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たねびこ
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無農薬生産物の生産農家と安全な食べ物が欲しい消費者をつなげたい。そして地球環境をまもりたい。
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33回 / 318日(平均0.7回/週)

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tanebikoさんの新着記事

1件〜30件

  • 豆腐のはなし(4)それはほんとに悪いのか

    戦争によりにがりが失われ、豆腐が硫酸カルシウムで作られるようになったのですが、その後豆腐界にはさらなる技術革新が起こりました。新しい凝固剤、その名も、グルコノデルタラクトンです。いかにもおどろおどろしい名前なので、かなりやばい合成物質のように思うかもしれません。しかし、これは蜂蜜におおく含まれる物質で、ミツバチが体内で、 糖(グルコース)からグルコノデルタラクトンを作り出しています。なので、ハチミツ酸とも呼ばれています。 天然ならば安全だ。ということもありませんが、今回の場合、グルコノデルタラクトンのせいで危険な豆腐ができるということはないでしょう。豆腐に使うグルコノデルタラクトンはグルコースを発酵させて作るもので、まるっきり天然ということもありませんが。 さて、グルコノデルタラクトンは、にがりやさらし粉とは違って金属イオン(マグネシウムとかカルシウム)を持っていません。このため、全く違う方法で豆腐を固めます。 まえに、豆乳に含まれているタンパク質はマイナスに帯電しているといいましたが、これには但し書きが必要です。ふつう豆腐になる前の豆乳はpHが中性からアルカリ性になっていますが、この状態ではマイナスに帯電しています。一方、pHが酸性になるとタンパク質がもっているアミノ基のせいでプラスに帯電します。そして、酸性になるちょっと手前のところではプラスとマイナスが釣り合ってゼロになります(等電点)。この状態ではタンパク質同士が反発しあわないので、沈殿し凝固します。これを酸凝固といい、にがりによる塩凝固とはまったくことなります。 グルコノデルタラクトンを豆乳にいれるとグルコン酸に変化しpHを酸性に傾けます。そして、pH4.5くらいのとき等電点となり豆腐が凝固するわけです。すばらしい。このプロセスをみるとむしろにがりより安全?とも思えます。 グルコノデルタラクトンのすごいところは、豆乳がかなり薄くても豆腐になる。ということろこです。これを良い点とおもうか悪い点と思うかはむずかしいところですね。また、加熱するとさらに固まる性質があるので、冷えた豆乳を容器に封入してふたたびボイルすることで固まる。いわゆる充填豆腐をつくることができます。充填豆腐のおかけで豆腐の日持ちが格段によくなりました。これも善し悪しですが。

  • 豆腐のはなし(3)にがりからすまし粉へ

    前回までにがりにまつわる話をしてきたのですが、日本人が大切にしてきたにがりは、戦争のために取り上げられてしまったのでした。 にがりの代用品として使われたのが、すまし粉です。すまし粉は硫酸カルシウム、石膏と同じものです。すまし粉の起源は古く、中国ではにがりとならんで古くから豆腐に使われてきました。 すまし粉はにがりと同じように2価のプラスイオンとなるカルシウムをもっているので、これがマグネシウムと同様の働きをします。ただし、にがりよりも水に溶けにくいため、反応がゆっくりです。その結果、水持ちがよくなめらかな食感の豆腐になりますが、その分水っぽくなるのはいなめません。 このようなわけで、にがりの代わりにすまし粉が使われるようになったのですが、戦後にがりが復活するかといえばそうではなく、結局すまし粉が定着してしまいました。これは、にがり生産の再開が困難だったこととすまし粉の方が作業が簡単で歩留りもいいことが理由です。戦後の食糧難のときに豆腐はにがりでなくちゃなどとは言っていられなかったのでしょう。その後も高度経済成長のなかでにがりは忘れ去られてしましました。 にがりが復活し始めるのは、ようやく1980年代後半一億総グルメなどと呼ばれた時代になってからです。ちなみに、グルメ漫画「美味しんぼ」の連載開始は1983年でした。 つづく

  • 豆腐のはなし(2)戦争のつめあと

    NHK朝ドラで「まんぷく」でまんぺいさんが憲兵につかまってしまうシーンがありましたね(13話)。罪状はジュラルミンの横流し。もちろん、まんぺいさんは無実なのですが、彼がつかまってしまった理由は、当時ジュラルミンが国の管理下にあったことです。 1941年(昭和16年)日中戦争の収拾もつかないまま太平洋戦争に突入した日本では、さまざま物資が統制されるようになっていきました。特にゼロ戦など航空機生産に関わるアルミ産業は、重要産業として早くから統制がはじまりました。このせいでまんぺいさんがつかまってしまうのですが、なんと豆腐もまた大きな影響をうけることになったのです。 1940年(昭和15年)、軍事物資であるアルミを統制するため帝国アルミニウム統制会社が設立され、翌年には、マグネシウムも帝国アルミニウム統制会社の管理されるようになりました(これを受けて1942年に軽金属統制会となる)。ちなみにまんぺいさんが連行されたのは1942年(昭和17年)です。 ここで、なぜジュラルミンの話にマグネシウムが出てくるかというと、ジュラルミンはアルミとマグネシウムと銅の合金だからです。航空機の材料して、アルミは軽いものの強度が弱いため、より強度が強いジュラルミンが必要とされたのです。 さて、昨日のブログにも書いたように、にがりの主成分は塩化マグネシウムです。このにがりからとれるマグネシウムを物資としてみた日本は、全国のにがり工場をマグネシウム生産のための軍需工場化してしまいました。この結果、たかだか豆腐のために大事なマグネシウムつまりにがりを使うことができなくなってしまいました。 とはいえ、すでに経済封鎖のため、アルミ自体も電力も足りなくなっていた日本で、この措置が有効だったかといえば疑問です。 さて、今日は豆腐がほとんど登場しませんでしたが、にがりを失って豆腐はどうなったのか。つづきは明日。

  • 豆腐のはなし(1) にがり

    おいしい豆腐がみつからない。と知り合いがなげく。その方は自分よりふたまわりほど年上だが、昔の豆腐はそんなにうまかったんだろうか。いつも、スーパーで買った豆腐を無頓着に食べているが、本物はやはり違うのか?それとも単なる郷愁なのか・・・ 考えてみると、豆腐は好きなのに、豆腐のことを何にも知らなかったことに気が付きました。これはいけない。ちらっと、ネットをみれば、最近の水っぽい豆腐は凝固剤のせいだケシカランというような記事もあります。本当のところどうなのか。そんなわけで、豆腐の製造技術とその歴史について調べてみました。 豆腐を作るには、まず、大豆から豆乳をつくります。その後豆乳から固形成分を取り除きます。この状態の豆乳は、ほぐれた糸状のタンパク質が水にとけた状態です。 日本の古来の製法では、この豆乳ににがり、つまり塩化マグネシウムを投入します。ここから、なぜにがりが大豆のタンパク質を固めるのかについてみていきましょう。 塩化マグネシウムは、水溶液中で塩素イオンとマグネシウムイオンに分かれています。マグネシウムイオンは元素周期表の左側の方(左から二列目)にあるのでイオンはプラスに帯電します。一方、タンパク質がもつカルボキシル基がマイナスに帯電しているので、これらにマグネシウムイオンがくっつきます。 さらにいうと、マグネシウムイオンが2価のイオンつまり「手」を2個もっているので、タンパク質同士をくっつけあうことでゲル状に凝固し(塩析)、豆腐になるというわけです。なんとも「リクツな」(金沢弁:巧みなの意)。 このように巧妙な仕組みでタンパク質を凝固させるにがりですが、反応が速すぎ、均一に凝固させるのが難しいのです。このため、にがりを使った方法では、豆乳とにがりを混ぜながら固まらせる作業が必要となります。そうしてできたおぼろ豆腐状のものから、固まらなかった部分「ゆ」を取り除き、穴のあいた型にいれて圧縮して作るのが、木綿豆腐です。また、型には木綿の布を敷いて「ゆ」を絞ることから木綿豆腐と現在はよばれます。

  • 雪の日の渋滞をなくすには

    今年は、ここ北陸でも雪がすくなくてとても助かっています。去年の2月はものすごい雪でたいへんでした。もともと南関東出身で、雪というとわくわくしちゃう傾向があるわたしですが、さすがに辟易したものです。もっとも困ったのが、通勤。首都圏とちがって車社会ですから、どんな雪でも車で道路にでてくる。いや、子供を送るなどの理由でいつもより多いのかもしれない。とにかくものすごい渋滞でした。 早く会社につかねば。などとかけらも思っていないんですが、何が憂わしいかといえば排気ガスです。どいつもこいつも無駄にもくもくCO2出しくさって(自分もですが)、ちょっとは地球のことを考えなさい!とね。 しかし、車は走れば排気ガスがでるものです。それは仕方がない。ではどうするか。そんなことをつらつら考えながら、渋滞の列から他の車をみていると、各車には、たいがい一人多くて二人しか乗っていない。むだに大きい車でも。カクユウ私もひとり運転席に座っているのです。乗り合いすれば、車が減るなあ。とそのとき思いました。普通の車には4人か5人乗れるのですから、乗り合いになれば車の数が4分の1から2分の1くらいに減らすことができます。 そのときはあまりまじめに考えていなかったけど、今思うにスマホアプリや税金の優遇を使えば不可能ではないか?基本的な方針としては、 利用者はプロフィール、基本的なコースと時間、運転したいかしてもらいたいか、を登録しておく。システムが最適な組み合わせを算出して、利用者に提案する。利用者は乗り合いをするかしないかプロフィール等の情報をみて判断し合意すれば実施する。乗り合い実績が多ければ所得税などを減税する。 というような感じで。 懸念されることとしては、このシステムについての収益モデルが思いつかないから、行政がやるしかないけど、行政に具申するのはめんどうだということですね。どこかで社会実験しませんかー。 まあ、あんまり雪が多いようなら仕事やすめばいいのにとも思いますが。

  • 殿、システムでござる

    殿、利息でござる。という映画をみました。もう3年も前の作品ですね。タイトルとパッケージをみたところマネーゲームを絡めたコメディかと思えば、泣かせどころ満載のヒューマンストーリーでした。ま、わたしの映画評論は甘すぎで、「よかったよねー」といっても「そう?」と冷たくあしらわれるのが常なので参考にならないでしょうけども。それでもあえて言おう。これは見るべきだと。 ものすごく唐突ですが、目下、生き物の絶滅は地球史上6回目の大量絶滅じゃないかといわれるほどの勢いです。若いころに、これを何とかせねばならんと思った私は、必要なのは科学、特に生態学で、それを応用した技術だと思いこみました。生き物がどう生きているのかを知れば、適切な対応ができるのではないかと思ったわけです。 しかし、それは大きな間違いでした。生き物を守るためには生き物のことを考えていてもだめなのです。生き物ではなく、人間のことを考えねばならなかったのです。人間のことといっても、だれが悪いやつでどうやって懲らしめてやればいいのかとかではなく、人間がなぜそう行動しちゃうのか、どうして木を伐っちゃうのか、どうしてたばこを車で買いにいっちゃうのか?を考えないといけなかったのです。 たとえば、経済のグローバル化は、世の中でいろいろ問題を起こしてくれますが、グローバル企業で働いている人たちは毎日悪いことをしてやるぜと思っているわけではありません。企業内で出世し、より高い給料をもらったり自己実現するために毎日がんばってくれちゃっているだけです。彼らも家族を養わなければならないし、月末の請求の心配もせねばなりません。ただただ毎日を生きているだけです。 普通のひとが毎日やっとこさ生きているだけなのに、世の中がちょっとずつ住みにくくなる。地域によっては壊滅的に住みにくくなっているわけです。こんなときに、人びとがすることはSNSで愚痴って溜飲をさげるか、どうやったら仙人になれるか考えたりするわけですが、それでは何もかわりません。 そんなわけで映画にもどります。非常に困難な状態にある宿場町が舞台です。横暴な藩のやり方に町は疲弊しきっています。そんなときに、ふらりとやってきた最強の用心棒がばったばったと藩の役人を・・・なんてことはなく、現実的なプロセスに基づいて問題を解決しようとします。

  • キャッシュレス

    キャッシュレス化。最近さわがしいですね。日本では紙幣への信頼性が高いので、海外に比べるとなかなか進まないとのことですが、なんだかんだいってどんどん浸透していくものと思います。だって、携帯電話を思い出してみても、そんなのいらないなーと思っていたのに瞬く間に当然もつべきものになってしまいました。 キャッシュレス化が進んでいくと便利でしょう。財布が小銭でいっぱいになって困ったりしなそうだし。しかし、世の中キャッシュレスが普通になってお金がなくなったら、ご祝いとかも電子決済になるんでしょうか。受付が楽になりますね。お年玉なんかも、ぽち袋(のような紙切れ)にQRコードが貼ってあったり、お賽銭なんかは、賽銭箱にコインを投げ込むゲームをARで楽しめるみたいな。 ま、そういう些細なことはともかく、近年では、お金がお札やコインの姿をしていなくてもひとは全く意に介さないよう近年十分慣らされているので、一般生活は対して変わらないでしょう。数字だけでも欲望を喚起できる。お金の物神性はすさまじいです。 キャッシュレスになって懸念されることとして、ついお金を使ってしまうというような指摘もありますが、それはクレジットカードでも同じだと思います。むしろ、自分の浪費を制限できるアプリなんていうのがでてきそうです。これで年間100万貯められる!とか。 こうやって考えると、キャッシュレスから逃げられそうにないなあ。自分は米本位制にもどしたいくらいなんですけどね。

  • トキへの思い

    新潟県佐渡では、野生のトキがもう350羽以上も暮らしているんですね。すごいなあ。飼育していたトキたちを放鳥してから10年。その当時は、ちゃんと生きていけるか心配でしたが、野生の力を発揮してくれているようでうれしく思います。 トキの数がこんなに増えたため、環境省は、トキを「野生絶滅」から「絶滅危惧IA類」に変更することのことです。とはいえ、絶滅したと思っていたものが発見されたというような話とは違うのでちょっと目をぱちぱちしてしまいます。トキの場合は、絶滅したのち、中国から導入したわけですから。 こういう言い方をしてしまうと、よそから連れてきたんじゃ意味ないといっているみたいですね。そうではないんですが、トキの話をしていると、「その中国のトキの群れは日本のと同じなの?遺伝的に」みたいなことはよく聞かれたものです。 そう聞かれるたびに、そうかあ、そこ重要なんだ。と呪いのようなものを感じつつ苦笑いするのが常です。日本のものも中国のものもトキの形をしているので遺伝子はおおよそ同じだと思いますが、細かくたくさん遺伝子をみていけば全く同じということはないでしょう。 日本で生きていたトキだけをよみがえらせることにしか意味を見出さないなら、どんなにトキが増えてもそれは野良トキということになるのでしょうか?それはちょっと悲しいですね。 なんでトキを復活させることに意味があるのか?ときかれたとき、生態学者的な答えの一つとしては、「環境を守るための指標となる」だったりします。トキは比較的大型でドジョウや貝やカエルなどを食べる肉食動物です。このような生き物は食物ピラミッド(注)の上の方にいて(高次の捕食者)なので、その生き物が存在するということは、その生き物が生きていけるだけの環境が守られていますよ。という筋書きです。 でも、ドジョウをいけすで飼って餌場にしようとか営巣木を電柱でつくろうとか、問題解決能力が高すぎる方の意見もあって、やっぱり目をぱちぱちさせたものです。トキだけを生かそうという話になってしまうと、指標としてはぜんぜん役にたたないのです。

  • 良い天気すぎてたまらず自転車に乗りました

    今日はとても良い天気で自転車にのったら気持ちよかったですよ。というだけの話です。

  • 糖質制限と世界の中の日本

    またぞろ年金の支給開始年齢を上げようって話になっています。年金をもらう方としてはゆゆしき問題ですよね。国を信じてちゃんと年金を支払ってきたのに、いざもらう段になったら、この体たらく。どうしてくれるんだ責任者よんでこいといっても、どいつもこいつも責任をとらない気まんまんです。 それはともかく、こっちは命のある限り生き続けないといけない。年金に期待できないとしてもなんとかやっていくしかない。そのためにはできるだけ健康でいたいものです。それに世の中健康な人が多ければ、健康保険や介護保険のひっ迫とか、病院や介護施設の労働条件とか、なんだか知らないけど女子学生に不利な医学部の入試慣行とか、いろいろなこともついで解決できるはずです。 そんなわけで、最近、はやりの糖質制限です。程度にもよりますが、現代人にとってこれはかなり効果的だと思います。私仕事で米を作っているので糖質制限なんて言われると仕事を失いかねないんですが、それはそれこれはこれです。糖尿病学会も栄養士学会もついていけてませんが、巷のほうがよっぽど進んでいます。 ヒトの脳は糖が大好きなので、甘いものには弱いです。ちなみに英語では、甘いものをシン(罪)と呼びますね。なるほどなと思います。 しかし、人類が今ほど糖質にさらされるような事態は進化史上ありえなかったことで、思いの向くまま気の向くまま糖質をとってしまうと体に不調がでる。昨今のような砂糖漬けの世界は、まさに未知との遭遇なんですよね。 特に、お菓子とかジュースとか砂糖がそのまま入っているようなものが問題なのですが、コメやらイモやらも敬遠されつつある。確かにコメもイモも血糖値をあげるので、個人の健康だけを考えるならそういうことになる。仕方がない。 それはそうなんですが、みんながコメやらイモやらを止めて肉ばかり食べても大丈夫なのかという問題が一方にあります。日本は少子化で困っていますが、世界の傾向は真逆です。増え続ける人口増加をどうするか?と頭を悩ませています。地球上でこのように人口が増えた要因のひとつとしてコメや麦、イモなどの存在があります。これらの食べ物が大量に生産でき人びとの口にはいるようになったからこそこれだけ人口が増えました。狩猟採集や牧畜だけではこうはならなかったでしょう。

  • 野菜のサイズとパッケージングについて

    スーパーで買った玉ねぎが小さいのである。赤いネットに10数個入ったやつを小さいなこれと思いつつ買ってきたので、スーパーにだまされたわけではないんだけど。玉ねぎといえばちょっとしもぶくれで安定感のあるあの形がスタンダードなので、なんか小さいなこいつと改めて思ってしまう。 しかし、使ってみればこれが案外良いサイズなのである。あの大きな玉ねぎは、半分にしても、二人分にはちょっと大きすぎる。サラダにしても味噌汁の具にしても。4分の1に切るのはめんどうだし、えいやと半分食べるんだけど、ちょっともてあます。その点このスリムな玉ねぎはまったくもって丁度いい。 同じことはジャガイモにもいえて、あの、ちょうど掌にころんとのるくらいのスタンダードなジャガイモはちょっと大きいんですよね。ジャガイモは半分に切っておいておくと変色するからできれば使い切ってしまいたいのに。しかし、あーこれたぶん芽かきしてないよねっていう、あの小さいジャガイモが、やたら良いサイズなのです。 ちょっと話がとびますが、先日バスに乗っていたら、後ろの席でちょっと年上のお姉さんたちの会話に聞き耳をたてていたら(アバンティ風で)、 「最近、玉ねぎとか大きい袋で買うと腐らせちゃうのよねえ。こないだたくさん買った時に、娘にあげようとしたら、娘も買ったっていうのよー。タイミング悪い」 「うちなんかネットで買ったら、ずっと玉ねぎばっかり食べてる。」 とかそういう話をしてました。 世の中、核家族化がすすんだり、子供のいないうちも増えたりで、ものの買い方っていうのはだいぶん変わってきているんだろうなと思います。売る人、作る人はその辺も考えていく必要がありそうだと思ったしだいです。

  • 自然派の農家こそITを駆使してほしい

    今日は、工房ブログの更新をしました。「簡単に無線で温度を送受信したい」の第2回ですが、ここでは内容に立ち入りません。こういうことをやっているのは、多分にわたしがそういうことが好きだからというのが一番の理由なのですが、これからの農業のために、ITだのIoTだのといった情報技術が役に立つんじゃないかと思っているということもあります。勘違いかもしれませんが。 どう役にたつのかというと、ハウスの環境管理が楽になるとか、田んぼの水を見に行かなくて済むとか、トラクターが勝手に働くとか。そういうことじゃ全然なくて、もっと大きい問題に目を向けられるんじゃないと考えているのです。 勿体つけてなんですが、大きい問題とは、人間と自然の対立です。そう対立です。人が人たりうるのは、自然と離れることによります。なので対立は避けられません。しかし、対立しすぎて、このところかなりやばいことになっているのも事実です。しかももう手遅れなんじゃ?という状態です。しかしそれでもあきらめず何とかしようと考えるのも、また人というものです。 とはいえ、当然ながら、今までと同じようにやっていても糸口は見えてきません。同じことをしていて違う結果を出そうと考えるのは愚かです。善意とか努力だけでは、解決しそうにないということは明らかです。さらにいうと人が認識できる世界というのはごくごく狭い範囲でしかないので、環境を相手にすると思うとどうにも身動きがとれなくなってしまいます。そしてそういうことを考えないひとが大活躍しちゃうわけです。 そんなわけで、ここはひとつITだのIoTだのAIだの、そういったものに頼るのもいいのではないかということです。新しい感覚器官のひとつだと思えばいいんじゃないでしょうか。話がそれますが、将棋や碁でAIに勝てないと嘆くひとがいますよね。でもAI自体人間が作ったんだから、何で嘆くのかよくわかりません。それは人の成果なんだから、それをばねに将棋でも碁でも新しい世界を開けばいいじゃないかと門外漢は思います。 農業に話を戻すと、たとえば、作物の必要量だけではなくて、汚染流出を抑えるような施肥量を気温や湿度、土壌養分の実測値といったことから計算したり、地域全体の用水量を最適化して河川の水量を確保し生き物の生息場所を守ったり。なおかつ、その努力が消費者に伝わって購買意欲につながったり。

  • 本物のわら納豆はやたらうまいです

    おみあげにいただいた納豆は本物だった。

  • 野菜の本分

    「旬」と「地元」にこだわる八百屋さんの店長さんからお話。

  • 安全かどうか?そんなことじゃないさ

    ゲノム編集で双子を誕生させたというニュース。ショッキングな一方で、とうぜんそういうことも起きるよね。と思いました。そういうことができる環境であって、自分の興味がそこにあれば、ヒトは何でもしてしまうものだからです(どんな非道なことでもです)。それをやっていいのか?いのちとどう向き合うか?なんて、めんどくさいことはたいていよくは考えないものです。 そんなわけで、こういう記事もたいてい他人事モードなんでしょうけど、一方、食べ物の話となると、ちょっと様相がかわります。自分じしんにかかわってくるからです。 なんか気持ちわるい。 遺伝子組み換え食品は食べても大丈夫なのか?と。豆腐を買うときでも「遺伝子組み換えではない」というような表示のものをなんとなく選んだりしてますよね。だけど、その「気持ち悪さ」って本当に「安全性」についてのものなんでしょうか? 安全性に関わる話なのだ。ということにしてしまうと、ここぞとばかり推進派はいかに遺伝子組み換えが安全化について懇切丁寧に教えてくれます。そうして、だから問題ないよね?というわけです。安全性が問題だよなーと思っていたところへ、いえいえ安全なんですよ、それなら問題ないですよね?といわれれば、YESと答えるしかなく、かえって説得されてしまいます。 だけど、自分の場合、「気持ち悪さ」に安全性なんて関係ありません。だってふだん十分不摂生してますから。死ぬのが怖くて生きてられるかって話です。そうではなくて、何が気持ち悪いって、生命をいじること自体が気持ち悪いのです。生き物としての仁義に反すると思うのです。これはもう信仰なので、リクツもなく議論の余地もありません。だからやりたいヒトにやめろとも言いませんが、認めもしないという立場です。 あえてリクツをいうとすれば、人類にとってやるべきことはそれじゃないということです。いつか人類も滅ぶ日がくるでしょう。そのときまでに、成し遂げるべきことがいくつかあるのに、遺伝子操作なんて言う悪ふざけで道を閉ざしてしまう。医学の進歩に少しは貢献するかもしれないけど、もっととんでもないことをやらかす。そんなことになるんじゃないかと懸念するわけです。そうヒトが人になる前にね。

  • どうして自然栽培をするのか

    毎年、仕事で、自然栽培による米栽培をしています。ただし、自然栽培といってもやり方はいろいろあるようで、耕起(たがやすこと)しない、除草(草をとること)もしないのが自然栽培なのだという人もいます。 わたしの場合、耕起も除草もするので、それは自然栽培ではない(怒)といわれたら、はあ、すみません。ということにしています。 いろいろあるのはやり方だけでなく、考え方もさまざまです。たいていのお客さんは、自然栽培あるいは無農薬や有機栽培と聞くと安全だとか安心だとか、そういうことを期待してお買い求めになることと思います。作り手も安全・安心を願ってわざわざ苦労して栽培しているわけですが、実のところ、こうすれば絶対安全・安心という基準はありません。話はすこしずれますが、日本において、有機栽培であると謳うためには有機JAS認証を得る必要があります。しかし、この認証は、何を農地に入れてもいいかについてあれこれ決めているものの、アウトプットとしての農産物に対して「こうあるべき」という指標は与えていません。 もうひとつ自然栽培や無農薬有機栽培において期待されるのは、環境への負荷を小さくすることです。農薬を使えば当然そこで生き物が死にます。ターゲットとなる生き物以外に悪影響がでることもおうおうにしてあります。また、肥料を使えば環境を汚染します。水も大気もです。地球温暖化にも貢献します。 本当は、安全・安心な農産物の栽培と環境保全を両立させるような農業を考えるべきなんですが、正直なところ市場における環境保全へのニーズがあまりありません。たぶん話が遠大すぎるんでしょう。そのためか、生産者もあまりそちらには目を向けなくなってきているというのが現状です。そんなわけで、有機肥料といってもけっこう地球に負荷をかけているものが使われていたりします。資源の循環などお構いなしです。 その点、自然栽培のよいところは、とうぜん農薬を使わないし肥料も使わないので、環境に負荷をかけようがないわけです(注)。 そうなると、ほんとに自然栽培が可能なのか?という話になります。肥料を使わないで作物ができるはずがないというのが、一般常識ですから。勉強してきた人ほどそう思うものです。だって、世のひとびとが肥料を使い始めたのは、それが必要だったからで、肥料が不可欠だと思うのが道理です。

  • 雪の降る町を

    今年はおかげさまで雪がすくないですが、それはいいことなのか悪いことなのか

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