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ブログタイトル
クルマで行く国内旅行記(たまに電車)
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/taratabi
ブログ紹介文
日本100名城制覇を目指し、国内をほぼ車で巡っている旅日記です
更新頻度(1年)

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ブログ村参加:2019/08/18

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クルマで行く国内旅行記(たまに電車)

たらさんの新着記事

1件〜30件

  • 安土セミナリヨをみました(滋賀県近江八幡市)

    安土城のふもと。日本初のキリスト教学校の跡地があります。セミナリヨ史跡公園がその跡地。市民の憩いの場的な感じ。イタリア人宣教師オルガンチノが信長の許可を得て建立。1階に茶室があったとか。惜しくも安土城焼失と共に学校も焼失してしまいました。水堀沿いに建つ学校はいざという時、砦の役割も果たしたんだろうな。でも。どうやらここは推定地らしい。★メモ訪問年月:2013年8月住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦滞在時間:10分駐車場:ありその他:①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・安土城安土セミナリヨをみました(滋賀県近江八幡市)

  • 新庄城をみました(山形県新庄市)

    新庄藩のお城。今の最上公園(新庄市の史跡)藩主は最上氏・・・と、思いきや新庄藩主はずっと戸沢氏。最上公園って名前は最上氏が根強いのか、最上地方だからか、なのでしょうか。ちょっと戸沢氏推しが弱い気もしますが、城内の神社名は戸沢神社でした。ここが御玄関跡「戸沢氏、嫌われているんじゃなかった」ホッと一安心。そんな戸沢氏が治めていた庄内藩。戊辰戦争の時、幕府側だったけど、途中から新政府軍側につきました。それに怒った庄内藩に攻められ、お城は落城。その時の戦死者を祀った護国神社があります。お城の遺構はそれほど多くなく、石垣や水堀、土塁がメイン遺構。表御門跡の石垣が一番立派。唯一、江戸時代から残っている建物がコチラ。お城じゃなくて、神社の建物。天満神社(1668年築山形県指定文化財)と言って、戸沢氏の氏神さまです。土塁の上に...新庄城をみました(山形県新庄市)

  • 蝉丸のお墓をみました(福井県越前町)

    移動中、カーナビに表示された蝉丸の墓「蝉丸って誰だろう」妙に気になり、行ってみました。一軒家の前、ポツンと建つ石墓。ここが蝉丸のお墓「何をした人なんだろう?」後々調べてビックリ。蝉丸は平安時代の歌人で、小倉百人一首に歌が収録されているほどの人。『これやこの行くも帰るもわかれつつ知るも知らぬも逢坂の関』諸国をめぐっているとき、この地で病になり、亡くなったそうです。この地に埋葬するよう、遺言もあったとか。そんな蝉丸さん。仁明天皇の皇子という説もあるとか。カーナビに載ってもおかしくない史跡でした。★メモ訪問年月:2010年8月住所:福井県丹生郡越前町陶の谷67-8滞在時間:5分駐車場:なしその他:①いつでも見学可蝉丸のお墓をみました(福井県越前町)

  • 浅尾藩公集義館跡をみました(岡山県総社市)

    江戸時代の浅尾藩。現在の総社市。藩校は集義館という所でした。一昔前の一軒家みたいな建物がありました。たぶん現存建物じゃないでしょう。そんな浅尾藩は僅か1万石の小さな藩でした。石高が少ない藩(2万石以下)は、藩庁(お城)のことを陣屋って呼ばれていました。藩校からグルッと坂道を登ったこの先。ホントに一軒家の前を通って行くと、ここに浅尾藩陣屋跡がありました。決して目立つところじゃないところ。そんな場所にかつての中心地が存在していました。そんな浅尾藩の藩主は豊臣恩顧の蒔田広定っという武将です。関ヶ原で西軍に加担したけど、藩主になって、更には外様ながら1863年、譜代大名にまでなった家柄です。長い年月をかけて、譜代になり、そして陣屋を新築したとか。でも翌年の1864年。蛤御門の変で新陣屋は一瞬で焼失。そのまま明治維新を迎...浅尾藩公集義館跡をみました(岡山県総社市)

  • 長岡城をみました(新潟県長岡市)

    JR長岡駅。大手口を出て、水が流れているところ。ここが長岡城本丸跡だったみたい。「何も、こんなに申し訳なさそうな場所に石碑がなくても・・・」そう思っちゃうくらい、遠慮気味の石碑。「隣が石垣っぽく見えるのが救いかも」長岡城は戊辰戦争の時、新政府軍と激戦を繰り広げて、焼失してしまいました。現在はご覧の通り、駅と化していて、遺構は多くはありません。あとお城の遺構っぽいのを見つけられたのは二の丸跡の石碑だけ。もう少し散策すれば、まだ遺構があったかもしれません。城巡りというより、お散歩って感じの見学でした。★メモ訪問年月:2017年8月住所:新潟県長岡市城内町滞在時間:15分駐車場:あり(近くのパーキング)その他:①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・悠久山公園長岡城をみました(新潟県長岡市)

  • 飯香岡八幡宮をみました(千葉県市原市)

    飯香岡八幡宮。昔は六所御影神社って名前。どっちも読み方が難しい八幡宮です。675年創建で、上総国の総社だった歴史ある神社。見どころは千葉県指定文化財の拝殿と、国重文(室町時代築)の本殿です。赤いけど、シンプルな拝殿と本殿。スゴイところ感がない所が、逆にいい感じがします。大きなイチョウの木。さかさ銀杏って言って、源頼朝が源氏再興を祈願して、逆さに植えたと伝わるイチョウ。もう1つ、2本のように見える巨大な夫婦銀杏もありました。2本の大きなイチョウがあるのも珍しい。「イチョウの実が落ちる頃は、あの匂いがスゴイのかな?」ところで。「六所御影って何て読むんだろう?」★メモ訪問年月:2016年5月住所:千葉県市原市八幡1057-1滞在時間:15分駐車場:ありその他:①いつでも見学可飯香岡八幡宮をみました(千葉県市原市)

  • 走り湯をみました(静岡県熱海市)

    日本を代表する温泉街の熱海。その源泉がここ、走り湯です。「走るお湯、いったいどんな源泉なんだろう」階段を登り、ホントにここにあるのかなって感じのところに走り湯の入口がありました。1300年の歴史を持つ日本でも珍しい横穴式源泉横穴からモクモクと出ている湯気。「湯気が走っているよう、もしかして、これが由来だったり・・・」中に入ると気温と湿度が一気に上昇。湯気と熱気で前が見えないくらい。前屈みで歩き、奥に到着。1分も歩いていないと思うけど、長く感じました。レンズが一瞬で曇る熱気。息苦しいサウナみたい。高さがない洞窟で70度の温泉が毎分170リットルもボコボコと湧いていれば、そりゃ、こうなりますね。暑さと息苦しさで長居出来ず、前屈みで、走って戻りました。「これが走り湯の由来だったりして・・・」走り湯のホントの由来は、『...走り湯をみました(静岡県熱海市)

  • 崇禅寺をみました(岐阜県土岐市)

    妻木城の北側。1534年、初代妻木城主の土岐頼重が創建した崇禅寺があります。ここに。妻木城の移築門が現存しているとか。「一体、どれが移築門なんだろう?」境内図はあるけど、説明板が見当たらない。入口の門は扉が無いし、2つ目は2階建ての鐘楼門で、お寺っぽいし。扉が閉まっているのが、一番それっぽいけど、新しい感じ。「とりあえず、全部撮って、全部触っておこう」後々調べてみたら、1つ目の扉が無い門が移築門が正解みたい。更に。お城の門じゃなくて、妻木城の屋敷にあった門なんだって。こんなでっかい門を構えているとなると、相当エライ人の屋敷だったんだろうな。★メモ訪問年月:2011年5月住所:岐阜県土岐市妻木町上郷55-1滞在時間:15分駐車場:ありその他:①いつでも見学可崇禅寺をみました(岐阜県土岐市)

  • 箱根関所をみました(神奈川県箱根町)

    芦ノ湖沿い。東海道の関所の1つ。江戸に来る人たちを取り締まる重傷な関所。入口は江戸側と京都側の2ヶ所。入鉄砲に出女江言って江戸に持ち込まれる鉄砲と、江戸を出る女性を重点的にチェックしていたみたい。こんな感じで当時は監視・検問していたのでしょう。威嚇する武器もズラリ。あと関所と言えば、この3点セット。刺股(さすまた)・突棒(つくぼう)・袖搦(そでがらみ)三道具っていう逃げる人を捕える道具。「色んな所で見たけど、これが初見だったな」生活感溢れる光景や、当時の日常も再現。グレー1色で再現。シルエット展示といって、服の色とかわからない時に使われる展示方法なんだって。「想像しやすいし、面白い表現方法ですね」更にこんな遺構も。芦ノ湖沿いと言う立地と東海道の重要さがマッチし、単独の観光スポットとして見れる関所跡でした。★メモ...箱根関所をみました(神奈川県箱根町)

  • 達磨寺をみました(群馬県高崎市)

    お寺の名前の通り、ダルマさんのお寺です。「ダルマがたくさんいるのかな?」そんなイメージ。山門は中華風。階段の中間地点に鐘楼門中華風が薄れ、更に階段を登ると本堂です。一見、普通のお堂。近くに行ってビックリ。両サイドにダルマがびっしり。隣の建物には大きなダルマさんも。屋外にたくさんのダルマ。ダルマ寺は伊達じゃない。「風が強い日、ダルマさん、転ばないのかな?」だるまに因んだイベントもあるみたいです。縁起だるま発祥の地で、正月の高崎だるま市っていう高崎の一大イベントです。そんな達磨寺。見どころはダルマだけではありません。寺内最古の建築物、観音堂(江戸時代中期築)茅葺屋根から植物が生えてる姿は、なんだかホッコリします。更に。境内隅っこにはドイツの世界的な建築家ブルーノ・タウトって人の住んでいた洗心亭(群馬県の史跡)があり...達磨寺をみました(群馬県高崎市)

  • 鰐淵寺をみました(島根県出雲市)

    『がくえんじ』難しい漢字ですね。594年、推古天皇の時代に創建された古いお寺。武蔵坊弁慶が、ここで修業したみたい。駐車場から川に沿って続く参道。意外と長く、800mあるみたい。川を見ながら、テクテク。程よい散歩気分。仁王門をくぐったら、受付まであと少し。拝観料を払い、境内へ。入ってガックリ。あるとは思っていたけど、目に入るとね。「やっぱりあるのね、階段が」頑張って登って、一気に上を目指します。根本堂(1577年築出雲市指定文化財)でっかいお堂。毛利家寄進のお堂。まだ尼子家より小さかったころから毛利家を一貫して支持していた鰐淵寺。尼子家が衰退し、毛利家が台頭してくると、毛利家の庇護を受け、栄えたんだって。「恵瓊並みに先見の目を持った住職がいたのかな?」隣の神社も古そうだけど。建築年代は不明。摩陀羅神社っていうみた...鰐淵寺をみました(島根県出雲市)

  • 檜山城をみました(秋田県能代市)

    秋田県北部の山城。ここから山道を車で登ります。上り坂の途中。お城の遺構がチラホラ登場します。明らかに人工的な斜面。堀や切通っていう遺構。車を止めては1枚、また1枚と撮影。少しずつ、お城に入っている気分になります。「舞浜駅からディズニーランドに歩いている気分」お城好きからすると、そんな気分。上り坂の終点。ちょっとした駐車スペースがありました。ここが檜山城(国の史跡)の三の丸跡人里離れた山の中。静かで空気もキレイ。自然に囲まれた居心地がいい空間です。そんな空間なんだけど、二の丸跡には。なぜかブランコ。おそらく何人もの人が疑問に思ったことでしょう。本丸跡自然の中で大きく深呼吸。体内の空気が少しキレイになった気がします。自然に囲まれた景色の中、人工的な凹凸があちこちに。この地形がお城だったんだなって思わせてくれます。そ...檜山城をみました(秋田県能代市)

  • 沙沙貴神社をみました(滋賀県近江八幡市)

    ささき神社。全国の佐々木さんの神さま、佐々木源氏の氏神さまを祀っていて、佐々木さん発祥の地らしい。佐々木さん始まりの地。広い境内だけど、1ヶ所にまとまった建築物。ほとんどが江戸時代築(滋賀県指定文化財)の建物です。楼門(1747年築)&廻廊(1848年築)&権殿(1848年築)朝早いせいか、数名の神社の方が境内を掃除中。「この中で、何人の人が佐々木さんなんだろう?」そんなことを思いながら見学してました。拝殿(1848年築)&本殿(1848年築)「あ~りんだよぉ」このセリフがエンドレスで流れてしまう。そんな神社でした。★メモ訪問年月:2013年5月住所:滋賀県近江八幡市安土町常楽寺1滞在時間:15分駐車場:ありその他:①いつでも見学可沙沙貴神社をみました(滋賀県近江八幡市)

  • 正宗寺をみました(茨城県常陸太田市)

    佐々宗淳のお墓参り。通称、介三郎(すけさぶろう)さん。水戸黄門の助さんのモデルになった人です。「『すけ』の字違いですね」その助さんは正宗寺で眠っています。本堂が1870年築庫裏が1839年築1838年の火災後に再建されたもの。唯一、焼失を免れたのがコチラの総門室町時代築で常陸太田市の指定文化財。「足場の遭遇率、年々上がってきているな」ところで。助さんのお墓はどこだろう。どうやら、この先にあるみたい。お寺の裏手。助さんは静かに眠っていました。佐々宗淳のお墓(常陸太田市指定史跡)お花が添えられ、キレイなお墓です。今も大切にされているんでしょう。ちなみに。お墓に刻まれている文は格さんこと安積澹泊が作ったものだとか。リアル助さん格さんの絆を感じます。もう少し奥に行ってみると、常陸国を治めていた佐竹氏のお墓もあるので、お...正宗寺をみました(茨城県常陸太田市)

  • 伊予国分寺跡をみました(愛媛県今治市)

    四国霊場第59番礼所の伊予国分寺。そこから少し歩いたところ。大きな石と石碑がポツン。かつての伊予国分寺にあった七重塔の礎石です。741年、聖武天皇が全国に建立した国分寺の1つ。その時の七重塔の礎石。高さ60mもあったとか。そんな貴重な礎石が国分寺塔跡として国の史跡に指定されています。「お遍路さんたちは、ここまで来ないんだな」でも。自分はココがメインでした。★メモ訪問年月:2015年5月住所:愛媛県今治市国分4-1-33滞在時間:駐車場:あり(伊予国分寺の℗)その他:①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・伊予国分寺、脇屋義助のお墓伊予国分寺跡をみました(愛媛県今治市)

  • 善寳寺をみました(山形県鶴岡市)

    1990年代。人面魚っていうお魚が世間を賑わせました。名前の通り、人の顔をしたお魚さん。そんなニュースがありました。あれから十数年。その人面魚がいたお寺にやってきました。広くて、ゆったりした境内。幕末から明治にかけて建てられた建物がたくさんありました。総門(1856年築)&五百羅漢堂(1855年築)&観音堂彌勒堂(1752年築)&龍王殿(1833年築)難しい漢字のお堂は『みろく堂』って読みます。壁がないからお堂感はありません。大きな石仏さんがいらっしゃいます。「昔の建物が思った以上に残っててビックリ」中でもインパクトがあったのが、この2つ。大きな山門(1962年築)&大きな五重塔(1883年築)五重塔は高さ38mもあるとか。周りの木に負けないくらいの高さ。「見ごたえあるお寺だけど、何か忘れているような・・・」建...善寳寺をみました(山形県鶴岡市)

  • 四天王寺をみました(三重県津市)

    織田信長のお母さんのお墓参り。信長のお母さん、土田御前。津城の城主だった息子の織田信包(信長の弟)のもとで晩年を過ごし、この地で亡くなりました。境内の墓地の一角で眠っているらしい。途中まで、案内板があったけど、急に案内がなくなるパターン。「たまにあるよね、このパターン」ちょっと焦ったけど、無事に発見。織田信長生母、花屋寿栄禅尼のお墓案内板には花屋寿栄禅尼。お墓の案内板には土田寿栄禅尼。「ちょっと紛らわしいよね」そして、もう1人。藤堂高虎夫人のお墓もあるんだけど、こちらは見つからず。続いて境内の建物をチェック。建物の多くは1945年の戦災で焼失してしまいましたが、山門(1646年築)と梵鐘(1680年製)が残っています。どちらも津市の文化財に指定されています。こっちはちゃんとわかりました。ちなみに四天王寺は聖徳太...四天王寺をみました(三重県津市)

  • 斗南藩上陸の地をみました(青森県むつ市)

    戊辰戦争に敗れた会津藩が家名存続を許され、やってきた斗南藩。現在の青森県むつ市にあたります。新潟から日本海をグルッと周って会津藩士たちが上陸したのが、ここ。斗南藩上陸の地「天気が良ければいい眺めなんだろうな」「この雲だと、なんとなく暗い史跡みたい」そんな海辺。会津若松城(鶴ヶ城)の石垣と同じ岩で作られた記念碑が建っていました。碑の文字は会津松平家13代当主松平保定。最後まで薩長軍に抵抗し、朝敵にまでなった会津藩。「どんな想いで、この地を踏んだんだろう」会津藩の悔しさというか、寂しさというか。そんなスッキリしない気持ちを、この曇り空が物語っているようでした。★メモ訪問年月:2019年8月住所:青森県むつ市大湊新町滞在時間:5分駐車場:なしその他:①いつでも見学可②史跡入口に駐車スペースあり②大湊ホタテセンターの隣斗南藩上陸の地をみました(青森県むつ市)

  • 北条五百羅漢をみました(兵庫県加西市)

    五百羅漢寺。寺名だけで何のお寺か、わかるお寺ですね。羅漢寺、北条石仏などなど。色んな呼び方があるみたいだけど、とにかく、ここに500羅漢があるのです。境内びっしりと、ずらりと並んでいる500羅漢。『いつ、だれが、何の目的で作られたのか』長い間、わからなかったみたいだけど、最近の調査で、江戸時代初期のものということがわかったみたい。全部で450体。1つ1つ個性があって面白い。「小学生が描いた似顔絵にありそうな感じ」そんな身近さがいい味出してます。『親が見たけりゃ、北条の五百羅漢に御座れ』って昔の人が謳ったみたいだけど、何となくわかる気がします。知っている人に似ているのがありそうです。1つ1つじっくり見てたら、あっという間に時間が過ぎてしまいました。だけど。「知り合いに似ている人(羅漢)、いなかったな」★メモ訪問年...北条五百羅漢をみました(兵庫県加西市)

  • 男鹿遊覧透視船にのりました(秋田県男鹿市)

    男鹿半島の遊覧船へ。一般的には船から外の景色を見るけど、ここのはチョット違う。前じゃなくて、下を見るのです。底がガラス張りになっている浴槽っぽいのから、海の中を覗きこみ、泳いでいる魚を鑑賞します。一生懸命、魚を探すけど、なかなか見つかりません。船の人曰く「前日の雨で見えづらいかもしれない」そうです。ずっと下を見ていると気持ち悪くなった感じがします。顔をあげて、下を見て、また顔をあげる。エア息継ぎの繰り返し。結局、見れたのは小魚1匹とエビっぽいものが数匹。収穫は少なかったけど、貴重な体験ができました。陸に戻り、男鹿半島の景色も楽しみました。★メモ訪問年月:2010年5月住所:秋田県男鹿市北浦入道崎昆布浦2滞在時間:90分駐車場:ありその他:①営業時間8:30~16:30/乗船料1,100円(営業日は天気、季節によ...男鹿遊覧透視船にのりました(秋田県男鹿市)

  • 米山寺をみました(広島県三原市)

    戦国武将、小早川隆景のお墓参り。大きな山門が目を引く人里から少し離れたお寺。ここが小早川家の菩提寺です。お墓は境内じゃなくて、山門の向かい。石垣の上にお墓がズラリ。初代小早川実平から17代小早川隆景まで。お墓エリアが広島県の史跡に指定され、お墓の宝篋印塔は国の重要文化財。初代実平は小早川姓を称する前は土肥実平という名前で神奈川県の湯河原出身。源頼朝に仕えた武将です。そこからの歴代当主が並んでいます。「最後の当主小早川秀秋がないのは、気付かなかったことにしよう」ちなみに。米山寺には寺宝として、隆景の像があります。この蔵に保管されているのですが・・・どうやら、事前予約が必要で、更に5人以上で来ないと見れないみたい。その条件を満たすのはけっこう難しいと思う。★メモ訪問年月:2009年9月住所:広島県三原市沼田東町納所...米山寺をみました(広島県三原市)

  • 座主家住宅をみました(石川県七尾市)

    古民家めぐり。能登地方の農家、座主(ざすけ)さん宅へ。1716~1735年築の国の重要文化財。口能登型って言われる能登の入口で多くみられる造りなんだとか。「どれが口能登のポイントなんだろう?素人にはわからないや」その口能登型の古民家では最古のお家。5部屋もある間取りで広さも十分。だけど。外観しか見学できませんでした。★メモ訪問年月:2014年8月住所:石川県七尾市中島町藤瀬4-17滞在時間:5分駐車場:ありその他:①外観のみ見学可能②セットで見たい観光地・・・藤瀬の水座主家住宅をみました(石川県七尾市)

  • 勝沼氏館跡をみました(山梨県甲州市)

    山梨を代表するワイナリー、シャトー勝沼その近く。少し南側に行ったところ。勝沼さんの館跡があります。勝沼氏館跡っていうところ。その勝沼さんとは勝沼信友と、その息子勝沼信元親子のこと。武田信玄の叔父さんと従兄弟です。なんでもワイナリーセンターを建てようとして、土地を調査していたら見つかった史跡なんだとか。そんな発見の経緯を持つ館跡。戦国時代は甲府盆地の東側を守る拠点として、立派な空堀がありました。館っていうより、砦っていう感じです。館内は生活感あふれる遺構がたくさん。厩&くつろぎ所&常の御座所(主人が日常生活を送る部屋)番屋&会所&主屋水路&工房具体的なところまで判明している遺構たち。「ワイナリー建設予定に感謝」ここからイノシシや魚などの骨、しゃもじなどの日用品がたくさん発掘されました。当時の生活がわかる貴重な出土...勝沼氏館跡をみました(山梨県甲州市)

  • 中岡慎太郎生家をみました(高知県北川村)

    幕末の土佐藩士。坂本竜馬の盟友で、龍馬と共に近江屋事件で横死した人。その人が生まれた家がここ。現在のお家は、残された見取り図をもとに復元されたものです。自由に中に上がれます。「お金持ちだったのかな?けっこう広いね」庭の片隅には当時の家の礎石がありました。短くて激動の30年という生涯を過ごした人だけど、産まれた所は山に囲まれた静かなところだったんですね。その生涯と功績を紹介した中岡慎太郎館その真向い。来館者を出迎える中岡慎太郎像があります。『よう来たなゆっくりして行きな』そんな声が聞こえてきそうな。そんな表情でした。★メモ訪問年月:2015年9月住所:高知県安芸郡北川村柏木140滞在時間:50分駐車場:ありその他:①中岡慎太郎館営業時間9:00~16:30/入場料500円②セットで見たい観光地・・・松林寺中岡慎太郎生家をみました(高知県北川村)

  • 松平東照宮をみました(愛知県豊田市)

    日本100名城制覇を目指し、国内をほぼ車で巡っている旅日記です

  • 横須賀町番所をみました(静岡県掛川市)

    日本100名城制覇を目指し、国内をほぼ車で巡っている旅日記です

  • 若狭姫神社をみました(福井県小浜市)

    日本100名城制覇を目指し、国内をほぼ車で巡っている旅日記です

  • 屏風ヶ浦をみました(千葉県銚子市)

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  • 本山寺をみました(香川県三豊市)

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  • 東明寺をみました(埼玉県川越市)

    日本100名城制覇を目指し、国内をほぼ車で巡っている旅日記です

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