくさんの妻がおりました。 うらやましい? いやいや、大変でしょう。そっれはそれで(汗) それらの妻の一人に、マハーパジャーパティー(Mahāpajapatī)・ガウタミーという女性がいました。 ブッダは彼女に育てられたのです。 実は、この方、女性ではじめてブッダの教団の僧侶(そうりょ)になったひとです。 つまり、はじめての尼僧(にそう)さんで…

  • ブッダ物語8 母の死

    ブッダは、生まれてすぐに、「天上天下唯我独尊」(てんじょう・てんげ・ゆいが・どくそん)と言い、七歩歩いたとされます。これらは、どちらも伝説なのでしょう。 まず、ブッダは、生まれてすぐ、「天上の世界でも、天の下のこの世界でも、私は最も尊(とうと)い」(天上天下唯我独尊)と話しました。 そもそも、生まれてすぐ話せるの? という疑問がわきます。もちろんそんなことはありません。 しかし、ブッダの伝説には、ブッダは、何度も何度も生まれ変わり、この王子の生(せい)を受けた時に悟りを開いたという話があります。 つまり、ブッダが、過去の記憶(前世の記憶)を持ったまま、生まれたとすると、生まれてすぐ話したという…

カテゴリー一覧
商用