大自然に囲まれた築110年の古民家でゆったりとオーラ診断カウンセリングしています。
1人でも多くの方に笑顔になって頂くために活動しています。
※ランキングに参加していません
その夜、旅立ってしまった母。自分の力不足で、救えなかった悔しさを噛みしめ母の枕元を片付けていますと、亡き母の声が聞こえてきました。「さっちゃん、頑張ったなぁ」と、予想外の言葉・・頑張ったのは、母自身なのに、亡くなっても、ねぎらいの言葉をかけてくれる 母の優しさに、涙があふれ 止まりませんでした。生まれて初めて、スピリチュアル的感性に感謝しました。普段、母に会うのは1年に3回程度だった私が、この半年、...
深夜、主治医から電話が入り、「最大血圧が、50mmhgになっています。 パワーで何とかなりませんか。」と おっしゃるのです。すぐに病院へ駆けつけ癒しのパワーを送りますと、最大血圧が100mmhgまで上昇、その夜は、持ち直したのです。 翌日...
桜の花も散り、さつきが満開の頃母に合併症による末期症状が出現し、足から全身に浮腫が広がりました。 母は、私たちに悟られまいとしていましたが、視力もほとんどない状態で、昼と夜の区別が つかなくなっていたのです。そして、遺言とも思える言葉を 私に言って聞かせ始めたのです。 「家の事、母の大事な物の行先、全てを私に託す」と・・ その頃にも、主治医から「モルヒネも投与せずに済んでいます。 末...
季節は流れ、桜咲く春になり、母が『すい臓癌、末期、余命1ヶ月』と 診断されてから、半年が過ぎていました。末期癌は、痛みとの闘いだと聞いていましたが、母は、痛み止めは、ほとんど使用していないのです。「夜、眠れない時には、座薬を使用する。」と、言っていましたが、私が、「大丈夫、ゆっくり眠れるよ。」と、声をかけた日は、不思議と、朝まで熟睡していたそうです。この頃の私は毎日、母の病室へ通い、癒しのパワーで...
母の病状は、再び快方に向かいました。一時帰宅した母は、衣替えに備えてタンスの整理をしたそうです。(後から分かった事ですが、母はこの時に 自分の洋服を奥の方へ納めて、父の洋服を 夏物、冬物と分けて 手前の方へ置いていたのです.)3月、73才の母の誕生日、今年の誕生日を迎えられた幸福に感謝しました。そして、一日でも長く生きていて欲しいと願う私たちでした。この頃、時々 母は 5月に行う予定の同窓会の話を して...
手術後には、胆管を胆汁が、流れ始め、母の黄疸は、改善されました。病状は、再び快方に向かったのですが、その頃、努めて明るく振舞う、私の目の奥を見通すかのような母の目に負けずと、母の心へ「大丈夫だから」 &nbs...
「ブログリーダー」を活用して、スピリチュアルSACHIさんをフォローしませんか?